閉じる


<<最初から読む

1 / 26ページ

決意



勤めていた会社が倒産した。

俺、北條雄一が23歳の時だった。



色々なことがあり、地元に居られなくなっていた俺は、
地元である埼玉から宮城の仙台に越していて、そこで働いていた。



職業は、”運転手”。


偶然にも、俺の親父と同じ職業だった。


親父の話はまたいずれ書こうと思うが、
俺はこの偶然にどこか得体のしれない、ある種の嫌悪感の様なものも感じていた。



運転が無い時は、輸入品の家具などを売る営業の仕事をしていた。

俺は、”自分を売る”と言う信念のもとで必死に営業を続け、
持ち前の根性を活かして成績を伸ばし、会社の中では一目置かれていた。


会社の会長に気に入られていたってのもあるが、
俺の顧客が数千万円の家具を買ったり、会社の売上には随分貢献もしていたと思う。


しかし、その会社があっけなく倒産。



「津田会長…これから、どうなるんですか?」


津田会長は、長身でやせ形の人だった。

しかし時折見せる鋭い眼光に、俺はこの人の底の深さを感じていた。




俺の心情を察してか、不安な表情を浮かべる俺に、津田会長はなだめるように言う。

「いや、お前は心配しなくても大丈夫。俺が面倒を見てやるから」



会長は俺の家の事情を知っていた。

当時、俺の家には後輩たちが10人ほど住んでいた。


俺と同じように、地元に居られなくなった奴らだ。

1人を受け入れると、次から次にやってきやがって、その人数になっていた。


でも俺は、俺を慕うそいつらが大好きだった。
家族のように思っていた。


そいつらはそれぞれ日雇いの仕事などをしてはいたが、
そいつらを食わして行かなきゃならないと、俺はどこかで責任感を感じていた。


心配しなくても良いと言う会長の言葉に、最初の頃は甘えていた。


(会長、有難うございます。助かります)



しかし、ある日人づてで、
会長が事業に失敗して何百億の損失を出してしまっていた事を知ってしまった。

自分の生活にも困る状況なのに、俺の面倒を見ていてくれたのだ。



直ぐにでも会長の元に行き、謝りたかった。

しかし、会長は俺にその事を知ってほしく無かったんだろう。
だから俺も、知らない事を通したまま、別に仕事を見つけなければならないと思った。



そんな矢先、今考えると天啓のような、運命の電話が鳴る事になる。


電話の先にいるのは、俺が埼玉でお世話になっていた、
アウトロー時代の先輩、カツヤ君だ。


「おう雄一、最近大変らしいな」


カツヤ君は、厳しい人だったが、俺の事は良く気にかけてくれていた。

この時も、どこかから会社倒産の話を聞いて、俺に電話をくれたのだろう。


「そうっすね…こんな状況で、新しく何か仕事しなきゃって感じです」



「そうか……」


俺が現状を一通り話すと、カツヤ君がいきなり切りだした。


「雄一、お前歌舞伎町でホストやってみねぇか?」


カツヤ君が、歌舞伎町でホストクラブを経営していたのは知っていた。

しかし、当時俺にはホストと言う職業に対し、どこか蔑んだ見方をしていた。


「ホスト…ですか?」


「俺の店、今人を探してんだ。
結構繁盛してて、忙しいんだよ。
お前なら適職だと思うんだが、どうだ?」


「いや、カツヤ君、話は有難いけど俺にはホストはちょっと…」


「お前、半端なくモテてたろ。
そんだけ女の扱いが出来る奴が、ホストに偏見持ってるとは言わせねーぞ」


確かに、女にはガキの頃からモテていた。

昔は不良=モテると言う時代。


小学校4年にして、バレンタインのチョコを40個くらい貰っていた。

その後もずっとそんな感じで過ごしていて、
実はこの当時も仙台に5人の彼女が居た。



「ホストって、軟派でチャラチャラしてると思ってないか?
そりゃそんな奴もいるけど、まともな奴も多いんだぜ。
お前の暴走族時代の知り合いも多いし、
みんな頂上を獲るためにギラギラして必死でのし上がろうとしている。
喧嘩だってしょっちゅうだ。」

そして、こう言った。

「お前、ホストを馬鹿に出来るほど立派な生活してるのか?」


俺は言葉に詰まった。

確かに仕事はしていたが、俺は昔と変わらず、女、酒、暴力の日々を送っていた。


しかも、今はその仕事すらない。

…そう考えた時、俺はホストと言う職業をを否定できなかった。


「…ホストってのはなぁ、男を買ってもらう職業なんだよ」


その瞬間、俺の中で何かが繋がった気がした。


ホストは、男を買ってもらう。
女性にお金を払ってもらうけど、それは人の価値を買ってもらうようなもんだ。

魅力のない人間には金を払う価値が無い。
それが、ホストというシビアな世界だ。


俺は産まれてからずっと今まで、
男を売るために生きてきた。

自分を認めてもらうため、自分を買ってもらう為、
自分と言う男を周りに誇示してきた。


そうか、ホストも変わらないんだ。


そう考えた時、俺の考えは決まった。


「…やります」


俺はホストの世界を、面白そうだと感じていた。

こうしてホストの世界に足を踏み入れる事になる。




修羅場

さて、そうなると問題は、仙台の仲間や彼女達の事だ。


10人ほど面倒を見ていた俺の後輩たちは、俺の考えを話すと大賛成してくれた。


「雄一さん、まさに適職じゃないっすか!」

「俺らの事は心配しないでください。
今まで世話になりっぱなしだったし、これ以上甘えてられません」


こいつらと別れるのは正直寂しかったが、
元は同郷の奴等だ。帰ってくればいつでも会えるだろうと考えていた。


後輩たちは良いとして、問題は5人の彼女たちだ。


(別れ話を言わなきゃなぁ…)


マイ
美優
サチコ

…あと二人は誰だっけ?


とにかく、彼女たちに別れを言わなけりゃいけなかった。



それぞれに、歌舞伎町に行くことを告げる。

彼女たちの反応は様々だった。


あ、そう。と一言いい、冷ややかな視線を送る女。

泣きじゃくってしまってグダグダの別れになってしまった女。



その中でも印象的だったのが、マイだった。

「ユウくんなら絶対成功するよ!応援してる!」

俺の目を見て、真っ直ぐな瞳で言ってくれた。

「いつかユウくんの店に行くから、その時は宜しくね!」



マイは、健気で優しい子だった。
切っ掛けは、ある居酒屋チェーン店で俺が飲んでいて、、
ある事件があって店員であるマイが声をかけてきて、それから付き合いが始まった。


居酒屋で接客をするマイにとって、
水商売はそんなに他人事のように思えなかったのかもしれない。


1人で歌舞伎町に行くという俺の勝手な判断は、このマイによって少し救われた気がした。

しかし後日、マイにはもっと大きく救ってもらう事になる。


「さて…問題は美優だな」


美優とは、その時一緒に暮らしていた。

10人の後輩がいる、俺の家の中でだ。


美優は当時23~24歳ぐらいだったが、金融の会社を経営していた。

綺麗な顔つきをしていたが、プライドが高くちょっと性格がきつい所があった。


出しっぱなしにしていた通帳を一度見たことがあるが、
預金額は3,000万円を超していて驚いた事を覚えている。



そんな彼女の口癖は、「不良は大嫌い」。

…なのだが、俺の家に住んでいる10人ほどの後輩は、みんな揃いも揃って不良だ。


そんな奴等を世話してる俺も当然不良。…と言うか俺が一番の不良だ。


後輩たちと華を咲かせる武勇伝を、美優は冷ややかな目で見ていたのを思い出す。




「美優…俺、歌舞伎町でホストになるから」


言った瞬間、美優の顔が途端に険しくなる。


「…何言ってるの?私はどうなるの?」


俺ははっきりとした答えを告げれずにいた。

美優を連れて行くという選択肢もあったからだ。


しかし、美優は会社も経営している。

そう簡単には行かなかった。



それから数日間、何とももやもやした状態の中、美優との生活は続いた。



そんなある日、事件は起きた。

いつものように、夕食後、後輩たちとテレビを見ながら談笑していた。


そして笑いながらテレビを見ていると、背後から何かを叩きつけるような湿っぽい音が聞こえた。


ベチャ!!


後ろを振り返ると、濡れた後輩の靴下が床に叩きつけられていた。


そしてその後ろには、鬼のような形相の美優がこちらを睨んでいた。


「なんであたしが、こんな不良たちの靴下を洗わなきゃいけないのよ!!」


美優の中で何かが切れたらしい。

次々に洗いかけの洗濯物、主に靴下を俺や後輩に向かって投げてきた。



美優は、ずっと我慢していたのだろう。

俺の彼女だったが故に、大嫌いな不良である後輩の世話も黙ってやっていた。


洗濯だって、当時1日に3回は回していた。
土方をやっていた後輩たちの靴下は、そりゃあ滅茶苦茶に汚かった。


女社長が、大嫌いな不良の靴下を洗濯する毎日。


そしてそこにきて、俺のホストになる宣言。


切れてもしょうがないのかも知れない。


しかし、この時は俺の方も切れてしまった。


「てめぇ!こんな不良達ってなんだよ!!
俺だって不良だよ!!」



家族のように思っていた後輩たちを馬鹿にされて、
俺の中で何かが抑えられなかった。


大声に一瞬ビクッとした美優だったが、
直ぐにまた洗濯物を投げつけながら罵声を浴びせてくる。


後輩たちが止めに入ったが、
こうなった俺は誰も止められない。


俺は後輩の静止を振り切って美優の腕をつかみ、家の外に出して鍵を閉めてしまった。



ドンドンと壁を叩きながら、喚く美優。
俺は相当怒っていたので、すぐに入れたらまた面倒な事になると思いしばらく放置していた。


それから20~30分は経っただろうか、気がついたら外が静かになっていた。


少しは落ち着いたか…?


ちょっと悪い事したなと思い、中に入れようと玄関のドアを開けると、美優が居ない。


もしや、そのまま友人の家にでも行ったか?


そう思ったが、違った。
美優は台所の鍵のかかっていないドアからこっそり家に侵入していたのだ。


そしてドアを閉めて居間に戻ろうとする俺の視界に、美優が写った。


そこには、果物ナイフをこちらに向けて構えている美優が居た。





帰還

急激に全身から血の気が引いていくのを感じた。


後輩たちはまだ居間で、美優の存在に気づいていない。


俺が美優の存在に気づいて足を止めていた時間は1秒も無かったろう。
俺は反射的に美優に向って飛び掛かっていた。



しかし、美優との距離は3メートルはあっただろうか。
美優が俺の接近に気づいて、ナイフを持つ右手を振りかざすには十分だった。


ブンッ!


美優は、もしかしたら振りかざすつもりなどなかったのかも知れない。

しかし、いきなりの俺の接近に美優も驚いたのだろう。


ともかく、余計な硬直をする前に俺は動いてしまった。
いままでの喧嘩の経験から、それが最善だと判断したからだ。


「美優!!!」


素早く、振りかざした美優の右手首を掴む。


美優は、暴れなかった。
元から、本気ではなかったのだろう。


手首を掴まれ、押し黙って、それでもじっと俺の目を見つめる美優の瞳に、俺は恐怖を感じた。


「雄一さん!」

「大丈夫ですか!!」


後ろから後輩たちの騒ぐ声が聞こえた。


この騒ぎに気付いて駆け付けたのだろう。

後輩たちによって、美優の手から果物ナイフが離される。

美優は、その場に座り込んで泣いていた。



…ここまで追い詰めてしまったか。



俺は、激しい自責の念に駆られた。



ひとしきり泣いた後、美優は自室へ戻って行った。

ふと、左手に痛みを感じて見ると、ナイフによる切り傷があった。
いつの間にかナイフで切っていたのだろう。


僅かに滲む血の痛み。


(これは…俺の覚悟の代償だ)


そう感じた。


その日は美優と同室で寝る事は出来ず、居間のソファーで寝た。



次の日、仕事から戻ると美優が居なかった。

そして、それから美優は戻ってこなかった。


書置きも何もない、寂しい別れだ。


(こんな、女の子を悲しませるようなやつが、ホストなんてできんのかよ…)


美優の件は俺の心に少なからずショックを与えたが、今更引き返すわけにはいかなかった。




「常務、俺、歌舞伎町に行こうと思います」


常務は、学生時代に俺の生まれた赤羽の学校に寮生として通っていて、
俺を良く可愛がってくれていた。


この人もヤンチャな人だったので、
俺としては話しやすく、兄ちゃんのような存在だった。

一通り事情を話すと、常務は少し寂しそうに言った。


「そうか。お前が決めたんならそれでいいが、何ならうちで働いてもいいんだぞ?」


常務は、倒産した会社とは別に土地関係の会社も持っていた。


「…有難うございます。でも、俺、決めたんで」


常務の好意は嬉しかったが、俺はいつまでも甘える訳にはいかなかった。
甘えてしまったら、俺はこれ以上大きくなれないような気がしていた。



会社、

後輩、

彼女、

それぞれに別れを告げた。

―後は、自分自身だ。



俺はガキの頃からそうで、逆境に立てば立つほど燃える事が出来る。


ぬるま湯につかっていたら、いつまで経ってものんびりしてしまうだろう。
のんびりしてたら、いつまで経っても現状維持のままなんだ。


俺は、荷物を全て仙台に置いていく事に決めた。


そしてサイフと飛行機のチケットだけ持って、ヨレヨレのスーツ1着を身にまとい、
手ぶらで飛行機に乗り、仙台の地に別れを告げた。



―東京都新宿区 新宿駅

カツヤ君との待ち合わせは、歌舞伎町に程近い新宿駅だった。


ガキの頃、しょっちゅう来ていた新宿。
東口の改札をくぐると、東京独特の匂いが鼻を衝く。


「…歌舞伎町の匂いだ」


匂いが引き金となり、過去の記憶がフラッシュバックされる。


のし上がろうと必死だったガキの頃。

周りの激流に抗う事無く、何の迷いもなく、てっぺんを取ろうと躍起だったあの頃。


新宿の地を踏みしめ、待ち合わせ場所に向かうたびに、
俺の中で、ギラギラしたあの頃の自分に戻っていくような感じがしていた。

ホストクラブ花ごころ


「雄一、ここだ!」


新宿歌舞伎町にあるビル”風林会館”。

その近くのスーパー「エニイ」がカツヤ君との待ち合わせ場所だった。


そこに向かう途中の道すがら、カツヤ君に呼び止められた。


カツヤ君は豹柄のコートを羽織り、ブーツを履き、
いかにも只者じゃないオーラを出していた。


…この人は昔からこうだ。


後輩に対して厳しく、破天荒な所がある。

昔は良くカツヤ君の無茶振りに付き合わされたもんだ。


(相変わらず派手な格好をしているなぁ)

そんな事を思いながら、カツヤ君に挨拶をする。


「お久しぶりです!これからよろしくお願いします」


おう、と軽く返事をし、カツヤ君はしげしげと俺のいでたちを見る。


「雄一…お前、荷物は?」


「手ぶらで来ちゃいました」


「手ぶらって、着替えもないのか?」


「サイフだけっす」


一瞬間を置いたカツヤ君、
事態を飲み込むと、周囲を気にせず大笑いしだした。


「お前!相変わらずだな…!」


俺はそんなに変な事をしたつもりでは無かったが、
白い歯を見せるカツヤ君を見る限りなかなか普通ではなかったのだろう。


良い意味なのか悪い意味なのか分からないが、
相変わらずと言われたことが俺は妙に嬉しかったのを覚えている。


「裸一貫で、一旗揚げに来ましたから」


俺は少し、はにかみながらこう答えた。


その場で少し雑談し、早速カツヤ君がやっているホストクラブに連れて行ってもらう事に。



歌舞伎町は、有名な看板のある一番街通り、
一番広い中央通り、その横の桜通りがあり、その3つの通りが主要な通りだった。


これから連れて行ってもらう、ホストクラブ”花ごころ”は、その桜通りの更に横。
桜通りと区役所通りとの間に位置する、東通りにあった。


「雄一、ここだ。」


「え……ここですか?」


ルナールと言う喫茶店の地下2階に位置するその店を初めて見た感想は、
…想像していたよりずっと小規模な店だった。


そしてここから、俺のホストとしての人生がスタートした。

ハイヒールビール

カウンターを合わせて、7席ほどしかない店内。

まだ開店前の、薄暗い店内を見回して、
どこかで抱いていた華やかなホストクラブとの差異に、俺は少し混乱していた。


しかし、当時の歌舞伎町には10店舗ほどしかホストクラブが無い時代。
(ちなみに現在は歌舞伎町内に150~200店舗ほど存在する。)


”店が小さいから流行っていないんじゃないか”と言う俺の想像は、
その後見事に打ち砕かれることになる。


「雄一。俺と一緒に店をやってる、ワタルだ」


カツヤ君はそう言って、店内で開店の準備をしていた人を紹介した。

ワタルと呼ばれたその人は、俺より少し若く見えた。


「初めまして、よろしく。」


人懐っこい笑顔を見せるワタル君。

聞けば、やはり俺より2つ下だと言う。

ちなみにカツヤ君は俺の1つ上にあたる。


いかにも美少年と言う感じのワタル君。

当時ジャニーズJrに所属していたことからも、その美男ぶりは窺い知れる。


ワタル君とカツヤ君は、共同出資で花ごころを経営していた。


実はこのワタル君、家族の不幸で一時花ごころを離れて実家に帰っていて、
俺が店に入った日が調度ワタル君が復帰する日だったらしい。


カツヤ君はとにかく俺に対して厳しかったが、
ワタル君は優しい所があり、まさに飴と鞭と言う感じだった。


「ホストは初めてらしいですね」


テーブルを拭きながらワタルさんが尋ねる。


「あ、はい。よろしくお願いします」

「この店はまだ開店して半年くらいなんですけどね。
結構お客さんは入ってるんです。
いきなりヘルプに入ってもらうと思うんですけど、よろしくお願いします。」


(いきなりヘルプか…)


「わかりました」


俺は少し戸惑った様子を見せたが、
内心は早く実戦に就ける事に喜んでいた。


なにがなんでものし上がってやろう。

そう思っていたからだ。


「今日は俺の客や、キョウヘイの客もいっぱい来ますから。なぁキョウヘイ」


ワタル君に振られて、いかにも盛り上げ役と言った感じの青年がそう答える。


「そうっすね!よろしくお願いします!」


彼がキョウヘイちゃん。この当時は19歳だったと思う。


当時の花ごころのNo.1ホストだった。


俺は当面の間、打倒・キョウヘイを目標にする事となる。

ちなみに彼もジャニーズJrに所属していた。


「よろしくお願いします。キョウヘイさん」


「キョウヘイでいいですよ、雄一さん。
実は…俺の先輩が、雄一さんの後輩だったんです!
そんな人からさん付けで呼んでもらうなんてできませんよ。」


どうやらキョウヘイちゃんは、俺の後輩の後輩だったらしく、
ホストとしては後輩にあたる俺だが、色々と立ててくれていた。


ホストとしてはまだペーペーだった俺だが、
過去の事もあり、そこいらの”普通の新人”じゃなかった事は確かだ。


そう言った面では、随分と便利だったこともある。


しかしいきなりホストの先輩を呼び捨てにする事は出来ず、
”キョウヘイちゃん”と呼ぶ事で落ち着いた。



店に入った頃には既に夕方。
そんなこんなをしている内に、開店の時間近づいてきた。


さすがホスト、みんなビシッとした格好をしている。


俺はと言ったら当然、仙台から着てきた一張羅。
着の身着のままのヨレヨレスーツのままだ。


(…まぁ、初日で買いに行く時間もなかったし、これはしょうがない。
突っ込まれたら事情を説明しよう。)


そう考えていたのだが、甘かった。


俺は初日だから当然指名など無い。

となると、”誰も指名をしない客”、
若しくは”指名したホストが既に他の客についていた時”などに代役として入る事になる。


俺のホストデビューは、後者からだった。


始めて相手をした客の名は、蘭丸。

お客に向かってこの言い方は有り得ないかも知れないが、”この客はとんでも無かった”。


「失礼します!」


「…」


いきなり無視を決め込む蘭丸。

それもその筈…蘭丸のお目当てのホストが他の席についていて、
嫉妬と苛立ちでとんでもなく不機嫌だったのだ。


「俺今日が初めてなんです、よろしく!」


「お名前は何て言うんですか?」


「ここには良く来るのかな?」


何とか会話に繋げようとするも、不発。


一番最初に喋った言葉は、


「せっかくだから何か喋ろうよ」


「…なんであんたなんかと喋らなきゃいけないのよ。」


これだった。



その後も、蘭丸は暴言を吐き続ける。


「よくあんたみたいなのがホストになれたわね?」


「なにその格好、舐めてんの!?」


蘭丸は既にボトルを数本開けていた。

新人の俺は、蘭丸の鬱憤を晴らす格好のカモだったろう。



今まで俺は、周りの女に所謂”チヤホヤ”されて育ってきた。


悪い男がモテていた時代。

女に不自由するなんて一度も無かった。


ガキ大将だったガキの頃、総長だった暴走族時代、アウトローの時代は、
いくら俺が邪険に扱おうと、勝手に女がついてきた。


俺だったら、女相手の商売なんて楽勝なんじゃないか?
そう調子づいていた所に、この現実。


目当てのホストに夢中な女には、
俺なんて眼中に入っていなかった。



今まで俺が思っていた女の本性は幻想だったのか…
そう感じ、凄く困惑した表情を浮かべていたのが彼女に伝わったのだろう。


「…あんた何つまんなさそうな顔してんの?」


俺が浮かない顔をしていたのが蘭丸にとっては気に入らなかったようだ。


「ふざけんなよ!客を楽しませんのがホストだろうが、何様だよ!」


そう言うと、蘭丸はおもむろに履いていたハイヒールを脱ぎ、それにビールを注ぎ始めた。


ドボドボドボ…


俺は目の前の光景に目を疑い、
これからされるであろう要求を想像し更に困惑の表情を浮かべていた。


「あんたグラス要らないでしょ?」


そう言って、並々とビールが注がれたハイヒールを、俺の前にグイと突き出す。

…これを飲めと、アゴを突き出す蘭丸。


季節は夏。
蒸れたハイヒールをビールの匂いが鼻を衝く。


…これが……ホストの世界か。

俺は、恐る恐る口を付け、人生初のハイヒールビールを飲み干した。


素直にハイヒールビールを飲んだことに少し気を良くした蘭丸は、
空になったハイヒールに次々ビールを注ぎ始める。


結局その日は、
蘭丸の席についてた間は最後までハイヒールでビールを飲まされた。


歌舞伎町の夜は長い。

洗礼の初日はまだまだ続く。


読者登録

北条雄一さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について