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てきすぽどーじん5号 「初体験」
「親不孝ウエストゲイパーク」 山田佳江
親不孝ウエストゲイパーク
親不孝ウエストゲイパーク(1)
親不孝ウエストゲイパーク(2)
親不孝ウエストゲイパーク(3)
親不孝ウエストゲイパーク(4)
「原発少女・福島もんじゅ ~パイロット版~」 シゾワンぷー
原発少女・福島もんじゅ ~パイロット版~
原発少女・福島もんじゅ ~パイロット版~(全)
「穴蔵の娘」 雨森
穴蔵の娘
穴蔵の娘(1)
穴蔵の娘(2)
穴蔵の娘(3)
穴蔵の娘(4)
穴蔵の娘(5)
「パラレルワールドの僕」 香吾悠理
パラレルワールドの僕
パラレルワールドの僕(1)
パラレルワールドの僕(2)
パラレルワールドの僕(3)
パラレルワールドの僕(4)
パラレルワールドの僕(5)
パラレルワールドの僕(6)
パラレルワールドの僕(7)
パラレルワールドの僕(8)
「テキスポで暮らした人たち」 蟹川森子編
テキスポで暮らした人たち
テキスポで暮らした人たち(1)
テキスポで暮らした人たち(2)
「惟任百里的初恋探偵物語」 あやまり堂
惟任百里的初恋探偵物語
惟任百里的初恋探偵物語(序)
惟任百里的初恋探偵物語(1)
惟任百里的初恋探偵物語(2)
惟任百里的初恋探偵物語(3)
惟任百里的初恋探偵物語(4)
惟任百里的初恋探偵物語(5)
惟任百里的初恋探偵物語(6)
惟任百里的初恋探偵物語(7)
惟任百里的初恋探偵物語(8)
惟任百里的初恋探偵物語(9)
誤訳捏造「OUTサイダー」 茶屋休石
誤訳捏造「OUTサイダー」
誤訳捏造「OUTサイダー」(序)
誤訳捏造「OUTサイダー」(1)
誤訳捏造「OUTサイダー」(2)
てきすとぽい広告
てきすとぽい
「異世界のメロディ」 松浦俊郎
異世界のメロディ
異世界のメロディ(序)
異世界のメロディ(1)
異世界のメロディ(2)
異世界のメロディ(3)
異世界のメロディ(4)
異世界のメロディ(5)
異世界のメロディ(6)
異世界のメロディ(7)
異世界のメロディ(8)
異世界のメロディ(9)
異世界のメロディ(10)
異世界のメロディ(11)
異世界のメロディ(12)
巻末の随筆
巻末容赦
てきすぽどーじん5号「感想会」のお知らせ
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異世界のメロディ(7)

 
「夕日、きれいですね」
「ああ、そうだな。明日も暑くなりそうだな」
 日が沈みかけた頃。五十川と久美は、屋上天文台エリアの片隅で西日をみていた。
 宗宮は研究があるからといって,もう二時間以上天文台にこもっている。
 宗宮はいっていた。
 天文台エリアは、屋上の中でも一番最初に開拓された場所なのだと。そもそもは、とうの昔に廃部になった科学部天文班がこの場所に天文台を作ったのが始まりなのだとか。
 とにかく今日は走り回ったから風呂に入りたいといったら、給水塔のすぐ下にシャワールームが用意されていた。驚いたことに、ちゃんとお湯が出た。
「なあ、久美はここから教室に通うのか?」
 五十川は明日からのことを、ぼんやりと考えていた。
「たぶん、教室にはもう行きません」
 きまじめな久美らしくない答えだった。
「勉強は宗宮さんが教えてくれるって。それに教室に行ってもわたしの机、いつも花瓶とか置いてあるし……」
 教室に友達はいないって、そういえばいってたな。
 五十川は久美が屋上にとどまる決意をしたときに口にした言葉を思い出した。
「あのファンクラブの奴らは助けてくれないのか?」
 あんまり協力を仰ぎたいとは思えない連中だったが、久美が困っているのなら対抗勢力にはなるだろうと思った。
「あの人たちは写真とか撮るだけで……。個人的にお話したことなんてないんです」
「そっか」
「あと宗宮さんが、出席は勝手だけれど授業は聞き流した方がいいっていうんです」
「そういえば俺にも同じこといったよな。どういう意味なんだろう?」
「わからないです。でも、今はまだ説明できないけれど、屋上にいれば理解できるようになるって」
「これは俺が勝手に思ってることなんだけどさ。宗宮が屋上に住んでいる理由って、なにかの影響下から逃げるためなんじゃないかな」
「なにか?」
「ああ。宗宮が『奴ら』って呼んでた組織」
「授業と関係あるってことは、その組織って先生たちのことなんでしょうか?」
「どうだろうな。それを見極めるためにも、しばらくはここにいるしかないだろうな」
「それじゃあ五十川さんも授業にはでないんですね?」
「そりゃ、俺は自分の教室知らないんだから」
 森の中に夕日が沈んでいく。
 学園の西側には、街はみえなかった。校舎や寮の建造物が終わっているあたりから先はずっと森が続いている。
 残りの方角も、これといって高い建物や街明かりは見つからなかった。
「久美ちゃ~ん、五十川くーん。夕ご飯にしましょー」
 部活動が一段落ついたのか、天文台の鉄扉から宗宮が顔を出していた。
「自炊しているのか?」
「まっさかぁー」
 宗宮は大げさに笑う。
「学食に行くに決まってるじゃない。まぁ、宇都宮(うつのみや)くんとかは毎日自分で作っているみたいだけどねぇー」
「宇都宮?」
「高エネルギー研究部の部員よぉー。彼、シャイだからなかなか出てきてくれないけれど、そのうち紹介するわぁ」
「なかなか出てこないっていったけど、行方不明になるほど屋上は広いのか?」
「見てのとおりよぉー。ね?」
 そういって、宗宮ははるか先まで続く建物の列を指さす。
 夕日に照らされている校舎や体育館やら講堂らしきものは、数限りない印象を受ける。そして、それぞれの建物屋上にはエアコンの室外機や機械室らしきものがあって、陰になっている部分も多い。
「屋上は広大なのよぉ。とくに宇都宮くんは移動しながら生活しているみたいだしねぇー」
 移動しながら生活するなんて、なんだか密林のハンターみたいだなと五十川は思った。
「さ、グズグズしていると人気メニューがなくなっちゃうわよぉ」
「またあの天窓から降りるのか?」
「下界につながるルートはいくつもあるの。食堂まで屋上で移動しましょ」
 ひとつひとつの校舎はそれほど大きいわけじゃないが、それぞれはセントラルヒーティングのダクトや渡り廊下の屋根で結ばれていて、RPGのダンジョンみたいだった。
 雪山のクレバスじゃないが、明かり取りのための吹き抜けがあったりして、正直なところ五十川も怖いと思った。宗宮はひょうひょうと進んでいくが、久美は五十川の制服をつかんで離さない。
「宗宮って高いところ平気なんだな」
「あらぁ。五十川くん、高所恐怖症なの?」
「そうじゃない。もしそうだったら、こんなところ立っていられないだろ?」
「さあ、ついたわぁ」
 そこは、ステンレス製の換気ダクトが揚げ物のにおいをせっせと排出している、空腹の人間には耐えがたい場所だった。
「うーん、いいにおい! 夕ご飯が楽しみねぇー」
 宗宮のやつは、本当にうれしそうに胸一杯空気を吸っていた。
「どうやって降りるんですか?」
「こっちよぉー」
 三人はダクト点検用のはしごを伝って、厨房の裏手に降りた。
 食材を運び込むための通路を通り、食券の販売機に並ぶ。
「わぁ! カツカレーまだ残ってる~」
 宗宮の指先は迷うことなく、カツカレーのボタンへと直行した。
「宗宮って、黄色いキャラクターだったのか」
「そうねぇ~。色の話はともかく、カレーは好きよぉ。五十川くんはなににしたの?」
「俺は海鮮丼だ」
「わたしは月見そばです」
 それぞれのコーナーで料理を受け取り、見晴らしがいい場所に席をとる。
「特等席まで空いてるなんて、今日はラッキーねぇー」
 一階が見渡せる中二階の席を確保して、宗宮はご機嫌だった。
「それにしてもさ。授業には出ない、出席はちょろまかすで、食堂にだけ出入りしていて問題ないのか?」
「問題おおありよぉー。生徒会も新聞部とドンパチやってくれているから手が回らないみたいだけど、狙われているのは間違いないわよぉ」
 宗宮はあっけらかんと答える。屈託ないその笑顔は、何にも考えていないようにもみえるが、さりげなく状況分析が混じっていたりして判断を迷わせる。
「ま、いざとなったら宇都宮くんが動いてくれるから心配ないわよぉー」
「それもさっきから気になってたんだけど、宇都宮って誰だよ?」
「あら、知らない? 学園伝説のスナイパーなのよぉ」
「ひょっとして、バロン宇都宮さんのことですか?」
「あらぁー、ちゃんと名前まで知っているなんて、さすが女の子ねぇ」
 またしても五十川だけが知らなくて、久美が知っていたことが一つ浮上した。これだけのヒントがあるのに、この学園に関すること、自分に関することが思い出せない。
「五十川くん、そんな不機嫌そうな顔しない! 女の子はウワサには特別敏感なものなのよぉー」
「ふーん」
 五十川はわざと気のない返事をしておいた。
 バロン宇都宮、か……。屋上仲間なら、そのうち会うこともあるだろう。
 なぜ、宗宮ら高エネルギー研究部が屋上を拠点としているのか。なぜ、スナイパーなんぞが部員にいるのか。どうして、生徒会と新聞部が敵対勢力なのか。
 考えればきりがないほど疑問点だらけだった。
 でも不思議なもので、限度を超す疑問は答えを求める衝動を抑えるようだ。
 今日は柄にもなく会話をしすぎたせいで疲れているのだ。しっかり休養して記憶が戻れば、また日常に帰って行くことになるだろう。
 

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異世界のメロディ(8)

 
 夢をみていた。
 最後にトイレに行ったのが、確か午前四時五十分だったから明け方のことだと思う。早朝にみる夢にふさわしく、何度も目が覚めてはまだ寝ていることに気づくという入れ子構造のやつだ。
 もう何度、目覚める夢をみただろう。もうだまされないぞ。あと、これは夢なのだから絶対にトイレにだけは行かない。
 そう自分に誓いを立てて、五十川は体を起こした。
 パーティションの向こう側では、まだ宗宮と久美が寝ているはずだ。
 五十川はふたりを起こさないように、静かにソファーを離れて天文台の外に出た。
 もうすでに日は昇っていて、屋上をぎらぎらと照らしている。今日も昼間は暑くなるかもしれないなと思った。
「おはようございます。五十川さん」
「ん?」
 振り返ると、久美が立っていた。Tシャツに短パンという出で立ちだ。
 昨晩、着替えるからといってパーティションの反対側に姿を消してから、五十川は一度も久美をみていない。さらに久美が眠るときにどういう服装なのか、全く知らない。
 そこまで考えが至ったとき、ついに覚醒する夢の無限ループから抜け出したのかな、と思った。
「ああ、おはよう……」
 浅い夢の中にいるときに、声を出すと目が覚めるというのはよくあることだ。
「わたしの顔、なにかついてますか?」
 久美が不思議そうに五十川をみている。
「あ、いや……。ちゃんと俺、起きてるよな」
「寝癖がついてますけどね」
 自分の頭に左手で触れる。久美の指摘通り、確かに後頭部がはねていた。
 そんな五十川の姿を見た久美が遠慮がちに笑い、つられて五十川も照れ笑いを浮かべる。
「朝、早いんだな」
「えーっと、なんだか緊張してるみたいで……」
 まあ、そうだろうな。
 五十川も、久美のいうことはもっともだと思う。
 いきなりこんな特殊な生活環境に引っ越してきたのだ。それでいきなり安眠できたら、そっちの方が問題ありだ。
「あのさ――」
 五十川は、さっきからずっとため込んでいたことを口にした。
「一晩寝れば、なにもかも夢物語で。それで、なんか……。うまくいえないけれど、平凡な一日が待っているような気がしてたんだ」
「五十川さんも、ですか」
「久美もそうだったのか?」
「はい。わたしの場合は、毎日ですけど」
「毎日?」
 久美は五十川から視線を外して、朝日のほうを向いて話しを続けた。
「わたし、毎日寝る前にお祈りするんです。これは全部悪い夢だから、明日の朝にはぜーんぶ消えてしまっていますようにって。それで、どこにでもいるふつうの女の子になっていて、でもちょっと歌がうまくて……」
 歌、か――。
「そういえばコーラス部のこと、まだ決着ついてなかったな」
「え?」
 久美は驚いたような声を出した。
「だってさ、委員長めがねかけた部長からテストの結果、聞いてないだろ?」
「不合格に決まってますよ」
 つぶやくような声で、静かに言い切る。
 昨日のことが思い出されてつらいのか、久美はうつむいて顔を隠した。
「昨日のテストは邪魔が入って中断しただろ? リベンジしようぜ」
 五十川は視線を久美から青空に移して続ける。
「俺は自分が何者なのかすら不明瞭なんだ。特に目的もないし、生きてる意味もない。宗宮はなにか知ってるみたいだけど、たぶんすんなりと教えてはくれない。暇なんだよ」
「五十川さん……」
「だから、手伝うよ。歌の練習」
 久美が鼻をすすって、手の甲で涙をぬぐっているところで、間の抜けたあくびが聞こえてきた。
「ふあ~ぁ。よくねたぁー」
 パジャマ姿でふらふらと天文台から出てきた宗宮だった。
「おはよぉー。久美ちゃん、五十川くん」
 宗宮はまだ半分寝ているのか、ふたりの様子を気にも留めないで給水塔の方へとのびをしながら歩いて行った。
 朝食は、レンジでチンだ。
 どうせ教室には行かないのだが、なぜか宗宮は制服に着替えていたので、五十川と久美もそれに習って制服を着てから朝食となった。
「いただきまぁーす」
 宗宮は昨晩のうちに購買部で確保していた朝食の前で手を合わせ、「ふたりとも、遠慮しないで食べてねぇー」などといいながらツナ缶を勧めてきた。
 本当にここは物資が豊富だ。屋上なんて陸の孤島かと考えがちだが、水はもちろん、ガスも電気もある。実際はアメリカみたいだ。行ったことはないけれど。
「なあ。歌の練習に使いたいんだけど、教則本なんか手に入らないかな?」
「五十川くん、歌手目指しているのぉ?」
「俺じゃない。久美がコーラス部に入るのに必要なんだ」
「ふぅーん。教則本だけでいいなら、図書館に行けばあると思うけどぉ」
「なんだか興味なさそうな返事だな」
「そうねぇ。歌もいいけれど、わたしなら世界の秘密を解析する方に注力するかなぁー」
「それって、宗宮さんの研究テーマなんですか?」
「ええそうよぉー。久美ちゃんも一緒に考えない?」
 突然のスカウトに、久美は困惑した表情を浮かべている。
「おい、自分の趣味を無理強いするなよ」
「趣味じゃなくて、ライフワークよぉ。五十川くんも一緒にどう?」
「俺は……」
 五十川はそこで言葉に詰まる。
 久美の手伝いだって、偶然に音楽室の前で出会ったから始めたことだ。それなら宗宮の研究に参加するのだって同じことのはずなのに、なぜかその気にはならない。
 いや。記憶を取り戻すためならば、むしろ宗宮に張り付いている方が得策だ。
 そこまでわかっていながら、それでもなぜか久美の手伝いをしたいと思っている。
「あらぁ、どうしたの? 研究手伝ってくれるなら、わたしが手取り足取り腰取り教えてあげるわよぉー」
「宗宮さん! そんなっ……。 腰なんて、不潔ですっ!!」
「あらぁ。久美ちゃんの顔、真っ赤になってかわいいー」
 中学生みたいな下ネタをいう宗宮のことも、突っ込んでいる久美の声も五十川には届かない。ただなにか、重要なことを忘れてしまっているような不愉快な感覚だけが残る。
「俺は、久美の手伝いをする」
 五十川は断言した。
「理由は自分でもよくわからないけど。乗りかかった船だからかもしれないし、出会った順番だけの問題なのかもしれない。ただ、何となくそれが正解のような気がするんだ」
「あらそぉ、残念ねぇー」
 宗宮は一つも残念なそぶりを見せずに軽く受け流した。

 

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異世界のメロディ(9)

 
「それじゃ行ってくる」
 朝食を終えた五十川は、例の天窓を外して下界に降りた。音楽に関する知識なんて持ち合わせていないから、教本選びには久美も同行した方がよいと思ったが、久美にはやっかいな追っかけがいる。あの汗臭い大きなお友達だ。だから一人で図書館に行くことにした。
「いってらっしゃーい。戻ってくるときは無線で連絡してねぇー」
 初めて屋上にふたりを迎え入れたときと同じように、宗宮は笑顔で手を振っていた。
「よろしくお願いします」
 と、その横では久美が頭を下げている。
 五十川はふたりに向かって肩の辺りまで手を上げて合図を送り、ほかの生徒に見つからないうちに一気に階段を駆け下りた。
 図書館の位置は、宗宮から聞いていた。
 バス停近くの寮が集まっているエリア、そして天文台もある教室が集まっているエリア、それから食堂、購買部、事務室、職員室があるエリアはすべて屋上から一度も降りることなく移動できるらしい。
 なんだか、平野に降りることなく日本中を旅する山伏みたいな話だ。
 そんな高エネルギー研究部の部員でも地上を経由しないと唯一たどり着けないのが、グラウンドの反対側にある図書館なのだそうだ。
 五十川は不審な生徒として通報されることもなく中庭まで来た。こけのむした煉瓦と、そんな滑りやすい足場の先で口を開いて生徒を待ち構えている小さな池がある。
 たぶん年に数人はこのトラップの餌食になるのではないか。あるいは、余興で自ら飛び込むやつもいるかもしれない。
 そんな気がした。
 いや、今まさに目撃者になろうとしている。
 本を読みながら、池に向かって一直線に歩いている女の子が一人。手にしている文庫本に熱中しているのか、まるで池の存在に気づく気配がない。
 胸元まである長い黒髪はつややかで、一度ぬれてしまったらあとの始末が大変そうだと思った。
 ま、よくあることだよな。別に死ぬわけじゃないし。
 五十川は図書館へ急ごうと思うが、どうにも女の子のことが気にかかる。
 周囲を見渡しても、五十川と池に向かって一直線の女の子以外はいないようだ。
「あの……」
 口から出かかった言葉に、五十川は自分で驚く。
 俺はどうかしている。
 声をかけようとしている自分に、無性に腹が立つ。どうも久美と出会ってからというもの、以前の自分らしからぬことばかりしているような気がする。
 でも、どうしても無視できない。かといって、どういう風に注意するのがいいのかもわからない。
「あなたは今から池に落ちますよ」
 などというのはどう考えても違和感がある。それに、女の子は池の存在にちゃんと気づいていて、余計なお世話という可能性だって高い。
 でもなぁ……。
 どんな本を読んでいるのか知らないが、口元に笑みを見せたりしていて外の様子に気を配っているとは思えない。
「あのさ――」
 結局、声をかけてみた。でも、相当熱中して読んでいるようで女の子は返事をするどころか、五十川の存在にすら気づいていない。
 こうなると、半分は意地もある。なんとかして女の子の進路を池から外したい。
「おーい」
 今度は進行方向正面に回り込んで声をかけた。これで避けられたら、もう意図的に無視されていることは確定だ。それは長年の経験で知り尽くしている。
 女の子の歩くスピードは変わらない。最初にみたときと同じペースでまっすぐ五十川に衝突する軌道を進んでくる。
 おい。冗談だろ? 半径一メートル圏内に入っても気づかないなんてあるのか?
 で、ふたりはぶつかった。
「きゃっ!」
 よほど驚いたのか、女の子は読んでいた本を落としてしまった。
「ごめん。なんだか放っておくと池に直行しそうだったから」
 五十川は、地面に落ちた本を拾い上げた。カバーが外れて表紙が目に入る。超弩級の恋愛小説シリーズだった。
「ああああ、あの――」
 女の子はよほど慌てたのか、五十川の手に自分の手を重ねて本の表紙を隠した。
 煉瓦敷きの、しっとりとした中庭で、手と手を取り合って超至近距離で向かい合うって、初対面でやることじゃない。
 でもそんなことを考える余裕なんてなくて。五十川は、ほおを赤くして自分の手を握ってくる女の子に見とれ、女の子は表紙を隠すのに必死の様子だった。
「え~……。ん~……」
 そんなふたりの状況をようやく把握したらしい女の子は、目を伏せて言葉に詰まった。
「ごめん。なんだか池に落ちそうだったから」
 五十川は本の表紙がみえないように裏返して、女の子に返した。
「あ、ありがとうございます……」
 受け取った本をしっかりと抱きしめて、うつむいている。もう恥ずかしくて、五十川の顔なんぞみていられない、という感じだ。
 一目みたときからストレートの長い髪だなとは思ったが、こうしてうつむいていると瞳のラインで切りそろえられた前髪ばかりが目立って、なんだか髪の毛と会話をしているみたいな気分になってくる。
「わたし落ちるんです……」
「え?」
 五十川は、なにをいわれているのかわからなかった。
「いえ、あの……。よく、ぼんやりしていて池とかに落ちるんです」
「今回も?」
「はい。あの、その……。あなたに助けてもらわなかったら、たぶん落ちてました」
 女の子は、五十川をなんて呼んでいいのかわからず、さんざん迷った上で『あなた』という言葉に行き着いたようだった。
「俺は五十川良樹っていうんだ。五十川でいいよ」
「五十川さん、ですか……。わたしは、内(うち)木(き)田(だ)優(ゆう)です」
「へえ、『ゆう』か。優等生の優?」
「はい……。みんなからは内側の内に気分の気で、内気って呼ばれていますけど」
 内気というより単なる恥ずかしがり屋さんという気もする。
「で、どこに行く途中だったんだ?」
「図書館です。わたし図書委員会だから……」
「俺も図書館に行こうと思ってたんだ。ちょっと借りたい本があって」
「本、好きなんですか?」
 なぜか優の声のトーンが少し高くなったような気がした。
「あ、いや」
「そうです、か……」
 いったん高くなったトーンが下がってしまう。
「今必要なのは音楽の教則本なんだけど、棚の位置とか知ってる?」
「図書委員ですから……。あの、よかったらご案内しますけど……」
 さっきの小説を鞄にしまった優は、あいかわらずうつむき加減で、両手も胸の前でもぞもぞと動かしていた。なんだかとっても恥ずかしそうだ。
「そうしてくれると、とっても助かる」
 五十川の返事を聞くと、いったん顔を上げてくれたが、目が合うとまた恥ずかしそうに下を向いてしまった。
「それじゃあ、いこうぜ」
「あ、そっちじゃないです」
 他人とはまともに話なんてしたことがない五十川だったが、なぜか久美といい宗宮といい、そして優もだが記憶をなくして以来、ひっきりなしに誰かしら話し相手が現れる。
 今までため込んでいたコミュニケーション貯金が、ついに満期を迎えたのだろうか。
「図書館は、グラウンドの反対側です」
「ああ。そうらしいね」
 運動場は一週四百メートルのトラックがある陸上用のものと、野球グラウンドがあった。その周囲は林になっていて、散歩に適当な小道がある。
 ふたりが林の中の小道も半ばにさしかかったときだった。
 優が爆弾発言をした。
「……好きなんです……」
「え!?」
 突然の告白に、びっくりする余裕すらなくて。五十川はただ言葉にならない音を発した。
「あ、いや。その……。わたし、この道が好きなんです」
「ああ、そうだな。なんだか文学の小道って感じだよな。優は文学少女なんだな」
「そそそ、そんなことないです。わたしなんて……」
「わたしなんて?」
 言葉の続きが知りたくて五十川はオウム返しに聞いた。
「さっき、小説の表紙みましたよね……。わたし地味だし、みんなからも内気ってからかわれているけれど……。でも、恋愛にあこがれているんです。いつか自分もって。バカみたいですよね……」
「いいんじゃないかな」
「え?」
 今度は優が驚く番だった。五十川からも、クラスメイト同様の反応が返ってくるとでも思っていたのか、五十川の肯定的な返事が信じられないといった感じだ。
「あこがれるものがあるって、いいことだと思うよ」
「そうでしょうか……」
「俺さ、ちょっと記憶が混乱しているんだ。覚えているのは惰性みたいに生きていたってことだけでさ。そんなの生きてる意味ないよな。だから優みたいな気持ちになれるって、ちょっとうらやましいくらいだよ」
「惰性で生きてたって……。とてもそんな風にはみえませんけど」
 五十川は、昨日この学園に足を踏み入れる前のかすかな記憶の話をした。参加するでもなく、ボイコットするでもなく、ただ座っていただけの授業のこと。それから、明け方までモニタに向かって一人ゲームをしては、遅刻を繰り返していたこと。
「今の俺には、そんな記憶しかないんだ。たぶん夏休み中、ずっとゲームで不規則な生活を送ってたんだろうな。ちょっと脳みその調子が悪くなっているみたいなんだ」
「そんなこともあるんですね」
「そうみたいだな」
 それっきり会話は途切れたが、木漏れ日の差す散歩道もすぐに終点となった。
 今、目の前にあるのはちょっとした体育館ほどもある大きな図書館の正面入り口だ。
 その大きさに感心している五十川の先を、優は先導するように歩いて行く。ここで迷子になったら出てこられないかも、と思う五十川はその後を追う。
 

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異世界のメロディ(10)

  
「音楽の教則本なら、このあたりです」
 到着したのは、地下一階の隅っこだった。
 確かに音楽関係の書籍が並んでいる。この様子なら歌の教則本も見つかるだろう。
「サンキューな」
「いえ……。あの~……」
 案内を終えた優は、なにかいいたげに五十川の背後でもじもじしている。
「ん?」
 五十川は書架をあさりながら、続きを促すように返事だけ返した。
「五十川さんは、その~……、どちらのクラスなんですか?」
「生徒手帳が偽造じゃなければ、たぶん三年D組の出席番号二番だよ。でも、どうして?」
「ああああ、あの。本の貸し出しに生徒手帳が必要なんですっ!」
「じゃあ、この本とこっちのやつ借りるよ。生徒手帳ってこれでいいんだろ?」
 五十川は胸のポケットから手帳を出して、優に手渡した。
「はい……」
 優は両手で受け取った生徒手帳をまじまじと見つめている。
「その写真、犯罪者みたいだよな」
「えっ!?」
 我に返った優が驚く。
「いや、生徒手帳の写真が連続爆弾犯みたいだって話」
「そそそ、そんなことないと思います。その……、あの……。すてき、な……」
「え?」
「えええええええええええっと。とてもすてきな写真だと、……思います」
 優は、やかんを載せたらお湯が沸かせるのではないかと思うほど赤くなっていた。
「それじゃあ、貸し出しカウンターに行きましょう」
「うん」
 優はカウンターの内側に入って、改めて五十川の生徒手帳を開いた。
「あれ?」
「どうかしたのか?」
「あの~……。五十川さん、生徒手帳はこれだけですか?」
「なにか足りないのか?」
「いえ、足りないんじゃなくて。この手帳、よく似ていますけどこの学園の生徒手帳じゃないみたいなんです」
「そんなバカな――」
 五十川はカウンターに身を乗り出して、優が開いている手帳をのぞき込む。
「これ、わたしの手帳なんですけど……」
 優がポケットから自分の生徒手帳を取り出して並べた。
「たとえばクラスの欄をみてください。わたしは二年四組です。でも五十川さんは三年D組って書いてあります」
「それって……」
「はい。この学園の高等部は、クラス分けにアルファベットは使ってません」
 信じられないことだが、図書委員として数多くの生徒手帳をみてきたはずの優がいうのだから本当なのだろう。
「どういうことだ!?」
「なにかの間違え、……でしょうか」
「Dじゃなくて、0組の間違いとか?」
「いいえ。クラスは1から順番に数字を振ってます」
 俺は、この学園の生徒じゃないのか?
 じゃあ、なんでここにいるんだろう?
「あ、あの~。五十川さんさえよければなんですけど。この本、わたしの名前で借りておきましょうか?」
 そんな提案を優はしてくれた。
 ありがたいことではあるが、今発生している問題の解決にはならない。
「いや。コピーを取らせてもらうからいいよ。ありがとうな」
「いえ……。コピー機は右手奥にあります」
 そういって、優は少しだけ違う五十川の生徒手帳を返した。
「あの、五十川さん――」
 立ち去ろうとする五十川に、優が声をかける。
「生徒手帳、たぶんなにかの間違いです。ミスプリントとか……。だから、学務課にいってみるのがいいと思います」
「ああ、そうだな。いろいろありがとう」
 クラスは番号でなければおかしい、か……。
 そういえば最初に生徒手帳をみせたのは宗宮だったな。
 五十川は、天文台での宗宮とのやりとりを思い出した。
「あのさ」
「は、はい」
 歩き始めてから、急に振り向いた五十川に優が驚く。
「ついでなんだけど、『数学モデル』とか、そんな感じの本ってある?」
「ええっと。科学ですね? ちょっと待ってください」
 優はカウンターに備え付けのPCを操作して、検索してくれているようだ。
「こっちです」
 ふたたびカウンターから出てきて、優は棚まで案内してくれた。
 宗宮の研究テーマである「種の競争」を数学で扱うような本はなかった。その代わり五十川は「進化シミュレーション」の本を選んでコピーすることにした。ぱらぱらとめくった感じでは、どうも遺伝的アルゴリズムを数学に落とし込む方法が書いてある本のようだ。
「五十川さんは難しい本を読むんですね」
「あ、いや。もしかしたら、なくしている記憶と関係あるかもしれないんだ」
「そうですか……。あの、また資料が必要なときはいつでも来てくださいね」
「ああ。今日はありがとう」
 優とは図書館のコピー機のところで別れて、五十川は屋上へと戻った。
「おかえりなさぁーい。待ちくたびれちゃったわよぉ」
 五十川を屋上へと引き上げたウインチのコントローラを定位置に戻した宗宮は、あいかわらずの調子で、ほっぺたを膨らませて笑顔で不満を述べる。
「別に外で待ってろなんて頼んだ覚えはない」
「いえ、宗宮さんじゃなくて。わたしが待ちましょうっていったんです」
 久美が申し訳なさそうに頭を下げる。長いツインテールが大きく揺れた。
「さ。三人そろったことだし、お茶にしましょー」
「早弁か」
「変な言い方しないでぇー。十時のお茶よぉ」
「おんなじことだろ」
 天文台の脇にはパラソルが出ていて、ティータイムの準備はすでに整っていた。
「ほら。教則本っぽいのもってきたぜ」
 五十川は小脇に抱えていたコピーを二束、久美の前に差し出した。
「あらぁ、わざわざコピーしたのぉ?」
「せざるを得なかった、という方が正しいな」
「?」
「宗宮、なんか知ってるんじゃないか?」
「なにかって、何のことぉ?」
 一番最初に五十川の生徒手帳を確認したのは宗宮だ。そしてなにか自分の研究と関係があるようなことをいっていた。黙っていただけで、優が指摘したような相違に気づいていた可能性は高い。
「俺の生徒手帳、この学園のじゃないかもしれないんだ」
「やぁーねぇー。そんなはずないじゃない。校章が同じよぉ」
 そういって、宗宮は自分の生徒手帳にプリントされているマークと五十川のものを並べてみせる。
 確かに校章のデザインは同じだった。
 まだだ。
 宗宮が口を割るには、突きつける証拠が足りない。今これ以上追求しても、のらりくらりとかわされるだけだろう。
「あの、五十川さん。コピーしてまで持ってきてくださって、ありがとうございます」
 それまで黙ってふたりのやりとりを聞いていた久美は、教則本のページをめくった。
 五十川も、自分用にコピーしてきた例の「進化シミュレーション」の本を読み進める。
「あらぁ。五十川くん、わたしと共同研究する気になったのぉ?」
「いや、別に。ただ同じ土俵に立てなきゃ、話し合いにもならないだろ」
 五十川としては、こっちもおまえの正体を探っているんだぞ、という意味を込めたつもりだったが、宗宮はまるで意に介していないようだった。
「ねえ、久美ちゃん。読んでない方の、貸してもらえるぅ?」
「はい、もちろんです」
 手持ちぶさたの宗宮は、テーブルの上で遊んでいた教則本のコピー束に手を出した。
「ふーん」
 宗宮は速読でもできるのか、それとも適当に眺めているだけなのか、あっという間に一冊読み終えて、「なーんだ」とでもいうような声を出した。
「なにか新しい発見でもあったのか?」
「そうねぇ。まずは音階練習が基本みたいだけれど、音合わせのためのチューナーとか楽器がここにはないのよねぇー」
「安めのキーボードでも買ってくればいいだろ?」
「それは無理よぉー」
 宗宮の言葉に、久美もうなずく。
「なんでだよ?」
「この学校、出入りには厳しいのよねぇー」
「そうなのか……」
 いわれてみれば、バス停とトンネルの間にはゲートがあったし、そのほかに外界と出入りできるような場所があるとは思えない立地だ。
「なんとかならないか?」
「学園内で調達してくればいいのよぉ」
 簡単でしょ? と宗宮はうれしそうに話す。
「そんなに簡単にいくのか?」
「いくわよぉ。だって、この天文台にあるものは全部、学園内から調達してきたものなのよぉ?」
 五十川の脳裏に、エアコンから冷蔵庫、テレビ、オーディオ、そしてあのサーバー群が浮かぶ。あれらは全部、学園内にあったものを勝手に拝借してきたということだろうか。
「それってドロボーじゃね?」
「外に出るなっていうんだから、仕方ないじゃない。ねぇー」
 宗宮は久美に、無理矢理同意を求める。
 久美も改めて屋上の膨大な備品を思い出しているのか、戸惑った表情をしていた。
「ひとりでやったのか?」
「まさかぁー。備品の調達は、部員一同で一致団結してやるのよぉー」
「じゃあ、キーボードの調達も協力してくれるのか?」
「いいわよぉー。かわいい久美ちゃんのためだものぉ。お姉さんも一肌脱いじゃうわぁ」
「ほんとに服に手をかけるな!」
 いきなりスカートのジッパーに手を伸ばそうとした宗宮の頭をはたく。
「いったーい! もう、五十川くんは冗談が通じないんだからぁー」
 ぶー! と宗宮は、ほおを膨らませている。
「ほんとはちょっとうれしかったくせにぃー。ねぇー、久美ちゃんもそう思うでしょー?」
 ふたたび久美に同意を求める宗宮。
「わっ、わたしはちゃんと服を着ていてほしいです!」
 無理に話を振られた久美は、真っ赤になりながら空を仰ぎ、そういったのだった。
「それじゃ、さっそく部員に号令をかけるわよぉ」
 宗宮はアタッシュケースを持ち出すと、パラソルの下でアンテナを立ててモールス符号を打ち始めた。片手には使い込まれた乱数表があり、暗号通信をしているのだということが傍目にもわかった。
 よく晴れた九月の空のした、屋上にたてられたテーブルとパラソル。そこには状況について行けず、ぽかんと口を開けている久美と腕組みして推移を見守っている五十川。それにヘッドセットを手に持って耳に当てながら打電する宗宮がいた。

 

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異世界のメロディ(11)

 
 キーボード調達作戦は、午前三時半に行われることになった。
 宗宮曰く、「明け方は、一番警備が手薄なのよぉー」ということだった。
 ほんとか嘘かは知らない。ただ、治安部隊がデモ隊などに突入するのはたいてい明け方だから、その時間帯は一日の中で一番疲れが出やすいのは確かなのだろうと思う。
 ソファに横になって天井を見つめ、そんなことを考えていると眠気も飛んでしまう。
 五十川は屋上に出た。
「あらぁ。久美ちゃんとふたりっきりだと興奮して眠れないのかしらぁー」
 昼間っから出したままのパラソルの下で、宗宮は一人ヘッドセットに耳を澄ませていた。
「俺は夜型なんだよ」
「作戦に支障が出るから、今のうちに寝ておいてほしいんだけどなぁー」
 ふわふわとした話し方でそんなことをいいつつも、宗宮はなにか受信したようだ。ヘッドセットを持つ手に力が入ったかと思うと、乱数表を見ながらメモを取っていた。
「宗宮は寝ないのか?」
「五十川くんってば、添い寝してあげないと眠れないのぉ? もぅ、おこちゃまなんだからぁー」
「おまえ、ほんとにオヤジ発言好きだな」
 こういうことをいう時の宗宮は、本当にいきいきしている。
 五十川は折りたたみ式のいすを広げて、宗宮の隣に座った。
 宗宮はなにも答えず、打電している。
 夏の星空に、ツツー、ツーツーとヘッドセットから漏れる音が吸い込まれていく。
 五十川は背もたれに寄りかかって、かすかに見える天の川を追っていた。
「なあ」
 通信の切れ目を見計らって、話しかける。
「なぁに?」
「作戦に協力してくれる部員一同は、いつになったら集まるんだ?」
「あらやだぁ」
 クスッと宗宮は笑って、それから真顔で「もうみんな配置について、それぞれの任務に当たってるわ」と言い切った。
 昼間、備品調達作戦には戦闘がつきもの、といっていた宗宮の言葉が思い出される。
「ちょっと聞くけどさ。宗宮たちって、なにと闘ってるんだ?」
「そうねぇ。わかりやすくいうと、生徒会とあとは新聞部かしらぁー」
 宗宮は、無線をしながらだったが、適当に答えたという感じはなかった。
「なんでそんなのと闘わなきゃならないんだ? ただ学校の備品をぱくるだけなら、相手は教員か警備員だろ?」
「あらぁ。五十川くん、怖くなっちゃったのぉ?」
「そうじゃない。ただ、わけもわからずに装備だけ渡されても、誰かと闘うなんて気にはなれない。俺は事なかれ主義なんだ」
「個人の思想に意見するつもりはないけれどぉ、真実を知ることができるのは自ら行動を起こした人だけよぉー」
「それって前にいってた、世界の秘密を解析するっていう研究と関係しているのか?」
「うーん……」
 無線通信が一区切りついたのか、宗宮はヘッドセットをテーブルにおいて五十川と向き合った。
「五十川くんは、自分が納得できないと行動しない主義みたいね」
「ふつうそうだろ?」
「たしかにね。五十川くんのいうとおり、備品を調達するためだけに生徒会や新聞部と抗争しているわけじゃないの。わたしの研究、というより高エネルギー研究部の存在意義が関係するんだけど、その話はまた今度ってことでいい?」
 宗宮は話を一方的に打ち切って、ふたたびヘッドセットを手に打電を始めた。
 適当な言葉でごまかされるよりはマシか……。
 今回の作戦は久美の使うキーボードを拝借するのが目的だが、宗宮にとっては副産物もあるらしい。五十川はそう理解した。
 まあ理由は何であれ、明け方に校内を走り回らなければならない。それも高エネルギー研究部の部員と連携して。今までの生活みたいに、明け方に眠たくなるようでは無用のトラブルを起こしかねない。
 そもそも記憶が混乱するほど生活のリズムを崩したのだって、極端な睡眠不足が原因だ。今はたとえ眠れなくても、体力を温存するために静かに休んでおくべきだと思った。
「少し横になってる」
 五十川は天文台へと引き返した。
「今回の作戦の主役は五十川くんたちなんだから。ちゃんと休んでおいてねぇ」
 またあのふわふわした声が、なにを考えているのか読めないあの声が聞こえていた。
 絶対に眠れないと思った。
 ただでさえ、五十川は夜型人間なのだ。ましてやこんな日常からはみ出した生活に放り込まれて、安眠なんてできるはずがない。
 ソファに横になった五十川は、デジタルオーディオのイヤホンを耳に突っ込み、八十年代の洋楽を適当にピックアップしたプレイリストを流していた。
 久美はいっていた。
 今までの生活は悪い夢で、起きたらすべてが変わっていると念じて眠りにつくのだと。
 今、パーティションの向こう側に寝ているはずの久美はやっぱり同じような儀式をして眠りについたのだろうか。それとも屋上での生活を受け入れたのは、その願望が叶ったからなのだろうか。
 俺はどうなんだろう?
 かすかに残っている記憶で、今いる場所から逃げ出したいと願っていたような気もする。
 ここで衣食住の担保された生活を送っていくことは、俺の理想なのだろうか……。
 そんなことを考えていたら、いつの間にかうつつを抜かしていた。
「五十川さん、起きてください」
 誰かが腕を揺さぶる。薄く目を開けると、久美の顔がすぐそばにあった。
「あ? ああ。寝ていたのか……」
 五十川は上半身を起こして頭を振る。
「今何時だ?」
「二時十五分です」
 久美は市街迷彩の戦闘服に身を包み、準備万端だった。
「大げさだな」
「宗宮さんが、たぶん戦闘になるって」
 そういって差し出されたのは、五十川の分の戦闘服だった。
「戦闘?」
 寝起きの頭にはぴんと来ない単語だ。
「五十川さん、昼間の作戦説明ちゃんと聞いてなかったんですか?」
 久美は、不満そうだ。
 ああそうだ。生徒会のおっかない連中と戦闘になるかもしれないっていう話だったな。
「顔だけ洗ったら、すぐに着替えて準備するよ」
「はい。わたし、宗宮さんのところで装備の使い方を復習しておきます」
 まじめなやつだな、と思いながら五十川はタオルをひっさげて給水塔下にある洗面所に向かった。
 懐中電灯の使用は禁止だった。星明かりに目が慣れるまで、しばし給水塔の下で待つ。
「こんな山の中で意味あるのかな……」
 顔を洗い、屋上からの夜景を見渡すと、わずかに高い校舎には航空標識灯がともっていた。あとはどこまでも続く黒い森だけだ。
「準備はいーい? 五十川くん」
 振り返ると、あいかわらず制服のままで、のほほんとした宗宮がスターライトスコープを持って立っていた。
「宗宮は戦闘服着ないのか?」
「いいのよぉ。わたしは部長だからぁー。ここから指揮するのが仕事なのぉ」
「五十川さん、行きましょう」
「そうだな、そろそろだな」
 久美から渡された暗視ゴーグル、無線など装備一式を身につけ、天窓から下界に降りた。
 ふたりは階段室で待機し、作戦開始の指示が出るのを待つ。
 そして午前三時半。一秒の狂いもなく、無線からのほほ~んとした声が聞こえた。
「通信規制解除。ミッションスタートよぉー」
 五十川と久美は階段を駆け下りる。目指すは音楽室だ。
 ふたりが校舎の外に出ると同時に、遠くで閃光がみえて小さな爆発音がした。あの方角は、教員室や教職員の寮があるあたりだと聞いた。たぶん今の爆発で消防設備が機能して、学園職員の足を止めてくれるのだろう。
 ふたりは走る。中庭を抜け、新聞部に久美が嫌がらせを受けた部室棟の脇を通り、音楽室を目指す。夜間は電源が落ちているのか、噴水は止まっていた。星空を映している、凪いだ水面に五十川と久美の影が見える。
 最初に異常に気づいたのは、五十川だった。
「どうしたんですか?」
 立ち止まった五十川の方を振り向く久美に、静かにするように合図を送る。
 ついで久美の手を引いて噴水の陰に隠れ、前方の扉を指さす。
「あの部屋、覚えているか?」
「新聞部の――」
 久美が無理矢理写真を撮られそうになった部屋から、わずかに明かりが漏れている。
「こちら五十川。宗宮、聞こえるか?」
 無線で屋上の宗宮に呼びかける。
『はいはぁーい。五十川くん、どうしたのぉ?』
「今、部室棟の前庭だ。新聞部の連中は活動中みたいだぞ」
『事務棟で陽動をしているからぁ。たぶん、かぎつけたのよぉー。今は手薄でしょうから、五十川くん久美ちゃん、懲らしめちゃってぇー』
 宗宮のやつは、なんだか水戸黄門みたいなことをしれっという。
 五十川にとってはどっちでもいい話だったが、久美は新聞部の被害者だ。いつぞやの仕返しをするにはいい機会かもしれない。
 それに宗宮にとっても、新聞部は敵対組織のひとつのようだ。
「了解した」
 五十川は足音を殺して、新聞部の部室に近づく。ちょうどよいことに、エアコンの室外機が動いていたから足音には気づかれなかったと思う。
「久美、配電盤の破壊を頼む」
 小声で指示を伝え、頭上のプラケースを指す。
 うなずく久美。
 五十川は暗視ゴーグルをセットし腰のハンドガンを抜き、突入に備えた。
 久美は配電盤のふたを開け、五十川の方をみた。うなずく五十川。それを合図に、宗宮から託された手榴弾のピンを抜いて放り込み、ふたを閉じた。
 きっちり二秒半後、破裂音とともに配電盤のふたが吹っ飛んだ。ふたは内部の部品と一緒に噴水に落ち、凪いでいた水面に幾重もの波を起こした。
 部室の内部では、なにか叫び声がしたのかもしれない。だが、ドアを蹴破っていた五十川の耳には入らなかった。
 照明の落ちた内部には、久美の写真を無理矢理撮ろうとした女子生徒と、その他二人の部員がいた。女子生徒はデスクについていて、電源の落ちたPCのキーボードに手を置いたまま固まっていた。ほかの二人は立ち上がりこちらを向いている。輪郭からして、例の新聞部ラグビー班だろう。
 五十川は、両手に構えたハンドガンでラグビーバカの二人に銃撃を加える。
『ゴム弾だから、当たっても死なないわよぉー。ばんばん撃っちゃっていいからねぇー』
 出発前に聞いた宗宮の言葉は本当だろうか。ゴムなのは弾じゃなくて、標的か?
 銃撃を食らった新聞部ラグビー班の二人は、プロボクサーが殴るサンドバッグのように跳ね回っている。
「やっ――。なに? なんなの!?」
 デスクにしがみついて伏せていた女子生徒は、ハンドガンの放つ閃光をみて腰を抜かしていた。
 五十川はへたり込んでいる新聞部女子生徒のタイをつかんで立たせた。腕を決めて逃げられないようにし、久美の前に連れて行く。
 五十川が蹴破った扉から、月光が差して女子生徒を照らし出した。入り口に立っている久美からは、忘れるはずもないそいつの顔がよく見えるだろう。
 久美はハンドガンをホルダーにしまい、そいつに歩み寄る。
「し、新聞部の力を甘く見ないでよね! どうなっても知らないわよ」
 女子生徒は精一杯の虚勢を張るが、久美には通用しなかった。
 左手でタイをつかむと、右手で一発鮮やかな平手打ちを食らわした。
 ふだんおとなしい分、怒ると怖いタイプなのかもな。
 そんな久美の高倉健みたいな一面に感心していると、屋上の宗宮から無線が入った。
『時間が近づいてるわぁ。ふたりとも新聞部の相手はそのくらいにして、移動してちょうだいねぇー』
 久美とふたり、うなずきあって部室棟をあとにした。

 


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