閉じる


トモミさん

トモミさん

ホスト初日、延々と蘭丸にハイヒールでビールを飲まされる俺。

もう、味なんて分からない。


屈辱的な事をされている…それだけだった。

蘭丸は相変わらず不機嫌で、
本命のホストの様子を横目で気にしているようだった。


ふと周りを見ると、カツヤくんと目が合った。
カツヤ君はしょうがねぇな、と言った顔で同情するようにこちらを見ていた。


良く見ると周りの客もこっちを見て気にしているようだった。
まぁ、こんな光景なんてそうあるもんじゃないだろうからな。


恥ずかしさと悔しさとでぐちゃぐちゃになって、ろくに蘭丸と何を話したのか覚えていない。



その光景が2時間ほど続いただろうか。


「帰る。」


とうとうお目当てのホストに席についてもらえなかった蘭丸。

今日は諦めたのだろう。吐き捨てるようにそう言った。


ようやく解放される…
俺はホッとしていた。

しかし、蘭丸が口にしたセリフは、


「…靴が無い。」


履いて帰る靴は、ビールが何回も注がれてとても履けたものじゃなかった。
結局、俺は店を抜けて蘭丸の履く靴を買いに行く事になった。



蘭丸が店を出て、俺は次の指示を待つことになった。
しかし、狭い敷地なのに、客が入る入る。

常に満席で、7名程のホストがせわしなく動いていた。


「雄一、大変だったな」


先ほどの光景を見ていたカツヤ君が労う。


「ビックリですよ。あんな事よくあるんですか?」


「いやぁ、滅多にないな。でも、あんな感じのクセのある客は多いぞ。」


カツヤ君は同情の色を浮かべながらも、
ホストの裏の世界を俺に見せられた事で少し得意げだった。


「それより雄一、今から俺の席のヘルプについてくれ。
その子の”枝”がお前に来るかもしれないからな。」


「はい、分かりました。…ちなみに枝ってなんですか?」


「ああ、ホストでは、中心となる客を”幹”と言って、
繋がりの子を”枝”って呼んでんだ。
今から来るのは俺の”幹”、
その客が”枝”を連れてくるから、
上手くその枝を引いてお前の幹にするんだな。」


「はぁ、なるほど」


すると、席を移動する合間のキョウヘイが会話に入ってきた。


「カツヤさん、もしかして”トモミさん”っすか!?
…雄一さん、ご愁傷様です!」


「オイオイ…なんでトモミの席につくのがご愁傷様なんだよ。」


「いやぁ、新人にあそこの席につかせるのはちょっと酷ですよ。
正直、俺だってやりにくいですもん。」


どうやらNo.1のキョウヘイですら臆しているトモミと言う女性の席に、
これから俺は着かなければならないらしい。


それからすぐにその”幹”が”枝”を連れて来店した。


「「いらっしゃいませ」」


トモミと言われたその女性は、
遠目から見ても美人だとわかるほどはっきりした顔立ちをしていた。

濃いめの化粧にソバージュがかった髪、年は20後半くらいに見えた。


4人ほどのその集団が案内されて席に着き、
俺もカツヤ君に続いてその席に移動する。


「トモミちゃん、俺の後輩の雄一。
今日から入った新人だ。可愛がってやってくれ。」


「初めまして。雄一です。よろしくお願いします」


「カツヤの後輩なの?よろしくね」


後でわかった事だが、
このトモミさんと言う人の席はとても新人が付けるような場所ではなかったらしい。


トモミさんはとにかく厳しく、他のホストからも一目置かれているようだった。

先ほどキョウヘイが言ったセリフからもそれは伺える。


しかし、何故か俺はこのトモミさんに可愛がられる事になる。
勿論、本命のカツヤ君程じゃないが。


思うに、カツヤ君の後輩だという事が功を奏したのだろう。

他の新人だったら散々いじられていただろうヘルプを、
俺は難なく乗り切る事が出来た。


「あなたも不良だったの?
不良はここでは人気が出るのよ。頑張ってね。」

”ここ”とはホスト業界と言う意味だろう。


当時黎明期だったホスト業界では、不良だと有利な所は確かにあった。


のし上がってやろうと言うハングリー精神が大きい奴が多かった事。

店同士や外部とのトラブルにも臆しなかった事。

同族とも言える、レディース上がりの子がキャバクラで働く事が多かった事。

何故キャバクラの子に知り合いが多い事が有利なのかは、追々わかるだろう。


「有難うございます。頑張ります」


俺は、このトモミさんに色々な事を教えてもらった。
酒の注ぎ方。水割りの作り方。タイミング。煙草の付け方。マナー。


今考えると、ホストが客に接客を教えてもらうなんてヒドい話だ。

しかし初日、右も左も分からない俺の先生は、このトモミさんだった。


「それにしても…随分な格好してるわね。」


トモミさんが俺の格好を見て眉をひそめる。


一張羅とはいえ、ヨレヨレのスーツで接客する姿は、
およそホストには似つかわしくないものだった。


これでお金を取るんだから、随分非常識なものだ。


さっきの蘭丸も、俺がキチンとした格好をしていればあるいは態度が違ったのかもしれない。


「ごめんねぇトモミちゃん。
こいつ仙台から今日来たばっかりで、かくかくしかじか、
サイフだけしか持ってきてないのよ。」


カツヤ君がフォローを入れてくれた。


余談だが、年に関係なく、基本的にホストは客を”~ちゃん”と呼ぶ事が多い。
無礼かも知れないが、ホストクラブでは通例となっている。

勿論、そう呼ばれることを嫌がる人には違う呼び方をするし、
ホストの方から自主的にちゃん付けじゃない呼び方をするケースもある。

俺は後者で、恐縮と尊敬と雰囲気から、トモミさんと呼んでいた。


話は戻り、俺が仙台から来たいきさつを聞いたトモミさん一向。

カツヤ君の話を聞くやいなや、爆笑されてしまった。


「あはは、凄い事するね、それでこそカツヤの後輩!」


どうやら更に気に入ってもらえたらしい。


「そうだ雄一、明日トモミちゃんの買い物に付き合ってやってくれ。」


突然のカツヤ君からの提案。

どうやら明日はカツヤ君が用事で外せないらしく、
代理で俺に行ってもらいたいとの事だ。


「あら、君が付き合ってくれるの?」


「あ、はい。分かりました。よろしくお願いします」


会って二日目だと言うのに、俺がトモミさんの買い物に付き合う事になった。



その後も、トモミさんの指導を受けつつ、店は終了。
そして翌日、トモミさんと待ち合わせて買い物に付き合った。


トモミさんの買い物なのに、向かった先はスーツ店。


「雄一君に新しいスーツ買ってあげる。
ホストがそんなだらしない格好していたら駄目よ」


そういって、ポンと15万円ぐらいするスーツを買ってもらった。


はっきり言って会って二日目の新人ホストに使う金額じゃない。
しかし、カツヤ君の後輩だから良くしてくれたのだろう。


と言ってもこのトモミさん、元から資産家で金をたっぷり持っていた。

いつかトモミさんの家に行った時に、
銀行にある様な、部屋半分ぐらいの大きさの金庫があったぐらいだ。


トモミさん自身の買い物も済んで、夕食のすき焼きを食べに行った。
ここでも会計時に驚くくらいの金額を奢ってもらった。


そしてそのまま同伴して、花ごころへと向かった。


その後も、トモミさんには色々と懇意にしてもらう事になる。