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蘭丸と言う女

「い、いらっしゃい。……お久しぶり」


「………」


やはり、不機嫌極まりない。

さっきから刺すような視線を、カズキさんとユカのテーブルに向けている。


「…とりあえず、乾杯!」


「………」


グラスすら持ってくれない…。


テーブルに置かれた蘭丸のグラスに、俺のグラスをカツンとぶつけ、
その音が虚しく響いた。



「……何話してたの?」


「え?」


「さっきあそこの席に居たでしょ。どんな話してたの」


「あ、ああ。いや、普通に芸能界の話とか…」


言い終わるやいなや、グラスに手を掛けて飲み干す蘭丸。

一気だ 。


ゴク…ゴク……ドンッ


「…何が芸能界よ」


(うわー……逆効果だったか)


その後、何とか蘭丸の機嫌を損ねないようにしのぐ俺。


結局、カズキさんが蘭丸の席に付けたのはそれから1時間以上経った頃だったが、
何とかカズキさんが来るまで繋ぐことが出来た。


…すこし接客に慣れてきたのかもしれない。
そう思った。



これでやっと蘭丸の籍から解放される。
安堵して、席を立とうとする俺に、蘭丸が話しかけてきた。


「ちょっと」


「な、なに?」



「……」


「……」


「……こないだは悪かったわね」


「……!い、いや。大丈夫…」


およそ蘭丸らしくない態度を見て、少し面食らってしまった。

そして去り際に見せた、蘭丸の、少し憂いを帯びた目が妙に気になった。





―数日後。

俺は、新宿駅で電車を待っていた。


(快速が来るのはもうしばらく先だな…)


ホームのベンチに腰かけて電車が来るまで暇をつぶしていると、

階段の方から見覚えのある人物がこちらに向かって歩いてくる。



「げ…」


それは蘭丸だった。


ハイヒールをカツカツと鳴らしながら、こちらに向かってきている。


知らない人が見たら、思わず振り返ってしまうのかもしれない。
タイトな服で露出も多い格好をしていた蘭丸は、いい意味で目立っていた。


「あっ…」


俺との距離が2、3メートルになった付近で、
蘭丸もこちらの存在に気付いて小さくそう漏ら した。



バツの悪そうな顔をして、足を止める蘭丸。


(こっちだって会いたくなかったよ…)


「…こんにちは。偶然ね」


「あ、ああ。こんにちは」


「……」


「………」


気まずい。



基本的に酔っている蘭丸しか見たことない為、
何を話せばいいかわからない。


「今日は、休み?」


考えた結果の言葉がこれだった。
蘭丸が何の仕事をしていたか別に知っていた訳じゃない。


「……いや、仕事よ」


ぶっきらぼうにそう言うと、蘭丸はバッグから煙草を取り出した。


「ここ、いい?」


そう言って、俺の座っている席から一つ分開けて座る。


今のように喫煙スペースが明確に分離されていない時代、
そのまま煙草に 火をつけて吸い始める。


「……」


「………」


空気に耐え切れず、俺も自分の煙草に火をつける。



と、ふとある事に気づく。


……殴られた後?

蘭丸の顔には、殴られたような跡があった。


「ああ、…これ?」

俺の視線に気づいた蘭丸が話し始める。


「……客に殴られたの」

視線は真っ直ぐに向けたまま、そう呟く。


「殴られた…」


「そう、風俗の客にね」


………風俗。

風俗で働いていて、その稼ぎでホストクラブに来る客は珍しくない。


基本的に客のプライベートを詮索するのはご法度だが、
話の流れで職業を聞いてしまうような事はあった。


「……」


「あたし風俗で働いてんの、しかも掛け持ち。……軽蔑した?」


「…いや、しないよ。
……ホストやってる俺も、同じようなもんかも知れないし」


「…綺麗ごと言わないでよ。同じな訳ないじゃない」


「……」


顔は相変わらず正面を向いたままだったが、
その時、蘭丸の目から一粒の涙がこぼれた。


「…!」


「あたしだって、好きでやってる訳じゃ…」


か細い声で、消え入るようにそう漏らす蘭丸は、
花ごころで見た時とは別の顔をしていた。


「……事情があるのか?」


「…金の為よ」

「………親の借金」


「そうか…」


今でこそありがちなパターンとして話されるが、
本当に当時は、家庭の事情で風俗に行く子も多かった。


今以上に、風俗に勤めている事を恥だと考えられていた時代。

しばらく沈黙があったが、次第に蘭丸は自分の境遇をぽつぽつと話し始めた。
今思えば、誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。


俺は黙って蘭丸の話を聞いていた。


「毎日毎日、何人もの、汚い男の性欲の処理をしてさ…
相手はあたしなんか女と思ってない、いや人間とも思ってない」

「物のように扱われて、用が終わったらゴミみたいに扱われて…」

「…出した後の男の眼ほど、冷たいもんはないよ…」


「……」


「そんな毎日に頭がおかしくなって、自殺した子もいる。
あたしは……カズキさんと飲むことで耐えてきた」


ホストクラブに女性が来るのは、
日頃のストレスから解放されたがっているからと言う理由も多い。
非現実的な空間で、日常の鬱憤を忘れて楽しんでいるのだ。


ホストクラブの客に風俗やキャバクラの子が多いのも、
金銭的な問題だけじゃなく、普段から男の欲望に晒されていて、
そこで溜まった負の感情やストレスを発散しに来ているのだろう。



「妹を高校に行かせてるのもあたしの稼ぎからなんだ…」

「なのに………」


そう言って言葉を詰まらせる蘭丸。

長い時間吸わなくなって長く伸びた煙草の灰が、蘭丸の手元から地面に落ちた。



「病院に行ったら、性病だってさ。
あたし移されたみたい……それが原因で、殴られて」


もう一度、涙をこぼす。
小さく肩を震わせる蘭丸は、とてもか細い存在に見えた。



どんな病気なのかは分からない。

しかし、蘭丸の様子を見ていると、
これからも店を続けて行くには難しいくらいの病気なのかも知れないと思った。



蘭丸は、ほとんど吸う事が無いまま短くなってしまった煙草を灰皿に入れると、
次の新しい煙草を取り出した。



と、次の瞬間、
俺は無意識のうちに手に持っていたライターで蘭丸の煙草に火をつけていた。



一瞬びっくりして目を丸くした蘭丸だったが、
煙草に火が点くと口から煙草を離して笑い始めた。



「ははっ、あんた、店の外でもホストなんだね」


目には涙を浮かべ、泣き笑いのような表情で蘭丸はそう言った。


俺は、無意識の自分の行動に驚いていた。
女性が煙草を取り出すと火を持っていく事がどうやら習慣になっていたようだ。


「…何か不思議な男だね、あんたって」


「黙って話を聞いてくれそうな雰囲気があるよ。
こんな自分の境遇なんて、誰にも話したこと無かったのに」


「…今まで色んな男と会って来たけど、
あんたみたいな奴は居なかったな……」


確かに、別に蘭丸が風俗で働こうが、性病だろうが、
俺は特に何とも思わない。

そんな空気を蘭丸は読み取ったんだろうか。


「…最初会った時、ひどいことしてごめんね」


「いや、もういいよ。それよりこれから…」


これからどうするのか。
その言葉を遮るように蘭丸は立ち上がった。


「さ、もう行こうかな電車そろそろ来そうだし」


「…ああ、そうだな」


「……」


「………」


「あたしさ、しばらく店に来ないと思うからカズキさんによろしく言っておいて」


「わかった、伝えておく」


これからどうするのかと言う質問を遮った事、
そしてしばらく店に来ないと言う言葉で、何となく蘭丸の今後が想像できた。


「しばらく来ないけど……次来た時は、あんたを指名しようかな。
その時は宜しく。じゃあね」


そう言って、蘭丸は歩き出した。
ホームの人ごみに紛れ、街の一部となって消えていった。




残された俺は、しばらく考えていた。

蘭丸の言葉、そしてホストクラブとは何か。



蘭丸のような客は、きっとホストクラブに救いを求めていたんだろう。


心が千切れそうな生活の中、
何とか今日と明日を繋ぎとめたかったのかも知れない。



俺たちホストは、 客に精一杯の奉仕をする事で、
そんな彼女たちをまた一日頑張れるようにする。


…それが、ホストの使命なのかもしれない。



ようやくホームに到着した快速が、
俺には人々のストレスを詰め込んで走る機械に見えた。

失敗

最悪の印象だった蘭丸の、意外な一面を見てしまってから数日。

俺はまだその事について考えていた。


人はそれぞれの社会でそれぞれの顔を持っている。
俺自身も、”ホストの顔”を作ろうとしていたように。


”ホストに来る客は、みんな何らかのストレスがあり、癒されたくて来店している”
だからホストは、客のストレスを解消する義務がある…



決して全て間違っている訳ではない。

しかしこの時の俺は、その考えに固執してしまっていた。


それほど蘭丸の告白が俺には衝撃的だったのだ。




そんな中、いつものように花ごころでヘルプをしていた俺は、
ある客を担当する事になった。


―その客は、少し陰があるように見えた。


指名無しの本番(新規客)だったため、
No.1のキョウヘイちゃんが席に付く事になった。

俺も、キョウヘイちゃんのヘルプとして同じ席に付く。



キョウヘイちゃんはいつもの調子で、ハイテンションで手を抜かない。


「そのブランド、エルメスじゃない?お洒落だねー、可愛い!」

「この前面白い事があってさー…ってなっちゃったんだよね!」


しかし、いくら話しかけても、その客は、

「そう」

「うん」

「そうなんだ?」

と、そっけない反応。

キョウヘイちゃんいくら盛り上げようとしても、暖簾に腕押しだった。


キョウヘイちゃんも、客の好みを探ろうと色々と話題の方向性を変えて頑張るが、
中々その客のツボに合った話題を提供出来ないでいるようだった。


(さては…これは、蘭丸と同じパターンの客だな…!)


(そう言う客には、こちらから話すんじゃなくて、
向こうの話を聞いてやらなきゃいけないんだよな。)


キョウヘイちゃんより早くその事に気づいた事が嬉しく、
俺はヘルプをしながら内心少し調子に乗っていた。


(キョウヘイちゃんも頑張ってるけど、そのやり方じゃ駄目なんだよな。)


(俺に替わってくれれば、ちゃんと話を聞いてやるのに。)


一向に噛みあわないテーブルの2人を前に、俺はやきもきしていた。



と、その時。
キョウヘイちゃんに指名が入った。


「と、ごめん!指名入っちゃった。また会おうね!」


グラスをカツンと合わせ、キョウヘイちゃんが席を立つ。


(よし…!俺の番が来た!)


キョウヘイちゃんに出来なかった事を俺がやれば、みんな俺を一目置くに違いない。
そう意気込んでいた。

よし、行くぞ。


「どうしたの?さっきから元気ないね!」


「…別に普通だよ」


「いやいや、そんな事無いでしょ。
……何か色々ストレスでも溜まってんじゃない?」


「別に溜まってない」


ありゃ…


”何でわかるの!?”

なんて台詞を言われる事を期待していたが、中々一筋縄では行かないようだ。


(こう言う子は、心に壁を作ってしまっている。
色々探って情報を聞き出さなきゃな)


何より、早くしないと次のホストが来てしまう。


まだ一件も指名が無い俺は、
二人きりで話せるチャンスを活かさないといつまでも無指名のままだ。



俺は、頼りになるホストになる。

その為には、色んな客の悩みを解決しないといけない。


俺は、その時無理にでもそうしなければならないような強迫観念に捉われていた。


「何か悩みがあったら聞くよ!」


「いや、別に無いって言ってるでしょ」


「じゃあ何でそんな暗い顔してるの?」


「もとからこんな顔よ、失礼ね」


…うーん、中々悩みを言わないな。


聞き方がまずかったんだろうか?

もしかしたら、強引に攻めた方がいいタイプの客なのかもしれない。


ここは、アツヒコ君の接客を真似して攻めてみようか。


「せっかくホストに来てんのに、そんなしけたツラするなよ!」

「嫌な事忘れてもっと盛り上がって行こうぜ」


「……」


「あ、わかった!男でしょ。絶対そうだ!」

「いかにも男好きそうな顔してるもんな!」


そう言った次の瞬間、
俺はグラスの酒を頭からかけられていた。


そして、続けざまに客から思いっきりビンタをくらった。



『っざけんじゃねーよ!!
さっきから聞いてりゃ、何様のつもりだよ!!!』



店内に響き渡る声に呆然とする俺。

店内の視線が一気に集まる。


「ちょっと!責任者呼んで!!何だよこのホスト!」





…やってしまった。






前髪から滴る酒の雫と、その奥で喚く客の声が遠くに聞こえ、
現実ではないような感覚になっていた。


すぐにワタル君が駆けつけ、客の話を聞く。


「こんな失礼なホスト雇ってんじゃねーよ!」

「金返せよ!!」


そんな単語が飛び交う。



「取りあえず、お客さんに謝って!」


ワタル君にそう促され、俺は頭を下げた。


「後はいいから、バックヤードに行って」


返事もしないままバックヤードにトボトボと向かう俺。



後ろからは、
「何で金払ってまで嫌な思いをしなきゃならないんだよ!」

そんな声が聞こえていた。





数分後、とりあず騒ぎは収まり、客は怒りながらも帰って行った。


しかし、俺はまだ動揺していた。


なんて事をしてしまったんだ。



自分の思い込みで、客を怒らせてしまった。


”こんなホスト雇ってんじゃねーよ”…か。


「ホスト失格だな…」


道筋が見えた途端、ぷっつりと断ち切られてしまったように感じた。

俺の方向性は、間違っていたのか?



これから、どうやって客に接して行けばいいんだ。

わからなくなってしまった。



そしてこの日、もう一つの事件が起きる。


俺の2週間後に入ってきて、俺と同じく指名ゼロの最下位だったシゲキ。


そのシゲキに、その日初めて指名がついた。



これで、花ごころで一度も指名をもらってないのは、俺だけになってしまった。



……俺はこれから、ホストをやっていけるのか?



そして次の日、俺は初めて店を無断欠勤した。


ホストを初めてから半年経った頃だった。

初指名

花ごころを無断欠勤した事実。


それは、俺がホストの道を挫折した事を意味していた。



…一体俺はこれから、どうすればいいんだろう。


俺は、自分が良いと思うやり方を客にぶつけてみた。
しかし、その事は結果的に客を不快にさせただけだった。


だからと言って、何も工夫をしないでこのままだと、
いつまで経っても指名がもらえる気がしない。



俺より年下で後輩のシゲキが、昨日初指名をもらった。


俺よりも年下が多い花ごころのメンバーの中で、
ずっと最下位でこのままやって行かなければならないんだろうか。



一つ悪い方向を考えると、次々とネガティブな考えが押し寄せてくる。



皆は内心、俺を見下してるんだろうな…

このまま一番下っ端のままで、どんどん歳をとって行くんだろうか…

カツヤ君には給料泥棒って思われてんだろうな…

そもそも、呼んでくれたカツヤ君の顔を潰してしまってるよな…

俺が居なくても、当たり前のように花ごころは営業できるんだろう…



「…俺がホストをしている意味ってあるのか…?」



そんな事を考えながら、さっきスーパーから買ってきた、
賞味期限間近の割引された菓子パンを頬張る。


いつの間にか俺は泣いていた。


必死にこらえようとしても、嗚咽は止まらず、
菓子パンを口に入れたまましばらく泣いていた。



うぐっ…くっ……ぐっ……!


涙が口に入り、塩の味がする。



…誰がこんなみじめな俺を想像するだろうか。
仙台に居た頃の、自信たっぷりな俺からはとても想像出来ないこんな俺を。




……仙台、か。



仙台に帰ったら、世話をしていた後輩たちも居る。

きっと歓迎してくれるだろう。



仕事も、仙台で何か探せばなんとかなるかも知れない。
少なくとも、こんなみじめな気持ちでいる事はなくなるだろう。



金だってそうだ。
こんな、毎日満足に食べる事もままならない生活がいつまで続くのかわからない。
泊まる所だって、知人の家を転々と移動している根なし草の様な日々。



客からはいびられ、文句を言われ、愚痴を聞かされ、
新人いびりで無理矢理酒を飲まされる毎日。


店での順位は最下位で、
勤めて半年で未だに一件の指名も取れていない店のお荷物。



一旗あげてやろうと躍起になっていた最初の頃のあの情熱は、
今にも消えてしまいそうな風前の灯になっていた。


「仙台に帰る……そんな選択肢も、あるのかもしれないな」



これは、今思えば逃避以外の何者でもなかった。
とにかく、このみじめな気持から逃げたかった。



慕ってくれる後輩と過ごすと、また自信を取り戻せるかも知れない。



そうだ、仙台には残してきた何人もの彼女もいたじゃないか。

今の、全く女っ気の無い生活もまた抜け出せるな。


マイ、美優、サチコ……


あ、美優は駄目だった…あんなこともあったしな。



そんな事を考えていると、携帯に一本の着信が入った。


ピリリリリリリ…ピリリリリリリ…


ちなみに、これは1990年前半の話。

携帯を持っている人はまだ多くなく、
俺も花ごころに勤めるようになってから携帯を持ち出した。

今では見ない、セルラーの携帯電話だ。



(店からだろうか…)



無断欠勤した訳を説明しようと構えてから電話に出たのだが、
相手の声を聴いた瞬間、俺は耳を疑った。



「もしもしユウくん?マイだけど!」


マイ…!!


何と言う偶然、たった今思い出していた、仙台の元彼女だった。



「マイか!?何でこの番号を…?」


「良かった、繋がった!へへ、この番号、聡君に聞いたんだ」


聡…仙台に残してきた、俺が世話していた後輩だ。
そういえば後輩たちには電話番号を教えていたんだった。



「ちょっとユウ君の事を思い出してさ…声が聴きたくなっちゃって」

「元気にしてる…?ユウ君今ホストやってんだよね、どう調子は?」


「あ、あぁ。…ボチボチだよ」


「ユウ君の事だから、もうガンガン稼いじゃってるんだろうな~。
こっちでもモテモテだったもんね!」



ズキン、と心が締め付けられた。



「いいなー、私もユウ君に接客されたいな。
シャンパン入りまーす!とか言われてみたい」


「そうだな…」


「凄かったもんねー、こっちでのユウ君の人気。
女の子をとっかえひっかえしてさー、あははっ」


「いや…全然そんな事ないよ」


「またまたー!そんな事言って、店でも人気なんでしょ?
あ、もしかしてもうNo.1とかなってたり!?」


ズキン


「まだ半年だからさすがに無いかな?
でも上位には入ってそうだよね!」


ズキン


「……もう止めてくれ」


「えっ?」


「…うるせぇな、もう昔とは違うんだよ!!」


「…ど、どうしたの、ユウ君?」



マイの一言一言が胸に突き刺さった。
どうしようもない苛立ちが襲ってきて、つい声を荒げてしまった。


(お前は本当に俺なのか?)

(随分落ちぶれちまったな!)

(ホストなんて楽勝って思ってたんじゃないのか?)


まるで過去の自分が、今のみじめな自分を笑いに来たように感じた。




「マイ…怒鳴ってごめんな、折角電話くれたのに悪い、
……今はちょっと話す気分じゃねーんだ」


「え、え!?どうしたの?何があったの?」


「じゃあな……」


「待って!話を聞かせて、何でも相談に乗るよ!」


「!」


”何でも相談に乗るよ……”


その言葉は、俺がホストとして客に投げかけていた言葉だった。



そうか…俺は悩んでる人に対してこういう風に接してきたんだ。

マイも、今俺の悩みを聞こうとしてくれている。



俺は、マイの真剣な声に応えるように、
少しずつ自分の事を話始めた。



ホストの世界の事、

極貧の生活を続けている事、

客とのトラブルの事、

未だに一件の指名も取れていない事、

店では最下位のホストだという事。



マイは、時折相槌を打つくらいで、黙って俺の話を聞いていた。


「……だから、昔の俺とは違うんだ」


「…そう、なんだ。…ごめんなさい、あたしそんな事知らないで色々言っちゃって」


「いや、マイは悪くない。こっちこそ苛立っちまって悪かった…」


「……」

「……」


しばらく、沈黙が続いた。


マイは、かける言葉を探しているようだった。


「ユウ君、あのね」


「さっきユウ君は、昔の自分とは違うって言ってたけど…
そんな事無いと思う。ユウ君昔のままだよ」


「…」


「確かに、環境や周りの状況は変わったかもしれないけど…
でも、ユウ君の性格や考え方は、昔のままだよ」


「マイ…」


「昔から、一つの事に真剣に取り組んで、結果を出してきたよね」


「私が知ってる中でも、ユウ君何回か挫けそうになった事あるよ。
でもそれでも頑張って、
最後にはその挫けそうになった事まで力に変えて成功してきたじゃない」



「ユウ君は絶対にここで終わる人じゃないよ。
いま挫けてしまったら、全てが台無しになるよ。
ここでの挫折を、一生引きずる事になる。」



「この挫けそうになっている今も、
きっとこの先の成功に必要な事なんだよ!」



最後の方は、マイは泣きながら話していた。



俺も、マイには悟られないようにしていたが、
自然に涙が零れていた。


「…マイ、有難うな」



少し、マイに勇気をもらった。


もう少しだけ頑張ってみよう…そう思った。


「明日、また店に出てみる事にするよ」


「うん、うん…」


マイはまだ涙ぐんでいた。

俺はマイに感謝の言葉を告げ、電話を切った。





―翌日、花ごころ


「…おう。来たか…」


カツヤ君は無断欠勤の事を咎める事無く、そう言った。


「すみません、昨日俺…」

「謝らんでいい。その分しっかり働けよ」


カツヤ君も、俺が無断欠勤した理由がわかってたんだろう。
どこか普段よりも優しく感じた。


「ま、無断欠勤分はきちんと罰金しとくからな」

「はは…」


前言撤回。いつもとあんまり変わらないようだ。



遅刻や無断欠勤など、そう珍しくないホスト業界。
皆、何事も無かったように開店の準備をしている。



どころか、むしろ皆俺に同情的だった。

「雄一さん、俺このまま雄一さん飛ぶんじゃないかと思いましたよ…」


キョウヘイちゃんがそう言った。
飛ぶとは、そのまま辞めて居なくなる事だ。


一番気まずそうにしていたのは、シゲキだった。
あまり俺と言葉を交わすことなく、店内の掃除をしていた。


準備も終わり、花ごころが開店した。


開店から15分。

もう同じ過ちは繰り返さないようにしなければならない…
そう考えていた俺に、突然声がかかる。



「雄一さん、指名です!」




「…えっ!指名!?」




俺は耳を疑った。


あんなに待ち望んでいた初指名が、
こんなにあっさり来るとは思わなかった。


…一体、誰が?


頭に10個ぐらい疑問符を浮かべながらテーブルに向かうと、
今度は目を疑った。



そこに居たのは、マイだった。


これから

「マイ!!何で…」



「…へへ、来ちゃった!」


テーブルに腰かけ、満面の笑みを浮かべてマイはそう言った。



「もしかして、昨日電話した時から東京に…?」


「ううん、あの時は仙台だったよ。
…ちょっと東京に来たくなって、来ちゃった。あはは」



ちょっと東京に来たくなって来た…


本当はそんな理由じゃなく、
昨日の電話で俺が落ち込んでいるのを知って来てくれたのは明らかだった。



「いやー、それにしてもユウ君凄いね!
スーツをビシッと決めちゃってさ!格好いいよ!」


マイはそう言って、褒めてくれた。
”サラリーマンみたいなダサいスーツ”と、今まで客に散々馬鹿にされたスーツを。


俺は、堪えていないと涙が今にも零れ落ちそうになっていた。


「マイ、ありがとうな」


「え!?いやいや…たまたまだよ、たまたま店に寄っただけだから、あはは」


マイはそう言って誤魔化した。


誤魔化したり冗談を言った後に、あははと笑う癖は昔から変わらない。



「さ、今日は飲むぞ~、楽しませてよね!ホストさん♪」


「はは…了解、お客様!」



こうして、俺の初の指名接客は始まった。



「マイは今も居酒屋で働いてるのか?」


「うん、そうだよ。あたし今チーフになってるんだ」


「へぇ、凄いな。頑張ってるじゃん」


「懐かしいよね。ユウくんがお客さんとして初めてうちの店に来た時…」


マイと付き合うきっかけになったのは、
マイが働いている居酒屋に俺が行った時に話しかけられたのが切っ掛けだ。


その日、居酒屋で、俺は後輩と一緒に飲んでいた。


「あぁ、あの時マイが客に絡まれたんだよな」


「そうそう、たちの悪い客だったねー!」


俺らの隣の席の客…40~50代くらいの中年の3人客が、マイに絡んでいた。


注文を聞きに来るたびにセクハラまがいの事を言ったり、
マイに無理矢理酒を飲ませようとしていた。


「完全に来る店間違えてたよな」


「あたしもう本っ当に嫌で、誰か助けて!って思ってた所を…
ユウ君が助けてくれたんだよね」


「はは、そんな事もあったな」


マイの嫌がる姿をそいつらは面白がり、
その客の行動は次第にエスカレートして行った。


俺も気になってはいたんだが、とうとうその客の一人が、
マイの胸を触り、マイがキャッと声を上げたところで我慢できなくなった。


「俺が手元の灰皿をそいつらに投げたんだよな」


「そうそう、そこで一言。
”ねぇ、あんたら何やってんの!?”って!!
格好よかったなー!あたし王子様に見えたもん、あはは」

そうやってマイは、声真似をした。


客の3人は、俺と後輩の睨みを見てビビったのか、
それからは大人しくしていた。


「その後、マイが俺らの席にお礼に来てくれたんだよな。
確か、焼酎のボトルを持って”これ御礼です”って」


「そう…でも、ボトルをあげたのは、別の意味もあったんだよ。」


「え、そうなの?」


「キープしてくれたら、また店に来てくれるかなって思って。
…あの時に、もうユウ君に惚れちゃってたんだよねあたし。あははっ」



その後、マイの策略(?)にはまった俺は、何度か店に足を運び、
マイと色々話すようになり、親密になって行った。


「あたしね、あの時思ったんだ。この人は絶対大物になる人だ、って。
女の勘ってやつ?あはは」


「…そして、いつかこの人に助けが必要な時は、
今度は私が助けようって、そう思ったんだ…」


「マイ…」


「ユウ君。あたし今まで会った人の中で、
ユウ君ほど頼りになる人は居なかったよ。
今もそう、ホストやってるユウ君、輝いて見えるもん」


「でも俺は、指名ゼロの最下位だぜ?」


「今日からは、指名ゼロじゃないでしょ?
いやー、あたしがこれからのユウ君の成功への道の第一歩となるなんて、光栄だな。あはは」


…ユウ君ほど頼りになる人は居なかった、か。



案外、人の頼りになる事に難しい事は必要ないのかもしれない。

俺は、無理に頼りになろうとしていたから、失敗しただけなのか。


俺は俺の信念のまま、流れに乗って真剣に客に向き合う事。

それが、結果として頼りになる…器の大きいホストになって行くのかも知れない。


「…マイ、有難う」


この日、マイが店に来てくれたことで、俺がどれだけ救われた事だろう。



この日を境に、俺は少しずつだが指名を取れるようになる。

そして、長かったホストの下積みの期間は終わり、次のステージに進む事となる。




《北条雄一伝〈h(エイチ)〉 ホスト下積み編 完》


奥付



北条雄一伝 <h(エイチ)>ホスト下積み編


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著者 : 北条雄一

著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/hojoyuichi/profile


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第一版:2012/10




この本の内容は以上です。


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