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失敗

失敗

最悪の印象だった蘭丸の、意外な一面を見てしまってから数日。

俺はまだその事について考えていた。


人はそれぞれの社会でそれぞれの顔を持っている。
俺自身も、”ホストの顔”を作ろうとしていたように。


”ホストに来る客は、みんな何らかのストレスがあり、癒されたくて来店している”
だからホストは、客のストレスを解消する義務がある…



決して全て間違っている訳ではない。

しかしこの時の俺は、その考えに固執してしまっていた。


それほど蘭丸の告白が俺には衝撃的だったのだ。




そんな中、いつものように花ごころでヘルプをしていた俺は、
ある客を担当する事になった。


―その客は、少し陰があるように見えた。


指名無しの本番(新規客)だったため、
No.1のキョウヘイちゃんが席に付く事になった。

俺も、キョウヘイちゃんのヘルプとして同じ席に付く。



キョウヘイちゃんはいつもの調子で、ハイテンションで手を抜かない。


「そのブランド、エルメスじゃない?お洒落だねー、可愛い!」

「この前面白い事があってさー…ってなっちゃったんだよね!」


しかし、いくら話しかけても、その客は、

「そう」

「うん」

「そうなんだ?」

と、そっけない反応。

キョウヘイちゃんいくら盛り上げようとしても、暖簾に腕押しだった。


キョウヘイちゃんも、客の好みを探ろうと色々と話題の方向性を変えて頑張るが、
中々その客のツボに合った話題を提供出来ないでいるようだった。


(さては…これは、蘭丸と同じパターンの客だな…!)


(そう言う客には、こちらから話すんじゃなくて、
向こうの話を聞いてやらなきゃいけないんだよな。)


キョウヘイちゃんより早くその事に気づいた事が嬉しく、
俺はヘルプをしながら内心少し調子に乗っていた。


(キョウヘイちゃんも頑張ってるけど、そのやり方じゃ駄目なんだよな。)


(俺に替わってくれれば、ちゃんと話を聞いてやるのに。)


一向に噛みあわないテーブルの2人を前に、俺はやきもきしていた。



と、その時。
キョウヘイちゃんに指名が入った。


「と、ごめん!指名入っちゃった。また会おうね!」


グラスをカツンと合わせ、キョウヘイちゃんが席を立つ。


(よし…!俺の番が来た!)


キョウヘイちゃんに出来なかった事を俺がやれば、みんな俺を一目置くに違いない。
そう意気込んでいた。

よし、行くぞ。


「どうしたの?さっきから元気ないね!」


「…別に普通だよ」


「いやいや、そんな事無いでしょ。
……何か色々ストレスでも溜まってんじゃない?」


「別に溜まってない」


ありゃ…


”何でわかるの!?”

なんて台詞を言われる事を期待していたが、中々一筋縄では行かないようだ。


(こう言う子は、心に壁を作ってしまっている。
色々探って情報を聞き出さなきゃな)


何より、早くしないと次のホストが来てしまう。


まだ一件も指名が無い俺は、
二人きりで話せるチャンスを活かさないといつまでも無指名のままだ。



俺は、頼りになるホストになる。

その為には、色んな客の悩みを解決しないといけない。


俺は、その時無理にでもそうしなければならないような強迫観念に捉われていた。


「何か悩みがあったら聞くよ!」


「いや、別に無いって言ってるでしょ」


「じゃあ何でそんな暗い顔してるの?」


「もとからこんな顔よ、失礼ね」


…うーん、中々悩みを言わないな。


聞き方がまずかったんだろうか?

もしかしたら、強引に攻めた方がいいタイプの客なのかもしれない。


ここは、アツヒコ君の接客を真似して攻めてみようか。


「せっかくホストに来てんのに、そんなしけたツラするなよ!」

「嫌な事忘れてもっと盛り上がって行こうぜ」


「……」


「あ、わかった!男でしょ。絶対そうだ!」

「いかにも男好きそうな顔してるもんな!」


そう言った次の瞬間、
俺はグラスの酒を頭からかけられていた。


そして、続けざまに客から思いっきりビンタをくらった。



『っざけんじゃねーよ!!
さっきから聞いてりゃ、何様のつもりだよ!!!』



店内に響き渡る声に呆然とする俺。

店内の視線が一気に集まる。


「ちょっと!責任者呼んで!!何だよこのホスト!」





…やってしまった。






前髪から滴る酒の雫と、その奥で喚く客の声が遠くに聞こえ、
現実ではないような感覚になっていた。


すぐにワタル君が駆けつけ、客の話を聞く。


「こんな失礼なホスト雇ってんじゃねーよ!」

「金返せよ!!」


そんな単語が飛び交う。



「取りあえず、お客さんに謝って!」


ワタル君にそう促され、俺は頭を下げた。


「後はいいから、バックヤードに行って」


返事もしないままバックヤードにトボトボと向かう俺。



後ろからは、
「何で金払ってまで嫌な思いをしなきゃならないんだよ!」

そんな声が聞こえていた。





数分後、とりあず騒ぎは収まり、客は怒りながらも帰って行った。


しかし、俺はまだ動揺していた。


なんて事をしてしまったんだ。



自分の思い込みで、客を怒らせてしまった。


”こんなホスト雇ってんじゃねーよ”…か。


「ホスト失格だな…」


道筋が見えた途端、ぷっつりと断ち切られてしまったように感じた。

俺の方向性は、間違っていたのか?



これから、どうやって客に接して行けばいいんだ。

わからなくなってしまった。



そしてこの日、もう一つの事件が起きる。


俺の2週間後に入ってきて、俺と同じく指名ゼロの最下位だったシゲキ。


そのシゲキに、その日初めて指名がついた。



これで、花ごころで一度も指名をもらってないのは、俺だけになってしまった。



……俺はこれから、ホストをやっていけるのか?



そして次の日、俺は初めて店を無断欠勤した。


ホストを初めてから半年経った頃だった。