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 朝─────
 鈍い頭痛と共に玲は目覚めた。まだ早いと見えて、日差しは弱い。
 やっと夜明けが来たというところか。
 自分を抱きしめている腕を外して上体を起こす。
 瑞紀もまた疲れた顔で眠っていた。乱れて落ちた衣服に目をやって玲は顔をしかめる。
 瑞紀の頬に涙のあとがあった。乱れた髪を指でなおしてやる。
 バスルームに向かいながら、これ以上はない自己嫌悪を覚える。
 全てを覚えているわけではなかった。瑞紀に会ったそのあとの記憶がおぼろげになっているが、取り乱したことはわかっている。
 叫んだ言葉まではわからないが、夜中の自分の状態を考えれば想像はつく。
 そして結果を見れば明らかだった。
 抱かれていた実感は具体的にはないが、誰かの腕を求めたのは記憶にある。
 とんだ失態だった。
 今までにこれほど乱れたことが全くなかったというわけではないが、玲がこういう状態になるのは限られた人間の前だけだった。誰でもというわけではない。
 熱いシャワーを浴びながら、玲は瑞紀へのフォローを考えていた。言い訳なんてものではすまされない。瑞紀を傷つけたことは取り消せない事実だった。



 カーテンの隙間の眩しい光で瑞紀は目覚めた。あまり気分のいい目覚めでないことに気づく。
 数時間前のことが蘇ると同時に、そこに玲が居ないことに気づく。瑞紀は凍り付いた。
 急いで起きあがり、部屋を出た。
 玲はキッチンで朝食の準備をしていた。
 いつもここにいるときと変わらない朝の情景。一瞬、瑞紀は寝ぼけていたのかと思った。
 だがいくつかのことを思い出し、やはり夢ではないことを確信する。
 その時気配に気づいたのか玲が振り向いて言った。
「おはよう」
「ぉ……おは……ょぅ」
 拍子抜けするくらいにいつもと変わらない玲の声と表情に瑞紀はがっくりと椅子に腰を下ろした。
 そうだ。彼女はそういう人なのだ。いつでも自分を崩さない。どんなときだって同じなのだから。
 安心すると同時に不安になる。だとしたら昨夜のあれはかなりの非常時だったということだ。
「ぁ、あのさ」
「ごめんね」
 真顔で玲が振り返る。
「瑞紀に迷惑かけちゃってゴメン……」
「いや……。ぁ、そうじゃなくて……ね」
 ふぅっと溜息をついて瑞紀は言葉を飲んだ。
 今はどう言葉にしたらいいのかわからない。
 だめだ。自分で整理しなきゃまともに向き合えない。落ち着いた玲とは裏腹に瑞紀は落ち着きをなくした。
 寝てしまった……玲を抱いてしまった。
 奇妙な非現実感が襲う。
 昨夜までそんなことは考えてもいなかったのに。
 たった一晩で自分と玲の関係が変わってしまったような気がする。
 瑞紀はそれまで自分を子供っぽいと思ったことはなかった。甲斐や慶を引っ張ってきたために、いつでも自分が一番先に大人にならなければならなかったし、実際もう自分は年齢的にも子供ではない。
 それでも今回のことは瑞紀の許容範囲を超えていた。落ち着いて考えなければいけない気がする。
 玲は一言も余計なことは言わなかった。理由も言ってはくれなかった。
 それなら自分で考えるしかない。
 自分で答えを出すしかないのだと瑞紀は悟った。





この本の内容は以上です。


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