閉じる


<<最初から読む

11 / 15ページ

おまけ 弥三郎婆


陸奥国安倍氏に仕える一本柳の武士「渡会弥太郎」
彼が若いとき鳩峰山で一人の天女に一目ぼれをする。これが岩井戸、後の弥三郎婆である。
二人は祝言を挙げ、弥三郎と言う子供が生まれる。
幸せなときもつかの間、前九年の役で戦に駆り出された弥太郎はついには帰らぬ人となる。
弥三郎と岩井戸は落延び、いつか御家の再興を願いながら隠れ住む。
やがて弥三郎は土地の娘と結婚し、子供が生まれる。
後とりもできたので武者修行の旅に出て立派な侍になってやると旅に出る弥三郎。
しかし旅の途中一本柳に疫病がまん延し弥三郎の妻子も命を落としてしまう。
それを見取った岩井戸は気が狂い、ついには鬼婆弥三郎婆へと変貌をとげる。
弥三郎婆は御家再興の軍資金をためるべく、おっかな橋付近で狼を操って人々から金品を奪う追いはぎ家業をはじめた。
月日は流れ、立派な侍に成長した弥三郎は帰り道おっかな橋に差し掛かる。
おたがいに気がつかない二人、激しい戦いの末弥三郎は鬼婆の腕を切り落とした。
鬼婆の腕を手土産に家へとたどり着く弥三郎。
床に伏せる岩井戸はすべてを弥三郎に打ち明けると風に乗って越後の弥彦山へと逃げた。
その後反省した岩井戸は妙多羅天として祭られたという。

新潟の話のほうがメジャーらしいですが、話の濃密さでは負けてない高畠版の弥三郎婆のお話。
弥彦に行ってからは、いつまでたっても結婚できない男に嫁を連れてきてくれるといった世話焼き婆さんなエピソードもこちらには伝わっています。
とはいえよその結婚式からお嫁さんをさらってくるといった乱暴な手段で、本当に反省しているのか信じられないような状況だったそうです。

7話 妙多羅天 岩井戸


「おっかな橋の……弥三郎……婆?」
 シンハの言葉に千代ちんが首をかしげた。
「えっとね、鳩峰山で羽衣をなくした天女が、狩りに来てたお侍さんのお嫁さんになるのよ。そんで子どもが生まれて武者修行に行くのよね。で、武者修行に出た息子の帰りを待ってるうちに、病気でお嫁さんと孫が死んじゃって、悲しみのあまり鬼婆になって人を襲ってた。っていうのがおっかな橋って……ほらあの高畠高校から東のほうにずーっと行ったとこ。そんで武者修行から帰ってきた息子と戦ってやられちゃうっていうお話……だったよね、シンハ?」
 昔話のあらすじを千代ちんへと伝えた。が、うろ覚えで自信はない。
 シンハに助けを求めるように視線をやると、いつになくまじめな顔をして、
「一般的に伝えられている分にはそんなところだッハ……」
 と、答えた。
「最初のラクシュミー……って、言ったわよね……何があったの?」
「今から約900年前に話はさかのぼるッハ……」
シンハは神妙な顔をして語りだした。


「美しい……まるで、まるで天女の舞のようだ……」
屋代郷(高畠町のかつての地名)の渡会弥太郎は感嘆の声を漏らした。
数多の化け物の亡骸によって血なまぐさいにおいに包まれた鳩峰山の峠、その上空をふわりふわりと舞うように一人の少女が飛んでいた。
薄絹をまとい、羽衣を身に着けた彼女は時折手元から光を放つ。するとたちまち眼下の化け物が血しぶきを上げて倒れ附すのだ。
その光景に弥太郎とと供回りの侍はただただ驚くばかりだった。
ふと少女が高度を下げた。
見れば、いずこかよりとんできた妖鳥が三羽、彼女を牽制していた。
ひとたび地面に降り立ち、妖鳥に向かって光弾を放つ。
見事打ち落とすものの地面に落ちたその隙をほかの妖魔どもは見逃さなかった。
今まで空中にあって手出しできなかった恨みを晴らそうと、カモシカの化け物が少女めがけて突進してくる。
ひらり、ひらりと二頭の突進をかわすものの、足場の悪さに転倒してしまう。
倒れた少女に向かってカモシカの化け物が覆いかぶさるように飛び掛る。
そのとき、化け物の体に数本の矢が突き立った。
化け物はのけぞって倒れ付した。
少女は驚いて矢の飛んできたほうへ眼を走らせる。
「われこそは屋代郷一本柳の渡会弥太郎平安信、儀によって助太刀いたす」
弥太郎は声を上げると刀を抜いて供回りともども少女の下へと駆け寄った。

数十分後、弥太郎たちの前にはおびただしい数の妖魔の死体が積み重なっていた。
弥太郎の家来が深手をおってあえいでいる。
少女は彼の前にひざまずき、傷に手をかざすと暖かな波動を放つ。
するとたちまち血は止まり、傷がふさがり、家来の荒かった息も穏やかなものに変わった。
「お前はいったい、何者なのだ」
弥太郎の問いに少女は振り返る、が、青い顔をしてそのままひざから崩れ落ちた。
「おい、馬をこちらにまわせ、丁重に運ぶんだ!」
弥太郎が供回りのものに檄をとばした。

11世紀の中ごろ、東北地方には陸奥の国(現在の青森、岩手、宮城、福島)と出羽の国(現在の秋田、山形)の二つの国があった。
陸奥の国には朝廷からの監視役・国司として藤原登任が派遣されていたが、陸奥の国の奥六郡、今の岩手のあたり、に居を構える豪族:安倍頼良は朝廷に従い税を納めることを良しとせず、勝手気ままに陸奥の国を治めていた。
安倍氏は野心家で奥六郡のほかにも勢力を拡大しようとした。しかしおおっぴらに軍を動かせば都から叛意ありとみなされて討伐軍を派遣されてしまう。
そこで彼が利用したのが蝦夷地の神(カムイ)達だった。
安倍氏はかつて坂上田村麻呂によって滅ぼされた阿弖利為(アテルイ)の一族の末裔の祈禱師を従え、その呪術を持って人外の妖魔を呼び出し出羽の国を襲わせたのだ。
民の平穏を守るため、羽黒山では山伏たちが化け物を退けていた。そしてここ屋代郷(高畠)では亀岡文殊のシンハがその任に当たっていた。
陸奥の国の化け物に両親を襲われ天涯孤独の身となった少女岩井戸、その姿を見かねたシンハは、彼女をラクシュミーとして屋代郷を守る戦士に仕立て上げたのだった。
岩井戸は主に国境付近、すなわち二井宿峠、鳩峰峠で出羽の国へと侵入しようとする化け物を退けるため戦っていた。
これが弥太郎が、屋敷で目を覚ました岩井戸から聞いた事の顛末であった。
「なるほど、な」
「はい、ですから私はこれからも妖魔を退治して、私のような不幸な者を生まぬよう戦わねばなりません」
「ならぬ」
岩井戸の言葉に弥太郎は強く返した。
「ですが……」
「親を殺され思うところはあると思う、が俺はお前を失いたくないのだ。お前が人知れぬところで戦い、今日のように不覚を取り、むざむざ殺されでもしようものなら……」
「弥太郎様……」
弥太郎は岩井戸の手をとり、
「俺はお前が闘わなくても良い道を、安倍方につく道を選ぼう。だから、すまぬがお前の憎しみを堪えてくれ……たのむ」
と、言った。
「弥太郎様……」
岩井戸は涙をひと筋、ふた筋とこぼした。
翌日、渡会家は安倍家へと使者を送り、安倍家の傘下となった。
これで屋代郷は妖魔の危機にさらされることは無くなったのだ。
岩井戸の、ラクシュミーとしての勤めは終わった。

「本当に、これでよかったのかしら……」
 岩井戸が弥太郎と祝言を挙げて、しばらくたったある昼下がりの縁側で、庭に座るシンハを見下ろしながら岩井戸はつぶやいた。
「敵討ちのことがあったとはいえ、戦いの日々から解放されて、殿様にも見初められて、普通ならこんなに幸運なことはないッハ」
 シンハが尻尾を振りながら答えた。
「幸運……ね……」
「そうだッハ、まさに幸運の女神ラクシュミーだッハ」
 機嫌のよさそうなシンハと対照的に岩井戸の顔色は優れなかった。
「どうしてそんな顔をしているッハ」
「……怖いのよ……こんなにいいことばかりが続いて……」
 そうつぶやくと岩井戸はシンハから顔をそむける。
「禍福はあざなえる縄の如し、今までつらいことが多かった分、これからの岩井戸の人生は、きっと幸せな未来がまっているはずだッハ」
 シンハはトコトコと岩井戸の前に歩み出てなぐさめようとする。しかし、岩井戸の顔は晴れなかった。


翌年、岩井戸は男の子を生んだ。
名を弥三郎宗長。
父親似のたくましい男の子で、大病をわずらうこともなく、すくすくと元気に育っていった。
シンハの言うように、岩井戸自身も己の人生は幸せな日々が続いていくものと思いかけていた。
しかし、弥三郎が生まれてしばらくすると、安倍氏が国司である藤原登任に反旗をひるがえし、後任の源頼義との間で合戦が始まった、世に言う前九年の役の始まりである。
一進一退の末膠着状態におちいり、戦場となった陸奥の国、出羽の国は大きく疲弊した。
一〇六二年、出羽の国清原氏の協力を得た源頼義が、ついに安倍氏を破り前九年の役は終結する。そしてその戦の中で、安倍方であった弥太郎も命を落としてしまったのだった。

「禍福はあざなえる縄の如し、ね……」
 岩井戸は、いつか言われた言葉をシンハの前でつぶやいた。
 ここはシンハの作った結界の中。
安倍方、陸奥の国側に着いた屋代郷は再び出羽の国へと編入されるものの、渡会家はその責を受け、御取り潰しとなった。
渡会の妻である岩井戸と、その跡継ぎである弥三郎は源氏の兵より追われる身となったのだった。
岩井戸は、なんとかその身を隠しながら、シンハを頼って亀岡文殊まで逃げ延びてきた。
「本当は、人間の政(まつりごと)に関与してはいけないって言われているッハ」
 そうは言いつつも、シンハは結界を張って二人をかくまってくれたのだ。
 こうして岩井戸と弥三郎は、いつかお家の再興をと願いながら、細々と畑を作りながら隠れ住む生活を始めることになったのだ。

 数年の歳月が流れた。
 弥三郎が成人するころには、渡会一族はすでにどこかでのたれ死んだものとされ、追っ手の心配ももはやなかった。
 たくましい成人となった弥三郎は、シンハを通じた大聖寺のとりなしで、とある村から気立ての良い娘を嫁にもらった。
「禍福はあざなえる……」
「縄の如しだッハ……」
 女手ひとつの過酷な農作業のはてに、岩井戸はすっかり老いてしまっていた。
しかし、そのしわと赤切れだらけの手の中には、すやすやと安らかな寝息を立てながら小さな命が眠っていた。
「このまま死ねたら幸せでしょうにね……」
「馬鹿なことを言ってはいけないッハ。本当の幸せはこれからだッハ」
「だといいんだけど……」
「けど……なんだッハ?」
「弥三郎がね……」
「弥三郎が、どうかしたッハ?」
岩井戸は目を伏せた。
「わたしが愚痴っぽいのがよくなかったのかねぇ、お家再興としつこく言い続けてきたでしょう、この子が生まれたから跡取りの心配は要らない。俺は天下にその名をとどろかす侍になるために、修行の旅に出るんだ、なんていいだしてね……」
「岩井戸……」
「お家再興なんてもういい、戦いなんてしないで、穏やかに、静かに暮らすのが本当の幸せだと今さら言ったところでねぇ……」
 不意に赤ん坊がむずかりだした。岩井戸はあわてて赤ん坊を「よしよし」とやさしくゆすってやった。


 紫色の雲の中、シンハは文殊様と対峙していた。
「シンハよ、いいかげんにあの人間の女性との関係をおしまいにしなさい」
 文殊様は少し寂しそうな顔でシンハに語りかけた。
「しかし文殊様……」
 シンハは食い下がろうとするが、文殊様はシンハの言葉をさえぎって、
「あなたの情が彼女に移ってしまったのはわかります。しかし、われわれの力は人には大きすぎるものです。あまり人間に肩入れすると、かえって良くない事が起こるやも知れません」
 と、続けた。
「あなたの務めは、この日の本の国の人々を『人ならぬもの』から守ること、ゆめゆめ忘れてはなりませんよ、かッハ」
 午睡から覚めたシンハは、しとしとと降る雨の音を聞きながら、何年も前に文殊様にたしなめられたその言葉を反芻していた。
と、突然ドンドンドンドンと、シンハのほこらを何者かが激しく叩いた。
何事かと思って外に出ると、そこにいたのはずぶぬれの岩井戸だった。
「いったいどうしたッハ?」
「シンハッ、お願い、お願いよぉ……」
 岩井戸はシンハを抱きしめると泣き崩れる。
 連れられるままに岩井戸に連れて行かれたのは彼女の家だった。
そしてそこには高熱を出し、咳き込み床に臥す弥三郎の妻と赤子がいた。
「お願いよぉ、シンハ……二人を……二人を助けてぇ……」
 伏して助けを乞う岩井戸だが、シンハの頭には文殊様の言葉が浮かんでいた。
「僕の務めは、人ならぬ魔物からこの屋代郷の人々を守ることだッハ。残念だけど、病に倒れた人を救うことはできないッハ……」
「お願いよシンハ! あなたならできるはずでしょう。お願い、お願いよぉ……」
「……悪いけど……あきらめてほしいッハ……」
 シンハは静かな口調でそういうと戸口へと振り向いた。岩井戸はそのシンハにすがりつく。
「後生よ、後生だからお願い、シンハ! シンハ!」
 その時岩井戸の手に触れるものがあった。硬くて丸くて先がとがって……
 そのものが何かを理解した瞬間、岩井戸は驚くほどの力でそれを奪い取った。
「チンターマニ……如意宝珠……コレさえあれば……」
「やめるッハ、僕が調整していないチンターマニは危険だッハ!それをこっちに返すッハ!」
 しかし岩井戸の耳にはシンハの言葉は届かない。
 かつてのように岩井戸は高々とチンターマニを掲げる。
 シンハが奪い返そうと飛び掛るが、
「オン・チンターマニ・ソワカ!」
 岩井戸の声のほうが早かった。
 如意宝珠はまばゆいばかりの青白い光を放った。そしてものすごいエネルギーが宝珠へとむかって竜巻のように集まってきた。
 如意宝珠、どんな願いもかなえる宝珠。岩井戸が望んだ願いは、病を払いのける豊かな命のエネルギー。そのエネルギーは望んだとおりに岩井戸の体へと集まった。しかしそのエネルギーの源は……
 バラバラに崩れ落ちた岩井戸の家、そのガレキの中で岩井戸は呆然と立ちつくした。
 秋とはいえ、いまだ葉の落ちてはいなかった庭の木々。そのすべてが葉を落としたばかりか萎縮し、枯れてしまっていた。
 庭の木ばかりではない。隣家の、畑の、裏山の、目に見える範囲の全ての植物がねじれ、萎縮し、灰のような蝋の様な異様な色を呈していた。
「……坊……」
ふと岩井戸は家の惨状に気がついた。
おそらく嫁と孫が寝ていたであろう場所のガレキをあわてて掘り返す。
孫の布団が見えた。
「坊! 坊!」
 何とかガレキの直撃は免れているようだ。岩井戸は寝巻きのすそをつかんで引きずり出す。
「……やあぁああぁあぁぁぁぁあああぁぁぁぁあぁぁぁあぁぁ…………」
 悲鳴を上げた岩井戸の見たものは、周囲の植物と同じように、ねじれ、萎縮し、灰のような、蝋のような異様な姿になってしまった愛しい孫の姿だった。


「ほう陰陽師、はるばる大和の国から鬼退治とは、こりゃ勇ましい」
 山道を二人の男が歩いていた。
 長旅で擦り切れた服を着ている日に焼けた大柄な侍は弥三郎。
修行のおかげか以前よりたくましさを増していた。が、ひげも髪も伸び放題で、たくましさよりもむさくるしさが先にたつ。
連れ立って歩く男は三十前後、垢じみた狩衣(かりぎぬ)を身にまとい棍のような杖を突いている。弥三郎よりは細身だが、同様に日に焼けなかなかの健脚だ。
「大和安倍の文殊さんには大恩があってな、そうでなければ出羽くんだりまで来たりはせぬよ」
「俺のふるさとを出羽くんだりとは言ってくれるじゃない。ま、都を見た後ではあんたの言うとおりかもしれんがな」
弥三郎は少し眉をしかめるが、すぐにけろりとして男に尋ねた。
「しかし文殊さんとはね、アンタんとこにも文殊さんがあるのか?」
「ほう、じゃあぬしは亀岡か?」
 男は足を止める。
「いんや、隣の屋代郷ってとこだ」
 弥三郎もあわてて足を止めた。
「そいつは残念だったな、行き先はどうやら一緒のようだ」
 男は再び歩き出す。弥三郎はあわてて男に並ぶ。
「何だと、じゃぁ鬼が暴れてるってのは?」
「亀岡と一本柳の間に山崎ってとこはあるか?その辺らしい」
「……こうしちゃいられん……」
「まぁ待て、今から急いだところでたかが知れている。それより策を練らねばならん。おぬしは地の利に明るいようだ、いろいろと話を聞かせてくれぬか」
足を速めた弥三郎に陰陽師は声をかけた。
「あらためて自己紹介しよう、俺は安倍妙星、陰陽師だ」

 数日後、二人は出羽の国へと足を踏み入れた。露藤の辻に差し掛かる。
「むこうにいくと俺んちだ、こいよ妙星」
と、弥三郎が誘うも、
「先に亀岡文殊の用事を済まさねば、後ほど呼ばれるとしよう」
 と、妙星は反対方向の亀岡文殊大聖寺へと足を向けた。

「これが安部の文殊から預かってきた如意宝珠と文珠です」
「そうか、コレでシンハ様も息を吹き返すであろう」
 妙星はふくさに丁寧に包まれた宝珠を住職へと手渡した。
 住職はうやうやしく受け取ると、祭壇の元へとその包みを持っていった。
 妙星もその後ろに続く、と祭壇の上に犬か猫とおぼしき青白い木乃伊(ミイラ)のようなものが祭られていた。
「この木乃伊が……」
「はい、文殊様の使いのシンハさまです」
 妙星の問いに住職が答える。
「こんなのが文殊様の使いねぇ……」
 眉をしかめる妙星に、住職が説明をする。
「鬼はシンハ様の力を取り込んで強大な力を得てしまいました。封じるにはシンハ様の力が戻らねば……」
「そんなに強いのかい、その鬼は?」
「見た目は童女のようですが、野犬のような獣を操るほか、つむじ風をも起こすと聞きます。その力は仏の位で言えば天と呼ぶにもふさわしい」
 その言葉に妙星は目を見開いた。
「天? 広目天とか増長天とか毘沙門天とかの? 冗談じゃない、人の手になど負えぬではないか?」
「仏格としてはそうです、しかしその力をすべて制御できているわけではない。ゆえに、急がねばなりません」
 そういうと住職はシンハへと目をやった。妙星もそれにならう。
 落ち窪んだ目、半開きの口の小さな獣の干物を目にして、妙星の心には不安が澱のように積もっていった。

大聖寺を出た妙星が、弥三郎から教えられたあたりを訪ねると、家があったと思しき瓦礫の前で弥三郎が青い顔をしてへたり込んでいた。
「弥三郎……おい弥三郎……」
 妙星が声をかけると弥三郎はうつろな目をしながらゆっくりと妙星のほうへ顔を向けた。
「……おれの家が……おとせは? 弥彦は? お袋はどこ行っちまったんだ……」
「……心中、察する……」
 名星はつぶやいて、弥三郎から目をそらした。
 そのそらした先、弥三郎の家だけではなく、あたり数件の家も半ば朽ち果て、雑草におおわれ、人の気配はまったく感じられなかった。
「くっ……鬼め!鬼のやつめ……」
 弥三郎はこぶしを地面に打ちつけると、それを杖にしてゆっくりと立ち上がった。
「大聖寺の住職から話しを聞いてきた。相手は鬼というより鬼女と言った様子だそうだ。うら若い娘の姿で、橋のたもとで野犬と風を操って追い剥ぎまがいのことをしているそうだ」
 それを聞くと弥三郎は妙星にくるりと背を向けた。
「鬼だろうと小娘だろうと容赦はしねぇ、俺の留守中に何もかも滅茶苦茶にしやがって!」
 絞り出すような声でそう言うと弥三郎は大股で歩き出した。
「待て、弥三郎! 冷静になれ!」
「これが落ち着いていられるか! 来いよ妙星! 鬼退治だ!」
 弥三郎は振り返りもせずに叫んだ。
「待てというに、まずは戦力を整えてから、おい、弥三郎!弥三郎……」
 弥三郎は聞く耳を持たない。
「えぇい、急急如律令、式神よ大聖寺の和尚に伝えよ、すぐに儀式を始めよ」
 妙星は懐から式札を取り出すと呪文を唱え、あかね色の空へと放り投げた。

弥三郎と妙星は橋の上に立っていた。
闇があたりを支配し、かれこれ数時間は経とうとしていた。
川べりの草が風に吹かれさわさわと音を立てている。
不意に空気がひやりとしたものに変わった。
「……これではどちらが追い剥ぎかわからんな……」
 いつ現れたのか、背後からの少女の声に二人は振り返った。
 少女は青白い着物を身にまとい、鉢巻きを猫の耳かと見まがうばかりに大きく、長い髪の後ろで結んでいた。
「貴様が村をめちゃくちゃにした鬼畜生か!」
 弥三郎が吠えた。
「村?」
 少女は眉をピクリと上げる。しかし、冷たい表情のまま、
「すべては愛するもののため……さぁ、命が惜しくば身ぐるみ全て置いていけ」
と両腕を大きく広げた。
「何が愛するもののためだ……俺の家族を……喰らえ!」
 怒りに我を忘れた弥三郎が抜刀して少女に襲い掛かる。しかし少女は大きく後ろに跳んでそれをかわした。
「なるほど、ならば力ずくで奪うとしようか」
 少女は懐をまさぐると何かを地面にまいた。するとそれはむくむくと大きくなり、十数頭の獣のような姿に変化した。
「式神か? 気をつけろ!」
 言いながら妙星も懐から式札を取り出し空に放り投げた。
式札は炎を身にまとった数羽の鳥に変化し、上空をぐるぐると回り始めた。
少女が腕を振るう。すると獣たちがいっせいに弥三郎めがけて襲いかかった。
「間に合え!」
 妙星が式神に命じる。すると火の鳥は上空から獣めがけて急降下した。
 獣たちが弥三郎に今にも噛みつかんとしたそのとき、火の鳥が炎の壁となって弥三郎の前に立ちはだかり、その足を阻んだ。
 弥三郎もその隙に後ろへと下がる。
が、横から回り込んできた一頭が弥三郎めがけて飛び掛ってきた。
「があっ!」
 弥三郎は刀で切りつけ獣を払いのける。が、手ごたえがおかしい。
 もう一頭の獣が襲ってくる。今度は正面から切りつける。が、
「くそっ、なんだ? 切れねぇぞ?」
 獣は打ちのめされ、跳ね飛ばされるが、本来ならば真っ二つになるべきが、再びその身を起こしこちらへと向かってくる。
「こっちへ!早く!」
 妙星が手招きする。
 弥三郎が転がるように橋の上へとたどり着くと、その橋の前に火の鳥が降り注ぎ、先ほどより高い炎の壁をこしらえた。
 妙星はふところから札を取り出すと、なにやら紋様を描きしたためた。
「刀を」
 弥三郎は言われるままに刀を向けた。
 妙星は先ほどの札を刀で刺し貫き、
「急急如律令 斬魔付与」
 と、小さくつぶやく。
頭上に気配を感じた。
 見上げると、獣たちがだんだんに積み重なって炎の壁の上から頭を出している。
「ガウルッ!」
 一声吠えると獣が一匹、炎を飛び越えて襲いかかってきた。
「たたっ切れ!」
 妙星の声にはじかれたように立ち上がる弥三郎。そのまま刃を獣の頭に合わせる。
 スカッ!
 まるで熟れたスイカに包丁を合わせたかのように、小気味よい手ごたえで獣は真っ二つになった。
 獣が二頭、三頭と次々に飛び掛ってくる。
弥三郎は次々に刀を振るう。
すると獣は鈍い音を立てて地面へとその屍を打ち付けた。
「いいぜ妙星。見違えるようだ」
 言うと弥三郎は刀を握りなおす。
 炎の壁の勢いが落ちてくる。
 雪崩を打って襲い掛かってくる獣どもをひらりひらりといなしつつ、弥三郎は刀を振るう。
 妙星は皮の腰帯をつけた赤銅色をした筋骨隆々の闘士の式神を召喚した。
闘士は二体、弥三郎の背後と妙星を守る。
弥三郎の刀と妙星の式神の力で獣の数も半数となった。
手ごわいことを悟った獣は、二人を遠巻きに囲み、忌々しそうに咽を鳴らしている。
「どうした! もうしめぇか?」
 弥三郎が吠える。獣はその声に後ずさる。
 が、歩みを進めてきたものがいた。例の少女だ。
「ダデーナーをこうもまぁ……」
 少女は地上から十数センチほどのところをすうっとすべるように移動すると、弥三郎のおよそ十メートルほど前で止まった。両方の腕を腰の辺りに広げ手を開く。その手のひらがなにやらぼうっと光を放つ。
「殺すのが惜しいほどの腕前よ。どうだ、わが家臣とならぬか?」
「冗談じゃねぇ! 化け物の手下なんざ死んでもごめんだ!」
 弥三郎はつばを吐いた。
「そうか……ならば死ぬがよい」
 背筋に寒いものが走った妙星は、すぐに闘士を弥三郎の前に割り込ませる。
 と、同時に少女が腕を振るう。
 次の瞬間、闘士は逆袈裟に切り上げられる。
 右、左、右、左、少女の腕が振るわれるたびに闘士の体に見えない刃が鋭い傷をつけていく。
 少女はがむしゃらに切りつけているわけではない。弥三郎と妙星に自分の実力を見せ付けるがごとく、余裕を持ってその腕を振るっているのだ。
 見えない刃で切り付けられた闘士は、まるで松ぼっくりのようにボロボロになり、どうと地面へと崩れ落ちた。
「式神よ!」
 妙星が指で天を指す。すると上空を舞っていた火の鳥が少女の足元めがけて急降下する。
 気づいた少女は火の鳥に右手をかざし「破!」と気合を入れる。
 火の鳥は彼女の2メートルほど上で四散した。
 弥三郎はこの機を逃さない、刀を横に構え少女に迫る。が、あとわずかというところで少女の左手から発せられた圧縮空気の弾をその身に受け、駆け出したあたりまで吹き飛ばされる。ろくに受身をとれず、背中をしたたかに打ちつける弥三郎。痛みでしばらく呼吸ができない。
「あの程度の目くらましで惑わされると思ったかい?」
 少女が上空に向け腕を振るう。するとつむじ風がおき、火の鳥たちはその渦の中に飲まれ、消えてしまった。
「く、しばし時間を!」
 妙星は闘士の式神を少女に向かって走らせる。
少女は臆することなく闘士へと向き直り、両の腕を思いっきり振りあげた。
すると爆風のような風が巻き起こり、闘士は十数メートル上空に吹き飛ばされる。
爆風は弥三郎と妙星にも襲い掛かる。
幸か不幸か弥三郎は倒れ伏していたため仰向けがうつぶせになる程度であったが、一方の妙星は爆風をもろに受け、橋から川の中へと盛大な水しぶきを上げて転落してしまった。
水しぶきがあがるのとほぼ時を同じくして鈍い音を立てて闘士が地面へと激突し、その姿を元の式札に戻してしまう。
 もうもうという砂埃の中、弥三郎のうめき声だけが聞こえる。
 少女は両腕を横から前へとゆっくりと動かす。すると柔らかな風が砂埃を払って視界を晴らす。
 道の真ん中に弥三郎は横たわっていた。肩で荒い息を繰り返している。
 ジャリッ、ジャリッ、
空中から地面へと降り立った少女が弥三郎へと歩みを進める。
 刹那、弥三郎が振り返りざまに刀を投げた。刀はまっすぐ少女へと向かう。が、鋭く飛んできたそれを少女は難なく受け止める。
 渾身の奇襲を難なく受け止められた弥三郎はがくりと肘を付き、そのまま仰向けにくずれ落ちた。
「無為な抵抗をする……悪い腕だ」
弥三郎の刀を傍らに投げ捨てた少女は、右腕を弥三郎に向かって振りあげる。すると、先ほど式神の闘士を切り刻んだような見えない刃が地を這い、弥三郎の右のすねを斜めに裂き、右腕を肘の先から切り落とした。
「っ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
 弥三郎は声にならない悲鳴を上げる。
「無様なものよ……」
 右腕を抱え込み、もだえる弥三郎を見下ろし、少女は再びふわりと舞い上がる。
 3メートルほど浮かんだ彼女は弥三郎に向かって両の手のひらを向ける。手のひらが青白くぼんやりと光を放つ。
 ド、ド、ド、ド、ド、ド、ド、ド、
 少女の手のひらから高圧の空気の弾が打ち出される。気弾は弥三郎の胸に、腹に、脚に、頭に次々に襲い掛かる。そしてその弾があたるたびに弥三郎の切り落とされた腕から脚からどす黒い血が飛び出した。
 爆音に混ざって弥三郎の悲鳴が聞こえていたがいつしかそれもやんだ。
 もうもうと巻き上がった砂煙がおさまると、血だまりの中に弥三郎が息も絶え絶えに倒れていた。出血のためか肌からは血の気がうせ、唇はカサカサにななっている。四肢は曲がってはいけない方向に曲がっており、あざだらけになっていた。
 少女は弥三郎に手のひらをかざす。風が少女の腕へと集まってくる。
「これで終わりだ……」
「弥三郎おおおおぉぉぉぉおおぉお!」
 川から這い出してきた妙星が吠えた。
「弥三郎?」
その声に少女は動きを止める。
そのとき彼女の背中に緑色のかたまりが飛びかかった。
 少女はそのかたまりとともに地面へと落ち、ゴロゴロと転がった。
 少女は体勢を立て直そうとするが緑色のかたまりが押さえつけるようにその動きをさえぎる。
「くっ、邪魔をするな! はなせ!」
「やめるッハ岩井戸! その男は弥三郎だッハ! 君の息子だッハ!」
「……シンハ!?……弥三郎!?」
 少女の体から力が抜けた。そのことがわかるとシンハもまた力を緩めた。
 少女はシンハの下から這い出ると、よろよろと弥三郎へと向かって近づいた。
「おとせ…… 弥彦…… おとせ…… 弥彦……」
 うわごとのように弥三郎の口から漏れる言葉、聞き覚えのある名前を聞いて、少女の瞳に涙がにじんだ。
 指先に風を集める。
その動きに妙星は一歩進み出るが、シンハがそれを制した。
少女は指先へと集めたその風で弥三郎のむさくるしいひげをなでる。するとひげはきれいにそり上げられて、岩井戸の愛しいわが子の顔が現れた。
「弥三……弥三郎……弥三郎おおおおおぉぉぉおぉぉぉぉおおぉっ!」
岩井戸が声を上げた。と岩井戸を中心に大きなつむじ風が沸き起こる。しかしそれは先ほどまでのまがまがしい風の力ではなく、暖かく慈愛に満ちたもののように感じられた。
「ん……んん…………」
 体の底から力が沸き起こるような感覚を受けて弥三郎は目を覚ました。
 瞳を開けると先ほどまで戦っていた少女が涙を流しながら自分の体を抱き起こしていた。いや、少女の顔はすでに少女から大人の女性の顔に、それも見覚えのあるような顔に変化していた。
「お、お袋……」
 そうだ、お袋の顔だ……シンハ様にかくまわれたころの顔、なれない畑仕事に疲れ果てていたころの顔、元服し、祝言を挙げたころの顔、弥彦が生まれたころの顔、武者修行の旅へ出る自分を見送ってくれたころの顔。まるで早送りのように弥三郎の目にうつる岩井戸の顔は、しわを刻み、年老いていった。
「どういうことです?」
 妙星がシンハにたずねた。
「岩井戸が、弥三郎に命を分け与えているッハ」
「命を……?」
妙星が再びたずねる。
「そうだッハ、岩井戸は弥三郎の子供を救おうと、ぼくの力を勝手に使おうとしたッハ。おかげで力は暴走、あのときのぼくの力のほとんどが彼女へとうつってしまったッハ」
「力が……」
「岩井戸は、ああやって自分の孫を救いたかっただけだったんだッハ……」
「…………」
 妙星は瞳を伏せた。が、再びキッと岩井戸へ視線を向けると黙って印を組み始めた。
「彼女を退治するッハ?」
 今度はシンハがたずねた。妙星は印を組み替えながら、
「これが私の仕事ですから……力を失い無防備だ……こんな好機は見逃せません……」
 妙星は静かに落ち着いた声で言った。
「そう、ッハ……」
 シンハはあきらめたようにつぶやいた。その視線の先にはすでに老婆の姿となった岩井戸が、慈愛に満ちた表情で弥三郎を抱きかかえている姿がうつっていた。
「臨 兵 闘 者 皆 陣 烈 在 前 …………」
 妙星が九字を切る。
 シンハがそっと目を伏せた。
「は!」
 妙星が気合をこめると指先から神々しい光がはなたれた。光は一直線に岩井戸へと降り注ぐ。
「きゃぁああぁぁぁあああぁぁぁあああぁぁあぁぁぁあああぁああぁぁ…………」
岩井戸は雷に打たれたようにその体をはねさせると、光の球に包まれた。
「やめろ……妙星……お袋に何をする……」
 弥三郎は振り返ると叫んだ。
「これが俺の使命……許せ、弥三郎……」
 そういうと妙星はいっそう念をこめた。岩井戸の悲鳴がさらに高いものになる。
「クソ……体が思うようにうごかねぇ……シンハさま……止めてくれ……シンハさま」
「…………」
 シンハは目を伏せて押し黙るだけだった。
「くそ……お袋!……お袋!」
 弥三郎は必死に立ち上がると、岩井戸と妙星の放つ光の射線上に仁王立ちになった。
「がぁああぁぁぁぁあああぁぁぁぁああぁぁぁぁぁっっっ……!!!!」
「バカなっ! よせっ! 弥三郎!」
 妙星が叫ぶが弥三郎は答えない。
 位置を変え、岩井戸に光線を当てようとするが弥三郎が盾となり光をさえぎる。
「……今のうちに……逃げろぉ……お袋……」
「弥三郎! もう、もう……」
 岩井戸の声はなかなか言葉にならない。
「お袋がここから逃げ出せばこの光も止まるさ……さぁ……早く……」
 弥三郎のひざが崩れ落ちる。それを見た岩井戸は意を決して風を集める。
「くっ、シンハ様っ!」
 妙星の声にシンハが跳びだそうとするが、そのまま地面にどうと体を横たえる。シンハもまだようやく体が動くようになったばかり、大聖寺からここまでくるのでさえ精一杯だったのだ。
 岩井戸へと集まる風は彼女を包み込んだ。その風に乗って彼女の体は宙へと舞い上がる。
「逃がすか!」
 妙星が光を上空へと向ける。弥三郎の体から光がそれた。
 その機を突いて弥三郎がふらふらしながらも妙星へと駆け寄り、正面からしがみついた。
 そのすきに岩井戸は風に乗ってはるか西の空へと飛び去ってしまった。
「弥三郎! くっ、弥三郎―――――――っ!」
 妙星の絶叫が闇の中に響き渡った。


 カナカナとセミが鳴いている。
 シンハの話を聞くうちに、あたりはだいぶ薄暗くなってしまっていた。
「それが、弥三郎婆の話の真実なの?」
 シンハは黙ってうなずいた。
「じゃぁ、そのときの復讐が今回の事件の動機なの?」
「いや、岩井戸が理性を取り戻したのを見たのはその時だけだったッハ」
「っていうと?」
「岩井戸の心は壊れているッハ、彼女の心にあるのは自分の幸せだった時代を取り戻したい。その想いが暴走しているだけ、それだけだったッハ」
 シンハは伏し目がちにそうつぶやいた。
「それだけだったっていうことは、その後もなんかあったの?」
 シンハは顔を上げると再び語り始めた。
「おっかな橋の戦いから逃げ出した岩井戸は、新潟の弥彦山まで逃げたといわれているッハ。ま、管轄が違うから詳しいことはよくわからないけど、そこで力を蓄えた岩井戸が再びこの地を訪れたのが、江戸時代の寛政二年、西暦で言うと1790年頃の話だッハ」
「1790年……どこかで見たような……」
 わたしは記憶をたぐる。
「たぶんぼたんが見たのは安久津八幡宮でだと思うッハ」
「あ、そうそう。八幡様で何かあった年よ」
 シンハのいうとおり、安久津八幡宮の三重塔の解説文で見た年号だった。
「安久津八幡宮は源氏の神様の八幡神を祭った神社。施設的にはまったく関係はないけど、そのシンボル的存在だったのがとなりのお寺にあったあの三重塔だッハ。再びこの地を訪れた岩井戸は渡会家をつぶしたそのにっくき源氏のシンボルを破壊しようと猛威を振るったッハ」
「その結果が……」
「そう、三重塔が烈風で倒れたというのが岩井戸の仕業だッハ……」
「な!?」
 千代ちんが目を丸くする。
 シンハは話を続ける。
「そのときは僕の力も回復してたッハし、そのほかにも優秀なお坊さんがいっぱいいたんで、何とか封印することができたッハ。そのときに彼女が言っていたんだッハ『再びあの幸せな時代を取り戻してやるんだ。あの幸せだった頃の屋代郷を』って……」
「シンハ……」
 シンハの声が上ずっていた。きっとそのときのことを思い出しているのだろう。
「どうやって封印が解けたかはともかくとして、おそらく彼女の目的は、彼女だけの理想郷、昔の屋代郷を取り戻すことだッハ。おっかな橋で追いはぎをしていたときも、三重塔を吹き飛ばしたときも、そして今の高畠町を壊そうとしていることも、すべてはそこに行き着くッハ」
「昔の……屋代郷……」
シンハの言葉を繰り返す。が、実感がわかない。
「じゃさ、平安時代を再現しようってことなの? ここの?」
「あれから200年、その間に彼女の考えがどう変わったかは、彼女と話をしてみないことにはわからないッハ。ただ状況を整理して推理してみると……」
 シンハの言葉にわたしと千代ちんは身を乗り出す。
「何らかの理由でこの時代に目を覚ました岩井戸は、手っ取り早く力を取り戻すために文珠を盗み出した」
 シンハが手のひらの上に文珠をひとつ取り出すとそれを握った。
「岩井戸は自らの手下を作り上げるためダデーナーを召喚した。それもある程度知能の高いものを。人並みの知能を持たせるには8~9個くらいの文珠が必要になるッハ」
「……文珠10個のダデーナー……」
 わたしと千代ちんは顔を見合わせる。
「ダデーナーを安定化させるためには依り代に合体させること、それが……」
そういってシンハは赤木君のほうを見る。赤木君は青鬼の張りぼてのかたわらにうずくまり、おどおどとこちらをながめている。
「青鬼の、張りぼて……」
 その言葉に赤木君は胸に握った手を当てる。
「ダデーナーは依り代にその特性を左右される性質を持つッハ。たとえば今まで相手にした電車、さくらんぼ、タヌキ、ヘビ、そして龍……岩井戸は鬼の強力な力をあてにして、張りぼてにダデーナーを取り憑かせた。しかし、岩井戸は知らなかったんだッハ、『泣いた赤おに』の話のことを……」
 赤木君があぶら汗を流しながらしハァハァと荒い息をつき始めた。シンハがこれからしゃべろうとすることはわたしにだって容易に想像がつく。ましてや当の本人にしてみれば……
「依り代である鬼の張りぼては、ましてや人並みの知能を持つそれは岩井戸の予期せぬ動きを始めたッハ。すなわち『泣いた赤おに』のキャラクターの持つ人間の友達が欲しいという欲求に従って活動を……」
「もうやめて!」
 耐え切れずにわたしは叫んだ。
「そんなの、そんなの何の証拠も無いシンハの想像じゃない……そんな、そんなはず無いわよ青木君も……赤木君も……そんなはず……」
 わたしは赤木君に目を向ける。赤木君は青い顔で歯をガチガチと鳴らしながらわたしたちの方を見ていた。
「赤木……君……」
 わたしは赤木君に手を差し出した。
 すると、赤木君はあわてて腰を上げると後ずさる。
伸ばした腕を見て気づく。そういえばわたし、まだ変身を解いていない。先ほど青木君に光線を浴びせた岩井戸の姿とわたしがかぶったのか、赤木君は振り返ってものすごいスピードで駆け出した。
「赤木君! 赤木君!」
 わたしはあわてて変身を解き赤木君の背中に声をかける。が、彼は振り返ることなく見えなくなってしまった。
「シンハ!」
 わたしはシンハにつかみかかる。が、シンハは冷静な顔で言葉を続けた。
「なくなった張りぼては青鬼だけじゃなかったッハ……残る赤鬼の張りぼて……おそらく赤木もダデーナーだッハ……」

第7話 了


8話 暴走の果てに……

 
「今日は来るかな、赤木君……」
「……うん……」
 千代ちんの問いにそう答えはしたものの、わたしの脳裏には、彼の去り際のおびえきった顔が思い出された。彼にとって、わたしがそのような恐怖の対象であるという事実がなぜか悲しくて、目の前の朝霧のようにどんよりとわたしの心に垂れ込めていた。
赤木君が姿を消して1ヶ月以上が過ぎた。
学校には怪我で自宅療養ということになっている。
同様に姿を消してしまった青木君は、シンハが化けてごまかしている。
もともと交友関係の希薄な二人のことゆえばれている様子はない。
今日は2年に一度のクラシックカーレビューの日。
昭和の町並みに古い車を展示して楽しもうという企画で、2年に一度とはいえ長い間続く恒例行事となっている。
会場は町中心部の商店街。夏祭りの傷跡も何とか癒えて、和やかなムードでお祭りの支度が進められている。
時刻は8時30分。わたし、千代ちん、そして青木君に化けたシンハの3人は、夏に黄色い竜と戦った交差点のそば、十字屋文具店の前に備えられたベンチに腰掛けて、クラシックカーが係のおじさんに誘導されて並べられていく様子を眺めていた。
「これだけのお祭りならきっと岩井戸も赤木も現れるッハ。で、問題は現れた後のことだッハ……」
「ほんとに……戦わなきゃなんないの……赤木君とも……」
「……いずれはそうなるッハ……でも、今日のところは相手の出方次第だッハ……」
 わたしの問いに、シンハがこちらへ顔を向けることなくさみしそうに答える。
「そう……」
 何度もシンハに問いかけた質問、返ってきたのはまた同じ答え。
つぶやいて再び交差点に目をやると、あの、青竹ちょうちん祭りの日の記憶がよみがえる。
 油断して、青い龍にかじられそうになったわたし。
あの日は、青木君たちの仕業だと思って怒ったものの、岩井戸の存在が明らかになった今となっては、羽山公園で真相を打ち明けられたときのような彼らに対する怒りや嫌悪感はすでに消えていた。
むしろ自分たちのシナリオが狂った中でも、あの強大な龍に向かってわたしを助けるために命がけで飛び込んでくれた赤木君に対して、感謝の念だけでは言いあらわせない何か別の……いや、これはたぶん、気のせい……だと思う……
「なにぼーっとしてんのぼたんちゃん! 今日のところはまず赤木君よりも岩井戸よ!」
 千代ちんがこぶしを固め、鼻をふくらませながら言った。
 前回の戦いで遅れをとった彼女は、岩井戸とその配下の狼型のダデーナーへの対抗心に燃えに燃えていた。足の怪我が癒えると、分身したシンハを相手に毎晩のように特訓を繰り返していた。
 その訓練の打ち合わせを変身したシンハ相手に学校でするもんだから、青木君と千代ちんは付き合っているといううわさがまことしやかに広まっている。
「今日は町のみんなにミレニィサーカスを見せ付けてやるんだから」
 千代ちんの特訓の課題は、空中での機動力の強化と火炎弾の誘導化。
 千疋狼ならぬ千疋シンハ相手なら、攻撃をかわしきり、火炎弾を四割程度叩き込むことができるようになった。
 「ミレニィサーカス」とはなにやら楽しそうなネーミングだが、かっこいい空中戦闘の演出のもじりだそうだ。
 一方わたしはというと、防御の術をシンハから教わって練習を続けていた。というのも、このあいだのシンハの昔話に出てきた岩井戸の真空波から身を守るためだ。
技の名前は「パリッチャ」インドの言葉で盾を意味するらしいが……インドの人には悪いけどミレニィサーカスみたいに自分で名前をつけなくちゃと思う……。
「やぁ早いな、君たち」
 部長がリュックをぶら下げながら近づいてきた。
「おい、聞いたかい? なんでも最近未確認飛行物体、UFОが出るらしいぞ!」
「え? ホントですか?」
 と、千代ちんが身を乗り出す。
「あぁ、何でもどこかの山の上のほうで光がギザギザに飛んだかと思うと、いくつかの小さな光の玉に分かれて消えるらしい!」
「へえぇ……」
 そのやり取りに苦笑を禁じえないわたし。
 どっからどー考えても特訓中のミレニィのことでしょ、というのは客観的に見ていたわたしだから思うことかもしれない。
 とにもかくにもろくな打ち合わせもできずに、必ず何かが起きるであろう一日の幕が開けようとしていた。
 
 
「ほっほー、これまた渋い……あ、コレテレビで見たこと……えっとなんて名前でしたっけ?」
「これはほらあれだよ、ええと、なんだっけな……」
「あぁここに書いてありますよ、ホラ……」
 千代ちんと部長が盛り上がってはしゃいでいる。割って入ろうとする吉田君。日下部君は珍しい被写体をカメラに収めるのに夢中で、いつの間にかはぐれてしまった。
「ぼ……冬咲さんはこういうのは好きじゃないッハ?」
 青木君に変身したシンハがしゃべりかけてくる。この格好のときは「冬咲さん」と呼ぶように言っているが、なかなか慣れないでいる。
「まぁねー、なんだかんだ結構見に来てるからわりと飽きてきたかなぁ……なんて……」
「へぇ、懐かしいのがいっぱいあって顔がニヤニヤするんだけどッハねぇ」
「そりゃぁ、シ……青木君なんかはそうでしょうよ。でもわたしは特に思い入れもないし」
「そんなもんだッハ?」
「正直ふーんって感じかなぁ、そんなもんよ」
「残念だなぁ冬咲君、本当に残念だ。君も竹田君のように感受性をだね、どうだい見たまえこのフォルム。いい車を作ろうという当時の技術者のパッション、情熱がひしひしと伝わってくるじゃないか……」
 部長が割り込んできて熱く語りだした。
「部長、それは自分の言葉ですか?」
「え?」
 わたしの返答に部長が目を丸くした。感受性云々のくだりでカチンと来たのでこの際なので言わせてもらうことにする。
「確かにかわいらしいわたし好みの車もあります。でも現代の車に求められるのは低燃費性能と安全性だと思います。そういった価値観から見ると、ここに並んでる車を無理して乗り回すのは少なくともわたしの感覚では考えられません。それに部長は当時の技術者の情熱と持ち上げました。彼らを否定するつもりはありませんが、わたしは同じ時間を費やすなら現代の技術者の情熱の詰まった、最先端のコンセプトカーを見に行ったほうが有益のような気がします。部長はどの車のどんなデザインからどのような技術者の情熱をひしひしと感じるんですか?」
「お、おう……え、ええと……それはだな……この辺から漂う、何だイノベーションがだな……」
 部長の目が泳いでいる。
 ぶーん、とケータイが震えた。メールだ。千代ちん?
「いじめ、よくない()」
 と、書かれたメールの内容と、部長の後ろで済ました顔をしている千代ちんを交互に見比べる。と、千代ちんが新聞部から離れようのジェスチャーを送ってくる。
「部長、すみません急用が入りました。と、いうわけで今日の取材はここで失礼させていただきます。部長の豊かな感受性のつまったいい記事を楽しみにしてます。じゃ」
「あ、あぁ楽しみに待っててくれ……」
部長の気の抜けたような返事を背中にわたしは一同を離れた。しばらくすると千代ちんとシンハが駆け寄ってくる。
「なぁにぃ、今日はずいぶんと過激なんじゃない?」
「そうかしら?」
「朝から見てると、どうもぼたんはこのお祭りがそれほど好きじゃないように感じるッハ」
「んんん……まあ、ね」
 わたしはうつむきながらシンハの言葉を肯定する。
「そりゃぁまぁかっこいい車もあるし、こういう車に乗るのは好き好きだと思うのよ。でもなんていうのかな、後ろ側に流れる若い人そっちのけの懐古主義みたいなのがどうも受け入れられなくて……」
「へぇ……」
「でも、まぁ、いいころの思い出っていうのは大事だッハ……」
 シンハが妙にしみじみとしながら言った。が、
「そりゃぁ思い出は大事かもしれないわよ……でも、昭和、昭和、昭和ってなによ、知らないわよ生まれてないんだし! なんていうのかなぁこの昭和っていう目に見えない檻に閉じ込められるみたいな感覚。それがなんていうか肌に合わないのよ!」
「こじらせてるわね、中二病……」
「ま、人それぞれだッハ」
 千代ちんとシンハが顔を見合わせているようだ。
 こっちは火がついたというのに二人とも妙に納得している。
 ふんむー、不完全燃焼だ!
 こんな気分を吹き飛ばすのは甘いものだ!
 芋煮! 芋煮! また芋煮! 沿道に居並ぶ芋煮の出店の中からようやくクレープの屋台を見つけると、たっぷりの生クリームにキャラメルソースとチョコスプレーをかけたものをひとつと、カスタードクリームにチョコとバナナを合わせたクレープを注文し、交互にかじりついた。
 千代ちんもクレープを、シンハはファインのぐるぐるソーセージを……あぁ、ここぞとばかりにあんなに長いのを……人の財布であれを買ってると思ったら押さえられようとしている興奮の炎が再びくすぶりだしてきた。
「だいたいさ、中途半端なさ、昔の町並みをさ、再現しようなんてさ、岩井戸のさ、高畠平安化計画とさ、やってること変わらないじゃない!」
「ふーん、なるほどねー、そういう考え方もあるわけかー」
 千代ちんがなだめるようにうなずいた。
「じゃぁさ、ぼたんちゃんは高畠がどんな町になったらいいなぁって思うわけ?」
 クレープをマイクのように突き出して千代ちんがたずねる。
「それは……」
 突然そんなコトいわれたって思い浮かんだりしない。ただわたしは今までの価値観を吹き飛ばすような、そんな新しい出来事に出会いたいだけだ。この町がどうのこうのなんていうことはいままで考えてもみなかった。
「さっきぼたんは岩井戸とこのお祭りがおんなじだっていったけどそうじゃないッハ」
 押し黙ったわたしを前にシンハが口を開いた。
「岩井戸は、悲しい言い方だけど、もう存在していてはならない存在だッハ。それがこの町をどうこうするのは確かにお門違いだッハ」
 ソーセージを一口かじるとシンハは続ける。
「だけどこのお祭りはちがうッハ。この商店街に住む人たちがいろいろと考えて、最善と思ってやってる町おこしだッハ。それがぼたんの目指す高畠町にそぐわないって言うのなら、ま今日はしょうがないにしても、来ないか何か新しいものを考えて提案していくほかはないッハ」
「……そんなコトいったって、わたしら子どもじゃない……」
「この町の未来を作る資格が十分にあるって言う話しだッハ。そのための勉強をする時間も十分にあるッハ。それに町を活性化させるのは若者とよそ者とバカ者だっていうッハ」
「バカ者で悪うござんしたね」
 そういってわたしはシンハのソーセージをひったくって口の中に放り込んだ。
「ちょ、それせっかく千代が買ってくれたソーセージだッハ!」
「へ、わたしの財布から出したんじゃないの?」
「あ、新技特訓に付き合ってくれたお礼にって……」
「ぼたん~……」
 シンハが恨みがましい目でわたしを見る。
「……わ、わかったわよ……新しいの買ってあげればいいんでしょ……」
 と、そのとき、通りのほうからいくつもの悲鳴が聞こえた。
「……残念、それどころじゃなくなっちゃったようね」
「あとで絶対返してもらうッハよ」
そういうとシンハは如意宝珠をわたしたちに放ってよこした。
 
 
まずは状況の確認と、声のするほうに向かった。
いた、狼が八、九、十匹。
夏に龍と戦った、通りの交差する十字路の真ん中。
そこに現れて観客たちを威嚇している。
「千代ちん! シンハ!」
 呼びかけに顔を見合わせる三人。
「どこで変身したらいいと思う?」
 千代ちんの額を汗が流れ落ちる。
 とにかく人が多すぎるのだ。例年より特に多い。
「おそらく……ラクシュミーのせいだッハね……みんなアトラクションか何かと勘違いしてるみたいだッハ……」
 シンハの言うとおり人は逃げ出すどころかますます押し寄せてくる。
「ま、満員電車みたい……」
「本場モンはこんなもんじゃないわよ……」
「うへぇ」
 千代ちんの言葉に気が重くなる。
 ともかくあの狼ダデーナーが騒ぎを始める前に、この場から変身できるところに移動しないと、と後ろを振り向いたとたん、ドッ!と歓声が上がった。
 何ごとか?と振り返ると真っ赤な衣装に身を包んだ大男がダデーナーの一匹にかかと落しをお見舞いしたところだった。
「赤木だッハ!」
いつもの覆面姿の赤木君がダデーナーを蹴り飛ばし、雄雄しく仁王立ちになる。
歓声の中、狼たちが赤木君に飛び掛った。
赤木君はその動きを見切ると一体を両手でつかみ、曲げたひざにたたきつけた。
動きの止まった赤木君に飛びかかる狼、それらを手に持っている先ほどのぐったりしたダデーナーでなぎ払う。
さらには後ろから飛びかかる二体のダデーナーを振り返りもせずに裏拳で叩き落す。
すごい……
三面六臂の大活躍……というのだろうか、次々と襲い掛かってくるダデーナーを目にも止まらぬ動きで殴り付け、蹴り付け、いなしていく。その鬼神のごとき戦いぶりに周りの人たちの声が無くなってきていた。
いつしか狼ダデーナーは赤木君の周りを距離をとって取り囲み、のどを鳴らし威嚇する。かなわないと踏んでのことだろう。
「このまま赤木君だけでけりがついたりして」
「いや、赤木はダデーナーを浄化させることができないッハ……長引けばあぶないッハ……」
 楽観的な千代ちんにシンハが釘をさす。そうか、トゥインクルファウンテンとかで浄化させないとダデーナーは文珠に戻れない。となると長引けば赤木君の体力が持たない。
「何とかしてわたしたちも加勢しないと!」
 と、言ったそのとき、また新しい動きがあった。
 ダデーナーたちが展示してあるクラシックカーにその身を憑依させ始めたのだ。
 無人の車がけたたましいエンジン音を立て始め、ライトから不気味な光を放ち始める。
 キャキャキャキャとすさまじいタイヤの音を立てながら赤木君に向けて車が突っ込んでくる。
 赤木君はボンネットに両腕をたたきつけ、跳馬のように空に舞い、突進をかわす。
 車はそのまま信号機に突っ込んだ。
「まずいッハ! 一般人にけが人が出るッハ!」
 ここにきてようやく観衆たちも我に返った。あわててみな振り返り、戦いの場から離れようとする。
 悲鳴と怒号の中、わたしたちはもみくちゃになりながら必死で変身できそうな場所を探すがどこも人でいっぱいだ……
「どうせ誰も見てる余裕なんか無いッハ!」
「バカなこと言わないでよ!」
「じゃ、しっかりつかまっているッハ!」
 いうなりシンハはわたしと千代ちんを両脇に抱きかかえ、肉の斎院の屋上へと跳び上がった。
「……、……、な、なにすんのよ! こ、こっちは生身なんだからね!」
「文句はあとで聞くッハ、赤木が狙われているッハ 早く!」
 そういうとシンハは衣装を変化させる。赤木君の衣装の青バージョンといった装いだ。
 そうこうしているうちにも下からは、ドカン!ガシャン!と車がぶつかるような音が聞こえてくる。確かに一刻を争う事態だ。
「行くよぼたんちゃん!」
 わたしは千代ちんの目を見てうなずく。
『オン・チンターマニ・ソワカ!』
 穏やかな光に包まれ、わたしたちはラクシュミーへと変身する。
 屋上の端へと走り、交差点を見る。すると赤木君が展示してあった誰かの大きなオートバイへまたがり、南のほうへと走り去っていくのが見えた。それをダデーナーの憑依した車も追いかけて走り去っていく。
「あ~ぁ、一足遅かったか……」
うなだれるわたしたちを尻目に、
「ナニ言ってるッハ、ぼくらも追いかけるッハ!」
 と、シンハが屋上から飛び降りた。
 あわててわたしたちも追いかける。
 下に下りるとシンハはすでに目星をつけていた。
「アルファロメオ・グランスポルト・クアトロルオーテ。これがいいッハ」
 鼻っ面の異様に長い2シーターのオープンカー。シンハが乗り込みセルを回すと、その長ったらしい名前の車は小気味よくマフラーからエキゾーストガスを吐き出した。
「これって、あれだよね……なんだっけ、あの泥棒のアニメの……」
 ミレニィが大喜びでシンハの隣に座る。
「ちょっと勝手にこんなんしていいの?」
「緊急事態だッハ、早く乗るッハピオニィ」
「乗るってどこに?」
「予備タイヤの上にでも座るッハ」
 座席の後ろの予備タイヤにまたがり畳まれている幌をしっかりつかむと、シンハがアクセルを目一杯踏み込んだ。
 オーナーらしきおじさんが両手を上げて追いかけてきたが、じき見えなくなった。
「やれやれ、とんでもないものを黙ってお借りしちゃうみたいね……」
「おじさんの心なんかよりもどっち行ったかよ! ひとっ飛びして調べようか?」
「いや、タイヤ痕からして、左だッハ!」
 シンハは減速もせずに国道399号線に突っ込み、思いっきりハンドルを左に切った。幸い走っていた車がいなかったからいいようなものの、盛大に後輪を滑らせ方向転換をした。その横Gにわたしは振り落とされそうになる。
「ちょっとシンハ!ほんとにちゃんと運転できんの?」
 たまりかねてたずねると、
「理屈はしっかり頭の中に入っているッハ」
「運転したこと無いってぇの?」
「運転したことなんてあるわけが無いッハ」
 シンハがギアをトップに入れる。車がぐんと加速する。予備タイヤの上のわたしは必死で幌にしがみつくほか無い状態だ。あらためてあのアニメの侍の身体能力の高さを、いや、所詮はアニメの世界だということを体感する。
 車は今までに体験したことの無いスピードで399を東に突き進み、もう高畠一中の横を通り過ぎてしまった。きっと先に行った赤木君とダデーナーのカーチェイスのあおりを食らったのだろう、沿道に何台か車が落ちている。
「見えたッハ!」
 シンハが叫ぶ。目を凝らすと車列は右折し、ぶどうまつたけライン、和田地区へと抜ける峠道へと入っていった。
 先ほどのように盛大にドリフトしながらわたしたちもぶどうまつたけラインへと入る。
「ねぇ、ところでさ……どうやって戦うの……?」
「どうって、トゥインクルファウンテンで浄化させていくッハ」
 ミレニィの問いかけにシンハがとんでもないことを言ってのける。
「この状態でどうやってロッド振り回すのよ!」
「文珠を使うッハ、ミレニィ、腰の巾着をピオニィに……」
 ピオニィが手渡してくれた巾着には文珠が鈍い光をたたえながら入っていた。
「そこから力を吸い上げれば儀式をしなくてもファウンテンが放てるッハ。そろそろ射程に入るッハよぉ……」
 最後尾の車が見えた。
わたしは言われたとおりトゥインクルロッドを出し、巾着袋を握り締め、「力」を意識する。なるほど文珠にはこういう使い方もあるのか、あっという間にロッドにファウンテンのエネルギーが満たされる。
「よぉし、トゥインクル・ファウンテンッ!」
輝く光が後ろの二台をとらえる。
いつもの絶叫が上がると車からまがまがしい気が祓われる。
とたん車からコントロールが失われ、一台は左側のガードレールを突き破り、赤松の立ち並ぶガケ下へと落ち、もう一台がせまい道路をふさぐように動きを止めた。
「ぎゃぁあぁぁぁぁぁああぁっ!」
 女の子らしからぬ悲鳴を上げながらミレニィが何発も車に火炎弾を叩き込む。
 車は爆発炎上、とはいえ進路上の障害物であることには変わりは無い。
「ふんっ!」
 と、気合を込め、車の鼻先に「パリッチャ」を生み出す。と、燃えさかるガレキを撒き散らしながら炎の壁を無事に突き抜けることができた。
「ナニやってるッハ! もう少し考えて敵をしとめるッハ!」
 シンハが怒鳴る。
「しょーがないじゃん! どうしたって前にいるんだもん!」
 わたしも怒鳴り返す。
「う、後が危ないなら横付けしたらいいんじゃ……」
「ナイスアイディア! じゃ、まくるッハ!」
 ミレニィの言葉にシンハがアクセルを踏み込んだ。
 みるみる前の車との差が縮まる。が、この縮まり方は前方車両も速度を落としている感じだ。
 二台のクラシックカーダデーナーが左右両車線をふさぐように並ぶ。
「ぐぅっ! 横付けさせない作戦だッハ……」
 クラシックカーダデーナーはときどきブレーキランプを光らせる。追突してはたいへんと、シンハが前のめりになって構える。わたしも幌をつかむ手に力が入る。
「きゃぁあっ!」
 突然右手のほうから衝撃が起こる。見るとどこから現れたのかクラシックカーダデーナーが体当たりをしてきた。
もう一度車体をぶつけようと、車間をとったところにファウンテンを御見舞いする。
ダデーナーは絶叫を上げ、車は道路右の側溝にタイヤを取られ、派手にロールする。カーブのせいで見えなくなるが、爆発音が聞こえてきた。
 道路右手を確認すると、がけ崩れを防止するためにコンクリートを塗ったくったデコボコしたコブだらけの山肌に、クラシックカーダデーナーがもう一台、車体を波打たせながらこちらに狙いを定めているのが見えた。
 即座に文珠からファウンテンのエネルギーをチャージし、今度は体当たりをもらう前にしとめる。とはいえ、
「ミレニィ代わって。この体勢でファウンテンはきっつすぎるよ!」
 片手はロッド、もう一方は巾着を握りこみつつ幌。両足ではしたなくも必死に予備タイヤにしがみついての攻撃役はいくらなんでも扱いがひどすぎる。
「あぁっ、えっと、どうすれば?」
 荒々しいシンハの運転に最初の笑顔はどこへやら、ミレニィも顔を引きつらせながら必死にしがみついてる状況だ。
「飛んで援護して! そっちのほうが絶対安全よ!」
「そ、そうか……」
 ミレニィはシートの上にしゃがみこむと、勢いをつけて飛び上がった。
 ようやく開いた座席に這いつくばりながら転がり込む。と、突然真っ黒な排気ガスが目の前に立ちふさがる。
「くっ、まるで煙幕だッハ」
 たまらずにスピードを落とすシンハだが、いやな衝撃が左前方から伝わっ、視界が晴れた!
車の両脇に赤松の幹。
案の定ガードレールを突き破って……。
落ちるっ!
たまらず目をつむる。
が、逆に浮き上がる感覚!
「ギギギギギギギ…………」
振り向くと翼を大きく広げたミレニイが、歯を食いしばりながら予備タイヤを両手でつかんで車を持ち上げている。
 空飛ぶ車は谷の上をショートカットして煙幕を撒き散らした車の前に下りる。
 飛んでいる間にエネルギーをチャージしたわたしは、振り返りざまファウンテンを浴びせかける。絶叫があがり、二台のクラシックカーはお互いにぶつかって、もつれて、カーブの影に見えなくなった。
 今の飛行で疲労困憊のミレニィがふらふらになって、先ほどわたしが座っていたタイヤにまたがり座席後部にぺたんと突っ伏している。ガードレールに突っ込んだ衝撃か、車がガタガタと振動がするようになったため、ミレニィがずり落ちそうになる。わたしは彼女を引っ張り上げ、何とかシートに引き入れる。
「せまいったらないッハ」
「なによ!こんな車選んだシンハのせいでしょ! 算数もできないの!」
 言い合いをしていると前方から急ブレーキの音と激しい衝突音が聞こえる。顔を上げると黒煙が上がっているのが見える。
「まさか!?」
 3つカーブを曲がると残る4台のクラシックカーダデーナーが動きを止めて道をふさいでいた。黒煙はその先のカーブから立ち上っている。
 ダデーナーはこちらに気がつくと、スピンターンを決めてこちらへと突っ込んできた。
 すでにロッドにエネルギーはたまっている。
「ラクシュミー・トゥインクル・ファウンテンッ!」
 トゥインクルロッドの先から放たれた光がクラシックカーに取り付いたダデーナーを浄化していく。
 が、勢いのついた車は止まらずにこちらへと向かって突っ込んでくる。
「こなくそっ!」
 ミレニィがわたしとシンハを抱きかかえて空へと飛び上がる。
一瞬遅れて、ドガッ!ガシャン!と派手な音を立てて車が激突し、もつれ合い、大きな音を立てて爆発する。
爆風をうけてミレニィはよろよろと右手にある山の斜面へと流され、わたしたちはへばりつくように斜面へと降り立った。
振り返って車を見る。パンパンと何かがはじけるような音を立てながら黒煙をもうもうと上げて燃えている。
「もうダメ……もう飛べないから……ピオニィ……文珠……文珠ちょうだい……」
ミレニィが文珠を求めて手を出してくる。
わたしが巾着ごと手渡すと、ミレニィはそれを氷嚢のようにおでこに乗せ、大きく息を吸い、そして吐き出した。
「ふぅ、何とか人心地ついたわ……」
 そういって文珠の入った袋を戻そうと、わたしのほうを向いたミレニィが突然噴き出した。
「なによピオニィ、顔真っ黒」
「なっ?」
あわてて顔をぬぐう。
「さっきの煙幕?」
「あ~あシンハまで……いいときに飛んだみたいね、私」
 けらけらとおなかを抱えて笑うミレニィに釣られてシンハを見る。シンハは覆面をずり下げて荒い息をついているが、その覆面の境目がくっきりとついているのがおかしくてたまらず、わたしも笑い出す。
 笑われたのが気まずく感じたのか、シンハはその姿を元の唐獅子のものへと戻してしまった。
「ねぇ知ってる?」
 ミレニィが笑いながら燃えさかっている車を指差す。
「クラシックカー十一台、しめてウン千万円」
「ぶふっ」
 あまりの値段に噴出してしまう。
極度の興奮と緊張から放たれたばかりのせいか、頭の中に何か変なのが出てるんだろう、不謹慎だとは思うがなぜか笑いが止まらない。
「どーすんのよ、どーすんのよシンハ? ぷふっ、なおるの?あれ?」
 シンハを引き寄せ、撫で回しながらたずねる。
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。形あるものはいつかは滅びる。たまたま今日がその日だっただけ……ということにしておくッハ……」
 
 
「あ、そうだ、赤木君」
 ひとしきり笑うと本来の目的を思い出した。少し上のカーブ、ひしゃげたガードレールの向こうにはいまだ黒煙が立ち上っている。
「あのくらいでくたばったりしないでしょ。赤木君タフだし」
「……とはいえ赤木がダデーナーだとしたら……今が浄化のチャンスなのかも知れないッハねぇ……」
 シンハの言葉にわたしもミレニィもつばを飲み込む。
「浄化……しちゃうの?」
 ミレニィがたずねる。
「ラクシュミーの本来の目的はぼくの力の源の「文珠」を全部集めることだッハ。赤木がダデーナーだとしたらいつかはそういう日が来るッハ」
「それはわかるけど……」
 それはわかる。それはわかるけれど、時には助け合い、ともに戦って、同じ鍋の芋煮を食べて、人工呼吸とはいえあんなことをした彼を……浄化するとしたら……トィンクルファウンテンで、わたしが……
いつしかわたしはじっとロッドを見つめていた。
「……あ、赤木君もあれだけどさシンハ、ほら文珠文珠。ここまでの道でやっつけてきたダデーナーの文珠。あれ拾って帰んないと!岩井戸に回収されちゃったら今までの苦労が水の泡よぉ……」
 ミレニィがわたしの気持ちを察したのかシンハに提案する。
「……そうだッハね。それじゃぁ火の勢いも収まってきたようだからまずはあそこの四っつから拾って帰ることにするッハ。ミレニィ、抱っこしておろしてくれッハ」
 ミレニィはシンハを抱き上げると斜面を蹴り、ふわりと道路へ降り立った。わたしも続いて斜面から飛び降りる。
 火勢は弱まったものの、いまだ黒煙を上げ続けるスクラップの中に、文珠は鈍い光をたたえていた。
シンハが恐る恐るながらも近づいていく。と、目の前で何者かが文珠を無造作に摘み上げてしまった。
 黒煙の中から現れた大柄な体。
 ススだらけで擦り切れた衣装を身にまとった、それは赤木君だった。
「こいつは俺がいただいていく」
「バカなことをいうなッハ! それをこちらにわたすッハ!」
シンハが声を荒げる。
「そ、そうよ……文珠なんて、赤木君には必要ないじゃない……だからね、返して、それ」
 わたしはなだめるように声をかける。
 すると赤木君は手をすっとわたしに向かって差し伸べた。しかしその手は文珠を握っているのとは別の方だった。
「見てくれこの手を……化け物の手だ……」
 警戒しながら目を凝らし、その手を見る。手の皮がはがれているようだが血がにじんでいる様子は無い。妙にささくれ、いや毛羽立って、皮膚や肉とは質感が違うような……
「あの時、青木を助けようと光の玉に触ったところだ。痛みは無いがいっこうに治らない。よくよく見たら紙粘土だ、張りぼてに取り憑いた化け物なんだよ、俺も……」
 赤木君が寂しそうにつぶやく。
「化け物なんて……」
 薄ぼんやりと心に抱いていた「赤木君がダデーナーというのはシンハのただの思い込み」という希望はもろくも打ち砕かれた。
「いいさ、この一月で心の整理はついている。いずれお前に消されるときは受け入れよう……」
「そんな……」
 赤木君はそういってうつむく。
「なら、今がそのときだッハ。ピオニィ!」
 シンハがトゥインクルファウンテンの準備をするよう促す。とはいえ……
「まぁ待ってくれ、心残りがあるんだ……」
 わたしがためらっていると、赤木君がシンハに語りだした。
「目の前で、親友を消された。せめてこの手で敵を討ちたい……」
 赤木君はシンハを押しとどめるように開いた手のひらを、硬く力強く握り締める。
「岩井戸をなめてはいけないッハ。 悪いけど赤木では話にならないッハ」
 シンハが正面からにらみつける。
「そう……だから力が……力が必要なんだ」
 そういって赤木君は持っていた文珠を口の中に放り込んだ。
「ピオニィ! ミレニィ!」
 シンハが叫ぶが時すでに遅く、文珠はゴクリと音をたてて赤木君ののどを通り過ぎていった。「ピオニィ! ミレニィ!」
 シンハが再び叫ぶが、赤木君から放たれる異様な気迫に気おされてわたしたちは動けない。
「がああああああああああああああ………………」
 文珠を飲み込んだ赤木君は突然うなり声を上げ始めた。大きく口を開き、血走った目を見開き、両手は空中にある何かをわしづかみにするようにして、まるで何かに耐えているような様子だ。
「赤木君! 赤木君!」
 大声で呼びかけてみるものの反応は返ってこない。
 やおら布の引き裂かれるような音がした。赤木君の服だ。
彼の筋肉という筋肉が、波打ち、膨らみ、ただでさえ大きな赤木君の体が、さらに一回り大きくなった。
「が、ああああ……」
 口からよだれを垂れ流しながら見開いていた目をわたしに向ける。
「…力を……もっと力を……」
 彼が目を向けたのはわたしに対してじゃない。わたしが持っている文珠の詰まった巾着袋に対してだ。
 気がついた瞬間、赤木君が大地を蹴る。
 弾丸のような速さでわたしの前に立ちふさがると、巾着袋を持っている方の手に手刀を浴びせる。
 たまらずわたしは巾着を取り落とした。
「ピオニィ!取り返すッハ!」
 とはいうものの、叩かれた腕がジンジンとしびれて動かせない。
赤木君はゆっくりと巾着に手を伸ばす。
が、手を触れそうになった瞬間巾着が炎に包まれ、中の文珠は散り散りに転がった。
「なんてことするッハ」
「まとめて取られちゃうよりましでしょ! 拾って!ピオニィ!」
「拾ってって……ンもう!」
 わたしと駆け寄ってきたシンハはしゃがみこんで文珠を拾おうとする。
 赤木君も文珠を拾おうと腰を落とすが、そうはさせまいと、ミレニィが鼻先に炎を撃ち込む。
「ごおっ!」
 赤木君は吠えてミレニィへと肩から体当たりを仕掛ける。が、身軽なミレニィはひらりとそれをかわす。
 赤木君はそのままコンクリートでコートされた山の斜面へと激突する。そのコンクリートにひびが入り、ガラガラと崩れ落ちてしまった。
「なんてパワーよ!」
 驚いて目を見開くミレニィに向かって赤木君が腕を振るう。
 何かはわからないが飛んでかわそうとするミレニィが、
「あぢぃっ!」
 と声を上げた。
 飛び上がりかけの体勢から尻餅をつき、顔を抑えてうずくまるミレニィ。
 赤木君が再び何かを握り、今度はこちらへと狙いを定め、腕を振るう。
 わたしは大慌てで「パリッチャ」を展開させる。と、一瞬トタン屋根に落ちる夕立のような音と衝撃がわたしを襲った。
 音の正体は砂だ。
 思い切り投げつけられた砂が鳥撃ち用の散弾銃のようにミレニィやわたしを襲ったのだ。
 赤木君が再度腕を振るう。わたしは「パリッチャ」のかげで身を縮めた。
「ぎゃん!」
 と、背後で悲鳴が上がる。狙われたのはシンハだった。
 シンハは痛みのために拾った十個ほどの文珠を取り落としてしまう。
 その文珠をめがけて赤木君が跳んだ。
 赤木君は地面に腕を走らせると、たちまち文珠を拾い上げた。
その動きを目で追うことしかできないわたし。
そのわたしの目の前で、赤木君は文珠をゴクリとのどの奥へと流し込んだ。
「あがあああぁあぁぁあぁっぁああああぁぁあぁああぁぁ………」
 先ほどと同じように悲鳴のような声を上げる赤木君。彼の筋肉が、先ほどよりも激しく、まるで皮膚の下に無数の蛇が這い回っているかのように波打っては肥大化していく。
「がああぁあああぁぁぁぁぁああああぁぁああぁぁ…………」
 赤鬼……
 まさに赤鬼がそこにいた。
 真っすぐに立ったなら身の丈5メートルを超えるような巨体。しかし肥大化の代償か、痛みがあるのか全身を真っ赤に染めながら、丸太のような二の腕を抱えて苦しそうにひざをついてうずくまっている。
「心と体のバランスが取れていないんだッハ……」
 シンハがよろよろとこちらへ近づいてきた。
「力を、力をと求めるあまりに……見るッハ、力を制御できずに暴走をはじめたんだッハ……」
「…………」
 赤木君の表情がゆがんでいく。
「……ファウンテンで浄化してやるッハ……むしろそれが……赤木のためだッハ……」
 涙をボロボロと流しながら肥大化の痛みに耐える赤木君。
「赤木君……ごめん……ごめんね……」
 わたしは意を決してロッドを構えると、力を集めるための儀式の踊りを舞う。
 体中の気力が丹田に集まり、胸、肩、腕を通りロッドへと集中する。
「気力……充実……」
 いつの間にかあふれ出た涙でぼやけて見えるが、大きくなって、かつ動けなくなっている赤木君への狙いははずしようが無い。
「…………ラクシュミー……トゥインクル…………ファウンテンッ!」
 気力をこめたトゥインクルロッドを赤木君めがけて振り下ろす。
「がああああああぁぁぁああぁぁぁぁぁあああぁぁあぁぁぁぁあぁぁああぁあぁ……」
清らかな光を浴びて赤木君が絶叫を上げる。
「あああぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁ………」
 痛みのためか、赤木君がこちらへと大きな腕を振り下ろそうとする。が、横から炎の弾が数個飛来し、炸裂し、赤木君はどうと体を横たえる。
「続けて!ピオニィ!」
 ミレニィはそういうと足が崩れるようにへたり込む。が、目だけは力強く赤木君を見据えていた。
 わたしはミレニィにうなずくと、ロッドを持つ手に力をこめた。
「はああぁぁああぁぁあぁあぁぁあぁぁぁああああぁあぁぁぁ………」
「が、があ、あぁあぁぁああぁぁあああぁぁぁぁぁ………」
 赤木君は何とか起き上がろうと四つん這いになるが、そこから体は動かせない。心なしか先ほどより幾分小さくなったような感じがする。
 カツーン、カツーンと悲鳴に混じって硬いものがぶつかるような音がする。
「文珠が出てきたッハ もう少し、がんばるッハ!」
 確かに、音が響くたびに赤木君の体が縮んでいるような気がする。あの音が消えたとき、きっと赤木君という存在も消えてしまうのだ。
「があああああぁ……ごおおぉぉぉおおぉ……ぎいぃぃぃいいいぃ……」
 悲鳴のトーンが変わった。文珠よ出て行ってくれるな……赤木君はまるでそうでもいわんばかりに文珠が湧き出る胸を両手でおし抱く。が、無常にもその手をすり抜けて文珠がまたひとつこぼれ落ちた。
「がおぅううううう……ぎぃいいいぃぃぃ……」
青……木……青木……悲鳴がまるでそう言っているように聞こえる。
気のせいだ!気のせいだ!そう考えるように意識を持っていこうとする中、またひとつ文珠が転がり落ち赤木君の体が最初のサイズに戻る。
「青木ぃ…… 青木ぃ……」
 いつもの姿に戻った赤木君が、空を見上げ涙を流しながら弱弱しく漏らす。
やっぱり青木って言ってたんだ。
そう理解した瞬間わたしの手からトゥインクルロッドが転がり落ちた。
「どうしてやめるッハ! あと少しだッハ!」
「……できないよ! 赤木君を消しちゃうなんて! わたしできない!」
 シンハが怒りの声を上げるがわたしには無理だ。
「できるときにけりをつけておかないと、また岩井戸の時の二の舞になるッハ」
「でも……でも優しい心があるんだよ! 仇を討ちたいっていう熱い気持ちがあるんだよ! 赤木君のそんな思いを知っちゃったら……わたし……わたし浄化なんてできないっ!」
「……ピオニィ……」
 シンハが眉間にしわを寄せ、かみ締めるようにつぶやいた。
 ボ、ボ、ボゥ
 火の玉が風を切る音がした。
 その音に振り返る。
よろよろと立ち上がった赤木君が文珠に手を伸ばそうとしたところにミレニィがけん制したものだった。
 赤木君は振り返るとふらつきながらも駆け出し、ガードレールをまたぐとその体をがけの下に躍らせた。
「赤木君!」
 わたしは駆け寄ってがけの下を覗き込んだが、赤木君の姿はすでに見えなくなってしまっていた。
 
 
「やっと自販機だ……なんか飲むもの……」
 千代ちんが商店の自販機に向かって駆け出した。
 スポーツドリンクを買って一息で飲み干す。
 続けてさらに二本のスポーツドリンクのボタンを押し、
「はい、泣いた分の水分補給しないと」
と、言いながらそのうちの一本をわたしにくれた。
「そんな……」
 とは言ったものの、涙は自然とあふれてくる。
「泣くのよ泣くの、ジャブジャブ泣くの。古い歌じゃないけどさ、泣いて泣いて吹っ切るしかないじゃない、こんな失恋はさ……」
「そんな、失恋なんて……そんなんじゃないわ……」
「なんにせよ……情がうつっちゃったってのは……いろいろと切ないッハ」
 シンハがわたしを見上げながらつぶやいた。
 おそらく自分と岩井戸の関係になぞらえたのだろう、彼の目もまた潤んでいるように見えた。
「でもシンハの文殊を全部集めるには赤木君を浄化させないといけないんでしょ」
「そうだッハ。文殊を集めること……それがぼくらの一番の目的だということを忘れてはいけないッハ」
 千代ちんの問いにシンハが答える。
「たとえ赤木が本懐を遂げた後であっても、いや、赤木が本懐を遂げればこそ……ダデーナーを元の文珠に戻せるのはピオニィのファウンテンだけになってしまうッハ……」
「それって……」
 千代ちんが言葉を詰まらせる。
 わたしは黙って街へと向かって歩き出した。黙って突っ立っているといろいろとつまらないことを考えてしまうような気がした。二人も言葉無く後をついてくる。
 沈みゆく夕日がやたらとまぶしかった。
 
第8話 了
 
第9話に続く

あとがき

えー だいぶたまってまいりましたので1話から8話までの総集編でございます。
よくもまぁここまで書けたなと自分でもびっくりしてます。
ご当地ヒーローやご当地戦隊のようにご当地プリキュアをやりたくて書きはじめたこのラクシュミー。お仕事やら、雑事やら様々こなしながらの執筆活動ですので、お待たせして申し訳ありませんがとりあえず13年の春までには何とか仕上げたいなと考えている次第です。
閲覧数が増えますと励みになりますのでぜひお友達等にもご紹介いただきながら応援していただければと思います。



奥付


まほろば天女ラクシュミー 1~8総集編


http://p.booklog.jp/book/57534

ちょこぼーる加藤の本

 

もっと下ネタを楽しみたいというあなたは

第3回世界カンチョー選手権 

インターネット動画を媒体として盛り上がりを見せる世界カンチョー選手権がついに日本へ上陸!白熱の準決勝以降の実況をリポートします。もちろんフィクションです!

http://p.booklog.jp/book/39361/read

 

ミリタリー趣味のあなたは

戦場はメリークリスマス

クリスマスイブの夜サンダースにたくされた指令とは?

http://p.booklog.jp/book/62866/read

 

まともな話は書けないのか!というあなたは

まほろば天女ラクシュミー 1~8総集編

わたし冬咲ぼたん。中学二年生。退屈な田舎町を抜け出すには、勉強して、町の大学に行かなきゃ!って学業の神様「亀岡文殊堂」にお参りに行ったら……わたしがこの町を守る美少女戦士ラクシュミーに!?

http://p.booklog.jp/book/57534/read

 

まほろば天女ラクシュミー 9話

文化祭のさなかボタンが迫られる男の子に関する二つの決断。

http://p.booklog.jp/book/76691/read

 

まほろば天女ラクシュミー 10話 最後の戦い

大晦日の夜、亀岡文殊堂で最終決戦だと気合を入れる千代ちん、しかし…… 

http://p.booklog.jp/book/77788/read

 

 


著者 : チョコボール加藤
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/cbkato7108/profile


感想はこちらのコメントへ
http://p.booklog.jp/book/57534

ブクログ本棚へ入れる
http://booklog.jp/item/3/57534



電子書籍プラットフォーム : ブクログのパブー(http://p.booklog.jp/
運営会社:株式会社ブクログ



この本の内容は以上です。


読者登録

チョコボール加藤さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について