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14

 一時間後。
 僕らは、勇者ウィルの妹の住む町、《アルクデスタ》に到着した。
「はー、はー。け、結構飛んだな。意外と遠いではないか……」
 クリスは《アルクデスタ》と書かれた板切れの打ち付けられた巨木に手をつき、荒い息を吐いている。
「なんだ? バテてんのか、天使ちゃん? 意外と体力ねぇな。そんなんで、俺を《ドラムフォルス》にまで連れて行けるのかよ?」
「うるさい! 私がこれほど疲弊しているのは、貴様が重すぎるせいだぞ!」
 やれやれと肩を竦めるウィンザレオに、クリスが怒る。クリスはウィンザレオと彼の肩に掴まった僕を、ここまで空を飛んで運んでくれていた。ウィンザレオはその間、クリスの足を掴んでいたけど。
 凄い握力と持久力だなぁ、ウィンザレオ。僕なら、五分ともたなかったと思う。

「それにしても、だ。なぜ、町の入口で降りるのだ? シャルルの家は町の奥にあるのだろう?」
「あー。ま、そう慌てるなよ。大体、天使ちゃんみたいなのが空飛んで町に入ったら、大騒ぎになるのは確実だろ? それに、お姫様の服だって、なんとかしなくっちゃな」
「え? 僕の服?」
 言われて自分の姿を確認する。重々しかった革の外套と黒いマントは脱ぎ捨ててきたから、今の僕は、シャツ一枚羽織っている姿だ。ウィルから預かった《カイロスの盾》は、僕の腰に、後ろ向きに装着している。ウィルの腕には丁度良かった、盾を固定する皮のベルト。僕には腰でぴったりだった。
 ウィルの腕、凄く太かったんだな。それとも、僕が細いの?
 それより、頭の角が丸出しだ。
 このままじゃ、きっとシャルルも警戒するだろうなぁ。

「……ふむ。ディアの格好か……。言われて冷静に見てみれば……」
 クリスは僕をじろじろと眺め回し、
「“変態”にしか見えないな」
 と、酷いことを言ってのけた。
「へ、変態!? 僕が!?」
「そうだなぁ。今にも『見て見てー!』とか言って、シャツをめくりそうだよな」
「僕、そんなことしないよ!」
 ひどいよ、クリスもウィンザレオも! 凄くショックだよ、それ!
 でも、今の僕は、そんなことしそうな格好をしているのか。
「はー」
 僕は溜め息を吐いて座り込んだ。
「グファファ。そんなに落ち込むなって、お姫様。だから、こうして町の入口で降りたんだからよ」
「どういうこと?」
「無いんなら、買えばいいだろ」
「そっか!」
 ウィンザレオの提案に、僕は元気を得て立ち上がった。
 “買い物”かぁ! 一度やってみたかったんだ、それ!
「買うと言っても、我われはお金など持っていないぞ」
「ええええええ!」
 クリスの言葉に、僕は再び座り込んだ。

「分かりやすいお姫様だな。心配すんな。金なら、俺が持ってるからよ」
 バン、とウィンザレオに背中を叩かれた。
「いてっ。え? そうなの?」
 痛いけど、凄く嬉しい!
 立ち上がる勢いがつきすぎて、僕はぴょこんと飛び上がった。
 両手は無意識に上がっている。
「喜びすぎだ、ディア」
「う」
 呆れ顔のクリスに窘められ、僕は手をふにゃりと降ろした。
「グファ。そうと決めれば、さっさと行くぜ。ほれ、天使ちゃんも翼を引っ込めな。出来るんだろ?」
「ん? ああ、そうだな」
 クリスの翼が光の粒になってさらさらと消えていった。ウィンザレオは先頭に立って歩き出す。歩く度、ウィンザレオの上半身を覆う鉄製の甲冑と背中の大剣が、ガシャンガシャンと音を立てる。
 僕は急いで後を追った。
 歩幅が広いウィンザレオについていくのは大変だ。看板のある巨木はなだらかな丘にぽつんと一本生えており、僕らはそこから町に続く一本道を進んでゆく。周りには高く伸びた草が青々と茂っている。道だけはそれが無かった。
 人が二人、ゆったりと並んで歩ける道には真ん中に轍があり、割と頻繁に馬車が通ることを示していた。

 


15

 しばらく進むと、二階建ての櫓(やぐら)が見えてきた。櫓の前には高く聳える木製の門が立っていて、その前には全身を甲冑で固め、槍を持った戦士がいる。
 あれはきっと門番だ。
 門の前で、荷馬車を引いた商人風の人たちも、なにかいろいろ訊かれている。
 門番って、不審者を町に入れないようにするのが仕事だと思うけど。
 僕ら、入れてもらえるのかな?
 そんな僕の心配など関係なく、ウィンザレオは堂々と門番の目前にまで歩を進めた。
 そして、
「よぅ。久しぶりだな。俺だ。ウィンザレオだ。ちょっと入れてくれや」
 と、ウィンザレオは門番に気軽に声を掛けた。
 言われた門番は、
「あ! 久しぶりだな、ウィンザレオ! しばらく見なかったが、どうしてたんだ、お前?」
 満面の笑みで、そんなウィンザレオを迎えた。
「グファファ。アーク公のとこで、《セレクタ》をしてた。が、昨日辞めてきた。飽きちまってな」
「ははは。お前らしいな。で、後ろの二人は? 連れか? ……おい。なんだ、その二人は?」
 ウィンザレオと和やかな挨拶を交わした門番は、僕らを見るなり顔色を変えた。

「う……」
 まずい雰囲気に、体が硬直する。
 クリスは?
 僕はクリスの様子を横目で見る。と、クリスは興味なさげに空を見ていた。
 ぴん、と僕の勘に引っかかる。
 クリス。
 面倒なことになったら、この人、平気で殺しそう……。
 クリスはきっと、すでにあらゆる場面を想定し、自分の取るべき行動を決めている。クリスのことだから、多分、どんな場面でも“力ずく”なんだろうけど。
 でも、ウィンザレオは落ち着いて門番に対している。
「ふふん。この二人はな、《アルクデスタ》の偉大なる領主『ガードナー卿』への貢物さ」
「おお、ガードナー卿への。……しかし、貢物? 恥じらいなど無縁そうな白い女もおかしいが、そっちの小さい女の子なんて、頭に角が生えているじゃないか。確かに素晴らしい美しさではあるが……。もしかして、魔物じゃないのか? もし魔物なら……」
「あ」
 僕は慌てて角を手で隠した。
 忘れてた。
 まずい? まずいよね、これ?
「恥じらいが、無縁?」
 クリスは不機嫌そうに眉をぴくりと動かした。
 わあぁ。こっちもまずい!
 前に通過を許可された商人風の一団も、僕らの方を興味深そうに見つめている。
 一瞬、時間が止まったように感じた。
 そんな張り詰めた空気を、ウィンザレオがあっさりと破った。

「角? グファファ! 馬鹿言ってんじゃねぇ。これはな、ウンコだ!」
「ウンコ?」
 門番の顔が、予想外の答えにとんでもなくひしゃげた。
「ウ、ウンコ!」
 僕はびっくりしてその下品な言葉を叫んでしまっていた。
「ぶふーーーーっ!」
 クリスが僕の後ろで吹き出した。そしてお腹を押さえて体を折り曲げ、肩を激しく上下させながら笑い始めた。
「おいおい、ウィンザレオ!」
「嘘じゃねぇって。こいつら、サーストン地方の原住民族でな。処女はこうしておかしな男が寄り付かないよう、乾燥してかちかちに固まったウンコを頭に乗せて、純潔を守るって風習があんだよ」
「……ほー。確かにそれなら、迂闊には近づけないかも知れないな」
 ウィンザレオのあり得ない嘘に、門番は感嘆の声を上げている。
 納得されちゃったよ! なんか悲しいよ、これ!
 僕の角が、ウンコにも見えるってこと、これ!?
「では、そっちの白い女は?」
「こっちは売女(ばいた)だ。格好を見りゃ、分かんだろ?」
「ば、売女だとっ!?」
 さらっとウィンザレオにそう言われ、クリスは怒りをあらわにした。
 売女って、なんだろう?
 僕にはクリスの怒る理由が分からなかった。


16

「なるほど。それならばやたらと肌を晒しているのも納得だ。ふーむ。これならば、卿もきっとお喜びになるだろう」
 門番は大きく頷くと、一歩さがって道を開けた。
 問題なく通れたのはいいんだけど……。
 この敗北感は、なんだろう?
 僕とクリスはしょんぼりと肩を落として門を通過した。

 街に入ると、さっきの門番兵とのやりとりで落ち込んだ気分なんて、どこかに吹き飛んだ。
「うわぁっ! 凄い!」
 僕は自分の目で初めて見る人間の街に、ただただ驚いていた。大きな撥ね上げ式の門扉を抜けると、真っ白な外壁と青い円錐形の屋根を沢山突き出させたお城が遠くに見える。幅の広い石畳の道がそのお城まで真っ直ぐに伸びていて、無数の人や馬車や荷車が、せわしなく行き交っていた。

 道の左右にはこれも真っ白な外壁を持つのっぺりとした建物がずらりと並ぶ。窓が五つくらい縦に並んでいるから、五階建てなんだろう。建物の二階以上からは道の真上にまでいろんな看板がせり出していて、空がほんの少ししか見えないくらいだ。
 一階の並びにはお茶やスイーツやパンのお店があり、道にまでテーブルを出している。そのテーブルには、親子連れや恋人同士、一人でくつろぐ老人の姿もあった。他にも雑貨屋さんや青果を扱う店が並んでいたりして、威勢のいい客引きの声が朗らかに飛び交っている。

「グファファ。すげぇだろ。辺境とはいえ、この《アルクデスタ》はアーク公国の都に西からの様々な物資を送る要衝だ。人種も言葉も混ざり合い、いつもごった返してるのさ。俺は澄まして気取った首都よりも、ここの方が気に入ってんだ」
 言葉も発せずにきょろきょろとしている僕の頭にぽんと手を置き、ウィンザレオが笑う。
「ふむ。よく栄えているな」
 クリスも感心している。
 あまりあちこち見ないようにしているみたいだけど、なんとなくそわそわしているような気がする。
「ここがこの街のメインストリートでな。真っ直ぐ行けば城まで行ける。無用心な作りした街に思えるかも知れねぇが、これが罠だ。気をつけて歩かねぇと、底に槍が仕込んである落とし穴に引っかかって即死だぜ。グファファファ」
「ええっ? 嘘でしょ、ウィンザレオ」
 ウィンザレオについて歩きながら、僕は地面を警戒した。
 ……本当だ。所々、人が不自然に避けて通っている。
 なんとなく石の色も違うし、きっとあれが落とし穴なんだろうな。

「平和な街に見えるのに……。やっぱり、こうして攻め込まれた場合に備えてるんだ。なんだか悲しい話だね」
 戦争なんかしているより、こういう街をたくさん作った方が楽しいのに。僕は笑いながら次々に行き過ぎる人々を見送り、そう思った。
「ふん。人間はな、お姫様。“死”への恐怖がなければ、退屈しちまう生き物なのさ」
 吐き捨てるようにそう言うウィンザレオの顔に、表情は無かった。

 
 僕らは手近な服屋さんに入ると、お店の人の見繕いに任せて一通りの服を揃えた。
 シャツ一枚という姿で歩いていた僕は、これでようやく道行く人たちに憐れんだ視線を送られなくてすむ。
 と、思っていた。
 お店の若い女の子に選んでもらった服は、首まで隠す淡いピンクの『ワンピース』というものだった。丈は膝まである。その上に、深い青色のベストを重ねて着せられた。
 裸足に驚いた店員さんは、びっくりして靴も履かせてくれたけど、これはベストと同じような色の短い革ブーツだ。そして、頭にはきのこの傘みたいな白い帽子。これは最初に決まった。

「角が生えてますけど、お客様!」
 と驚く店員さんに、ウィンザレオがまた、
「これはウンコだ」
 と説明したら、「きゃあぁぁぁぁ!」と悲鳴を上げられて、これを被せられた。
 激しく落ち込んだけど、もうこれで安心だ。
 と、思っていたのに。
「ねぇ、クリス」
 僕はクリスに声をかけた。気になることがあるからだ。
 クリスは真っ白な長めの外套を一枚、ウィンザレオに買ってもらった。お陰で今はもう、ほとんど肌が見えない。クリスも相当じろじろ見られていたから。
 特に、男性に。
 しかも、スケベな目で。
 自分でも、さすがにこれは肌を出しすぎらしい、と気付いたようだ。
「ん? どうした、ディア?」
 クリスは白い外套を翻して振り向いた。かっこいい。
「僕のこの服さ。もしかして、女の子用じゃないの?」
 店を出てから、すれ違う人の中から「かわいい」って呟かれたり、男性には「うわ! めっちゃ好み!」なんて、思いっきり叫ばれたりもした。
 こんなの、男である僕が言われるのはおかしい。
「さぁ? 私は、人間の着るものに詳しくないからな。どうなんだ、ウィンザレオ?」
 クリスは前をずんずんと進んでいくウィンザレオに問いかけた。


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「んん? なんだ、今頃気付いたのか? そんなの、女用に決まってるだろが。グファファファファファ!」
「えええええええっ! な、なんで教えてくれなかったのっ?」
 大笑いしているウィンザレオに、僕は駆け寄り問い詰めた。
「ああ? お前、されるがままだったからよ。てっきりそれが気に入ってんのかと思ったぜ。グファファファファ!」
「ああ、なるほど」
 クリスがポンと手を叩いた。
「なるほどじゃないよ、クリス! どうするの、これ? 今からシャルルに会いに行くっていうのに、これじゃ僕、女装趣味の変態だって思われても、言い訳できないじゃないか!」
 このままじゃ、第一印象最悪だよ!
 そんな空気の中で「実は、ウィルが……」とか話しだしたら、「ふざけるな」って殺されそうだよ!

「ま、いいじゃねーか。女の子で通せばよ。どうせシャルルんとこに行ったって、用事が済んだら、すぐお暇すんだからな」
「えっ?」
「えっ? ってなんだよ、お姫様? お前、どんだけシャルルんとこに居座るつもりだったんだ? その《カイロスの盾》だけ渡したら、もう用事は終わりだろ?」
「…………」
 僕は何も言い返せないまま、無感情なウィンザレオの瞳を見上げた。周りの喧騒も聞こえない。僕は考えていた。
 そうなのかな? ウィルは僕に、「シャルルを頼む」って言ったけど。それって、「面倒みてくれ」ってことじゃないのかな? 一人ぼっちになっちゃうシャルルを元気付けてあげてくれって、そういうことじゃないのかな?
「……グファ。ウィルのヤツに何を頼まれたのか知らねぇが、シャルルのことなら、何も気にしなくたっていいんだぜ」
 腕を組んでぶつぶつと呟いていると、ウィンザレオが僕の考えを察したように語り出す。
「気にしなくていい? どういうこと、それ?」
 僕はウィンザレオに尋ねた。

「シャルルはな……。なんつーか、『何も無い』ヤツなのさ。何も無い者には、何も必要ない。無闇に近付かない方がアイツの為だ。その方が優しいと、俺は思うぜ」
 ウィンザレオは困ったように頭を掻いた。
「なにそれ? 全然意味が分からないよ」
「だろうな。悪いけど、あんまり俺から詳しく話したくないんだよな。シャルルが話してくれればいいが……。でも、訊かずに帰るのが一番いいと思うがな、俺は。グファ」
 言葉を濁すなんて、ウィンザレオらしくないな。
 そう思いクリスを見ると、やっぱり微妙な顔をしていた。

 

 僕らは《アルクデスタ》の街を抜け、裏の門から山に出た。出る分には、門番も特に何も言ってこない。何度か分かれ道を選んで、急に険しくなった山道を登る。二つの道が交差する場所で、ウィンザレオがこんなことを言った。
「おっと。道が交差している所は、真ん中を歩けよ」
「えっ? なんで?」
「交差点にはな、処刑された罪人が埋められているからさ」
「ええええっ! じゃあ、端を歩いた方が!」
 僕は慌てて端っこに寄った。

「いや。それが罰なのさ。死してなお、人に踏みつけられるのが、そいつの罰だ。散々踏まれた後、ようやくそいつは逝けるんだ。だから踏んでやるのさ。それに、端を歩くと悪魔に出会う。その悪魔はどんな望みも叶えてくれるが、代わりに命を奪うのさ」
 そう言いながら、ウィンザレオはドスドスと念入りに交差点の土を踏み固めた。
 いくらなんでもそこまでしなくてもいいんじゃないかな。    

 と思ったけど、僕もウィンザレオに習い、踏み固めた。

 


18

「そうか。でも、じゃあさ、もし悪魔に出会ったら、何も望まなければいいんだね」
「そうすると『望みが無いなど、死人と同じだ』って言われて、魂だけ、すぐにその場で抜かれるらしいぜ」
「ええええ! もう出会ったら死ぬしかないじゃない、そんなの!」
「そういうこった。グファファファファ」
「くだらん。先を急ぐぞ。日が暮れてしまう」
 クリスは溜め息をつき、僕らをさっさと追い越した。
 直後、

「望みを言え」

 と、正面から、冷たく暗い声がした。
「なにっ?」
「えっ?」
「グファ」
 それは真っ黒な人影だった。でも、そのシルエットは間違いなく人間じゃない。頭から伸びる二本の長い角がある。背中にはコウモリのような翼がある。全てが黒い中、大きく開いた口とただ丸いだけの目が、真っ赤な色を持っていた。

「へぇ。おもしれぇ。まさか本当に出てくるたぁな」
「面白くないよ! これってクリスのせいじゃないの? 真ん中歩かないから!」
「なに? 言いがかりはやめてくれないか、ディア。私は真ん中を通ったぞ。ただ、空中だっただけだ」
「飛び越してもダメじゃないの!?」
 わぁわぁと言い合う僕らに、
「望みはないのか?」
 と、悪魔は答えを急かした。
 ゆらり、と一歩近付いてる。
 なにこれ? 影が空中に浮かんでるみたいだ。
「ほれ。望みだとよ。おもしれーから、何か頼めよ。グファファファ」
 ウィンザレオに脇を肘で小突かれた。
 何が面白いの? 頼んでも頼まなくても殺されるんでしょ?
 と、ここで一つ閃いた。
「あ! そうだ!」
「お? なんかあんのか、お姫様?」
「くだらん。こんな雑魚など、さっさと蹴散らせばいいだろう。時間の無駄だ」
 鋭い目つきで体を白く輝かせるクリスを、
「待ってよ、クリス!」
 と止めた後、僕は思い切ってお願いをしてみた。

「あのね。キミ、僕らと一緒に、シャルルのところまで、来てくれないかな?」
「なに?」
 黒い影は、僕の言葉に目を瞬かせた。目が閉じた瞬間は、赤い口しか顔に無い。
「はぁ? おいおい、お姫様。シャルルまで巻き込むつもりか?」
「それはいい考えだな、ディア。親切と見せかけて、労せず面倒な女を殺せるわけだ」
 クリスが手を叩いた。……って、どんだけ腹黒いの、クリス? どっちが悪魔か分からないよ。それに、面倒な女って思ってたんだ、シャルルのこと。
「そんな願いでいいのか?」
 悪魔は少しだけ首を傾け、確認してきた。結構良心的な悪魔だ。
「うん。あ、着いてきて欲しいのはそうなんだけど、本当のお願いはそこからだよ。僕がシャルルのお願いを聞くからさ、キミには僕からそのお願いをしたいんだ」
「な! 馬鹿か、ディア! それではお前は、シャルルの願いの為に、自分の命を!」
「うん。あげようと思う」
 声を張り上げるクリスに、僕はこくりと頷いた。

「はあぁぁぁぁ? マジかよ、お姫様? こりゃおもしれぇ! グファファファファ!」
「笑い事ではない、ウィンザレオ! もういい! こんなたわけた魔物など、私が吹き飛ばして粉微塵にしてくれる!」
 ぶあ、とクリスの背中に純白の翼が広がった。
 不思議なことに、翼は白い外套(ガウン)を突き抜けているけど、それを破っていなかった。
「やめてよ、クリス!」
 僕は慌てて悪魔を庇った。
「どけ、ディア! 大体お前は、自分の命をなんだと思っているのだ! お前が死ねば、私がどれほど……いや、お前の自由を願って死んでいったケイオスに、すまないとは思わないのかっ!」
「うっ」
 僕は言葉に詰まった。
 そうだ。
 僕の今の自由は、ケイオスが自分を犠牲にして与えてくれたものなんだ。

 悪魔を背に両手を広げたまま固まっていると、
「もめているようだな。ともかくそのシャルルという者の所へ行き、それから考えてはどうだ? 願いを叶える対価も、そこで話し合おうではないか」
「え? あ、うん」
 意外なほどに常識的な提案が、影の悪魔から出された。振り向いて見た影の顔。赤くて丸い目が、ぱちぱちと規則的に瞬きをし、開いた口はまるで動かない。
 ……意外とユーモラスに見えてきた。
 僕は影の悪魔に、そんな印象を抱き出していた。

 



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