閉じる


<<最初から読む

19 / 26ページ

屈辱の日々

伝説のホストクラブ”愛”に行き、圧倒された俺とシゲキ。


「どう?収穫はあった?」


花ごころに戻ってきた俺たち3人。
俺はまだ、先ほどの光景が目に焼き付いていた。

煌びやかな店内、大勢のホスト、口の悪い先輩、そして愛田社長…
花ごころには無い物ばかりだった。


「想像以上でした。あんなに規模が違うなんて」


「そうね、確かに愛は凄いホストクラブだわ。
愛田社長の圧倒的な力で、
開店から今までずっと日本一をキープしているからね」

「でもね…」


トモミさんは続ける。


「私は花ごころの方が好きよ。」


「…どうしてですか?
向こうの方が規模も大きくて、それに売れているのに」


「その理由は…きっとそのうちわかるわ」


そう言って、トモミさんは笑顔を見せた。



それから数日経ち、いつものように二人で皿洗いをしながら、シゲキと話していた。


「なぁシゲちゃん、この前トモミさんが言った事覚えてるか?
ホストの顔を作れって事」


「あぁ、もちろん覚えてますよ」


「あれからずっと考えてんだけどよ、中々決まらないんだよな」


「俺、何となくだけど決まりましたよ、ホストの顔」


「本当か?どうすんの?」


「出来るかわかりませんけど…俺は、クールな感じで行こうと思います」


「なるほど、確かにシゲちゃんそう言うの似合いそうだもんな」


「雄一さん、悩んでるんですか?」


「うーん、そうなんだよな」


…この間の一件から、ずっと考えてはいた。


ヤンキーの過去を活かして、ユウキみたいにイケイケで攻めるか?

キョウヘイちゃんみたいに、盛り上げ役として引っ張っていくか?

アツヒコ君みたいに、貶して上げる作戦で行くか?


しかし、どれもイメージがつかない。


…俺は、どういうホストになればいいんだろう?


そう自問自答しながら、数日が過ぎて行った。




相変わらず、泊まる所と言ったら、花ごころの人の家か友人宅。

一度店を出たら、食う物も満足に食えない日々が続いていた。


ずっと人の家をローテーションするわけにもいかず、
泊まる家が無い時は、近くのサウナに泊まっていた。


フィンランドと言う名前のそのサウナは、店からほど近い事もあり、
その後ちゃんと泊まる場所が出来てからも、しばらく愛用する事になる。


24時間空いているサウナ。


終電を逃した人や、俺の様な宿の無い人間が安上がりで利用できる事もあり、
脱衣所は混沌としていた。


酔いつぶれて寝るサラリーマン、

浮浪者とおぼしき草臥れた老人、

わけあり顔の少年、

俺らのような水商売の人々…


その光景はさながら…華やかな歌舞伎町の、ドロドロとした内臓のような、
町の汚れた中身を連想させた。


サウナから漏れる、むっとした熱気の脱衣所で、一夜を明かす人達。

俺も、よくそこのベンチに寝転がって夜を明かした。



雑踏から漏れる、男たちの話声に耳を澄ますと…

どの店のキャバ嬢がどうだったとか、

いい儲け話だとか、

犯罪絡みのヤバい話などが聞こえてくる。


…本当にここは、欲望の町だな。

その片隅で、まどろみながらそんな声に耳を澄ますのが、実は少し好きだった。


今の俺の居場所はここなんだ。俺の町なんだ。

そんな事を良く考えていた。



フィンランドと言えば、洒落にならないエピソードも結構ある。

その中の一つに、同性愛者からのセクハラがあった。


知っている人も多いと思うが、歌舞伎町1丁目はホストクラブやキャバクラのメッカだが、
新宿2丁目といえば、世界最大級のゲイ・タウンとして有名だ。


当然、サウナなんかは、所謂発展場として使われる事も多かった。

今はどうだか知らないが、フィンランドも当時多くの同性愛者が利用していていた。


同性愛者の中には、ノンケと言われるノーマルな一般人に手を出す人もいて、
顔のいいホストなどは、よくその餌食になっていた。


そんなフィンランドを、花ごころのメンバー ユウキが利用した時の話。


いつものように夜を明かそうとユウキが脱衣所のベンチに横たわって寝ていた。

しばらく寝て、ふと目が覚めると、いつの間にか何やら顔についている。


頬を手で拭ってそれを見る。

白くて粘着質で、異臭を放つそれは、なんと他人の精液だった。


あろうことか、寝ているユウキにぶっかけた奴がいるのだ。

気付かれなかったから良かった(?)ものの、
もしユウキに見つかっていたら、そいつはタダじゃすまなかっただろう。

なんせ花ごころの特攻隊長だからな。



そして、俺もその頃似たような体験をした。

同じように横たわって寝ていて、ふと目を覚ますと、目の前にオヤジが立っていた。

立って、こちらの方を向いて……いきりたつ自分のモノを、懸命に扱いていたのだ。


俺が目が覚めた事に気づいたオヤジは急いで逃げた為捕まえられなかったが、
その事に恐怖と怒りを覚えた。


ホストでも上手く行っていないのに、そんな事もあって気が滅入ってしまった。



さらに、店でヘルプについても、客からはなじられる日々。


「こっちは、サラリーマンと話しに来たんじゃないんだよ!」


「あんたの話面白くないから、他の人呼んで!」


「ホストなら客を楽しませるのが仕事でしょ?
そんなんで楽しませられると思ってんの!?」


そんな事を、毎晩言われた。



当時、未成年でも当たり前にホストで働いていた時代。

実際、俺の23歳と言う年齢は、新人と呼ぶには歳をとり過ぎていた。


屈辱と、自分の矮小さに、苛立っていた日々。


打倒、愛 という大それた目標を掲げた自分と、現実のかい離に、
俺は打ちのめされそうになっていた。

頼られるホスト

仙台から歌舞伎町に戻り、花ごころのドアをくぐってから早4か月。



相変わらず指名は一件もなく、同期のシゲキと共に、当然のように順位は最下位。

打倒愛と言う目標と、現実の乖離に苛まれる日々が続いていた。



自分はどんなホストになるべきか……?

その答えも見い出せないまま過ごしていた頃…ある事件が起きる。



所で、ホストクラブには、いくつかの指名の方法がある。


俺がまだ一件も取れていない”本指名”の他に、
途中で店内のホストを呼ぶ”場内指名”、
帰り際に送ってもらうホストを指名する”送り指名”などだ。



本指名、場内指名、送り指名の順に料金が安くなっていき、
送り指名の指名なんてその頃ほとんど無いに等しかった。



俺もヘルプには良くついていて、
有難い事に、トモミさんやたまに朱里からも送り指名はもらっていた。


そしてこの頃もう一人、たまに送り指名をもらっていたのが、
ユウキの客である、レイと言う女の子だ。


実はこのレイと言う子は、スウィートヘブンで働いていたキャバ嬢だった。
例の一件以来、花ごころにお客さんとして来てくれている子の一人だ。


事件は、このレイに送り指名をもらった時に起こった。


「送り指名、雄一さんでお願いします!」


その日は、ユウキのヘルプでレイの席に付いていた。



送り指名すらもほとんどなかった俺は、張り切ってレイを送った。


「じゃあ、また来てね」


花ごころの前まで来て、レイを見送る。


…とその時、店の前をギリギリの距離で一台の車が通りかかった。


「危ない!」


帰ろうとして振り返るレイの手首を掴んで、引き寄せる。

その横を、減速も無く通り過ぎる、黒塗りのベンツ。


「危ねぇな、大丈夫だった?」


「うん、もうちょっとで当たる所だった…雄一さん有難う!」


何とかレイに当たるのを防ぐことができたが、
一歩間違えれば大変な事になっていた。



そしてそれから数日経った雨の日、再度俺はレイから送り指名をもらう事が出来た。


「今日も雄一さん。お願いします!」


視界が悪い中、傘を持ってレイを見送る俺。


そこに、前回と同じ車がまたギリギリの所で向かって来た。


「あっ!」


それに気づくのが一瞬遅れてしまった。


ガッ!!


「キャッ!!」


身体には当たらなかったものの、
ミラーがレイのバッグに当たった。


次の瞬間、俺は傘をほっぽり出していた。


そして、道の脇に置いてあったカラーコーンを掴むと、
黒塗りのベンツに向かってブン投げた。


「待てコラァ!!」


ガンッ!カラーコーンがベンツにあたる。


車が一瞬止まり、こっちに向かってバックして来て店の前で止まった。

車から、一人の男が出てくる。



予想はしていたが、出てきた男はヤクザだった。


「あ!?」


傘も差さずに男が近づいてくる


「あ?じゃねーんだよ、テメェどういう運転してんだよ!!」


「あ?……知るかボケエェ!!!」


男が声を張り上げる。


「ドコのモンかわかってケンカ売ってんのかよ、あ!?」


「ドコのヤクザだろうがカンケーねぇんだよ!謝れや!」


「雄一さん、もういいよぉ!大丈夫だから…!」


レイが俺をなだめようとするが、
俺は完全に頭に血が上っていた。


互いの顔の距離が30cmぐらいの所で、傘も差さずに罵りあう。


「ぶっ殺すぞテメエ!」


「上等だよやってみろや!!」


いつの間にか、周りには人だかりが出来ていた。


大通りからは少し離れているとは言え、夜の歌舞伎町。

大声で喧嘩をしているのがかなり目立ったようだ。


5分ぐらい罵り合った時、ヤクザが俺の肩をドンと押した。
半歩後ずさって、その反動で拳を握り、俺は男に殴りかかった。


…が、殴れなかった。


手首を後ろから掴まれたのだ。


振り返ると、そこにはカツヤ君が居た。

店内から騒ぎを聞きつけたのだろう。


「何があった、雄一」


「カツヤ君…」


俺は、興奮冷めやらぬまま、事の顛末を話した。

話を聞いたカツヤ君は一言、


「そうか」


と言って、ヤクザの男の方に歩いて行く。


きっとカツヤ君もこの男を許さないに違いない。スウィートヘブンの時のように。


そう思ったが、カツヤ君の行動は想像と全く違ったものだった。


「俺はここの責任者をやってるものです。
この度はうちのモンが迷惑かけました。
よく言い聞かせておくから、俺の顔に免じてここはおさめて欲しい。」


そう言って、男に頭を下げたのだ。


予想外のカツヤ君の行動に、俺は面食らっていた。

男も、一瞬戸惑った様子を見せたが、
頭を下げるカツヤ君の奥に立っている俺を睨みつけると、
側にあったゴミ箱を派手に蹴とばしながら車に戻って行き、消えて行った。



レイにもお詫びを言って帰した後、
花ごころの店内で俺とカツヤ君は話していた。


「カツヤ君…何で謝ったんすか?」


「……」


「まさか、相手がヤクザだからですか?」


「………雄一よぉ、じゃあ聞くが、
お前俺が止めなかったらどうしていた?」


「……喧嘩になっていたと思います」



「…お前は昔っから変わってねぇな」


「…カツヤ君は変わってしまったんですか?」


カツヤ君は煙草をふかしながらゆっくりと言った。


「いいか、ヤクザだとかは関係ねぇ。
俺らは今、なんだ?チンピラじゃねぇ、ホストだ。」


「けど、レイにぶつかりそうになって…」


「実際にぶつかって怪我でもしたのか?」


「…カバンだけですけど……」


「そんな事で毎回喧嘩するつもりか?」


「……」


「…いいか、雄一。俺らは喧嘩で商売してんじゃねぇ。
ホストで商売してんだ。
喧嘩して男を売りたいのか?違うだろ。
そんなんだったら、ヤクザにでもなってろよ。」


「ホストで売りたいなら、客を第一に考えろ。
このままじゃお前、一生下っ端のままだぞ。」


「………」


言い返せなかった。


俺は、男を売りたかった。

喧嘩で男を売る事は簡単だ。


でも、今俺はホストをやっている。
ホストで顔を売らなきゃ、何の意味も無い。


「…すみません」


カツヤ君は、ため息をつくと俺の肩を叩き店内に戻って行った。

俺も店内に戻り、溜まっている皿を洗い始める。



しばらくすると、シゲキが俺を呼ぶ声が聞こえた。


「雄一さん、電話が入っています」


電話は、レイだった。


「雄一さん、今日は大変だったね。ありがとう」


「いや、こっちこそごめんな。
結局レイも雨に濡れてしまって、相手も謝らなかったし…」


「ううん、カツヤさんの行動は正しかったと思う。
確かに危なかったけど、私の事であのまま喧嘩にはなって欲しくなかったから。
喧嘩になってたら、私責任を感じてしまってたと思う」


「レイ…」


そのまま自分の感情に任せて喧嘩していたら、レイにも迷惑を掛ける事にもなったのだ。


”客を第一に考えろ”


カツヤ君の言葉が響いた。


「……ごめんな」


「あ、違うの、ごめんなさい。
確かに喧嘩にはなって欲しくなかったけど。
私、お礼を言いたくて電話したの」


「お礼?」


「……雄一さん、頼りになる人だね!ありがとう!」


その言葉で、俺の中の何かが弾けた。


”頼りになる人”そのフレーズが自分の中で何度も反復した。


暴走族の総長だった時、皆から頼りにされていた。

仙台で後輩たちを何人も養っていた時、皆から頼りにされていた。


俺は今まで、頼りにされる事に生きがいを感じていた。

そうやって生きてきた。



……頼られる、ホスト。

皆から頼られる、器の大きいホスト。


そうだ、俺はそんなホストになろう。


ホストとしての自分の生き方が決まった瞬間だった。


女の争い

"皆から頼られるホストになる"


結果として、この信念が後にホスト協会の会長にまで繋がる事になるのだが、
それはまだ後の話。



この時点ではパッとしない、
新人…と言うには少し歳をくっている、只の売れないホストだ。




「雄一さん、何か良い事あったんすか?」


花ごころの店内でユウキが話しかけてきた。


「いや、別に良い事って 訳じゃないけどな」


何となく、これから俺がどうすればいいか、道筋が分かった。
その事が表情に出てたんだろう。



「あ、そういえば雄一さん。
前、地元に会ったブラックローズってレディース覚えてますか?」


「あー、あったな。そんなレディース。
確か極勇会とも結構交流あったよな?」


ブラックローズ…
以前、俺が暴走族の総長をやってた頃にも、
極勇会を立ち上げた時にも交流があったレディースだ。


「そうです。その子ら、今池袋でキャバ嬢やってんですけど、
雄一さんの話したら是非店に来てほしいって。
今度行きましょうよ」


この頃、ホストにヤンキー上りが多かったように、
キャバクラにもヤンキー上りの子が沢山いた。


今 でこそ普通の女の子も当たり前に水商売をやっているが、
その当時は、ヤンキーであった事がのイケていたと言う価値観の時代。


目立つ子や派手な子は、みんなヤンキーになりたがり、
その流れで水商売にもなっていた。


「そうか、じゃあ近々行ってみるか」


「はい、行きましょう!」


(金、厳しいのにな……)


内心そんな事を考えていると、声がかかる。


「雄一さん、ヘルプつけますか?」


カズキさんだ。


カズキさんは、花ごころの”店長”だ。


オーナーにカツヤ君とワタル君が居て、
その下に店長のカズキさんが居た。

俺より年下だった為、お互い”さん付け”で呼び合っている。


俺が花ごころに入った日もカズキさんは居たが、
スウィートヘブンの事件の時はたまたま休みで、事件にかかわる事は無かった。


「俺も行きたかったな…」


事件を知ったカズキさんは、笑いながらそう言っていた。



「あ、はい。大丈夫です!」


カズキさんの指名客は、ユカという子だった。



ユカは、当時タレントをしていた。

ミニスカートでポリスの格好をして、テレビにも良くでていた。
(ちなみに、名前は変えてあるからユカで調べてもでないぜ )


このユカ……実はあの蘭丸と、
カズキ さんを巡って花ごころで壮絶なライバル関係にあった。


蘭丸は、俺に初日にハイヒールでビールを飲ませたほどの強者で、
そんな蘭丸とライバルであるユカも相当なのかと思うかもしれないが、
ユカは本当に性格の良い子で、俺は良く癒されていた。


芸能界で頑張って行くためには相当な苦労が必要なようで、
ある時は、一週間味噌汁だけで過ごしているなんて話も聞いた。

そんな苦労話がよく似合うほど、健気な子だった。


しかし、ユカはそんなもストレスを俺たちホストにぶつける事も無く、
カズキさん以外にも優しく接してくれていた。


そんなユカの席にヘルプでついて、
減ったグラスに酒を注いだ り、
煙草に火を付けたり、
テーブルの上を片付けたり、
絶え間なく色々補佐をする俺。


メインでカズキさんがユカと話している時、
俺は基本的に話に割って入る事は無い。


ひたすら、指名ホストの補佐をするのがヘルプの役目だ。
いわば雑用とも言える。


しかし、ユカはそんな俺にも笑顔で話しかけてきてくれた。


(……全く、蘭丸とは正反対だな)



そう思ってると、突然、ユカの顔が一瞬険しくなった。


店の入り口を、凝視している。

……?

ユカの視線を追って見ると、俺にとっても好ましくない存在がそこにいた。



蘭丸が来店して来たのだ。




カズキさんを見ると、


あちゃー!


そんな顔をしていた。

ユカと蘭丸の争いは、花ごころの皆が知っていた。



実をいうと、俺のホスト初日、
蘭丸のお目当てのホストが接客中だったから俺が蘭丸の席に付いたのだが、
そのお目当てのホストはカズキさんで、
その時もカズキさんはユカの接客をしていたのだ。

だから、あそこまで機嫌が悪かったのかもしれない。


つまり、今はその時と同じ状況だ。


ユカに目を戻すと…流石芸能人、
既に何事も無かったかのように、カズキさんに笑顔で話しかけている。



”こっち”はとりあえず大丈夫か…

とは言え、見ての通りカズキさんは接客中だ。


誰かが、カズキさんの”繋ぎ”をしなくちゃいけない。


……一体、誰が…。


その時、俺の背後から声がかかった。



「雄一」



……… 俺はその瞬間、全てを悟った。そして覚悟を決めた。

俺は再び、蘭丸の席に付く事になった。

蘭丸と言う女

「い、いらっしゃい。……お久しぶり」


「………」


やはり、不機嫌極まりない。

さっきから刺すような視線を、カズキさんとユカのテーブルに向けている。


「…とりあえず、乾杯!」


「………」


グラスすら持ってくれない…。


テーブルに置かれた蘭丸のグラスに、俺のグラスをカツンとぶつけ、
その音が虚しく響いた。



「……何話してたの?」


「え?」


「さっきあそこの席に居たでしょ。どんな話してたの」


「あ、ああ。いや、普通に芸能界の話とか…」


言い終わるやいなや、グラスに手を掛けて飲み干す蘭丸。

一気だ 。


ゴク…ゴク……ドンッ


「…何が芸能界よ」


(うわー……逆効果だったか)


その後、何とか蘭丸の機嫌を損ねないようにしのぐ俺。


結局、カズキさんが蘭丸の席に付けたのはそれから1時間以上経った頃だったが、
何とかカズキさんが来るまで繋ぐことが出来た。


…すこし接客に慣れてきたのかもしれない。
そう思った。



これでやっと蘭丸の籍から解放される。
安堵して、席を立とうとする俺に、蘭丸が話しかけてきた。


「ちょっと」


「な、なに?」



「……」


「……」


「……こないだは悪かったわね」


「……!い、いや。大丈夫…」


およそ蘭丸らしくない態度を見て、少し面食らってしまった。

そして去り際に見せた、蘭丸の、少し憂いを帯びた目が妙に気になった。





―数日後。

俺は、新宿駅で電車を待っていた。


(快速が来るのはもうしばらく先だな…)


ホームのベンチに腰かけて電車が来るまで暇をつぶしていると、

階段の方から見覚えのある人物がこちらに向かって歩いてくる。



「げ…」


それは蘭丸だった。


ハイヒールをカツカツと鳴らしながら、こちらに向かってきている。


知らない人が見たら、思わず振り返ってしまうのかもしれない。
タイトな服で露出も多い格好をしていた蘭丸は、いい意味で目立っていた。


「あっ…」


俺との距離が2、3メートルになった付近で、
蘭丸もこちらの存在に気付いて小さくそう漏ら した。



バツの悪そうな顔をして、足を止める蘭丸。


(こっちだって会いたくなかったよ…)


「…こんにちは。偶然ね」


「あ、ああ。こんにちは」


「……」


「………」


気まずい。



基本的に酔っている蘭丸しか見たことない為、
何を話せばいいかわからない。


「今日は、休み?」


考えた結果の言葉がこれだった。
蘭丸が何の仕事をしていたか別に知っていた訳じゃない。


「……いや、仕事よ」


ぶっきらぼうにそう言うと、蘭丸はバッグから煙草を取り出した。


「ここ、いい?」


そう言って、俺の座っている席から一つ分開けて座る。


今のように喫煙スペースが明確に分離されていない時代、
そのまま煙草に 火をつけて吸い始める。


「……」


「………」


空気に耐え切れず、俺も自分の煙草に火をつける。



と、ふとある事に気づく。


……殴られた後?

蘭丸の顔には、殴られたような跡があった。


「ああ、…これ?」

俺の視線に気づいた蘭丸が話し始める。


「……客に殴られたの」

視線は真っ直ぐに向けたまま、そう呟く。


「殴られた…」


「そう、風俗の客にね」


………風俗。

風俗で働いていて、その稼ぎでホストクラブに来る客は珍しくない。


基本的に客のプライベートを詮索するのはご法度だが、
話の流れで職業を聞いてしまうような事はあった。


「……」


「あたし風俗で働いてんの、しかも掛け持ち。……軽蔑した?」


「…いや、しないよ。
……ホストやってる俺も、同じようなもんかも知れないし」


「…綺麗ごと言わないでよ。同じな訳ないじゃない」


「……」


顔は相変わらず正面を向いたままだったが、
その時、蘭丸の目から一粒の涙がこぼれた。


「…!」


「あたしだって、好きでやってる訳じゃ…」


か細い声で、消え入るようにそう漏らす蘭丸は、
花ごころで見た時とは別の顔をしていた。


「……事情があるのか?」


「…金の為よ」

「………親の借金」


「そうか…」


今でこそありがちなパターンとして話されるが、
本当に当時は、家庭の事情で風俗に行く子も多かった。


今以上に、風俗に勤めている事を恥だと考えられていた時代。

しばらく沈黙があったが、次第に蘭丸は自分の境遇をぽつぽつと話し始めた。
今思えば、誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。


俺は黙って蘭丸の話を聞いていた。


「毎日毎日、何人もの、汚い男の性欲の処理をしてさ…
相手はあたしなんか女と思ってない、いや人間とも思ってない」

「物のように扱われて、用が終わったらゴミみたいに扱われて…」

「…出した後の男の眼ほど、冷たいもんはないよ…」


「……」


「そんな毎日に頭がおかしくなって、自殺した子もいる。
あたしは……カズキさんと飲むことで耐えてきた」


ホストクラブに女性が来るのは、
日頃のストレスから解放されたがっているからと言う理由も多い。
非現実的な空間で、日常の鬱憤を忘れて楽しんでいるのだ。


ホストクラブの客に風俗やキャバクラの子が多いのも、
金銭的な問題だけじゃなく、普段から男の欲望に晒されていて、
そこで溜まった負の感情やストレスを発散しに来ているのだろう。



「妹を高校に行かせてるのもあたしの稼ぎからなんだ…」

「なのに………」


そう言って言葉を詰まらせる蘭丸。

長い時間吸わなくなって長く伸びた煙草の灰が、蘭丸の手元から地面に落ちた。



「病院に行ったら、性病だってさ。
あたし移されたみたい……それが原因で、殴られて」


もう一度、涙をこぼす。
小さく肩を震わせる蘭丸は、とてもか細い存在に見えた。



どんな病気なのかは分からない。

しかし、蘭丸の様子を見ていると、
これからも店を続けて行くには難しいくらいの病気なのかも知れないと思った。



蘭丸は、ほとんど吸う事が無いまま短くなってしまった煙草を灰皿に入れると、
次の新しい煙草を取り出した。



と、次の瞬間、
俺は無意識のうちに手に持っていたライターで蘭丸の煙草に火をつけていた。



一瞬びっくりして目を丸くした蘭丸だったが、
煙草に火が点くと口から煙草を離して笑い始めた。



「ははっ、あんた、店の外でもホストなんだね」


目には涙を浮かべ、泣き笑いのような表情で蘭丸はそう言った。


俺は、無意識の自分の行動に驚いていた。
女性が煙草を取り出すと火を持っていく事がどうやら習慣になっていたようだ。


「…何か不思議な男だね、あんたって」


「黙って話を聞いてくれそうな雰囲気があるよ。
こんな自分の境遇なんて、誰にも話したこと無かったのに」


「…今まで色んな男と会って来たけど、
あんたみたいな奴は居なかったな……」


確かに、別に蘭丸が風俗で働こうが、性病だろうが、
俺は特に何とも思わない。

そんな空気を蘭丸は読み取ったんだろうか。


「…最初会った時、ひどいことしてごめんね」


「いや、もういいよ。それよりこれから…」


これからどうするのか。
その言葉を遮るように蘭丸は立ち上がった。


「さ、もう行こうかな電車そろそろ来そうだし」


「…ああ、そうだな」


「……」


「………」


「あたしさ、しばらく店に来ないと思うからカズキさんによろしく言っておいて」


「わかった、伝えておく」


これからどうするのかと言う質問を遮った事、
そしてしばらく店に来ないと言う言葉で、何となく蘭丸の今後が想像できた。


「しばらく来ないけど……次来た時は、あんたを指名しようかな。
その時は宜しく。じゃあね」


そう言って、蘭丸は歩き出した。
ホームの人ごみに紛れ、街の一部となって消えていった。




残された俺は、しばらく考えていた。

蘭丸の言葉、そしてホストクラブとは何か。



蘭丸のような客は、きっとホストクラブに救いを求めていたんだろう。


心が千切れそうな生活の中、
何とか今日と明日を繋ぎとめたかったのかも知れない。



俺たちホストは、 客に精一杯の奉仕をする事で、
そんな彼女たちをまた一日頑張れるようにする。


…それが、ホストの使命なのかもしれない。



ようやくホームに到着した快速が、
俺には人々のストレスを詰め込んで走る機械に見えた。

失敗

最悪の印象だった蘭丸の、意外な一面を見てしまってから数日。

俺はまだその事について考えていた。


人はそれぞれの社会でそれぞれの顔を持っている。
俺自身も、”ホストの顔”を作ろうとしていたように。


”ホストに来る客は、みんな何らかのストレスがあり、癒されたくて来店している”
だからホストは、客のストレスを解消する義務がある…



決して全て間違っている訳ではない。

しかしこの時の俺は、その考えに固執してしまっていた。


それほど蘭丸の告白が俺には衝撃的だったのだ。




そんな中、いつものように花ごころでヘルプをしていた俺は、
ある客を担当する事になった。


―その客は、少し陰があるように見えた。


指名無しの本番(新規客)だったため、
No.1のキョウヘイちゃんが席に付く事になった。

俺も、キョウヘイちゃんのヘルプとして同じ席に付く。



キョウヘイちゃんはいつもの調子で、ハイテンションで手を抜かない。


「そのブランド、エルメスじゃない?お洒落だねー、可愛い!」

「この前面白い事があってさー…ってなっちゃったんだよね!」


しかし、いくら話しかけても、その客は、

「そう」

「うん」

「そうなんだ?」

と、そっけない反応。

キョウヘイちゃんいくら盛り上げようとしても、暖簾に腕押しだった。


キョウヘイちゃんも、客の好みを探ろうと色々と話題の方向性を変えて頑張るが、
中々その客のツボに合った話題を提供出来ないでいるようだった。


(さては…これは、蘭丸と同じパターンの客だな…!)


(そう言う客には、こちらから話すんじゃなくて、
向こうの話を聞いてやらなきゃいけないんだよな。)


キョウヘイちゃんより早くその事に気づいた事が嬉しく、
俺はヘルプをしながら内心少し調子に乗っていた。


(キョウヘイちゃんも頑張ってるけど、そのやり方じゃ駄目なんだよな。)


(俺に替わってくれれば、ちゃんと話を聞いてやるのに。)


一向に噛みあわないテーブルの2人を前に、俺はやきもきしていた。



と、その時。
キョウヘイちゃんに指名が入った。


「と、ごめん!指名入っちゃった。また会おうね!」


グラスをカツンと合わせ、キョウヘイちゃんが席を立つ。


(よし…!俺の番が来た!)


キョウヘイちゃんに出来なかった事を俺がやれば、みんな俺を一目置くに違いない。
そう意気込んでいた。

よし、行くぞ。


「どうしたの?さっきから元気ないね!」


「…別に普通だよ」


「いやいや、そんな事無いでしょ。
……何か色々ストレスでも溜まってんじゃない?」


「別に溜まってない」


ありゃ…


”何でわかるの!?”

なんて台詞を言われる事を期待していたが、中々一筋縄では行かないようだ。


(こう言う子は、心に壁を作ってしまっている。
色々探って情報を聞き出さなきゃな)


何より、早くしないと次のホストが来てしまう。


まだ一件も指名が無い俺は、
二人きりで話せるチャンスを活かさないといつまでも無指名のままだ。



俺は、頼りになるホストになる。

その為には、色んな客の悩みを解決しないといけない。


俺は、その時無理にでもそうしなければならないような強迫観念に捉われていた。


「何か悩みがあったら聞くよ!」


「いや、別に無いって言ってるでしょ」


「じゃあ何でそんな暗い顔してるの?」


「もとからこんな顔よ、失礼ね」


…うーん、中々悩みを言わないな。


聞き方がまずかったんだろうか?

もしかしたら、強引に攻めた方がいいタイプの客なのかもしれない。


ここは、アツヒコ君の接客を真似して攻めてみようか。


「せっかくホストに来てんのに、そんなしけたツラするなよ!」

「嫌な事忘れてもっと盛り上がって行こうぜ」


「……」


「あ、わかった!男でしょ。絶対そうだ!」

「いかにも男好きそうな顔してるもんな!」


そう言った次の瞬間、
俺はグラスの酒を頭からかけられていた。


そして、続けざまに客から思いっきりビンタをくらった。



『っざけんじゃねーよ!!
さっきから聞いてりゃ、何様のつもりだよ!!!』



店内に響き渡る声に呆然とする俺。

店内の視線が一気に集まる。


「ちょっと!責任者呼んで!!何だよこのホスト!」





…やってしまった。






前髪から滴る酒の雫と、その奥で喚く客の声が遠くに聞こえ、
現実ではないような感覚になっていた。


すぐにワタル君が駆けつけ、客の話を聞く。


「こんな失礼なホスト雇ってんじゃねーよ!」

「金返せよ!!」


そんな単語が飛び交う。



「取りあえず、お客さんに謝って!」


ワタル君にそう促され、俺は頭を下げた。


「後はいいから、バックヤードに行って」


返事もしないままバックヤードにトボトボと向かう俺。



後ろからは、
「何で金払ってまで嫌な思いをしなきゃならないんだよ!」

そんな声が聞こえていた。





数分後、とりあず騒ぎは収まり、客は怒りながらも帰って行った。


しかし、俺はまだ動揺していた。


なんて事をしてしまったんだ。



自分の思い込みで、客を怒らせてしまった。


”こんなホスト雇ってんじゃねーよ”…か。


「ホスト失格だな…」


道筋が見えた途端、ぷっつりと断ち切られてしまったように感じた。

俺の方向性は、間違っていたのか?



これから、どうやって客に接して行けばいいんだ。

わからなくなってしまった。



そしてこの日、もう一つの事件が起きる。


俺の2週間後に入ってきて、俺と同じく指名ゼロの最下位だったシゲキ。


そのシゲキに、その日初めて指名がついた。



これで、花ごころで一度も指名をもらってないのは、俺だけになってしまった。



……俺はこれから、ホストをやっていけるのか?



そして次の日、俺は初めて店を無断欠勤した。


ホストを初めてから半年経った頃だった。


読者登録

北条雄一さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について