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第三章

1 第三章

 恐怖はつねに無知から発生する。

   (ラルフ・ワルド・エマーソン)

 

       


 振り返れば《闇》に包まれた《ギルトサバスの城》が遠くに見える。
 巨大なお城だ。普通の《町》なら、五個や六個は、城壁に囲まれた敷地内にすっぽりと入ってしまうんじゃないだろうか。
 その城の周りだけは、まるで夜のような暗さだ。中にいたときには、ちゃんと朝、昼、晩が区別できたのに。外から見ると、なぜ区別出来ていたのかが分からなくなる。
 あの城は……一体、なんなのだろう?

「ふぅ。やはり外界はいいな。空気がうまい。気分がいい。全く、あの城は最悪だった。そうだ、たまには翼でも干そう。あの《闇》が残っていては、カビが生えてしまうかも知れんしな」
 僕の隣では嬉しそうな顔をしたクリスが、大きく広げた翼をふよふよと扇いでいる。風通しを良くしているんだろうか?
 それにしても、と僕は思う。
 良く見れば、クリスは随分と露出の多い格好をしている。頼りなさそうな薄くて白い布が、胸と腰の辺りにあるだけだ。足には、膝まで蔦のように絡みついた靴らしきものを履いている。靴底だけはなめし皮で出来ているみたいだ。銀色に輝く長い髪と、同じ色の大きな瞳。背中からは、自分の体全てを包めるほどに大きくて、真っ白な翼がある。

 きれいだなぁ。僕はクリスにしばし見惚れた。そして、遠くに目を移した。
 彼方に連なる山々の稜線までは、ずぅっと緑の大地が広がって、いまいる小川も延々と伸びている。ところどころに森や小山があるけれど、さほど視界の妨げにはなっていない。
 そして僕は、この長閑な風景をバックにして、クリスが遊ばせる翼にまた見入っていた。
 でも、落ち着いてくると、様々な疑問が湧いてきた。
 まず気になるのはケイオスだ。
 僕はクリスの正面に立ち、その美しい顔を見上げた。クリスの背が僕より頭一つ分は大きいことに少しだけショックを受けたけど、そんなことはどうでもいい。

「ん? どうした、ディア?」
「ねぇ、クリス。ケイオスは? ケイオスは、どうなったの?」
「ケイオス、か?」
 クリスはちょっとだけ顔を横に向けると、
「ケイオスは、死んだ。いや、『消滅』した、と言うべきか」
 抑揚の無い声で、そう言った。
 僕には意味が分からない。
「それってどういうこと?」
「完全に、この世界から『消えた』ということだ」
 やっぱり意味が分からない。僕は首を捻った。
「分かった。詳しく説明してやろう。今のディアには、とても納得できることではないだろうからな」
 クリスは扇いでいた翼をたたみ、僕に真っ直ぐ視線を投げ掛けた。

「ケイオスは、ディアの引き受けていた《穢れ》を、自分に移した。《穢れ》とは《闇》のエナジーなのだが、あれにはかなりの『質量』があるのだ。『重力』と言い換えてもいいだろう。従って、集め過ぎれば『空間』すらもその重みで潰してしまう。並みの者ではその重力に耐え切れず、ケイオスのように……『空間』ごと、潰されてしまうのだ。そして……潰れた『空間』がどうなり、どこに行くのかは……私にも、分からない」
「じゃあ……ケイオスは……?」
「潰れて、空間ごと潰れて……どこか、こことは別の空間へと、消えてしまったことになる……」
 聞き終わらないうちに、僕の中で何かが弾けた。

 


「そんなバカなっ! じゃあ、もう会えないの? ケイオスには、もう会えないって言うの、クリスッ!」
「う、おおッ! 落ち着け、ディア!」
 僕の体から『何か』が飛び出し、凄まじいまでの暴風を巻き起こした。小川の水が巻き上げられ、一緒に土や花、魚なんかも僕を中心に回りだした。クリスは翼を盾にして、僕の暴風を凌いでいる。翼はばたばたと音を立て、羽が何本も抜けていく。クリスは歯を食い縛り、僕からの『圧力』に耐えている。
 クリスが苦しそうにしている。
 でも。
 でも、どうしたらいいのか分からない。
 悲しみ? 怒り? 寂しさ?
 クリスに名を教えられたばかりの、僕の中のいろんな感情が混ざり合う。
 抑えきれない。抑えきれないよぉ。

「ケイオスーッ!」
 僕は叫んだ。
「うおおおおおおお! なんてヤツだ! あれだけの『力』を失って、なおこれだけのことが出来るのか!」
 クリスも叫んでいる。
 土がめくれ上がる。ごろごろと転がっていた岩が、木の葉のように宙を舞う。
 それは広がり、広がり、どこまでも広がっていった。
 頬を伝って、何かが流れ落ちてゆく。
「あああああああーーーー!」
 喉が、破れる。
 そう感じたところで、僕の意識は途切れた。

 

 

 目が覚めると、小さな小さな光が、沢山たくさん連なって、まるで大河のように、キラキラ、キラキラと揺れていた。
「空……? 夜空……?」
 声に出してみた。すると、凄い違和感があった。

 喉がからからに渇いていて、しゃがれた声が出たからだ。
「気付いたか、ディア?」
「クリス」
 僕を覗き込むクリスの顔の向こうには、いっぱい星が瞬いている。
 頭の後ろが温かい。ぷにゅぷにゅとした柔らかいものが、僕の頭を支えているみたいだ。
 なんだろうと思い手で触ってみると、
「ひゃん」
 という、かわいらしい声がした。
 え? これってクリスの声みたいだけど?

 僕はそれを気にも留めず、さらに柔らかいものを触る。
「ひゃ、ひゃぁん」
 すると、またしてもクリスのものらしい、変な声が聞こえた。僕はやっぱり気にしない。神経が、柔らかいものに集中しているからだ。
 なんだろう、これ? すべすべしてて、気持ちいい。
「ど、どこを触っているのだ、この馬鹿っ!」
「いたっ」
 顔を真っ赤に染めたクリスに、僕は頭をぽかりと叩かれていた。頭をさすりながら首を横に向ける。そこで、僕はクリスに膝枕をしてもらっていたことに気付いた。触っていたのは、クリスの太ももだったみたいだ。そこまで考え、僕は慌てて身を起こした。
「わわわっ! ご、ごめん、クリス!」
 ふわ、という感触が体を掠めた。
 僕の体は、クリスの翼に包まれていたんだ。
「ふ、ふん。いいさ。元気になったなら、それでいい」
 クリスは僕から目を逸らすと、照れ臭そうにそう言った。

 逆に、僕は冷静さを取り戻した。
 そうか。
 僕はあれから、気絶でもしていたんだろう。クリスは、僕が気が付くまで、ずっと膝枕をしてくれていたんだ。きっと、翼で包んでくれていたのは、風邪をひいたりしないようにだ。
 月明かりに照らされた地面は、僕たちを中心にして、すり鉢のように抉れていた。僕らは、その底に当たる位置にいるようだ。随分深い場所にいる。
 土の断面が縞模様になっているのは、いつかケイオスに教わった、「地層」というものだと思う。
 地層からは、所々から水がちょろちょろと流れ出している。

「あ、ありがとう、クリス。ごめんね」
「いいったら。ああなってしまっても仕方がない。私も、もっと話し方に気をつけるべきだったんだ。すまない、ディア」
「や、やめてよ、クリス。そんなに申し訳なさそうにしないで。僕こそ、自分にあんな力があるなんて知らなかったから。大丈夫だった? 怪我とかしてない?」
「ああ、大丈夫だ。《魔王》でなくなったお前の力では、私をどうこうすることなど出来ない。ふふ。ディアは、相変わらず優しいな」
「えっ? そ、そう、かな?」
 クリスに優しく微笑まれ、僕は恥ずかしくなって頭を掻いた。
 優しい、かぁ。でも、「相変わらず」って、どういうことだろう?
 僕は、いつから「変わってない」んだろう?
 ケイオスなら、きっと知っているんだろう。
 でも。
 ケイオスは、訊いたら答えてくれただろうか……?

 


「ケイオス……。うっ」
 思い出したら、また悲しい気持ちになった。
「ディア」
 そんな僕を、クリスが胸に抱き寄せる。
「元気を出せ、ディア。お前がそんな風では、ケイオスも安心できないぞ」
「…………」
 僕には答える気力もなかった。
「いいか、ディア。ケイオスは、自ら望んでああしたんだ。最期、お前の役に立てて、ヤツは嬉しかったに違いない。お前の身代わりに《穢れ》を引き受け、お前を自由にするきっかけが作り出せた。ただそれだけで、アイツは満足しているはずだ。アイツはそういうヤツなのだ」
「なんで? どうして、そんなことがクリスに分かるの?」
 僕の素朴な疑問に対するクリスの答えは、予想外のものだった。
「分かるさ。なぜなら、ケイオスは私の兄。私とケイオスは、兄妹なのだ」

「えっ? ええっ?」
 兄妹? ケイオスとクリスが?
 そういえば、なんとなく、顔とか知性的な雰囲気とか、少し似ているような気もするけれど。
「まぁ、人間でいうところの『兄妹』とは、ちょっと意味合いが違うがな。『分身』と言った方が、しっくりくるのかも知れない」
「分身?」
 まさか、ケイオスとクリスが、そんな関係だったなんて。
 待って。
 じゃあ、僕のためにケイオスが犠牲になったことを、クリスは、本当は怒っているんじゃないだろうか?

「そう、なんだ。僕には、あまり意味が分からないんだけど……。じゃあ、クリスも、ケイオスが消えちゃって、いなくなっちゃって、やっぱり……悲しいんだよね?」
 もしそうなら、僕はクリスに責められなくっちゃならない。それでクリスの悲しみを、少しでも和らげてあげなくっちゃならない。何を言われたって構わない。ケイオスが消えたのは、僕のためだったんだから。
 そう考えて、僕は思い切って訊いてみたんだ。
 なのに。
 クリスの返答は、またしても僕の予想を、ものの見事に裏切ったのだった。

「ん? ふふん。なんだ、私を心配してくれているのか? 未曾有の悲しみの中、そこまで気を遣うとは、お前はどこまで優しいのだ。私ならば心配ない。ケイオスがいなくなった今、私はむしろ、清々しているくらいなのだから」
 クリスは、涼やかな笑顔を浮かべてそう言った。
「えええっ! な、なんで?」
 驚いた。僕は本当に驚いていた。なので、声が上擦っていた。
「ケイオスが、ディアを愛していたからだ。対して、私もディアを愛している。お互いに、ディアを独り占めしたいと思い、《ギルトサバス》にまで付き添って来ていたくらいにな。ケイオスが消えた今、私はディアを独り占めだ。ふはははは」
 うわぁ。口の両端が、大きく吊りあがってる。なんて邪悪な笑顔なの、クリス。
 僕は若干後ずさった。
 これ、本気なのかな? 僕を元気付けるための嘘なのかな? どっちなんだか分からない。クリスは、分からないことだらけだ。
 ところで。
「ねぇ、クリス。『愛してる』って、なに?」
「へ?」
 笑っていたクリスの口が、かぱっと開いたまま固まった。

 あれ? 僕、なにかおかしなことを訊いたのかな?
 そう思い、僕が不安に感じていると、
「ディアっ……!」
「むぐ」
 クリスが苦しそうに僕の名を呼び、唐突に抱き締めてきた。
「ああ、かわいそうなディア。永きに渡り《穢れ》の毒気に晒されてきたせいで、『愛』の意味さえも忘れてしまったというのか……」
「? ? ?」
 クリスの言っている意味が、僕にはまるで理解出来ない。
「いいさ。それも仕方の無いことだ。悪いのは、全て人間だ。いや、あの『クソジジイ』のせいだ。むしろ、ジジイの責任の方が大きい。おのれ、あのクソジジイ……!」
 クソジジイ? 誰のことだろう?
「よしよし、そんな不安そうな顔をするな、ディア。何も心配はいらない。『愛』の意味など、そのうちにちゃんと分かってくる。私といれば、きっと」
 じゅるり、とクリスが舌なめずりをした。僕を見つめる目が熱い。
 なんか怖い。
 僕の笑顔が引き攣った。


「さて。こんなところにいても仕方が無い。夜のうちなら、《アルクデスタ》までひとっ飛びしても、誰に見られることもないだろう。さぁ、行くぞ、ディア」
「え? う、うん」
 そうだ。僕には、ウィルとの約束があるんだ。ケイオスのことは悲しいけれど、いつまでも泣いてばかりはいられない。僕は屹度顔を上げ、クリスの差し伸べられた腕に捕まった。細いのに、力強いクリスの腕。それは僕を誘う灯台の光にも思える。
 ぶわ、と純白の翼が広がった。辺りに砂塵が舞い上がる。月明かりを受けた翼は、仄かな輝きを放ち、僕の目には幻想的に映った。

 ゆっくりと、僕たちは上昇を開始した。目指すところは、《アーク公国》の辺境にある田舎町、《アルクデスタ》。勇者ウィル・ハーバーライトの妹、たった一人の肉親である、シャルル・ハーバーライトの住む町だ。僕はぶかぶかの服を風に揺らし、ウィルから預かった《カイロスの盾》をしっかりと抱え込んだ。
 どんな子なんだろう、シャルルって。
 会ったら、なんて言おう。
 ウィルのことを、どう話せばいいのだろう?
 すり鉢状になった地面の底から、地上へと昇る。僕は、これからの行く手に不安と、それより大きな期待に、胸を膨らませていた。

 

「グファファファファ! 出たぞ! 撃て!」
 突然、大きな声がした。男の人の、野太い声だ。
「なにぃっ!」
 クリスが驚愕の叫びを上げた。 すぐ目の前には、矢があったからだ。四方八方から、僕らを目指して、一直線に向かってくる。
「むんっ!」
 クリスが翼をぶるんと振った。クリスの翼から発せられた突風が、全ての矢を吹き飛ばした。
「うおおっ!」
「なんだこれは!」
「やはり、人ではなかったか!」
 同時に、驚きに彩られた無数の声が上がった。

「不意打ちとは、無能で無礼で汚らわしい、人間らしい行動だな。答えろ! 貴様らは、何者かっ!」
 さらに上昇したクリスは、地上にある複数の人影を見下ろし、凛とした言葉でそう告げた。人影たちは、抉れた地面のその丸い縁を、取り囲むようにして立っている。手には、今、僕たちに向かって飛んできた矢を撃ったのであろう《ボウガン》がある。
 鉄の鎧すら突き破るほどの威力がある矢を撃てる《ボウガン》は、弦を張るのに専用の機械を使うため、次射にはけっこう時間がかかる。彼らのうちの何名かは、その準備に慌てている。僕はぬいぐるみみたいにクリスの両腕に抱えられ、その様子を見ていた。
 なんなんだろう、この人たちは?
 なぜ、僕たちを攻撃してきたんだろう?

 ほどなく、僕らを見上げる一団の人間たちから、一人の大男が進み出た。
「グファファファファ! 俺たちは《アーク公国魔導探査部隊》だ! 通称である《セレクタ(選別者)》と名乗った方が、分かりやすいかもしれねぇな! グファファファ!」
 他の人間が頭をすっぽりと覆うヘルムを被っている中、そう答えた大男だけが、素顔を晒していた。
 銀色の短めな髪が生えた頭をガリガリと掻きながら、もう一方の手は鈍く光る甲冑の胸をどんと叩いている。
 大きな目。大きな口。大きな体。全てが無骨な輪郭で出来ていて、どこからどう見ても粗暴としか言い表せない男の人だ。背負っているのは、地面に引き摺りそうなほどに巨大な剣だ。
 この人も、《騎士》なんだろうか?
 いろいろと特徴のある風貌だけど、僕は特に目が気になった。
 銀色の瞳孔が、縦長になっている。獣じみた瞳に、僕は興味を持った。

 


「ほう。《セレクタ》か。それは確か、放置されている《魔導士》どもを探し出し、味方に引き入れるか、さもなくば捕らえて処刑するという、勝手極まりない組織だったな」
「グファ! 人聞きの悪いことを言うなよ、お嬢ちゃん。『保護している』って言って欲しいもんだよなぁ。ま、意味は一緒だけどな。グファファッ!」
「ふむ。そういう貴様も、《魔導士》だな。人間にしては、かなりのレベルにあるようだが……。貴様、名はなんという?」
 この大男に興味を持ったのは、クリスも同じだったようだ。じゃなきゃ、クリスは名前なんか訊きそうにないし。多分、すぐに反撃して終わらせているんじゃないだろうか。

「へぇ。おめぇも相当やりそうだな。見かけからしておかしいが、《魔物》の類じゃなさそうだ。ヤツラは会話なんて成り立たねぇしな。グファ!」
「あんなモノと一緒にするな。生意気な口をきくヤツめ。今すぐ殺してもいいのだぞ?」
「まぁまぁ。そう焦るなよ。俺は『ウィンザレオ』ってんだ。一応、この部隊の指揮を任されてるもんさ」
 ウィンザレオと名乗った大男は、クリスの脅しにも臆することなくにかっと笑う。いきなり攻撃しておいて、なんて言い草なんだろう。僕はちょっと呆れてしまった。

「いやな。魔王の討伐軍に選ばれなくて、俺もむしゃくしゃしていたからよ。ここから少し離れた所で、その辺にいる魔物どもを片っ端から狩りまくって、暇つぶしをしてたのさ。お陰で部下は何人か死んだがな。グファファ」
 そして、僕は更に呆れた。
 暇つぶしで、仲間を死なせたって言ってるの?
 この人、信じられないよ。
「そしたら、いきなり凄い音と衝撃が発生したから見に来てみれば、おめーらがいたってわけだ。どうにも只者じゃなさそうだって思ったからな、とりあえず不意討ちしてみた。グファファファファ!」

 ウィンザレオという男はそこまで言い終えると、腰から提げていた小さな樽を外し、口元に運んだ。そして樽の中身を喉に流し込み、「ぷはー」と一息ついている。中身はお酒らしい。
 今って一応、戦闘中になるんじゃないの?
 このウィンザレオって人間は、相当剛毅な性格らしい。
「ふふん。おかしな人間もいるものだな。ウィンザレオ、と言ったか。貴様、騎士ではないのか?」
「騎士? あんなもん、堅苦しくてやってられん。俺はただの兵隊さ。そもそも、なぜ騎士どもが貴族の下で戦っているのかが理解出来ん。そのうち、騎士は貴族から独立して、実力で覇権を奪ってゆくだろうが、今はとてもやれないぜ。俺みたいな人間は、その前に処刑されちまうだろうからな。グファファファ!」

 その時、僕は気が付いた。
 僕らに向けられているボウガンが、全て、すっかり準備の整っていることに。
 この無駄話、もしかして時間稼ぎだったのかな?
 心配になり、胸の中からクリスを見上げる。
 クリスは、目だけで頷いた。
 よかった。気付いてる。
「さて、と。そろそろ本題に入ろうかね。……おめーら、一体、何者だ?」
 ぎらり、とウィンザレオの縦長な瞳孔が凶悪な光を放った。

 


「人間ごときが詮索するか。不愉快だな」
 クリスの声は氷点下だ。僕は背中が冷たくなり、ぶるっと震えた。
「グファファ。一応、仕事なもんでね」
 対して、ウィンザレオは変わらずぬるい。
「答えねばどうする?」
「仕事だって言ったろ? それなりの行動に出るだけさ」
 二人の相性は良すぎるのかも知れない。打てば響くような問答だ。
 そして、クリスが動いた。
「好きにしろ。どちらにせよ、死にゆく者に答える言葉など持ち合わせていない」
「クリス!」
 音もなく、またあの光り輝く羽が舞い踊った。

「おお。こりゃきれいだ。グファファ」
 ウィンザレオは僕らの周りを旋回する無数の羽の乱舞を見上げ、笑う。まるで花見をしているかのような風情だ。背中の大剣を抜く素振りもない。
 なんでウィンザレオは、あんなに余裕でいられるの?
 これ、勇者ウィルでさえも、あっという間に倒しちゃった羽なのに!
「舐めおって」
 旋回していた羽が突如方向を変え、地上へと降り注ぐ。光の尾を引く羽たちは、白いラインを残して人間たちに襲い掛かった。
「撃て!」
 ウィンザレオが号令をかける。
「ぎゃ!」
「が!」
「げふ!」
 が、それは遅すぎた。
 甲冑に身を包んだ人間たちは、ボウガンを構えたままで、全身を羽に貫かれていく。
「う」
 僕はウィルを思い出し、思わず顔を背け、目を瞑った。それでも瞼の裏には血を噴き出させて倒れてゆく人々の姿が浮かぶ。悲鳴が聞こえてくるせいだ。僕は耳を塞ぎ、頭を振った。

「ふん。他愛もない」
 ひとしきり羽を降らせたクリスは、もうもうと土煙を上げる地上を見下し、人間たちを皆殺しにしたことを確信している。それは満足げな声だった。
 やっぱり……クリスは、怖い。
 僕は目を閉じ、耳を両手で塞いだまま、そう考えていた。
「くだらん時間を使った。さて、行こうか、ディア」
「う、うん」
 クリスに優しく頭を撫でられ、僕は手の力を緩めた。
 そして目を開けると、信じられない光景があった。
「ひゃー。危ない危ない。いやいや、危うく死ぬところだったな、これは。グファファファファ!」
 土煙の晴れた大地に、ウィンザレオが立っていた。

「あーあ。俺の便利な部下たちが。こりゃー、城に戻っても言い訳できねぇなぁ。それどころか、首を斬られるかもしれねぇ。グファファファファ!」
 大口を開けて笑っているのは、かすり傷一つないからだ。
「うそ……! なんで……?」
 僕は思ったままを口にしていた。
「馬鹿な。こいつ、一体……?」
 クリスも驚いている。
 クリスは空中で進みだした体を止めて、ウィンザレオを睨んだ。
「すげぇな、お前。名前だけでも教えてくれよ?」
 ウィンザレオは一切変わらずそこにいる。
 周りには、沢山の仲間が、血を流して倒れているのに。
 なぜ、怒らないの? なぜ、悲しくないの?
「ふぅん。白い翼を持つ者か。お前、『教会』にある、天使ってやつの絵に似ているな」
 答える気のなさそうなクリスをウィンザレオはしげしげと見ている。

「…………」
 クリスは答える代わりに、ウィンザレオに向けてまた羽を飛ばした。
「おとと」
 それをウィンザレオは見えなくなるほどのスピードでかわして見せた。羽は虚しく空を切り、地面を裂いた。クリスはそれを見てにやりと笑う。
「そうか。貴様、『獣人』だな。それも、桁外れな」
「グファファファファ! すげぇな! もう見抜かれたのかよ!」
 ウィンザレオは何が嬉しいのか、豪快に笑う。僕にはこの男の人が、何を考えているのかまるで分からない。全然なんにもおかしくない。おかしくないのに。
 気付けば僕も、口元が緩んでいた。
 直後、ウィンザレオは意外なことを口走る。
「なぁ、おめぇら。俺と、組んでみる気はねぇか?」
 僕らに向けて伸ばされた手は、とてもごつくて大きなものだった。

 


「組む? 貴様と? それに、なんのメリットがある?」
 意外に思い、僕はクリスの顔を見た。
 言葉とは裏腹に、目が輝いているようだ。
「王様になれる」
 即答だった。
 ウィンザレオは不敵な笑顔を僕らに向け、目を爛々とさせている。
「王様になど、興味はない。ディアはどうだ?」
「えっ? 僕?」
 急に話を振られ、僕はぷるぷると首を振った。
「そ、そんなの別になりたくないよ。それより、シャルルの所へ行かなくちゃ」
 もう王様なんて懲り懲りだ。
「シャルル? それ、ウィルの妹の事か、もしかして?」
「知ってるの?」
 ウィンザレオは力強く頷いた。

「まぁな。ウィルのヤツとは、よく一緒に戦ったからよ。家だって知ってるぜ?」
「家?」
 そういえば、僕はシャルルの住んでいる所も知らない。
「クリス?」
 クリスは首を振っている。クリスも知らなかったんだ。
 僕をどこに連れていこうとしていたの、クリス?
「な、なんだ、その目は、ディア? シャルルの家など、近くまで行って、その辺の者に訊ねればいいだろう?」
「あ? そいつは無理だぜ、天使ちゃん」
「誰が天使ちゃんだっ!」
 クリスがむきになっている。
 なんだかおかしい。でも、笑ったら怒られそう。
 僕は吹き出しそうになる口を、両手で押さえた。
 でも、すぐに放さなければならなくなった。
「で、でも、どうして無理なの?」
 クリスがむすっとしているので、僕が訊くしかない。
 クリスは人に何かを訊くのは苦手そうだ。

「あいつんち、近くに誰も住んでねぇんだ。山奥にあるから何も知らずに行くと迷うし、魔物がうようよいやがるからよ。へたすりゃ死ぬぜ」
 普通に話すウィンザレオの口調に、僕は返ってぞっとした。
「むぅ……」
 クリスは一つ唸ると、ふよふよ翼をはためかせ、僕と共に地上に降りた。
 どうしたんだろう? 何を悩んでいるんだろう?
「グファファ。そう悩むなよ、天使ちゃん」
「……天使ちゃんと言うな」
 あれ? クリス? 元気がないけど?
「何しに行くのか知らねぇが、俺が送って行ってやろうか? こんなに頼りになるボディーガード、そうそういねぇんだぜ。グファファファ!」
「え? ホント?」
「待て、ディア。貴様、その代償になにを望む? まさか、ただの善意でそんなことはしないだろう? 貴様はそんなに出来ている人間ではないはずだ」
 飛びつこうとする僕を、クリスが腕で制した。
 そういえばそうだ。仲間が死んでも平気にしてるし、この人、怖い人だったんだ。
 とても信用出来ないよ。

「まぁな。なに、そっちの用が済んだら、今度は俺の用事に付き合ってくれればいいだけさ」
「用事?」
 無精ひげの生えた顎をさするウィンザレオに、僕は問い返した。
「ああ。なに、簡単な用事さ。妙に疑われるのはめんどくせーから話しておくが、《アルクデスタ》から一週間ほど歩いた向こうに、《ドラムフォルス》って山脈があるだろう?」
「《ドラムフォルス》だと? なるほどな。そこに、何をしに行くつもりだ?」
 何が「なるほど」なのか、僕には分からなかったけれど、クリスもそこに何をしに行くのかは分からないみたいだ。
 でも。
 薄々は分かっているのかな?
 言外に、そんなニュアンスを感じる。
「何しに、だって? 《ドラムフォルス》っていやぁ、一つっきゃねぇだろうが? グファファファファ!」
「……貴様は、相当な馬鹿者のようだな。面白い。よかろう。連れて行くだけでいいのだろう?」
「ああ。俺を降ろした後は、好きにしてくれて構わねぇ。あとは、自分でなんとかするさ。グファファファ」
「よし。交渉成立だ」
「おう。よろしくな、天使ちゃん」
 ウィンザレオのセリフにクリスの眉がぴくりとしたけど、二人はがっちり握手した。

 


 何がどうしてこうなったの? 僕には何も分からない。僕、分からないことだらけだ。て、落ち込んでても仕方ない。「分からない時は、訊くことです」って、ケイオスが言ってたんだ。今度も、ちゃんと訊かなくちゃ。
「ね、ねぇ、クリス。《ドラムフォルス》って?」
「ん? ああ、《ドラムフォルス》とは、ここ、グランデール地方の最西端にある火山地帯なんだが、そこに辿り着くには、マグマの大河を渡らねばならん」
「あ。じゃあ、クリスに、その河を?」
「そういうこった。さすがの俺でも、飛び越すには大きすぎる河なんでな。空を飛べるヤツを探してたのさ」
 僕の予想は当たっていた。そうか。ウィンザレオは、クリスにそこまで運んでもらいたいんだね。

 僕はいつの間にか、このウィンザレオという大男を信じていた。さっきから酷いことばかりしているけど、『嘘』だけはついていない。そう思ったからだ。

「ふぅん。で、そこに、何があるの?」
「なんだ、知らないのか、お嬢ちゃん?」
「僕、男です」
「なに? うそつけ。そんなかわいい男、いるわけねぇだろ」
「本当だとも。ほら」
 横目で僕を見るウィンザレオに、クリスは僕のシャツをまくってみせた。
 僕の下半身が露になっている。
 そうだ。
 僕。
 ズボンも下着も、全部脱げていたんだ。
「……本当だ。アソコだけは、めちゃくちゃ男らしいな。グファ」
 ウィンザレオは、心底感心している。
 じろじろと眺め回され、僕の中にふつふつと湧き上がる気持ちがある。
 それにつれ、体がぷるぷると震えだす。
 耐え切れなくなった僕は、
「ク、ク、クリスーッ! な、なんてことするんだよーっ!」
 叫びながら、シャツの裾を力一杯引き下げた。

「ははははははは。一発で信じてもらうには、いい方法だろう? ははははは」
「違いねぇ! グファファファファファ!」
「笑い事じゃないよ!」
 怒る僕に、二人は更に笑い出す。
 ここから、僕ら三人の旅が始まったのだった。
 この時、僕にはまだ、知る由もなかった。

 このウィンザレオが、後に『獅子王』と呼ばれることになることを――

 

 


10

 もう夜も遅いので、出発は改めて、明日することに決まった。ウィンザレオは地面にそのまま寝転がり、僕はクリスの翼に包まれて、眠りにつこうとしていた。
 眠る前に、僕はさっきの続きをクリスに訊ねた。
「ねぇ、クリス。結局、《ドラムフォルス》には、何があるの?」
 クリスはすぐに答えてくれた。
「ドラゴンだ」
「え?」
「《ドラムフォルス》の洞穴には、《ゲオルギウス》という竜が棲む。ウィンザレオは、その《ゲオルギウス》に用があるのだろう」
「な、何の?」
「さぁな。まぁ、普通に考えれば、退治しに、だろう」
「退治って……。僕、ケイオスに聞いたことがあるよ。竜って、とても強いんだ、って」
「うむ。まず、勝ち目はない。挑んだところで、死ぬだけだ。私の見たところ、多分、ウィンザレオも敵うまい」
「……死にたいのかな、ウィンザレオ?」
 僕は首を激しく捻っていた。
「はは。人の中には、稀にそういうヤツもいる。強いヤツと戦いたい。ただ、その為だけに生きているようなヤツが、な」
 僕は口を開けたまま、向こうを向いて寝ているウィンザレオの背中を見つめた。背中の剣がそのままだ。あれじゃあ、横向きにしか眠れない。
「ふ。見ておくがいい、ディア。あれが“武人”という人種だ」
「“武人”……」
 なぜ、ウィンザレオは戦うんだろう?
 今まで、どれほどの戦いを生き抜いてきたのだろう?
「人間って……」
 呟いた僕の声は、星の瞬く夜空へと吸い込まれていった。


 朝になった。
 顔がなんだか暖かいことに気付き目を開けると、朝日が僕を照らしていた。
 体はすっぽりとクリスの翼に包まれたままだ。
「起きたか」
 横を向くと、クリスのぱっちりとした目が僕を見つめていた。
 クリスは、もうとっくに目覚めていたんだろう。
 もしかしたら、眠っていなかったのかも知れない。そんな気がした。

「うん。おはよう、クリス。ありがとう」
「う? ああ、おはよう」
 なんとなくお礼を言うと、クリスは照れ臭そうに挨拶を返してくれた。
「おう、お姫様も起きたか」
 太くて安心感のある声がした。聞き慣れないから思い出すのに少し時間がかかったけど、それはウィンザレオの声だった。また「お姫様」なんて言って。僕は男だって言ったのに。
 そこで僕は、いつの間にか屋根らしきものがあることに気付いた。これは、丸太? 僕らを囲むように皮がついたままの生木が四方に立ち、組まれた屋根の丸太を支えている。
「あれ? 僕ら、野宿していたはずだよね?」
 眠っている間にすっかり変わった環境に驚き、僕は飛び起きた。僕を包んでいたクリスの翼が広がった。力は全く入っていなかったようだ。

「んー? ああ、最初はな。俺は地面に寝てても平気なんだが、おめーらは違うだろ? 夜中にちっと目が覚めたんで、ついでに軽く作ってみた。グファファ」
「ついでにって……」
 木々が組み上げられている丸太小屋は、隙間が一切見当たらない。僕の頬に当たっていた朝日は、小屋の入口からだけ差し込んでいた。入口の向こうには、あぐらをかいて座っているウィンザレオがいる。彼は火を起こし、細い木に突き刺した何かを焼いているようだ。そのまた更に向こうには、得体の知れない“何か”が、沢山転がっていた。

 

 


11

「よし、焼けたぞ。ほれ、起きたなら出て来いよ、おめーら。朝メシにしようぜ」
 にぃっと笑うウィンザレオの手には、こんがりと焼かれた何かの肉があった。
「いい匂いだね」
「頭に気をつけろ、ディア。出入り口が低いからな」
 香ばしい匂いにつられ、僕は小屋から外に出た。
 クリスも、僕の後について出てくる。
「ほらよ。やるから食え。その辺に余った丸太があるから、それに座ればいい。おっと、こいつを忘れちゃいけねぇ」
 言われるまま、側に横たわっていた丸太に座る。
 ウィンザレオが差し出す肉を受け取ろうとしたけど、それは一旦止められた。
「塩、塩。塩をかけた方が、肉は断然うまくなるからな」
 ウィンザレオの腰に巻かれたベルトには、小袋とか小さな樽とか、いろんな物が提げられている。そんな袋の一つを外すと、ウィンザレオはその中身を一掴みして、ぱぱっと肉に振りかけた。
「ほう。貴重な塩を人にふるまうとは。貴様はなかなか太っ腹だな」
 クリスが少し驚いている。

 ここグランデール地方は、内陸の国だ。海を持たないこの国では、塩は大変な貴重品であり、貨幣の代わりとして、取引にも用いられる。昔、戦で塩の供給路を断たれた際には、同じ重さの金と交換されたりもしていたくらい、塩は貴重なものなんだ。塩分が不足すれば、人は死ぬ。
「時に塩は、金より価値を持つのです」と、ケイオスが言っていたのを思い出した。
「ほらよ。熱いから、気をつけろ」
「ありがとう、ウィンザレオ」
 僕は肉を受け取った。人数分焼かれていた肉は、クリスにも渡された。
 そういえば、クリスってごはんはどうしていたんだろう? お城にいるときは、ずっと水晶珠だったわけだから、何も食べていなかったんじゃないのかな?
「ところで、あの『魔物』どもは、全て貴様がやったのか?」
 肉を受け取ったクリスは、ウィンザレオの向こうを見ている。
「『魔物』? あっ!」
 視線を追うと、人に近い形をしているものの、角が生えていたり、こうもりのような翼を背中に持つ“何か”が、小川に沿って何体も倒れていた。

「まぁな。夜中にうるせーもんだから、とりあえず全部ぶちのめしといた。グファファ」
 ウィンザレオはそう言うと、肉に豪快に齧りつく。
 クリスは若干呆れたような表情を浮かべた。
 じゃあ、「夜中に目が覚めた」のは、こいつらのせいなんだ。
 で、ついでにこの丸太小屋を? 凄い。全然、気付かなかった……。
「やっぱ、まずかったか?」
「え?」
 ぼうっとしていると、ウィンザレオに声をかけられた。
「どういう意味?」と、僕は問い返す。
「だっておめー、『魔王』だろう? こいつらは、おめーの仲間じゃねーのかよ?」
「!」
「おっとと」
 びっくりして僕の手からこぼれ落ちた、木に刺された肉を、ウィンザレオが受け止めた。

「落としちまったら、もったいねぇ。ほれ」
「あ、うん。ごめん」
 再び手渡された肉を持ち、僕はぺこりと頭を下げた。
 クリスは肉を手にしたまま、何も喋らない。
「なんで、僕が魔王だって分かったの?」
「グファファ。随分簡単に認めるなぁ」
 咀嚼中にも関わらず豪快に笑うウィンザレオ。口の中のものが少しだけ飛び出したけど、僕は気にしないようにした。
「なんで分かったか、だって? ここは魔王の居城の懐だぜ。連れているのもとんでもないヤツみてーだし、される会話も高度で、人間と比べても遜色ない。『悪魔』は知能が高いがな、そんなに強そうなのを従えているヤツは、見たことも聞いたこともない。第一、おめーの頭には角だってあるしな。間違いなく、人間じゃあねぇだろう?」
「角? あ!」
 僕は頭に手をやった。
 そういえば、僕はこの角、まるで隠してなかったんだ。
 とりあえず『人間じゃない』のは丸分かりだよ、これ!

 


12

「意外だったな。魔物を殺したことで、貴様がディアを気遣うとは」
 クリスは僕の隣に腰掛けて、肉をいろいろな角度から眺め回しながら、ようやく会話に入ってきた。
「グファ。まぁ、自分でも意外なんだがな。このお姫様、まるで底が見えねぇからよ。興味が出た、ってとこかな。グファファファ」
「ふん、なるほどな。ただの戦バカではなさそうだ」
 互いの目を覗き込み合う二人の間には、ぴりっと張り詰めた空気と、がっちりとした信頼感のようなものが漂っている。
「ウィンザレオよ、結論から言おう。ディアが『魔物』を殺されたからといって、怒ったり恨んだりすることはない。その辺は安心するといい」
「へぇ。不思議な話しだな。魔物ってのは、魔王の手下であり、仲間なんじゃねぇのかよ?  やっぱ、そんな感傷的な理由で怒るのなんて、魔王にゃ当てはまらねぇってか?」
「違う」
 クリスは首を振った。
「何が違うんだ?」
「貴様が知る必要はない。それよりも、だ。ウィンザレオ。貴様、ディアが魔王だと、最初から気付いていたな?」
 ウィンザレオは口角を吊り上げ、肩をすくめてみせた。
 カチャ、と背中の大剣が音を立てた。
「だったらどうだっていうんだ?」

「油断のならん男だ。そもそも、こんな開けた土地で眠るなど、豪胆を通り越して、ただの阿呆だ。常に戦に身を置く者が取るような行動ではない」
「そうかもな。で?」
 ウィンザレオはクリスの言葉に、静かに耳を傾けている。
 何が言いたいんだろ、クリス?
 僕は二人の顔を交互に見遣った。
「つまり、わざわざ危険な場所で、我われを無防備な状況下に置こうとしていた、ということだ」
「えっ? それって、どういうこと、クリス?」
 話しの風向きがおかしい。僕はそう思い、クリスに訊ねた。
「ふふん。天使ちゃん。俺が、何の目的でそんなことをする?」
 がぶ、とウィンザレオは肉にかぶりついた。
「尋常な手段では我らに敵わぬとみて、寝込みを襲おうと考えたのだ。違うか?」
「ちょ、ちょっと待ってよ、クリス! ウィンザレオは、僕らのために、こうして丸太小屋も作ってくれたし、朝ごはんだって用意してくれていたんだよ? それに、この人が、そんな戦い方するなんて思えないよ!」
「そうかな? 人間など、強い欲望の前では、簡単に自分を捨てられるものだ」
「そんな……!」
 クリスは、人間のことなんて、全く信用していない。
 僕はそれを痛感した。

「グファファ。一理あるねぇ、天使ちゃん。人間なんて弱ぇもんだ。そんなこともあんだろう。でもよ。仮にそうだとして、俺がそこまでする理由はなんだ?」
 ウィンザレオの口が、ぐっちゃぐっちゃと鳴っている。その目は、楽しげに細められていた。
「貴様、勇者ウィル・ハーバーライトとは、共に戦ったことがある、と言っていたな?」
「ああ、言った。それは事実だからな」
「では、ウィルのあだ討ちだろう。魔王討伐軍が《ギルトサバスの城》に攻め入ったことは、この辺りで暇つぶしをしていたということから、貴様は知っていたはずだ。そして、魔王がここにいる。貴様はそれが指し示す事柄を、瞬時に悟っていたのだろう」
 クリスはウィンザレオに強い視線を向けた。
「ウィルが、敗北したことを。すでに、この世にいないことを」
 チチ、と小鳥のさえずりが、どこかから聞こえた。さらさらという小川のせせらぎが、やけに大きく思えた。ふと、ウィンザレオがクリスから目を逸らした。


13

「そうか。やっぱり死んだか、ウィルのヤツ。ま、しゃーねーな。あいつ、弱ぇくせに、勇者なんかに祭り上げられちまってたからな。逃げることも出来ず、やるしかなかったんだろう。グファファ」
 肉が生焼けだったのか、ウィンザレオは再びそれを焙りだした。
「怒らないのか、ウィンザレオ? ウィルとは、それほど親しい間柄ではなかったのか?」
「んー? どっちかっつーと、親友だったな」
「えええっ?」
 肉の焼き加減を確かめながらそう言うウィンザレオに、僕は思わず声を上げていた。
「悲しくないの?」
 僕にはウィンザレオの気持ちが分からない。僕は、あんなに泣いたのに。
「悲しい、ってーよりか、ちょいと寂しい、かな。んでもよ。あいつは、命を奪いに行ったんだ。それなら、逆に奪われたって、文句は言えねーだろ?  あいつだって、そこんとこは納得してるはずさ。だから、俺がどうこう言う問題じゃねーんだよ。卑怯なだまし討ちとかされてなきゃ、だけどな」
 ウィンザレオは肉を噛んだ。「アチ」と短く上がった声が、少し元気なく思える。僕は、そんなウィンザレオから目が離せずにいる。分かりやすいけど、分からない。納得出来そうで、出来ない話だった。

「ふむ」と唸るクリス。
「なぁ、お姫様。ウィルは、勇敢だったか?」
 ウィンザレオの瞳に陰を見つけ、僕は一瞬言葉に詰まる。
 でも。
「うん。凄く、凄く勇敢だった。ウィルは、間違いなく勇者だったよ」
 それは、ちゃんと言わなくちゃ。
 僕はこの言葉に、ウィルに対するありったけの気持ちを込めた。
「そうか。それを聞けば、きっとシャルルも喜ぶだろうな。グファファ」
「シャルルも……?」
 豪快に笑い、「肉が冷めるぜ。食え食え」と僕らに促すウィンザレオ。
 僕はこくりと頷いて、肉を口に運んだ。
 クリスも無言で食べ始めた。
 焼いただけの、なんの動物のものかも分からない肉は、程よく塩が効いていて、やけにおいしく感じられた。

 ところで。
 ウィルを死に追いやった直接の原因って、クリスが作っているんだけれど。
 ウィンザレオは、僕がウィルを殺したって思っているんじゃないだろうか?
 僕がクリスにちらりと投げた視線は、さっと逸らされた。
 言わない気だね、クリス?
「さ、さぁ! 今日中には、シャルルの元に辿り着こう! そうと決まれば、のんびり食事などしている場合ではないぞ、ディア! さぁ、食べろ! 早く早く!」
「もがががが!」
 纏わり付くジト目に耐えかねたのか、クリスは一人で不自然に盛り上がりつつ、僕の口に肉を詰め込んできた。
「グファファファファファ! おいおい、そんなにしたら、お姫様が死んじまうぜ。グファファファファ!」
 僕らのそんな様子に大笑いしているウィンザレオ。この人の笑いには、なんの他意も感じられない。僕はそう思った。
 空は真っ青に澄んでいて、鳥が仲良く飛び回る。常春の柔らかな風が撫でてゆく。心がどこまでも広がって、どこにだって届きそうな気がした。
 そう。シャルルにだって、届くんだ。
 この時の僕には、そんな予感だけしか無かった。


14

 一時間後。
 僕らは、勇者ウィルの妹の住む町、《アルクデスタ》に到着した。
「はー、はー。け、結構飛んだな。意外と遠いではないか……」
 クリスは《アルクデスタ》と書かれた板切れの打ち付けられた巨木に手をつき、荒い息を吐いている。
「なんだ? バテてんのか、天使ちゃん? 意外と体力ねぇな。そんなんで、俺を《ドラムフォルス》にまで連れて行けるのかよ?」
「うるさい! 私がこれほど疲弊しているのは、貴様が重すぎるせいだぞ!」
 やれやれと肩を竦めるウィンザレオに、クリスが怒る。クリスはウィンザレオと彼の肩に掴まった僕を、ここまで空を飛んで運んでくれていた。ウィンザレオはその間、クリスの足を掴んでいたけど。
 凄い握力と持久力だなぁ、ウィンザレオ。僕なら、五分ともたなかったと思う。

「それにしても、だ。なぜ、町の入口で降りるのだ? シャルルの家は町の奥にあるのだろう?」
「あー。ま、そう慌てるなよ。大体、天使ちゃんみたいなのが空飛んで町に入ったら、大騒ぎになるのは確実だろ? それに、お姫様の服だって、なんとかしなくっちゃな」
「え? 僕の服?」
 言われて自分の姿を確認する。重々しかった革の外套と黒いマントは脱ぎ捨ててきたから、今の僕は、シャツ一枚羽織っている姿だ。ウィルから預かった《カイロスの盾》は、僕の腰に、後ろ向きに装着している。ウィルの腕には丁度良かった、盾を固定する皮のベルト。僕には腰でぴったりだった。
 ウィルの腕、凄く太かったんだな。それとも、僕が細いの?
 それより、頭の角が丸出しだ。
 このままじゃ、きっとシャルルも警戒するだろうなぁ。

「……ふむ。ディアの格好か……。言われて冷静に見てみれば……」
 クリスは僕をじろじろと眺め回し、
「“変態”にしか見えないな」
 と、酷いことを言ってのけた。
「へ、変態!? 僕が!?」
「そうだなぁ。今にも『見て見てー!』とか言って、シャツをめくりそうだよな」
「僕、そんなことしないよ!」
 ひどいよ、クリスもウィンザレオも! 凄くショックだよ、それ!
 でも、今の僕は、そんなことしそうな格好をしているのか。
「はー」
 僕は溜め息を吐いて座り込んだ。
「グファファ。そんなに落ち込むなって、お姫様。だから、こうして町の入口で降りたんだからよ」
「どういうこと?」
「無いんなら、買えばいいだろ」
「そっか!」
 ウィンザレオの提案に、僕は元気を得て立ち上がった。
 “買い物”かぁ! 一度やってみたかったんだ、それ!
「買うと言っても、我われはお金など持っていないぞ」
「ええええええ!」
 クリスの言葉に、僕は再び座り込んだ。

「分かりやすいお姫様だな。心配すんな。金なら、俺が持ってるからよ」
 バン、とウィンザレオに背中を叩かれた。
「いてっ。え? そうなの?」
 痛いけど、凄く嬉しい!
 立ち上がる勢いがつきすぎて、僕はぴょこんと飛び上がった。
 両手は無意識に上がっている。
「喜びすぎだ、ディア」
「う」
 呆れ顔のクリスに窘められ、僕は手をふにゃりと降ろした。
「グファ。そうと決めれば、さっさと行くぜ。ほれ、天使ちゃんも翼を引っ込めな。出来るんだろ?」
「ん? ああ、そうだな」
 クリスの翼が光の粒になってさらさらと消えていった。ウィンザレオは先頭に立って歩き出す。歩く度、ウィンザレオの上半身を覆う鉄製の甲冑と背中の大剣が、ガシャンガシャンと音を立てる。
 僕は急いで後を追った。
 歩幅が広いウィンザレオについていくのは大変だ。看板のある巨木はなだらかな丘にぽつんと一本生えており、僕らはそこから町に続く一本道を進んでゆく。周りには高く伸びた草が青々と茂っている。道だけはそれが無かった。
 人が二人、ゆったりと並んで歩ける道には真ん中に轍があり、割と頻繁に馬車が通ることを示していた。

 


15

 しばらく進むと、二階建ての櫓(やぐら)が見えてきた。櫓の前には高く聳える木製の門が立っていて、その前には全身を甲冑で固め、槍を持った戦士がいる。
 あれはきっと門番だ。
 門の前で、荷馬車を引いた商人風の人たちも、なにかいろいろ訊かれている。
 門番って、不審者を町に入れないようにするのが仕事だと思うけど。
 僕ら、入れてもらえるのかな?
 そんな僕の心配など関係なく、ウィンザレオは堂々と門番の目前にまで歩を進めた。
 そして、
「よぅ。久しぶりだな。俺だ。ウィンザレオだ。ちょっと入れてくれや」
 と、ウィンザレオは門番に気軽に声を掛けた。
 言われた門番は、
「あ! 久しぶりだな、ウィンザレオ! しばらく見なかったが、どうしてたんだ、お前?」
 満面の笑みで、そんなウィンザレオを迎えた。
「グファファ。アーク公のとこで、《セレクタ》をしてた。が、昨日辞めてきた。飽きちまってな」
「ははは。お前らしいな。で、後ろの二人は? 連れか? ……おい。なんだ、その二人は?」
 ウィンザレオと和やかな挨拶を交わした門番は、僕らを見るなり顔色を変えた。

「う……」
 まずい雰囲気に、体が硬直する。
 クリスは?
 僕はクリスの様子を横目で見る。と、クリスは興味なさげに空を見ていた。
 ぴん、と僕の勘に引っかかる。
 クリス。
 面倒なことになったら、この人、平気で殺しそう……。
 クリスはきっと、すでにあらゆる場面を想定し、自分の取るべき行動を決めている。クリスのことだから、多分、どんな場面でも“力ずく”なんだろうけど。
 でも、ウィンザレオは落ち着いて門番に対している。
「ふふん。この二人はな、《アルクデスタ》の偉大なる領主『ガードナー卿』への貢物さ」
「おお、ガードナー卿への。……しかし、貢物? 恥じらいなど無縁そうな白い女もおかしいが、そっちの小さい女の子なんて、頭に角が生えているじゃないか。確かに素晴らしい美しさではあるが……。もしかして、魔物じゃないのか? もし魔物なら……」
「あ」
 僕は慌てて角を手で隠した。
 忘れてた。
 まずい? まずいよね、これ?
「恥じらいが、無縁?」
 クリスは不機嫌そうに眉をぴくりと動かした。
 わあぁ。こっちもまずい!
 前に通過を許可された商人風の一団も、僕らの方を興味深そうに見つめている。
 一瞬、時間が止まったように感じた。
 そんな張り詰めた空気を、ウィンザレオがあっさりと破った。

「角? グファファ! 馬鹿言ってんじゃねぇ。これはな、ウンコだ!」
「ウンコ?」
 門番の顔が、予想外の答えにとんでもなくひしゃげた。
「ウ、ウンコ!」
 僕はびっくりしてその下品な言葉を叫んでしまっていた。
「ぶふーーーーっ!」
 クリスが僕の後ろで吹き出した。そしてお腹を押さえて体を折り曲げ、肩を激しく上下させながら笑い始めた。
「おいおい、ウィンザレオ!」
「嘘じゃねぇって。こいつら、サーストン地方の原住民族でな。処女はこうしておかしな男が寄り付かないよう、乾燥してかちかちに固まったウンコを頭に乗せて、純潔を守るって風習があんだよ」
「……ほー。確かにそれなら、迂闊には近づけないかも知れないな」
 ウィンザレオのあり得ない嘘に、門番は感嘆の声を上げている。
 納得されちゃったよ! なんか悲しいよ、これ!
 僕の角が、ウンコにも見えるってこと、これ!?
「では、そっちの白い女は?」
「こっちは売女(ばいた)だ。格好を見りゃ、分かんだろ?」
「ば、売女だとっ!?」
 さらっとウィンザレオにそう言われ、クリスは怒りをあらわにした。
 売女って、なんだろう?
 僕にはクリスの怒る理由が分からなかった。


16

「なるほど。それならばやたらと肌を晒しているのも納得だ。ふーむ。これならば、卿もきっとお喜びになるだろう」
 門番は大きく頷くと、一歩さがって道を開けた。
 問題なく通れたのはいいんだけど……。
 この敗北感は、なんだろう?
 僕とクリスはしょんぼりと肩を落として門を通過した。

 街に入ると、さっきの門番兵とのやりとりで落ち込んだ気分なんて、どこかに吹き飛んだ。
「うわぁっ! 凄い!」
 僕は自分の目で初めて見る人間の街に、ただただ驚いていた。大きな撥ね上げ式の門扉を抜けると、真っ白な外壁と青い円錐形の屋根を沢山突き出させたお城が遠くに見える。幅の広い石畳の道がそのお城まで真っ直ぐに伸びていて、無数の人や馬車や荷車が、せわしなく行き交っていた。

 道の左右にはこれも真っ白な外壁を持つのっぺりとした建物がずらりと並ぶ。窓が五つくらい縦に並んでいるから、五階建てなんだろう。建物の二階以上からは道の真上にまでいろんな看板がせり出していて、空がほんの少ししか見えないくらいだ。
 一階の並びにはお茶やスイーツやパンのお店があり、道にまでテーブルを出している。そのテーブルには、親子連れや恋人同士、一人でくつろぐ老人の姿もあった。他にも雑貨屋さんや青果を扱う店が並んでいたりして、威勢のいい客引きの声が朗らかに飛び交っている。

「グファファ。すげぇだろ。辺境とはいえ、この《アルクデスタ》はアーク公国の都に西からの様々な物資を送る要衝だ。人種も言葉も混ざり合い、いつもごった返してるのさ。俺は澄まして気取った首都よりも、ここの方が気に入ってんだ」
 言葉も発せずにきょろきょろとしている僕の頭にぽんと手を置き、ウィンザレオが笑う。
「ふむ。よく栄えているな」
 クリスも感心している。
 あまりあちこち見ないようにしているみたいだけど、なんとなくそわそわしているような気がする。
「ここがこの街のメインストリートでな。真っ直ぐ行けば城まで行ける。無用心な作りした街に思えるかも知れねぇが、これが罠だ。気をつけて歩かねぇと、底に槍が仕込んである落とし穴に引っかかって即死だぜ。グファファファ」
「ええっ? 嘘でしょ、ウィンザレオ」
 ウィンザレオについて歩きながら、僕は地面を警戒した。
 ……本当だ。所々、人が不自然に避けて通っている。
 なんとなく石の色も違うし、きっとあれが落とし穴なんだろうな。

「平和な街に見えるのに……。やっぱり、こうして攻め込まれた場合に備えてるんだ。なんだか悲しい話だね」
 戦争なんかしているより、こういう街をたくさん作った方が楽しいのに。僕は笑いながら次々に行き過ぎる人々を見送り、そう思った。
「ふん。人間はな、お姫様。“死”への恐怖がなければ、退屈しちまう生き物なのさ」
 吐き捨てるようにそう言うウィンザレオの顔に、表情は無かった。

 
 僕らは手近な服屋さんに入ると、お店の人の見繕いに任せて一通りの服を揃えた。
 シャツ一枚という姿で歩いていた僕は、これでようやく道行く人たちに憐れんだ視線を送られなくてすむ。
 と、思っていた。
 お店の若い女の子に選んでもらった服は、首まで隠す淡いピンクの『ワンピース』というものだった。丈は膝まである。その上に、深い青色のベストを重ねて着せられた。
 裸足に驚いた店員さんは、びっくりして靴も履かせてくれたけど、これはベストと同じような色の短い革ブーツだ。そして、頭にはきのこの傘みたいな白い帽子。これは最初に決まった。

「角が生えてますけど、お客様!」
 と驚く店員さんに、ウィンザレオがまた、
「これはウンコだ」
 と説明したら、「きゃあぁぁぁぁ!」と悲鳴を上げられて、これを被せられた。
 激しく落ち込んだけど、もうこれで安心だ。
 と、思っていたのに。
「ねぇ、クリス」
 僕はクリスに声をかけた。気になることがあるからだ。
 クリスは真っ白な長めの外套を一枚、ウィンザレオに買ってもらった。お陰で今はもう、ほとんど肌が見えない。クリスも相当じろじろ見られていたから。
 特に、男性に。
 しかも、スケベな目で。
 自分でも、さすがにこれは肌を出しすぎらしい、と気付いたようだ。
「ん? どうした、ディア?」
 クリスは白い外套を翻して振り向いた。かっこいい。
「僕のこの服さ。もしかして、女の子用じゃないの?」
 店を出てから、すれ違う人の中から「かわいい」って呟かれたり、男性には「うわ! めっちゃ好み!」なんて、思いっきり叫ばれたりもした。
 こんなの、男である僕が言われるのはおかしい。
「さぁ? 私は、人間の着るものに詳しくないからな。どうなんだ、ウィンザレオ?」
 クリスは前をずんずんと進んでいくウィンザレオに問いかけた。


17

「んん? なんだ、今頃気付いたのか? そんなの、女用に決まってるだろが。グファファファファファ!」
「えええええええっ! な、なんで教えてくれなかったのっ?」
 大笑いしているウィンザレオに、僕は駆け寄り問い詰めた。
「ああ? お前、されるがままだったからよ。てっきりそれが気に入ってんのかと思ったぜ。グファファファファ!」
「ああ、なるほど」
 クリスがポンと手を叩いた。
「なるほどじゃないよ、クリス! どうするの、これ? 今からシャルルに会いに行くっていうのに、これじゃ僕、女装趣味の変態だって思われても、言い訳できないじゃないか!」
 このままじゃ、第一印象最悪だよ!
 そんな空気の中で「実は、ウィルが……」とか話しだしたら、「ふざけるな」って殺されそうだよ!

「ま、いいじゃねーか。女の子で通せばよ。どうせシャルルんとこに行ったって、用事が済んだら、すぐお暇すんだからな」
「えっ?」
「えっ? ってなんだよ、お姫様? お前、どんだけシャルルんとこに居座るつもりだったんだ? その《カイロスの盾》だけ渡したら、もう用事は終わりだろ?」
「…………」
 僕は何も言い返せないまま、無感情なウィンザレオの瞳を見上げた。周りの喧騒も聞こえない。僕は考えていた。
 そうなのかな? ウィルは僕に、「シャルルを頼む」って言ったけど。それって、「面倒みてくれ」ってことじゃないのかな? 一人ぼっちになっちゃうシャルルを元気付けてあげてくれって、そういうことじゃないのかな?
「……グファ。ウィルのヤツに何を頼まれたのか知らねぇが、シャルルのことなら、何も気にしなくたっていいんだぜ」
 腕を組んでぶつぶつと呟いていると、ウィンザレオが僕の考えを察したように語り出す。
「気にしなくていい? どういうこと、それ?」
 僕はウィンザレオに尋ねた。

「シャルルはな……。なんつーか、『何も無い』ヤツなのさ。何も無い者には、何も必要ない。無闇に近付かない方がアイツの為だ。その方が優しいと、俺は思うぜ」
 ウィンザレオは困ったように頭を掻いた。
「なにそれ? 全然意味が分からないよ」
「だろうな。悪いけど、あんまり俺から詳しく話したくないんだよな。シャルルが話してくれればいいが……。でも、訊かずに帰るのが一番いいと思うがな、俺は。グファ」
 言葉を濁すなんて、ウィンザレオらしくないな。
 そう思いクリスを見ると、やっぱり微妙な顔をしていた。

 

 僕らは《アルクデスタ》の街を抜け、裏の門から山に出た。出る分には、門番も特に何も言ってこない。何度か分かれ道を選んで、急に険しくなった山道を登る。二つの道が交差する場所で、ウィンザレオがこんなことを言った。
「おっと。道が交差している所は、真ん中を歩けよ」
「えっ? なんで?」
「交差点にはな、処刑された罪人が埋められているからさ」
「ええええっ! じゃあ、端を歩いた方が!」
 僕は慌てて端っこに寄った。

「いや。それが罰なのさ。死してなお、人に踏みつけられるのが、そいつの罰だ。散々踏まれた後、ようやくそいつは逝けるんだ。だから踏んでやるのさ。それに、端を歩くと悪魔に出会う。その悪魔はどんな望みも叶えてくれるが、代わりに命を奪うのさ」
 そう言いながら、ウィンザレオはドスドスと念入りに交差点の土を踏み固めた。
 いくらなんでもそこまでしなくてもいいんじゃないかな。    

 と思ったけど、僕もウィンザレオに習い、踏み固めた。

 


18

「そうか。でも、じゃあさ、もし悪魔に出会ったら、何も望まなければいいんだね」
「そうすると『望みが無いなど、死人と同じだ』って言われて、魂だけ、すぐにその場で抜かれるらしいぜ」
「ええええ! もう出会ったら死ぬしかないじゃない、そんなの!」
「そういうこった。グファファファファ」
「くだらん。先を急ぐぞ。日が暮れてしまう」
 クリスは溜め息をつき、僕らをさっさと追い越した。
 直後、

「望みを言え」

 と、正面から、冷たく暗い声がした。
「なにっ?」
「えっ?」
「グファ」
 それは真っ黒な人影だった。でも、そのシルエットは間違いなく人間じゃない。頭から伸びる二本の長い角がある。背中にはコウモリのような翼がある。全てが黒い中、大きく開いた口とただ丸いだけの目が、真っ赤な色を持っていた。

「へぇ。おもしれぇ。まさか本当に出てくるたぁな」
「面白くないよ! これってクリスのせいじゃないの? 真ん中歩かないから!」
「なに? 言いがかりはやめてくれないか、ディア。私は真ん中を通ったぞ。ただ、空中だっただけだ」
「飛び越してもダメじゃないの!?」
 わぁわぁと言い合う僕らに、
「望みはないのか?」
 と、悪魔は答えを急かした。
 ゆらり、と一歩近付いてる。
 なにこれ? 影が空中に浮かんでるみたいだ。
「ほれ。望みだとよ。おもしれーから、何か頼めよ。グファファファ」
 ウィンザレオに脇を肘で小突かれた。
 何が面白いの? 頼んでも頼まなくても殺されるんでしょ?
 と、ここで一つ閃いた。
「あ! そうだ!」
「お? なんかあんのか、お姫様?」
「くだらん。こんな雑魚など、さっさと蹴散らせばいいだろう。時間の無駄だ」
 鋭い目つきで体を白く輝かせるクリスを、
「待ってよ、クリス!」
 と止めた後、僕は思い切ってお願いをしてみた。

「あのね。キミ、僕らと一緒に、シャルルのところまで、来てくれないかな?」
「なに?」
 黒い影は、僕の言葉に目を瞬かせた。目が閉じた瞬間は、赤い口しか顔に無い。
「はぁ? おいおい、お姫様。シャルルまで巻き込むつもりか?」
「それはいい考えだな、ディア。親切と見せかけて、労せず面倒な女を殺せるわけだ」
 クリスが手を叩いた。……って、どんだけ腹黒いの、クリス? どっちが悪魔か分からないよ。それに、面倒な女って思ってたんだ、シャルルのこと。
「そんな願いでいいのか?」
 悪魔は少しだけ首を傾け、確認してきた。結構良心的な悪魔だ。
「うん。あ、着いてきて欲しいのはそうなんだけど、本当のお願いはそこからだよ。僕がシャルルのお願いを聞くからさ、キミには僕からそのお願いをしたいんだ」
「な! 馬鹿か、ディア! それではお前は、シャルルの願いの為に、自分の命を!」
「うん。あげようと思う」
 声を張り上げるクリスに、僕はこくりと頷いた。

「はあぁぁぁぁ? マジかよ、お姫様? こりゃおもしれぇ! グファファファファ!」
「笑い事ではない、ウィンザレオ! もういい! こんなたわけた魔物など、私が吹き飛ばして粉微塵にしてくれる!」
 ぶあ、とクリスの背中に純白の翼が広がった。
 不思議なことに、翼は白い外套(ガウン)を突き抜けているけど、それを破っていなかった。
「やめてよ、クリス!」
 僕は慌てて悪魔を庇った。
「どけ、ディア! 大体お前は、自分の命をなんだと思っているのだ! お前が死ねば、私がどれほど……いや、お前の自由を願って死んでいったケイオスに、すまないとは思わないのかっ!」
「うっ」
 僕は言葉に詰まった。
 そうだ。
 僕の今の自由は、ケイオスが自分を犠牲にして与えてくれたものなんだ。

 悪魔を背に両手を広げたまま固まっていると、
「もめているようだな。ともかくそのシャルルという者の所へ行き、それから考えてはどうだ? 願いを叶える対価も、そこで話し合おうではないか」
「え? あ、うん」
 意外なほどに常識的な提案が、影の悪魔から出された。振り向いて見た影の顔。赤くて丸い目が、ぱちぱちと規則的に瞬きをし、開いた口はまるで動かない。
 ……意外とユーモラスに見えてきた。
 僕は影の悪魔に、そんな印象を抱き出していた。

 


19

 と、いうわけで。
 僕らは今、シャルルの家へと続く道を、再び歩き続けている。山道に入り結構歩いたと思う。そろそろ日が傾き始めている。道は九十九折となり、幅は馬車が入れないほど細くなった。あちこちから木の根が飛び出し、大きな石もごろごろと転がっているので、油断すると蹴躓く。
 疲れてきた。ずっと上りだもんね。
 僕、こんなに歩いたことないや、そういえば。
 クリスとウィンザレオは障害物をひょいひょいと飛び越え、軽やかに足を運んでいる。
 ウィンザレオなんて一番荷物が多いのに。さすがは戦士だなぁ。
 悪魔は?
 振り返ると、影のような悪魔は、黙々と後ろについてきている。
 足が動いてない。この悪魔、少し浮いてる。
 ずるい。これなら、あんまり疲れないよ、きっと。

「ね、ねぇ。キミ、名前はなんていうの?」
 みんなにへばっていることを隠そうと、僕は悪魔に語りかけた。
「名前? いや、私にそういうのは無い」
 悪魔は僕の質問をさも意外そうに受け取ると、当然のようにそう答えた。
「ええっ? 名前が無い? うそでしょ?」
「そんなことで嘘をつく理由はない。私はずっと一人だから、名前など必要ない。呼ぶ者がいないのだから」
「あ」
 なるほど。そうかも。でも。
「それ、寂しい理由だね」
 僕はなんだか切なくなってそう言った。
「そうか? 人は良く“寂しい”と思うことがあるらしいな。だが、私はそれがどういうものか、良く分からない。それを感じるとどうなるんだ?」
「どうって。そうだなぁ。悲しくなって、涙が出るかな。なんにも出来なくなるくらい、気持ちが暗くなっていくんじゃないかな」
 僕はケイオスを思ってそう答えた。クリスに教えてもらった最初の気持ちだ。
「分からない。悲しいというのも知らない。しかし、何も出来なくなるのは困る。そんな気持ちは知りたくないものだ」
 悪魔は真っ赤な目をぱちぱちとしてコウモリのような翼を振った。
 ちょっとした風が起こり、辺りの落ち葉を舞い上がらせた。

「大事な者がいなければ、知ることの無い感情だからな。一人でいるというのも、幸せなことなのかも知れないな」
 話を聞いていたらしく、クリスが口を挟んできた。悪魔を横目で見るクリスには、いつもの高圧的な雰囲気が無い。クリスは悪魔を憐れんだり馬鹿にしたりしているわけじゃないみたいだ。
「グファ。最初っから知らなければそうだろうな。でも、知っちまったらもうどうしようもねぇ。その悪魔にも、あんまり深く関わらないこった」
 先頭のウィンザレオが、前を向いたままそう言った。荒地を歩いているせいで、背中の剣や腰の装備ががちゃがちゃとうるさく鳴っている。僕はウィンザレオの言い方が少し気になった。
「その悪魔に“も”? “も”ってどういうこと、ウィンザレオ?」
「ん? ああ、なんでもねぇ。深い意味はねぇから、気にすんな」
 ひらひらと振られるウィンザレオの大きな手が、「この話はお終いだ」と言っているように見えた。
 強引だなぁ。ま、いいか。
 そこで僕はいいことを思いついた。
「そうだ! 僕がキミに名前を付けてあげる! どう? 欲しいでしょ、名前!」
「私に、名前を?」
 振り返って正面で手を打ち鳴らした僕に、悪魔は赤い瞳をぱちくりとさせている。
 びっくりしてる。やった。

「はー。おいおい、お姫様。俺の話し、聞いてたか? 聞いてても、理解出来てたのか?」
 ウィンザレオが盛大な溜め息をついて振り向いた。
 ちょっと怒ってる? なんで?
「いいではないか、ウィンザレオ。ペットに名前を付けるのと同じだろう」
「そういう例えはやめてよ、クリス!」
 僕もちょっとそう思ってたけど、はっきり言ったら悪魔が気を悪くするじゃないか!
「ふーむ。面白い。では、名前を付けてくれ」
 しかし、悪魔は気にしていなかった。
 心が広いのかな?
「僕が付けていいの?」
「任せよう」
 悪魔はこくりと頷いた。
「そんなの、不便なら『十字路の悪魔』でいいだろ? 世間じゃそう呼ばれてんだから」
「どうしたの、ウィンザレオ? 気に入らないの? 悪魔に名前を付けるのが」
「そうじゃねぇ。……もういい。勝手にしろ」
 ウィンザレオはぷいっと前に向き直った。
「どうしたんだろ、ウィンザレオ?」
「さぁな……」
 クリスは意味ありげに青い目を逸らした。
 銀の髪がさら、と鳴った。

 


20

「よし。じゃあね。キミの名前は……『ハッピー』だ!」
 僕は悪魔に指を突きつけてそう叫んだ。
「かっこわるっ! それ、犬の名前じゃないか! やっぱりペットにする気か、ディア!」
「グファファファ! ネーミングセンス、最悪だな、お姫様は! グファファファ!」
 クリスとウィンザレオが僕のネーミングを全否定した。
「な、何がおかしいの!? いいじゃないか、願いを叶えてくれるんだから! それってハッピーでしょ?」
「はぁっはっはっはっは! そんな禍々しい姿のどこが『ハッピー』なんだ! 見かけも考慮しないか、ディア!」
「違いねぇ! グファファファファファ!」
 僕の抗議で、二人は更に笑い出す。
「ふむ。いい名だな。私は気に入った」
 十字路の悪魔は赤い目を細めて何度も頷いている。
「でしょ? いい名前だよね!」
 僕は悪魔の肯定的な態度に勇気を得て、拳を小さく握り締めた。
 やった! 喜んでくれてる!
「「……マジで?」」
 そんな悪魔を、二人は呆然と見つめていた。

 奇妙な道連れを得た僕らは、ほどなく一軒の小さな家に辿り着いた。
 赤い陶器の板が並べられた屋根と、白い土塀が印象的なその家は、周りに小さなお花がたくさん植えられていて、なんだか可愛らしい。

「着いたぜ。ここが、シャルルの家だ」
 今まで登ってきた小高い山の頂上を少し越えた所が、こじんまりとした平地になっている。僕らは頂上からシャルルの家を見下ろしていた。
 夕日に染まるシャルルの家。
 あと二、三十歩も歩けば、辿り着ける所にある。
 僕はついにここまで来たという感慨に耽り、言葉を無くしていた。
「ほれ、お姫様。その『カイロスの盾』を寄こしな。俺が届けてきてやるよ」
 ウィンザレオは剣タコだらけの無骨な手をにゅ、と僕の眼前に突き出した。
「え? いいよ。自分で渡すから」
 僕は腰に後ろ向きでくくってあるカイロスの盾を外しにかかった。
「……会わねぇ方がいい。シャルルも、それを望んでる」
「なんでそんな事が分かるの?」
 決め付けるようなウィンザレオの物言いに、僕はちょっとむっとした。
「なんだ、ウィンザレオ? 貴様、ここまで来て、実は全然違う家だったのを誤魔化そうとしているのではないだろうな?」
 クリスも不機嫌になったみたいだ。
 ここまで飛んでくるのに、ヘトヘトになってたもんね。
 これで嘘だったなんて分かったら、たまんないよ。

「そうじゃねぇ。ち。俺が信用出来ないってんなら、勝手にすればいい。別に俺は困らないからな」
 ウィンザレオが面倒臭そうに頭の後ろをガリガリと掻いた。
「ウィンザレオは困らないの? じゃあ、僕らが困るってこと?」
「まぁな。シャルルだって困るはずだ」
「……僕らやシャルルの為に? あは。ウィンザレオって、優しいね」
 なんだか嬉しくなってそう言った。
 クリスは「ほぅ」とウィンザレオを興味深そうに眺めている。
「ば! 馬鹿言ってんじゃねぇ! オメーらなんざ、どうなっても知ったことかっ! ああ、もう、どうでもいいか! 行くぞ、オメーら!」
 ウィンザレオは勢い良く踵を返して山を下りだした。
 そこで、ハッピーが声をかけた。
「待て。私はいいのか?」
 ウィンザレオは「ああん?」と仏頂面をして振り向くと、
「来たければ来ればいい」
 そう言い放ってずんずんと歩き出した。

 


21

 ゴンゴン。ゴンゴン。
 ウィンザレオは青く塗られた板張りの玄関ドアに付いている真鍮製のノッカーを乱暴に叩いた。
「うぉーい、シャルル。俺だー! ウィンザレオだー!」
 そして、とても乱暴に呼びかけた。
 シャルルって女の子でしょ?
 勇者ウィルの妹なんだから、へたしたら幼女って呼ばれるくらい小さいかも知れないのに。
 怖すぎるんじゃないかなぁ、それ?
 そんな僕の心配は不要なものだった。
「えっ? ウィンザレオ? 本当にウィンザレオなのっ?」
 ばん、と開け放たれたドアから、弾むような声を発して飛び出して来た女の子。
「ウィンザレオー!」
「おっとと。グファファファ。久しぶりだな、シャルル。グファファファ」
 ウィルそっくりな赤い髪を靡かせた女の子は、一目散にウィンザレオの胸に飛び込むと、そのまま抱き上げられてくるくると振り回されている。
 凄く嬉しそうで、見ているこちらまで幸せな気持ちになる。
 ウィンザレオも満更ではないみたいだ。精悍だった顔が、にやけてる。

「もー! 一ヶ月に一度はあたしに会いに来るって、約束したでしょ! どこに行ってたのよ、ウィンザレオ!」
「はぁ? んな約束したっけな?」
 一転して怒り出した少女に、ウィンザレオはとんでもない返答をしていた。
 うわぁ。覚えてないんだ、ウィンザレオ。ひどいなぁ。
「したわよ、ばかっ! 半年も来ないで、もうっ! 臭いし汚いし貧乏臭いし、とにかく上がってお風呂入りなさいよ!」
「わ、ととと。ちょ、ちょっと待て、シャルル。俺の他にも客がいるんだ」
 シャルルは真っ赤な飾り気のないワンピースを波打たせながらウィンザレオの後ろに回り、背中をぐいぐい押している。
 怒ってるけど、嬉しいんだ。
 どっちも同じくらいなんだなぁ、きっと。
 そう思って見ていた僕だったが、ウィンザレオから「客」がいると聞かされた直後、シャルルの様子が一変した。
「客? お客様? 誰か連れてきたの、ウィンザレオ?」
 それは冷たい声だった。
 拒絶。
 その言葉には他者を拒む気持ちが溢れていた。