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一流ホストとの差

一流ホストとの差

ホストになって、初めての給与は3万円とちょっと。


ホストの華やかなイメージとは裏腹に、
手に持つ給料袋の薄さが俺に現実を突きつけた。


実際の給料は、実はもう少し高い。
(それでも知れたもんだけど)


しかし、ホストには罰金制があって、
遅刻や欠勤、その他の違反などで給料から色々と差っ引かれていくのだ。


「カツヤ君…俺なんか違反しましたっけ?」


「え?お前この間欠勤したじゃん。ボッタクリ店に行った時。」


…ちゃっかり、この間のスウィートヘブンの件で欠勤したのも引かれているようだ。


当然、こんな給料じゃやって行けない人が大半だろう。
苦学生のような生活を強いられるのも頷ける。


しかしながら、上位のホストになればその分報酬も増え、
見た事もないような金額を手に入れる事も可能だ。


ホストは皆、それを目指しているとも言える。



それに、ホストは給料以外でも、収入源がいくつかある。


”客からのプレゼント”もその一つだ。
実際、俺は給料よりもそっちの方が断然高価だった。


先日のトモミさんから買ってもらったスーツもそうだけど、
数万、数十万のものをポンとくれたりもした。



ちょうどバブル期だった頃。
ホストの上客は、羽振りがいい人が多かった。


指名客じゃなくても、ヘルプに着いたホスト全員に何かを奢ったり、
物をあげたりなんて事はザラだった。


真面目にコツコツと働いている人には申し訳なるくらい、
一日で何百万と言う金が消費される。

バブリーな大人の世界。それが当時の新宿区歌舞伎町だった。



俺が、自分の給料袋を挟む指の近さに愕然としていたのと同時期、
そんなバブリーな歌舞伎町を象徴する、一人の客と出合う事になる。



その客は一人で店に入ってきた。


第一印象は…なんと言うか、ちょっと。

お客に対してこういうのも何だけど、

「なんつー格好でホストクラブに来てんだ…」

そんな感じだった。



歳は三十代後半くらいだろうか。
上下にねずみ色の汚れたスウェット、
スニーカーで入店してきたからだ。


店の外で見たら、ホームレスだと思うだろう。

そのぐらい、他の客とは明らかに浮いていた。



しかし、態度は一丁前。


「No.1を出して」


開口一番、キョウヘイちゃん指名と来た。



指名も全くなく、暇していた俺も、その席にヘルプで着く。


朱里(シュリ)と名乗ったその客は、
いきなりドンペリを注文した。

当時の価格で一本10万円くらいだったか。


(オイオイ…支払い大丈夫だろうな)


そんな心配を余所に、乾杯をして飲み始める。



俺は、訝しむ目で朱里を見ていたのだが、
キョウヘイちゃんは、他の客と同様にいつものテンションで接客をしている。


見た目がどうであれ、客に対しては最高のサービスを行う。
当時の俺は、まだその精神を持っていなかった。


先日のスウィートヘブンでの喧嘩の最中に顔を守っていた事といい、
その辺がプロ意識と言うか、まだまだ俺とキョウヘイちゃんの間には確実に大きな隔たりがあった。


小一時間ほど飲んだ頃だろうか。


「…帰るわ」


ドンペリを一本開けた所で、朱里がそう言って会計を促した。

流石に一本で金が足りなくなったか。
支払いを済ませ、朱里は早々に帰って行った。



…きっと、まとまった金が手に入って、
一度ホストで遊んでみたかったんだろうな。

そう思っていた。



しかし、翌日朱里はまた花ごころにやって来る。

最初は、朱里とは気付かなかった。

格好が全く違っていたからだ。



高そうなドレス、そしてアタッシュケースを手に持ってきた朱里は、
昨日と同様、キョウヘイちゃんを指名する。


同じく、暇をしていた俺も、昨日との差に驚きながらヘルプに着く。


「ご来店ありがとうございます。」


丁寧にキョウヘイちゃんが御礼を言う。


「あなた、気に入ったわ。」


朱里がそう言って話しかける。


「昨日、あんな格好して驚いたでしょう?」


どうやら、昨日の格好はわざとしていたようだ。
ここから、驚きの展開が続く。


「私、月の小遣いが3,000万円なの」


そう言って、持っていたアタッシュケースを広げた。
その中身は、大量の札束だった。


そして、キョウヘイちゃんに対し一冊の本を渡しこう言った。


「あなたに買ってあげるわ。何が良い?」


手渡した本は、車のカタログだった。
会って二日目なのに、車のプレゼントをするという朱里。


そしてキョウヘイちゃんが選んだ車は、なんとフェラーリのテスタロッサ。
当時2,500~3,000万円はする車だった。


車を選び終わると、朱里が立ち上がる。


「わかった。じゃ、それ買に行きましょう」


「え…今からですか!?」


そう言って、二人は店を出て行った。



目の前の出来事に唖然としていた俺だったが、
次の日、キョウヘイちゃんが本当にテスタロッサに乗って店に来たのを見た時に、
これは現実なんだとわかった。



それからも朱里は何度も来店し、一日に平均で300万円は使っていた。
指名はもちろんキョウヘイちゃん。


そしていつもの台詞。


「あんたたちは好きなものを好きなだけ飲んでいいから。」


月給3万円の俺、1日で300万円使う朱里。

感覚がマヒしそうだった。



朱里の羽振りはキョウヘイちゃんだけに留まらない。

ヘルプに付いた俺との会話で、俺が昔不良だった事を告げると、


「あんた、不良だったの?私、不良好きなのよ」


そう言って懐に10万円を入れられた事もあった。



朱里は、当時池袋か新宿の風俗の複数の店舗の会長だった。


風俗店に来る男性客が嬢に大金を使い、
そのお金で、風俗嬢や朱里のようなオーナーがホストで豪遊する。


男から女、そして男…
何とも形容しがたい、性の本能を表すようなビジネスの縮図だ。

しかしだからこそ、この時代はお金が大量に使われて、経済が潤っていた。



最初に朱里に出会ったのは、俺もキョウヘイちゃんも同じ。
上手くやれば、俺が気に入られていた可能性もあった。


しかし結果は俺とキョウヘイちゃん、天と地ほどの差がついた。
その理由は明白だ。



最初に汚い格好をしていたのは、朱里が俺たちの接客を試す為だった。


朱里の作戦にひっかかり、まんまと朱里を怪しんだ俺。

全力で初対面の朱里を楽しませ、気に入られたキョウヘイちゃん。

この差だ。



きっと朱里が大金持ちって事にキョウヘイちゃんも気づいていた訳じゃないと思う。

本当に見た目通りの客であっても、同じように接客していただろう。



悔しいが、現段階で俺がキョウヘイちゃんや他のホストに敵う筈がない。

それほどに、皆一流のホストだった。