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プロローグ

 宇田瑞紀(うだみずき)、天野甲斐(あまのかい)、多川慶(たがわけい)の三人は「vision(ヴィジョン)」というグループで活動している。
 葉月玲(はづきれい)と彼らが出会ったのは彼らの社長が考えた思いつきからだった。偶然、と呼んでもいい出逢いは後に色々な運命を引き出す。出会うことによってまた変わっていく未来……
 複雑な人間関係の中で彼女は救われ彼らは未来を開く。
 
出逢いは不思議な絆を結んでゆく。



 初めて彼女と会ったときの印象を甲斐はこう記憶している。

◇甲斐◇

 彼女と初めてであったとき、俺達はたいして売れてないアイドルだった。
 彼女はこの世界じゃぁ有名人だったらしい。らしい……っていうのは、よく知らなかったんだ。彼女が有名アイドルだった頃、俺達はまだ一人で外もあるけないほどのガキだったから。
 彼女は可愛いルックスと若いのに妙に落ちついた歌唱で、その頃のアイドルには珍しく大人にも人気があったらしい。
 だが彼女は人気絶頂の時に、突然消える。いや、正確にはこの世界から消された。
 よくは知らない。でもその当時を知る人間に言わせると有名な話しだって言う。
 その後、結婚していた彼女は完全にこの世界から消えていた。そして結婚生活を終わらせた頃、この世界にまた戻ってきた。
 それは俺達がこの世界にちょうど入った頃だけど俺達は互いを知らなかった。どっかですれ違ったこともあったかも知れないが、今や大人の実力派シンガーの彼女と昨日今日出てきた売れないアイドルなんて接点がなかったんだろう。
 そのころ、大して人気のない俺達はドラマの脇役やバラエティーなんてやっていた。大した仕事じゃなくても、それでも数だけはこなして結構忙しくしていた。
 何だか中途半端で、この先どうなるんだろうなんて。もう二十歳もすぎようとしてた俺と瑞紀はどこか不安で、特に瑞紀はリ-ダーとして焦りも感じてたと思う。

 ある日俺達は事務所の社長に紹介したい人がいると言われた。そこに現れたのが彼女だったけど、紹介って何なんだ?別に紹介されたって仕方ない。
 何かと思えば社長が言った。
「これから、お前達のプロデュースをしてもらおうと思う」
 はぁぁ?なに言ってンの?
 バカじゃない?
 この人、何様?
 俺達はチラッと彼女を見て、無視した。

 彼女は何も言わない、殆ど無表情でしばらく俺達を見て社長に言った。
「やはり、私には無理みたいですから」
 そう言うと俺達には何も言わずに出ていった。
 なんだぁ?あの女。
 俺はすっげームカついた。



1

 彼らに出会ったのは、運命のいたずらなんだろうか……玲は時々考える。 
 もし彼らと出会ってなかったら、今どんな暮らしをしていたんだろう。 
 初めて出会った時の彼らの顔を思い出すと今でも笑えてしまうのだ。すごい目でにらまれた。三人とも刺すような目で玲を見ていた、それは自分たちの中に他人を入れない目だった。 
 そんな目に見覚えがある玲は、黙ってそこを離れた。 彼女自身やりたかったわけでもなくむしろ重荷に感じていたし、義理で仕方なく出向いただけだったから、ちょうどいいと思った。断る口実を作ってくれた彼らに感謝すらした。 
 私は誰かの面倒を見るなんて向いてない。 
 彼女は誰かと関わるのはたくさんだったし、自分の歌を歌いたいだけで人の事なんてかまっていられない、 そんなヒマはない。そう思っていた、ずっと。 
 なのに……次の日、神様が現れた。彼女に三人の天使を連れてきたのだ偶然に。 
  
 次の日玲は仕事が無くて買い物に出ていた。 
 平日の公園通り、いつもよりまばらな人影。 目の前を横切る人影に見覚えがあって、思わず声をかけた。
 なぜだか判らない。
 玲は普段人見知りをするくらいで、昨日会ったと言っても言葉を交わしたわけでもなく、不愉快な思いをしただけだったし、すぐに彼だと判ったことさえ不思議だった。その上自分から声を掛けるなんて有り得ない出来事だった。
 だからこそ、この出逢いは神様の悪戯だったと後々にまで思った。 
「こんにちは、昨日はどうも」 
 相手が訝しげに玲を見て瞳が彷徨った、そのあと思い出したように、 
「……ぁぁ……コンチハ……」 
 戸惑ったようには感じたようだが、昨日と違い明るい太陽の下で会ったせいか、まるっきり警戒心がなかった。 
 昨日は彼女に向かって思いっきりバリアを張っていたにも関わらず、である。 
  
「なにしてんの?仕事?」 
「いや……ぁ……今日は夕方からです」 
「そうなんだ。ね、お昼食べた?」 
「いえ」 
「そっか、一緒に食べない?」 
「えっ?はい?あぁいいですよ」 
 彼女達は明るい店に座った。 
 二人でスパゲティーなど注文したりしたが……しばし無言。 
 玲はものすごく後悔した、
(なんであたし、声なんてかけちゃったんだろう。 あたしらしくない、どうしよう……)
 そんな彼女を、チラッと上目使いにみて何か言いたそうな瞳。 
「あっ……君、なんて言う名前?」 
 玲は昨日、名前すら聞かなかったことを思い出す。 
「甲斐……」 
「そう。カイ君かぁ」 
 綺麗な顔立ちの子だった。彼らの事務所は昔から知っている。可愛い顔立ちのアイドル達が多かった。
 でも最近ちょっと違うのだろうか?綺麗には違いないけど、どこか時間遅れの反抗期みたいな顔してる。 昔はそんな仏頂面のアイドルは居なかった。 
 時代が違うのかしら?最近の若い女の子はこういうのがお好み?そう思うと玲はなんだか興味が沸いてきた。
 いま自分自身があの世界にいるとはいえ、他の人間には全く興味を持たない彼女だった。彼女にとっては自分の周りだけが全てだった。
 今も昔も。
 だが、確かにカッコイイが、芸能人と言うよりはその辺の男の子とたいして変わらないように感じる目の前の男の子に珍しく惹かれるものがあった。それはかわいい猫や犬を見つけたときの好奇心とたいして変わらないものだったが。
 芸能人らしくない男の子……そう思ったときに玲の脳裏に懐かしい顔が浮かんだ。
誰よりも整った顔立ちをしていたけれど、いつまでもこの世界になじめなかった人。
いつでも強い人だった、ずっと憧れていた。彼との時間は玲の人生の全てだった。

 ふと気が付くと、目の前の少年が黙ってしまった玲に向かってぽかん、とした瞳で見つめている。なんだかカワイイと思った。  
(きのうは随分な目であたしのこと見てたじゃない、仲間と一緒に) 
 まるで侵入者を見るような目で、一斉に玲を見つめ返していた瞳を思い出す。
 そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、昨日とは打って変わった様子で、素直に玲に話しかけてくる。結構人なつっこいのね。 
 意外だった。とりとめのない話をしながら玲はかなり彼らに興味が沸いている自分を感じていた。 
「ねぇ?」 
「なんですか?」 
「君たちのこと聞かせてくれない?」 
「?」 
「なんでもいいんだ。他の二人のことでも、仕事のことでも」 
 すると甲斐は話しはじめた。顔に似合わず結構低い声だった。 
 若い子の話なんて最近聞いたこともなかった玲だが、まじめな顔をして話す、しっかりしてる甲斐の話しぶりに好感を持った。 
 彼は嬉しそうに話す、すごく嬉しそうに。それは他の二人の話になったときだった。 
 怜は時々相づちをうちながら、ずっと聞いていた。その話しは果てしなく続くんじゃないかって思った。仲間の話になると甲斐は夢中になって話した。 
 気づいたら日が傾き始めていた。 
  
 彼と別れてから、玲はちょっと考えた。そしてマネージャーに連絡を取った。 
  
  



2

 その日、瑞紀達はいつも参加しているレギュラーの録りをしていた。 
 プロデューサー が話してる相手を見て、瑞紀の足は止まる。 
「オイ、ちょっとあれ」 
 甲斐の腕を突っつく、振り返った甲斐は 
「ぁっ、」 
 小さくつぶやいた。 
  
 玲はここにいま立っている自分が信じられない。
 あれからマネージャーと連絡を取り、向こうの社長と話し合い、話しはあっと言う間に進んだ。  
(私なにしてんだろ?)
「じゃぁ、ビデオ渡すよ、家で見るんだろ?それにしてもねぇ」
 目の前の男は玲の顔をまじまじと見た。 
「それにしてもってなによ、なにかおかしい?」 
「おかしいっていうか……」
 男はこの番組のプロデューサーで佐々木という。
 佐々木と玲は奇妙な因縁で繋がっていた。
 玲と彼とは昔なじみだった。元々はアイドルとファンの関係。 追っかけが高じて、佐々木が玲の事務所で大学生時代にアルバイトをはじめて、その頃からの知り合いだった。 ファンとの関係と言うよりも、もう友人に近い感覚だった。 
 彼はその頃からテレビマンを目指していて、玲にいつか自分の番組に出て欲しいと言っていた。でも玲は彼がテレビマンの一歩を踏み出す頃にはこの世界にいなかった。 
あの当時、二度とこの世界に戻るなんて思ってもいなかった玲だった。 

「いいや、別に。オレはうれしいけど」 
 よりによって担当がこの男だったのは、いいのか悪いのか。ばつが悪い気がする。
なにしろ、絶対に玲が選ぶはずのない仕事をしようとしているのだから。
 だが話しが正式に決まれば、佐々木と玲は同じ側の人間になる。一緒に仕事をする仲間になるのだから。 
「その気になってくれれば嬉しいよ。あいつらだけじゃなくて、俺のためにも。いつか約束しただろ?」 
「うん。まあね」 
「俺はこっちへ来ちゃって、まさか君と仕事が出来るとは思ってなかったからさ」 
「うん」 
 うなずいて、少し微笑んだ。 
 確かに、玲はバラエティーの仕事なんてしたことがない。 アイドルの時代から、歌以外の番組はほとんど出たことがないのだ。
 もちろんまったくではないし、ドラマも当時は少しはやった。だが玲はバラエティのような仕事が苦手で、他の仕事は義理の関係でどうしても断れないものだけに限られていた。
「佐々木君、とにかく借りるわね、ありがとう!」 
 玲が借りたのは、彼らが今までにやってきた仕事のVTR。彼らのことを何も知らなかったのでとにかくなにか知りたかった。彼らが今までどうしてきたのか、知りたかった。
 なぜそんなに気になったのか自分でも判らない。 
 昨日の甲斐の顔かも知れない。 仲間のことを話す彼の笑顔。そんな顔に玲は見覚えがあった。
 遠い自分と自分が愛した彼。玲は甲斐の顔に昔の彼を見ていた。仲間に囲まれ、笑っていた彼。その大切さと甲斐の思いは痛いほどわかる。 
 だから甲斐を見ていたら何かしてあげたいと急にそんなことを思った。 
 そんな玲を遠くから、瑞紀達三人は不思議そうな顔をしてみていた。その中で甲斐だけは、思い詰めたような目で玲を見つめていた。
  
  



3

 玲と彼らの距離はあっと言う間に埋まった。それは結局は玲と彼らは相性が良かったんだろう。
 瑞紀達三人は玲から見ても しっかりしていた。
 そして今時の子供にありがちな、変に屈折したものもなかった。
 もっとも、子供といっても瑞紀と甲斐はもう二十歳になろうとしていたが純粋さは充分にあった。
 だがそれなのに瑞紀の妙に老成した思考は何なのだろう?と気になったが、そこには彼らなりの悩みもあり、苦労もあったのだろうと伺える。
 そのあたりを玲は好ましく思っていた。享楽的で短絡思考の持ち主が多いこの世界で、彼らは奇異にも映った。

 瑞紀はよくリーダーとして尽くしていると思う。そう、「尽くす」という言葉が似合ってしまうほどに。そんなに無理をしなくとも、と感じることもあったが玲は特に言わなかった。
 見かけは優しげな瑞紀だが、たぶんかなりストイックなのだと思える。下手に口を出すよりは好きにさせた方がいいと思った。
 甲斐は自信家だった。だが、突っ張って見えるその性格よりはずっと根は素直で、ひねくれたところは微塵もなかった。
 一件強引そうな甲斐が瑞紀を引っ張っているように見えるが、この二人の力関係は丁度いい具合に入れ替わるようで、喧嘩をしたらどちらが強いんだろうかと玲は興味を引かれることがある。
 自分の身近にちょうど似たような二人を見ていたことがあるので、こういう男の子の心理は判ると思った。そして昔のように思うのだ、羨ましい、と。
 女の玲にはわからない、入れない関係だと寂しくも思う。
 慶は一人だけ年が離れているせいか、年の割には大人びているがやはり他の二人と比べれば甘えっ子だった。華奢で女の子みたいな外見は瑞紀を彷彿させる。
 甲斐が苦手なのか、たいがいは瑞紀にまとわりついていた。口数は少ないが、やはり瑞紀にだけは何でも話せるらしい。瑞紀も面倒がらずに相手をしてやってるのは感心する。

 甲斐が街で玲と出会って印象を良くしてくれたのか、二回目以降彼らは玲にたいして素直だった。年齢よりもやんちゃだったが、それはそれで可愛いと思えるほどに玲と三人の年は離れていたし、ほとんど母親の気分で接することが出来る。
 これは意外だった。
 何もかもが面倒だと思っていたのに、その母親のような気分を感じて以来、玲の中の母性本能が目覚めたのかも知れない。もともとは面倒見がいいたちだったので、仕事のことはもちろん、彼らの生活のあれこれまで手を伸ばし始めた。
 元々彼らは親元を離れて、事務所が用意してくれた場所で生活をしている。
部屋はそれぞれ持っているようだが、忙しいし、時間はないしで生活がメチャメチャなのは分かり切ったことだった。
 そこで玲は自分の住まいを変えた。
 元々自分のものだったが、広すぎるので他に住んでいたのだが、以前結婚していたときに住んでいたその場所に戻り、彼らに鍵を渡して自由に使わせることにした。

「やばくないの?こんなことして」
心配性の瑞紀は困った顔をする。
「大丈夫よ、誰が何の心配するのよ?私とあんた達?やめてよ」
 男ならさしずめロリコン、という域じゃないだろうか?
 玲から見れば彼らはどう見てもお子さまだった。
「わかんないだろ?そんなこと」
「まぁね、火のないとこにも煙を立てるのがこの世界だからね」
 玲が皮肉っぽく言った。
「いいのよ、それならそれで」
「何がいいんだよ!」
「もう事務所にも言って許可とってあるから、気にしなくていいよ。ぁ、でも完全に引っ越してきたりしないでね。いつ来てもいいけど、私は生活を干渉されるのは嫌いだから」
「なに勝手なこと言ってンだよ」
「嫌なら来なくていいわよ、私は料理作ってご飯とか食べさせるのに面倒がない方がいいと思ってるだけだから。別にどうしても来いなんて言ってないわよ」
「僕行きたい」
 それまでおとなしかった慶が伺うように言った。
「慶ちゃん、いい子ね。育ち盛りだもんね、いっぱい食べさせて上げるわよ」
「うん!」
 まるで小学生のような素直な慶の返事に怜は気分を良くした。
「お前、調子のいいヤツだなぁ」
「あんたがひねくれてるんじゃないの?」
 玲は皮肉を言う、瑞紀はとかく素直じゃない。素直に「はい」ということはまずなかった。
 だが彼は間違ったことを言わない、その点は玲も瑞紀を信頼している。
 瑞紀の一番はとにかく甲斐と慶の為になること。自分のことが一番になることはまずなかった。
 そんな自分を出さない皮肉屋の瑞紀は玲とどこか似ていた。そして甲斐は……
「いいじゃん、そんなこと。なんかあったらそん時考えりゃいいんだよ」
「またお前はそんなことを言う」
 瑞紀がため息を付いた。
 とかく甲斐は脱線しがちだった。
 慎重派の瑞紀と違って、甲斐は自分の思ったことは即実行する。とりあえずやって結果はあとから……の、瑞紀とは全く逆の性格をしていた。
 少しだけ茶色がかった黒い瞳が少し伸びた前髪から覗く横顔を見たときに、またしても玲はそこにあの彼の面影を見た。最近、甲斐の仕草が気になって仕方がない。忘れかけていたあの頃を思い出させる。
 彼らの声をどこか遠くに感じながら、玲は手にしているファイルを見つめた。その中に、懐かしい彼が居た。
「vision」の為に初めて書き下ろす新曲のパートナーに玲は彼を選んだ。彼とはもう何年会っていないだろう。今回は彼とは顔を合わさずにこの仕事を終えた。
 けれど、この次は……
 いずれ会わなければならない。
 その前にこのことが公になれば、自分たちとは関係ないところで大騒ぎが起きるのは目に見えている。
 それでも彼女はこの方法を選んだ。
 彼が断るかも知れないと思ったが、相手はあっさりと引き受けた。間に入ったメンバーは、玲と彼の共通の仲間だ。
「ト・オ・ル」
 ファイルの中の譜面、その懐かしい文字に向かって玲は小さく呟いた。




4

◇瑞紀◇

 出会っていくらもしないうちに俺達と玲の間を隔てるものはなくなった。 運命とか縁だとか言うものを俺達は余り信じない。 それと同じくらい仲間以外も信じない。 他のヤツは受け入れたことがないのに、玲との関係はなんでスムーズだったんだろう。
 多分珍しく甲斐が警戒心を無くしていたことは大きい。何があったか知らないが、一日で状況が変わってた。 
 あいつが何も説明しなくても俺達はあいつを見てりゃ判る。だから俺達もその分彼女を受け入れた。彼女も初めての日にあれだけ頑なだったのにまるで別人みたいだった。
 人を受け付けない印象だった、まるで表情が読めない顔をして……今ならわかる。 
と瑞紀は思う。自分と同じだと。他人に踏み込まれたくない。だから彼女も踏み込まない。それが自分達を近づけた最大の理由かも知れない。 
「俺達は同じ人種ってわけだ」 
 玲は瑞紀達よりもずっと年上。だけどとても若く見える。美人……?どう形容すればいいのか。 華やかな美人と言うわけじゃないが惹きつけられる。年上だけど、笑うととても可愛い。 
 なのに……余り笑わないんだ。 
 彼女は意外にさっぱりしてる、外見に似合わず男っぽいのだ。だから女だって事をこっちが意識しなくてすむわけだが、なんでこの外見にこの中身なんだろう?どう見ても不釣り合い。 その無表情に近い顔に、ドライな性格。 
 しゃべり方も、はっきりしてると言うよりは……キツイ、と言った方がいいかも知れない。 若いスタッフなんて恐いと思ってるんじゃないだろうか? おまけに言葉遣いもけっこう乱暴だったりして。男のスタッフの中に入っても全然負けてない。 
 頭も切れるし、何でも良く知っている。もちろん仕事の時の言葉遣いは丁寧だ。 はっきり言って表裏がありすぎだ。
 これがプロなんだろうか?
 普段は全然笑わないし、きついことばっかり言う癖に、テレビや雑誌に映るときはにっこり笑って綺麗な言葉で話しやがって。二重人格!とこの間言ってやったら、舌を出された。まったくムカツク!
 時々はそんなこともするけど、ぽっかり空いた時間や空間にいる彼女はどこか孤独だった。

 彼女は殆ど感情を外に表すことはないけれど、本当は感情の激しい人なんだと思う。そんな彼女は俺達と出会って変わったらしい。 
 昔の彼女を知らないから比べようもないが、周りがみんなそう言うからそうなんだろう。よく怒ってよく笑うそうだ。
 これで?呆れた話しだが昔はよほど笑わなかったんだろうな?そりゃ暗い人生だったんじゃないか?
 それが俺達といて、楽しそうだって言うんだから、俺達にはさっぱり訳が分からないけど、悪い事じゃなさそうだからまぁいいか。玲のスタッフはみんな不思議がって、そして面白がってる。

 彼女は俺達に厳しい。 そして優しい。マナーやルールも一から教えられ、なおされた。 
 初めて会った頃に、三人で仕事に遅れてスタッフの前で正座させられた挙げ句に、台本で全員頭を思い切りぶん殴られた。痛みなんかより、あ然としてショックだった。スタッフも、どうしていいかわからずにおろおろしてたっけ。 
 ただ彼女の怒りはハンパじゃなくて、そのまま見捨てられるんじゃないかと思った。遅れたことよりも、遅れたことを詫びずにスタッフの前で平然としていたことを怒っていたのだ。 
 もっと驚いたのはその時、俺達の代わりに彼女が頭を下げてスタッフに謝っていたのだとあとから聞いたこと。
 その一件以来俺達は彼女に頭が上がらなくなった。
 昨日今日この世界に子供のまま入った俺達は甘いままだった。周りの大人達は自分たちのことに忙しくてそんな細かい、そして当たり前なことを注意してくれもしなかった。 
 彼女自身はどんなに忙しくても自分の仕事に穴を開けたことがないのを誇りにしている。俺達は彼女の顔に泥を塗ったわけだ。 
 その後も俺達の遅刻は全くなくなったわけじゃないが、もう彼女は何も言わない。 
俺達が充分わかってやっているのを知っているから。むやみに俺達を子供扱いしない人だった。彼女はそういう人だ。 
 彼女は信用できる、俺の中で彼女の位置は甲斐や慶と同じになっていた。
  
 その後……なんの時だったか俺と甲斐が二人の時に彼女に言われたことがある。 
「あなた達、喧嘩する?」 
 まぁ、昔は派手にやったこともあった。 小さな頃から一緒で兄弟みたいなもんだし。
 最近は……本当のことを言うと最近は喧嘩もしないと言うより、喧嘩もできない。 
甲斐とは幼なじみで学校も一緒、一緒に暮らしてたこともあるし、何もかも生活が同じ時代があった。 
 でも、別に住むようになって、一人の仕事もそれぞれ増えて忙しくなって、最近はだんだん距離が出てきたような気がする。元々俺達は互いに干渉しないし。どちらかと言えば最近は喧嘩するほど仲がいい訳じゃない。 
 だからといって仲が悪いわけじゃないが、距離がある……それが正しいかも知れない。 
  
「あんた達凄く似てるよね」 
 彼女の言葉に隣の甲斐と顔を見合わせる。そうか?似てないって言われるぜ。 
 全然違うから、意見が合わなくて最近じゃマスコミに不仲だろうって言われるくらいだ。大きなお世話だとマスコミに言ってやりたい。 
「あのね、真面目に聞いてね。ひとつだけお願いがあるから」 
「今あんた達は凄く注目されだして、それはもちろんいいことなんだけど、これから大変だと思う。良いことも悪いこともあること無いこと言われるようになる。 
 グループだから互いのことも言われるようになる。今までとは注目のされ方が違うからあんた達が思っている以上にきついことになるよ。
 慶もそう、でもきっと慶はあんた達二人が頼りだと思うの。今までもそうだったみたいだし、有名になってもきっとそれは変わらない。だからね、ずっとあんた達二人は二人のままで居て欲しいの」 
 ん?何だかよく判らない。 
「あんた達は出してるキャラが違うから、ちょっと見は全然違うタイプに見えるけど、凄くよく似てると思う。だからきっと今までやってきたと思うし互いのことは互いが一番よくわかってると思う、違う?」 
 そうなのかな? 確かにコイツのことは何でもわかる気がする。でもそんなこと今までは特に考えた事なんて無かった。 
 甲斐も同じ様な顔で俺を見る。 
「わかってなかったのなら、今からちゃんと認識しなさい」 
 珍しく命令されるように言われた。 
「たぶんね、これからいろんな事があって大変だと思う。 
辞めたくなることもあると思うわ。甲斐はそんな誤解されやすい性格だし、瑞紀も。おまけにアンタは何でも自分で背負うタイプだし、今考えてる以上にこの先大変よ。
 有名になればなるほどしんどくなるものなの。周りが見えなくなったり見たくなくなるようになる。コレは間違いないわ。慶にはあんた達がついてる、だから大丈夫よ。問題はあんた達二人。
 だからちゃんと認めなさい。あんた達二人を一番理解できるのは互いだけだと。どんなときもお互いだけは信じて見失ったりしないと。
 甲斐を一番わかってくれるのは瑞紀。瑞紀のことを一番わかってあげられるのも甲斐しか居ないって。それさえ忘れなければ、大丈夫だから。これから先もお互いが隣にいることだけは忘れないで」 
 この時の彼女の言葉に改めて俺達は互いの存在を意識した。当たり前に側にいるこの状態を考えた。 
 俺達は玲のこの時の言葉の意味と重みを心に刻んだ。甲斐も同じ気持ちだったろう。確かに俺も良く知っているコイツの性格は、その後もホントによくトラブルを引き起こした。その度に玲の言葉を思い出す。 
「いい?誰が何と言っても誰に非難されてもお互いだけは味方になるのよ。その相手が例えあたしだったとしても」 
 そうさ、だから俺はそれを守ってるよ。俺は誰が何と言っても甲斐の味方さ。 
 だから玲と甲斐が喧嘩したって、俺はあいつを非難しない。 
甲斐は俺にとって大切なヤツだから…… 
  
 彼女のことはまだ知らないことがいっぱいある。不思議な人だと思う。 
 仕事には厳しいが堅苦しいことは言わない。でもいまだにちょっと何を考えてるのかわからない、俺達みたいに単純じゃないんだな、きっと。 
 ただ、俺達と合うんだ。なにがだろう、居心地が悪くならない、もうずっと知っていたみたいに。 
  
 甲斐は……彼女のことが好きなんだろう。隠さないからな、あいつは。でも単純にはいきそうもない。 
 甲斐にはちょっと大変な相手かも知れないと思う。彼女には何かありそうだし、だいいち俺達から見たらずっと大人の女だし。 
 二十歳そこそこの俺達の相手になるような人じゃない。と言ってもなぁ、好きなものは仕方ないか。甲斐を見てるとちょっと羨ましいとも思う。 
自分の感情に素直な事が、それに伴うリスクも大きいが・・・ 
  
 あいつはもっと大人になってもあのまんまなんだろうなぁ? 
彼女に無邪気に笑いかけてる甲斐の横顔を遠くから瑞紀は憧れにも似た気持ちで見つめた。   
 彼女と俺達が出会ったのは不思議な偶然だ。社長が彼女を連れてきたとき、俺達は無言でそれを拒否した。 
 今更、俺達の間に誰かが入ってかき回して欲しくない。俺達は仲間内でしか気を許さない。 
 この世界に入ってから、滅多に人を信用するものじゃないことを知らされた。甲斐も俺も誰も信用しない、慶もそれに習ってる。 
 だから俺達は仲がいいって言われるけど、それは自己防衛でもある。何たって俺達は事務所の人間にだって、心を開かないことで有名だ。さぞ扱いにくいと思っていることだろう。だから当然そんなばかげた話は無視した。 
 ふざけんな、社長に言ってやりたかった。けど、俺が言うよりも早く彼女は消えていた。何しに来たんだよ、肩すかしを食ったような気分だった。 
  
なのに、次の日彼女は突然現れてそのまま俺達の中にあっという間に入ってきた。 
コイツのせいだよ。隣の甲斐を見てそう思う。 
今じゃ感謝してるけどな。 
  
 彼女が俺達をプロデュースした第一弾は曲を徹さんが作ってる。 
 神崎徹さんといって、玲よりも更に年上の男の人で、昔は二人で歌っていたんだって。いわゆるアイドル時代、ってヤツだ。
 徹さんは時々俺達の様子を見にきてくれる。だけどそれは玲が居ないときばかりで、まだ俺達はあの二人が一緒にいるところを見たことがない。
 徹さんはとてもカッコいい人だった。
 もちろん大人の男だけど、まだぜんぜん若くて、本当ならいい加減オジサンの域に入る年齢だろうに、優しいし、面白い話をいっぱい聞かせてくれる。
 でも、やっぱり玲と顔を合わせたくないのか、すぐに帰ってしまう。本当はもっとゆっくり話してみたいんだけど。
 ちょっと歌ってもらったときにすごく歌が上手くて驚いた。でもなんで?二人はもう一緒じゃないんだろう?疑問はたくさんあった。
 俺らの新曲は大ヒットだった、なんでかな?それまでやっとベスト30くらいのランキングに入る程度だったのに。詞も曲も確かに良かったけど、それだけでこんなに変わるのか? 
「残念だけどそれだけじゃないわね」 
 玲が言った。 
「いくら上手でも、作品が良くても売れない物は売れないのよ」 
 そんなことは、よーく判ってるさ。 
「いい宣伝だったかもね、私が参加して徹も一緒で、ちょっとこういう手は好きじゃないけど、私はあんた達を有名にするって決めたからどんな手でも使うの、責任もあるし……」 
 確かに話題を呼んださ。 
 昔、俺達みたいにアイドルだった二人。 
 一緒に歌ってたんだ、それなのに消えて……再び現れて。現在(いま)のアイドルの作品を共同作業して、マスコミは飛びついたよなぁ。なんで今更って。 
 それと同時に業界の内外で二人のことが注目を集めた。 人々は期待してるんだ。二人がまた一緒に歌うことを……
  
    



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