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ヒトラーへの手紙

  1939年7月23日
インド・ワルダにて
我が友へ
 人類のために、親愛なるあなたへ手紙を書くように、これまで多くの友からすすめらてきました。しかし、私は、そのすすめを断り続けてきました。なぜなら、どんな手紙を送っても、あなたに無礼であると感じたからです。この手紙に打算的な意図があるわけではなく、あくまでも私の意見で、お願いしたいことがありこの手紙をしたためているのです。
 あなたが、人類を無秩序へ陥らせる戦争を、回避することのできる世界で唯一の人であることは、火を見るより明らかです。あなたにとって、本当は価値ある存在であるかもしれない人たちを、どうしても犠牲にしなくてはいけないのでしょうか。戦争という手段を遠ざけて、その方法で成功をおさめた私の訴えを聞いてはくれませんか。どちらにしても、もしあなたに手紙を書いたことが間違いであったならば、どうぞお許しください。 
あなたの誠実な友より愛をこめて
カラチャンド・ガンジー
 
ドイツ・ベルリン
ヒトラー殿

ヒトラーへ宛てたガンジーの手紙


ガンジー略年譜

1869年   イギリスの植民地インド帝国のポールバンダルで生まれる。本名は、モーハンダース・カラチャンド・ガンジーという。

1882年 カストゥールバーイーと結婚する。【13歳】

1888年 長男ハリラールが誕生する。イギリスに留学する。【19歳】

1891年 弁護士資格を取得してインドに帰国する。ボンベイに弁護士事務所を開く。【22歳】

1893年 仕事の関係で南アフリカに行く。【24歳】

1899年 ボーア戦争に従軍する。【30歳】

1904年 機関誌『インディアン・オピニオン』を発行する。フェニックス農園を開く。【35歳】

1906年 アジア人強制登録法案に反対する。初のサチャグラハ運動を行う。【37歳】

1910年 トルストイ農場を開く。【41歳】

1914年 「受動的抵抗の理論と実践」を発表する。【45歳】

1915年 インドに帰国する。アーメダバード郊外に修養道場を開く。【46歳】

1919年 ローラット法に反対する。機関紙「ヤング・インディア」紙を発行する。大規模なサチャグラハ運動を行う。【50歳】

1920年 「剣の教義」を発表する。【51歳】

1921年 「神、国王、国家」を発表する。【52歳】

1922年 「非暴力」を発表する。【53歳】

1929年 国民会議派の大会で『インドの完全独立』を決議する。サチャグラハ運動を再開する。【60歳】

1930年 「塩の行進」を行う。【61歳】

1932年 不可触民分離選挙法案に反対して断食する。翌年、機関誌「ハリジャン」を発行する。【63歳】

1934年 国民会議派から脱退する。【65歳】

1939年 「ヒトラーへの手紙」をしたためる。【70歳】

1944年 妻カストゥールバーイーが死去する。ムスリム連盟の指導者ジンナーと会見する。【75歳】

1947年 インドとパキスタンが分離独立する。紛争を止めるため各地をめぐる。【78歳】

1948年 ヒンドゥー・ナショナリストの青年に暗殺される。満78歳。


参考図書

「ガンディーからの問い」中島岳志著(日本放送出版協会)
「獄中からの手紙」ガンジー著 森本達雄(岩波文庫)
「ガンジー自伝」ガンジー著 蝋山芳郎(中公文庫BIBLIO20世紀)

訳者あとがき

 ガンジーが非暴力運動をはじめてから100年以上が経ち、今回翻訳した記事も発表されてから長い年月が経っている。しかし、ガンジーの主張に古くささは感じられず、むしろ斬新にすら感じる。そう感じるのは、ガンジーが主張する世界が、近年ますます遠ざかっているからかもしれない。家庭内暴力、幼児虐待、いじめ、集団暴行、性暴力、テロ、内戦、紛争、戦争……あらゆる暴力が、巷に溢れている。最近ではネット社会が進んだことで、不特定多数の人間が、特定の個人へ心無い罵詈雑言を集中砲火するような類の新しい暴力の形が定着しつつある。ガンジーの望んだ世界が、訪れることはないのだろうか。
 おそらく来ないだろう。だが、それでも私はガンジーの主張に憧れてしまう。ガンジーの主張に感化されて非暴力主義を目指してしまう。だが、いつもすぐに挫折して、また目指して、しばらくしてまた挫折して……これを繰り返す。
 それでいいと思う。ガンジーが言うように、完全な人間になろうとする過程で、人は成長するからである。
 そして、もうひとつ私のような不完全な人間をなぐさめる、ガンジーのエピソードを付け加えておきたい。非暴力を主張するガンジーもまた聖人ではなかった。たとえば、ガンジーは男尊女卑の思想の持ち主で(「インドの女性たちへ」でもその片鱗は読み取れる)、それが原因で何度も妻に無理を強いては泣かせている。本文に登場する長男にいたっては、厳しく躾しすぎたせいで、最終的にグレてしまった。その長男の姿を見たガンジーは、あろうことか自分が未熟な時期に生んだ子供なので、ダメな部分が伝染した、と長男を切り捨てる始末である。また、欲を断とうと主張する当の本人も、晩年まで欲に打ち勝つことに非常に苦労した。
   だからと言って、ガンジーの主張が間違えているということではない。ガンジーもまた、理想を追い自分の主張に憧れたひとりの不完全な人間だったということだ。
   ガンジーは、 理想を語りそれに向かって行動することの重要性を説いている。本文の中では「実行的理想家」という言葉で表現されている。現代で理想を語れば、偽善や欺瞞、自己満足と叩かれてしまうような世知辛い世の中であるが、それでも理想を掲げて、それに向けて実行することが大切だとガンジーは語りかけてくれる。失敗して周囲から後ろ指をさされて笑われたとしても、また、立ち上がって挑戦することが、人としての成長につながる。ガンジーの主張に触れる度、私も「実行的理想家」でありたいと強く思う。
 
 なお、今回翻訳するに当たっては、ガンジーの主張に親しみやすくなることを第一義に考えて、意訳している箇所がある。これにより、ガンジーの主張がねじ曲げられていることはないと信じて、読み進めて大丈夫である。もし、違和感を感じた人がいれば、それはすべて訳者のいたらなさによるところである。その点はご了承いただきたい。
2016年6月
東京のはずれにて
小浜 葉落


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