凶人ドラキュラ
1965年イギリス映画
監督 テレンス・フィッシャー
主演 クリストファー・リー、バーバラ・シェリー、アンドリュー・キア
ハマープロの「吸血鬼ドラキュラ」シリーズの第二弾。
ドラキュラ役のクリストファー・リー大先生は引き続き登板ですが、ヴァン・ヘルシング教授役のピーター・カッシング先生は本作ではお休みでございます。
と、いいますか、このシリーズって取り扱いが微妙なんですが、ハマープロの「タイトルに『ドラキュラ』とつく作品」としては本作は三作目にあたります。
二作目は「吸血鬼ドラキュラの花嫁」で、これにはクリストファー・リーさま演ずるドラキュラ伯爵は登場しません。
しかしピーター・カッシングのヴァン・ヘルシング教授は出てくるわけですな。
ちなみにヘルシング教授、三作目以降はあんまり活躍しておりません。
教授が大活躍するのは後期作品。「ドラキュラ‘72」以降でございます。
これって、今回色々調べてわかったことですが。意外ですね。
禁断の「吸血鬼の領域」に踏み込んだ二組の夫婦が、ドラキュラ伯爵の城に迷い込み、そのうちの一人がドラキュラの下僕の手で殺害され、その血でドラキュラ伯爵が復活します。
おお、すげえ。
しかしですなあ、これだけの連作ホラーともなると、各作品ごとのコメントなんかがすごく難しいし、作品ごとのあらすじとかもとっても書きにくいです。
「13金」なんかは、前半の作品群はかなりわかりやすい特色があったんで、まだ書きやすいほうなんですが、「エルム街」とか「ハロウイン」なんかのシリーズは、めっちゃ書きにくいです。作品ごとの特色が薄いですから。で、ドラキュラシリーズはどうかというと、途中の物語は特色が薄いんですが、ドラキュラのやられかたがええ感じで特色がでております。昨日紹介の「吸血鬼ドラキュラ」は太陽の光で滅びます。本作では「流れる水」で金縛りにあい、氷の池に封じ込められてしまいます。この後の「帰ってきたドラキュラ」では心臓に杭を打たれ、「ドラキュラ血の味」は確か心臓串刺しで、「ドラキュラ復活吸血のエクソシズム」では、手に持った槍に落雷して焼死でしたでしょうか。
シリーズ後半になってすげえ特色がでてきたのは「13金」と好対照ですね。
「ドラキュラ‘72」と「新ドラキュラ悪魔の儀式」は、順にご紹介しますです。
ドラキュラ‘72
1970年イギリス映画
監督 アラン・ギブソン
主演 クリストファー・リー、ピーター・カッシング。
ドラキュラシリーズのなかで、後期の三作はけっこう好きな世界です。
「帰ってきたドラキュラ」、「ドラキュラ血の味」、「ドラキュラ復活・血のエクソシズム」の中盤三作は、いずれも中世を舞台にした作品で、かなりマンネリムードが目につきます。
そこで考えましたハマープロ。ドラキュラ伯爵を現代に復活させてしまいました。
とりあえずクリストファー・リーとピーター・カッシングの二大ホラースターが競演しているだけで涙ちょちょぎれます。
ドラキュラシリーズの基本的なパターンは、その前の作品でドラキュラが滅ぼされる場面から始まって、ドラキュラの灰だとか遺品だとかを集める奴(これは弟子だとか下僕だとか狂信者です)がドラキュラを復活させて…って始まりかたをします。
本作ではいきなりヘルシング教授とドラキュラが疾走する馬車で戦います。
老骨のむちうって頑張るカッシングさま。ついに教授はドラキュラを滅ぼします。街には平和が戻ってめでたしめでたし、って感じでカメラが上空にパンすると、そこにジェット機が飛ぶ。
そこへタイトル「ドラキュラ‘72」。
もうこれだけでノックアウトです。
しかし肝心の物語はもひとつ現代って設定を生かしきれていなかったように思いました。
今回ドラキュラを復活させるのはドラキュラの下僕の孫。
ヒッピーの若者たちを集めて復活の儀式を行い、遂にドラキュラは復活。うひょおおおお。
復活の儀式に参加していたのはかのヴァン・ヘルシング教授の孫のヘルシング(やっぱりピーター・カッシングさまが演じます)のそのまた孫娘。
ドラキュラ伯爵(この時代に復活しても伯爵なんだろうか)は逃げ出したその娘を狙います。
これまでのシリーズのパターン通り、作品冒頭のシーンは「その一つ前の作品のクライマックス」だって先入観があったもんで、映画のクライマックス(ってことはこの作品のオープニングです)で教授と伯爵が馬車で戦う作品、見逃したってずっと思っておりましたが、その場面はどうやらこの作品用に撮られた新撮影シーンだったようですね。
だってクリストファー・リーとピーター・カッシングのドラキュラ映画での競演は第一作以来ですから。
こういう異色作、大好きな人なんですわ。
ドラキュラシリーズの後期作品は、なにかにつけ賛否両論を巻き起こしています。
というか、「吸血鬼ドラキュラ」的ゴシックな作品世界がお好きな方は「これは違うやろ」と思われるかも。
しかしこういう作品世界が後に「ドラキュラ都に行く」だとか「フライトナイト」の世界に続くのも事実でありまして。
もう少し評価していただきたいな、と思う作品でございます。
新ドラキュラ悪魔の儀式
1973年イギリス映画
監督 アラン・ギブソン
主演 クリストファー・リー、ピーター・カッシング
現代版ドラキュラ映画最後を飾る大問題作。
厳密に言いますと、この作品のあとにハマープロ・香港ショーブラザーズ合作の「ドラゴン対七人の吸血鬼」なんて最高級の異色作がありますが、これはねえ、吸血鬼映画じゃなくてカンフー映画としてしか見てないですし、いくら異色作が好きな私でもこの映画だけはさすがに「これは違うやろ」って思ったくらいの作品でございますから、この作品には今回は触れないでおきましょう。
さて「新ドラキュラ悪魔の儀式」ですが。
次の「ドラゴン…」がカンフー映画だとしたら、この映画はスパイ映画。
なんじゃこりゃ。でも私的にはぎりぎり許せる世界かな。
謎のカルト教団があります。
この教団に潜入していた英国諜報部員(!)が命がけで本部にある情報をもちかえります。
そこには聖職者や大臣たちがその教団に参加しているということと、細菌を研究している大学教授がメンバーにいるということ。
大学教授の親友のヴァン・ヘルシング教授は、情報部の依頼でその教授と会うことになります。
そこへ教団のメンバーが乱入。細菌学の権威の教授は殺され、彼がペスト菌を培養していたことが明らかになります。
なんかすげえ展開。
細菌テロでございます。
そしてその教団を操っていたのは…ドラキュラ伯爵だったのだ~
あのねえ、って感じです。この作品ではドラキュラ様はもう吸血行為に興味がなくなったのか、そういうシーンはほとんどなし。
007シリーズに出てくる悪の大富豪みたいになっております。
彼に対するのは、イギリス諜報部と警察とヘルシング教授。
別にこういう世界やりたいんだったらやったらいいんだけどお。諜報部はやりすぎやろ。
まあねえ、そもそもの小説版、ブラム・ストーカーの描いた「吸血鬼ドラキュラ」は、蔓延するペストの脅威を吸血鬼に置き換えて描いているってのは有名な話ですよね。
だからペストがでてきて「ほほう、やるやないかハマープロ」とか思ったりもしましたが、やっぱり大富豪みたいなドラキュラ伯爵はちょっと違いますわな。
ドラキュラ役でブレイクしたクリストファー・リーさま、この作品にブチギレしまして、「私は二度とドラキュラはやらない」と宣言いたしました。
その数年後、「007黄金銃を持つ男」の悪役を演じ、英国諜報部のジェームズ・ボンド様と対決します。
ドラキュラはやらないけど、悪の大富豪はやるんかいな。
ヘルシングとは戦わへんのに諜報部とは戦うんかいな。
どないやねん、ってつっこんでしまいたくなる顛末でございました。
蠅男の恐怖
1958年アメリカ映画
監督 カート・ニューマン
主演 ヴィンセント・プライス、アル・ヘディソン、パトリシア・オーウェンズ
この映画はねえ、めっちゃ強烈なシーンがありますので、すっげえ苦手な人、実は多いと思います。
私もちょっとどんよりした気分をひきずることになりました。
主人公のヘディソンさまは科学者でございます。
彼が研究していたのは、物質を原始に分解して再合成することにより、あらゆるものを電送しようとする実験でございました。
静物での実験は成功。
そして彼の実験は生物を電送する段階に到達。
自らをモルモット代わりにして電送実験が開始されます。
しかししかし。実験装置に蝿が一匹入り込んでしまいます。
再合成の段階で蝿と人間、顔と左手が入れ替わって再生されてしまいます。
これが蠅男ですな。身体は人間で、頭と左腕が蠅のモンスターになってしまいます。
問題の蝿を捕まえることができればなんとかなるのですが、そいつは逃げてしまっております。
えらいこっちゃ。ヘディソンさまは顔を頭巾で隠し、左手をポケットに入れたまま事故の対策を考えることになります。
すっげえ哀れ。かわいそう。
ヘディソンさまの奥さんがオーウェンズさま。
むっちゃきれい。ヘディソン博士は、筆談で妻とコミュニケーションをとることになります。
しかし左腕が徐々に言うことをきかなくなります。突然豹変した夫の態度に徐々に不信感をつのらせる妻。
そしてそして、ショック映画史に残る頭巾がとられるシーン。
頭巾の下には蠅の顔。叫ぶ妻。きゃああああああ。恐怖のあまり叫ぶ彼女の顔が昆虫の複眼を通して見たように分割されます。
秀逸な演出です。
結局博士は生き続けることをあきらめ、死を選びます。
巨大なプレス機で自らの頭と左手を潰すようにして死ぬわけですね。
なあんだ。「蝿男の恐怖」って言いながら全然「恐怖」じゃないじゃない。
頭巾とったときの一瞬だけじゃん。蝿男って人とかを襲うわけじゃないし、すっげえジェントルだったし。
って思っていたら、見ている人を恐怖のどん底に叩き込むようなとんでもないラストシーンが待っています。
ほんま夢に見るくらい強烈なラストシーン。
このシーンがトラウマになっちゃった人、けっこう多かったんじゃないでしょうか。
B級モンスターホラーの香り漂う作品ですが、とにかく蝿男は悲劇の主人公なんで、そういった点が高く評価されることになったわけでしょうね。
この物語は二十年以上の時を越え、デビッド・クローネンバーグ監督の手によってリメイクされます。
ザ・フライ
1986年アメリカ映画
監督 デビッド・クローネンバーグ
主演 ジェフ・ゴールドブラム、ジーナ・デービス、デビッド・クローネンバーグ
前回ご紹介しました「蝿男の恐怖」のリメイク作品。
二十年以上の時を越えてのリメイクでございます。
前作では物質電送のプロセスのなかで、顔と左手が入れ替わって再合成されてしまったって話でした。
今回はもうちょっとすごい。同じように物質転送装置で実験をしていた科学者。で、やっぱり装置に蝿が紛れ込みます。
今回はDNAレベルで合成されてしまうって設定でございます。
科学者を演ずるのはジェフ・ゴールドブラムさま。
この映画のあと、「ジュラシック・パーク」で天才数学者を、「インデペンデンス・デイ」でも学者を演じました。科学者顔ですもんね。
この作品でのゴールドブラムは、出かけるときの服を選ぶのが面倒だといって同じスーツを何着もドレッサーに入れているような変わり者。
彼は物質転送装置を研究しておりまして。やっぱり自ら実験を行います。
前作では装置から出てきたときには蝿男だったわけですが、今回はゴールドブラム様、めっちゃ普通に出てきます。
転送によって体内の細胞が純化されたと思ってご機嫌です。
しかしそれは、体内に蝿の遺伝子が入りこんできたからなんですね。徐々に変化をはじめるゴールドブラムさまの肉体。
蝿になっていくわけです。
体が崩れていく。精神が溶けていく。自分は蝿になる。きゃあああああ。
科学者ゴールドブラムさまは、人間と蝿男を転送機にかけ、人間のDNAを回復させようとします。
ここらはリメイク版独自の設定です。
ゴールドブラムさまは自分の彼女デービスさまと自分を合成させようとします。
彼女と蝿男の運命はどうなってしまうのでしょうか。
すっげえハリボテっぽかった「蝿男の恐怖」ですが、やっぱりとんでもない勢いでSFXが進歩しておりますから、こういう設定も可能になるわけですわな。
とにかくSFXがよくできているし、ゴールドブラムさまも上手いです。
この映画は予想を越える大ヒット。第二弾の「ザ・フライ2」が製作されましたです。