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 何がどうしてこうなったの? 僕には何も分からない。僕、分からないことだらけだ。て、落ち込んでても仕方ない。「分からない時は、訊くことです」って、ケイオスが言ってたんだ。今度も、ちゃんと訊かなくちゃ。
「ね、ねぇ、クリス。《ドラムフォルス》って?」
「ん? ああ、《ドラムフォルス》とは、ここ、グランデール地方の最西端にある火山地帯なんだが、そこに辿り着くには、マグマの大河を渡らねばならん」
「あ。じゃあ、クリスに、その河を?」
「そういうこった。さすがの俺でも、飛び越すには大きすぎる河なんでな。空を飛べるヤツを探してたのさ」
 僕の予想は当たっていた。そうか。ウィンザレオは、クリスにそこまで運んでもらいたいんだね。

 僕はいつの間にか、このウィンザレオという大男を信じていた。さっきから酷いことばかりしているけど、『嘘』だけはついていない。そう思ったからだ。

「ふぅん。で、そこに、何があるの?」
「なんだ、知らないのか、お嬢ちゃん?」
「僕、男です」
「なに? うそつけ。そんなかわいい男、いるわけねぇだろ」
「本当だとも。ほら」
 横目で僕を見るウィンザレオに、クリスは僕のシャツをまくってみせた。
 僕の下半身が露になっている。
 そうだ。
 僕。
 ズボンも下着も、全部脱げていたんだ。
「……本当だ。アソコだけは、めちゃくちゃ男らしいな。グファ」
 ウィンザレオは、心底感心している。
 じろじろと眺め回され、僕の中にふつふつと湧き上がる気持ちがある。
 それにつれ、体がぷるぷると震えだす。
 耐え切れなくなった僕は、
「ク、ク、クリスーッ! な、なんてことするんだよーっ!」
 叫びながら、シャツの裾を力一杯引き下げた。

「ははははははは。一発で信じてもらうには、いい方法だろう? ははははは」
「違いねぇ! グファファファファファ!」
「笑い事じゃないよ!」
 怒る僕に、二人は更に笑い出す。
 ここから、僕ら三人の旅が始まったのだった。
 この時、僕にはまだ、知る由もなかった。

 このウィンザレオが、後に『獅子王』と呼ばれることになることを――

 

 


10

 もう夜も遅いので、出発は改めて、明日することに決まった。ウィンザレオは地面にそのまま寝転がり、僕はクリスの翼に包まれて、眠りにつこうとしていた。
 眠る前に、僕はさっきの続きをクリスに訊ねた。
「ねぇ、クリス。結局、《ドラムフォルス》には、何があるの?」
 クリスはすぐに答えてくれた。
「ドラゴンだ」
「え?」
「《ドラムフォルス》の洞穴には、《ゲオルギウス》という竜が棲む。ウィンザレオは、その《ゲオルギウス》に用があるのだろう」
「な、何の?」
「さぁな。まぁ、普通に考えれば、退治しに、だろう」
「退治って……。僕、ケイオスに聞いたことがあるよ。竜って、とても強いんだ、って」
「うむ。まず、勝ち目はない。挑んだところで、死ぬだけだ。私の見たところ、多分、ウィンザレオも敵うまい」
「……死にたいのかな、ウィンザレオ?」
 僕は首を激しく捻っていた。
「はは。人の中には、稀にそういうヤツもいる。強いヤツと戦いたい。ただ、その為だけに生きているようなヤツが、な」
 僕は口を開けたまま、向こうを向いて寝ているウィンザレオの背中を見つめた。背中の剣がそのままだ。あれじゃあ、横向きにしか眠れない。
「ふ。見ておくがいい、ディア。あれが“武人”という人種だ」
「“武人”……」
 なぜ、ウィンザレオは戦うんだろう?
 今まで、どれほどの戦いを生き抜いてきたのだろう?
「人間って……」
 呟いた僕の声は、星の瞬く夜空へと吸い込まれていった。


 朝になった。
 顔がなんだか暖かいことに気付き目を開けると、朝日が僕を照らしていた。
 体はすっぽりとクリスの翼に包まれたままだ。
「起きたか」
 横を向くと、クリスのぱっちりとした目が僕を見つめていた。
 クリスは、もうとっくに目覚めていたんだろう。
 もしかしたら、眠っていなかったのかも知れない。そんな気がした。

「うん。おはよう、クリス。ありがとう」
「う? ああ、おはよう」
 なんとなくお礼を言うと、クリスは照れ臭そうに挨拶を返してくれた。
「おう、お姫様も起きたか」
 太くて安心感のある声がした。聞き慣れないから思い出すのに少し時間がかかったけど、それはウィンザレオの声だった。また「お姫様」なんて言って。僕は男だって言ったのに。
 そこで僕は、いつの間にか屋根らしきものがあることに気付いた。これは、丸太? 僕らを囲むように皮がついたままの生木が四方に立ち、組まれた屋根の丸太を支えている。
「あれ? 僕ら、野宿していたはずだよね?」
 眠っている間にすっかり変わった環境に驚き、僕は飛び起きた。僕を包んでいたクリスの翼が広がった。力は全く入っていなかったようだ。

「んー? ああ、最初はな。俺は地面に寝てても平気なんだが、おめーらは違うだろ? 夜中にちっと目が覚めたんで、ついでに軽く作ってみた。グファファ」
「ついでにって……」
 木々が組み上げられている丸太小屋は、隙間が一切見当たらない。僕の頬に当たっていた朝日は、小屋の入口からだけ差し込んでいた。入口の向こうには、あぐらをかいて座っているウィンザレオがいる。彼は火を起こし、細い木に突き刺した何かを焼いているようだ。そのまた更に向こうには、得体の知れない“何か”が、沢山転がっていた。

 

 


11

「よし、焼けたぞ。ほれ、起きたなら出て来いよ、おめーら。朝メシにしようぜ」
 にぃっと笑うウィンザレオの手には、こんがりと焼かれた何かの肉があった。
「いい匂いだね」
「頭に気をつけろ、ディア。出入り口が低いからな」
 香ばしい匂いにつられ、僕は小屋から外に出た。
 クリスも、僕の後について出てくる。
「ほらよ。やるから食え。その辺に余った丸太があるから、それに座ればいい。おっと、こいつを忘れちゃいけねぇ」
 言われるまま、側に横たわっていた丸太に座る。
 ウィンザレオが差し出す肉を受け取ろうとしたけど、それは一旦止められた。
「塩、塩。塩をかけた方が、肉は断然うまくなるからな」
 ウィンザレオの腰に巻かれたベルトには、小袋とか小さな樽とか、いろんな物が提げられている。そんな袋の一つを外すと、ウィンザレオはその中身を一掴みして、ぱぱっと肉に振りかけた。
「ほう。貴重な塩を人にふるまうとは。貴様はなかなか太っ腹だな」
 クリスが少し驚いている。

 ここグランデール地方は、内陸の国だ。海を持たないこの国では、塩は大変な貴重品であり、貨幣の代わりとして、取引にも用いられる。昔、戦で塩の供給路を断たれた際には、同じ重さの金と交換されたりもしていたくらい、塩は貴重なものなんだ。塩分が不足すれば、人は死ぬ。
「時に塩は、金より価値を持つのです」と、ケイオスが言っていたのを思い出した。
「ほらよ。熱いから、気をつけろ」
「ありがとう、ウィンザレオ」
 僕は肉を受け取った。人数分焼かれていた肉は、クリスにも渡された。
 そういえば、クリスってごはんはどうしていたんだろう? お城にいるときは、ずっと水晶珠だったわけだから、何も食べていなかったんじゃないのかな?
「ところで、あの『魔物』どもは、全て貴様がやったのか?」
 肉を受け取ったクリスは、ウィンザレオの向こうを見ている。
「『魔物』? あっ!」
 視線を追うと、人に近い形をしているものの、角が生えていたり、こうもりのような翼を背中に持つ“何か”が、小川に沿って何体も倒れていた。

「まぁな。夜中にうるせーもんだから、とりあえず全部ぶちのめしといた。グファファ」
 ウィンザレオはそう言うと、肉に豪快に齧りつく。
 クリスは若干呆れたような表情を浮かべた。
 じゃあ、「夜中に目が覚めた」のは、こいつらのせいなんだ。
 で、ついでにこの丸太小屋を? 凄い。全然、気付かなかった……。
「やっぱ、まずかったか?」
「え?」
 ぼうっとしていると、ウィンザレオに声をかけられた。
「どういう意味?」と、僕は問い返す。
「だっておめー、『魔王』だろう? こいつらは、おめーの仲間じゃねーのかよ?」
「!」
「おっとと」
 びっくりして僕の手からこぼれ落ちた、木に刺された肉を、ウィンザレオが受け止めた。

「落としちまったら、もったいねぇ。ほれ」
「あ、うん。ごめん」
 再び手渡された肉を持ち、僕はぺこりと頭を下げた。
 クリスは肉を手にしたまま、何も喋らない。
「なんで、僕が魔王だって分かったの?」
「グファファ。随分簡単に認めるなぁ」
 咀嚼中にも関わらず豪快に笑うウィンザレオ。口の中のものが少しだけ飛び出したけど、僕は気にしないようにした。
「なんで分かったか、だって? ここは魔王の居城の懐だぜ。連れているのもとんでもないヤツみてーだし、される会話も高度で、人間と比べても遜色ない。『悪魔』は知能が高いがな、そんなに強そうなのを従えているヤツは、見たことも聞いたこともない。第一、おめーの頭には角だってあるしな。間違いなく、人間じゃあねぇだろう?」
「角? あ!」
 僕は頭に手をやった。
 そういえば、僕はこの角、まるで隠してなかったんだ。
 とりあえず『人間じゃない』のは丸分かりだよ、これ!

 


12

「意外だったな。魔物を殺したことで、貴様がディアを気遣うとは」
 クリスは僕の隣に腰掛けて、肉をいろいろな角度から眺め回しながら、ようやく会話に入ってきた。
「グファ。まぁ、自分でも意外なんだがな。このお姫様、まるで底が見えねぇからよ。興味が出た、ってとこかな。グファファファ」
「ふん、なるほどな。ただの戦バカではなさそうだ」
 互いの目を覗き込み合う二人の間には、ぴりっと張り詰めた空気と、がっちりとした信頼感のようなものが漂っている。
「ウィンザレオよ、結論から言おう。ディアが『魔物』を殺されたからといって、怒ったり恨んだりすることはない。その辺は安心するといい」
「へぇ。不思議な話しだな。魔物ってのは、魔王の手下であり、仲間なんじゃねぇのかよ?  やっぱ、そんな感傷的な理由で怒るのなんて、魔王にゃ当てはまらねぇってか?」
「違う」
 クリスは首を振った。
「何が違うんだ?」
「貴様が知る必要はない。それよりも、だ。ウィンザレオ。貴様、ディアが魔王だと、最初から気付いていたな?」
 ウィンザレオは口角を吊り上げ、肩をすくめてみせた。
 カチャ、と背中の大剣が音を立てた。
「だったらどうだっていうんだ?」

「油断のならん男だ。そもそも、こんな開けた土地で眠るなど、豪胆を通り越して、ただの阿呆だ。常に戦に身を置く者が取るような行動ではない」
「そうかもな。で?」
 ウィンザレオはクリスの言葉に、静かに耳を傾けている。
 何が言いたいんだろ、クリス?
 僕は二人の顔を交互に見遣った。
「つまり、わざわざ危険な場所で、我われを無防備な状況下に置こうとしていた、ということだ」
「えっ? それって、どういうこと、クリス?」
 話しの風向きがおかしい。僕はそう思い、クリスに訊ねた。
「ふふん。天使ちゃん。俺が、何の目的でそんなことをする?」
 がぶ、とウィンザレオは肉にかぶりついた。
「尋常な手段では我らに敵わぬとみて、寝込みを襲おうと考えたのだ。違うか?」
「ちょ、ちょっと待ってよ、クリス! ウィンザレオは、僕らのために、こうして丸太小屋も作ってくれたし、朝ごはんだって用意してくれていたんだよ? それに、この人が、そんな戦い方するなんて思えないよ!」
「そうかな? 人間など、強い欲望の前では、簡単に自分を捨てられるものだ」
「そんな……!」
 クリスは、人間のことなんて、全く信用していない。
 僕はそれを痛感した。

「グファファ。一理あるねぇ、天使ちゃん。人間なんて弱ぇもんだ。そんなこともあんだろう。でもよ。仮にそうだとして、俺がそこまでする理由はなんだ?」
 ウィンザレオの口が、ぐっちゃぐっちゃと鳴っている。その目は、楽しげに細められていた。
「貴様、勇者ウィル・ハーバーライトとは、共に戦ったことがある、と言っていたな?」
「ああ、言った。それは事実だからな」
「では、ウィルのあだ討ちだろう。魔王討伐軍が《ギルトサバスの城》に攻め入ったことは、この辺りで暇つぶしをしていたということから、貴様は知っていたはずだ。そして、魔王がここにいる。貴様はそれが指し示す事柄を、瞬時に悟っていたのだろう」
 クリスはウィンザレオに強い視線を向けた。
「ウィルが、敗北したことを。すでに、この世にいないことを」
 チチ、と小鳥のさえずりが、どこかから聞こえた。さらさらという小川のせせらぎが、やけに大きく思えた。ふと、ウィンザレオがクリスから目を逸らした。


13

「そうか。やっぱり死んだか、ウィルのヤツ。ま、しゃーねーな。あいつ、弱ぇくせに、勇者なんかに祭り上げられちまってたからな。逃げることも出来ず、やるしかなかったんだろう。グファファ」
 肉が生焼けだったのか、ウィンザレオは再びそれを焙りだした。
「怒らないのか、ウィンザレオ? ウィルとは、それほど親しい間柄ではなかったのか?」
「んー? どっちかっつーと、親友だったな」
「えええっ?」
 肉の焼き加減を確かめながらそう言うウィンザレオに、僕は思わず声を上げていた。
「悲しくないの?」
 僕にはウィンザレオの気持ちが分からない。僕は、あんなに泣いたのに。
「悲しい、ってーよりか、ちょいと寂しい、かな。んでもよ。あいつは、命を奪いに行ったんだ。それなら、逆に奪われたって、文句は言えねーだろ?  あいつだって、そこんとこは納得してるはずさ。だから、俺がどうこう言う問題じゃねーんだよ。卑怯なだまし討ちとかされてなきゃ、だけどな」
 ウィンザレオは肉を噛んだ。「アチ」と短く上がった声が、少し元気なく思える。僕は、そんなウィンザレオから目が離せずにいる。分かりやすいけど、分からない。納得出来そうで、出来ない話だった。

「ふむ」と唸るクリス。
「なぁ、お姫様。ウィルは、勇敢だったか?」
 ウィンザレオの瞳に陰を見つけ、僕は一瞬言葉に詰まる。
 でも。
「うん。凄く、凄く勇敢だった。ウィルは、間違いなく勇者だったよ」
 それは、ちゃんと言わなくちゃ。
 僕はこの言葉に、ウィルに対するありったけの気持ちを込めた。
「そうか。それを聞けば、きっとシャルルも喜ぶだろうな。グファファ」
「シャルルも……?」
 豪快に笑い、「肉が冷めるぜ。食え食え」と僕らに促すウィンザレオ。
 僕はこくりと頷いて、肉を口に運んだ。
 クリスも無言で食べ始めた。
 焼いただけの、なんの動物のものかも分からない肉は、程よく塩が効いていて、やけにおいしく感じられた。

 ところで。
 ウィルを死に追いやった直接の原因って、クリスが作っているんだけれど。
 ウィンザレオは、僕がウィルを殺したって思っているんじゃないだろうか?
 僕がクリスにちらりと投げた視線は、さっと逸らされた。
 言わない気だね、クリス?
「さ、さぁ! 今日中には、シャルルの元に辿り着こう! そうと決まれば、のんびり食事などしている場合ではないぞ、ディア! さぁ、食べろ! 早く早く!」
「もがががが!」
 纏わり付くジト目に耐えかねたのか、クリスは一人で不自然に盛り上がりつつ、僕の口に肉を詰め込んできた。
「グファファファファファ! おいおい、そんなにしたら、お姫様が死んじまうぜ。グファファファファ!」
 僕らのそんな様子に大笑いしているウィンザレオ。この人の笑いには、なんの他意も感じられない。僕はそう思った。
 空は真っ青に澄んでいて、鳥が仲良く飛び回る。常春の柔らかな風が撫でてゆく。心がどこまでも広がって、どこにだって届きそうな気がした。
 そう。シャルルにだって、届くんだ。
 この時の僕には、そんな予感だけしか無かった。



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