閉じる


【本編】「気付くこと、察すること」

介護とは・・・気付くこと、察すること。

 

僕達のデイサービスに毎週月・金の週2回来所され、帰り際になると必ず「次来るのは何曜日(何日)だった?」と尋ねるLさん。

 

毎週土曜日に来て、利用中から「何時に帰る?」、「どこに帰る?」と尋ねるSさん。

 

「次に来るのは金曜日ですよ」だとか「16時35分に出発しますよ(僕達のデイサービスは9:25~16:35がサービス提供時間のため)」と話していても5分もしないうちに同じ質問をします。

 

LさんやSさんはいったいなぜ同じ質問をするのでしょうか?

 

医師や看護師、介護職の多くは「認知症だから」とか「脳が萎縮して短期記憶ができないから」と答えるでしょう。

 

しかし、それが正解でしょうか?

 

なぜ、短期記憶がないから何度も次に来る日付を聴くのでしょうか?帰る時間を聴くのでしょうか?

 

もし、このデイサービスに来たくないと考えているならば、別に来ても来なくてもどっちでもいいと考えているのならば、次の利用日なんかどうでもいいと思いませんか。

 

もう一度、問います。Lさんはなぜ次の利用日が気になるのでしょうか?

 

Lさんはあかりデイサービスに来るのが大好きです。一緒に来る人の名前は覚えられないけれど、あかりに来たいと思っています。「私、ここに来るのが好きだよ。みんなに会えるのを楽しみにしているよ。」と話します。

 

Lさんは記憶できないことを自覚しているから、次に来る曜日になって、もし自分が忘れてしまってあかりに来れなくなったら困る、そう思っているから何度も聴くのではないでしょうか。

 

Sさんは認知症が深くなり、今どこにいて、何時にどこに帰るのかがよくわからないのです。自分が見ず知らずの場所にいて、本当に家に帰ることができるのか不安なのです。

 

僕達だって、見ず知らずの土地のJR駅で列車を待っている時には「本当に列車は来るのか」、「時間通りに列車は来るのか」、「家に帰ることができるのか・・・」少なからず思いませんか。

 

認知症が深くなったSさんはその不安の中、デイサービスという見ず知らずの建物の中で、”介護職員”という見ず知らずの人と過ごすのです。

 

あなたももし、見ず知らずの土地の見ず知らずの建物の中で半日過ごすことになれば、今はいいけれど本当に帰ることができるのかと不安になるかもしれません。

 

お客様は訴えているのです。

 

「オレは本当に帰ることができるのか?」

 

それを「何度も同じこと言わせないでください。16:35ですよ。」などと言うのはお客様の心を踏みにじっています。

 

お客様は質問に答えて欲しいのです。

 

でも、それは理屈を聞いているのではありません。

 

何時何分に帰るのかだとか何日の何曜日に来るのかを聴きたいのはなぜか・・・?

お客様はそれを聴いてどうなりたいのか・・・?

 

きっと、お客様は安心したいのです。

 

自分は次はいつ来れるのかを確信したいのです。

自分は何時に帰ることができるのか知ることで安心したいのです。

 

介護者はお客様の繰り返される質問を「認知症の中核症状」だとか「短期記憶障害」と判断して、お終いではなくて、この質問はなぜするのかを考えるのです。

 

 

介護とは・・・気付くこと、察すること

お客様の表面上の言葉にばかり目を向けず、言葉の真意を汲み取ることがお客様の求めていることです。


【考察】「気付くこと、察すること」

「君、ハーマン・カーンという人は誰や」

 

松下幸之助さんは生前、部下の江口さんにこのような質問をしました。

そのとき、江口さんは「ハーマン・カーンという人は、21世紀は日本の世紀だと言っているアメリカのハドソン研究所の所長で、未来学者です。」と答えました。

 

すると、翌日松下幸之助さんが江口さんに「君、ハーマン・カーンという人は誰や」と全く同じ質問を投げかけたのです。

 

江口さんは同じ様に答えました。

 

すると、3日目あろうことか松下幸之助さんは「君、ハーマン・カーンという人は誰や」とまた同じ質問をしたのです。

 

江口さんはどういうことかさっぱりわかりませんでした。

 

僕達介護職も江口さんの3回といわず、10回でも20回でも「いつ家に帰るんだ?」などの質問を繰り返すお客様にお会いすることがあります。

 

このとき、お客様が”何を求めているのか”考えたことがありますか?

 

松下幸之助さんの事例で言えば、4回目の質問が来る前に江口さんは気づくのです。

 

松下幸之助さんはテレビや新聞に出ているような表面上の知識がほしいのではなくて江口さんが、知っている・学んだハーマン・カーンとはどんな人物かを教えてほしかったのです。

 

そして、松下幸之助さんは「君、僕が意図していることはこういうことやで」とは言いませんでした。

江口さんに”気づいて”ほしかったのです。

 

それでは、僕達の目の前にいる認知症の深いお客様は何を求めているのでしょうか?

 

帰る時間帯を教えてほしいのでしょうか?

 

それは一つの見方です。

 

本当は、ここにいても大丈夫という安心感がほしいのではないでしょうか。

 

お客様は認知症が深くなり、何度も来ているデイサービスでも初めてきた場所に感じ、本当に自分は帰る事ができるのか"不安"になっているのではないでしょうか?

 

いる場所がわからない。周りを見ても見ず知らずの人(お客様の視点では)ばかり。

 

あなたがもし、見ず知らずの土地のJR駅にいるとしたら、○時の○本目の列車に乗れば帰る事が出来ると思っていても不安になることはありませんか?

 

僕達の目の前にいるお客様はデイサービスにいるだけでそのような感覚になるのです。

 

お客様はあなたに”安心感”を求めているのではないでしょうか?

 

・何時にどこに帰る事ができる。

・時間になるまでここにいれば危険なことはないし、安心できる。

 

そう確信したいのではないでしょうか?

 

 

お客様が何回も同じ事を繰り返すのは認知症だから繰り返すのではなく、あなたの言葉や行動だけでは不安で不安でたまらない。

 

本当に大丈夫なのか確信できないからと考え方を変えてみてはいかがでしょうか。

 

ここまでお読みいただきありがとうございます。

コメントは自由制です。一見さんも読者も大歓迎です。

※心無い非難・誹謗・中傷等は削除させていただきます。

 

次回配信日は1月18日です。

「死はすぐ傍にあると”気付く”こと。」

岡本大輔


この本の内容は以上です。


読者登録

岡本大輔@読書コミュニケーター(社会福祉士)さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について