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第7章 経済成長信仰からの脱却

 人間中心主義に代わる思想

 機械文明の思考を提供した哲学は、キルケゴールの実存主義以降、人間が世界の体系的な理解を放棄せざるをえない状況に追い込まれ漂流しています。このような状況から、原子力発電所から出る核廃棄物、グローバルな気候変動、環境ホルモン汚染、植動物の種の絶滅等といった人類を脅かす環境問題に、ノルウェーの哲学者、アルネ・ネスが 「ディープ・エコロジー」 を提唱しました。この思想は、欧米の近代的人間観・世界観と根本から異なるものであり、近代的自我観を問題にしています。従来の哲学は、主観と客観の二元論の延長で人間を考え、個々の人間の生き方に焦点をしぼり、人間と自然とのかかわりを無視します。環境問題は、従来の哲学が無視した人間と自然環境のかかわりで生じています。機械文明はそれまでの文明と異なり、科学技術を基にした経済活動に特徴があるのですから、エントロピーの限界を踏まえた哲学が必要です。

 次に、近代哲学は、個人が生きる上で自由・平等が無条件に成立するものと考えています。その結果、欲望こそが社会を発展させるという世俗的原理で築いてきた機械文明は、人類を脅かす環境問題で行き詰りました。エネルギーを湯水のごとく使い、科学技術で便利な生活を実現する考えはできなくなりました。西欧的な特徴をおびた自由と平等の世界観・社会観は両立しなくなったのです。政治的自由は従来どおりとしても、欲望の世俗原理による自由な経済活動は、有限の地球では成立しないのです。哲学は、人間の生き方を問いますが、生きる上での経済活動には無頓着です。人生の大部分は経済活動であり、その経済活動になんら哲学的分析と考察をしないのが不思議です。

 開発及び公害から生まれた環境思想を大別すると、あくまでも経済的合理性を前提に環境問題への改良主義的な 「エコロジー的近代化論」 と経済利潤を至上とせず自然との共生を目指す、 「ディープ・エコロジー」 があります。 「エコロジー的近代化論」 は、国連、官僚、企業などの組織に賛同者が多く、 「ディープ・エコロジー」 は、組織の立場を離れた生活者に賛同者が多いです。 「エコロジー的近代化論」 は、リサイクル及びエコ商品に期待していますが、際限なき欲望の解放社会を目指すためエネルギー消費に歯止めはかからず、人類を脅かす環境問題にほどんど役立たなかったと言えます。たとえば、原子力発発電所から出る核廃棄物は経済的合理性を前提に考えるため、問題を先送りするのです。原子力村の組織存続を前提にした考えは、規制を隠れ蓑にした原子力発電の推進にあり、政治家、官僚、電力会社の組織が抱える宿悪ゆえまっとうな解は得られません。 「ディープ・エコロジー」 は、主観と客観の二元論における自然の分析的認識とは異なり、自らの行為が自然といかなるかかわりを有するかを問います。そのため、質素な生活を平等に営むことを旨とし、科学技術は問題を解決する補助手段とします。省エネ製品に頼る従来の生活は、省エネ製品の製造に多くのエネルギーを必要とし、結局エントロピーが増大するので、質素な生活を平等に営めばエネルギーは少量で済み、人類を脅かす環境問題の解決につながります。

 

 新たな社会変革

 2011年3月11日に福島第1原子力発電所の大事故が発生しました。群集は固唾を呑んでテレビにかじりつきました。東京電力はむろん、政府および原子力村の人達は、事故はそれほど大きなものでないとマスコミと一緒に繰り返し、原子炉の安全は保たれていると言いつづけました。たとえば、炉心溶融を2ケ月も隠して国民に嘘をつき続けました。その後の状況はご承知の通りであり、原子力安全神話が崩壊しました。と同時に我々は、人間を幸せにすると信じていた科学技術に疑問を生じさせました。科学技術は近代の技術意志に存ずることは明らかであり、この近代の技術意志を深く掘り下げて見れば、そこに機械文明の底を流れる欲望を全面肯定する人間中心主義の時代精神が見出されます。

 自然科学の法則を組み合わせ、発明する行為は技術の範疇です。そしてこの機械技術の進展は、その速度において道具的技術と比較にならず、驚異的速度でいくたの商品を生み出しています。そして機械技術の問題性は、福島第1原子力発電所の大事故で実感できるようになりました。発明品は、自然界にない新たな創造物です。原子力発電には、多くの自然科学者が探求した法則が適用されています。しかし、原子力発電の発明の過程に、政治家と軍人の思惑・欲望が強烈に作用するため効率性、経済性、利便性等の功利的価値観が科学技術者に妥協を余儀なくさせ、欠陥を有する発明品にしてしまいます。人間の理性は完全でなく、発明品の創造過程において、誤りを埋め込んでしまうのです。誤りの集大成が、原子力発電所から出る核廃棄物、グローバルな気候変動、環境ホルモン汚染、植動物の種の絶滅等といった人類を脅かす環境問題です。

 産業革命は、英国のワットが1756年に蒸気機関を発明したのが切っ掛けです。蒸気機関は石炭をエネルギーにします。第二次産業革命は、19世紀後半から20世紀初頭にかけての電気・化学・内燃機関の進展にあり、石油をエネルギーとします。これらの産業革命により、多くの人々は農業を捨て労働者としての生き方を選択しました。人口の都市集中が起き、大都会が発生するのは、いうまでもなく産業革命後であって、化石燃料による産業の近代化に伴った現象です。つまり、化石燃料は都会向きのエネルギーで、特に、石油は使い勝手の良いエネルギーですが、人類を脅かす環境問題を加速させました。禁断の実である化石燃料の使用を控えない限り、人類を脅かす環境問題を解決できません。化石燃料の代わりに二酸化炭素を排出しない再生可能エネルギーと蓄電池の組み合わせが解決策です。しかし、現状では両方とも実用化の域に達しておらず、技術革新による高性能で安価な製品が必須です。また、再生可能エネルギーは、エネルギー密度が低く分散しており、地産地消が望ましく過去の産業革命と異なり、都会から田舎に人が移り住む社会変革が伴いそうです。また、再生可能エネルギーの範囲で賄える人口しか生存できないかもしれません。

 

 質素な生活

 3章の表1が示すように2009年のリーマン・ショックによる米国の不況が、翌年の世界経済成長マイナス0.5%を実現しました。ゆえに、エネルギーも2008年より2009年の方が、石油換算にしてマイナス151,000,000トンの一次エネルギー消費を実現しました。いかに、経済成長がエネルギー消費に影響していることが分かります。ゆえに、世界中で省エネに取り組んでも、持続的成長もしくは持続的発展をしながら一次エネルギーの消費を削減するのは、非常に困難といえます。その理由は、自らの生活習慣及び環境への行動を変えず、科学技術が生み出すエコ商品購入を免罪符とするためです。地球全体で考えれば、新興国もしくは発展途上国のエネルギー消費が旺盛なため、省エネによるエネルギー削減分を上回っています。また、グローバル指向の企業が、人件費の安い新興国もしくは発展途上国に工場を作り企業間競争をしますから、どうしてもヒト・モノ・カネの移動にエネルギーを過剰消費する傾向にあります。そのようなわけで、一次エネルギー消費を低下させるには不況が効果的であるが、誰もが不況は御免被るというジレンマに陥ります。

 一方、機械文明は、大量のエネルギーを使い大量生産ー大量消費ー大量廃棄の経済サイクルを確立しました。エネルギー消費量の絶対量を削減しなければ、地球温暖化は止められません。経済サイクルの内、大量消費の箇所を削減すると不況になるかもしれませんが、不況は経済活動が従来の経済成長一本やりでは続けけられない覚悟を誰にも迫ります。そして、これまでと同じ思考の枠組みで考えても答えは出てこないことに気付きます。ですから、不況は非常に困る面はあるが、過去の不況を眺めるに社会をダイナミックに変えています。しかし、国、会社などあらゆる組織は経済成長を前提にした省エネの技術革新待ちであり、組織自身がエネルギーの消費を年々削減させる施策は困難です。代わりに、組織に属さない消費者が生活様式をみなおしエネルギー消費を低下させます。

 

(1)家庭ではテレビの電気使用量が大きいです。電力不足から、関西電力大飯原子力発電所が7月5日より送電を開始しました。省電力対策として、夏の電力使用量のピークである午後1時~午後4時までテレビ放映しないのは有効です。しかし、テレビ会社は売り上げ及び利益が下がるから、自ら午後1時~午後4時の間放送中断するとは言わないでしょう。代わりに、個人側からテレビを見ないようにします。

(2)ワイドショー番組では、芸能人の離婚裁判の類の報道がされますが、取材及び報道にエネルギーを消費しています。二酸化炭素を排出してまで報道すべき内容なのか疑問です。テレビ会社や芸能記者は二酸化炭素削減に取り組むので、芸能人の離婚裁判の類のゴシップ報道せずとは宣言しないでしょう。ここは、個人が娯楽の内容を判断しテレビを消します。

(3)新聞は新聞社の印刷工場で印刷され、トラックで輸送され、販売店から家庭に配達されます。新聞紙製造過程で二酸化炭素は排出されており、印刷工場で使用される電力、重油、販売店までの配送にかかるトラックの軽油消費などで二酸化炭素を排出します。紙でなくパソコンなどのディスプレイ上で新聞を読めば、電力を消費するが二酸化炭素の排出量は少ないです。販売店から、宅配から電子版への切り替え依頼が来るはずはなく、ここは個人が切り替えるしかなかろう。もしくは、ネット上の玉石混合の情報より劣る金太郎飴記事を読まされては、思い切って新聞を購読せず、ネットで済ます手段があります。

(4)スーバー、コンビニ等で冷凍食品が販売されています。便利なのは承知していますが、冷凍食品の保持に常時冷凍機を稼働させていなければならず、冷凍食品を作るにも熱力学の第二法則に逆らうため多量のエネルギーを必要とし、輸送中、販売中にも冷凍にエネルギーを必要とします。スーパー、コンビニ等は、自から売り上げ及び利益が下がるから販売の中止ができません。個人は不便になるが、冷凍食品を使わない。

 

 等々たくさんの工夫で質素な生活ができます。ひとりの生活者として、エネルギーの節約を挑戦してみてはどうでしょうか。もちろん、新興国もしくは発展途上国のエネルギー消費が旺盛なため、世界全体を考えると砂漠に水を撒くような行為ですが、一国の中では社会をダイナミックに変え、世界中に伝播するかもしれません。


あとがき

 2012年8月28日からタイのバンコクで気候変動に関する国際会議が開催されました。この会議は、2012年末の第18回気候変動枠組条約会合と第8回京都議定書会議に向けて最後の準備会合となるもので、3つの作業部会に別れています。その内のひとつが、2015年採択予定の新しい枠組みを議論しています。気温上昇を今世紀末までに産業革命前に比べて2度未満に抑えるためには、現在各国が2020年に向けて公表している削減目標では足りません。危険な地球温暖化を防ぐためには、今の削減目標を2倍の水準に引き上げる必要があります(現状の目標は先進国全体で1990年比12~18%→25~40%へ)。同年9月5日の東京新聞朝刊に次の記事がありました。

 

 世界各国が掲げる温室効果ガスの排出削減目標を達成しても、世界の平均気温は今世紀末までに産業革命前に比べて最大4.1度上昇する恐れがあると、気候変動の研究者らでつくる非政府組織(NGO)が4日、ダイ・バンコクの気候変動枠組み条約の会合会場で発表した。

 発表したNGO 「クライメート・アクション・トラッカー」 は、世界共通の目標である気温の上昇幅を二度未満に抑えることは可能だとして、各国政府に目標の引き上げを求めた。

 研究者らは、コンピューター上で気候を再現する計算プログラムに、米国や中国を含む各国の目標を反映させて将来の気温を推計。今世紀末までに地球の平均気温は2.6~4.1度上がる恐れはあるという結果をはじきだした。

 同NGOは、まだ削減目標を持たない国が、他国と同じレベルの目標を掲げても2億トンしか減らないと推計。一方で、既に目標を持つ国が、目標を引き上げれば20億トン~30億トンの削減につながるとして、さらなる削減努力を促した。

 

 今年の夏は異常に暑く、かつ、残暑厳しいゆえ秋の訪れが遅く、加えて、関東では雨が少なく節水をしています。また、二百十日あるいは二百二十日の台風が、日本列島に来ず東シナ海を北上し朝鮮半島へ進むのは、異常気象の影響と言えます。また、高いのは地上の気温だけでなく、北海道と東北の海水温も異常に高いとの報道が天気予報でありました。エネルギーの使いすぎによる地球温暖化が、気象に如実に現れて来ていると言えます。筆者の感覚では、子供の頃と比べ季節感がズレているのと四季が不鮮明と思われます。その内、季語が四季にあわなくなるかもしれません。

 2010年9月に来日した 『成長の限界』 の著者で高名なデニス・メドゥズ氏が講演で 「これからの20年で人類が経験することは過去200年に経験した変化よりもはるかに大きい」 と話されていますが、地球環境の激変が現実になりそうです。今後は、質素な生活が改めて必要になります。

 

                                                 2012年10月14日


参考文献

第1章 ベルリンの壁崩壊以降の世界動向

  ・ 中野剛志 柴山柱太 著   グローバル恐慌の真相   集英社  

  ・ 平川 克美 著   移行期的混乱   筑摩書房   

  ・ 資源エネルギー庁のエネルギー白書2012

 

第2章 現在の宗教たる経済成長

  ・ 熱力学法則   ウィキペディア

  ・ 内山 節(ウチヤマ タカシ) 著    文明の災禍    新潮社 

  ・ IPCCの第4次報告書第1作業部会報告書政策決定者向け要約

 

第3章 エネルギー資源の使いすぎ

  ・ 資源エネルギー庁のエネルギー白書2012

  ・ 小椋 正己 著   日本機械学会誌 2010.11 Vol.113 No.1104   

  ・ World Economic Outlook April 2011

  ・ 世界人口白書(2009年)

  ・ EDMC/エネルギー経済統計要覧(2012年版)

  ・ 内山 節(ウチヤマ タカシ) 著    文明の災禍    新潮社 

 

第4章 エントロピー論による地球環境の永続性

  ・ 温室効果ガス世界資料  

  ・ ヤフー百科事典  

  ・ 2010年9月 デニス・メドゥズ氏の東京講演から 

  ・ 槌田 敦 著   『弱者のための 「エントロピー経済学」 入門』   ほたる出版   

  ・ 小椋 正己 著   日本機械学会誌 2010.11 Vol.113 No.1104   

 

第5章 エントロピー公害

  ・ 甲斐 憲次 編著    二つの温暖化   成山堂書房   

  ・ 国連開発計画(UNDP)駐日代表事務所ホームページ

  ・ 槌田 敦 著   『弱者のための 「エントロピー経済学」 入門』   ほたる出版   

  ・ IPCCの第4次報告書第1作業部会報告書政策決定者向け要約

 

第6章 機械文明の思考的特徴

  ・ 内山 節(ウチヤマ タカシ) 著    文明の災禍    新潮社

 

第7章 経済成長信仰からの脱却

  ・ 松野 弘 著    環境思想とは何か    筑摩書房 


この本の内容は以上です。


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