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これから

これから

「マイ!!何で…」



「…へへ、来ちゃった!」


テーブルに腰かけ、満面の笑みを浮かべてマイはそう言った。



「もしかして、昨日電話した時から東京に…?」


「ううん、あの時は仙台だったよ。
…ちょっと東京に来たくなって、来ちゃった。あはは」



ちょっと東京に来たくなって来た…


本当はそんな理由じゃなく、
昨日の電話で俺が落ち込んでいるのを知って来てくれたのは明らかだった。



「いやー、それにしてもユウ君凄いね!
スーツをビシッと決めちゃってさ!格好いいよ!」


マイはそう言って、褒めてくれた。
”サラリーマンみたいなダサいスーツ”と、今まで客に散々馬鹿にされたスーツを。


俺は、堪えていないと涙が今にも零れ落ちそうになっていた。


「マイ、ありがとうな」


「え!?いやいや…たまたまだよ、たまたま店に寄っただけだから、あはは」


マイはそう言って誤魔化した。


誤魔化したり冗談を言った後に、あははと笑う癖は昔から変わらない。



「さ、今日は飲むぞ~、楽しませてよね!ホストさん♪」


「はは…了解、お客様!」



こうして、俺の初の指名接客は始まった。



「マイは今も居酒屋で働いてるのか?」


「うん、そうだよ。あたし今チーフになってるんだ」


「へぇ、凄いな。頑張ってるじゃん」


「懐かしいよね。ユウくんがお客さんとして初めてうちの店に来た時…」


マイと付き合うきっかけになったのは、
マイが働いている居酒屋に俺が行った時に話しかけられたのが切っ掛けだ。


その日、居酒屋で、俺は後輩と一緒に飲んでいた。


「あぁ、あの時マイが客に絡まれたんだよな」


「そうそう、たちの悪い客だったねー!」


俺らの隣の席の客…40~50代くらいの中年の3人客が、マイに絡んでいた。


注文を聞きに来るたびにセクハラまがいの事を言ったり、
マイに無理矢理酒を飲ませようとしていた。


「完全に来る店間違えてたよな」


「あたしもう本っ当に嫌で、誰か助けて!って思ってた所を…
ユウ君が助けてくれたんだよね」


「はは、そんな事もあったな」


マイの嫌がる姿をそいつらは面白がり、
その客の行動は次第にエスカレートして行った。


俺も気になってはいたんだが、とうとうその客の一人が、
マイの胸を触り、マイがキャッと声を上げたところで我慢できなくなった。


「俺が手元の灰皿をそいつらに投げたんだよな」


「そうそう、そこで一言。
”ねぇ、あんたら何やってんの!?”って!!
格好よかったなー!あたし王子様に見えたもん、あはは」

そうやってマイは、声真似をした。


客の3人は、俺と後輩の睨みを見てビビったのか、
それからは大人しくしていた。


「その後、マイが俺らの席にお礼に来てくれたんだよな。
確か、焼酎のボトルを持って”これ御礼です”って」


「そう…でも、ボトルをあげたのは、別の意味もあったんだよ。」


「え、そうなの?」


「キープしてくれたら、また店に来てくれるかなって思って。
…あの時に、もうユウ君に惚れちゃってたんだよねあたし。あははっ」



その後、マイの策略(?)にはまった俺は、何度か店に足を運び、
マイと色々話すようになり、親密になって行った。


「あたしね、あの時思ったんだ。この人は絶対大物になる人だ、って。
女の勘ってやつ?あはは」


「…そして、いつかこの人に助けが必要な時は、
今度は私が助けようって、そう思ったんだ…」


「マイ…」


「ユウ君。あたし今まで会った人の中で、
ユウ君ほど頼りになる人は居なかったよ。
今もそう、ホストやってるユウ君、輝いて見えるもん」


「でも俺は、指名ゼロの最下位だぜ?」


「今日からは、指名ゼロじゃないでしょ?
いやー、あたしがこれからのユウ君の成功への道の第一歩となるなんて、光栄だな。あはは」


…ユウ君ほど頼りになる人は居なかった、か。



案外、人の頼りになる事に難しい事は必要ないのかもしれない。

俺は、無理に頼りになろうとしていたから、失敗しただけなのか。


俺は俺の信念のまま、流れに乗って真剣に客に向き合う事。

それが、結果として頼りになる…器の大きいホストになって行くのかも知れない。


「…マイ、有難う」


この日、マイが店に来てくれたことで、俺がどれだけ救われた事だろう。



この日を境に、俺は少しずつだが指名を取れるようになる。

そして、長かったホストの下積みの期間は終わり、次のステージに進む事となる。




《北条雄一伝〈h(エイチ)〉 ホスト下積み編 完》