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ホストとしての顔

朱里の一件で、
俺がまだまだホストとして未熟である事をはっきりと突きつけられた。


未だに一件の指名もなく、これから自分がどう言うホストになるべきか、
自問自答していた。


「…どうしたの?何か悩みでもあるの?」

トモミさんだ。


ここは花ごころの店内。


常連のトモミさんが来店してカツヤ君を指名し、
俺と、同期のシゲキがヘルプに付いていた席で、そう指摘された。


「え!あ、いや…すみません。」


接客中は余計な事を考えないようにしていたつもりだが、
トモミさんにはバレバレだったようだ。


客にそんな心配をされる事自体、ホスト失格だ。



「テメー、客の前で浮かない顔してんじゃねぇよ。」


カツヤ君にその場で注意される。


「まぁまぁ、人間だれでもそんな時はあるわよ。
…で、どうしたの?」


「実は、ここに入って2ヶ月くらい経つんですけど、
…俺まだ一件も指名が取れてなくて」


「…あ、それ僕もです」


シゲキが続く。


俺ら新人二人は、勤めてから今まで全く客からの指名がつかず、
よく二人でどうすればいいのか話していた。


ヘルプに入る時以外は、専ら掃除か皿洗いだ。

誰よりも早く店に来て掃除、そして雑用とヘルプをこなし、
一番最後まで店にいる。


そんな生活が続き、
自分は本当にこの店に必要なのかという罪悪感さえ芽生えて来そうだった。



「うーん。君たちだったら何とかなると思うけどね。
その内売れっ子になるわよ。それまで我慢してればいいんじゃない?」


「そう言ってもらえるの嬉しいんですけど、
何か全然売れる気しないんですよね…」


「お前らなぁ、たかが数か月で泣き言言ってんじゃねーよ。
入ってすぐのお前らがいきなり売れたら、俺らの立場がねーじゃんかよ。」


「そりゃまぁ、そうですけど。」


それでも俺は、早く売れたかった。

早く売れて顔を売って、この店のトップに…そして歌舞伎町のトップになりたかった。


「そうねぇ、じゃあお姉さんから一つアドバイス。
君ら二人とも、まだ自然体なのよ」


「自然体、ですか…?」



「そう、ホストは自然体じゃなくて、”ホストの顔”を作らなきゃ駄目よ」

「いい?君らが勤務中もそれ以外でも同じ顔をしていたら、
客はどう感じると思う?
わざわざ高いお金を払って、普通の男を見に来ている事になるのよ。」

「”店の中でしか見せない顔”を作って、プレミア感を出さなきゃ。
客があなた達の特別な顔を見たいと思えば、自然と指名は付くと思うわ。」


ホストの顔…今まで考えた事は無かった。
接客中も、素の自分をそのまま客にぶつけていた。


「それはあるな。例えば…あそこにいる、アツヒコを見ろ。」


カツヤ君がそう言って、アツヒコ君いるテーブルをアゴで指す。



そこには、とても接客とは思えない、客を罵るアツヒコ君がいた。


「よう、お前今日もブスだな!」

「知らねーよバーカ!」

「そんなに食うからデブになんだよ!」


客が怒って帰ってもおかしくないくらいの言葉だが、
むしろ言われた方は、内心は喜んでいるみたいだった。


「…あいつはああいう接客なんだよ。まぁ相手を選んじゃいるけどな。」


「でもあれって、お客さん怒らないんすか?」


「勿論、キレるような相手には言わんだろ。
アイツの戦法は、貶して上げる作戦だからな。」


「貶して、上げる…」


「要するに、客から”こいつは基本的に口の悪い嫌な奴だ”って思わせる。
もちろん本当に嫌な奴だったら客が不快に思うだけだから、
その辺はテクニックだろうけどな。」


「そして、口の悪い中に、ごくたまに”優しさ”を取り入れる。
すると、普段が優しい奴が同じことするよりも、
何倍もアツヒコが良い奴に見えちまうって訳だ。」


「ははぁ、なるほど…確かにアツヒコ君、
普段はあんなに口悪くないっすもんね。」


「Sの素質はあるだろうけどな。要するにあのスタイルが、
アツヒコの性格に合っていたって事だ。」


自分の性格に合った、ホストの顔を作る。
…俺は、どんな顔になればいいんだろうか。


「もう一人、例を出すわ。この店のNo.1はキョウヘイでしょ?」


「はい、そうです。」


「彼のエンターテイナーぶりは、本当に凄いわ。
店のどの席にいても、彼の盛り上げが耳について、
その存在感を無視できない。」

「きっと生まれながらに、人を引きつける才能を持ってるのね。
もちろん顔もいいけど。」


キョウヘイちゃんは、とにかくテンションを高く、
客を楽しませようとするタイプだ。


今では懐かしい、
ジュリアナ東京であったカラオケ大会で優勝した事もあるくらい歌も上手く、
ジャニーズJrに所属していたくらい顔もいい。
その頃玩具のCMにも出ていた。


そして、No.1だけど驕っている所が無く、自分が率先して盛り上げ役に徹している。
…朱里も、そういう所が気に入ったんだろう。



「わかるか?No.1があれだけやってんだ。
お前らみたいなペーペーが敵う訳ないだろ。」


キョウヘイちゃんと自分の差については、ついこの前思い知ったばっかりだ。


「…俺、もっと勉強します。」


「そうそう、いい心がけよ。
さっきも言ったけど、雄一くんとシゲキくんは見込みがあるわ。
ドンドン勉強して、売れっ子になってね。」


「はい、この店の先輩を参考にして頑張ります。
…でも、もっと色んなホストの人を見れたらいいんですけどね。」


俺がそう言うと、トモミさんは何かひらめいたようだった。


「良いわねそれ、行きましょう!」



「え、行くって何処に?」



「クラブ愛!」


!!

クラブ愛…現在の愛本店。

誰もが知っている、伝説のホストクラブだ。

ちなみに、2012年の今現在日本に存在するホストクラブで一番の老舗でもある。

1971年に実業家、愛田武が立ち上げた”クラブ愛”は、
瞬く間に新宿を席巻し、ホストクラブ=愛 のイメージを確固たるものとしていた。


当時でもクラブ愛の名は物凄く、
俺ら新人ホストにとっては雲の上の店だった。


「愛に行くんですか…?」


「そう、行った事無いでしょ?」


「そりゃ無いですけど…」


「じゃ、行こう!」


そうして、トモミさんに連れられて、
半ば強引に俺とシゲキは伝説のホストクラブに行くことになった。


伝説のホストクラブ 愛

男がホストクラブに行くだなんて…と言う話をたまに聞くが、
実は結構ある話だ。


男に興味があって行く人も中にはいるけど、
大抵の男性客は、キャバクラの客でキャバ嬢と一緒に来店するパターンや、
ホストが自分のお客さんと一緒に行くパターンだ。




ペーペーの新人ホスト二人。俺とシゲキ。

そして、花ごころの皆から恐れられている、
あのトモミさんと行く伝説のホストクラブ、”クラブ愛”。



…俺とシゲキは、完全に委縮してしていた。


「なぁ、シゲちゃん。変な事になっちまったな」


「そうですね…もう流れに身を任せます」



愛に到着し、地下に続く階段を降りる三人。

扉をくぐると、そこに待ち受けていたのは、目を疑うような煌びやかな光景だった。



赤、青、緑、黄色…

部屋の隅々にまで敷き詰められた電球に、度肝を抜かれる。
眼がくらむようなキラキラした店内は客で溢れ、物凄い活気を見せていた。


まさにバブルを象徴するような、豪華で絢爛な店内。
(ちなみに愛本店は今もこの内装のままだ)


花ごころも活気は凄いが、何せ規模が違う。
せいぜい8卓くらいの花ごころに対し、ゆうに3~40卓はあるだろうか。


勤めているホストの数も半端じゃなく、
花ごころしか知らない俺たちはまさに、”井の中の蛙”状態だった。



「まるで夢の世界だな…」


ディズニーランドでは、ゲストに施設を没頭してもらうために様々な工夫が施されているらしい。
来園中は現実を忘れて、ミッキーたちとの夢の世界を満喫してもらう為だ。


それと同じように、ここは現実を忘れホストとの会話を最大限に楽しめるような、
そんな夢の空間が広がっていた。


「いらっしゃいませ。ご指名は?」


「無いわ」


トモミさんと俺ら二人は、奥の席に通される。


「色んなホストがいるでしょ?良く見ときなさい」


そう言って笑みを浮かべる。



「何て言うか…凄いっすね。」


「いつもこうなんですか?」


俺とシゲキは落ち着きなく周りを見回す。

しばらくして、愛のホストが席にやってきた。


よし…折角連れてきてもらったんだ。
ライバル店だけど、ここのホスト達から色々盗んでやる。

そう息巻いていた所、突然席に着いたホストに話しかけられる。


「雄一!?」


「………先輩!?」



席についたホストは、俺の暴走族時代の先輩だった。


「先輩、ホストやってたんですか!?」


「おう!久しぶりだな。お前が歌舞伎町に帰ってきたってのは聞いてたけど、
まさかこんな所で会うとはな。」


俺が暴走族でヤンチャしていた頃、2~3コ上にその先輩はいた。

あまり絡みは無く、数回話した程度の先輩ではあったが、
急に知り合いに会って、委縮していた気持ちが少し和らいだ。


「あら、知り合いだったの?」


「はい、昔の先輩です。偶然ですね」


「噂で聞いたけど、お前も今ホストやってんだって?何処の店でやってんの?」


「あ、はい。花ごころでやってます。」


「ははっ、あんな所でやってんのかよ」



…あんな所。
あきらかに下に見られている。



「……や、でもみんな凄い人達ですよ。店も活気があるし」


「活気ってお前…この店みてもそんな事言えんのかよ。
どうせ小さい店内で、チマチマやってんだろ」


鼻で笑いながらそう言って、たばこに火をつける先輩。


この人にとっては喧嘩を売っているつもりはないんだろうが、
テーブルの空気は明らかに変わっていた。


シゲキを見ると、先輩をジッと睨んでいる。



「で、何しに来たのお前?もしかして偵察?」


「………」


「お前、そんなんだから売れねぇんだよ。
何なら俺がその店行ってやろうか?No.1になるかも知れんぞ」


「私が連れてきたの。この子たちにこの店を見せたくて」



先輩にそう言った後、
トモミさんは、俺とシゲキの眼を見た。


(…駄目よ、我慢なさい。)


トモミさんの眼はそう言っていた。

それからすぐ、先輩は指名が入ったようだった。



「じゃあ、またな」


そう言って、指名された席に向かう。


「何かすいません…あの人ああなんですよ」


先輩が席を立った後、後に残ったホストがフォローした。



「よく我慢したわね。気にしない事よ」


トモミさんもそう言ってなだめる。


俺とシゲキは釈然としないまま、グラスを口に運んでいた。


愛に居るのはあんな人ばかりじゃない。
それはもちろん、わかっている。


だがこのことが切っ掛けで、俺のホストとしての目標がまたひとつ出来た。


打倒、愛。


いつか愛を超えてやる。
そう思った。



しばらく飲んでいると、ある一角がザワザワと騒がしくなった。


「雄一君見て、愛田社長よ」



愛田社長…
愛田観光の社長で、愛本店を作った張本人だ。


名前しか聞いた事のない、歌舞伎町の超有名人。


トモミさんに言われて振り返った俺のすぐ脇を、その愛田社長が通り抜けて行く。


これが、愛田武……
俺は、そのオーラに気圧されてしまった。



圧倒的なカリスマ性。その風格は、見る人の目を釘付けにさせた。

歌舞伎町のホストにとって、神様のような人。


俺は、その姿を目で追うだけで精一杯だった。



…打倒、愛。
それは、この人に勝たなきゃいけないという事だ。



先ほど立てた自分の目標が、一気に大きくなって、
手の届かない所に行ってしまいそうだった。


屈辱の日々

伝説のホストクラブ”愛”に行き、圧倒された俺とシゲキ。


「どう?収穫はあった?」


花ごころに戻ってきた俺たち3人。
俺はまだ、先ほどの光景が目に焼き付いていた。

煌びやかな店内、大勢のホスト、口の悪い先輩、そして愛田社長…
花ごころには無い物ばかりだった。


「想像以上でした。あんなに規模が違うなんて」


「そうね、確かに愛は凄いホストクラブだわ。
愛田社長の圧倒的な力で、
開店から今までずっと日本一をキープしているからね」

「でもね…」


トモミさんは続ける。


「私は花ごころの方が好きよ。」


「…どうしてですか?
向こうの方が規模も大きくて、それに売れているのに」


「その理由は…きっとそのうちわかるわ」


そう言って、トモミさんは笑顔を見せた。



それから数日経ち、いつものように二人で皿洗いをしながら、シゲキと話していた。


「なぁシゲちゃん、この前トモミさんが言った事覚えてるか?
ホストの顔を作れって事」


「あぁ、もちろん覚えてますよ」


「あれからずっと考えてんだけどよ、中々決まらないんだよな」


「俺、何となくだけど決まりましたよ、ホストの顔」


「本当か?どうすんの?」


「出来るかわかりませんけど…俺は、クールな感じで行こうと思います」


「なるほど、確かにシゲちゃんそう言うの似合いそうだもんな」


「雄一さん、悩んでるんですか?」


「うーん、そうなんだよな」


…この間の一件から、ずっと考えてはいた。


ヤンキーの過去を活かして、ユウキみたいにイケイケで攻めるか?

キョウヘイちゃんみたいに、盛り上げ役として引っ張っていくか?

アツヒコ君みたいに、貶して上げる作戦で行くか?


しかし、どれもイメージがつかない。


…俺は、どういうホストになればいいんだろう?


そう自問自答しながら、数日が過ぎて行った。




相変わらず、泊まる所と言ったら、花ごころの人の家か友人宅。

一度店を出たら、食う物も満足に食えない日々が続いていた。


ずっと人の家をローテーションするわけにもいかず、
泊まる家が無い時は、近くのサウナに泊まっていた。


フィンランドと言う名前のそのサウナは、店からほど近い事もあり、
その後ちゃんと泊まる場所が出来てからも、しばらく愛用する事になる。


24時間空いているサウナ。


終電を逃した人や、俺の様な宿の無い人間が安上がりで利用できる事もあり、
脱衣所は混沌としていた。


酔いつぶれて寝るサラリーマン、

浮浪者とおぼしき草臥れた老人、

わけあり顔の少年、

俺らのような水商売の人々…


その光景はさながら…華やかな歌舞伎町の、ドロドロとした内臓のような、
町の汚れた中身を連想させた。


サウナから漏れる、むっとした熱気の脱衣所で、一夜を明かす人達。

俺も、よくそこのベンチに寝転がって夜を明かした。



雑踏から漏れる、男たちの話声に耳を澄ますと…

どの店のキャバ嬢がどうだったとか、

いい儲け話だとか、

犯罪絡みのヤバい話などが聞こえてくる。


…本当にここは、欲望の町だな。

その片隅で、まどろみながらそんな声に耳を澄ますのが、実は少し好きだった。


今の俺の居場所はここなんだ。俺の町なんだ。

そんな事を良く考えていた。



フィンランドと言えば、洒落にならないエピソードも結構ある。

その中の一つに、同性愛者からのセクハラがあった。


知っている人も多いと思うが、歌舞伎町1丁目はホストクラブやキャバクラのメッカだが、
新宿2丁目といえば、世界最大級のゲイ・タウンとして有名だ。


当然、サウナなんかは、所謂発展場として使われる事も多かった。

今はどうだか知らないが、フィンランドも当時多くの同性愛者が利用していていた。


同性愛者の中には、ノンケと言われるノーマルな一般人に手を出す人もいて、
顔のいいホストなどは、よくその餌食になっていた。


そんなフィンランドを、花ごころのメンバー ユウキが利用した時の話。


いつものように夜を明かそうとユウキが脱衣所のベンチに横たわって寝ていた。

しばらく寝て、ふと目が覚めると、いつの間にか何やら顔についている。


頬を手で拭ってそれを見る。

白くて粘着質で、異臭を放つそれは、なんと他人の精液だった。


あろうことか、寝ているユウキにぶっかけた奴がいるのだ。

気付かれなかったから良かった(?)ものの、
もしユウキに見つかっていたら、そいつはタダじゃすまなかっただろう。

なんせ花ごころの特攻隊長だからな。



そして、俺もその頃似たような体験をした。

同じように横たわって寝ていて、ふと目を覚ますと、目の前にオヤジが立っていた。

立って、こちらの方を向いて……いきりたつ自分のモノを、懸命に扱いていたのだ。


俺が目が覚めた事に気づいたオヤジは急いで逃げた為捕まえられなかったが、
その事に恐怖と怒りを覚えた。


ホストでも上手く行っていないのに、そんな事もあって気が滅入ってしまった。



さらに、店でヘルプについても、客からはなじられる日々。


「こっちは、サラリーマンと話しに来たんじゃないんだよ!」


「あんたの話面白くないから、他の人呼んで!」


「ホストなら客を楽しませるのが仕事でしょ?
そんなんで楽しませられると思ってんの!?」


そんな事を、毎晩言われた。



当時、未成年でも当たり前にホストで働いていた時代。

実際、俺の23歳と言う年齢は、新人と呼ぶには歳をとり過ぎていた。


屈辱と、自分の矮小さに、苛立っていた日々。


打倒、愛 という大それた目標を掲げた自分と、現実のかい離に、
俺は打ちのめされそうになっていた。

頼られるホスト

仙台から歌舞伎町に戻り、花ごころのドアをくぐってから早4か月。



相変わらず指名は一件もなく、同期のシゲキと共に、当然のように順位は最下位。

打倒愛と言う目標と、現実の乖離に苛まれる日々が続いていた。



自分はどんなホストになるべきか……?

その答えも見い出せないまま過ごしていた頃…ある事件が起きる。



所で、ホストクラブには、いくつかの指名の方法がある。


俺がまだ一件も取れていない”本指名”の他に、
途中で店内のホストを呼ぶ”場内指名”、
帰り際に送ってもらうホストを指名する”送り指名”などだ。



本指名、場内指名、送り指名の順に料金が安くなっていき、
送り指名の指名なんてその頃ほとんど無いに等しかった。



俺もヘルプには良くついていて、
有難い事に、トモミさんやたまに朱里からも送り指名はもらっていた。


そしてこの頃もう一人、たまに送り指名をもらっていたのが、
ユウキの客である、レイと言う女の子だ。


実はこのレイと言う子は、スウィートヘブンで働いていたキャバ嬢だった。
例の一件以来、花ごころにお客さんとして来てくれている子の一人だ。


事件は、このレイに送り指名をもらった時に起こった。


「送り指名、雄一さんでお願いします!」


その日は、ユウキのヘルプでレイの席に付いていた。



送り指名すらもほとんどなかった俺は、張り切ってレイを送った。


「じゃあ、また来てね」


花ごころの前まで来て、レイを見送る。


…とその時、店の前をギリギリの距離で一台の車が通りかかった。


「危ない!」


帰ろうとして振り返るレイの手首を掴んで、引き寄せる。

その横を、減速も無く通り過ぎる、黒塗りのベンツ。


「危ねぇな、大丈夫だった?」


「うん、もうちょっとで当たる所だった…雄一さん有難う!」


何とかレイに当たるのを防ぐことができたが、
一歩間違えれば大変な事になっていた。



そしてそれから数日経った雨の日、再度俺はレイから送り指名をもらう事が出来た。


「今日も雄一さん。お願いします!」


視界が悪い中、傘を持ってレイを見送る俺。


そこに、前回と同じ車がまたギリギリの所で向かって来た。


「あっ!」


それに気づくのが一瞬遅れてしまった。


ガッ!!


「キャッ!!」


身体には当たらなかったものの、
ミラーがレイのバッグに当たった。


次の瞬間、俺は傘をほっぽり出していた。


そして、道の脇に置いてあったカラーコーンを掴むと、
黒塗りのベンツに向かってブン投げた。


「待てコラァ!!」


ガンッ!カラーコーンがベンツにあたる。


車が一瞬止まり、こっちに向かってバックして来て店の前で止まった。

車から、一人の男が出てくる。



予想はしていたが、出てきた男はヤクザだった。


「あ!?」


傘も差さずに男が近づいてくる


「あ?じゃねーんだよ、テメェどういう運転してんだよ!!」


「あ?……知るかボケエェ!!!」


男が声を張り上げる。


「ドコのモンかわかってケンカ売ってんのかよ、あ!?」


「ドコのヤクザだろうがカンケーねぇんだよ!謝れや!」


「雄一さん、もういいよぉ!大丈夫だから…!」


レイが俺をなだめようとするが、
俺は完全に頭に血が上っていた。


互いの顔の距離が30cmぐらいの所で、傘も差さずに罵りあう。


「ぶっ殺すぞテメエ!」


「上等だよやってみろや!!」


いつの間にか、周りには人だかりが出来ていた。


大通りからは少し離れているとは言え、夜の歌舞伎町。

大声で喧嘩をしているのがかなり目立ったようだ。


5分ぐらい罵り合った時、ヤクザが俺の肩をドンと押した。
半歩後ずさって、その反動で拳を握り、俺は男に殴りかかった。


…が、殴れなかった。


手首を後ろから掴まれたのだ。


振り返ると、そこにはカツヤ君が居た。

店内から騒ぎを聞きつけたのだろう。


「何があった、雄一」


「カツヤ君…」


俺は、興奮冷めやらぬまま、事の顛末を話した。

話を聞いたカツヤ君は一言、


「そうか」


と言って、ヤクザの男の方に歩いて行く。


きっとカツヤ君もこの男を許さないに違いない。スウィートヘブンの時のように。


そう思ったが、カツヤ君の行動は想像と全く違ったものだった。


「俺はここの責任者をやってるものです。
この度はうちのモンが迷惑かけました。
よく言い聞かせておくから、俺の顔に免じてここはおさめて欲しい。」


そう言って、男に頭を下げたのだ。


予想外のカツヤ君の行動に、俺は面食らっていた。

男も、一瞬戸惑った様子を見せたが、
頭を下げるカツヤ君の奥に立っている俺を睨みつけると、
側にあったゴミ箱を派手に蹴とばしながら車に戻って行き、消えて行った。



レイにもお詫びを言って帰した後、
花ごころの店内で俺とカツヤ君は話していた。


「カツヤ君…何で謝ったんすか?」


「……」


「まさか、相手がヤクザだからですか?」


「………雄一よぉ、じゃあ聞くが、
お前俺が止めなかったらどうしていた?」


「……喧嘩になっていたと思います」



「…お前は昔っから変わってねぇな」


「…カツヤ君は変わってしまったんですか?」


カツヤ君は煙草をふかしながらゆっくりと言った。


「いいか、ヤクザだとかは関係ねぇ。
俺らは今、なんだ?チンピラじゃねぇ、ホストだ。」


「けど、レイにぶつかりそうになって…」


「実際にぶつかって怪我でもしたのか?」


「…カバンだけですけど……」


「そんな事で毎回喧嘩するつもりか?」


「……」


「…いいか、雄一。俺らは喧嘩で商売してんじゃねぇ。
ホストで商売してんだ。
喧嘩して男を売りたいのか?違うだろ。
そんなんだったら、ヤクザにでもなってろよ。」


「ホストで売りたいなら、客を第一に考えろ。
このままじゃお前、一生下っ端のままだぞ。」


「………」


言い返せなかった。


俺は、男を売りたかった。

喧嘩で男を売る事は簡単だ。


でも、今俺はホストをやっている。
ホストで顔を売らなきゃ、何の意味も無い。


「…すみません」


カツヤ君は、ため息をつくと俺の肩を叩き店内に戻って行った。

俺も店内に戻り、溜まっている皿を洗い始める。



しばらくすると、シゲキが俺を呼ぶ声が聞こえた。


「雄一さん、電話が入っています」


電話は、レイだった。


「雄一さん、今日は大変だったね。ありがとう」


「いや、こっちこそごめんな。
結局レイも雨に濡れてしまって、相手も謝らなかったし…」


「ううん、カツヤさんの行動は正しかったと思う。
確かに危なかったけど、私の事であのまま喧嘩にはなって欲しくなかったから。
喧嘩になってたら、私責任を感じてしまってたと思う」


「レイ…」


そのまま自分の感情に任せて喧嘩していたら、レイにも迷惑を掛ける事にもなったのだ。


”客を第一に考えろ”


カツヤ君の言葉が響いた。


「……ごめんな」


「あ、違うの、ごめんなさい。
確かに喧嘩にはなって欲しくなかったけど。
私、お礼を言いたくて電話したの」


「お礼?」


「……雄一さん、頼りになる人だね!ありがとう!」


その言葉で、俺の中の何かが弾けた。


”頼りになる人”そのフレーズが自分の中で何度も反復した。


暴走族の総長だった時、皆から頼りにされていた。

仙台で後輩たちを何人も養っていた時、皆から頼りにされていた。


俺は今まで、頼りにされる事に生きがいを感じていた。

そうやって生きてきた。



……頼られる、ホスト。

皆から頼られる、器の大きいホスト。


そうだ、俺はそんなホストになろう。


ホストとしての自分の生き方が決まった瞬間だった。


女の争い

"皆から頼られるホストになる"


結果として、この信念が後にホスト協会の会長にまで繋がる事になるのだが、
それはまだ後の話。



この時点ではパッとしない、
新人…と言うには少し歳をくっている、只の売れないホストだ。




「雄一さん、何か良い事あったんすか?」


花ごころの店内でユウキが話しかけてきた。


「いや、別に良い事って 訳じゃないけどな」


何となく、これから俺がどうすればいいか、道筋が分かった。
その事が表情に出てたんだろう。



「あ、そういえば雄一さん。
前、地元に会ったブラックローズってレディース覚えてますか?」


「あー、あったな。そんなレディース。
確か極勇会とも結構交流あったよな?」


ブラックローズ…
以前、俺が暴走族の総長をやってた頃にも、
極勇会を立ち上げた時にも交流があったレディースだ。


「そうです。その子ら、今池袋でキャバ嬢やってんですけど、
雄一さんの話したら是非店に来てほしいって。
今度行きましょうよ」


この頃、ホストにヤンキー上りが多かったように、
キャバクラにもヤンキー上りの子が沢山いた。


今 でこそ普通の女の子も当たり前に水商売をやっているが、
その当時は、ヤンキーであった事がのイケていたと言う価値観の時代。


目立つ子や派手な子は、みんなヤンキーになりたがり、
その流れで水商売にもなっていた。


「そうか、じゃあ近々行ってみるか」


「はい、行きましょう!」


(金、厳しいのにな……)


内心そんな事を考えていると、声がかかる。


「雄一さん、ヘルプつけますか?」


カズキさんだ。


カズキさんは、花ごころの”店長”だ。


オーナーにカツヤ君とワタル君が居て、
その下に店長のカズキさんが居た。

俺より年下だった為、お互い”さん付け”で呼び合っている。


俺が花ごころに入った日もカズキさんは居たが、
スウィートヘブンの事件の時はたまたま休みで、事件にかかわる事は無かった。


「俺も行きたかったな…」


事件を知ったカズキさんは、笑いながらそう言っていた。



「あ、はい。大丈夫です!」


カズキさんの指名客は、ユカという子だった。



ユカは、当時タレントをしていた。

ミニスカートでポリスの格好をして、テレビにも良くでていた。
(ちなみに、名前は変えてあるからユカで調べてもでないぜ )


このユカ……実はあの蘭丸と、
カズキ さんを巡って花ごころで壮絶なライバル関係にあった。


蘭丸は、俺に初日にハイヒールでビールを飲ませたほどの強者で、
そんな蘭丸とライバルであるユカも相当なのかと思うかもしれないが、
ユカは本当に性格の良い子で、俺は良く癒されていた。


芸能界で頑張って行くためには相当な苦労が必要なようで、
ある時は、一週間味噌汁だけで過ごしているなんて話も聞いた。

そんな苦労話がよく似合うほど、健気な子だった。


しかし、ユカはそんなもストレスを俺たちホストにぶつける事も無く、
カズキさん以外にも優しく接してくれていた。


そんなユカの席にヘルプでついて、
減ったグラスに酒を注いだ り、
煙草に火を付けたり、
テーブルの上を片付けたり、
絶え間なく色々補佐をする俺。


メインでカズキさんがユカと話している時、
俺は基本的に話に割って入る事は無い。


ひたすら、指名ホストの補佐をするのがヘルプの役目だ。
いわば雑用とも言える。


しかし、ユカはそんな俺にも笑顔で話しかけてきてくれた。


(……全く、蘭丸とは正反対だな)



そう思ってると、突然、ユカの顔が一瞬険しくなった。


店の入り口を、凝視している。

……?

ユカの視線を追って見ると、俺にとっても好ましくない存在がそこにいた。



蘭丸が来店して来たのだ。




カズキさんを見ると、


あちゃー!


そんな顔をしていた。

ユカと蘭丸の争いは、花ごころの皆が知っていた。



実をいうと、俺のホスト初日、
蘭丸のお目当てのホストが接客中だったから俺が蘭丸の席に付いたのだが、
そのお目当てのホストはカズキさんで、
その時もカズキさんはユカの接客をしていたのだ。

だから、あそこまで機嫌が悪かったのかもしれない。


つまり、今はその時と同じ状況だ。


ユカに目を戻すと…流石芸能人、
既に何事も無かったかのように、カズキさんに笑顔で話しかけている。



”こっち”はとりあえず大丈夫か…

とは言え、見ての通りカズキさんは接客中だ。


誰かが、カズキさんの”繋ぎ”をしなくちゃいけない。


……一体、誰が…。


その時、俺の背後から声がかかった。



「雄一」



……… 俺はその瞬間、全てを悟った。そして覚悟を決めた。

俺は再び、蘭丸の席に付く事になった。


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