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── 目次 ──

注記) 記号をつけた節は試し読み可です        【2012.12.05版】

1章 仏道
     覚りは虚妄ならざるもの                  286文字 
     覚りの道の全貌                       606文字
     正法を知っておくべきこと                 665文字
     本当に誰もが覚り得るのか    
            
442文字
     なぜ覚りに達する人が少ないのか          1,199文字
     聖求について       
                  
620文字
     明知について                         507文字
     信仰について                         259文字

2章 覚りの機縁
     機縁                               760文字
     具体的な機縁                         516文字
     あり得べき機縁                        210文字

3章 覚りの因縁
     因縁                               347文字
     覚りの因縁の実際                      638文字
     覚りの因縁は喚起できるか                365文字

4章 修行
     正しい遍歴                           645文字
     修行は無駄にはならないのか               680文字
     薫習はあるのか                        538文字
     観の実際                            747文字
     公案について                       1,249文字

5章 功徳を積むこと
     功徳                               610文字
     功徳を積むには                         520文字
     功徳のよすが                          230文字

6章 不可思議
     不可思議                             228文字
     発心以前に起こる不可思議                 630文字
     不可思議なる発心                       831文字
     解脱はこの世の最高の不可思議              506文字
     解脱そのものは不可思議ではない             732文字
     神通                               861文字
     
覚りの予兆                          1,125文字

7章 魔境
     悪魔の正体                            526文字
     魔境に陥らないために                     447文字



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最終更新日 : 2013-05-11 01:24:56

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[更新履歴]

 2012年11月23日  第1版完成。発刊。
 2012年11月24日  3節追加。
 2013年05月10日  4冊目の販売を記念して試し読みのページを1節分追加。

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最終更新日 : 2013-05-11 01:24:56

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はじめに

 本書は、我が高弟のために、また将来の弟子達のために、さらに遠い未来の弟子達のために記す。

 本書には、覚りの真実についてその核心を書いた。この核心と言うのは別に秘密ではない。したがって、本書はいわゆる奥義書の類ではない。しかしながら、本書には、一般の人々(衆生)には理解し難いことがらが多く含まれている。我が高弟だけが、その真意を知ることができるだろう。もちろん、本書に書いたことは、健全で、ためになることであり、怪しげなものではなく、道の歩みの糧となるものである。

 なお、表現についても簡潔を旨として、一切説明せずにそれぞれの核心のみを記した。つまり、分かる人には分かるだろうという書き方であり、したがって分からない人には極めて難解なものとなっているだろう。この点は、本書の主旨によるものとして了解していただきたい。


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最終更新日 : 2013-05-11 01:24:56

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覚りは虚妄ならざるもの

 覚りは、虚妄ならざるものである。すべての覚った人々は、そのことを如実に知っている。そして、修行者が覚るのは、「覚りが虚妄ならざるもの」であることを信じるゆえのことなのである。

 すなわち、人が覚りの虚妄ならざることを信じるゆえに覚りを生じる。もし人が覚りが虚ろなものであると考え、見なすならば、彼が覚ることはついにない。

 我が弟子は、このことを信じよ。このことを信じる人は、我が弟子である。このことを心から信じる人だけが覚りに達する。このことを信じることが出来た人は、今世で覚るであろう。今世で覚ることが出来なかった人は、このことをついに信じることが出来なかったのである。


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最終更新日 : 2013-05-11 01:24:56

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覚りの道の全貌

 覚りの道は、広大で平らか、危険もない。そして、この道は実は二歩で目的地に達する道である。

 一歩目は発心である。二歩目は覚りの因縁を生じることである。これで、人はこの円かなやすらぎ(=ニルヴァーナ)へと到達する。これが覚りの道の全貌である。

 人が覚らないのは、発心しないからである。すでに発心した人が解脱しないのは覚りの因縁を生じなかったからである。そして、どちらも善知識によって喚起されることがらである。すなわち、修行者は第一の善知識と出会って発心し、第二の善知識との邂逅を果たして解脱しなければならない。善知識と出会うことのない人が覚ることはない。

 善き人には善き人が集う。これは不滅の真理である。つまり、自分が善き人であるゆえに善知識との出会いがある。修行者は、善き人でなければならない。この意味において、悪人が覚ることはついにない。

 道が広大であると言うのは、どの方角に向かっても覚りに達し得るという意味である。明知ある人は、道を踏み外すことがないと説かれるのはこのことに立脚している。

 道が平らかであると言うのは、道の歩みには労苦が無いという意味である。いとも聡明な人は、楽しみとともに道を軽やかに歩むのである。

 道に危険がないと言うのは、危険を避けて歩めばそれが正しい道そのものであることを意味している。健康な人が、不味い料理を避けて、美味しい料理を食べながら、それでいて健康であるようなものである。


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最終更新日 : 2013-05-11 01:24:56


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