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初給与

スウィートヘブンの一件は、歌舞伎町界隈でちょっとした話題になった。

と言っても、眠らない町、歌舞伎町。

そんな事件は瞬く間に次の話題にかき消され、
皆新たな話題に華を咲かせる。


花ごころも、事件後にはスウィートヘブンの女の子たちが飲みに来てくれて、
盛況を見せた。


……が、それは一部の話。

No.1のキョウヘイちゃんや、オーナーのカツヤ君などは景気が良かったようだが、
俺はと言うと、相変わらずの指名がつかない日々が続いていた。

結局、カツヤ君に美味しい所持っていかれたようだ。


「二日目にトモミさんと同伴してから、もう二週間以上は経っているな…」


ひとりごとの様に指折り数える。


仙台から歌舞伎町まで、スーツ一着でやってきてから早二週間。
当然、泊まる部屋の事など何も考えずにやって来ている。

得意のポジティブ思考とハングリー精神で、何とかなると思っていた俺。


カツヤ君や、古い知り合いの家などを転々としていた日々だったが、
スウィートヘブンの件があってからは、
妙にアツヒコ君と仲良くなって、良く泊めてもらっていた。


と言っても、アツヒコ君も当時そんなに売れていた訳じゃない。
ボロアパートに帰って、二人でカップラーメンを半分ずつ食べたりなんて事もあった。


ある時は、電気代が払えずに夏場に電気を止められてしまって、
クーラーの効かないどうしようもない暑さの中、
部屋の真ん中に氷の塊を置いて二人で寝た事もあった。

ホストの就寝時間は昼だから、耐えがたい熱さなんだ。


後は、ジュンさんの家や、カツヤ君の客の家に泊まらせてもらってもいた。

余談だが、カツヤ君の客は女性二人で住んでて、
そこに泊まらせてもらった事もあるんだが(勿論、枕的な事は何もない)、
同居している女の人の当時付き合ってた人が、
歌手?プロデューサー?ヒットメーカー?の超有名な○○○で、
一緒の家で寝泊まりした事もあった。
まぁ当時はその人も売れていなかった時代で、月収8万円とか言ってたな。



とにかく、ホストの私生活は、夜の華やかな顔に比べて酷い事が多い。
特に、売れていないホストや新人なんかは、苦学生の様な生活を強いられる。


…そろそろ指名、欲しいんだけどな…。


そう考えていた頃、花ごころに新人が入る。
新人と言っても、俺と二週間くらいしか違わない為、二人とも新人。同期みたいなもんだ。


名前は、シゲキ。

歳は俺より2、3歳下だったが、同期という事もあり、シゲキとは以降長い付き合いをしていく事になる。


「シゲキです。よろしくお願いします。」


クールで甘い顔立ちのシゲキ。
眼鏡をかけていて、インテリに見える。


…やばいな、頑張らないと抜かれちまう。
俺はひそかにシゲキをライバル視し、負けないようにと心に誓った。


しかし、ホスト業界はそんなに甘いものでもなく、
シゲキも俺も、相変わらず一人も指名が付かない日々が続いた。


やる事と言えば、掃除に皿洗いに、他人のヘルプ。
たまに来る本番(新規客)は、上位ランクのホストに取られてしまう。


シゲキ共々、極貧の生活を続ける俺。
たまにヘルプに付いた時に食べれる店の料理が唯一のごちそうだった。


花ごころに入って一か月近く経ち、俺は初めての給料を心待ちにしていた。

指名はもらえないが、時間給はあるし、ヘルプにもついていた。
フル出勤をしていた俺は、そこそこ給料が入るんだろうと期待をしていた。


そして、ホストとして初めての給料日。
これで少しは生活が楽になるかな、とそう思って受け取った給料袋。

その中身は、3万円とちょっとだった。

一流ホストとの差

ホストになって、初めての給与は3万円とちょっと。


ホストの華やかなイメージとは裏腹に、
手に持つ給料袋の薄さが俺に現実を突きつけた。


実際の給料は、実はもう少し高い。
(それでも知れたもんだけど)


しかし、ホストには罰金制があって、
遅刻や欠勤、その他の違反などで給料から色々と差っ引かれていくのだ。


「カツヤ君…俺なんか違反しましたっけ?」


「え?お前この間欠勤したじゃん。ボッタクリ店に行った時。」


…ちゃっかり、この間のスウィートヘブンの件で欠勤したのも引かれているようだ。


当然、こんな給料じゃやって行けない人が大半だろう。
苦学生のような生活を強いられるのも頷ける。


しかしながら、上位のホストになればその分報酬も増え、
見た事もないような金額を手に入れる事も可能だ。


ホストは皆、それを目指しているとも言える。



それに、ホストは給料以外でも、収入源がいくつかある。


”客からのプレゼント”もその一つだ。
実際、俺は給料よりもそっちの方が断然高価だった。


先日のトモミさんから買ってもらったスーツもそうだけど、
数万、数十万のものをポンとくれたりもした。



ちょうどバブル期だった頃。
ホストの上客は、羽振りがいい人が多かった。


指名客じゃなくても、ヘルプに着いたホスト全員に何かを奢ったり、
物をあげたりなんて事はザラだった。


真面目にコツコツと働いている人には申し訳なるくらい、
一日で何百万と言う金が消費される。

バブリーな大人の世界。それが当時の新宿区歌舞伎町だった。



俺が、自分の給料袋を挟む指の近さに愕然としていたのと同時期、
そんなバブリーな歌舞伎町を象徴する、一人の客と出合う事になる。



その客は一人で店に入ってきた。


第一印象は…なんと言うか、ちょっと。

お客に対してこういうのも何だけど、

「なんつー格好でホストクラブに来てんだ…」

そんな感じだった。



歳は三十代後半くらいだろうか。
上下にねずみ色の汚れたスウェット、
スニーカーで入店してきたからだ。


店の外で見たら、ホームレスだと思うだろう。

そのぐらい、他の客とは明らかに浮いていた。



しかし、態度は一丁前。


「No.1を出して」


開口一番、キョウヘイちゃん指名と来た。



指名も全くなく、暇していた俺も、その席にヘルプで着く。


朱里(シュリ)と名乗ったその客は、
いきなりドンペリを注文した。

当時の価格で一本10万円くらいだったか。


(オイオイ…支払い大丈夫だろうな)


そんな心配を余所に、乾杯をして飲み始める。



俺は、訝しむ目で朱里を見ていたのだが、
キョウヘイちゃんは、他の客と同様にいつものテンションで接客をしている。


見た目がどうであれ、客に対しては最高のサービスを行う。
当時の俺は、まだその精神を持っていなかった。


先日のスウィートヘブンでの喧嘩の最中に顔を守っていた事といい、
その辺がプロ意識と言うか、まだまだ俺とキョウヘイちゃんの間には確実に大きな隔たりがあった。


小一時間ほど飲んだ頃だろうか。


「…帰るわ」


ドンペリを一本開けた所で、朱里がそう言って会計を促した。

流石に一本で金が足りなくなったか。
支払いを済ませ、朱里は早々に帰って行った。



…きっと、まとまった金が手に入って、
一度ホストで遊んでみたかったんだろうな。

そう思っていた。



しかし、翌日朱里はまた花ごころにやって来る。

最初は、朱里とは気付かなかった。

格好が全く違っていたからだ。



高そうなドレス、そしてアタッシュケースを手に持ってきた朱里は、
昨日と同様、キョウヘイちゃんを指名する。


同じく、暇をしていた俺も、昨日との差に驚きながらヘルプに着く。


「ご来店ありがとうございます。」


丁寧にキョウヘイちゃんが御礼を言う。


「あなた、気に入ったわ。」


朱里がそう言って話しかける。


「昨日、あんな格好して驚いたでしょう?」


どうやら、昨日の格好はわざとしていたようだ。
ここから、驚きの展開が続く。


「私、月の小遣いが3,000万円なの」


そう言って、持っていたアタッシュケースを広げた。
その中身は、大量の札束だった。


そして、キョウヘイちゃんに対し一冊の本を渡しこう言った。


「あなたに買ってあげるわ。何が良い?」


手渡した本は、車のカタログだった。
会って二日目なのに、車のプレゼントをするという朱里。


そしてキョウヘイちゃんが選んだ車は、なんとフェラーリのテスタロッサ。
当時2,500~3,000万円はする車だった。


車を選び終わると、朱里が立ち上がる。


「わかった。じゃ、それ買に行きましょう」


「え…今からですか!?」


そう言って、二人は店を出て行った。



目の前の出来事に唖然としていた俺だったが、
次の日、キョウヘイちゃんが本当にテスタロッサに乗って店に来たのを見た時に、
これは現実なんだとわかった。



それからも朱里は何度も来店し、一日に平均で300万円は使っていた。
指名はもちろんキョウヘイちゃん。


そしていつもの台詞。


「あんたたちは好きなものを好きなだけ飲んでいいから。」


月給3万円の俺、1日で300万円使う朱里。

感覚がマヒしそうだった。



朱里の羽振りはキョウヘイちゃんだけに留まらない。

ヘルプに付いた俺との会話で、俺が昔不良だった事を告げると、


「あんた、不良だったの?私、不良好きなのよ」


そう言って懐に10万円を入れられた事もあった。



朱里は、当時池袋か新宿の風俗の複数の店舗の会長だった。


風俗店に来る男性客が嬢に大金を使い、
そのお金で、風俗嬢や朱里のようなオーナーがホストで豪遊する。


男から女、そして男…
何とも形容しがたい、性の本能を表すようなビジネスの縮図だ。

しかしだからこそ、この時代はお金が大量に使われて、経済が潤っていた。



最初に朱里に出会ったのは、俺もキョウヘイちゃんも同じ。
上手くやれば、俺が気に入られていた可能性もあった。


しかし結果は俺とキョウヘイちゃん、天と地ほどの差がついた。
その理由は明白だ。



最初に汚い格好をしていたのは、朱里が俺たちの接客を試す為だった。


朱里の作戦にひっかかり、まんまと朱里を怪しんだ俺。

全力で初対面の朱里を楽しませ、気に入られたキョウヘイちゃん。

この差だ。



きっと朱里が大金持ちって事にキョウヘイちゃんも気づいていた訳じゃないと思う。

本当に見た目通りの客であっても、同じように接客していただろう。



悔しいが、現段階で俺がキョウヘイちゃんや他のホストに敵う筈がない。

それほどに、皆一流のホストだった。

ホストとしての顔

朱里の一件で、
俺がまだまだホストとして未熟である事をはっきりと突きつけられた。


未だに一件の指名もなく、これから自分がどう言うホストになるべきか、
自問自答していた。


「…どうしたの?何か悩みでもあるの?」

トモミさんだ。


ここは花ごころの店内。


常連のトモミさんが来店してカツヤ君を指名し、
俺と、同期のシゲキがヘルプに付いていた席で、そう指摘された。


「え!あ、いや…すみません。」


接客中は余計な事を考えないようにしていたつもりだが、
トモミさんにはバレバレだったようだ。


客にそんな心配をされる事自体、ホスト失格だ。



「テメー、客の前で浮かない顔してんじゃねぇよ。」


カツヤ君にその場で注意される。


「まぁまぁ、人間だれでもそんな時はあるわよ。
…で、どうしたの?」


「実は、ここに入って2ヶ月くらい経つんですけど、
…俺まだ一件も指名が取れてなくて」


「…あ、それ僕もです」


シゲキが続く。


俺ら新人二人は、勤めてから今まで全く客からの指名がつかず、
よく二人でどうすればいいのか話していた。


ヘルプに入る時以外は、専ら掃除か皿洗いだ。

誰よりも早く店に来て掃除、そして雑用とヘルプをこなし、
一番最後まで店にいる。


そんな生活が続き、
自分は本当にこの店に必要なのかという罪悪感さえ芽生えて来そうだった。



「うーん。君たちだったら何とかなると思うけどね。
その内売れっ子になるわよ。それまで我慢してればいいんじゃない?」


「そう言ってもらえるの嬉しいんですけど、
何か全然売れる気しないんですよね…」


「お前らなぁ、たかが数か月で泣き言言ってんじゃねーよ。
入ってすぐのお前らがいきなり売れたら、俺らの立場がねーじゃんかよ。」


「そりゃまぁ、そうですけど。」


それでも俺は、早く売れたかった。

早く売れて顔を売って、この店のトップに…そして歌舞伎町のトップになりたかった。


「そうねぇ、じゃあお姉さんから一つアドバイス。
君ら二人とも、まだ自然体なのよ」


「自然体、ですか…?」



「そう、ホストは自然体じゃなくて、”ホストの顔”を作らなきゃ駄目よ」

「いい?君らが勤務中もそれ以外でも同じ顔をしていたら、
客はどう感じると思う?
わざわざ高いお金を払って、普通の男を見に来ている事になるのよ。」

「”店の中でしか見せない顔”を作って、プレミア感を出さなきゃ。
客があなた達の特別な顔を見たいと思えば、自然と指名は付くと思うわ。」


ホストの顔…今まで考えた事は無かった。
接客中も、素の自分をそのまま客にぶつけていた。


「それはあるな。例えば…あそこにいる、アツヒコを見ろ。」


カツヤ君がそう言って、アツヒコ君いるテーブルをアゴで指す。



そこには、とても接客とは思えない、客を罵るアツヒコ君がいた。


「よう、お前今日もブスだな!」

「知らねーよバーカ!」

「そんなに食うからデブになんだよ!」


客が怒って帰ってもおかしくないくらいの言葉だが、
むしろ言われた方は、内心は喜んでいるみたいだった。


「…あいつはああいう接客なんだよ。まぁ相手を選んじゃいるけどな。」


「でもあれって、お客さん怒らないんすか?」


「勿論、キレるような相手には言わんだろ。
アイツの戦法は、貶して上げる作戦だからな。」


「貶して、上げる…」


「要するに、客から”こいつは基本的に口の悪い嫌な奴だ”って思わせる。
もちろん本当に嫌な奴だったら客が不快に思うだけだから、
その辺はテクニックだろうけどな。」


「そして、口の悪い中に、ごくたまに”優しさ”を取り入れる。
すると、普段が優しい奴が同じことするよりも、
何倍もアツヒコが良い奴に見えちまうって訳だ。」


「ははぁ、なるほど…確かにアツヒコ君、
普段はあんなに口悪くないっすもんね。」


「Sの素質はあるだろうけどな。要するにあのスタイルが、
アツヒコの性格に合っていたって事だ。」


自分の性格に合った、ホストの顔を作る。
…俺は、どんな顔になればいいんだろうか。


「もう一人、例を出すわ。この店のNo.1はキョウヘイでしょ?」


「はい、そうです。」


「彼のエンターテイナーぶりは、本当に凄いわ。
店のどの席にいても、彼の盛り上げが耳について、
その存在感を無視できない。」

「きっと生まれながらに、人を引きつける才能を持ってるのね。
もちろん顔もいいけど。」


キョウヘイちゃんは、とにかくテンションを高く、
客を楽しませようとするタイプだ。


今では懐かしい、
ジュリアナ東京であったカラオケ大会で優勝した事もあるくらい歌も上手く、
ジャニーズJrに所属していたくらい顔もいい。
その頃玩具のCMにも出ていた。


そして、No.1だけど驕っている所が無く、自分が率先して盛り上げ役に徹している。
…朱里も、そういう所が気に入ったんだろう。



「わかるか?No.1があれだけやってんだ。
お前らみたいなペーペーが敵う訳ないだろ。」


キョウヘイちゃんと自分の差については、ついこの前思い知ったばっかりだ。


「…俺、もっと勉強します。」


「そうそう、いい心がけよ。
さっきも言ったけど、雄一くんとシゲキくんは見込みがあるわ。
ドンドン勉強して、売れっ子になってね。」


「はい、この店の先輩を参考にして頑張ります。
…でも、もっと色んなホストの人を見れたらいいんですけどね。」


俺がそう言うと、トモミさんは何かひらめいたようだった。


「良いわねそれ、行きましょう!」



「え、行くって何処に?」



「クラブ愛!」


!!

クラブ愛…現在の愛本店。

誰もが知っている、伝説のホストクラブだ。

ちなみに、2012年の今現在日本に存在するホストクラブで一番の老舗でもある。

1971年に実業家、愛田武が立ち上げた”クラブ愛”は、
瞬く間に新宿を席巻し、ホストクラブ=愛 のイメージを確固たるものとしていた。


当時でもクラブ愛の名は物凄く、
俺ら新人ホストにとっては雲の上の店だった。


「愛に行くんですか…?」


「そう、行った事無いでしょ?」


「そりゃ無いですけど…」


「じゃ、行こう!」


そうして、トモミさんに連れられて、
半ば強引に俺とシゲキは伝説のホストクラブに行くことになった。


伝説のホストクラブ 愛

男がホストクラブに行くだなんて…と言う話をたまに聞くが、
実は結構ある話だ。


男に興味があって行く人も中にはいるけど、
大抵の男性客は、キャバクラの客でキャバ嬢と一緒に来店するパターンや、
ホストが自分のお客さんと一緒に行くパターンだ。




ペーペーの新人ホスト二人。俺とシゲキ。

そして、花ごころの皆から恐れられている、
あのトモミさんと行く伝説のホストクラブ、”クラブ愛”。



…俺とシゲキは、完全に委縮してしていた。


「なぁ、シゲちゃん。変な事になっちまったな」


「そうですね…もう流れに身を任せます」



愛に到着し、地下に続く階段を降りる三人。

扉をくぐると、そこに待ち受けていたのは、目を疑うような煌びやかな光景だった。



赤、青、緑、黄色…

部屋の隅々にまで敷き詰められた電球に、度肝を抜かれる。
眼がくらむようなキラキラした店内は客で溢れ、物凄い活気を見せていた。


まさにバブルを象徴するような、豪華で絢爛な店内。
(ちなみに愛本店は今もこの内装のままだ)


花ごころも活気は凄いが、何せ規模が違う。
せいぜい8卓くらいの花ごころに対し、ゆうに3~40卓はあるだろうか。


勤めているホストの数も半端じゃなく、
花ごころしか知らない俺たちはまさに、”井の中の蛙”状態だった。



「まるで夢の世界だな…」


ディズニーランドでは、ゲストに施設を没頭してもらうために様々な工夫が施されているらしい。
来園中は現実を忘れて、ミッキーたちとの夢の世界を満喫してもらう為だ。


それと同じように、ここは現実を忘れホストとの会話を最大限に楽しめるような、
そんな夢の空間が広がっていた。


「いらっしゃいませ。ご指名は?」


「無いわ」


トモミさんと俺ら二人は、奥の席に通される。


「色んなホストがいるでしょ?良く見ときなさい」


そう言って笑みを浮かべる。



「何て言うか…凄いっすね。」


「いつもこうなんですか?」


俺とシゲキは落ち着きなく周りを見回す。

しばらくして、愛のホストが席にやってきた。


よし…折角連れてきてもらったんだ。
ライバル店だけど、ここのホスト達から色々盗んでやる。

そう息巻いていた所、突然席に着いたホストに話しかけられる。


「雄一!?」


「………先輩!?」



席についたホストは、俺の暴走族時代の先輩だった。


「先輩、ホストやってたんですか!?」


「おう!久しぶりだな。お前が歌舞伎町に帰ってきたってのは聞いてたけど、
まさかこんな所で会うとはな。」


俺が暴走族でヤンチャしていた頃、2~3コ上にその先輩はいた。

あまり絡みは無く、数回話した程度の先輩ではあったが、
急に知り合いに会って、委縮していた気持ちが少し和らいだ。


「あら、知り合いだったの?」


「はい、昔の先輩です。偶然ですね」


「噂で聞いたけど、お前も今ホストやってんだって?何処の店でやってんの?」


「あ、はい。花ごころでやってます。」


「ははっ、あんな所でやってんのかよ」



…あんな所。
あきらかに下に見られている。



「……や、でもみんな凄い人達ですよ。店も活気があるし」


「活気ってお前…この店みてもそんな事言えんのかよ。
どうせ小さい店内で、チマチマやってんだろ」


鼻で笑いながらそう言って、たばこに火をつける先輩。


この人にとっては喧嘩を売っているつもりはないんだろうが、
テーブルの空気は明らかに変わっていた。


シゲキを見ると、先輩をジッと睨んでいる。



「で、何しに来たのお前?もしかして偵察?」


「………」


「お前、そんなんだから売れねぇんだよ。
何なら俺がその店行ってやろうか?No.1になるかも知れんぞ」


「私が連れてきたの。この子たちにこの店を見せたくて」



先輩にそう言った後、
トモミさんは、俺とシゲキの眼を見た。


(…駄目よ、我慢なさい。)


トモミさんの眼はそう言っていた。

それからすぐ、先輩は指名が入ったようだった。



「じゃあ、またな」


そう言って、指名された席に向かう。


「何かすいません…あの人ああなんですよ」


先輩が席を立った後、後に残ったホストがフォローした。



「よく我慢したわね。気にしない事よ」


トモミさんもそう言ってなだめる。


俺とシゲキは釈然としないまま、グラスを口に運んでいた。


愛に居るのはあんな人ばかりじゃない。
それはもちろん、わかっている。


だがこのことが切っ掛けで、俺のホストとしての目標がまたひとつ出来た。


打倒、愛。


いつか愛を超えてやる。
そう思った。



しばらく飲んでいると、ある一角がザワザワと騒がしくなった。


「雄一君見て、愛田社長よ」



愛田社長…
愛田観光の社長で、愛本店を作った張本人だ。


名前しか聞いた事のない、歌舞伎町の超有名人。


トモミさんに言われて振り返った俺のすぐ脇を、その愛田社長が通り抜けて行く。


これが、愛田武……
俺は、そのオーラに気圧されてしまった。



圧倒的なカリスマ性。その風格は、見る人の目を釘付けにさせた。

歌舞伎町のホストにとって、神様のような人。


俺は、その姿を目で追うだけで精一杯だった。



…打倒、愛。
それは、この人に勝たなきゃいけないという事だ。



先ほど立てた自分の目標が、一気に大きくなって、
手の届かない所に行ってしまいそうだった。


屈辱の日々

伝説のホストクラブ”愛”に行き、圧倒された俺とシゲキ。


「どう?収穫はあった?」


花ごころに戻ってきた俺たち3人。
俺はまだ、先ほどの光景が目に焼き付いていた。

煌びやかな店内、大勢のホスト、口の悪い先輩、そして愛田社長…
花ごころには無い物ばかりだった。


「想像以上でした。あんなに規模が違うなんて」


「そうね、確かに愛は凄いホストクラブだわ。
愛田社長の圧倒的な力で、
開店から今までずっと日本一をキープしているからね」

「でもね…」


トモミさんは続ける。


「私は花ごころの方が好きよ。」


「…どうしてですか?
向こうの方が規模も大きくて、それに売れているのに」


「その理由は…きっとそのうちわかるわ」


そう言って、トモミさんは笑顔を見せた。



それから数日経ち、いつものように二人で皿洗いをしながら、シゲキと話していた。


「なぁシゲちゃん、この前トモミさんが言った事覚えてるか?
ホストの顔を作れって事」


「あぁ、もちろん覚えてますよ」


「あれからずっと考えてんだけどよ、中々決まらないんだよな」


「俺、何となくだけど決まりましたよ、ホストの顔」


「本当か?どうすんの?」


「出来るかわかりませんけど…俺は、クールな感じで行こうと思います」


「なるほど、確かにシゲちゃんそう言うの似合いそうだもんな」


「雄一さん、悩んでるんですか?」


「うーん、そうなんだよな」


…この間の一件から、ずっと考えてはいた。


ヤンキーの過去を活かして、ユウキみたいにイケイケで攻めるか?

キョウヘイちゃんみたいに、盛り上げ役として引っ張っていくか?

アツヒコ君みたいに、貶して上げる作戦で行くか?


しかし、どれもイメージがつかない。


…俺は、どういうホストになればいいんだろう?


そう自問自答しながら、数日が過ぎて行った。




相変わらず、泊まる所と言ったら、花ごころの人の家か友人宅。

一度店を出たら、食う物も満足に食えない日々が続いていた。


ずっと人の家をローテーションするわけにもいかず、
泊まる家が無い時は、近くのサウナに泊まっていた。


フィンランドと言う名前のそのサウナは、店からほど近い事もあり、
その後ちゃんと泊まる場所が出来てからも、しばらく愛用する事になる。


24時間空いているサウナ。


終電を逃した人や、俺の様な宿の無い人間が安上がりで利用できる事もあり、
脱衣所は混沌としていた。


酔いつぶれて寝るサラリーマン、

浮浪者とおぼしき草臥れた老人、

わけあり顔の少年、

俺らのような水商売の人々…


その光景はさながら…華やかな歌舞伎町の、ドロドロとした内臓のような、
町の汚れた中身を連想させた。


サウナから漏れる、むっとした熱気の脱衣所で、一夜を明かす人達。

俺も、よくそこのベンチに寝転がって夜を明かした。



雑踏から漏れる、男たちの話声に耳を澄ますと…

どの店のキャバ嬢がどうだったとか、

いい儲け話だとか、

犯罪絡みのヤバい話などが聞こえてくる。


…本当にここは、欲望の町だな。

その片隅で、まどろみながらそんな声に耳を澄ますのが、実は少し好きだった。


今の俺の居場所はここなんだ。俺の町なんだ。

そんな事を良く考えていた。



フィンランドと言えば、洒落にならないエピソードも結構ある。

その中の一つに、同性愛者からのセクハラがあった。


知っている人も多いと思うが、歌舞伎町1丁目はホストクラブやキャバクラのメッカだが、
新宿2丁目といえば、世界最大級のゲイ・タウンとして有名だ。


当然、サウナなんかは、所謂発展場として使われる事も多かった。

今はどうだか知らないが、フィンランドも当時多くの同性愛者が利用していていた。


同性愛者の中には、ノンケと言われるノーマルな一般人に手を出す人もいて、
顔のいいホストなどは、よくその餌食になっていた。


そんなフィンランドを、花ごころのメンバー ユウキが利用した時の話。


いつものように夜を明かそうとユウキが脱衣所のベンチに横たわって寝ていた。

しばらく寝て、ふと目が覚めると、いつの間にか何やら顔についている。


頬を手で拭ってそれを見る。

白くて粘着質で、異臭を放つそれは、なんと他人の精液だった。


あろうことか、寝ているユウキにぶっかけた奴がいるのだ。

気付かれなかったから良かった(?)ものの、
もしユウキに見つかっていたら、そいつはタダじゃすまなかっただろう。

なんせ花ごころの特攻隊長だからな。



そして、俺もその頃似たような体験をした。

同じように横たわって寝ていて、ふと目を覚ますと、目の前にオヤジが立っていた。

立って、こちらの方を向いて……いきりたつ自分のモノを、懸命に扱いていたのだ。


俺が目が覚めた事に気づいたオヤジは急いで逃げた為捕まえられなかったが、
その事に恐怖と怒りを覚えた。


ホストでも上手く行っていないのに、そんな事もあって気が滅入ってしまった。



さらに、店でヘルプについても、客からはなじられる日々。


「こっちは、サラリーマンと話しに来たんじゃないんだよ!」


「あんたの話面白くないから、他の人呼んで!」


「ホストなら客を楽しませるのが仕事でしょ?
そんなんで楽しませられると思ってんの!?」


そんな事を、毎晩言われた。



当時、未成年でも当たり前にホストで働いていた時代。

実際、俺の23歳と言う年齢は、新人と呼ぶには歳をとり過ぎていた。


屈辱と、自分の矮小さに、苛立っていた日々。


打倒、愛 という大それた目標を掲げた自分と、現実のかい離に、
俺は打ちのめされそうになっていた。


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