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鬱なんて考えても見なかった

私自身、鬱病とは程遠い人間だと思っていた。自分が好きな職業に携わることができ、日々楽しく心から、腹の底から笑える毎日を送っていた。しかし、29歳のあるとき……。身体に変調が現れ始めた。それが、この病との馴れ初めになろうとは思いもよらなかった。

簡単に、私という人間がどのようなものか説明をしておこう。

私は、何不自由なく小学校、中学校、高校、専門学校での生活を過ごし、当時から夢であった“ゲームに携わる仕事”に就くことができ、とある雑誌の編集部で働いていた。国語なんて大嫌いだったけれども、自分の能力で仕事をすることができ毎日楽しかった。
23歳の時に結婚し、その後何度も転職を繰り返した。だが、幸いなことに役職やサラリーは増えていき、一時期は国産のスポーツカーを購入するなど羽振りも良かった。

しかし、今考えてみればそれはすべて虚像でしかなく、転職を繰り返すことになったのも、私自身に鬱病の種が存在し、それを育てていたからなのかもしれない。

鬱病なんて心の弱い人間が陥るもの。鬱病で自殺するなんて自分が弱いだけのこと。

20代の頃はそう考えていた。私には無縁の、癌よりも希有な病気だと思っていた。

他人から見れば他愛のないこと

私が何社か目に勤務していた企業は、俗に言うベンチャー企業だった。少数精鋭で、社員各々がプロデューサーという立場でビジネスを動かしていた。給料も良く、仕事にもやり甲斐を見出し充実した毎日を送っていた。まあ、当然のように愚痴などをこぼす機会はあったが。

ある日のこと。

社内で怒号が響き渡った。ハッとしてその方向を見ると、先輩社員が電話口で怒鳴っていた。そして電話を叩き切り「死ね!」と吐き捨てた。私は、「ああ、またヒステリックになっているな」と思いつつ、心に違和感を感じながらもいつものこととして見て見ぬふりを決め込んだ。

それから数日が経ち、私は先輩社員が誰に向かって暴言を吐いていたのかを知った。なんと、クライアントだったのだ。私が勤務していた会社では、クライアントからの委託業務がその大半を占める。先輩社員はそのクライアントのなかでも大口の企業を担当していた。クライアントに対して媚び諂う必要は無い。その意味においては私も同感だ。しかし、暴言を吐く前に採るべき行動はいくらでもあるだろう。単に罵詈雑言を浴びせて仕事が円滑に進むわけはない。ひょっとしたらこちらにも何らかの非があるかもしれない。それらを顧みて話し合うのが筋なのでは? そういった想いが私の心を占めていった。

そういった想いが私の心を支配してからは、先輩社員の暴言が聴くに堪えなかった。「馬鹿野郎」「死ね」「クソが!」……そんな言葉が耳に入るたび、胃がキリキリと痛みを覚えるようになった。

極めつけは、泊まりの出張に先輩社員と出かけた夏の日だ。宿の手配、レンタカーの手配、仕事の段取り、関係各所との調整。先輩社員は何の指示も出すことはなく、すべて試行錯誤、暗中模索のなかで行った。何故か。それは、先輩社員に指示を請うても何も得られなかったからだ。これじゃ、仕事も一波乱、覚悟せにゃならんな。その予想は悲しいけど的中してしまった。

仕事当日。彼はすべて私に指示をだしたつもりでいたのだろう。しかし、私が先輩社員から聞いた言葉は「適当にやっておいて」だ。何度も先輩社員と仕事をしていたのであればそれでもいい。いや、良くはないか。しかし、はじめてタッグを組んで仕事に当たるというのに何の指示もなく適当に、と言われても何をすべきか全く判らない。しかし、過去の経験で対クライアント、対カメラマンへの指示だしをし、どうにかこうにか作業を進めた。その間、先輩社員はクライアントと無駄話に興じており何のためにそこに存在しているのか理解に苦しんだ。

そうこうするなか、事件が起きた。

撮影を行わねばならないのに、撮影する対象物がない。カメラマンさんはとうとうぶち切れ「段取りはいったいどうなっているんだ!」と激高。すかさず謝りに駆けつけると「あれはアナタに対しての言葉じゃないよ。キミの先輩社員に対して」と。「でも、彼意に介していないね」。その言葉で救われたが、根はもっと深かった。先輩社員とカメラマンさんは、何度も同じ現場に出ていたのだが、毎回こうなのだ、と。それでいて、現場に何かトラブルがあるとカメラマンスタッフやその他のスタッフの責任とし、さんざんな言われ方をしてきたのだ、と。とはいえ大人だからね、仕事は断れないさ。そう仰っていた。

そんな話を聞いてしまい、私は怒りに駆られた。我々の仕事は決してひとりで完遂できるものの類ではない。カメラマン、デザイナー、ライター……。そういった協力してくれる方々があってはじめて成り立つ仕事なのだ。私自身もそれは心得ており、協力者が「またアナタと仕事をしたい」「今回は大変だったけど楽しい現場だったね」と言ってただけるよう黒子に徹してきた。ギアの動きを円滑にする潤滑油のような存在でありたい。そんな信念があった。その会社の代表も私と同意見であったが、先輩社員との付き合いが長いため、代表も目を瞑ってきていた。問題だらけな出張仕事が終わったある日、私は代表に呼び出された。

「先輩社員の仕事、俺とは全然違うだろ。どうだった?」

最初、その問いの意味が理解できなかった。が、先ほどまで代表と先輩社員が話し合っているのを見ていた。正直膝が震えた。先輩社員は私の仕事ぶりに対して文句を言っていたそうだ。それは代表が教えてくれた。私は堰を切ったように現場での出来事を詳細に伝えた。そして、先輩社員のように協力者をけなし、なじるような方とは仕事をしたくありません、と。代表は俯いたままタバコを燻らせ「そうか」とひと言だけつぶやいた。



エレベーターでふたりきり。そして吐き気が

それ以降、私と先輩社員の関係は言うまでもなくぎくしゃくした。しかし、代表の配慮もあって同じプロジェクトで動くことはなかった。だが、私は別なものに悩まされ始めた。先輩社員の暴言だ。

「あんたさぁ、馬鹿じゃないの? こっちは金払ってんだからもっとマシなもの作れよ」
「こっちが指示したもの作れないんだったら、もういらないから」
「馬鹿」
「死ね」

こういった言葉は心に突き刺さる。否応なしに聞こえてくる。耳を塞いでもその姿が目に入る。気にしすぎだ、というのも理解していた。でも、日増しに先輩社員の行動、言動に得も言われぬ感情を抱き始めた。そこからは急転直下だった。会社へ向かう道中、吐き気と頭痛に苛まれる。会社にいても心ここにあらずで仕事も手に付かない。極めつけは、運悪くその先輩社員とふたりきりでエレベーターに乗ったとき。強烈な吐き気に襲われ、フロアに着くなりトイレに駆け込んで吐いた。

これは、もう自分はおかしいのではないか? これは鬱病というものなのでは?

そう思い、泣きながら精神科の電話番号をプッシュして現状を説明した。「早く来院して下さい」その言葉で救われた気持ちになったが、結果としては完全には救われることはなかった。

私がはじめに通った病院は、職場復帰プログラムに定評のあるクリニックだった。そこで下された診断は「社会不安障害」というもの。高速道路のパーキングエリアといった大きなトイレで混み合ったとき、周囲の人が気になっておしっこが出ないことがある、そんなエピソードや心理テストの結果社会不安障害だとのことだった。そして、ドグマチール、ガスモチン、ワイパックスが処方され数ヶ月通い続けた。が、私の精神状態はいっこうに快方には向かうことはなかった。

会社から泣きながら自宅まで数時間掛けて歩く。歩いていたときの記憶はまばらで、とある橋の上に差し掛かった時、このまま飛び込んだら死ねるだろうか? そう思いながら、また涙を流す。次第に電車に乗ることが苦痛になり、人の目が怖くなった。

丁度妻が身重だったこともあり、余計な心配は掛けたくない。そう思った私は、そういった感情を抱いていること、死にたいという精神状態にあることを私の胸にしまい込んだ。今思えば、もっと早くに相談していれば、とも思うのだが、当時の私の精神状態ではそれは叶わなかった。

そして、病院を転院することにした。



精神科といっても普通の病院

次に通うことにしたのは閑静な住宅地にあるひっそりとした病院だった。その病院のドクターは、忌まわしい「地下鉄サリン事件」被害者のメンタルケアを行ったという高名な方。経験も実績も申し分なし、と早々に予約を取り転院したのだが、一番最初の診察で思いもよらない言葉が返ってきた。

「あなたは社会不安症候群ではありません。これは鬱病です」

私は複雑な気持ちになったのを今でも覚えている。鬱病だ、と診断され克服すべき相手がはっきりしたこと。今まで社会不安症候群として治療してきた時間は何だったのか? という想い。だが、何はともあれ希望を胸に抱いたのは確かだった。

そして、クスリの処方も大幅に見直さることになった。以前通っていたクリニックで出された処方箋を差し出し、ドグマチール、ガスモチン、ワイパックスの処方量を見るなり、「これでは中途半端で意味がない」と、SSRIやSNRI、三環系の抗鬱薬を試すことになった。パキシル、トリプタノール、トレドミン、デプロメール、トフラニール、アナフラニール、セパゾン、レキソタン、ワイパックス……。本当にいろんなクスリを試した。だけれども、私は少しでも状況が回復するのなら、と、喜んで新たなクスリを試していった。だが、ここで悩まされたのは副作用だった。

抗鬱薬の類には様々な副作用が存在するのはインターネットで調べてある程度は知っていた。しかし、そんなに生やさしいものではないと身を以て知った。

SNRIの代表格トレドミンには驚かされた。勝手に精液が出るのだ。垂れ流し、とでも言うべきか。小便を足しに行くとパンツが濡れている。「まさか漏らしたか!」と思いつつも尿意をもよおしたのは直前で「出ちゃった!」という感覚はなかった。急いで個室へ移動し濡れたパンツを拭くと匂いがおかしいことに気が付いた。頻繁に意図せず射精していたことに恐怖を覚え、投薬を中止してもらうことにしたが、「まあそういったこともあるんですよ」とさして問題視していないことに腹を立てたこともあった。

様々な抗鬱薬を試した結果、ドグマチール、パキシル、トリプタノール、デプロメールに加え、レキソタンとエバミールという睡眠薬の処方で落ち着くことになった。

それからどれだけの時間が経過しただろうか。精神的には落ち着きを見せたものの、診察を繰り返してもクスリの量は減らず快方に向かっているのかどうか、全く判断ができずやきもきした気持ちが次第に広がっていった。するとどうだろう。調子の良い日はすこぶる快調なのだが、得も言われぬ不安感や焦燥感に駆られまさに鬱状態に陥るといった好不調の波が現れ始めた。また、喜怒哀楽が顕著に、大げさに現れるようにもなった。馬鹿みたいに笑い、涙腺は弛み涙もろくなり、他人の怒りを我が事のように怒り、悲しむ。次第にその感情の波に呑み込まれていった。これって、単純な鬱病ではないのでは? と思い始めたのもこの頃だ。

私は不安をストレートにドクターに相談した。すると、逡巡した結果出された答えはまた私を混乱させた。

「おそらく躁鬱病ですね」

え!? 躁鬱病? 鬱病じゃなかったの? そう思ったのは言うまでもない。今になって思えば、精神科医とはいえ患者のメンタルを診断するのは難しい。外科や内科のようにレントゲンや目視によって原因を確かめることはできないのだから。患者の自己申告、言動、様子を観察して推察していく以外に方法がないのだから病名が変わることは致し方ないこと。だけれども、当時の私にはそんな余裕はなく、病名ひとつで踊らされていたのだった。



予想以上の副作用。ますます、精神状態は不安定に。

躁鬱病と診断されてから、そこに新たにクスリが追加された。メジャーなリーマスに加え、テグレトールというクスリだ。このテグレトールというクスリが非常にくせ者で、奇想天外な副作用に悩まされた。

処方が変わってから数日が経過した頃だろうか。いつものように会社へ出勤する道中、iPodで当時お気に入りだったSimplePlanの楽曲を聴いていたのだが、すぐに違和感に襲われた。再生されてくる音楽がおかしいのだ。リズムが妙に間が抜けて聞こえる。「使い古したiPodだから、とうとう壊れたのかな?」と音楽を聴くのは諦めたのだが、どこか心には引っかかるものがあった。“引っかかり”というよりは、自分自身を信じ切れなくなってきていたのかもしれない。

そこで、「ちょっとこの音楽、聴いてみてくれないかな?」と、困惑の表情を浮かべどうしてよいか判らない会社の同僚に半ば強引に聴いてもらった。

「……」表情は曇ったまま。恐らく、私が何をしようとしているのか理解に苦しんでいたに違いない。

そして「うーん、普通ですよ。ちゃんと聞こえますよ」と。やっぱり、私の聴覚がおかしくなっているようだ。どうやら、特定の音域の周波数が認識できていないようだった。リズムの要であるドラム、ベースの一部の音域と高音の一部が聞こえていない。だから妙に間の抜けた音楽に聞こえたのだろう。

いろんな副作用に悩まされてきたが、自分の感覚器官の一部にこうもハッキリと異常が発生するとは思ってもみなかった。脳内の物質に作用する薬品を服用しているのだから、こういった事も可能性として起こりうるのは理解していた。トレドミンの例もあったし。でも、積み重なった予想を超える副作用を体験して必要以上に恐怖を覚え、時間外であるのを承知で病院へ電話した。が、そこで返ってきた返事は素っ気ないものだった。

「じゃ、テグレトールの服用は止めてください」

精神状態が普通じゃなかったため、その言葉で片付けられることに苛立ちを覚えた。「音が、聞こえる音がおかしくなるなんて事、あるんですか?」。私は食い下がるように、半ば喧嘩腰に問うた。「滅多にそういった症例は報告がないけど、あるにはあるようです」と、落ち着き払ったその言葉がさらに私を苛立たせた。そして、「本当にこのドクターを信じて治療を続けて、病気が治るのだろうか?」と不信感が募っていった。

今思えば、ドクターの立場としてはそう言わざるを得ないし、ドクターにしても想定の範囲内だったのだろう。でも、私はそこで優しい言葉をかけてもらいたかったのだろう。

もう、誰も信じることができない。他人はおろか、自分自身さえも。自分の感覚までおかしくなってしまった事実に、ただただ自暴自棄になった。




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