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はじめに



「サロメの牙」
――Another casefile of Matsuki Rika.




*登場人物紹介
松城理香: 私立白峰大学文学部国文学科3年生 推理小説研究会部員 ボブカットで痩せ形の、インドア派の女の子

君(これを読んでいるあなたです!): 私立白峰大学生 推理小説研究会部員

問題編

別に取りたてて安らぎを求めていた訳ではないが、君はミス研の本拠地・新宿にあるとあるカフェに入った。ここは君の行き付けの店である。古風に重い扉を開けた時、芳ばしい珈琲の香りが鼻をくすぐる瞬間の楽しさと、最近珍しいゆったりした時間の流れる空間に引かれ、君は騒がしいミス研の仲間にここを秘密にしつつ――勿論それに見あう代価も払って――ここに通っているという訳だ。

 そんな君が隅のテーブルに、老人よろしく陣取っている松城の姿を認めた時の驚き!
(何だって松城が……?)
君は不意をつかれた驚きと、自分の指定席を取られた腹立たしさにいささか早足で松城の元へ歩いていった。

 松城は君に気付いていなかったようだ。声を掛けられて上げた顔に、君が最前感じたのと同種の驚きが見て取れる。
「まあ、此処で逢ったが百年目ね。何やってるの?」
それはこっちの台詞である。君は松城の前に置かれている、昭和の物らしいどっしりとしたテーブルに目を移した。天板には半分ほど飲んであるカップの他に、細身の万年筆と、原稿用紙が何枚か散らばっている。
――松城が書き物?
彼女なら普通パソコンを使うはずだ。松城は訝しげな表情の君に説明した。
「偶にはレトロでアナログなこともしてみたくなるのよ。推理小説書いてみたり、とか。」
推理小説? 松城が? レポートじゃなくて? 枚数だけ見ると短編らしい。ともかく君は原稿用紙を引っつかむと、松城の向かいに腰を落ち着け原稿用紙に目を走らせることにした。


サロメの牙

(以下は↓松城理香・作『サロメの牙(問題編)』原稿全文です)



サロメの牙




 遠い黒天蓋に下弦の赤い月が煌と下がっている。領主は城館の窓を開け放し、月に今宵の酒宴をお目に掛けようとのつもりか、精緻な切子の杯に注がれた洋酒ワインを、ちらと天空に向けて傾けた。
「今宵の月のなんと素晴らしいかよ!」
領主は傍らに恭しく畏まる清国の商人を顧みた。商人は長い袖を額の前で組み、東の挨拶で応じる。領主は商人の上得意、今宵の宴は領主がプライヴェイトに商人を招び、日頃の労に報いようとの席。都から奢侈を禁ずる法律が出たばかりだが、領主のいる地までは目付も及ばない。  他に具すは小姓、と称さるるうつくしげなる小童一人。これはその人形のような顔を少しも崩すことなく、先程せんから給仕に侍っている。

 そして銀のテエブルの向うに座っているのは――細い手首を銀鎖で戒めた異国の姫。

 この姫、領主が商人に無理を言って買い入れた上物。人語を操る蛙、首だけの老婆と奇怪なものが跳梁する黒い森から攫った姫だとか。今はもうない王朝の末裔らしいが、詳らかなことは幾ら領主が商人に問い質しても「茨の檻の中より」と笑うばかりで遥と知れぬ。
 とまれ、領主の商人からもとめた中で一番の気に入りであることは間違いない。

 姫は場違いに的礫とした歯で小姓の捧げ持つグラスに挿した花に噛みついていた。花? ――否、精巧な砂糖漬け菓子アンゼリカである。黒の浮いた鎖の所為で両の手は利かないが、菓子に器用に噛み付いては喰い千切っている。それを領主が姫の薄い頤をかろく持ち上げ、そっと唇ではさみ菓子を奪うのである。姫は幾度となく繰り返されているこのおかしな遊戯を拒む風でもなく、茫と水の張ったような空ろな瞳で領主を見上げている。

 領主は随分この姫によくして来たつもりである。この砂糖菓子も姫の好物だと聞いて特別に舶来の材で作らせたものだ。しかし姫は領主になつくでもなく逆らうでもなく、買われてからずっと泣きもせずに曖昧に日を過ごしている。好物である筈の菓子ですら、鼻先に掲げてやっと噛みつくくらいだ。領主は余りそれが面白くない。
「マヤリス」
領主は姫の名を口にした。本来なら知ることの許されない名である。姫は何の反応も示さず、一心にマヤリスの花を飲み込んでいる。菓子はマヤリスの花である。姫の名を姫が口にする、名詞の弁証法を楽しもうという趣向である。
 花弁の繊細な作りも偏に姫のために施させた物だ。なのに
「マヤリス!」
領主は覚えず声を荒げ立ち上がった。拳をテエブルに打ち付けた弾みか、グラスが宙を舞い石の床に叩き付けられ、粉々に砕けた。しかしやはり姫は頓着しない。
 人形のような小姓の手がつうと伸び、グラスの破片を片そうとした。領主はその手を押しとどめ、右手の指で一番大きな破片を摘み上げた。
「あ、お怪我を」
商人が声を上げた。領主の指の間より鮮血が滴り落ちている。
「可いのだ」
領主はそのまま破片の鋭角を、菓子の代わりに姫の鼻先に突き付けた。姫はそれでも、菓子が取り上げられたことに対する僅かな不服の色を表わしたきりである。
 不意に領主は破片をひらめかせ姫の頬を引っ掻いた。姫はそこで初めて引きつけた様に表情を変えた。椅子に繋がれたまま折れそうな身体を捩らせる。銀の鎖ががちゃりと緊張し、再びゆっくり弛緩した。
 領主はそこで満足そうに腰を下ろした。商人が慌てたように袖から手匣を出す。
「良い薬が御座います。ここに」
小姓がゆるりと手匣を受け取り、差し出された領主の手に薬を塗り器用に手当した。

 領主は左の手で商人の杯を取り商人の前に出した。商人は洋酒を注ぐ。これは商人が招待の礼にと持参した品。上物だが、毒味役が半分ほど飲んでしまったのには閉口した。領主はグラスに気怠げに口を衝けた。
 ふと、領主の動きが止まった。グラスを力なくテエブルに置き、両の手で額を押さえた。
「?!」
胸を掻き毟る格好のまま、ぐらりと領主の体が崩れる。商人と小姓が飛び出し領主を支えたが――既に息の通わぬ躯であった。
 ざわりと攣れていく空気の中に、青く色を変えた月の隈なく辺りを照らすのみ。

――――了

挑戦状

 何だこの時代錯誤なデカダンスは? これで終わりなのか? 推理小説だって? 領主を殺した犯人を当てろということか? これだけで? それ以前にこれはちゃんとした推理物として成立しているのか? 趣味装飾過多のB級風俗短編ではないのか?
 クエスチョンマークを幾つも浮かべる君に、松城は頬杖を突いたまま口を開いた。

「追加ルール:
  • これは本格ミステリかつ衒学ミステリである
  • 領主は自殺ではなくこれは計画殺人で、犯人は酒宴出席者の中にいる
  • 犯行の描写はなされている。よって『姫の縄抜け』とか『目にも留まらぬ早業で注射』とか『遅効性の毒を飲んでいた』とかいうのはナシ
  • 地の文に書かれていることは全て真実である」

 そして松城は混乱したままの君に向かって一見笑いを堪えるような、あの人を虚仮にした嫌味な微笑を浮べてみせた。
「解った?」


解答編・ここで君には2つの選択が示される

「はい、答え」
松城はひらりと原稿用紙をよこした。


(以下は↓『サロメの牙(解答編)』全文です。)

サロメの牙(解答編)

  • 領主を殺したのは姫である。
  • 凶器は毒、領主の死因は急性コンバラトキシン中毒である。

※ここで君の反応は二手に分かれることと思います。お好きな方をお選びください。
なお、エンディングは共通ですのでその辺ご心配なく。
  1. 「……あ、ふーん」→【解答編・1】
  2. 「――納得いかぁぁぁぁぁぁんっ!!」→【解答編・2】

それでは、解決編の続きをどうぞ。


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