目次
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てきすぽどーじん5号 「初体験」
「親不孝ウエストゲイパーク」 山田佳江
親不孝ウエストゲイパーク
親不孝ウエストゲイパーク(1)
親不孝ウエストゲイパーク(2)
親不孝ウエストゲイパーク(3)
親不孝ウエストゲイパーク(4)
「原発少女・福島もんじゅ ~パイロット版~」 シゾワンぷー
原発少女・福島もんじゅ ~パイロット版~
原発少女・福島もんじゅ ~パイロット版~(全)
「穴蔵の娘」 雨森
穴蔵の娘
穴蔵の娘(1)
穴蔵の娘(2)
穴蔵の娘(3)
穴蔵の娘(4)
穴蔵の娘(5)
「パラレルワールドの僕」 香吾悠理
パラレルワールドの僕
パラレルワールドの僕(1)
パラレルワールドの僕(2)
パラレルワールドの僕(3)
パラレルワールドの僕(4)
パラレルワールドの僕(5)
パラレルワールドの僕(6)
パラレルワールドの僕(7)
パラレルワールドの僕(8)
「テキスポで暮らした人たち」 蟹川森子編
テキスポで暮らした人たち
テキスポで暮らした人たち(1)
テキスポで暮らした人たち(2)
「惟任百里的初恋探偵物語」 あやまり堂
惟任百里的初恋探偵物語
惟任百里的初恋探偵物語(序)
惟任百里的初恋探偵物語(1)
惟任百里的初恋探偵物語(2)
惟任百里的初恋探偵物語(3)
惟任百里的初恋探偵物語(4)
惟任百里的初恋探偵物語(5)
惟任百里的初恋探偵物語(6)
惟任百里的初恋探偵物語(7)
惟任百里的初恋探偵物語(8)
惟任百里的初恋探偵物語(9)
誤訳捏造「OUTサイダー」 茶屋休石
誤訳捏造「OUTサイダー」
誤訳捏造「OUTサイダー」(序)
誤訳捏造「OUTサイダー」(1)
誤訳捏造「OUTサイダー」(2)
てきすとぽい広告
てきすとぽい
「異世界のメロディ」 松浦俊郎
異世界のメロディ
異世界のメロディ(序)
異世界のメロディ(1)
異世界のメロディ(2)
異世界のメロディ(3)
異世界のメロディ(4)
異世界のメロディ(5)
異世界のメロディ(6)
異世界のメロディ(7)
異世界のメロディ(8)
異世界のメロディ(9)
異世界のメロディ(10)
異世界のメロディ(11)
異世界のメロディ(12)
巻末の随筆
巻末容赦
てきすぽどーじん5号「感想会」のお知らせ
誤字脱字、誤植のお詫び
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異世界のメロディ(3)

 
 歌声が聞こえてくるのは、廊下の右手にある第三音楽室と書かれた教室だった。
 五十川は重たいハンドルを押し下げて、防音扉を開いた。
 歌声がぴたりと止まる。
「ちょっと、みんなどうしたの?」
 入り口に背を向けて指揮をしていた部長だけが、五十川の登場に気づかず怪訝な声で部員一同に問いただす。
「ん?」
 部員の一人が五十川を指さし、それにつられるようにして部長が振り返った。
「見ない顔ね。なんの用かしら? みればわかると思うけど、今練習中なのよ」
 端っこのつり上がっためがねをかけた、委員長と呼びたくなるような容貌の部長はきつい口調で五十川を追い出そうとする。
「あ、いや。用があるのは俺じゃないんだ。……ほら」
 五十川の背後に隠れている久美を引っ張り出す。
「あ、あの……」
 音になったのはそこまでだった。あとは真っ赤になって口をぱくぱくさせているだけで、言葉が続かない。五十川は、こりゃアニメ声コンプレックス以前の問題だな、と思った。
「あのさ。こいつ、コーラス部に入りたいんだって」
 固まっている久美の姿を見かねて、五十川が代わりに切り出した。
「そうなの?」
「はははは、はい!!」
「なんで今頃? 新入部員の募集なら春先にちゃんとやったわよ」
 この部長、どうやら自分の手落ちで告知が行き届かなかったとは思われたくないらしい。
「その……。あんまり歌に自信がなくて」
「困ったわね。……ちょっと各パートごとに練習していて。わたしはこの二人と話しをしてくるから」
 二人?
 久美はあいかわらず五十川のそばを離れる様子はないし、委員長めがねの部長さんは指揮棒を譜面台において、さっさと音楽室を出て行こうとしている。
 仕方なしに久美に付き添って、ついて行った先は廊下を挟んで反対側の音楽準備室という小さな部屋だった。パイプ椅子が数脚あるほかは、壁一面が楽譜で埋め尽くされていた。
「名前は?」
 部長はパイプ椅子に軽く腰掛け、足を組むと久美の方をじっと見た。
「初音久美、一年です」
「初音さん。あのね、校則では確かに部活動の入退部は生徒の自由っていうことになっているけれど、うちはそれなりに伝統もあって。まぁ、いろいろと難しいのよ」
「入れてもらえないのか?」
 思わず五十川が口を挟んだ。
「うーん」
 部長は髪をかき上げながら、しばらく考えてから経緯を説明した。
 なんでもコーラス部にはおっかないOGどもがうじゃうじゃいるらしい。共学なのに、混声ではなく、女声のコーラス部になっているのもそのあたりが理由だといった。そして毎年、新入部員歓迎合宿と称してハードな基礎トレーニングをしているということだった。
 うなだれる久美。目はかすかに潤んでいる。
 五十川がどうやってこの場を収めて退散しようか思案していると、部長は意外な提案をしてきた。
「あなたが基礎トレーニングは不要なほどの実力があるというなら、みんなも納得できると思うの。だからテストをしてあげるわ」
「テスト、ですか?」
「好きな歌でいいから一曲歌ってみて」
 久美も覚悟を決めたのか、若干落ち着いてきたようだ。
「そ、それじゃあ……」
 深呼吸をして、瞳を閉じて静かに歌い始めた。

 

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異世界のメロディ(4)

 
 久美が歌い終わったとき、五十川と部長は反応というより対処に苦慮していた。
 アニメ声なのは知っていた。でもそれは地声だけだと思っていた。問題なのは歌声もやっぱりアニメな感じだったのと、さっきから窓に張り付いている汗臭そうな連中だ。
「あの……。初音さん、お外の人たちはあなたのお友達かしら?」
 髪を大きく揺らして首を振る。
 久美は全力で否定しているが、『初音久美FC』と書かれた鉢巻きの存在は消えない。
「やっぱり、わたしなんかじゃダメですよね」
 舌を出し、自分の頭をぽかんとたたいておどけてみせるが、目には涙が浮かんでいる。
「あの、初音さん」
「いいんですっ! なにもいわないでください!!」
 久美は音楽準備室を飛び出した。
「おい、待てよ!」
 成り行きで後を追う五十川と、砂塵を巻き上げて追跡してくるオタクども。
 なんで走ってるんだろう?
 ふつうだったら、このどさくさに紛れてどこかに身を隠すべきだと思う。
 どうも久美とあってから、調子が狂いっぱなしだ。
 五十川が後ろを振り返り、舌打ちする。遙か後方で「ボーカロイドみたいでかわいいよー!」などと無遠慮に叫んでいるオタク連中との距離はなかなか広がらない。
 五十川だって足に自信があったわけじゃないが、ここはひとつ久美の手を引いてでもあの群れから離脱して、久美とコーラス部の件に決着をつけておきたいと思った。
 その矢先――。
 校舎の陰から現れた女子生徒が久美の腕を引っ張った。続いて登場したのは『新聞部』と書かれた腕章をつけた男子生徒数名。結構がたいがよいこいつらが渡り廊下のバリケードとなり、五十川とオタクどもの行く手を遮る。
 新聞部っていうのは、いつからラグビーをするようになったんだよ。
 五十川は渡り廊下に入る直前でオタクの群れをやり過ごし、新聞部バリケード部隊との激突を見守った。
 かなり、いい形のスクラムだった。
 あいつら、絶対に部活選び間違ってるよな。
 五十川は一階まで降りて、久美の連れ込まれたと思われる校舎へと進んだ。
 光あふれる噴水が前庭にある、その洋館風の校舎には人の気配がなかった。
「また振り出しに逆戻り、か……」
 無人の石畳を歩きながら、五十川はつぶやく。
 まあ、夕方まで時間をつぶすために散歩をしているだけだからどうでもよいのだが、なぜか久美の豊かな表情が次々と浮かんで消えてくれない。
 次の瞬間。目の前の扉がいきなり大きく開いて、五十川は一歩飛び退いた。
「初音さん! 最後に写真を!!」
「もう、放っておいてくださいっ!!」
 扉の前で、デジカメを持った女子生徒と久美がもみ合っている。
 なんだか知らないが、一難去ってまた一難って感じだ。
「おい」
「五十川さん……」
 涙目どころか、完全に泣いている久美と目が合った。
 放ってはおけない、よな?
 五十川は、久美の顔写真を無理矢理撮影しようとしている新聞部の女子生徒にチョップを入れた。まさかいきなりチョップされるとは思ってもみなかったのだろう。不意打ち攻撃は見事に決まり、久美をつかんでいた腕から力が抜けたようにみえた。
「いくぞ!」
「?」
「ぼんやりすんな! 逃げるんだよ」
 五十川は久美の手を握ってかけ出す。行く当てはないけれど、とにかく走った。
 こんなに本気で走ったことは今までの人生で一回もないんじゃないかと思う。
 途中、あの女子生徒が応援を呼んだのか、例の新聞部ラグビー班が行く手をさえぎったがそのたびに階段を上って逃げた。
 あいつら、バカっぽかったけど意外と組織的に動いているのかもな。
 だんだん校舎の上層階へと追い詰められているような気がする。
 どこかで、別の校舎へと続く連絡通路がないかと探したが見つからない。低層階の渡り廊下はすべて新聞部の連中が確保していた。
「五十川さん、四階より上は行き止まりです!」
「あとがなくなってきたな……。いけるところまでいくぞ」
 下層階から響いてくる追っ手の足音が勢いをなくしていく。もう、こちらに逃げ場はないと確信したのだろう。
 事実、その通りだった。
 今、目の前にあるのは最上階で終わっている階段だけだ。
 このフロアーには教室がいくつかあったが、どれも鍵がかかっていた。
「ほんとに行き止まりだったな」
 やれやれ、と思って久美の方をみると、廊下の隅で膝を抱えて泣いていた。
 新聞部らのターゲットは久美だ。だから極端な話、五十川は何食わぬ顔で階段を下りてこの場を立ち去ることもできる。だけど、それを実行できるほど無関係ではなくなってしまっていた。

 

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異世界のメロディ(5)

 
 五十川が思うに、人間関係にはブラックホールでいうところのシュワルツシルト半径に相当するものが存在する。今、五十川は完全に久美の持つ半径に踏み込んでしまった。
「お困りのようねぇ~」
 突然、頭上から間延びした声が聞こえた。
「誰だ!?」
 久美の座っているところまで後退して、全方位を見渡す。
「こっちよ、こっちぃ」
 声の主はふたりの真上にいた。
 四つある天窓の一つがきれいに外されて、女子生徒が見下ろしている。
「さ、早く上がってきなさい」
 ふたりのところまで、縄ばしごが降ろされた。
「上ってこい、だとよ」
 さっきの新聞部みたいに、こいつも新たな脅威である可能性だってある。でも現状では久美にはほかに逃げ場がない。
「五十川さん、お先にどうぞ」
「レディーファーストだ」
「スカートですから……」
「あー! もうじれったいわねっ!! どっちが先でもいいから早くしなさいよぉー」
 見下ろしている女子生徒が、ほっぺたを膨らませて文句を言い始めた。
「じゃあ、絶対にあとから来てくださいね」
 久美が縄ばしごに手足をかける。おそらく電動のウィンチにつながっているのだろう。縄ばしごはするすると引き上げられていった。
「次はあんたよぉー」
 五十川はふたたび降りてきた縄ばしごをつかんで、屋上へと上った。
 人が普段出入りすることのない屋上には転落防止のフェンスはもちろんなかったし、配管のたぐいも腰の高さで走っていて侵入者を拒んでいる感じがする。
「こっちこっち。ついてきてぇー」
 五十川と久美を、どう見ても立ち入り禁止の屋上に呼び寄せた女子生徒は平均台のような配管の上を歩いて給水塔の反対側へと進んでいく。ふたりは顔を見合わせ、それから久美は配管の下をくぐり、五十川は乗り越えて後を追った。
「なんだ、あれ?」
 給水塔の陰になっていた建物をみて、五十川が怪訝な声をだす。
 打ちっ放しのコンクリート製である真四角の建物の上に、白いドーム型のものが乗っかっている。
「天文台みたいですね」
「ご名答! ようこそ『高エネルギー研究部』へ! わたしが部長の宗宮華美(そうみやはなみ )よ。よろしくねぇ~」
 サイドポニーの黒髪を揺らして、宗宮はびしっとポーズを決めた。
 腰に手を当てて、上体を前に倒しているのはたぶん胸を強調したいんだろうと思う。グラビアなんかにありそうな姿勢だ。
「ちょっと待て! おまえ誰だよ? それより、なんでこんなところにいるんだ!?」
 君子危うきに近寄らず、他人が現れたら石ころだと思われろ。それが信条の五十川だったが、あまりに突拍子もない自己紹介に、思わず叫んでしまった。
「だからぁ、名前は宗宮華美でここは『高エネルギー研究部』の部室なんだってばぁー」
「そんなことは聞いてない。俺が知りたいのは――」
 知りたいことは別にあるのに、どれもうまく質問にならない。
「ちゃんと聞いてくれれば、なんでも答えちゃうわよぉー」
 五十川の混乱を見透かすかのように、宗宮は外見同様ふわふわした話し方でそんなことをいってきた。
「久美、なにかこうすっきり解決するような質問はないか?」
「そんな抽象的な振り方されても困ります!」
「あらあら、お手上げかしらぁ?」
 混乱の元凶である宗宮は、なんだかすごく充実した笑顔でうっとりしている。
「!」
 久美にはなにか思い当たる節があったようで、小さく息をのんだ。
「わたし、聞いたことあります。屋上を根城にしているゲリラ部があるってウワサ……」
「そうなのか?」
 五十川の記憶にはそんなものはなかったが、久美が嘘をいっているとも思えない。
「さすが、女の子はウワサに敏感ねぇー」
 宗宮が否定しないところをみると、久美のいっていることは当たっていたのだろう。
「ま、炎天下で長話もなんだしぃ。日焼けすると十年後にシミになるっていうしぃ。中にどうぞぉ~」
 宗宮は天文台の一階部分にある鉄扉を開けて、二人を部室へと入れた。
 かび臭くて、むしむしとしている部屋を想像していた。だけど屋上に取り残されたようなこの天文台にはちゃんとエアコン設備があって、中はとても快適だ。
 そして『屋上を根城にしているゲリラ部』という久美の言葉通り、冷蔵庫からビーチベッド、それに大型テレビやらオーディオやら。とにかく生活必需品はそろっていた。
 でも何より目を引くのが、部屋の隅でLEDのランプを点滅させているサーバー群だった。フルタワー型のやつが二桁あるかないか、といったところだ。
「なんなんだよ、ここは?」
「だからぁ、『高エネルギー研究部』の部室だってば。さっき説明したでしょー」
「高エネルギーっていったら、ふつうは加速器とか実験炉が必要なんじゃないか? 屋上っていうより、むしろ地下だろ?」
「部の名前は昔ここにあった科学部由来のものをそのまま使っているだけよ。わたしの研究テーマは別よぉ」
「ちゃんと部活はしてるんだな」
「でも、ゲリラ部なんですよね?」
 久美がおそるおそる質問する。
「そーよぉー。うちは自由な活動がモットーだからぁ」
「自由ったって、新聞部の連中も相当好き勝手やっていたぞ」
 五十川はここにたどり着くまでのいきさつを説明しようとした。
「知ってるわよぉ。ずっとウォッチしていたんだから」
 監視されていた、という言葉に久美が反応して五十川の背後に隠れる。
「心配しないでぇー。わたしは別に久美ちゃんの追っかけじゃないからぁ」
 そういいつつ、宗宮は五十川の胸ポケットから生徒手帳を奪ってめくっている。
「五十川良樹くん、かぁ。むしろあなたの方が興味深いのよねぇー」
 生徒手帳くらい頼まれればいくらでも見せてやるが、いきなり顔を近づけてポケットに手を突っ込むのはやめてほしい。不整脈でも出るかと思った。
「五十川くん。その手帳によれば、あなたは三年D組出席番号二番ということだけどぉ、その記憶に自信はある?」
「え!?」
 真っ先に反応したのは、久美だった。
 だけど宗宮は、久美にそれ以上考える時間を与えず、手帳をたたんで五十川に返した。
「ゲームのやり過ぎで寝不足なんだ。意識が飛んでたから、今はここの生徒なのかどうかも自信ないな」
「うん。正直でよろしい」
 宗宮はサーバー群の一角にあるコンソールを操作し始めた。
「なにか知っているのか?」
「ううん。ただ、もしかしたらわたしの研究とあなたの存在には相関関係があるのかもしれないわねぇー」
「俺が?」
「そうよぉ。確かにここは『高エネルギー研究部』だけど、わたしの研究テーマは『種の競争に関する数学モデル』だからぁ」
「わけがわからん」
「今はそうでしょうね。でも、いずれは思い出すわよ」
 宗宮は真顔で、なにか知っているようなことをいった。
「俺のことを知っているのか?」
 わずかな期待と不安で五十川もまじめに答える。
「別にぃー。まぁなんとかなるでしょ? ってことよぉ」
 宗宮は核心には触れずに、また元の調子に戻ってしまった。それは残念なようでもあったし、額ににじんだ汗が引いていくような安堵もあった。

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異世界のメロディ(6)

 
「ところで、部活っていったけど部員は?」
 数分後。宗宮がコーヒーを淹れてくれて、五十川と久美は部室の一角でくつろいでいた。
「ちゃんといるわよぉー」
「どこだよ」
 さっきから宗宮以外の人間は出てこない。
「ここに三人いるじゃない」
「は? それって俺たちのことか?」
「ほかに誰がいるのよぉ。もう認知が入っちゃったの?」
 宗宮は「やーねぇー」などといいながら、マイペースで笑顔を振りまいている。
「それじゃあこのクラブ、今まで宗宮さんしかいなかったんですか?」
 久美は意外と冷静だった。。
「まさかぁー。ちゃんとほかにもいるけど。でも、さっきもいったけど高エネルギー研究部は自由なクラブだからねぇー。だから屋上のあちこちで、それぞれの活動をしているのよぉー」
「なんで屋上限定なんだよ」
「奴らの目が届かない場所だからに決まってるじゃない」
「奴ら?」
 宗宮の口調と『奴ら』なんて単語は、相性がすこぶる悪いように聞こえる。この、ほのぼの女がそこまで敵視する存在って何だろう。
「大丈夫。そのうち教えてあ・げ・る」
 おもしろいとでも思っているのだろうか。今時、おっさんでも喜ばないような言い回しで一人ケタケタ笑っている。
「ま、とにかく今日からあなたたちも仲間よぉ。しばらくはここで生活するといいわ」
「生活?」
「そうよぉー。なにかおかしいことでもある?」
 宗宮は当たり前だ、という顔をしている。確かに大学なんかじゃ部室に泊まり込んでいる学生もいるらしいが、徹マンのために結果として泊まるのと最初から生活の場を移すのでは話が違う。
「念のために聞いておくけど、宗宮ってもしかしてここに住んでるのか?」
「当たり前じゃない。もちろん、用事のあるときは下界に降りるけどねぇー」
 それって当たり前、なのか?
 こいつ、ここでずっとひとりで生活してきたのか?
 自分とは方法が違うが、宗宮もまた社会との関係を絶って生きているのかもしれないと五十川は思った。
「とにかく一度、寮に戻らないと」
「その必要はないわよぉ。ちゃんと荷物なら取ってきてあるから」
 宗宮は、先ほど二人を通した鉄扉の方に視線を向けた。
「あ、これわたしの荷物です!」
 部室を出たところに置かれていたスポーツバッグを開けて、久美が素っ頓狂な声を出す。
「おい。なんで一番上にパンツが入れてあるんだよ」
「男は細かいこと、気にしちゃだめよぉー」
 五十川は、隣に並べてあった少し小ぶりのスポーツバッグを開けた。
「こっちは、俺のみたいだな」
「そうよぉー。ね、これで寮になんか戻らなくてもすんだでしょ?」
 宗宮は、「最高の手品が決まったぜ!」とでもいいたげな様子でニコニコしている。
 でもやっぱり五十川のバッグも、一番上にトランクスがしまってあった。
「いったい、どこのどいつの仕業だ?」
「高エネルギー研究部の部員よぉー。優秀でしょ?」
 五十川の部屋へ入ったのはともかく、仮にその部員が男だったら久美の部屋への侵入は犯罪だと思う。
「授業には、ここから教室に通っているのか?」
 宗宮がどういう生活スタイルなのかは知らないが、五十川はすべての授業を放棄してしまえるほど覚悟が固まっていなかった。
「ま、出席したければ通ってもかまわないけどぉ。でも、授業をまじめに聞いちゃうといろいろと問題があるからねぇ。聞き流すくらいにしておけばぁ?」
「問題?」
「そうよぉ。学園生活に組み込まれちゃったら、奴らの管理下から離脱するのは大変なのよぉー」
 またでた。宗宮が敵視している『奴ら』だ。
「それにね、学園の出欠管理はオンラインだから、ここの部屋からでも出席にすることはできるの。すごいでしょぉ~」
「つまり、宗宮は記録上だけ出席にしてここに引きこもっているわけだな」
 学園内にいるのだから、世間でいう『引きこもり』とは違うのかもしれないが、外出をしないという意味では同じだ。
「やぁねぇー。ちゃんと定期テストは受けてるわよぉ」
「それ、答えになってないから……」
 やっぱり、こいつもどこかおかしい。
 五十川は屋上を去ろうと思った。自分はもともと、どこにいたって関心を持たれないような存在だ。むしろ突然蒸発したら、そっちの方が目立ってしまうだろう。それに久美には所属していたコミュニティがあるはずだ。さっきの混乱が収まったところで、ちゃんと送り届けなければならない。
「なんだか知らないけど、さっきは助かったよ。ありがとな」
 宗宮華美、か。おもしろいやつだったな。
「さ、行こうぜ」
 五十川はスポーツバッグを肩にかけて出発を促すが、久美は自分の荷物をみてじっと考え込んでいる。
「わたし……。わたしここに住みます。宗宮さん、よろしくお願いします」
 そういって、久美はぺこっと頭を下げた。
「うんうん、久美ちゃん、よろしくねぇー」
 久美の頭をなでなでする宗宮。
「それでいいのかよ?」
「はい。わたし、教室にもお友達いないし……。五十川さんも一緒にいてくれますか?」
「俺は――」
 扉の外へと半歩踏み出していた五十川は足を止める。
「わたしのおすすめは、久美ちゃんと一緒にここにいることなんだけどなぁー」
 久美が、「五十川がいた方がいい」というのは宗宮の正体がはっきりしないうちは不安だからだろう。だけど、宗宮が屋上にとどまることをすすめる理由はわからない。
「俺は記憶を取り戻すのが先だから。また知ってる顔を探して歩き回る」
「もし一週間歩いても、一ヶ月歩いてもこの学園内に知っている生徒がいなかったら?」
「え?」
 宗宮の印象をひとことで表すと『ふわふわ』だが、このときの宗宮の目は鋭かった。
「五十川くん、透明人間の存在を否定する根拠って知ってる?」
「いいや、知らないよ」
「あのね、こちらから相手がみえるときには、必ず相手からもこちらがみえるものなのよ」
「どういう意味だ?」
「探すべき知り合いの顔も思いつかない今の五十川くんがいくら放浪したって、都合よく向こうから見つけ出してくれるなんてことはないっていう意味よ」
 やっぱりだ。
 宗宮は、自分の研究テーマと五十川の存在は関係しているかもしれないなんていってたが、まだまだ手の内を明かしていないだけで相当いろいろな情報をつかんでいる。
 五十川はそう確信した。
「俺の住みかも屋上にあるのか?」
 肩にかけていたスポーツバッグを下ろす。
「あいている物置とか、まだ結構あるけど。しばらくはここにいた方が快適よぉ」
「おまえ、一応女だろ? それでいいのかよ」
「あらあら、五十川くんなに期待しているのかなぁ。もう、エッチなんだからぁー」
 宗宮は、胸の前で手を組んでくねくねしている。
 さっきの鋭さはどこかに消え失せ、あのふわふわとしたノリに戻っていた。
「わっ、わたしも五十川さんがいてくれた方があんしんです」
 久美は真っ赤になっていた。
「じゃあ、自分の庵を作るまでは世話になるよ」
「今日からみんなでお泊まり会よぉー。久美ちゃん、五十川くん、よろしくねぇー」
 結局、このようないきさつで五十川は屋上の住人になった。
 

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異世界のメロディ(7)

 
「夕日、きれいですね」
「ああ、そうだな。明日も暑くなりそうだな」
 日が沈みかけた頃。五十川と久美は、屋上天文台エリアの片隅で西日をみていた。
 宗宮は研究があるからといって,もう二時間以上天文台にこもっている。
 宗宮はいっていた。
 天文台エリアは、屋上の中でも一番最初に開拓された場所なのだと。そもそもは、とうの昔に廃部になった科学部天文班がこの場所に天文台を作ったのが始まりなのだとか。
 とにかく今日は走り回ったから風呂に入りたいといったら、給水塔のすぐ下にシャワールームが用意されていた。驚いたことに、ちゃんとお湯が出た。
「なあ、久美はここから教室に通うのか?」
 五十川は明日からのことを、ぼんやりと考えていた。
「たぶん、教室にはもう行きません」
 きまじめな久美らしくない答えだった。
「勉強は宗宮さんが教えてくれるって。それに教室に行ってもわたしの机、いつも花瓶とか置いてあるし……」
 教室に友達はいないって、そういえばいってたな。
 五十川は久美が屋上にとどまる決意をしたときに口にした言葉を思い出した。
「あのファンクラブの奴らは助けてくれないのか?」
 あんまり協力を仰ぎたいとは思えない連中だったが、久美が困っているのなら対抗勢力にはなるだろうと思った。
「あの人たちは写真とか撮るだけで……。個人的にお話したことなんてないんです」
「そっか」
「あと宗宮さんが、出席は勝手だけれど授業は聞き流した方がいいっていうんです」
「そういえば俺にも同じこといったよな。どういう意味なんだろう?」
「わからないです。でも、今はまだ説明できないけれど、屋上にいれば理解できるようになるって」
「これは俺が勝手に思ってることなんだけどさ。宗宮が屋上に住んでいる理由って、なにかの影響下から逃げるためなんじゃないかな」
「なにか?」
「ああ。宗宮が『奴ら』って呼んでた組織」
「授業と関係あるってことは、その組織って先生たちのことなんでしょうか?」
「どうだろうな。それを見極めるためにも、しばらくはここにいるしかないだろうな」
「それじゃあ五十川さんも授業にはでないんですね?」
「そりゃ、俺は自分の教室知らないんだから」
 森の中に夕日が沈んでいく。
 学園の西側には、街はみえなかった。校舎や寮の建造物が終わっているあたりから先はずっと森が続いている。
 残りの方角も、これといって高い建物や街明かりは見つからなかった。
「久美ちゃ~ん、五十川くーん。夕ご飯にしましょー」
 部活動が一段落ついたのか、天文台の鉄扉から宗宮が顔を出していた。
「自炊しているのか?」
「まっさかぁー」
 宗宮は大げさに笑う。
「学食に行くに決まってるじゃない。まぁ、宇都宮(うつのみや)くんとかは毎日自分で作っているみたいだけどねぇー」
「宇都宮?」
「高エネルギー研究部の部員よぉー。彼、シャイだからなかなか出てきてくれないけれど、そのうち紹介するわぁ」
「なかなか出てこないっていったけど、行方不明になるほど屋上は広いのか?」
「見てのとおりよぉー。ね?」
 そういって、宗宮ははるか先まで続く建物の列を指さす。
 夕日に照らされている校舎や体育館やら講堂らしきものは、数限りない印象を受ける。そして、それぞれの建物屋上にはエアコンの室外機や機械室らしきものがあって、陰になっている部分も多い。
「屋上は広大なのよぉ。とくに宇都宮くんは移動しながら生活しているみたいだしねぇー」
 移動しながら生活するなんて、なんだか密林のハンターみたいだなと五十川は思った。
「さ、グズグズしていると人気メニューがなくなっちゃうわよぉ」
「またあの天窓から降りるのか?」
「下界につながるルートはいくつもあるの。食堂まで屋上で移動しましょ」
 ひとつひとつの校舎はそれほど大きいわけじゃないが、それぞれはセントラルヒーティングのダクトや渡り廊下の屋根で結ばれていて、RPGのダンジョンみたいだった。
 雪山のクレバスじゃないが、明かり取りのための吹き抜けがあったりして、正直なところ五十川も怖いと思った。宗宮はひょうひょうと進んでいくが、久美は五十川の制服をつかんで離さない。
「宗宮って高いところ平気なんだな」
「あらぁ。五十川くん、高所恐怖症なの?」
「そうじゃない。もしそうだったら、こんなところ立っていられないだろ?」
「さあ、ついたわぁ」
 そこは、ステンレス製の換気ダクトが揚げ物のにおいをせっせと排出している、空腹の人間には耐えがたい場所だった。
「うーん、いいにおい! 夕ご飯が楽しみねぇー」
 宗宮のやつは、本当にうれしそうに胸一杯空気を吸っていた。
「どうやって降りるんですか?」
「こっちよぉー」
 三人はダクト点検用のはしごを伝って、厨房の裏手に降りた。
 食材を運び込むための通路を通り、食券の販売機に並ぶ。
「わぁ! カツカレーまだ残ってる~」
 宗宮の指先は迷うことなく、カツカレーのボタンへと直行した。
「宗宮って、黄色いキャラクターだったのか」
「そうねぇ~。色の話はともかく、カレーは好きよぉ。五十川くんはなににしたの?」
「俺は海鮮丼だ」
「わたしは月見そばです」
 それぞれのコーナーで料理を受け取り、見晴らしがいい場所に席をとる。
「特等席まで空いてるなんて、今日はラッキーねぇー」
 一階が見渡せる中二階の席を確保して、宗宮はご機嫌だった。
「それにしてもさ。授業には出ない、出席はちょろまかすで、食堂にだけ出入りしていて問題ないのか?」
「問題おおありよぉー。生徒会も新聞部とドンパチやってくれているから手が回らないみたいだけど、狙われているのは間違いないわよぉ」
 宗宮はあっけらかんと答える。屈託ないその笑顔は、何にも考えていないようにもみえるが、さりげなく状況分析が混じっていたりして判断を迷わせる。
「ま、いざとなったら宇都宮くんが動いてくれるから心配ないわよぉー」
「それもさっきから気になってたんだけど、宇都宮って誰だよ?」
「あら、知らない? 学園伝説のスナイパーなのよぉ」
「ひょっとして、バロン宇都宮さんのことですか?」
「あらぁー、ちゃんと名前まで知っているなんて、さすが女の子ねぇ」
 またしても五十川だけが知らなくて、久美が知っていたことが一つ浮上した。これだけのヒントがあるのに、この学園に関すること、自分に関することが思い出せない。
「五十川くん、そんな不機嫌そうな顔しない! 女の子はウワサには特別敏感なものなのよぉー」
「ふーん」
 五十川はわざと気のない返事をしておいた。
 バロン宇都宮、か……。屋上仲間なら、そのうち会うこともあるだろう。
 なぜ、宗宮ら高エネルギー研究部が屋上を拠点としているのか。なぜ、スナイパーなんぞが部員にいるのか。どうして、生徒会と新聞部が敵対勢力なのか。
 考えればきりがないほど疑問点だらけだった。
 でも不思議なもので、限度を超す疑問は答えを求める衝動を抑えるようだ。
 今日は柄にもなく会話をしすぎたせいで疲れているのだ。しっかり休養して記憶が戻れば、また日常に帰って行くことになるだろう。
 


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