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ヘイムダル常勝王が国土拡張の野望を抱いたのは、第一王子の誕生がきっかけであると史書に明記されている。それまで、彼はゲルマンの地の片隅に暮らす些細な諸侯の一人でしかなかった。
若く野心的な青年王は我が子のため、自ら陣の戦闘に立ち剣を振るった。勇猛な王の姿は同じく血の気の多い猛者揃いの軍隊を一つにし、その士気を高めた。王の繰り出す稲妻の如き軍略と巨大な火炎にも等しい軍勢はたちまちに国土の周辺に燃え広がり、各地を次々と平定していった。
王妃は大人しく争いを好まない性格で、王の戦をこころよく思わなかった。しかし彼女の夫に対する愛と忠誠は平和への意志を上回った。王妃は第一王子に加え、第二王子と一人の姫を産み落とした。王子たちはいずれも王に似て賢く壮健であり、王妃に似て眩いばかりに美しかった。王家の安寧は保証されたかに見えた。

王に関する黒い噂が市井で囁かれるようになったのは王が十七の他公を降し、第二王子が十回目の誕生日を迎えた頃であった。異変の発端は王宮の周囲で鴉や猫の死骸が多く発見されるようになったことであるが、決定的となった噂の元は王妃の変死である。元々身体の頑強でなかった王妃は患いつく時間も多かったが、医師も見知らぬような珍しい病が原因であっけなく命を落とした。第一王子は母の亡骸に取りすがって六日の間泣き続け、やはり同じ病で世を去った。民は王が悪魔と契約し生贄として王妃と王子を差し出したのだと噂したが、王は取り合わなかった。
王は我が子と王妃の葬儀を済ませ、病の原因を探るよう学者たちに指示を出すと戦場へ戻って行った。戦場の王は変わらず雄々しく、馬上からの号令は百丈に響き渡った。王の軍は勝ち続けた。

王妃の死後一年が経ち、戦地から帰還した王の前に大臣が走り寄った。
「我が王よ、火急の知らせがございます」
老大臣は跪き額を地に擦り付けた。
「王子と王女が城からお姿を消しました」
震え声で詫び続ける大臣を振り切り、王は王子の部屋へ飛び込んだ。城からは王子と王女、王女付きの乳母の姿がなくなっていた。捜索には王直属の四隊が不眠不休で当たったが、一週間後に城の北方へ十里程離れた森から、王女の靴の片方が見つかったのみであった。
王は王子の部屋へ閉じこもり、王女の靴が発見されたとの報を受けて八日目に部屋を出、再び戦場に戻った。

王家の不幸も民にとっては陰険な娯楽であった。民は以前よりも憚りなく不敬な噂を囁いた。曰く乳母は悪魔の化身であった、王妃も王子も王女も生贄として連れ去られたのであると。
大臣たちは連日悪魔払いを王に進言したが、王はすべてを頑なに撥ねつけるのみであった。

それから十五年の歳月が流れた。王は無敗のうちに三十一の諸侯を平らげ、皇帝に近い権力を得ていた。壮年となった王は再び王妃を迎えず、皇太子も置かないままであった。王の顔には固陋さを示す深い皺が刻まれ、狷介な眼光は一言も要さずに他者の忠告の一切を拒んだ。長い苦悩と戦乱の歳月は王に底知れぬ猜疑心と威圧感を纏わせ、青年時代の明朗さは今の王に一片の面影もなかった。
この頃には王と悪魔との契約を疑う者は王宮の中にも一人もいなかった。王子の為に始めた平定事業がこのような末路となったことを、全ての大臣が血の涙と共に悔いた。王に憑りついた悪魔を如何にして引き離すか、大臣たちの内談はそればかりを議題にした。

その時、一人の側近がある腕利きの悪魔払い師を探り当てた。最近傘下に収めた小国の神父で、機転の効く有能な青年であった。大臣たちは密かにその神父を呼び寄せると事情を打ち明け、神父は快く仕事を受諾した。
王は一切の悪魔払いを拒絶していたので、神父は近衛兵として王の傍に置くこととされた。神父は全身を板金鎧に包まれ、長柄槍を持たされて玉座の傍に立つこととなった。翌朝、王は謁見室に入り、普段の通り徐に玉座に近づいた。

王は整列した近衛兵たちを通り過ぎ、神父の前で足を止めた。兜越しに神父に一瞥をくれると、やにわに傍らの小姓が捧げていた薄刃短剣を引き抜いた。
王は板金鎧の隙間から神父の腹に深々と剣を突き立てると、僅かな懐かしさと安堵の含まれた声で神父に語りかけた。駆け寄った大臣は、王の眼差しにある種の慈愛すら籠められているのを見た。
「久しぶりだな悪魔よ、お前の眼は王妃に瓜二つであるぞ」

奥付



連勝の王


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著者 : liliput / aliliput
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