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てきすぽどーじん5号 「初体験」
「親不孝ウエストゲイパーク」 山田佳江
親不孝ウエストゲイパーク
親不孝ウエストゲイパーク(1)
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親不孝ウエストゲイパーク(3)
親不孝ウエストゲイパーク(4)
「原発少女・福島もんじゅ ~パイロット版~」 シゾワンぷー
原発少女・福島もんじゅ ~パイロット版~
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「穴蔵の娘」 雨森
穴蔵の娘
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「パラレルワールドの僕」 香吾悠理
パラレルワールドの僕
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「テキスポで暮らした人たち」 蟹川森子編
テキスポで暮らした人たち
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「惟任百里的初恋探偵物語」 あやまり堂
惟任百里的初恋探偵物語
惟任百里的初恋探偵物語(序)
惟任百里的初恋探偵物語(1)
惟任百里的初恋探偵物語(2)
惟任百里的初恋探偵物語(3)
惟任百里的初恋探偵物語(4)
惟任百里的初恋探偵物語(5)
惟任百里的初恋探偵物語(6)
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惟任百里的初恋探偵物語(9)
誤訳捏造「OUTサイダー」 茶屋休石
誤訳捏造「OUTサイダー」
誤訳捏造「OUTサイダー」(序)
誤訳捏造「OUTサイダー」(1)
誤訳捏造「OUTサイダー」(2)
てきすとぽい広告
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「異世界のメロディ」 松浦俊郎
異世界のメロディ
異世界のメロディ(序)
異世界のメロディ(1)
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異世界のメロディ(5)
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異世界のメロディ(9)
異世界のメロディ(10)
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巻末容赦
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惟任百里的初恋探偵物語(3)

 
「ていうか、ていうか先輩。今日も自習室でご飯食べてたんですか?」
 放課後。
 正確にいえば九月二十八日、火曜日。
 騎馬武者像落下事件の一週間後の放課後、学園の下駄箱付近――。
 いつものようにあっさり帰宅しようとしていた僕は蓮花に呼び止められ、右の質問を投げつけられた。
 言わんとするところは「一人で昼飯を食べるなんて、寂しくないですか?」だ。
 うむ――人間は別に、友だち百人できなくても生きて行けるから、寂しいわけがない。以上。分ったか。
 ところでこういう問いかけで思い出すのは、幼心へ強迫観念を植え付けるかのごとき、あの歌だ――我悩出来乎友達百人。与百人我欲食握飯於富士山上。
 笑止。
 そのような歌、少なくともこの僕、惟任百里は信じていない。
 だいたい、百人いれば百とおりの人生があり、それぞれ勝手に生きているのであれば、それらをどうして、興味ある対象として見続けることができよう。
 たとえばツイッターなりフェイスブックで、フォロワーを百人をゲットしたとする。今の時世、そうした交友を求める輩は五万といるだろうから、百人、二百人、あるいは三百人のフォロワー確保も簡単にできるだろう。
 だが、そうしてみたところでどうだ?
 絶えず更新され続ける情報の膿――そう、膿だ。変換ミスではない、膿のごとき情報の奔流に溺れ、うんざりさせられるだけではないか。
 興味のない音楽の話を延々と繰り広げる奴と同時進行で、人生の哲学を語る奴がいる。と思えば、今日は何を着てどこへ行って何を買って何を食べてと克明な記録を垂れ流す者がいる中で、数人の友人が一緒にカラオケへ行ってエンジョイしたよと表現する――友達のはずの自分を、そもそも誘いもせず!
 だいたい、だ。
 僕は、百人もの名前を覚えきる自信がないし、百人もの他人の人生に興味がない。また僕自身が、そうして百人の人間に僕を見て欲しいとも思わない。
 世界何十億の人間とネットで繋がりうるこのご時世、仮に百人の濃密な友達に囲まれたところで、交友関係の分母は何十億であり、それはつまりほとんどゼロと同じではないか。
 ゆえに昼飯を一人で食うことぐらい、何だというのだ。
 ――以上の文脈を思考した僕は、大きく頷き、次の言葉に凝縮して返答した。
「うん。静寂は良いものだ」
 蓮花はそれに、ちょっと顔をうつむかせたけど、変らずにこやかに、
「でもでも、何ていうか、たまには誰かと一緒に食べても良いって思いませんか?」
「そうだな。別に僕も、誰かと一緒に食事をすることを悪だと思っているのではない。でもその誰かを探そうと一生懸命になるより、一人で食べてた方が手っ取り早いし、何より平和だと思っているんだ」
「じゃあ、誰かに誘われたらどうしますか?」
「相手による。一緒に食事をしたいと思わせる相手なら歓迎するが、そうでない相手だと、これはたいへん難しい問題だ」
「どうして?」
「すくなくとも『あなたと一緒では飯が不味くなるから嫌だ』などといって断るわけには行かないから、とりあえず愛想笑いでごまかすか、それとも『宿題があるから』などといって断るしかないが、そうすると相手にも僕の抱いた感情が何となく伝わり、その後の関係がぎくしゃくするだろう。僕を食事に誘おうという相手なのだから、すくなくとも僕との関係は悪くなかったはずなのに、そうやって僕が誘いを断ったことによって後々気まずい関係になってしまう。そうであるなら、僕の方で最初から誘われないようにするのが賢いやり方だ」
「そう、ですか。なるほど、そうですか」
 蓮花は半分以上、理解していない様子だったけれど、まあ良い。僕の方でも自分が何を喋っているのか分っていないのだ。
 蓮花は気を取り直して、
「ていうか先輩、この前の『銅像ガッシャン事件』ですけど」
「……いつの間にそんな名前に決ったんだ?」
「私が今つけました」
「うん。そうか。この前の事件がどうかしたのか」
「はい。私なりに、容疑者を絞り込んでみたんですけど、聞いてもらえますか?」
「容疑者を絞り込んだ?」
 怪訝な顔で振り返ると、蓮花は得意げに頬っぺたを染めつつ、生徒手帳を開いて、
「あの時間、屋上にいたのは三人だけです。つまり犯人はその三人のうちの、誰かです」
 きっぱり、そう断言したのであった。
 

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惟任百里的初恋探偵物語(4)


「そうか、すごいな、幽齊。早くも容疑者を絞り込むとは、さすが探偵部の部長」
 僕は素直に感心すると、胸を反らせている蓮花の頭を摑んで、
「よし、今すぐその情報を教頭先生に報告して来い。僕に話しても仕方ないぞ」
 冷静に向きを変えてやったが、蓮花はそのままの位置で、じたばたと足を動かして、
「ていうか、ていうか先輩! その前に三人の容疑者とか、私の推理の根拠とかは聞いてくれないんですか!」
「まあ、別に興味ないし」
「そんなことないです! 興味あります! だって先輩の目の前に銅像が落ちてきたじゃないですか!」
「そうだけど、怪我もしてないし、別に僕を狙っていたわけでもないだろう」
「違います、違います! あれは先輩を狙って落ちてきたんです!」
「何を、馬鹿馬鹿しい」
「本当です! 先輩は狙われています!」
「本気で言ってるのか」
 と、さすがに手を離して確かめずにはいられない。
「はい。私はいつだって本気ですよっ」
「どうして……だって、僕が何をしたって言うんだ」
「まあ何て言うか、先輩が狙われていたっていうのは、今思いついたことですけど」
「あ?」
「でもでも、案外それが真実かもしれないって、今朝から私の、探偵としての勘がビンビン勃起してるんです」
「その日本語はおかしい――まあ良い。とりあえず、三人の容疑者の名前だけは聞いてやる。聞いてやるから、あとは先生に任せるんだ」
「はーい」
「……先生に話すつもりはないな」
「てへ」
「かわいくないからな!」
 そういうわけで。
 僕たちは下駄箱エリアで長話をするのも何だから、ひとまず図書館の雑談スペースへ移動して、話を続けることにした。
 ちなみに、普通の図書館は万事、静寂を第一として、話をするな、音を立てるな、黙れ静かにしろと、やかましく張り紙がしてあるものだが、僕の高校の図書館は、良い具合にエア・スクリーンが設置されていて、自由に会話ができる。勿論、どんちゃん騒ぎをすれば追放されるが、ある程度の会話であればきっちり遮断されるのだ。
 で――。
 図書館の自習エリアにおいて蓮花が挙げた「銅像ガッシャン事件」の容疑者は、以下の三人であった。

 ・甕割ともえ。三年A組、超能力部部長。
 ・衆道白雪。二年B組、異星人捕獲部員。
 ・小刀楓。二年A組、妖怪部部長。

「……」
 まずつっこむべきは、我が母校における部活動の奔放さかもしれない。
 が、この高校に二年もいる僕にしてみれば、他校には存在しないような部活も奇と思うことはない。現に僕も、他校においては、すくなくとも公式に認定された部活動としては存在しないと思われる部の部長を務めている――帰宅部部長。
 なお、我が校には第二帰宅部、第三帰宅部、帰宅部裏会、准帰宅部、帰宅推進部、帰宅同好会……と、さまざまな帰宅部が認定されているし、運動部もたとえばサッカー部、サッカー・ディフェンス部、サッカー・キーパー部、サッカー補欠部等等、多様な部活が認定されているのである。これにより我が校生は何らかの「部活のキャプテン」の地位を手に入れることができ、大学の推薦入試などで多少、有利となる。
 そういうわけで、
「容疑者は、みんな女子なのか」
 と、僕はつっこみを入れた。
「小刀さんだけは知ってるが、ほかの二人は知らないな」
「え、百里先輩って、小刀先輩を知ってるんですか?」
「そりゃ、同じクラスだからな。名簿も近いし」
「すごいです。先輩って、人の名前を覚えられたんですね!?」
「……」
 どういう認識で人を見ていたのだ。僕は咳払いして、
「いくら何でもクラスメイトの顔と名前を一致させられるくらいの記憶力はある。それに小刀さんとは一年の時から同じクラスだし、話をしたこともある」
「さすがです、先輩。見損ないました」
「……見直しました、の言い間違いだと思う」
 微妙に言い間違えていないかもしれないから強く否定できない。
 余談ながら僕の高校では、名簿は男女関係なしにABC順に並んでいる。そして僕、惟任百里の前の前の出席番号の人が、小刀さんである。穏和で長い黒髪の和風美人――そんな印象。ちなみに僕と小刀さんの間にいるのは近衛くんという平凡な男子だ。
「じゃあ、せっかくだからもう一つ聞いてやろう。どうやってその三人を特定したんだ? それから、あの銅像は前から屋上にあったものなのか」
「二つ聞いてますよ、先輩」
「うるさい」
「大丈夫です、教えてあげますから。えっと――最初の質問ですけど、屋上へ向う階段の途中には、監視カメラが設置されているから簡単に分りました」
「え、いつの間にそんなものが?」
「一箇月くらい前ですかね。私が設置しました」
「おまえが付けたのか!」
「だから先生にはちょっと、この話はできないっていうか……」
「ああ、まあ良いや、そのことは。探偵部だし」
「はいっ。学園探偵団としては、当然の処置ですよね!」
「いや、当然じゃないが……」
「それから二つ目の質問ですけど、あの銅像は、もともと屋上にあったものみたいです。学校を創立した時、最初はあそこに屋上庭園を作る計画があって、色々な銅像とかを並べる予定だったって、『学園百年史』に書いてありました」
 そんな本は知らない。が、さすがに探偵部長・幽齋蓮花はさりげなく物知りである。ていうか、僕の高校が百年以上の歴史を有しているなんて今初めて知った。
「じゃあ、さっきあげた三人の誰かが、屋上から騎馬武者像を落したってわけか。だが、どうやってあんなものを動かしたんだ? 何トンあるか知らないが、とても一人では動かせないだろう」
「三人一緒でも無理ですよ、先輩。つまり三つ目の謎は、どうやってあんな重たいものを屋上から落したのか、――ってことになります」
「……謎の一つ目と、二つ目は?」
「犯人は誰かということと、その犯人がどうして先輩を狙ったのか、です」
「僕が狙われていたってのは、決まりか!」
「はい」
 自称探偵は、確信的に頷いた。

 

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惟任百里的初恋探偵物語(5)

 
 ふと、だ。
 そのとき僕は、突き刺してくるような視線を感じて、ぐるりと辺りを見回した。殺気とでも呼びたくなるほど鋭く、強い眼光を浴びた気がしたのだ。
「……」
 放課後、静寂の図書館。
 初秋の一日はそろそろ暮れかかっていて、そのため天井の高い、全面ガラス張りの南側から入る夕日が、作図したように直線的な影をつくっている。
「どうかしたんですか、先輩?」
「うん、ちょっと……」
 僕は、ふつうの思春期男子の持つ、過剰なほどの自意識を捨て去った自信があった。ちょっと目が合っただけで、「あいつ俺に気があるんじゃないか」とか、「あの子、ひそかに僕のことが好きなんじゃねえの」などと妄想してしまうことは、僕に限ってはありえない。つまり僕は、僕が周囲の人間へ意識を向けないように、周囲の人間もまた僕を意識していないと考える習慣を、完璧に身につけているのである。
 が、その僕がこうして、
(誰かに見られている――)
 と思ってしまうのは間が抜けている。
 やはり、僕もまだまだ思春期素質を有していたのかと、いささか残念に思いつつ、とりあえずこの場は中途半端な咳払いでごまかしてしまおうとしたところ、あっと、声を出しそうになった。
 本棚が、浮遊しているのだ。
 通路を挟んだ側、おそらくは図書館コード九百番台、文学全集エリアの重たい本棚が、反重力装置でも持っているのか、風船のごとくにふわ、ふわ、と浮かんでいるのである。
「先輩……?」
 僕の表情を見て、蓮花も異変に気づいた。
「どうしたんです――」
 途中で言葉を呑み込んだのは、明らかに驚愕したせいである。
 そしてもう一つの驚きが僕の目に映った。
「小刀さん……?」
 クラスメイトである。
 黒髪の和風美人が、その本棚を持ち上げているのである。
 クラスメイトの小刀楓が、長い髪を揺らしながら、本棚を片手で担ぎ上げているのだ。発泡スチロールや風船のように、軽々と――いや、発泡スチロールや風船であっても、あの大きさになれば片手で持ち上げられるはずもない。しかしそれを小刀さんは、無造作に持ちあげているのである。 
「何て怪力……」
 戦慄する僕に、蓮花が、
「あんなの、トリックに決ってます!」
 そう叫んだ直後だった。
 ぐわっ!
 と、こちら目がけて本棚がぶっ飛んできたのである。小刀さんの動作自体は、ひょいっと無造作だった。しかし放り投げられた本棚は、圧倒的な質量を持って僕たちに襲いかかるのである。
「わあ、危ない!」
 この場合、とりあえず蓮花を庇う行動に出たのは、男子として正しかったはずだ。
 なるほど仮にあの質量に直撃された場合、僕のように虚弱で、線の細い男が間に入ったとて何ら意味がないことは明らかだ。いささかのクッション代わりにもならず、蓮花もろとも、びちゃ、と、汚い何かに変貌していたであろう。だから冷静な僕なら決してそんな真似をしなかったはずだ。
 が、咄嗟に動いたのは人間の本能。格好良くいえば惻隠の心――孟子の曰く、今人乍見孺子將入於井、皆有怵惕惻隱之心。いや、そんな解説はいらない。人が人を助けたいと思う心に理由はいらない。ていうかこんな状況で僕は何を言っているんだ。要するに僕は夢中だった。あれやこれやの思索が走馬燈のように現れるのはそれだけ僕が動転していたからに他ならない。ていうか走馬燈って何だろう、あとで検索してみようて、もう何でも良い。とにかく飛来する本棚から蓮花を守るべく、僕は無意識的に身体を移動させていた……。

 どーんっ!

 と、ものすごい音を立てて本棚が激突した。
 やはり、金属製の本棚だ。
 発泡スチロールでも何でもない。無数の本も、分厚くヘヴィなものばかり。
「うわあ……」
 幸い、机に阻まれて直撃こそしなかったが、ばらばらと中身の文学全集が降り注ぎ、そのうちの何冊かが僕の後頭部をぶっ叩いたから、危うく卒倒しそうになる。
「先輩、先輩、大丈夫ですかっ!」
「う、痛い……けど大丈夫だ、たぶん。幽齋は平気か」
「私は全然。でも先輩、血が……」
「僕も大丈夫だ。何冊か、本の角が当ったみたいだ。文学全集、おそるべし。これは凶器になるぞ。誰も読まないのに、重さだけあって……」
「私は読んだことありますよ」
「え」
「里見弴とか、幸田露伴とか」
 チョイスがしぶすぎる。
 よろめきながらとにかく机から離れて、茫然としながら、くらくらする頭を押えたところで、ぎょっとする。
 すぐ目の前に、怪力魔神か何かのような小刀楓が、佇立していたからである。
「こ、小刀さん……?」
 返事なし。
 じっとこちらを見つめる表情は冷酷無比。人間ではない、機械人形よりもおぞましい印象さえ感じさせた。が、さらりとしたロング・ヘアや手足の細さ、可憐さは、僕の知るクラスメイト、小刀楓に間違いなかった。
「えっと……」
 どうしたら良い。
 ていうかこれを今、君が投げたよね――とか聞くべきだろうか。いや、それよりどうやって持ち上げたのとか、とりあえずここは、今日は良い天気ですねと笑った方が……などと混乱していると、小刀さんの方で、あっさり一言こういった。
「大丈夫?」
「……」
「……」
 さすがに僕も蓮花も言葉がない。投げた本人が何を言うか、という突っ込みを入れる気にもならない。
 茫然。
 そして小刀さんは、ふ――と息を吐くと、
「死ねば良かったのに」
 そう言い残して、立ち去ったのである。
 ぽかんとして、僕たち二人、「え」も言えなかった。
 立ち去る小刀さんの鞄に揺れる、お守り一つ。
(江ノ島弁財天……?)
 そこへようやくというか、素早くというか、何事かを叫びながら、目ん玉をひん向いた図書館司書が疾走してきた。
「ひとまず行こう、幽齋」
 やはり面倒事を避けるべく、蓮花とともに保健室へ直行することにした。この場合は僕の流血が口実になる。司書さんは、凄まじく倒壊した本棚にあっけにとられて、僕たちには気づかない。都合の良い話だ。

 

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惟任百里的初恋探偵物語(6)

 
 
 小刀楓は、女子である。
 髪の長い、温厚な、そしてたぶん頭の良い、女子。
 ほかに特徴といえば、おしゃべりじゃないとか、化粧とか派手な恰好はしないとか、着物が似合いそうだとか……。二年も同じクラスにいてその程度の認識だったが、僕にしては「親しい」部類に入る。朝の教室で挨拶を交わす人の中に入っているからだ。
 一年生の時、僕、惟任百里と小刀さんとは、名簿で隣り合っていた。新入生、見知らぬ人たちばかりの中、頻繁に見る顔には多少の親近感を抱くのも当然で、プリントを手渡す、次の教室の場所を聞く、宿題の確認をする……そんな「普通の」関係を結んでいた。
 もちろん――。
 その小刀さんが図書館の本棚をぶん投げるなんて、とても考えられない。
 というか、あの本棚は、一人の力では小揺るぎすらさせられないはずである。
 それなのにあれだけはっきり本棚を持ち上げるところを見た記憶は、事実として枉げようが無い……これは、どういうことだ。
「はい、できましたよ先輩」
 と、ほかに人のいない保健室。
 保健師さんは不在で、放置してあった「応急処置キット」から適当に消毒液やら包帯を引っ張り出し、蓮花が不器用ながら手当をしてくれた。幸い、大した傷じゃなかった。包帯もいらないくらいだ。
「やっぱり先輩、狙われてましたね!」
 と、この後輩はむしろわくわくした表情で、
「この前の『銅像ガッシャン事件』と、今の『本棚ぶん投げ事件』。まさか先輩のクラスメイトが犯人だったとは思いませんでしたけど、ふふん、この挑戦状、確かにこの幽齋蓮花が受け取りました!」
「どういう挑戦状だ」
「え? 分りませんか?」
 と、蓮花はむしろ哀れみを込めた目で僕を見つめて、
「このトリックを暴いてみなさい――っていう、小刀先輩からの挑戦状です」
「そうか?」
「そうですってば! この前の騎馬武者像だって、図書館の本棚だって、あんな重たい物を、どうやって投げ飛ばしたか――すっごく難解な謎じゃないですか!」
「まあ、そうだけど」
「そうやって謎を早く解かないから、先輩はこの前に続いて被害に遭うんです。早くトリックを暴いてしまえば、図書館のことだって無かったはずですよ」
「僕としては、小刀さんがどうしてあんな真似をしたのかが気になるが」
「なるほど動機ですね」
 蓮花は、一応は頷いてみせるが、ふん、とちょっと小馬鹿にしたような顔をして、
「でも先輩。動機なんて最後で良いんです」
 と言った。
「推理小説の定石では探偵がトリックを暴いた後で、『このトリックが実行できたのは、あなたしかいません――つまり犯人はあなたです』って決めておいて、最後に、『一つ聞きたい。どうしてあんなことをしたのか――』って聞くものなんです。一にトリック、二に犯人。そして最後が動機という順番です。だから動機なんて何だって良いんですよ」
「そんな馬鹿な。気になるじゃないか。仮にも、僕が狙われているかもしれないんだろう」
「仮も何も、狙われてるのは先輩ですよ?」
「それなのに狙われた理由が分らないだなんて、耐えられない。すごく落ち着かない」
「じゃ、とりあえず『怨恨』で良いじゃないですか。怨恨。百里先輩は、クラスメイトから、死ねっていうくらいに恨まれているんです」
「ふざけるな。とりあえずの怨恨なんてものがあるか。だいたい僕は、人の怨みを買うほど人と関わりを持ったことがないんだ。金も権力もないただの高校二年生が、どうして命を狙われるんだ」
「そうは言っても、人間の感情なんて分らないものですからね、先輩。知らないうちに、ものすごい怨みを買ってますよ」
「いや、僕に限って、人から恨まれる筋合などない」
「いえいえ。恨まれてますよ。だから一刻も早くトリックを暴いて、小刀先輩をギャフンと言わせてやりましょう。私も頑張りますのでっ!」
 この後輩は、どうあっても僕を被害者にしたいらしい。探偵気取りとしては、身近な相手が被害者になるのが定石と思っているのかもしれないが、そうは行かない。
 僕は、ふーっと呼吸を整えると、
「ていうかだな。おまえじゃないのか、幽齋。小刀さんは二つの事件とも、僕じゃなくておまえを狙っていたかもしれないだろう」
「違いますよ、そんなの。何を言ってるんですか、先輩は。HAHAHA、やっぱり頭を打った衝撃で、豆腐の角が川に流されちゃったんですね。そんなのはくるくるぱーですよ」
「そこまで言うな。だったら、おまえが狙われたんじゃないという証拠があるのか」
「ありますよ、もちろん」
「何だ」
「立場です」
「立場?」
 すっとんきょうな声を上げてしまった僕に、蓮花は当然、と言わんばかりに胸を反らせた。
「つまるところは私の探偵としての立場が、私の安全を保証しているんですっ!」
「アア、ソウデスカ」
 反論するのも面倒くさくなる。
 とりあえず、蓮花の言わんとするのは、探偵とはつまり傍観者である――ということだろう。
 傍観者は、直接的な被害者にはならない。被害者は、最初からあるいは途中から「被害者」として設定されるものであって、傍観者ではない。
 推理小説などで探偵自身が危険な目に遭うことはあるが、多くの場合、それは真相究明を妨害するためであったり、被害者の身代わりになってのことだ。要するにこの後輩は、探偵自身が殺されたら推理小説は成立しないということが言いたいのだ。が、あいにくとこの探偵が事件の主役である保証はどこにもない。むろん、僕もだが……。
 とりあえず、僕たちは保健室を出て、校門へと向う。
 保健室では気づかなかったけど、図書館の一件で、残っていた生徒や先生たちが大騒ぎになっていた。それはそうだろう。一週間に二度も、こんな大事件が起きるなんて、普通はありえない。
 それを尻目に。
 僕たちはそくささと、校門へと歩き出した。おそらく小刀さんももう逃げるようにして帰っているだろう。
「いやあ、それにしても先輩」
 と、校庭の脇を通りながら蓮花は独り合点に興奮しっぱなしで、
「二つの事件に共通するトリックは、一体何なんでしょうね。あんな重たいものを持ち上げる脅威のトリックとは! ……くう、謎です! ひとまず騎馬武者像や本棚の重さとか、構造なんかを調べる必要がありますね。あとは学校にクレーン車が来てなかったとか、ほかに滑車とか梃子の原理とか、考えつく限りのトリックを検討しなくちゃ。光学迷彩? そういう最新科学も研究してみなくちゃいけません。くうう、忙しくなりそうですね!」
「ていうか幽齋さ」
「何ですか、百里探偵?」
「いつから僕が探偵になったんだ! いや、そうじゃなくて、トリックなんて、小刀さんに直接聞けば良くないか?」
「え?」
 と、蓮花は目を丸くしてそのまましばらく静止した。
 カラスが、夕空に高く鳴いている。
 ちなみにカラスの鳴き声を「アホアホ」と書くのは古く、江戸時代にすでにその例があったそうである。つまり相当昔から、日本人は朝な夕なにカラスに馬鹿にされていたことになる。もっとも「鼠は忠(チユウ)、烏は孝(コウ)。鳥獣でさえ忠孝、忠孝と鳴く――」などと説教をぶつカラスもあったそうだから、黒いやつもなかなか、あなどれない。
 さて蓮花はようやく気を取り直し、何度も首を振りながら、
「あの……何ていうか、何を言ってるんですかね、先輩は。そんなのダメに決ってるじゃないですか。トリックを犯人に聞く? もう、ちょっと、何を言ってるのか分らないです。日本語になってないです。先輩ってば、やっぱりさっき頭をぶつけた衝撃で、猫に小判をぶつけて目から鱗が落ちたんじゃないですか? トリックを犯人に聞くだなんて、先輩は、探偵団として恥ずかしくないんですか!」
「いろいろ突っ込みたいところはあるが、少なくとも僕は探偵部じゃない」
 帰宅部である。
「だから犯行方法は、小刀さんに聞くことにする」
「ダメです、ダメです! そんなの絶対ダメです! お天道様が許しても私が許しません! そんなの天誅ですよ、天誅です!」
「意味が違うぞ。天誅ってのは――」
「とにかく! いくら先輩でも犯人にトリックを聞くような真似をしたら絶対に許さないですからね。だいたい、いくら私たちが、『犯人は小刀先輩です!』って言っても、トリックが分ってなかったら、『あら。そんなこと、私なんかの細腕じゃできなくてよ? 探偵さんもまだまだ青いわね。オホホ』って笑われちゃいますよ!」
「小刀さんはそんな口調じゃない」
「そんなことは良いんです。とにかくトリックは探偵が暴くものなんです。トリックも解明せずに何が探偵ですか! トリックも解明できない先輩なんて、偉そうにしたって五十里くらいですからねっ!」
 蓮花はかんかんに怒ってしまったけれど、ちょうど校門を出たところで僕は右、蓮花は左へ曲るので、この日の議論は都合よく打ち切りとなった。
「じゃあ、今日は失礼しますっ。先輩なんて、見直しましたっ!」
 ぷんと頬を膨らませて足早に立ち去る背中に、僕は、それを言うなら『見損ないました』だ――とは言えなかった。
 いろいろ、疲れた。
「……」
 ふうっとため息を吐いて、僕も帰宅。
 この疲労感は、蓮花のせいというより、立て続けに二回も驚愕したせいだろう。僕みたいな人間は、短期間に何度も感情を揺らすだけで疲労してしまうものだ。
 ちなみに僕は実家から通っているが、蓮花は学園寮に住んでいる。
 何せおかしな高校だから、遠くから「留学」して、寮に住む生徒は少なくないのである。蓮花の実家は静岡で、お茶農家をやっている。そういえば小刀さんも寮だったはずだ。
 とりあえず僕は疲労困憊、へろへろと、バス停に止まっていたバスに乗り込んで家路についた。
 幸い、座れた。

 

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惟任百里的初恋探偵物語(7)

 

 バスの揺れが心地いい。
 トリックなんて犯人に聞けば良いじゃないか――と、口からでまかせのように言ったことだけど、実際、犯行トリックの解明なんて、重要じゃないはずだ。どんな複雑怪奇な事件であっても、納得の行くトリックなんてものは後からいくらでもこじつけることが出来る。
 ……要するに犯人は、何らかのすごい方法で、それを実行したのである。
 そしてそのすごい方法など、
「どうやったの?」
 と、犯人に聞けば分るのである。
 ていうか、犯人は分っているのだから、動機だって犯行方法だって、そのことに最も詳しい人に直接聞けば手っ取り早い――と、そういう面倒くさがり屋の僕が、いったいどうしてこんな事件に巻き込まれてしまったのやら。
 とりあえず今の僕にとって問題は、動機である。
 なぜ、小刀さんは僕を狙ったのか。
 小刀さんは「留学組」で、実家は、関東だと聞いたことがある。
 運動も勉強も上位の部類で、教室で彼女が困った顔をした姿は見たことがない。寡黙な方で、友人は少ないはずだが、少なくとも僕よりはいるし、そんなにしげしげと見たことはないが、昼食もだいたい食堂でクラスの女子と一緒にとっていた気がする。だいたいは弁当を自分でつくって、持って来ていたような……。
 と、そんなふうに。
 小刀さんの日常を思い出しながら、といっても僕のことだから、小刀さんの顔もあまり明瞭に思い出せないけど、とにかく、黒髪の和風美人のことをあれこれ想像しつつ、バスの揺れが連れてくる睡魔に身をゆだねて目を閉じて呼吸も次第に整ってくる……うちに、思い描いていた小刀さんの顔が、だんだんと幽齋蓮花の、小型愛玩動物めいた顔に変って行ったから、僕はううっと、うなされるようにして目を開けた。
「何だ。何で僕は幽齋のことを考えていたんだ……?」
 茫然と、窓の外を見つめる。
 バスはちょうど、バイパスを横切る信号待ちをしていて、車窓は殺風景だ。車ばかりが見える。ほかには雑草と、空き缶、煤けた看板。
「幽齋蓮花」
 と、ふたたび僕の口が呟いたから、我ながらびっくり仰天、
(まさかこれって……恋?)
 と思うと同時に胸がドキンと高鳴ったが、高鳴った途端、にわかに馬鹿馬鹿しくなって、
「あれだ、吊り橋効果だ」
 と結論づいた。
 吊り橋を一緒に渡るドキドキを恋のドキドキと勘違いして、男女が恋に落ちるというやつ。言ってみれば、偽の恋愛感情。
「……なるほど一週間のうちに二回もすごい体験を共有したからには、吊り橋効果も起こりうる、か。つまり僕もまだまだ、思春期にあるってことか」
 一人で妙な感覚になるが、といってこの感覚の正体を知った以上は、本物の恋だとは認識することはない。
 繰り返すが、僕は中学生男子のごとき強い自意識を持たない。あの子、ひょっとして僕に気があるんじゃないの――などと思わないだけの心の修練を積んでいるのだ。
(禅僧とでも呼んでくれ)
 と、朦朧とする頭、また目をつぶって駅前まで残り五分ほど、バスの震動に身を任せ……ながら、次第に、もやもやしたものが心の底から、だんだん上層へと浮かび上がって来るのが分った。
 やはり、動機が気になる――。
 仮に小刀さんが僕を狙ったのだとしたら――死ねば良かったのに、と言うくらいだからそうに違いないだろうが、だとしたら、動機も当然、僕に関するだ。
 それは何だろう。
 怨みだとすれば、何を恨んでいるのか。僕の何を憎むのか。
 もやもやする。
 単純に「分らない」というのではなく、直感的には明らかな或る事実を、それが真相なのだとは無意識的に断定しないでいる――そんな感覚。
 摑めそうでいて、しかし対象がどこにあるのか分らない。真相に触れているかもしれないのに、摑み得ない……ちょうど、風呂の中で屁の泡を摑もうとして失敗するような。いやまさか、そんな感覚じゃない。とにかく、もっとあやふやで、もやもやした意識。
 ふと目を開ける。
 信号待ちのバスは、すでに駅前商店街にさしかかっていた。
 もうすぐ終点、中央駅前。ちなみに僕の家は、駅直結の三十六階建てのマンションだ。共働きの両親と妹と四人暮し。姉もいたが、すでに家を出ている。
「ああ、今日もいるな」
 と、僕は横断歩道の脇を見つめて、そう直感した。干からびた花束と、缶ジュースが二本。
 交通事故現場である。
 そこに、今日も死んだ子供が立っている……もちろん明瞭に見えたりはしないけど、その気配を直感するのである。浮かばれぬ地縛霊がいるという、確信。
 勘といっても良いかもしれないが、とりあえず僕の勘は当るのである。幽齋蓮花の通知表を見つけたのも、この勘の働きだし、小刀さんの件も、何か、第六感的なものがさっきから騒いでいる。
「……」
 バス停車。定期券を見せて下車する。
 駅前の賑わい。家路を急ぐ人たち。僕のマンションは、駅の反対側だが、すでに駅ビルの上にひょっこり見えている。
 もやもやを、直感した。
 避けがたい危難がある。
「幽齋が危ない――」
 僕は学校へと、来たばかりの道を全力で駆け出した。次のバスを待つ時間も惜しい。
 蓮花が危ないと、僕の勘がささやくのだ。
 
 


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