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プロローグ

ギャァ、ギャァとカラスがけたたましい鳴き声をあげて飛び立ったのは、夕闇が迫り薄暗くなった杉木立の中。
雪解け水でぬかるんだ林の中を、この現代日本に似つかわしくない、まるで中世ヨーロッパの魔法使いのようなローブに身を包み、フードを目深にかぶった猫背の男がひとり杖を突いて歩いていた。
「この辺にするか・・・」
 男はそうつぶやくと、杖で地面をつつく。すると杖を中心にマンホールほどの大きさの地面がまるで沼のようにどろりと変化した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 男は何か呪文をとなえながら、杖で沼と化した地面をこおろこおろとかき回し始めた。すると、沼の中から鈍く紫色の光が放たれ始めた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 男のとなえる呪文が次第に大きくなりはじめる、それにあわせて沼から放たれる光も次第に強くなっていく。
 男はローブの袖から直径一センチほどの珠をつまみ出した。そうしてその珠を光を放つ沼の中へと落とす。
 珠が沼に落ちると同時に沼からの光がより強く放たれた。
 沼は次第に泡立ち始め、波が立ち、ついには隆起した。
 高さはおよそ二メートル五十、その形はまるで出来損ないの泥人形のようであったが、おおよそ自然界には存在しないような毒々しげな紫色を呈していた。
荒々しく荒れていた肌が、次第に滑らかになっていったかと思うと、頭部と思しき器官に半月状のつりあがった真っ赤な目が開く。
そうしてソレは、丸太のような腕を高々とあげると目と同様に真っ赤な口を開き、
「ダデーーーナーーーーーーーッッッ」
と、大きく叫んだ。
ローブの男はその姿を見ると小さく笑いを漏らした。
「くくく、いいぞぉ、これでわれらの悲願がかなう。この町の住民たちを、恐怖のどん底に突き落としてやれるのだ!ふふふふふ・・・・・・はぁーっはっはっはぁーーーーーっ」
男の笑いは、いつしか哄笑へと変わり、うす暗い杉木立の中に響き渡っていた。


1話 誕生!まほろば天女ラクシュミー


桜の花が舞い散る中の入学式なんてテレビやマンガの中だけの話だ。
日差しこそ穏やかになったものの、自転車をこぐと風が頬に冷たい。
遠く吾妻の山の頂に残る雪を眺めながら、わたし、冬咲ぼたんは中学校へ向かって自転車を走らせていた。
 ここは山形県東置賜郡高畠町。山形県の南東部に位置する人口約2万5千人の町だ。一応新幹線も止まるし、町としてはそれなりな規模かもしれないが、刺激に乏しい退屈ないなか町だ。
最近珍しく起きた事件のようなものといえば駅においてある赤鬼と青鬼のオブジェが突如消えてしまったことぐらいだ。何者かによる窃盗と見られている。
この町出身の童話作家 浜田廣介の代表作品「泣いた赤おに」をモチーフに十数年前の中学生が作ったものらしいがあんな2メートルを超えるような張りぼてをいったい誰が?何のために?まったくわけがわからない。
 この町もごたぶんにもれず少子化で、今年度から町内4つの中学校が統合されることになった。
ほかの学区の生徒たちと一緒になるのは少し不安、でも今までの古い校舎から新築の新しい校舎になるのはうれしい。だって新しいものに触れるとなんだか進んだところにいるような気がするじゃない。
 校庭の周りに張りめぐらされた緑色の金網が見えてくる。その中に移植されたばかりの桜の木が頼りなげに風に揺れている。
 校舎へと向かう自転車の数が増えてきた。女子は紺のブレザーに男子は詰襟の学生服、制服はほとんど代わり映えしないが、見知った顔もいれば初めて見る顔もある。
いよいよ新しい学校なんだなぁと感じながら校門をくぐった。
ま新しい校舎は鉄筋コンクリート二階建て、特にこったような特別な意匠は無い。
二年生の教室は二階にあるようだ。リノリウム張りの階段を上がっていく。ベコベコしてない、ただそれだけでうれしい。
事前に配られたプリントによればわたしは二年三組の出席番号29番。
教室に入ってイスを引くと突然誰かが
「ぽちっとなー」
と、髪でしっかりと隠したはずの、襟足にあるほくろを寸分の狂いも無く人差し指でつく。
ぼたんと言う名前と絡めて、中学校にあがるまでさんざっぱら繰り返されてきたコノいたずらに思わず「ひやっ」と首をすくめる。
しかし、ほぼ一年ぶりの今日のそれにおどろきこそすれまったく不快感は無かった。
なぜならその声。
振り返ると予感は的中。
そこには、さくらんぼのように真っ赤なボンボンつきのゴムで髪を頭の両サイドでかわいらしく結わえた、少し小柄な女の子が立っていた。
「ちーよーちーん」
「もー、千代ちんはやめてっていってるのにー」
千代ちんは唇を尖らせた。
でもそんなこというなら「ぽちっとな」もやめてよね。
この娘の名前は竹田千代、お母さん同士が姉妹、つまりわたしのいとこだ。
お父さんの仕事の都合で転勤、それもうらやましいことに都会暮らしが長かったそうだ。
今年からここ高畠で暮らすことになったと聞いていたが、
「まさか同じクラスだとはねー」
「ねー」
千代ちんはにっこり微笑んだ。
「でも、すごくほっとしてるの。だって新しいお友達作るの心配だったから。ね、誰か知り合いの娘いない?」
言われてわたしは教室をぐるりと見渡した。
すると、教室の後ろのほうで男子がなにやら言い争う姿が目に入る。
「なにガンくれてんだ!ゴルァ」
「あぁん、おめぇどこ中よ」
丸刈りが数人、おそらく野球部だなありゃ。
さっそくサル山のボス争いが始まったようだ。
「やーよねー、男子って」
「ねぇ、都会の男子もあんな感じなの?」
わたしが千代ちんにそうたずねた瞬間、教室の引き戸が威勢よく開いた。
教室中の視線が入り口に集まる。
そこに現れた詰襟には首が無かった。いや、首から上が引き戸の上に来るぐらい彼の身長が大きかったのだ。
しん、と静まり返った教室。
視線が集中する中、彼はゆっくりと身をかがめながら教室に入ってきた。
やや赤みがかり荒々しく逆立った髪の毛、頬には大きな傷跡。規格が間に合わないため、七分そでの短ランのようになってしまっている詰襟。
前のボタンはとめられず、真っ赤なTシャツが見えている。
彼はおもむろに坊主頭の一団に近づくと、腰をかがめ手に持っているプリントを見せ指をさす。
先ほどまで威勢のよかった坊主頭の一団は一言も発せず、ゆっくりと震える指先で廊下側の前から3番目の席を指さす。
巨漢の彼は立ち上がり、入り口を見やると指で合図を送る。
するとそこには彼ほどではないが背の高いメガネの男子が立っていた。
彼は猫背でやや天パの入った髪が肩まで伸びている。神経質そうな面立ちで、偏見を承知で言わせてもらうとオタクっぽい容姿だ。
オタクっぽい彼は廊下側の一番前の席、巨漢の彼は三番めの席に座った。
巨漢の彼が席に座る姿はまるで幼稚園のPTAに参加する父兄が園児のイスに座らされているようだった。
いつしか彼らの周りには誰も立ち入れないような空間ができていた。もちろんわたしも千代ちんもその空間には立ち入れない。
「・・・青木君と赤木君って言うみたいよ・・・」
「・・・なんだか、近寄りがたいよね・・・」
黒板に書き出してある席次表を指差して誰かがつぶやいた。
出席番号2番の青柳君とは同じ中学だった。
教室を見回してみると、気の弱い彼は案の定すみの方で青い顔をしていた。


「文殊様、今日から新しい学校生活がスタートしました。がんばって勉強しますので、いい高校に入って、いい大学に進学できて憧れの雑誌編集者になれますように・・・」
 賽銭箱にふんぱつして五十円を入れた。
 放課後、学校帰りに亀岡文殊へよってみたのだ。
 亀岡文殊堂は平安時代、九世紀のはじめごろに建てられたお寺で、学問の神様を祀っている。
日本三文殊のひとつに数えられるそうだ。
 学問の神様にあやかって、かどうかは定かではないが、新しい中学校はこの近くに建てられたのでせっかくだからと足を伸ばしてみたのだ。
 毎年正月には合格祈願の参拝客で2キロ四方の道路で大渋滞を起こすこのお寺も、受験シーズンも終わって、年度初めの平日の夕方、観光客の姿はまるで無い。
 長い石段の上、太くて高い杉の木立に囲まれた亀岡文殊堂はいまだ雪囲いの板で囲われていた。林の中の日のあたらないところにはまだ溶けきらない雪が見える。
 と、しんと静まりかえってしかるべき文殊堂の林の中に、似つかわしくない音がズシーンズシーンと響いてきた。どうやらお堂の裏手のほうからその音は聞こえてくるようだ。
 工事でもしてるのかな?と、私は好奇心に駆られて音のする方へと歩いていった。
 異臭がした。
 次に、信じられないような光景が目に飛び込んできた。
 木立の奥に見えたのは、高さ3メートルはあろうかという毒々しげな紫色をした有機質の円錐形の物体であった。
下から八分目ほどのところから生えた丸太のように太い腕のような器官でしきりに地面をたたいている。
その紫色の物体が叩いているあたりを緑色の小動物のようなものがちょろちょろしていた。耳がたれ、もこもことした体毛におおわれたそれは座敷犬のように見えた。
 座敷犬は、紫の周りを駆け回りながらしきりにほえたり跳びかかったりを繰り返していた。 
そうするうちに紫の円錐形をした物体はグニャグニャと体を波打たせながらわたしの方へと向きを変えた。
「ひいっ」
 とわたしは息を飲む。
円錐形の頂上部分には半月上に見開かれた、つりあがった赤い目のような器官と、ぎざぎざの牙を模した口のような器官がついていた。
「!?」
 わたしの声に反応したのか緑色をした座敷犬が動きを止めてこちらを振り向く。
 紫の円錐形はそのスキを見逃さなかった。化け物は丸太のような腕をすくい上げるように座敷犬に向かって振りぬいた。
座敷犬は放物線を描いてこちらへと向かって飛んできて、
すぽん
 と、わたしの腕の中におさまってしまった。
 座敷犬はぐったりとした様子で頭をたれている。
打ち身や擦り傷などでひどく怪我をしているようだ。
ちょっと待って、この子がこっちに飛んできたっていうことは・・・
わたしは視線をチラッと上に移す。
最悪だ、化け物と目が合ってしまった。
紫の化け物はゆっくりとおぞましく体を波打たせながらこちらへ向かって向きを変える。
その間わたしはヘビににらまれたカエルのように身動きひとつ取れずにその動きを見つめていることしかできなかった。
化け物の動きが止まる。
腕をゆっくりと持ち上げながら、化け物は真っ赤で大きな口をさらに大きく開く。
「だぁーーーーーでぇーーーーなぁーーーーー」
化け物がそう叫んだと同時にわたしも我にかえる。
あわててスカートをひるがえし駆け出した。
お堂の横を走り抜け、広い境内を突っ切って、石段の前まで出て後ろを振り返る。
化け物は見えない。
午後の日差しの下に出ると今までのことが白昼夢の中のことのようである。
しかし、ズシン、ズシンと規則正しく響いてくる振動が、先ほどまでのことが現実であることを物語っている。
お堂の影から化け物が顔を出す。見知った建物と比較すると、その大きさのリアリティが笑っちゃうほどよく伝わってくる。
「なんなのよ、なんなのよ、なんなのよもー」
突きつけられた現実から逃げ出すために、わたしは階段をかけおりた。
先ほど見た感じでは化け物は円錐の形状から足を二本、短いながらも生やしたようだ。
短足で腕が長い、まるでゴリラのように変体した化け物の足が遅いのが救いだ。
わたしは何度もすべって転びそうになりながら全速力で階段を駆け下りる。犬を抱いてるから両方の腕が使えないが、それでも転ばないバランス感覚は我ながら感心する。
しかし悲しいかな運動不足、売店にたどり着くころには下りとはいえ横っ腹が痛くなる。
だめ、もう走れない。
人のいるであろう場所にたどり着いた安心感もあって急に足が重くなる。
あそこに、あそこにさえ逃げ込めば助けてもらえる。という希望はベージュ色のシャッターによって打ち砕かれた。
「だでーーーーーーなーーーーーーー」
化け物の声が近づいてくる。とにかくかくれなきゃ。わたしは売店のうらへと回ると体を丸めてぎゅっと目をつぶった。


「・・・だでーーなぁーーー・・・・・・」
化け物の声が小さくなっていく。
「どうやら行ったみたいね・・・・・・ったく、なんなのよもー」
わたしは顔を上げ、ずり落ちてきたメガネをなおすと化け物の行ったであろう方を向いた。
木立にかくれてよく見えないが声からするとだいぶ下へといったようだ。
腕の中でもぞもぞという感触がする。あの緑の犬が目を覚ましたようだ。
犬は腕の中から這い出そうと手足をばたつかせたり突っ張ったりする。
「だめよ、あなたケガしてるじゃない」
わたしは犬をしっかりと抱きしめた。
「・・・でも、ぼくはこの町を守るためにあいつを倒さなきゃならないッハー」
え?
誰かの声がした。この場にいるのはわたしだけのはず。
なんだか怖くなって犬を抱く腕に力をこめた。
「いたい!いたい!いたいッハー!」
犬が手足をばたつかせながらそうさけんだ。
犬がさけぶ?
いやどう考えても声の出どころはここしか考えられない。
わたしは恐る恐る視線を下にうつす。
「いい加減に放すッハー」
犬はそういいながらなおも手足をばたつかせる。
わたしは気味が悪くなって犬をほおり投げた。
突然体を宙に投げ出された犬は受身をとれずに顔から地面に落ちる。
「っつつ、ひどいことするッハー」
犬はうらめしげな声を上げるとこちらを振り返る。でもこっちはそれどころじゃない。
だって、
「い、犬がしゃべった・・・」
んだもの・・・
「僕は犬なんかじゃないッハー。文殊菩薩様の使いで、この高畠町を守る守護聖獣、唐獅子のシンハだッハー」
わたしの声を聞いて犬が少しむっとした顔をしていった。
「しゅご・・・せいじゅ・・・え?唐獅子・・・?」
「高畠を守る守護聖獣のシンハだッハー!そんなことよりあの化け物が町に悪さをする前に何とかしなきゃならないッハー」
とまどうわたしに再度名乗ったシンハは、くるりと振り向いてふもとのほうへと駆け出そうとするが何歩も歩き出さないうちに地面へと突っ伏した。
「ちょ、だいじょぶ?」
犬(の様な動物)がしゃべる姿はなんだか気持ち悪いけど、こうもボロボロだとなんだか心配だ。声をかけずにはいられなくなる。
シンハはゆっくりとわたしの方を振り向くと震える声でこういった。
「君の力を貸して欲しいッハー」
「わたしの、力・・・」
わたしは思わず聞き返した。
「そうだッハ、天女ラクシュミーに変身してあいつと戦って欲しいッハー」
「・・・・・・」
シンハの言った事が何一つ理解できない。きっとわたしはそんな顔をしていたのだろう。
シンハはあわてて説明をはじめた。
「僕がこの町を守るようになったのは今から千二百年前くらいだッハ、でも僕一人の力だけじゃなかなか思うようにこの町を守りきれなかったんだッハー」
シンハはなおも言葉を続けた。
「そのとき手伝ってもらった女の子がラクシュミーだッハ。ラクシュミーに変身すると驚異的な身体能力と、明晰な頭脳、そしてたぐいまれなる美貌が手に入るッハ。どうやら君にはその素質があるみたいだッハー」
「素質っていったって、そんな絶対無理無理ムリムリ!」
わたしは全身で拒絶を表現する。驚異的な身体能力っていったって、たぐいまれなる美貌っていったって、明晰なずの・・・明晰な頭脳・・・明晰な頭脳!
「・・・ねぇ、シンハ・・・くん」
「ど、どうしたッハいきなり」
シンハは突如変わったわたしの声のトーンに戸惑いを見せた。
「明晰な頭脳ってことは、そのらく・・・らく・・・」
「天女ラクシュミーだッハ」
「そう、そのラクシュミになれば、勉強ができるようになるのかしらん」
正直わたしはそれほど勉強ができるわけではない。とはいえ中の上くらいの成績はとれてると思う。
家族からは成績の面でいろいろ言われることはない。しかしながら、希望する進学校に入って、なるべくお金のかからない国公立の大学となるとまだまだ努力が必要みたいだ。
人並み以上に机に向かってる時間はあると思う。去年の夏からメガネをしなければならなくなったほどだ。でもなぜか結果が付いてこないのだ。
「中学生の勉強なんてじょさ無くできるッハー、高畠を救えるのは君以外にいないッハー」
シンハは興奮気味にそう答えた。しかし答える前の一瞬、半ばあきれた表情をしたのをわたしは見逃さなかった。
「勝算はあるの」
「いうとおりに戦ってくれれば楽勝だッハー」
よーし、これでわたしの夢がかなうなら、ちょっとの危険なんてへでもないわ。
「どうすればいいの?」
「これを使って変身するッハ」
シンハは首から器用に宝石のようなものを取り外すと、わたしに渡した。
「なに、これ?」
ちょっとつぶれた水滴型、わかりやすくたとえるなら某有名RPGのスライムみたいな形をした透き通った玉だ。
「それは変身アイテムのチンターマニだッハ、それを高くかかげてオン・チンターマニ・ソワカとさけぶッハ」
「よーし、オン・チンター・・・・・・って、どさくさにまぎれて女の子になんてこと言わそうとしてるのよ!この、セクハライオン!」
その気になって意気揚々と腕をかかげるが、途中ではっと気がついた。
「な、何をいうッハ!この状況でそんなこと思いつくほうがどうかしてるッハ」
シンハがあわてて言い返す。
「チンターマニは如意宝珠、願いをかなえる宝石っていう意味だッハ。このチンターマニにはこの高畠町を守りたいっていう僕の願いがこめられているッハ。お願いだッハ、その真言を唱えてラクシュミに変身して欲しいッハ」
シンハは真剣な目をしてわたしを見つめる。
「でも・・・」
その「ことば」には・・・抵抗がある。
「大丈夫だッハ、誰もいないし僕しか聞いてないッハ」
ちっきしょう。何プレイだよコレ。
わたしは意を決して、チ・・・如意宝珠を高く掲げる。
「オ、オン・チ・・・・・・オン・チンターマニ・ソワカ!」
目をつぶりその言葉を発すると、わたしは開放感に包まれた。
如意宝珠を持ったその手から暖かさが伝わり全身にひろがっていく。まるで温泉に入っているような心地よさだ。
つぶっていた目を開くとわたしは金色に輝く空間の中に一糸まとわぬ姿で浮かんでいた。
不思議なことに恥ずかしいとかそういった感情はまったく感じない。
メガネをつけていないのにはっきり物が見える。
どこからか、ピンクとも紫ともつかない色のもやのようなものがただよって来て体にまとわりついてくる。
体にまとわりつき密度を高めたもやは一瞬強い光を放つとひらひらのゆったりとした衣装に変わる。
からだ、あし、うで、あたま。衣装が次々体中をおおっていく。
不意に金色に輝いている空間に天頂からさらに強い光が差す。まるでそこからこの空間が裂けてしまうように。
わたしは強い光に再び目をつぶった。

気がつくと、わたしは再び元の亀岡文殊堂、伊藤売店の裏に立っていた。
シンハが尻尾を振ってうれしそうにわたしを見つめている。
「ラクシュミー、誕生だッハ!」

「こ、コレが、ラクシュミー・・・」
両手を顔の前に広げる。
手首に巻かれたひらひらのついたリストバンドから、視線を下にやると胸元にちょうちょうを模したような大きなリボンがついている。
着物のように腰帯で止められた上着はそでがついていないので動きやすそうだ。さらに視線を下にやると着物が太ももの辺りでスカート状にふんわりと別れている。あわてて確認したらスパッツのような下着をはいているようだ。
足元はブーツ、そして特徴的なのが羽衣のように背中についている大きなリボンだ。
くるくると回って衣装を確認していると頭が重い、その上ピンク色の髪の束のようなものがチラチラと目に入ってくる。まさかと思って頭をまさぐる。地毛だ。それもずいぶんと伸びたみたい。腰の辺りまであるようだ。
自転車に戻り通学かばんをつかむと中からかがみを引っ張り出す。
何度も何度も失敗して、どうしてもできなかったわたしの理想のお化粧。そこには、まさに理想どおりに仕上がった顔がかわいらしくうつっていた。
「衣装は気に入ってくれたッハ?」
「ちょ、ちょっとこどもっぽいかしら」
「そんなコト言って、顔がにやけてるッハ」
う・・・シンハは一言余計な性格のようだ。
「そ、そんなことよりさっきのやつ」
「そうだッハー、すぐに追いかけるッハー」
わたしが照れ隠しにそういうと、シンハはあわててふもとのほうを見た。
先ほどの紫の化け物はわたしとシンハのやり取りの間にずいぶんと先へと進んでしまったようだ。
まって、このまま行ったら学校の方に行っちゃう。もし新しい学校が壊されちゃったら・・・ダメ、そんなの絶対いや、もう古い学校になんて戻りたくない。
わたしは思いっきり大地をけって駆け出した・・・
と、思ったら、なぜか空の上にいた。
眼下に広がるのはわずかに雪の残る田んぼとぶどうのハウス。
高さの目算なんてまるっきり見当がつかないけど、滝商店の前に止まっている軽トラックがコンビニで売ってた缶コーヒーのおまけのミニカーくらいに小さく見えた。
じょじょに浮遊感がうすれてくる。
そして、垂直落下が始まる。
「いやぁああぁあぁぁぁあぁぁぁああぁぁぁああぁおぁわぁぁああぉぁあぁ!!!」
見る見る地面が近づいてくる。
死ぬ! 死ぬ! 死んじゃう!
わたしは必死で体をひねる。
「ーーーーーーーーっ」
がに股の恥ずかしい格好で、何とか両足で地面をとらえることには成功するが、足の裏からしびれるような痛みが頭の先まで何度も何度も往復する。
「なによこれ、力の加減がぜんっぜんわかんない」
シンハがよろよろと近寄ってくる。
「気を付けるッハー、今の君は普通の人の何百倍もの力を持っているッハー」
「そういうことは早く言ってよ!」
「言ったッハ!驚異的な身体能力が備わるって!」
驚異的にも限度があるでしょ・・・
足のしびれがいえると、少しずつ足を運んでみる。
歩く速度から早足、そして走る動きに。
少しずつ動きを早くすれば何とかコントロールできる。
何よりスピードが段違いに速い、まるで自動車の窓から顔を出しているかのような、そんな感触を頬に感じる。
ぐん、ぐん、ぐんと地面を蹴るたび加速していく感じもまた楽しい。
中学校が見えてきた、中から男女問わず悲鳴が聞こえてくる。間に合わなかったか!
校門の手前でフルブレーキ、砂埃を立てながら5メートルほどすべる。
少し戻って校門から校庭を見渡す。
化け物はまだ校舎にも生徒にも手を出していない様子だ。
間に合った、よーし、後はシンハの言うとおりに戦えば!
「シンハ!どうすればいい!指示をちょうだい!」
わたしは後ろを振り返る。しかしそこにはシンハの姿は無い。
そういえばよろよろしてて、さっきはまともに歩けなかったような・・・
やっちゃった・・・置いてきた・・・
顔からさぁっと血の気が引くのが自分でもわかる。
そうこうしているうちに化け物が校舎へと向きをかえる。そして両腕を組み高く掲げた。
まさか、校舎を壊す気じゃ、止めなきゃ、でも、一人でなんて・・・
化け物が間合いを計り、もう一歩校舎へと足を踏み出す。
「やめてーーーーーーーーっ」
わたしの絶叫に化け物も、そして逃げ出している学校のみんなもいっせいにこっちを向いた。
集中する視線に頭が真っ白になった。
「ほがなごどしたら、せっかぐ出だばっかのガッコぼっこれんべしたー」
(訳:そんなことしたらせっかく出来たばっかりの学校が壊れちゃうじゃない)
普段は努めてしゃべらないようにしている方言が飛び出るぐらいパニックだったと思う。
たぶん涙目だ。
こうなったらやるしかない。意を決してわたしは化け物めがけて突っ込んだ。
一気に間合いが詰まる。わたしは右手を大きく振りか、ぶっ!
またも力加減をあやまり顔面から化け物の胸あたりへと体当たりしてしまう。
しかしながら体当たりが功を奏して化け物は大きくかたむき、そして倒れる。
相当の重量があるのだろうか地響きが起きる。
どっ、とギャラリーから歓声が上がった。
・・・いける。
力加減はまだまだつかみきれないけど、
地に足つけて殴り続ければなんとかなるんじゃないかしら。
わたしは立ち上がると化け物に対して半身になって向き合い、こぶしを胸の前で構える。
化け物はうでを突っ張り必死に立ち上がろうともがいている。
わたしはまた突っ込んでしまわないように、すり足で化け物に近づくと、まだ低い位置にある頭をめがけて渾身の右ストレートを叩き込む。
化け物の頭がぐにゃりとへしゃげる。そして再び化け物は地面に倒れ付してしまう。
反撃に備えて再度構えをとる。
しかし化け物はひとみと口を閉じピクリとも動かなくなった。
「やっつけた・・・のかしら?」
そう思った瞬間、化け物の足の辺りから2本のムチのような器官が現れわたしの足に絡みついた。
そのムチに足をとられわたしは転倒してしまう。
次の攻撃に備えなきゃ、そう思って化け物を見る。
すると、腰の辺りに真っ赤な目が開いたかと思うと一気に隆起し、両の腕を高く持ち上げた体勢へと変化した。
「こんなのあり?」
思わず声が出る。
化け物の口が開き、にやりと笑う。
はずみをつけるために体をのけぞらせる。
やばい、やられる!
そのときだった、化け物が突然「く」の字に折れ曲がる。
逆光でよく見えないが、誰かが両方のひざでぶつかって行ったような・・・
化け物は再びどうと倒れ伏す。
しめた、今のショックで足が自由になった。
そのとき、わたしの前に大きな手が差し伸べられる。
みあげると、誰か大柄な男の人のようだ。
顔には覆面をしており逆光も合わせてよく表情が見えない。
ともあれ
「ありがとう」
とお礼を言って微笑むと、わたしはその手をとって立ち上がる。
すると彼はすぐにくるりと後ろを向いて、跳びあがったかと思うとその場から姿を消してしまった。
「あのひとは・・・」
姿を消してしまった彼を探すためあたりに視線を走らせる。しかし彼の姿は見つけられない。
そのうちに、みたび化け物の体がごもごもと隆起を始める気配がした。
「ラクシュミー」
どこかで聞いたような声がした。
「ラクシュミー」
シンハの声だ。追いついたんだ。
「ラクシュミー、トゥインクルロッドを使うッハー」
「トゥインクルロッド?」
また聞きなれない単語が出てきた。
わたしは化け物と間合いを取るとシンハにたずねた。
「チンターマニに手を当ててラクシュミートゥインクルロッドと叫ぶッハ」
わたしは言われたとおり、胸のリボンの中央についたチ・・・如意宝珠に手を伸ばし、
「ラクシュミートゥインクルロッド!」
と、叫んだ。
すると、チン・・・如意宝珠が胸からはずれ、柄のような部分が丸い側から生えてくる。
途中にちょうちょの羽ををあしらった飾りがついている魔法のステッキだ。
胸の前に浮かんでいるそれを右手でつかむと頭の中にトゥインクルロッドの使い方が流れ込んでくる。
どうやらこの杖は、空間に魔方陣のようなものを描くための道具らしい。
魔方陣を描く動作はまるで踊りのようで、くるりくるりと体を回転させるたびに体に力が満ち満ちてくるような感覚に包まれる。
体中にたまった気がおなかに集まる、そしてその気の固まりは胸をとおり、右手に流れ込み、トゥインクルロッドの先の宝珠へと凝縮されていったようなかんじがする。
わたしは化け物へと向き直る。
次にいうべき言葉が自然と頭の中に浮かんでくる。
「ラクシュミー・トゥインクル・ファウンテン!」
声を発すると同時にトゥインクルロッドの先からきらきらという光の奔流がまるで噴水のようにあふれだし、化け物へと向かって降り注いだ。
「ダ・・・ダ・・・ダデーナァアァアアアァァァァアアアァァァ・・・・・・・・」
輝く光の泉の中で、化け物は体をねじらせ、ゆがめて、ちぎれ、そして消えていった。


夕飯を終えて、わたしは農機具小屋の2階に増築されたわたしの部屋へと入った。
部屋の中にはシンハがちょこんと座っておとなしくまっていた。
台所からくすねてきた魚肉ソーセージをむいてわたしてあげると、シンハは器用に両手でソーセージをつかみお、いしそうに食べ始めた。
勉強机のイスに腰掛け、机の上においてあったビー玉のような宝珠を見つめながら今日あったことを振り返る。
トゥインクルファウンテンであの化け物をやっつけたあと、化け物の体からこのビー玉のような宝珠が転がり落ちたのだ。
シンハの話によるとこの宝珠は「文珠」というらしい。
「文珠」は全部で百八つあって、これが文殊様の、ひいてはシンハの力の源であるというのだそうだ。
この「文珠」の大半が何者かに奪われたとシンハがばつが悪そうに告白した。
「じゃぁなに、この文珠を全部集めるためにわたしに協力して欲しいって言うの?」
「そ、そういうことに、なるッハー」
「それじゃまたあんなのとやりあわなきゃなんないの?」
「た、たぶん・・・」
シンハはわたしから視線をそらす。
「冗談じゃないわよ、もうあんな怖い思いこりごりだもん」
「でも、「文珠」がないとボタンの合格祈願ができないッハー」
うぉぅ!なんと言う人質だ・・・
わたしの未来の夢への架け橋がこんな犬っころに握られているなんて・・・
わたしの表情からあきらめを読み取ったのだろう、シンハが言葉を続ける。
「というわけでしばらくよろしくお願いするッハ!あ、お礼といっては何だけど、そのあいだ家庭教師として勉強を見てあげるッハ」

カリカリと足を引っかかれる感触で現実へと引き戻される。
見ればシンハが足にまとわりついていた。
「ソーセージのビニールを最後までむいて欲しいッハ」
幸せそうなシンハの顔を見ているうちになんだかむかむかと腹が立ってきた。
わたしはソーセージのビニールを全部むくと、シンハが口をつけたほうの3センチほどをちぎり、残り全部をわたしの口の中に押し込んだ。
「あーーーーーーーー!」
シンハの悲しそうな声が夜の闇に響き渡った。

一方そのころ
「くそっ!なんだ!なんなんだいったい、あいつは!」
一見誰も住んでいないように見えるあばら家の中で、青木は荒れに荒れていた。
「おかげで計画が台無しじゃないか!なぁ赤木!」
青木が振り返った先には赤木が座っていた。頬杖をついて無表情で窓から月を見ている。
「学校へダデーナーを出現させて、大暴れさせる!その後で俺たちが出て行ってかっこよくやっつける!そうすれば、友だち百人!彼女も百人!モテモテのリア充学園生活が送れるはずだったのに!おい、聞いているのか赤木!あかぎー!」
甲高い声で青木は赤木に呼びかける。
赤木はまだ、無表情で月を見上げている。
「・・・まぁいい、「文珠」はまだまだこんなにある、それに学園生活はまだ始まったばかりだ!次回こそは、次回こそはあの女に邪魔される前にダデーナーをやっつけて、友だち百人!彼女も百人!モテモテのリア充学園生活を手に入れてやる!なぁ赤木!」
青木の高笑いがあばら家の中に響き渡った。
赤木はまだ月を見ている。
しかしその瞳に写るのは月ではなく、今日学校で手を差し伸べた少女「ラクシュミー」が、自分に送ってくれた微笑みであった。

まほろば天女ラクシュミー 1話 了


おまけ 1 たかはた昔話「ぼたん姫」

むかしむかし、たかはたの一本柳に浜田というお殿様が住んでいた。
浜田には40を過ぎても子宝に恵まれなかったので、なんでも願いがかなうと評判の亀岡文殊へ子宝祈願に訪れた。
浜田が祈願に訪れると、文殊様が唐獅子の背に乗って夢枕に立ち、牡丹の花で浜田と奥方の頭をなでた。しばらくして奥方は懐妊した。
こどもはかわいらしい女の子だった。牡丹の花でなでられて生まれた子なのでぼたん姫と名づけられた。
ぼたん姫は美しく成長し、年頃になるとあっちこっちのお殿様からぜひ結婚したいと強く求婚を迫られた。
中でも竹の森と二井宿のお殿様の求婚はたいそう強く、一本柳を巻き込んで竹の森と二井宿で戦争が起きそうになった。
見かねたぼたん姫は二人に対し「わたしは文殊様によって授かった子供なので、文殊様にお伺いを立てて、文殊様が選んだほうのお殿様に嫁ぎます」といって、亀岡の文殊堂にこもった。
その後文殊様のお導きにより、姫は二井宿の志田の殿様に嫁ぐこととなった。
志田の殿様とのあいだに子供ができたぼたん姫は、お産のために里帰りする途中、泉岡で産気づき、赤ちゃんを産むが、産後の肥立ちが悪く、若くして亡くなってしまう。
しかしこのとき生まれた子供が、後に安然大師と呼ばれる立派なお坊様になったという。

解説 
時代背景を見ると、安然大師が生まれたのが825年ごろ。
亀岡文殊が徳一上人によって建立されたのが807年ごろといわれています。
と考えると、浜田は建てられたばっかりの亀岡文殊堂へ行って祈願をしてきたようです。
たぶん、亀岡文殊のコマーシャル的に作られた話なのではないかな?
などと勘ぐってみたりします。
なお、安然大師ですが滋賀県で生まれた説もある様子。
比叡山で活躍したお坊さんらしいです。


Q&Aコーナー

Q1. 何でまたラクシュミーなんて名前なの?
A1. 天女伝説を元にしたお話なので天女っぽい名前にしたいと思ってました。
   天女をwikiで検索したところ、「中国の貴婦人の姿で描かれる」
   「元は中近東の翼人がモデル」「インドではアプサラス」とかそんなネタが書いてました。
   さすがにアプサラスはないわーと思ってもうひとつの物語のキーパーソンである
   文殊菩薩を検索したところ「別名、妙吉祥菩薩、吉祥金剛・・・」などと出てきました。
   吉祥天がラクシュミーなのでじゃぁラクシュミーでいいやというのが理由です。
   クリシュナだと元ネタと言葉の響きが近くてよかったかなぁと思ったりもしてます。

Q2. 何で妖精が唐獅子なの?
A2. 文殊様の乗り物として唐獅子が付き物だからです。
   あのいかつい顔をした唐獅子もゆるく描くとかわいいでしょ。
   文珠が全部集まると本来の姿を現すかも。
   あとは「唐獅子牡丹」だの「牡丹と蝶」だの古来からの組み合わせでキャラ設定してます。



第2話 今年のさくら 今年のだんご


唖然とした。
掲示板にでかでかと張られている学校新聞を見て唖然とした。
「謎のコスプレ少女!放課後の学校で大活躍!」
幸いピンが甘くて顔はよく見えないが写真もでかでかと載っている。
A4の用紙をわざわざ九枚も張り合わせていったい誰がこんなものを!
発行者の名前を探そうと新聞に顔を近づけたそのとき、
「ぽちっとな」
「ひゃうん!」
襟足のほくろを突っつかれ、はからずも大勢の生徒のいる真ん中で声を上げてしまう。
わたしは振り返ると千代ちんの肩をつかみ、掲示板の前から離れる。
「ちーよーちん!」
「おはよー、ぼたんちゃん」
「おはよーじゃないわよ!まったく!」
精一杯して見せた怖い顔にも動じず、千代ちんはニコニコと笑っている。
「ねーねーなに見てたの?」
千代ちんはそう言うと、後ろの掲示板を見ようとぴょこぴょこと飛び跳ねる。
「え、ええと」
あまりその話題に触れたくないわたしは、言葉をにごして別の話題に持っていこうと考える。
が、あの巨大掲示物の存在感は大きく、ラクシュミーの写真は否が応にも千代ちんの目に留まる。
「へー、こっちにもああいうの好きな人っているんだー」
「いや、あの、そんなに好きこのんでやってるわけじゃないよ・・・と思うんだけど・・・」
「詳しいね? 知り合い?」
「いや、えっと、そういうわけじゃ・・・」
千代ちんの発言にしどろもどろになる「ご本人」。
そのわたしに不思議そうな顔を向ける千代ちん。
やばい何か感づかれたかしら?
でも正体がばれたからってどうにかなるのかな?シンハは特に何にも言ってなかったけど・・・
いやいや、魔法とかなんかの副作用よりも、この場に居合わせてる人たちの好奇の視線を考えたら・・・
やばい! 正体がばれたら社会的にやばい! 恥ずかしくて生きていけない!
ばれちゃだめだ! 何とか話題を変えなきゃ!
「どうしたのぼたんちゃん? 具合でも悪い?」
「え、あぁ、うん、ほらあれよ! 具合はともかくわたしジャーナリスト志望じゃない! だからほら、こういう新聞部とかあったらいいなーと思ってて、うん。 放課後にでもここの部室行ってみようかなーなんて、あ、あはは・・・はは・・・」
「う、うん。がんばってね、ぼたんちゃん・・・」
よーし、これでうまく話題が・・・あ、あれ?変わってたのかな?


窓から校庭を眺めると、数名の男子が先日のラクシュミーの動きを、あんな細かいところまでよくもまぁ見られていたもんだと感心するほど詳細に再現していた。
そこに青木君と赤木君が通りかかる。
赤木君の恐ろしげな風貌にか、青木君のおどろおどろしい雰囲気にか、男子たちはクモの子を散らすようにその場からいなくなる。
青木君はみんながラクシュミーの動きを再現していたあたりに立ち、ぐるりと周りを見回すと、舌打ちをして下を向いて再び歩き出した。
「・・・さん、冬咲さん? 僕の話し聞いてる?」
「あっ、聞いてます。聞いてますよ大河原さん」
語りかけられる声にはっと引き戻されるわたし。
ここは図書室の一角。新聞部の活動はここを中心に行われると聞いて千代ちんと二人で訪れてみたのだ。
本当はあの場を取り繕うためにでまかせを言ったのだが、どうやら千代ちんがその気になってしまった様なのだ。
「だから僕はね町外からの、それもアーバンライフ、つまり都会的な生活に親しんだ転校生であるところの竹田さんのビューポイント、視点がね、きっと新聞部のこれからの活動に大きくプラスになってくれると考えているんだよ」
熱く語っているのは大河原部長。
彼はとにかく話がまだるっこしい。
理屈っぽいだけでも大変なのに、言葉や文章に余計な装飾をつけすぎるきらいがある。
その上何かと専門用語や聞きなれないカタカナを使いたがる。
また、難読漢字を多用するのがカッコいいと思っているらしく「うるさい」は必ず「五月蠅い」、「はかどる」は「捗る」と書かないと気がすまないときている。
容貌は短髪だが顔がでかくパンパンで、何で買っちゃったの?と思うようなデザインのおしゃれメガネがこめかみに食い込んでいるさまが痛々しい。
苦手だなぁこの人、と思い視線をテーブルのすみに移すとまだ学生服に着られてるなといった感じの吉田君と目が合う。
すると吉田君は目の前に広げてあるノートを腕の中に隠すようにする。
残念ながらお姉さんにはしっかり見えてますよ。
どうやら萌え系の女の子を描きたいようだがうまく線が定まらないようだ。
たぶんわたしや千代ちんの落書きのほうが上手い。
あんまり見ていて嫌われてもしょうがないので視線をテーブルの反対側に移す。
そちらでは何で運動部に行かなかったのと思えるようながっしりした体格で、髪をスポーツ刈りに整えた日下部君がやたらとごつくてごちゃらごちゃらしたカメラを大事そうに磨いたり、時折ファインダーをのぞいたりしている。
先日の写真を撮ったのも彼のようだが、あの写真を見る限りではこのカメラも宝の持ち腐れのようだ。
「だからね・・・冬咲さん?冬咲さん、僕の話聞いてる?」
「あっ、聞いてます。聞いてますよ大河原さん」
部長はコホンとひとつ咳払いをして話を続ける。
「だから君たち二人には、いつも見慣れた町でも視点が変わればこんな風に見えるよと、こういった観点から高畠の観光について提案するような記事を担当して欲しいんだ」
どうして学校新聞で町の観光のことまで心配しなきゃならないんだろう。と考えていると部長は正面から千代ちんの手を握り、
「そのためにも竹田さんは予備知識ゼロでいろいろな体験をしてほしい」
と言った。
それから千代ちんの手を握ったまま顔だけこちらに向けて、
「そして冬咲さん、君は竹田さんをサポートするためにガイドとしてしっかり下調べをして解説できるようになっていてほしい」
と言う。
え?それって、なんかわたしの方が大変なんじゃない?
反論するまもなく部長は千代ちんの手を取ったまま立ち上がると、
「そうだ竹田さんはこの学校まだ慣れてないでしょ、これから僕が案内するよ。じゃ、みんな後はよろしく」
「え?あの、みんなまだ慣れていないと思うんですけど・・・」
という千代ちんの言葉が聞こえないかのように部長はずんずんと千代ちんを引っ張っていってしまう。
「一年生のほうの教室は僕が・・・」
そういって吉田君も立ち上がる。ついで日下部君も黙って席を立つ。
残された吉田君のノートに描かれている女の子の頭には短いツインテールとさくらんぼのような髪留めがついていた。
一人ぽつんと図書室に残されたわたしは、女のプライドを傷つけられた怒りで、こんな部なんかやめてやろうか、とも思ったが、千代ちん一人をこんな男どものところへ置いてもおけない。
これからの部活動を思うと先が思いやられた。


高畠町の桜の開花は例年ゴールデンウィークの一週間前ぐらい。
気温や天気しだいだが、おおむね四月いっぱいは桜が楽しめる。
黄砂で遠くの山がぼんやりとかすむなかを、わたしと千代ちんはデジカメ片手に、高畠駅から町内を目指してまるで桜のトンネルとなった「まほろばの緑道」を歩いていた。
シンハも犬の振りをしてついてきている。
「まほろばの緑道」は高畠駅から屋代地区へ向かい市街地を通り安久津八幡神社へと続く全長約6キロのサイクリングロードだ。
元は高畠鉄道という路線の線路が走っていたが、1974年に廃線となり、町民の憩いの場となるべく整備されたという。
道の両脇には約七百本の桜の木や果樹などが植えられている。
また、途中には「泣いた赤鬼」などの代表作を持つ、高畠出身の童話作家「浜田廣介」の記念館もある。
どうしてこんなところを歩いているかというと、例の新聞部の活動である。
まず千代ちんが目をつけたのがこの桜満開の「まほろばの緑道」だった。
サイクリングロードだから自転車でというわたしの提案は千代ちんに一蹴される。
「自転車じゃ見落とす景色もある。こういうのは歩いてなんぼ」
なんだそうだ。
日ごろ自転車ばっかりで歩きなれてないわたしとしては、となりを通り過ぎていくレンタサイクルの家族連れがうらやましい・・・
九時ごろに駅を出発して約一時間。廣介記念館の庭にあった童話をモチーフにしたオブジェの数々にだいぶ時間を取られたわたしたちはようやく屋代小学校方面へと続く道へと向かう。
古い民家の立ち並ぶ一本柳の道路をわたると一面の田んぼが広がっている。
このあたりは盆地のほぼ中心部なので山が遠く、さらにごちゃごちゃとした建物が無いのでより田んぼの広さが感じられる。
「すごーい」
千代ちんが目を丸くする。
そんなにたいしたものかなぁと思いながら、わたしとシンハは走り出した千代ちんの後ろを追いかけた。
その後も、ときどき置いてある高畠石の巨石や、子供たちになでられすぎてペンキがはげてしまった動物のオブジェを仔細に眺めたり、道端に設置してある遊具にまたがってみたり、地面に描いてあるケンケンをやってみたりと、千代ちんは何かを見つけるたびに全力でそれを味わっていた。
わたしはというとその様子を写真に収めたりしつつも、見慣れてしまい、代わり映えの無いような風景に正直飽き飽きしてきた。
このように道草をくいながら歩いてきたので旧高畠駅公園に付くころにはお昼近くになっていた。
一面桜色に染まった公園に着いて、本当ならここで一息入れたいところだが、名ガイドであるわたしは、あえて高畠石で組まれたレトロでモダンな駅舎を横目に公園を突っ切り「昭和縁結び通り商店街」へと向かう。
この「昭和縁結び通り商店街」にも千代ちんの興味を引くものはたくさんあるが、わたしは寄り道を許さず、目的の店「おばこや」の前まで千代ちんを引っ張って行った。
「おばこや」は甘いもののお店でこの時期にはだんごをメインに売っている。
「すいません。予約していた冬咲ですが・・・」
「はいよ、冬咲さんね・・・じゃ、これ800円」
この時期は予約なしには買えない人気のこのだんご。
あん、ゴマ、しょうゆ、そして枝豆をすりつぶしたじんだんの4種類、各2本ずつ入ったパックを受け取る。
そのあいだ千代ちんは、おかみさんがだんごの生地を棒状にのばし、リズミカルに包丁で切って、串にさしていく様子を店先から感心した様子で写真に収めていた。
わたしたちは再び旧高畠駅の公園へと戻る。
花見客が大勢いる中、わたしたちは腰を下ろせそうなベンチを探す。
が、千代ちんが先ほどスルーした旧駅舎に釘付けになる。
濃い肌色というか、薄い茶色というか、明るいオレンジ色をした凝灰岩の高畠石。
この石をまるで西洋の城砦のようにくみ上げた外観をしているのが旧高畠駅の駅舎の特徴だ。
現在では耐震性の問題などから中に入ることは出来ないという。とはいえ2011年の大地震はしっかりと耐え切ったので何か活用しないのはもったいないような気もする。
五分後、渋る千代ちんを何とか駅舎から引き剥がし、かつて高畠鉄道で活躍していた機関車、といってもセダン車のような形をした電気機関車なのだが、この機関車の前にあるベンチに腰を下ろせた。
千代ちんは機関車が見たくてうずうずしているが、まずは団子だ昼飯だ!
「やっぱりこの季節になるとこれを食べずにはいられないのよね~♪」
と、包みをほどくと千代ちんの目も団子に向く。
最初の一本、わたしはゴマから、千代ちんはじんだん。
「おいひー」
「やわあはーい」
わたしたちは同時に声を上げた。
「あおね、あおね、おらんごがね、えきたへやからね・・・ふんごふやあらかいのよ」
千代ちんが興奮して訴えてくる。
わたしはお茶のペットボトルのキャップをひねると千代ちんに手渡す。
千代ちんはごくりと一口だけ飲み、一息つくと再び感想を語りだした。
「そしてこのずんだ? じんだん? これもおいしいのよ! 初めて食べたんだけど!」
千代ちんはそういうと二玉目へと口をつける。
ひとかみふたかみして千代ちんは目をつぶると足をばたばたさせ団子のおいしさを全身で表現する。
お団子がおいしいのはわかるけど・・・、紹介したお団子を評価してくれるのはうれしいけど・・・、こうまでされるとなんだか馬鹿にされているように感じてしまう・・・
あっという間に一本食べ終えた千代ちんは魚肉ソーセージをねだるシンハのような目をしてわたしを見つめる。
はいはい、もう一本じんだんが食べたいのね。
わたしは黙って団子のパッケージをくるりと回し、くしの出ているほうを千代ちんに向ける。
そのときシンハとも目が合う。はいはい、あんたも欲しいのね。
ペットボトルのフィルムをむいてから団子を一玉はずしその上に乗せてやる。
まってましたとばかりに団子にむしゃぶりつくシンハ。
「おいしいッハ♪」
と思わず声に出す。
「え?」
千代ちんが驚いたような顔をしてシンハを見る。
シンハはしまったという顔をしてわたしを見る。
「・・・え、と・・・ほら、あの・・・『おいしい?シンハ』ってきいたのよ。ほら曲がってしゃべると変な声が出るじゃない!・・・おいしい?シンハ・・・」
シンハの声まねまでして弁明する。千代ちんはあっけにとられたような顔をしている。
ここはひとつ話題を変えないと・・・
「そ、それよりさ、今まで念入りに時間をかけてまほろばの緑道を見てきたじゃない? どう? いい記事かけそう?」
わたしは千代ちんに問いかけた。
「うん、だってすっごく楽しかったから」
「ふうん、楽しかった・・・ねぇ」
即答する千代ちん。それに対して少し言いよどんでしまうわたし。
そんなわたしに千代ちんは微笑みながら言葉を続けた。
「きっと、ぼたんちゃんは見慣れちゃってると思うんだ、この風景に。毎年、毎年、この桜並木を歩いて、このお団子食べて・・・」
千代ちんは団子をひと玉口に入れ、飲み込むとまた言葉を続ける。
「わたしさ、お父さんの仕事の都合で毎年毎年あっちに行ったりこっちに行ったりで、毎年見てきた桜も食べてきたお団子も違うんだ・・・だから、この季節になったらココに来て、ココのコレ食べなきゃっ、ていうのを持ってるぼたんちゃんがうらやましいんだよね・・・」
そういうと千代ちんは少し寂しげな目をして見せた。
「もう来年は見れないかもしれない、もう来年は食べれないかもしれない、だったら思いっきり楽しんで、思いっきり味わってやろうって思って、一期一会って言うのかな? ちょっとちがう?」
千代ちんは少し照れたような顔でこちらを見る。
わたしは千代ちんの微笑みを受け止められず、足元のシンハに視線を逃がしてしまう。
「そうだったんだ・・・」
千代ちんの思いを知って、なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
その思いが見透かされたのか千代ちんがわたしに言葉をかける。
「・・・なんだかしんみりさせちゃってごめんね、でもわたしお得なのよ。だってぼたんちゃんよりもっと多くの桜の名所やお団子の味を知ってるんだもの」
そういって千代ちんは薄い胸を張って見せた。
「こいつぅ」
と、わたしは千代ちんをひじでつつく。わたしたちはしばらく笑いあった。
「あとね、これはお母さんからの受け売りなんだけど・・・」
千代ちんは人差し指を立て目をつぶり、一呼吸置いて言った。
「女は、ふるさと以外に住んでる男の人を好きになって結婚したら、その人の町に暮らさなきゃいけなくなるじゃない。だからそれまでは自分のふるさとを大事にしなさいって、自分の子供にふるさとのいいとこをいっぱい教えられるように・・・」
千代ちんはわたしを見て、
「わたし、お母さんの大好きなこの町に来れて幸せなの」
と微笑んだ。
と、そのとき。
藤棚の東屋の向こう側、駅舎の裏手の広場のほうから大勢の人の悲鳴が聞こえてきた。


「・・・なに、あれ?」
見覚えのある二度と見たくなかった紫の化け物を、初めて目にした千代ちんは絶句した。
シンハが足を叩いて必死に変身しろって訴えかけてくる。
「でも」
となりには千代ちん。
まわりには大勢の花見客。
絶対に正体がばれるわけにはいかない。
「ダデーーーナーーーーーーーーー」
化け物が一声ほえると、まわりからもいっせいに悲鳴が上がる。
急に腕が重くなる、見ると千代ちんが腰を抜かしてわたしの腕につかまっていた。
「・・・ぼ・・・ぼたんちゃん・・・何?あれ・・・」
化け物を前にして比較的冷静なわたしを頼もしく感じるのか、千代ちんはぎゅうっとわたしの手を握りながらたずねてくる。
「だいじょうぶ・・・だいじょうぶよ・・・だから、立てる?」
わたしは千代ちんの手を握り返しひっぱるが、千代ちんは青い顔で化け物を見つめ、ただただ震えているだけだ。
その千代ちんの前にシンハが飛び出ると、千代ちんに向かって
「ガオウ!」
と吼えた。
千代ちんは目を回し意識を失う。
「千代ちん!千代ちん!」
わたしは千代ちんを揺り起こそうとする。
「大丈夫、術をかけて気絶させただけだッハ。さあ今のうちにラクシュミに変身するッハ」
「ンばが!こだなどさ置ぎっ放しにさんにぇべっした!」
(訳:ばか!こんなトコに置きっ放しにできるわけないじゃない!)
わたしは千代ちんを後ろから抱え上げるとズリズリと引きずって避難させる。
とりあえず東屋のかげにでも寝せておけば大丈夫だろう。
後は見つからずに変身できるところ・・・さっきお団子食べた機関車と貨車のすき間がいい。
わたしは機関車までダッシュすると貨車とのすき間にもぐりこむ。
そしてシンハから如意宝珠を受け取ると、念のため周囲を確認し、ひとつ深呼吸をしてから、
「オン!チンターマニ・ソワカ!」
と叫んだ。
温かい空間に漂う。そんな感覚を久しぶりに受けたかと思うとわたしはラクシュミーの衣装を身にまとっていた。
服の引っかからないような位置に移動すると、ジャンプして公園全体を眺める。
基本的な動きや力の調整はあれから何度か練習して加減ができるようになった。
女の子の恥じらい、変身のための呪文への抵抗も・・・三回目くらいで・・・捨てた・・・。
化け物は?・・・良かった、まだそんなに動いていない。
次のジャンプで背後に回ってトゥインクルファウンテンで速攻片をつけちゃおう、と思いながら地面に降りたが何か違和感を覚える。
わたしは違和感のした方、駅舎の屋上へと向かって大きくジャンプした。
駅舎の屋上には人がいた。
それもただの人じゃない、ゲームやマンガの中に出てくる魔法使いのような服を着た人が、化け物のほうを向いて「来い!」とか「早くしろー!」とか、身振り手振りをしながら声をかけているのだ。
きっとこいつが前回や今回の化け物騒ぎの黒幕なのね。
わたしは颯爽と彼の後ろに降り立つと、人差し指を「ビッ!」と向けながら、
「そこまでよっ!」
と、叫んだ。
魔法使いのような格好の男はゆっくりとこちらを振り向く。
顔はフードに隠れてよく見えない。
「・・・また・・・貴様か・・・」
男はしぼり出すような声で言った。
「また?・・・またってことはこのあいだの学校の化け物もあんたの仕業なのね!」
「そうだといったら・・・」
男は体の前で腕を交差させてひざを曲げ、腰を低く落とす。
いつでも跳びかかってこれる体勢だ。
わたしは油断なく男の動きを見つめながら、
「この高畠の平和を守る、まほろば天女ラクシュミーが決してあなたを許さない」
そういって見得を切る。
男はいまいましげに口の端をゆがめると、
「ふん・・・ならば今日のところは譲るとしよう・・・」
とつぶやき、ザリガニのように背後へと跳んだ。
「危ない!」
落ちちゃう!と思いあわてて追いかけ手を伸ばすが届かない。
屋上の縁につかまり下を覗き込む。
と、化け物がすごい勢いで跳び上がって来て、わたしはあわてて頭を引っ込める。
紫の化け物は空中で姿勢を整えるとわたしに狙いを定める。
・・・ちょっと待ってよ、このまま落ちてきたら駅舎もただじゃすまないじゃない・・・
わたしは広場へと向かって跳んだ。
化け物もそれを追うように落下してくる。
駅舎は無事だ。しかし、化け物の巨体がわたしに迫ってくる。
空中では思うように避けられない。
まずい! やられる! 
わたしは思わず目をつぶる。
次の瞬間、力強い何かに抱きすくめられる感触と体が上昇するようなGを感じた。
続いて「ドーン」と何か重いものが落下したような音が響いてくる。
恐るおそる目を開けるとわたしは誰かの腕の中に抱えられ宙を飛んでいた。
この覆面姿は、この間もわたしを助けてくれた彼だ!
覆面の彼は化け物から離れたところに着地する。覆面のせいで彼の表情はよくわからないが、視線は鋭く化け物に注がれている。
あれ、ちょっと待って、この格好って・・・
今のわたし・・・お姫様抱っこ!
そう思うとなんだか急に恥ずかしくなる。
「・・・あ、あの、ちょっと・・・」
わたしが声をかけると覆面の彼はわたしの顔を見つめる。
やだ、こんな体勢でそんなに見つめられたら・・・
カァッと顔が熱くなるのがわかる。わたしは恥ずかしくなって顔をそらす。
すると彼はそおっと体を傾け、足から地面に降ろしてくれる。
 
「あ、あの、ありがとうございます」
わたしは振り向いて彼にお礼を言った。しかしそこに彼はいなかった。
このあいだと同じように彼は忽然と姿を消していたのだ。
ズズズズズ・・・・・・と地響きがする。
化け物が再び動き始めたみたいだ。
もうさっきみたいな油断はしない、速攻で決める。
「ラクシュミートゥインクルロッド!」
如意宝珠が魔法のステッキへと姿を変える。
トゥインクルロッドをつかむと空中に魔方陣を描く。
よおし、気力充実。
「ラクシュミー・トゥインクル・ファウンテン!」
わたしは化け物めがけてトゥインクルロッドを振りかざす。
が、そのとき化け物が身をよじらせた。
光の噴水は化け物の体を捕らえるにはとらえたものの、その半身を削り取っただけだった。
「ダァアァアァァァアアアデェェェエエェエェェエエェナァァァアアアアアァアア!」
半身を削り取られた化け物は痛みのためか、体を伸ばしたり縮めたり、地面に体を打ち付けたり駆け回ったりものすごい勢いで暴れまくる。
そのたびに衝撃が起こって桜の花が散り、風がおきて花びらが宙に舞う。
「もしこいつが千代ちんに向かって行ったら・・・」
わたしは千代ちんの元へと駆け寄り、何かあったらいつでも逃がせるようにしっかりと抱きすくめる。生身のときと違って軽々動かせそうだ。
化け物は高く跳び上がると、わたしたちの頭の上を飛び越えて機関車の上へと落ちた。
その瞬間機関車からバリバリと紫色の稲妻のような光が放たれた。
まぶしさにわたしは手をかざす。
しばらくして、光はおさまり静寂が訪れる。
「やっつけた・・・のかしら・・・」
そう思ったのもつかの間、機関車がガタゴトとゆれだした。
ゆれはますます激しくなる。
金属のこすれるような延びるような甲高い音がしだした。
そしてついに「ゴギン」という大きな音がして機関車が宙に浮いた。
機関車の運転席にあるメガネのようにコミカルな四角い二つの窓は、化け物の真っ赤な目の色に変わっていた。
そしてその窓を目とするならおでこの位置にある大きなライトの跡が鈍い光をたたえながら明滅していた。
機関車は上空10メートルほどのところに浮かび、まるで獲物を探すかのようにゆっくり回転する。
目が合った! 
見つかった!と思うや否や、千代ちんを抱いてその場から飛び退く。
ドーンという音と土煙が上がる。
煙の向こうにはぐにゃりと鉄柱のへし折れた藤棚の東屋が見える。なんという突進力だ。
ともかく千代ちんを抱いたままじゃ戦うにも戦えない。ひとまず千代ちんを下ろして、敵をひきつけないと。と、千代ちんから手を離した瞬間・・・
見つかった!
もう一度千代ちんを抱き上げて跳ぶ時間は無い!
ドン!
わたしは腕を前に突っ張って、機関車の突進を正面から受け止めた!
「ん、んぎぎぎぃ・・・おもい・・・」
足首あたりまで地面にめり込んでる感じがする。
うまく力を逃がせばかわせない事も無いかもしれない。でも・・・
下を見ると千代ちん。
下手に動けば千代ちんが機関車につぶされちゃう!
シンハが駆け寄ってきて千代ちんの靴に噛み付き、千代ちんを引っ張り出そうとする。
おっ!いいぞ!と思うも靴だけスポンと脱げて、勢いあまったシンハはごろごろと転がって目を回す。
こんの役立たずぅ。
「お願い、千代ちん・・・目を覚まして・・・」
わたしのあごからぽたりぽたりと千代ちんの顔に汗が滴り落ちる。
「・・・ん、ううん・・・」
しめた、気がついた。
わたしの祈りが通じたせいか、それともシンハが目を回して術が解けたせいか、千代ちんが意識を取り戻した。
「・・・あれ、コスプレの人?・・・え、どうしたの?・・・え? え? え~~~?」
状況を把握した千代ちんはパニックにおちいる。
「・・・は、や、く、に、げ、てぇ~・・・・・・」
声を絞り出すようにお願いする。もうそろそろ限界だ。
千代ちんはお尻をずってわたしたちの下から這い出ると、くるりと振り返って靴が脱げているのにも気づかずにダッシュで逃げ出した。
よし、あのくらい離れれば。
わたしは拮抗している力を下方向へと逃がしてやり、その反動で空高く舞い上がる。
機関車は芝生にめり込んで身動きが取れないでいる。
チャンスだ!
空中でトゥインクルロッドを取り出すと、着地と同時に魔方陣を描く。
今度は絶対はずさない!
「ラクシュミー・トゥインクル・ファウンテンッ!」
光の噴水が機関車へと向かって一直線に放たれ、包み込む。
「ダデェェェエエエェェェエエナアァァアァァアアアァァアアァァ・・・・・・」
絶叫があがり、機関車がまとっていた禍々しい気の様なものが消えたような気がした。


唖然とした。
掲示板にでかでかと張られている学校新聞を見て唖然とした。
「謎のコスプレ少女!満開の桜の下でも大活躍!」
幸い後姿で顔はよく見えないが写真がでかでかと載っている。
A4の用紙をわざわざ十六枚も張り合わせていったい誰がこんなものを!
いや、このアングルで写真が取れたのはただ一人、もう一度確認しようと顔を近づけたそのとき、
「ぽちっとな」
「ひゃうぃん!」
襟足のほくろを突っつかれ、またしても大勢の生徒のいる真ん中で変な声を上げてしまう。
わたしは振り返ると千代ちんの肩をつかみ、掲示板の前から離れる。
「ちーよーちん!」
「おはよー、ぼたんちゃん」
「おはよーじゃないわよ!まったく!」
精一杯して見せた怖い顔にもまったく動じず、千代ちんはニコニコと笑っている。
「一体全体どーしたのよこの記事!」
「あ、見た見たー? すごいでしょー」
「すごいでしょって、何でラク・・・じゃなかった、まほろばの緑道の記事はー?」
危うくラクシュミーの名前を口走りそうになる。
「緑道の記事は左下のほうにあるよ。 それよりすごかったんだってぼたんちゃんが気絶しているあいだ!」
そう、あの時わたしは気絶していたことになっている。
というか、変身から戻ったあとの反動がすごくて動けなかったのだ。
機関車を正面から受け止めたのが効いたのだろう、腕、肩、腰、脚がミリミリと悲鳴を上げ、おかげで貴重なゴールデンウィークの間中ろくに動けず寝てすごしていた。
「部長に写真と記事を見せたらすごく気に入ってくれて、で十六枚編成の超特大紙面!」
千代ちんはとってもうれしそうに話を続ける。
「機関車の化け物をとぉーっ!って叩きつけたかと思うと、魔法のステッキでやぁーっ!って・・・わたし、ああいうのって漫画やアニメの中だけかと思ってたんだけど・・・ねぇねぇ、聞いてるぼたんちゃん?」
「う、うん、聞いてるわよ・・・」
いやだー、聞きたくなーいと内心思いつつもとりあえず相づちを打つ。
「それでね、わたし決めたの! このコスプレの人を探すって!」
「え?」
千代ちんの発言にわたしは目を丸くする。
「なんていうのかなー、馬鹿にされちゃうかもしれないけど、ああいうのに昔からあこがれてたって言うか・・・なってみたいなぁって・・・」
なってみたいなぁって・・・代われるものなら代わって欲しいよ・・・
「あぁ、今あの人はどこにいるのかしら・・・」
・・・はいはい、ここにいまーす・・・
夢見る乙女の目をした千代ちんに、声に出来ないつっこみを入れるわたし。
せいぜい出来ることといえば乾いた笑いで相づちを打つことだけだった。

月夜の旧高畠駅を赤木と青木が連れ立って歩いていた。
例の騒ぎのせいもあり、公園の桜はすべて散ってしまっていた。
事件から十日たって、立ち入り禁止の黄色いテープはまだ移動のすんでいない機関車の周り以外からは剥がされていた。
遠目から機関車を見ると青木は舌打ちをした。
「くそっ!何度思い出しても腹が立つ! そもそもお前がもたもたしてなければギャラリーの大勢いる中でお前の雄姿を見せ付けることができたんだ。 見ていたのが町民ともなれば友達千人、彼女も千人の超リア充ライフが送れたはずじゃないのか、なぁ赤木!」
そう言うと青木は赤木に人差し指を突きつける。
赤木はうつむいてじっと自分の両の手のひらを見つめていた。
「おかげで見ろ、あのざまだ! またあのラクシュミーとか言う小娘においしいところを持っていかれたじゃないか!」
「ラク・・・シュミー・・・」
赤木はつぶやくと開いていた両の手をぎゅうっと握り締める。
「そうだ!あいつは自分でそう名乗っていた。しかし・・・」
青木は再び機関車に目をやる。
「しかし、この間の戦いではダデーナーの面白い使い方が判ったのが収穫だったな・・・。ようし、いいか赤木!次こそは!この次こそはあのラクシュミーよりも先にかっこよく活躍して、幸せなリア充ライフを手に入れてやるぞぅ」
青木の高笑いが公園中に響き渡る。
赤木は再び手のひらを広げてじっと見つめる。
赤木にはその腕の中に、この間抱きしめたラクシュミーの柔らかく温かな感触がまだ残っているかのように感じられた。

まほろば天女ラクシュミー 2話 了



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