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頼られるホスト

頼られるホスト

仙台から歌舞伎町に戻り、花ごころのドアをくぐってから早4か月。



相変わらず指名は一件もなく、同期のシゲキと共に、当然のように順位は最下位。

打倒愛と言う目標と、現実の乖離に苛まれる日々が続いていた。



自分はどんなホストになるべきか……?

その答えも見い出せないまま過ごしていた頃…ある事件が起きる。



所で、ホストクラブには、いくつかの指名の方法がある。


俺がまだ一件も取れていない”本指名”の他に、
途中で店内のホストを呼ぶ”場内指名”、
帰り際に送ってもらうホストを指名する”送り指名”などだ。



本指名、場内指名、送り指名の順に料金が安くなっていき、
送り指名の指名なんてその頃ほとんど無いに等しかった。



俺もヘルプには良くついていて、
有難い事に、トモミさんやたまに朱里からも送り指名はもらっていた。


そしてこの頃もう一人、たまに送り指名をもらっていたのが、
ユウキの客である、レイと言う女の子だ。


実はこのレイと言う子は、スウィートヘブンで働いていたキャバ嬢だった。
例の一件以来、花ごころにお客さんとして来てくれている子の一人だ。


事件は、このレイに送り指名をもらった時に起こった。


「送り指名、雄一さんでお願いします!」


その日は、ユウキのヘルプでレイの席に付いていた。



送り指名すらもほとんどなかった俺は、張り切ってレイを送った。


「じゃあ、また来てね」


花ごころの前まで来て、レイを見送る。


…とその時、店の前をギリギリの距離で一台の車が通りかかった。


「危ない!」


帰ろうとして振り返るレイの手首を掴んで、引き寄せる。

その横を、減速も無く通り過ぎる、黒塗りのベンツ。


「危ねぇな、大丈夫だった?」


「うん、もうちょっとで当たる所だった…雄一さん有難う!」


何とかレイに当たるのを防ぐことができたが、
一歩間違えれば大変な事になっていた。



そしてそれから数日経った雨の日、再度俺はレイから送り指名をもらう事が出来た。


「今日も雄一さん。お願いします!」


視界が悪い中、傘を持ってレイを見送る俺。


そこに、前回と同じ車がまたギリギリの所で向かって来た。


「あっ!」


それに気づくのが一瞬遅れてしまった。


ガッ!!


「キャッ!!」


身体には当たらなかったものの、
ミラーがレイのバッグに当たった。


次の瞬間、俺は傘をほっぽり出していた。


そして、道の脇に置いてあったカラーコーンを掴むと、
黒塗りのベンツに向かってブン投げた。


「待てコラァ!!」


ガンッ!カラーコーンがベンツにあたる。


車が一瞬止まり、こっちに向かってバックして来て店の前で止まった。

車から、一人の男が出てくる。



予想はしていたが、出てきた男はヤクザだった。


「あ!?」


傘も差さずに男が近づいてくる


「あ?じゃねーんだよ、テメェどういう運転してんだよ!!」


「あ?……知るかボケエェ!!!」


男が声を張り上げる。


「ドコのモンかわかってケンカ売ってんのかよ、あ!?」


「ドコのヤクザだろうがカンケーねぇんだよ!謝れや!」


「雄一さん、もういいよぉ!大丈夫だから…!」


レイが俺をなだめようとするが、
俺は完全に頭に血が上っていた。


互いの顔の距離が30cmぐらいの所で、傘も差さずに罵りあう。


「ぶっ殺すぞテメエ!」


「上等だよやってみろや!!」


いつの間にか、周りには人だかりが出来ていた。


大通りからは少し離れているとは言え、夜の歌舞伎町。

大声で喧嘩をしているのがかなり目立ったようだ。


5分ぐらい罵り合った時、ヤクザが俺の肩をドンと押した。
半歩後ずさって、その反動で拳を握り、俺は男に殴りかかった。


…が、殴れなかった。


手首を後ろから掴まれたのだ。


振り返ると、そこにはカツヤ君が居た。

店内から騒ぎを聞きつけたのだろう。


「何があった、雄一」


「カツヤ君…」


俺は、興奮冷めやらぬまま、事の顛末を話した。

話を聞いたカツヤ君は一言、


「そうか」


と言って、ヤクザの男の方に歩いて行く。


きっとカツヤ君もこの男を許さないに違いない。スウィートヘブンの時のように。


そう思ったが、カツヤ君の行動は想像と全く違ったものだった。


「俺はここの責任者をやってるものです。
この度はうちのモンが迷惑かけました。
よく言い聞かせておくから、俺の顔に免じてここはおさめて欲しい。」


そう言って、男に頭を下げたのだ。


予想外のカツヤ君の行動に、俺は面食らっていた。

男も、一瞬戸惑った様子を見せたが、
頭を下げるカツヤ君の奥に立っている俺を睨みつけると、
側にあったゴミ箱を派手に蹴とばしながら車に戻って行き、消えて行った。



レイにもお詫びを言って帰した後、
花ごころの店内で俺とカツヤ君は話していた。


「カツヤ君…何で謝ったんすか?」


「……」


「まさか、相手がヤクザだからですか?」


「………雄一よぉ、じゃあ聞くが、
お前俺が止めなかったらどうしていた?」


「……喧嘩になっていたと思います」



「…お前は昔っから変わってねぇな」


「…カツヤ君は変わってしまったんですか?」


カツヤ君は煙草をふかしながらゆっくりと言った。


「いいか、ヤクザだとかは関係ねぇ。
俺らは今、なんだ?チンピラじゃねぇ、ホストだ。」


「けど、レイにぶつかりそうになって…」


「実際にぶつかって怪我でもしたのか?」


「…カバンだけですけど……」


「そんな事で毎回喧嘩するつもりか?」


「……」


「…いいか、雄一。俺らは喧嘩で商売してんじゃねぇ。
ホストで商売してんだ。
喧嘩して男を売りたいのか?違うだろ。
そんなんだったら、ヤクザにでもなってろよ。」


「ホストで売りたいなら、客を第一に考えろ。
このままじゃお前、一生下っ端のままだぞ。」


「………」


言い返せなかった。


俺は、男を売りたかった。

喧嘩で男を売る事は簡単だ。


でも、今俺はホストをやっている。
ホストで顔を売らなきゃ、何の意味も無い。


「…すみません」


カツヤ君は、ため息をつくと俺の肩を叩き店内に戻って行った。

俺も店内に戻り、溜まっている皿を洗い始める。



しばらくすると、シゲキが俺を呼ぶ声が聞こえた。


「雄一さん、電話が入っています」


電話は、レイだった。


「雄一さん、今日は大変だったね。ありがとう」


「いや、こっちこそごめんな。
結局レイも雨に濡れてしまって、相手も謝らなかったし…」


「ううん、カツヤさんの行動は正しかったと思う。
確かに危なかったけど、私の事であのまま喧嘩にはなって欲しくなかったから。
喧嘩になってたら、私責任を感じてしまってたと思う」


「レイ…」


そのまま自分の感情に任せて喧嘩していたら、レイにも迷惑を掛ける事にもなったのだ。


”客を第一に考えろ”


カツヤ君の言葉が響いた。


「……ごめんな」


「あ、違うの、ごめんなさい。
確かに喧嘩にはなって欲しくなかったけど。
私、お礼を言いたくて電話したの」


「お礼?」


「……雄一さん、頼りになる人だね!ありがとう!」


その言葉で、俺の中の何かが弾けた。


”頼りになる人”そのフレーズが自分の中で何度も反復した。


暴走族の総長だった時、皆から頼りにされていた。

仙台で後輩たちを何人も養っていた時、皆から頼りにされていた。


俺は今まで、頼りにされる事に生きがいを感じていた。

そうやって生きてきた。



……頼られる、ホスト。

皆から頼られる、器の大きいホスト。


そうだ、俺はそんなホストになろう。


ホストとしての自分の生き方が決まった瞬間だった。