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「人間ごときが詮索するか。不愉快だな」
 クリスの声は氷点下だ。僕は背中が冷たくなり、ぶるっと震えた。
「グファファ。一応、仕事なもんでね」
 対して、ウィンザレオは変わらずぬるい。
「答えねばどうする?」
「仕事だって言ったろ? それなりの行動に出るだけさ」
 二人の相性は良すぎるのかも知れない。打てば響くような問答だ。
 そして、クリスが動いた。
「好きにしろ。どちらにせよ、死にゆく者に答える言葉など持ち合わせていない」
「クリス!」
 音もなく、またあの光り輝く羽が舞い踊った。

「おお。こりゃきれいだ。グファファ」
 ウィンザレオは僕らの周りを旋回する無数の羽の乱舞を見上げ、笑う。まるで花見をしているかのような風情だ。背中の大剣を抜く素振りもない。
 なんでウィンザレオは、あんなに余裕でいられるの?
 これ、勇者ウィルでさえも、あっという間に倒しちゃった羽なのに!
「舐めおって」
 旋回していた羽が突如方向を変え、地上へと降り注ぐ。光の尾を引く羽たちは、白いラインを残して人間たちに襲い掛かった。
「撃て!」
 ウィンザレオが号令をかける。
「ぎゃ!」
「が!」
「げふ!」
 が、それは遅すぎた。
 甲冑に身を包んだ人間たちは、ボウガンを構えたままで、全身を羽に貫かれていく。
「う」
 僕はウィルを思い出し、思わず顔を背け、目を瞑った。それでも瞼の裏には血を噴き出させて倒れてゆく人々の姿が浮かぶ。悲鳴が聞こえてくるせいだ。僕は耳を塞ぎ、頭を振った。

「ふん。他愛もない」
 ひとしきり羽を降らせたクリスは、もうもうと土煙を上げる地上を見下し、人間たちを皆殺しにしたことを確信している。それは満足げな声だった。
 やっぱり……クリスは、怖い。
 僕は目を閉じ、耳を両手で塞いだまま、そう考えていた。
「くだらん時間を使った。さて、行こうか、ディア」
「う、うん」
 クリスに優しく頭を撫でられ、僕は手の力を緩めた。
 そして目を開けると、信じられない光景があった。
「ひゃー。危ない危ない。いやいや、危うく死ぬところだったな、これは。グファファファファ!」
 土煙の晴れた大地に、ウィンザレオが立っていた。

「あーあ。俺の便利な部下たちが。こりゃー、城に戻っても言い訳できねぇなぁ。それどころか、首を斬られるかもしれねぇ。グファファファファ!」
 大口を開けて笑っているのは、かすり傷一つないからだ。
「うそ……! なんで……?」
 僕は思ったままを口にしていた。
「馬鹿な。こいつ、一体……?」
 クリスも驚いている。
 クリスは空中で進みだした体を止めて、ウィンザレオを睨んだ。
「すげぇな、お前。名前だけでも教えてくれよ?」
 ウィンザレオは一切変わらずそこにいる。
 周りには、沢山の仲間が、血を流して倒れているのに。
 なぜ、怒らないの? なぜ、悲しくないの?
「ふぅん。白い翼を持つ者か。お前、『教会』にある、天使ってやつの絵に似ているな」
 答える気のなさそうなクリスをウィンザレオはしげしげと見ている。

「…………」
 クリスは答える代わりに、ウィンザレオに向けてまた羽を飛ばした。
「おとと」
 それをウィンザレオは見えなくなるほどのスピードでかわして見せた。羽は虚しく空を切り、地面を裂いた。クリスはそれを見てにやりと笑う。
「そうか。貴様、『獣人』だな。それも、桁外れな」
「グファファファファ! すげぇな! もう見抜かれたのかよ!」
 ウィンザレオは何が嬉しいのか、豪快に笑う。僕にはこの男の人が、何を考えているのかまるで分からない。全然なんにもおかしくない。おかしくないのに。
 気付けば僕も、口元が緩んでいた。
 直後、ウィンザレオは意外なことを口走る。
「なぁ、おめぇら。俺と、組んでみる気はねぇか?」
 僕らに向けて伸ばされた手は、とてもごつくて大きなものだった。

 


「組む? 貴様と? それに、なんのメリットがある?」
 意外に思い、僕はクリスの顔を見た。
 言葉とは裏腹に、目が輝いているようだ。
「王様になれる」
 即答だった。
 ウィンザレオは不敵な笑顔を僕らに向け、目を爛々とさせている。
「王様になど、興味はない。ディアはどうだ?」
「えっ? 僕?」
 急に話を振られ、僕はぷるぷると首を振った。
「そ、そんなの別になりたくないよ。それより、シャルルの所へ行かなくちゃ」
 もう王様なんて懲り懲りだ。
「シャルル? それ、ウィルの妹の事か、もしかして?」
「知ってるの?」
 ウィンザレオは力強く頷いた。

「まぁな。ウィルのヤツとは、よく一緒に戦ったからよ。家だって知ってるぜ?」
「家?」
 そういえば、僕はシャルルの住んでいる所も知らない。
「クリス?」
 クリスは首を振っている。クリスも知らなかったんだ。
 僕をどこに連れていこうとしていたの、クリス?
「な、なんだ、その目は、ディア? シャルルの家など、近くまで行って、その辺の者に訊ねればいいだろう?」
「あ? そいつは無理だぜ、天使ちゃん」
「誰が天使ちゃんだっ!」
 クリスがむきになっている。
 なんだかおかしい。でも、笑ったら怒られそう。
 僕は吹き出しそうになる口を、両手で押さえた。
 でも、すぐに放さなければならなくなった。
「で、でも、どうして無理なの?」
 クリスがむすっとしているので、僕が訊くしかない。
 クリスは人に何かを訊くのは苦手そうだ。

「あいつんち、近くに誰も住んでねぇんだ。山奥にあるから何も知らずに行くと迷うし、魔物がうようよいやがるからよ。へたすりゃ死ぬぜ」
 普通に話すウィンザレオの口調に、僕は返ってぞっとした。
「むぅ……」
 クリスは一つ唸ると、ふよふよ翼をはためかせ、僕と共に地上に降りた。
 どうしたんだろう? 何を悩んでいるんだろう?
「グファファ。そう悩むなよ、天使ちゃん」
「……天使ちゃんと言うな」
 あれ? クリス? 元気がないけど?
「何しに行くのか知らねぇが、俺が送って行ってやろうか? こんなに頼りになるボディーガード、そうそういねぇんだぜ。グファファファ!」
「え? ホント?」
「待て、ディア。貴様、その代償になにを望む? まさか、ただの善意でそんなことはしないだろう? 貴様はそんなに出来ている人間ではないはずだ」
 飛びつこうとする僕を、クリスが腕で制した。
 そういえばそうだ。仲間が死んでも平気にしてるし、この人、怖い人だったんだ。
 とても信用出来ないよ。

「まぁな。なに、そっちの用が済んだら、今度は俺の用事に付き合ってくれればいいだけさ」
「用事?」
 無精ひげの生えた顎をさするウィンザレオに、僕は問い返した。
「ああ。なに、簡単な用事さ。妙に疑われるのはめんどくせーから話しておくが、《アルクデスタ》から一週間ほど歩いた向こうに、《ドラムフォルス》って山脈があるだろう?」
「《ドラムフォルス》だと? なるほどな。そこに、何をしに行くつもりだ?」
 何が「なるほど」なのか、僕には分からなかったけれど、クリスもそこに何をしに行くのかは分からないみたいだ。
 でも。
 薄々は分かっているのかな?
 言外に、そんなニュアンスを感じる。
「何しに、だって? 《ドラムフォルス》っていやぁ、一つっきゃねぇだろうが? グファファファファ!」
「……貴様は、相当な馬鹿者のようだな。面白い。よかろう。連れて行くだけでいいのだろう?」
「ああ。俺を降ろした後は、好きにしてくれて構わねぇ。あとは、自分でなんとかするさ。グファファファ」
「よし。交渉成立だ」
「おう。よろしくな、天使ちゃん」
 ウィンザレオのセリフにクリスの眉がぴくりとしたけど、二人はがっちり握手した。

 


 何がどうしてこうなったの? 僕には何も分からない。僕、分からないことだらけだ。て、落ち込んでても仕方ない。「分からない時は、訊くことです」って、ケイオスが言ってたんだ。今度も、ちゃんと訊かなくちゃ。
「ね、ねぇ、クリス。《ドラムフォルス》って?」
「ん? ああ、《ドラムフォルス》とは、ここ、グランデール地方の最西端にある火山地帯なんだが、そこに辿り着くには、マグマの大河を渡らねばならん」
「あ。じゃあ、クリスに、その河を?」
「そういうこった。さすがの俺でも、飛び越すには大きすぎる河なんでな。空を飛べるヤツを探してたのさ」
 僕の予想は当たっていた。そうか。ウィンザレオは、クリスにそこまで運んでもらいたいんだね。

 僕はいつの間にか、このウィンザレオという大男を信じていた。さっきから酷いことばかりしているけど、『嘘』だけはついていない。そう思ったからだ。

「ふぅん。で、そこに、何があるの?」
「なんだ、知らないのか、お嬢ちゃん?」
「僕、男です」
「なに? うそつけ。そんなかわいい男、いるわけねぇだろ」
「本当だとも。ほら」
 横目で僕を見るウィンザレオに、クリスは僕のシャツをまくってみせた。
 僕の下半身が露になっている。
 そうだ。
 僕。
 ズボンも下着も、全部脱げていたんだ。
「……本当だ。アソコだけは、めちゃくちゃ男らしいな。グファ」
 ウィンザレオは、心底感心している。
 じろじろと眺め回され、僕の中にふつふつと湧き上がる気持ちがある。
 それにつれ、体がぷるぷると震えだす。
 耐え切れなくなった僕は、
「ク、ク、クリスーッ! な、なんてことするんだよーっ!」
 叫びながら、シャツの裾を力一杯引き下げた。

「ははははははは。一発で信じてもらうには、いい方法だろう? ははははは」
「違いねぇ! グファファファファファ!」
「笑い事じゃないよ!」
 怒る僕に、二人は更に笑い出す。
 ここから、僕ら三人の旅が始まったのだった。
 この時、僕にはまだ、知る由もなかった。

 このウィンザレオが、後に『獅子王』と呼ばれることになることを――

 

 


10

 もう夜も遅いので、出発は改めて、明日することに決まった。ウィンザレオは地面にそのまま寝転がり、僕はクリスの翼に包まれて、眠りにつこうとしていた。
 眠る前に、僕はさっきの続きをクリスに訊ねた。
「ねぇ、クリス。結局、《ドラムフォルス》には、何があるの?」
 クリスはすぐに答えてくれた。
「ドラゴンだ」
「え?」
「《ドラムフォルス》の洞穴には、《ゲオルギウス》という竜が棲む。ウィンザレオは、その《ゲオルギウス》に用があるのだろう」
「な、何の?」
「さぁな。まぁ、普通に考えれば、退治しに、だろう」
「退治って……。僕、ケイオスに聞いたことがあるよ。竜って、とても強いんだ、って」
「うむ。まず、勝ち目はない。挑んだところで、死ぬだけだ。私の見たところ、多分、ウィンザレオも敵うまい」
「……死にたいのかな、ウィンザレオ?」
 僕は首を激しく捻っていた。
「はは。人の中には、稀にそういうヤツもいる。強いヤツと戦いたい。ただ、その為だけに生きているようなヤツが、な」
 僕は口を開けたまま、向こうを向いて寝ているウィンザレオの背中を見つめた。背中の剣がそのままだ。あれじゃあ、横向きにしか眠れない。
「ふ。見ておくがいい、ディア。あれが“武人”という人種だ」
「“武人”……」
 なぜ、ウィンザレオは戦うんだろう?
 今まで、どれほどの戦いを生き抜いてきたのだろう?
「人間って……」
 呟いた僕の声は、星の瞬く夜空へと吸い込まれていった。


 朝になった。
 顔がなんだか暖かいことに気付き目を開けると、朝日が僕を照らしていた。
 体はすっぽりとクリスの翼に包まれたままだ。
「起きたか」
 横を向くと、クリスのぱっちりとした目が僕を見つめていた。
 クリスは、もうとっくに目覚めていたんだろう。
 もしかしたら、眠っていなかったのかも知れない。そんな気がした。

「うん。おはよう、クリス。ありがとう」
「う? ああ、おはよう」
 なんとなくお礼を言うと、クリスは照れ臭そうに挨拶を返してくれた。
「おう、お姫様も起きたか」
 太くて安心感のある声がした。聞き慣れないから思い出すのに少し時間がかかったけど、それはウィンザレオの声だった。また「お姫様」なんて言って。僕は男だって言ったのに。
 そこで僕は、いつの間にか屋根らしきものがあることに気付いた。これは、丸太? 僕らを囲むように皮がついたままの生木が四方に立ち、組まれた屋根の丸太を支えている。
「あれ? 僕ら、野宿していたはずだよね?」
 眠っている間にすっかり変わった環境に驚き、僕は飛び起きた。僕を包んでいたクリスの翼が広がった。力は全く入っていなかったようだ。

「んー? ああ、最初はな。俺は地面に寝てても平気なんだが、おめーらは違うだろ? 夜中にちっと目が覚めたんで、ついでに軽く作ってみた。グファファ」
「ついでにって……」
 木々が組み上げられている丸太小屋は、隙間が一切見当たらない。僕の頬に当たっていた朝日は、小屋の入口からだけ差し込んでいた。入口の向こうには、あぐらをかいて座っているウィンザレオがいる。彼は火を起こし、細い木に突き刺した何かを焼いているようだ。そのまた更に向こうには、得体の知れない“何か”が、沢山転がっていた。

 

 


11

「よし、焼けたぞ。ほれ、起きたなら出て来いよ、おめーら。朝メシにしようぜ」
 にぃっと笑うウィンザレオの手には、こんがりと焼かれた何かの肉があった。
「いい匂いだね」
「頭に気をつけろ、ディア。出入り口が低いからな」
 香ばしい匂いにつられ、僕は小屋から外に出た。
 クリスも、僕の後について出てくる。
「ほらよ。やるから食え。その辺に余った丸太があるから、それに座ればいい。おっと、こいつを忘れちゃいけねぇ」
 言われるまま、側に横たわっていた丸太に座る。
 ウィンザレオが差し出す肉を受け取ろうとしたけど、それは一旦止められた。
「塩、塩。塩をかけた方が、肉は断然うまくなるからな」
 ウィンザレオの腰に巻かれたベルトには、小袋とか小さな樽とか、いろんな物が提げられている。そんな袋の一つを外すと、ウィンザレオはその中身を一掴みして、ぱぱっと肉に振りかけた。
「ほう。貴重な塩を人にふるまうとは。貴様はなかなか太っ腹だな」
 クリスが少し驚いている。

 ここグランデール地方は、内陸の国だ。海を持たないこの国では、塩は大変な貴重品であり、貨幣の代わりとして、取引にも用いられる。昔、戦で塩の供給路を断たれた際には、同じ重さの金と交換されたりもしていたくらい、塩は貴重なものなんだ。塩分が不足すれば、人は死ぬ。
「時に塩は、金より価値を持つのです」と、ケイオスが言っていたのを思い出した。
「ほらよ。熱いから、気をつけろ」
「ありがとう、ウィンザレオ」
 僕は肉を受け取った。人数分焼かれていた肉は、クリスにも渡された。
 そういえば、クリスってごはんはどうしていたんだろう? お城にいるときは、ずっと水晶珠だったわけだから、何も食べていなかったんじゃないのかな?
「ところで、あの『魔物』どもは、全て貴様がやったのか?」
 肉を受け取ったクリスは、ウィンザレオの向こうを見ている。
「『魔物』? あっ!」
 視線を追うと、人に近い形をしているものの、角が生えていたり、こうもりのような翼を背中に持つ“何か”が、小川に沿って何体も倒れていた。

「まぁな。夜中にうるせーもんだから、とりあえず全部ぶちのめしといた。グファファ」
 ウィンザレオはそう言うと、肉に豪快に齧りつく。
 クリスは若干呆れたような表情を浮かべた。
 じゃあ、「夜中に目が覚めた」のは、こいつらのせいなんだ。
 で、ついでにこの丸太小屋を? 凄い。全然、気付かなかった……。
「やっぱ、まずかったか?」
「え?」
 ぼうっとしていると、ウィンザレオに声をかけられた。
「どういう意味?」と、僕は問い返す。
「だっておめー、『魔王』だろう? こいつらは、おめーの仲間じゃねーのかよ?」
「!」
「おっとと」
 びっくりして僕の手からこぼれ落ちた、木に刺された肉を、ウィンザレオが受け止めた。

「落としちまったら、もったいねぇ。ほれ」
「あ、うん。ごめん」
 再び手渡された肉を持ち、僕はぺこりと頭を下げた。
 クリスは肉を手にしたまま、何も喋らない。
「なんで、僕が魔王だって分かったの?」
「グファファ。随分簡単に認めるなぁ」
 咀嚼中にも関わらず豪快に笑うウィンザレオ。口の中のものが少しだけ飛び出したけど、僕は気にしないようにした。
「なんで分かったか、だって? ここは魔王の居城の懐だぜ。連れているのもとんでもないヤツみてーだし、される会話も高度で、人間と比べても遜色ない。『悪魔』は知能が高いがな、そんなに強そうなのを従えているヤツは、見たことも聞いたこともない。第一、おめーの頭には角だってあるしな。間違いなく、人間じゃあねぇだろう?」
「角? あ!」
 僕は頭に手をやった。
 そういえば、僕はこの角、まるで隠してなかったんだ。
 とりあえず『人間じゃない』のは丸分かりだよ、これ!

 



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