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4話 二人はラクシュミー


「ごっめぇーん わすれてたー」
 千代ちんからの電話を切ると、急いで身支度を整え、シンハを自転車のかごに放りこむと初夏の日差しの中へとこぎ出した。
「そんなにあわててどうしたッハー?」
 前かごの中からシンハがのんきな声でたずねてくる。
「・・・取材よ取材、・・・新聞部の」
「いったい何があるッハ?」
 全力疾走中に、質問ぜめは、つらい。
 どうせ遅刻だ、とわたしはスピードを落とす。
「ふぅ、えっとね高安の犬の宮のところでペット供養祭ってのがあるんだって・・・」
高畠町の高安地区、そこには日本でもまれな動物を神様として祭る祠がある。
昭和の終わりころからその祠で毎年7月の後半の土曜日に、ペット供養際というイベントを町の観光協会が始めたのだ。
話を聞きつけた愛犬家や愛猫家たちが日本全国から訪れお参りし、亡くなったペットの霊を悼むのだ。
「そこをこないだの緑道のときみたく・・・あぁぁ予習忘れた・・・」
 わたしは目をつぶって天を仰ぐ。
「わぁ、ぼたん!ちゃんと前見て走るッハ!」
 小石に乗り上げたショックでかごから放り出されそうになったシンハがわたしをたしなめる。
「あ、そうだ、ちょうどいい生き字引がいるじゃない」
「何だッハ、生き字引って!」
 シンハがむっとした声を上げる。
「ねぇねぇ、犬の宮と猫の宮のお話ってどんなんだっけ?」
「ファインのソーセージ2袋だッハ!」
「ちゃっかりしてるわね・・・」
 わたしは首をすくめる。
「犬の宮は、タヌキに化かされていけにえになる村の子供を、旅のお坊さんがおかしいぞと思って甲斐の国から犬を連れてきて助ける話だッハ。猫の宮は、飼ってる猫が奥さんに呪いをかけてると思った旦那さんが猫に切りつけるんだけど、実は猫がヘビの化け物から奥さんを守ってたんだよってお話だッハ。」
 シンハは前を向きながらそっけなく言った。
「えーっ、それだけでソーセージ2袋!ぼったくりよー」
「ちゃんと予習をしておかないぼたんが悪いッハ」
 シンハがちらりと振り向く。その瞬間ハンドルを操作してわざと小石に乗り上げてやる。
「うわぁッハ」
 と、シンハが足を突っ張る。
「もうぼたんなんか知らないッハ」
 どうやらシンハを怒らせてしまったようだ。
「アラ、ごめんなさいねぇ。で?ホントにそんなコトあったの?」
「何がだッハ?」
「その、犬の宮と猫の宮の話」
 あやまりついでに気になったことをたずねてみる。
「さぁ、わからないッハねー」
「何よ、感じ悪いわねあやまったじゃない」
わたしはハンドルを小刻みに揺さぶってやる。
「ちょー、危ないッハ。あの話は僕がこっちに来る前の話だからよく知らないッハー」
「へ、そうなの?」
「そうだッハ。僕がこっち着たのは大同二年、犬の宮は和銅のころの話だッハ」
「ちょ、ちょっとまってよ。西暦で言ってくれなきゃわかんないって」
「まったく、大同二年は西暦807年、和銅は大体708年ごろの話だッハ」
「へー1300年も前の話なのねー」
ずいぶん長生きなんだなこのコ、と妙なところで感心してしまう。
「はい、ここで中間テストの復習だッハ。和銅年間に起こった一大イベントといえば?」
「え、え、わどう、わど・・・?え?」
「ヒント、なんと見事な・・・」
「平城京?え、あ、そのころの話なんだ!」
「後は古事記や和同開珎、国産の貨幣ができたのもこのころだッハ」
「へぇー」
知ってる年号と当てはめるとえらく古いころの話なんだなぁとなんとなく実感がわいてきた。
「犬の宮の話だけど、役人に化けたタヌキが人年貢として都に子供を連れてくといって、お坊さんがそれはおかしいっていうんだけど、なんか感じないっハ?」
「え、なにが?」
「なにがじゃないっハ、奈良時代はどんな風に納税してたッハ?」
「えぇと、ちょっと待ってよ、口分田と租・・・庸・・・調・・・だっけ?」
「そのうちの庸は?」
「確か都で兵役に・・・あ!」
「人年貢だッハ」
「なるほどねー、じゃ、タヌキの言ってることおかしくないじゃない」
「そうだッハ。もうひとつこの時代に東北でどんなことがおきていたかっていう話だッハ」
「どんなっていうと・・・?」
「和銅2年に庄内に出羽柵(でわのき)って言う砦が作られたッハ。大和朝廷による蝦夷地征伐が行われていたんだッハね」
「和銅って言うと、あ、犬の宮の話のころか」
「その後、和銅5年に最上と置賜が出羽の国として陸奥の国から分離されたッハ。このときに高安にあるハプニングが起きたんだッハ。」
「なによハプニングって?」
「高安は陸奥の国から出羽の国になったんだけど、出羽の国では高安がまだ陸奥の国だと勘違いをして年貢を取るのをしばらく忘れていたんだッハ。」
「ちょ」
「しょうがないからまとめて重い税をとろうということで、租庸調のうち、兵役を出し た家は破産するとまで言われていた庸を重点的にかけたッハ。」
「へぇ、そんなにひどかったの、その庸って?」
「当時の兵隊には食事が支給されなかったッハ。食べ盛り、働き盛りの男をその家族が支えなければならなかったッハ。子供が一浪したあとに、私立大学に入った親みたいなもんだッハ」
たとえが痛いよシンハ・・・
「それともうひとつ、移民政策もこの話には影響を与えていると思われるッハ」
「移民政策?」
わたしは首をかしげる。
「朝廷は出羽の国を整備しようとして、いろんな国の人を無理やり連れて来て住まわせたんだッハ。その中に甲斐の国から犬を連れてきた人がいたかもしれないッハ」
「はぁ・・・」
「こういった社会の背景の中、役人のミスで重い税を押し付けられた不条理から少しでも気を紛らわすためにこういった話が生まれたんじゃないか、と思うんだッハ。」
ホントかどうかは知らないがなんだか妙に納得してしまった
「どうだッハ、奈良時代の復習。コレでソーセージ一袋は安いっハ」
「えー、まだ続きあんの?」
正直もう頭がいっぱいだ。
 たかはたこども園のわきを通り過ぎ、そろそろ高安地区へと入る道が見えてくる。
と、突然ドーンという大きな音とともに高安地区から大きな土煙が上がるのが見えた。


「何?」
自転車のブレーキをかけ、土煙の上がったほうをながめる。
「やだ、犬の宮のほうじゃない・・・千代ちん・・・」
「ガス爆発とかじゃないみたいだッハね」
再度ドーンという音とともに2本目の土煙が上がる。
わたしはシンハと顔を見合わせる。
「シンハ、如意宝珠出して!」
「もう変身するッハ?」
「自転車より変身して走ってった方が早いわ」
わたしは自転車を高安の入り口にある火葬場まで走らせそこに止める。
普段人気の無い奥まった火葬場は変身するには絶好の場所だ。
「オン・チンターマニ・ソワカ!」
光がわたしを包み込み、ラクシュミーの衣装を身にまとう。
「いくわよ!シンハ」
言うなりわたしは駆け出した。
橋を渡り、高安の集落に近づくと何人かの人が悲鳴を上げながらこちらへ向かって走ってくる。
なるべく目立たないようにわたしは青く茂った田んぼのあぜへと入る。
わたしの姿は何人かの目に入ったはずだが誰もそれに気を止めるようすは見えない。
時おり後を振り返りながら必死になって何かから逃げているようだった。
また、ドーンと音が鳴り響いた。
「何だか知らないけど急がなきゃ・・・」
わたしは再び土煙の上がった方に向かって駆け出した。
猫の宮を囲む木立の向こうにお祭りを知らせる背の高いのぼり旗が見えてくる。
犬の宮はその向こうの小高い丘の中腹にある。
その丘のふもとに50台ほどとめられる駐車場が整備されており、今日はとめ切れないほどに車が並んでいる。
異常なのはその車のうち何台かが腹を向けてひっくり返っていることだ。
「なにこれ・・・」
つぶやいた瞬間また奥の方でドーンという音と土煙が上がった。
その土煙の上のほうに赤い影が見える。
あれは・・・何度かわたしを助けてくれたあの覆面の人だ!


覆面の人は受身を取れず、アスファルトにしたたかに体を打ちつけた。
その彼にむかってジャリッ、と歩みを進めるものがいる。
体長3メートルはあろうかという熊?・・・いやタヌキの化け物だ!
タヌキはゆっくりと口を開き動けない彼へと狙いを定める。
「たぁーーーーーあぁ!」
そのタヌキに向かい横からとび蹴りを食らわせる。
ゆっくりと崩れ落ちるタヌキと覆面の彼の間に入り、彼をかばうように身構える。
「だいじょうぶ?」
チラリと彼を見て安否を尋ねる。
「・・・あぁ・・・」
そういうと彼は何とか立ち上がった。
顔を正面に向けるとタヌキもまた起き上がっていた。
タヌキは大きく息を吸い込む。
みるみるおなかが膨らんでくる。
「くるぞ!」
覆面の彼がさけぶと同時にタヌキがパンパンに膨らんだおなかを叩いた。
ドン!
衝撃波が襲う!
バッシャーーーーーーーン・・・・・・
わたしたちの後ろにあった「ため池」から衝撃波を受けて水柱が立ち上る。
彼のおかげですんでのところで避けることができたが、もしあれを食らっていたらと思うとぞっとする。
と、視界に見覚えのある影が見えた。
だいぶ離れた場所にいるが、こっちに向かってカメラを構えているのは千代ちんだ!
「はやくにげて!」
向こうへ行けと彼女に手を振る。と、千代ちんがこちらを指差す。
「へ?」
と思った瞬間、横から強い力で押されわたしはその場から弾き飛ばされる。
振り返ると今わたしがいた場所には覆面の彼が横たわっており、その足にはタヌキの腕が振り下ろされていた。
わたしはすぐにタヌキに向かって飛び掛るがタヌキはそれをヒョイとかわし間合いを取る。
「ぬ、おぉお・・・」
背後からは彼の辛そうなうめき声が聞こえてくる。
「ごめんなさい!」
今度はスキを見せないよう、タヌキから目をそらさないようにして彼に声をかける。
「とにかくアイツを彼からひきはなさなくちゃ・・・」
わたしはタヌキのふところに飛び込み、2、3発パンチをおみまいして、覆面の彼と反対側に回り込む。狙い通りタヌキはこちらへと注意を向ける。
「さぁ、来い!」
とかまえる視線の先、先ほどのため池から見えているだけでも5メートルはあろうかという大きなヘビが鎌首をもたげて覆面の彼を狙っているのが見えた。
覆面の彼は足を押さえて動けない。
「もう!」
 殴りかかってきたタヌキを跳び箱の要領で飛び越し、再び覆面の彼の元へと寄り添い大ヘビをけん制する。
前には大ヘビ、後ろには化けタヌキ、足元には動くことの出来ない覆面の彼。
絶体絶命のピンチだ!
ほっぺたをタラリと汗のしずくがつたって落ちる。
「とにかく動けるようにしなくちゃ」
わたしは覆面の彼を抱き上げる。いつかの反対、逆お姫様抱っこだ。
重さは何とかなるが、大きいので動きづらい。
「気をつけろ!来るぞ!」
彼の声に振り向くとタヌキがまた衝撃波を放つ準備をしていた。
「避けろ!」
彼の叫び声に合わせて飛び上がり何とか衝撃波をやり過ごす。
しかし、そのタイミングにあわせて大ヘビがアタマをぶつけてきた。
「キャァアァアアァァァ・・・」
空中から叩き落されたわたし達は離ればなれになって地面へと叩きつけられる。
彼は気を失ったのかピクリともせず倒れ伏している。
ズルリ、ズルリと大ヘビがため池から這い出してきた。そしてその長いしっぽをわたしへと伸ばしてくる。
「逃げなきゃ・・・」
と思うが、叩きつけられたダメージで思うように体が動かない。
ついにヘビのしっぽはわたしを絡めとると、ぐるぐる巻きにしてそのまま宙に持ち上げた。
「ラクシュミー!」
シンハの声がする。
見ると離れた場所からシンハがこちらを見上げて声を張り上げている。
「・・・シン・・・ハあぁあああああぁぁぁあっ!!!!」
大ヘビがわたしの体を締め上げる。
みりみりと体中に激痛が走る。
「ラクシュミーーーー!」
さけぶシンハに千代ちんが駆け寄ってくる。
シンハは千代ちんに抱き上げられて保護されたみたいだ。
シンハが暴れて千代ちんは押さえつけるのに必死だ。
そのとき大ヘビが再びわたしを締め付けるために力をこめた。
「あ゛ぁぁぁあ゛ぁぁぁあぁぁぁーーーーーーーーっ!!!!」
あまりの痛みに目がかすんでくる・・・
その時、千代ちんの体が強い光に包まれた。


ゴウッ!
ゴウッ!っと、激しい風きり音とともに真っ赤な炎がヘビへと向かって飛んでくる。
大ヘビの頭は炎に包まれ、たまらずわたしを取り落とした。
ドンッ!
と、タヌキが衝撃波を炎の飛んできたあたりに放ち、土煙が上がる。
するとその場所から一瞬早く緑色の影が飛びあがり、空中から火の玉を打ち出した。
火の玉はタヌキの足元に炸裂し、炎の壁ができる。
緑の影は空中で一回転すると、倒れているわたしのそばにふわりと舞い降りた。
「だいじょうぶ?ぼたんちゃん・・・」
やさしく手を差し伸べる彼女は
「・・・千代ちん・・・」
だった。
差し伸べられた腕の手首には真っ赤な丸い飾り布で覆われている。
見上げると萌葱色でノースリーブのミニ丈の浴衣、という表現が果たして適切かどうか、それをベースに妙に立体感を増した胸元に、如意宝珠を埋め込んだ鳥を模したような飾りがついている。
背中にはかわいらしい鳥の翼が天使のようについていた。
千代ちんのトレードマークとも言える真っ赤な髪飾りはソフトボールほどの大きさにふくらみ、その先のツインテールはそれぞれ三つの束に分かれ逆立っている。
「ラクシュミー!」
シンハもわたしの元へと駆け寄ってきた。
まだ思うように立ち上がれないわたしに向かってシンハは前足をかざすと、何か呪文を唱え始めた。するとシンハの前足から何かあたたかな波動のようなものがわたしの体へと流れ込んできて痛みがだいぶうすらいでくる。
「ぼたんが文珠を取り戻してくれたおかげでだいぶ力が戻ってきているッハ」
「ありがとう、シンハ、千代ちん」
まだふらつくがようやく何とか立ち上がる。
目の前の炎の壁の向こうに見えるタヌキの影が大きくなった。
「来るわ、千代ちん」
シンハを抱き上げながらわたしは言った。
ドン!
と大きな音が響くと炎の壁が吹き飛んだ。
衝撃の余波は跳びのいてかわす。
「なるほど・・・空気を吸い込んで衝撃波をだすッハね・・・千代!あいつの回り全部を炎の壁でつつむッハ!」
「オッケー!」
言うなり千代ちんは飛び上がり、空中からタヌキへ向けて手のひらから炎を打ち出す。
シンハの言うとおりタヌキは炎の壁につつまれた。
「だめよそんなことしたって、さっきみたいに衝撃波で消されて終わりじゃない!」
「大丈夫、もうあいつは衝撃波を出せないっハ」
自信満々のシンハだが、タヌキを見ると再びそのおなかを大きく膨らませようと・・・
あれ、膨らまない?それどころかのどを押さえて苦しそうにしている。
ついにタヌキはその大きな体をどうと横たえてしまった。
「炎の檻の中は空気が薄くなっているッハ。 おまけにせっかく吸った空気も熱くなっててタヌキののどを焼いたんだッハ。 ぼたん、今がチャンスだッハ!」
「ようし」
わたしは如意宝珠に手を触れると中からトゥインクルロッドをつかみ出す。
くるりくるりと舞うように空中に曼荼羅を描き出す。
ようし気力充実!と、そのときわたしの上に影が落ちた。
見上げるとさっきのヘビがいつの間にかわたしの頭上に大きな口を広げていた。
「ぼたんちゃん危ない!」
千代ちんが大ダヌキのそばに駆け寄り、まるでサッカーボールを蹴るように蹴りつけた。
タヌキはほんとのボールのようにやすやすと蹴り上げられる。
そして、わたしを狙うヘビへとたたきつけられた。
ヘビとタヌキはもつれるようにからまりあって地面へと落ちた。
わたしは向きを変えるとトゥインクルロッドを2匹めがけて振り下ろす。
「ラクシュミー・トゥインクル・ファウンテンッ!」
光の噴水が杖の先からほとばしり、2匹の体をつつむ。
『ダデェエェエエエェェェェナアァアァアァァアァーーーーーーーーーー!!!!!!』
虹色にかがやく光の中からヘビとタヌキの絶叫があがる。
その光が叫び声とともに小さくなる。
そして完全に光が消えると、そこからシンハくらいの大きさのタヌキと、1メートルほどのアオダイショウがこそこそと藪の中へと逃げていった。
シンハが2匹のいた辺りへと駆け寄る。
「お、4つも文珠があったッハ、そりゃ苦戦するはずだッハ・・・」
とつぶやいた。
「そうだあの人!」
さっきまで一緒に戦っていた覆面の彼を探す。
確かヘビに叩きつけられて動けなかったはず。
しかし、彼の姿はどこにも見当たらなかった。


「いやー、しっかしまさかぼたんちゃんがあのコスプレの人だったとはねー」
高安からの帰り道、自転車を押している千代ちんは上機嫌だった。
「コスプレって言わないでよ・・・」
わたしはヘビの締め付けのダメージが抜けきらずにへとへとだ。
シンハはちゃっかり千代ちんの自転車のかごに乗っている。
「あれはラクシュミーって言うッハ」
「へーラクシュミーねー、インド系? あれ、亀岡文殊って神社じゃなかったっけ?」
「違うッハ、大聖寺ってお寺だッハ!」
千代ちんの勘違いにシンハがむすっとした声を出す。
「それよりシンハ・・・どうして、どうして千代ちんまで巻き込んだの・・・」
わたしの質問に千代ちんは足を止めた。
「・・・ああでもしなければぼたんはやられていたッハ。 しょうがなかったッハ」
「だからって、もしもっと強い敵が出てきたら千代ちんもこうなっちゃうかもしれないのよ」
「ぼたん・・・」
シンハがしょんぼりした顔でわたしを見上げる。
そのとき、千代ちんがわたしの肩にぽんとやさしく手を置いた。
「大丈夫だよ、ぼたんちゃん、二人でやれば平気だよ」
「千代ちん・・・」
「ぼたんちゃん一人でしょい込まないでよ・・・一人であんな大変なこと・・・だめだよ」
「・・・千代ちん・・・」
やさしく微笑む千代ちんを見て、なんだか涙がこみ上げてきた。
思わずわたしは千代ちんに抱きついた。
はずみで自転車が倒れ、シンハがかごから放り出される。
千代ちんが「よしよし」とわたしの背中をなでる。
「二人でラクシュミーだよ、ぼたんちゃん・・・あれ、そういえばそんなアニメあったよね、むかし、二人はナントカっての・・・」
湿っぽいのがいやな千代ちんは話を変えようとする。おっけ、わかった終わりにしよう。
「・・・あぁ、あったねそんなの。なんだっけ?」
わたしは涙をぬぐって笑顔を作る。
「そんなことより、二人ともラクシュミーじゃわかりづらいッハねー」
田んぼのあぜ道へ投げ出されたシンハが首を左右にひねりながら這い出してきた。
「ラクシュミーナントカってつけろってこと?」
千代ちんがシンハを抱き上げながら言った。
「ぼたんは正体がばれるのいやだッハ」
シンハが自転車を引き起こしているわたしをチラリと横目で見る。
「だってそうでしょー、ばれたら大変だよーいろいろ」
「東京のどこかの大学に一芸入試とか出来るんじゃない?」
「そんな入りかたしたくないわよ」
わたしは肩をすくめる。
「でも、まぁやっぱり必要よね・・・決めた、私はミレニアム!」
千代ちんは人差し指をつきたててそういった。
「え~、中二病くさいし言いづらそうだよ~」
いってわたしは自転車のハンドルを千代ちんにわたす。
「いいじゃんホントに中2だし・・・じゃぁぼたんちゃんなら自分になんてつけるの?」
「わたしは~・・・んんん・・・ピオニィ・・・」
言うなりシンハが吹き出した。
「どうしたのシンハ君?」
「ぼたん、じつは前から考えてたッハね、普通そんな単語とっさに出てこないッハ」
「なんて意味なの?」
「花の牡丹だッハ」

「どうしたんだ、いつものお前らしくないぞ・・・」
あばら家の六畳間、せんべい布団に横たわっている赤木に湿布を張りながら、青木は言った。
「文珠一個のダデーナーなら余裕だったじゃないか。昨日のリハーサルだって危なげなく勝ってたのに・・・」
そういってもう一枚、湿布であざを隠す。痛みのためか冷たさのためか、赤木は声を上げる。
「日本中のお客さん相手にあがっちまったのか?」
言いながら湿布を張る青木にまたもうめき声で答える赤木。
言葉だけ聞けば青木の台詞は嫌みったらしいが、その口調からは赤木を心配する様子がにじみ出ていた。
「・・・なぁ・・・」
「ん?」
赤木が口を開いた。
「・・・今日のタヌキ・・・本当に文珠1個だったのか?・・・」
青木に目線だけを動かし赤木が尋ねる。
「あ、ああ、昨日までの文珠が37個だったろ、タヌキに一個、ヘビに一個使って、えぇと5かける7で・・・ほら、ちゃんと35個ある」
「・・・そうか・・・」
青木の広げた文珠を横目で見ると、赤木は目をつぶった。
「日本全国からお客さんが来るなんて聞いて奮発したんだがな、ま、こんな日もあるさ」
青木は文珠をジャラジャラと巾着袋へとしまいこんだ。
「まずはゆっくり休んで早くよくなってくれよ、友達が増える前にお前にもしものことでもあったとしたら俺は・・・俺は・・・」
「だいじょうぶ、俺たちは一緒だ・・・どこまでも・・・な・・・」
赤木は瞳を閉じたまま答えた。
青木はしばらく赤木の顔を見つめていた。
やがて赤木がやすらかな寝息を立て始めると、立ち上がり、となりの部屋へ移り、
「おやすみ、赤木・・・」
といってふすまを閉めた。

まほろば天女ラクシュミー 4話 了


おまけ シンハ先生の猫の宮の話

本編の中ではろくに説明できなかったのでおまけコーナーで猫の宮のお話をするッハ。
犬の宮から約70年。高安に住む夫婦が猫が欲しいと観音様にお参りして猫をもらうッハ。
何年かするとその猫が女房に向かってうなり声を上げるようになるッハ。
おかげで女房が具合が悪くなってしまうものだから旦那が怒って切りつけたッハ。
そうしたら猫が屋根に駆け上り大きな蛇をくわえてきたッハ。
でも猫は旦那が切りつけた傷がもとで死んでしまったッハ。
なお、この夫婦が犬の宮事件の子孫で、ヘビはタヌキの血をなめて化ける力を身につけたという裏設定もあるッハ。
さて、どうしてこの夫婦が猫を欲しがったかと言うと、子供がないからだと観光案内の看板なんかには書いてあるッハ。
けれど図書館にある文書を比較してみたところ、蚕を食べる鼠を退治するために猫を欲しがったと書いてあったッハ。
つまりこの話から昔はあの辺で養蚕業が盛んだったと言うことが垣間見れるわけだッハ。
ちなみに蚕のえさの桑は堤防などの土留め(どどめ)として使われていたッハ。
よく汚らしい色をさす「どどめ色」はこの桑の実の色をさすッハ。
熟すに従って緑から赤、そして濃い紫色に変わるのが得体の知れない色の理由だそうだッハ。
以上、コレでソーセージ一袋は安いッハ。


5話 ウソの味

 
「うわぁ、おっきい……」
 千代ちんはそういうと粘液でぬれる豆をつつく。
そして黒く硬い二本の棒を中に突き立てると、ニチニチと音を立て乱暴にかき回し始めた。
 棒を引き抜くと、つ、と細い糸を引く。
 わたしは熱っぽさでぼうっとした頭でその様子を眺めていた。
「このあっついのによく納豆なんて食べれるわね……」
 朝からのこの暑さでわたしは食欲がわかない。ましてや炊き立てご飯に納豆なんて……
「しっかり食べないからばてるのに……」
 千代ちんが納豆をご飯にかけながら言った。
「ちゃんとあっつい時用の食べ物があるのよっと……」
 そういうとわたしは台所に立ち上がり、どんぶりにご飯と三奥屋の古漬け「晩菊」を入れてかき混ぜながら冷ます。そしてラップの上にあけておにぎりに握る。
「むー、コレだと食べられる……」
 グラスに冷たい麦茶を半分ほど注ぎ、口の中の晩菊ご飯を胃袋へと流してやる。
「行儀悪いなあ」と言いたげな千代ちんの視線を無視して再び台所へといき、冷蔵庫から三和漬物の「だし」とカレー用のスプーンを持ってくる。
 何を始めるんだろうと興味を持っている千代ちんの納豆ご飯の茶碗に、有無を言わさずスプーンいっぱいの「だし」をべぃっとかけてやる。
「ちょっとぉ、ナニするのよ!」
 と語気を荒げる千代ちんに、
「いいからだまされたと思って食ってみ」
 と、うながしてやる。
「あ、さっぱりして食べやすくなった」
「でしょ、夏に納豆食べるならこれないと……」
 そういうわたしは「だし」を冷奴に一さじ乗せて、崩しながらいただく。
 8月15日、お盆も終わりの今日、わたしは千代ちんと二人で遅めの朝食を食べていた。
 昨晩お盆の挨拶に来た千代ちん一家から千代ちんを引き剥がし、夜遅くまでシンハもまじえて今日明日の対策について話をしていたので起きるのが遅くなったのだ。
「今までの化け物の出現状況を分析すると、さくらんぼのときを除くと人が大勢集まっている場所に現れるのよ」
 このことに気がついたのは千代ちんだった。これが前回「犬の宮」からの帰り道の話で、その後、人の集まりそうなイベントには、パトロールがてら二人で積極的に参加するようにした。
 8月の第一日曜、糠野目のカッパ祭り。これは昔近くで悪さをしたカッパ、そのカッパの結婚相手を模した山車を引っ張るお祭りだ。世界一長いカッパ巻き作りに挑戦したりもする。
8月10日のごんぼの実祭り。マジックテープのようなとげのついた、ゴルフボール大のごぼうの実、コレを好きな相手に投げつけて、家に帰るまで気がつかなければ恋の願いがかなうという、昭和縁結び通り商店街の名前のもとになっているロマンチックな伝説があるお祭りだ。
とはいえ、実際のところは、小学生が面白がってチカチカする「ごんぼの実」のぶん投げあいをする少々危険なお祭りになっている。
両方のお祭りをわたしたちは当初の目的も忘れて満喫した、幸いなことに例の化け物は現れなかったが、これではいかん!と活を入れなおしたのが昨晩のことだった。
「えーと、今日の予定が10時からスノーアクティブフェスタに、夕方からみこしパレード、終わったら音楽イベントね……」
「またテレビに映るかな?」
千代ちんの言葉にわたしは
「あぁ……」と頭を抑える。
以前から都市伝説的にささやかれていたラクシュミーの存在は、先日の犬の宮の一件で、米沢のケーブルテレビによって千代ちんとともに白日の下へとさらされた。遠目からの撮影で音声が入っていないのが救いだった。
その後動画投稿サイトで転載に転載を重ねられ、某巨大掲示板ではさまざまなジャンルでスレッドが立てられた。「某マッチョ系俳優が泣きながらわたしたちと戦う画像」というコラージュを見たときにはこっちが泣きたくなった。
オタクっ気のある友達が言うにはコスプレする人まで現れているらしい。
ラクシュミー効果で物見遊山の観光客が増えて、名物の種無しぶどう「デラウェア」の売れ行きがよく、お父さんの機嫌がいいのが唯一の救いだ。
こうした動きに対し千代ちんは割りと好意的に見ているが、わたしは世間の注目っぷりにすっごいプレッシャーを感じていた。
「変身、絶対ばれないようにしなきゃダメだかんね!」
「でも、変身したら決めポーズとかしなきゃなんないと思わない? 口上とかさ、まほろばの大地に千年の安らぎを! ラクシュ・ミレニィ! なーんて」
千代ちんがくるくる回り、最後にビシィッとポーズを決める!
「……それにあわせろって言うの? わたしも……」
ちなみに、以前に名づけた「ミレニアム」という名前は、語呂が悪いので、私の「ピオニィ」にあわせて「ミレニィ」に省略された。


「あの、なんで夏なのに雪があるんですか?」
スタッフらしい背の高いメガネのおじさんに千代ちんは物怖じしないでたずねる。
「えっ、あっはい、これはですね、飯豊町のほうに雪をおっきな雪室の中に入れて貯めておいて、夏場に冷房なんかに使うところありましてですね、そこからダンプで5台分くらいもらってきてるんですよ」
「へぇえ……」
単管パイプを組んで作られた高さ8メートルほどの人工的な山、ズンズンとクラブ系の音楽が流れる中、そこから何人ものスノーボーダーが滑ってはジャンプし、ワイルドに、華麗に、エアーを決めていた。
スノーアクティブフェスタ。この事業も十数年続いており、お盆だというのに近隣だけではなく青森や東京、はては関西からまで参加希望者が来ているという。
「あ、そり貸しますだって。ね、ね……」
「いやよ、はずかしい!」
みなまで言う前に断固拒否する。千代ちんは露骨に残念そうな顔をした。
「さぁ皆さんお待ちかね!われらが布施忠の登場だ!」
MCがそうアナウンスすると会場がどよめく。
するとTシャツ姿のおじさんが、今までの誰よりも力強くワイルドにエアーを決めた。
「おおおおおぉぉぉぉぉ……」
会場から歓声があがる。
「ね、ね、だれだれ?」
千代ちんが興奮してわたしの背中をばしばし叩く。
「なんか昔若いころプロだったみたいよ、スノボはしないから詳しく知んないけど」
背中をさすりながらわたしは答える。
「お譲ちゃん、忠はね、スノーボードのトップブランド、バートンのグローバルチームに所属していた唯一の日本人プロだったんだぜ。一番乗ってたときなんか、なみいる世界のプロのすべりを集めたDVDのおおとりまでつとめたんだ」
近くにいた、スタッフらしき丸っこいおじさんが、まるで自分のことのように自慢げに教えてくれた。

「ねぇちょっと静かなところに行かない?」
わたしたちは会場でかき氷を買うと、それをもって「幸橋」という小さな橋を渡り、裏通りを東に向かって歩いた。
しばらく行くと小さな堀と木立に囲まれた厳島神社、通称弁天様が見えてくる。
目の前にある縁結びどおりから新高畠音頭が流れてきて静かにとはいかないが、木陰の涼しさが心地良い空間を作っていた。
「御仮家の祭りって言って、安久津八幡神社のお神輿が屋代地区を回ったあとにその日のうちに帰れないからここに泊まったんだって。 それを青竹に飾ったちょうちんでお迎えしたから「青竹ちょうちん祭り」っていうんだってさ」
「ふーん……」
千代ちんは、かき氷をじゃっくじゃっくとつつきながらわたしの説明に退屈そうに相槌を打った。
「なかなか出ないもんだね……」
どうやら千代ちんは化け物退治のことで頭がいっぱいの御様子だ。
「そうだね、でも出ないなら出ないで平和でいいと思うんだけどなぁ」
わたしは正直化け物退治はこりごりだ。
「それは困るッハ、あの化け物が出てきてくれないと文珠が回収できないっハ、あ、それと僕も少し氷が食べたいっハ」
シンハがスニーカーをぺちぺち叩きながらうったえた。わたしはカキ氷の容器を大ぶりに割ると、その上にかき氷を盛って差し出してやる。シンハはまってましたとむしゃぶりついた。
「あの化け物ってさ、何が目的なんだろうね?」
「……そういえばそうよね」
千代ちんがふと口にした疑問、言われてはじめて気がついた。
「最初が学校でしょ、次が旧高畠駅の公園、その次がさくらんぼで、こないだが犬の宮……共通点とかないよね……」
わたしは首をひねる。
「ねぇシンハ、心当たりとかないの? 文珠を盗んだ犯人の……」
千代ちんの問いかけにシンハは顔を上げれずにいた。
「……わかんないんだ……しょうがないなぁ……」
「……いっつもあの時期はたいへんなんだッハ。 受験生の波、波、波! 松が明けてやっと休みもらって、小正月までぐっすり寝ないと疲れなんか取れないんだッハ」
千代ちんのさめた物言いに、切れたシンハがまくし立てた。
「よ、要するに、1月の8日から15日くらいまでになくなってたってコトよね」
わたしはシンハをなだめるように確認を入れた。
「そういうことになるッハね」
「文珠のこと知ってるのは?」
「この時代では君たちくらいしか知らないッハ」
「この時代?」
「そうだッハ、文珠が僕の力の源だって言うのは、歴代のラクシュミーにしか教えてはいないッハ。前のラクシュミーは明治の初めのころの話だから、もう生きてはいないはずだッハ」
「歴代、ねぇ……」
歴代なんて聞くとなんだか自分たちがすごい存在なのかなと錯覚してしまう。
ともあれ文珠を奪った犯人については三人寄ってもわからずじまいだった。


「いえーぃ、アメちゃんゲーット!」
体を真っ赤に塗って赤鬼に扮したおじさんが沿道へと向けて投げたあめ玉を、千代ちんは幸運にもつかみ取った。
夜のとばりが落ち、真っ赤なちょうちんに火がともった。
御仮屋の祭りのおみこしパレードの始まりだ。
商工会、建設組合、わかわしバレーなどなど、例年6、7台のおみこしが商店街を練り歩く。
いつのころからは知らないが、縁結び通りと、まほろば通りの交わる交差点で、モチやら、アメやら、ビーチボールやらをまくようになった。
千代ちんが手にしたそのアメは、商工会青年部のおじさんが投げたモノだった。
「なにかご利益あるのかな?」
千代ちんが手にしたアメをわたしに見せながらうれしそうにいった。
「さぁ?」
そっけなく返事したのは、ふみつぶされないようシンハを抱き上げているため、アメの争奪戦に参加できなかったからではない。決してない。
そうこうしているうちに、青い龍のおみこしが交差点へと現れた。
「泣いた赤おに」とならぶ浜田広介のもう一つの代表作「りゅうの目のなみだ」の龍を模したおみこしだ。
役場男性職員の手によって中華街の蛇踊りのような演舞を見せ、観客の歓声を受ける。
ひとしきり演舞が終わり、龍がまほろば通りに流れていこうとしているとき、とつぜん場違いな悲鳴が上がった。
悲鳴の主は、龍のおみこしに随伴してきた、黄色い龍のずんぐりむっくりした張りぼての着ぐるみ、いや、着ぐるみの後ろで尻もちをついているおじさんだ。
着ぐるみは不気味な光を放ちながら、むくむくとその大きさを増し、
「ダデーナーーーー!」
と大きく叫び声を上げた。
「来たッハ!」
「ぼたんちゃん!」
「うん!」
わたしたちは顔を見合わせると人目につかなそうな三郎薬局のかげへと駆け込んだ。
と同時に、黄色い龍の変化に気がついた人々の悲鳴が聞こえてくる。
「いそぐッハ!」
シンハが如意宝珠をよこす。
『オン・チンターマニ・ソワカ!』
二人は声をハモらせてラクシュミへと変身した。
「行かなきゃ!」
と、かけ出そうとするわたしの肩をミレニィがつかんで引き止める。
「どうしたのよ?」
とふりむくわたしに、ミレニィは人差し指で上を指す。
「どうせなら、派手に行かなきゃ」
といって彼女はわたしの返事も待たずに三郎薬局の屋上へと跳びあがった。
「ん、もう!」
わたしも後を追う。
屋上へと降り立つとすでにミレニィは交差点を見下ろしている。
小走りで近寄ってミレニィの後ろに立った瞬間、彼女は大きな声で
「そこまでよ!」
と叫んだ。
黄色の龍と御祭りの観客がいっせいに彼女に視線を集める。
「まほろばの大地に千年の安らぎを、ラクシュ・ミレニィ!」
そういうと彼女は見得を切った。
そして、あんたも早くやんなさいよ、といわんばかりに目くばせしてくる。
心の準備も何も出来ていないわたしはアタマが真っ白になって、
「ピ、ピピピピオニィ」
と、噛みながら、それらしいポーズをとるのが精一杯だった。
「楽しいお祭りをメチャクチャにしようなんて許せない! 行くわよピオニィ!」
そういうとミレニィは黄色い龍めがけて飛び降りた。すぐにわたしも後を追う。
「づあぁあぁ!」
ミレニィのキックが龍の鼻面へと突き刺さる。
「はぁあぁあ!」
衝撃で下がった龍のあごを、目の前に着地し沈み込んだわたしが、伸びあがりざまに掌底で突き上げる。
黄色の龍は信号機の高さまでその体が跳ね上げられ、受身もとれずに地面へと激突した。
背中合わせで龍の挙動を警戒するわたしたちに、歓声と、拍手と、カメラのシャッターがいっせいに浴びせられた。
黄色い龍は片手をつきながらゆっくりと立ち上がろうとする。
「私は胸から上、ピオニィは腰から下よろしくね」
そういうと、ミレニィは背中の羽を使ってわたしの背中をなで上げる。
「わ、わかった」
ぞくりとするその感触に、彼女が何をしようとしているのか理解する。
「ゴウ!」
黄色の龍が立ち上がり、わたしたちに向かって威嚇の声を上げた。
その声がまさにゴーサインだった。
二人同時にとび出すと、龍に向かって連続攻撃を叩き込む。
空を飛べるミレニィは、約2メートルほど浮いて連続で回るようにキックを、私は地に足をつけてパンチやひじを叩きいれる。
龍は必死にガードしようとするがとても手が足りない。
じりっ、じりっと後ろに下がっていく。
すごい……
この前は千代ちんまでひどい目にあうんじゃないかって不安に思ってた。
でも違った。
体が軽い。
一緒に戦う仲間ができたっていう気持ちがそうさせているのかな。
やられる気なんてまるでしない。
二人いるってサイコー、もう何も怖くない。
「づあぁ!」
ミレニィがひときわ強く黄色い龍の頭を蹴りつけた。
「うりゃぁ!」
バランスをくずした龍を思いっきり蹴り上げる。
龍はまるで風車のようにぐるぐると回転し、頭から地面に激突すると痙攣した。
「いまよ!ピオニィ!」
ミレニィの声に、わたしは龍から5メートルほど間合いを取ると、トゥインクルロッドを取り出す。
くるくると舞を舞うようにしながら空中に曼荼羅を描くと、しだいに力がみなぎってくる。
「ようし!気力充実! ラクシュミー・トゥインクル・ファウンテン!」
わたしがロッドを振りかざすと、輝く光の奔流が黄色い龍に向かって降り注いだ。
「ダ、ダデェエェェエェェェエェエエナァァァァァアアアアアアァァー…………」
黄色の龍が絶叫を上げ、その体から力が急速に抜けていくように感じられた。
ほっ、としたその時、視界の端で何かが動くのを感じた。
ふと目をやると、そこには役場の職員が操っていた青い龍がなぜか空中に浮かんでいて、その大きな、いや巨大な口がわたしの眼前にせまっていた。


恐る恐る目を開けると薄暗い。
目の前にたくましい男の人の背中がある。
この服は……覆面の人だ。
覆面の彼が腕を突っ張っている。
鋭く並んだ牙が鈍く光って見える。
ここは?
龍の口の中?
今まさに噛み千切られようとしているわたしを、覆面の彼が腕を突っ張って龍の口が閉じるのをふさいでいてくれたようだ。
「は、早く逃げろ……もう……もう、もたん……」
覆面さんが絞り出すような声で言った。
わたしは急いで龍の口から転がり出る。
と同時にその口が閉じられた。
「覆面さん!」
わたしが叫び声をあげると同時に、ミレニィが龍めがけて炎を連発で叩き込む。
その炎にひるんだ龍は苦しそうに飛びあがると、口から覆面の彼を放り出した。
龍は上空高くまで舞い上がると、空中でとぐろを巻き、その瞳から滝のように水を流し始めた。
その尋常ではない涙は、まるでダムから放水されたような勢いで交差点へと降り注いだ。
降り注いだ水は濁流となって町を飲み込む。
わたしたちはその水を避けるように魚竹商店の屋根へと跳びあがった。
あちこちから悲鳴が上がる。
人が、屋台が、おみこしが、圧倒的な量の水に押し流されていく。
まるで小学校のときにニュースで見た津波のような地獄絵図だ……
「あんなのが使えるなんて……文珠にしたら20個分くらいの化け物だッハ……」
シンハが震える声でつぶやいた。
「こんにゃろ! こんにゃろ!」
ミレニィが上空の龍めがけて火の玉を何発も何発も撃ち込んだ。しかし、流れ出る水の壁に阻まれてダメージを与えられないようだ。
「ピオニィ、ミレニィ、こうなったら空中戦しかないッハ!」
「なるほど、近づいて叩き込めってことね」
いうなりミレニィは飛び上がった。だけど……
「なにしてるッハ!ピオニィ!」
シンハが怒鳴る。
「や、だってわたし羽生えてないし……」
「生やせばいいっハ、イメージするッハ」
「イメージったって……」
「ミレニィは竹にすずめ、ピオニィは蝶にボタンだッハ!」
「何よそれ、麻雀と花札じゃない」
「いいからチンターマニに手を当てて、蝶の羽をイメージするッハ」
わたしは言われたとおり、胸の如意宝珠に手を当てて、妖精のように背中に蝶の羽のはえたピオニィの姿を思い浮かべる。
蝶の羽……蝶の羽……
念じていると背中がなんだか温かくなってくる。
不意に、シャラララン、と、すずやかな音がしたかと思うと、背中のリボンが大きな蝶の羽へと変わっていた。
「よーし、行くッハ!ピオニィ!」
シンハの掛け声とともにわたしは屋上をけって飛び立った。
見るとミレニィは、何とかよいポジションから攻撃を仕掛けようと龍の周りを飛び回っているが、抵抗にあってなかなか有効な攻撃を与えられない様子だ。
わたしは羽こそ蝶だが、まるでトンボのような勢いで突き進み、ミレニィに気を取られて、下からの攻撃に対して注意がおろそかになっている龍のあごを、掌底で思い切り突き上げた。
「ギャオォオオオォォォオオオン……」
龍は痛みで悲鳴を上げ、頭を上に向け空中で一本の棒のようにのけぞった。それとともに龍の目の泪も止まる。
「ナイス!ピオニィ!」
ミレニィは、いまだとばかりに龍の体に至近距離から炎の玉を次々と撃ち込んだ。
「ギャアァァアアォオォオオオォォォオオオン……」
至近距離からの炎の連撃は、龍の体すべてを炎で包み込んだ。
パニックになった龍は身をよじって何とか炎を消そうともがく。
と、突然龍が急降下を始める。
「そうか、地面の水で……」
と、思った瞬間わたしは龍の角へと飛びついた。
地面へと向けて加速をつける。
気がついた龍がブレーキをかけようとする。
が、わたしの思惑に気がついたミレニィも龍の角へとしがみつき、さらに加速をつける。
みるみる地面がせまる。
バッシャァアアァァァアアアァァァアン…………
と、高く水しぶきが上がった。
はるか上空からアスファルトにたたきつけられた龍は、気絶し、その長い体をくたくたと横たえた。
「今よ!ピオニィ!」
ミレニィの言葉にわたしはトゥインクルロッドを構える。
踊るように空中に曼荼羅を描き……
「ようし!気力充実! ラクシュミー・トゥインクル・ファウンテン!」
ロッドを振りかざすと、輝く光の奔流が龍に向かって降り注いだ。
「ダ、ダデェエェェエェェェエェエエナァァァァァアアアアアアァァー…………」
光を浴びた龍は、ひときわ高い絶叫を上げて、のた打ち回っていたが、次第にその体からは力が失われ、元の龍みこしへと戻った。
しだいに水も引き始め、龍みこしのかたわらに文珠が鈍い輝きを放ちながら転がっていた。
「すごい文珠がこんなにあるッハ」
駆け寄ってきたシンハがうれしそうに声を上げる。
「そんなことよりピオニィこっち!」
声を上げたミレニィのほうを見ると、その足元には覆面さんが倒れていた。
ピクリとも動かない彼のそばにミレニィはしゃがみこむ。
「この覆面の人、息してない!」


わたしもそばへと駆け寄った。
覆面さんは、瞳を閉じてぐったりと体を横たえていた。
「誰かこの人を……」
 助けを呼ぼうと周りを見渡す。が、そのあまりの光景にわたしは言葉をなくした。
 ずぶぬれで動けないのは覆面の彼だけではない。
両手を地面について、肩で荒い息をしている人。
ケガをしたのか大声で泣き叫んでいる小学生くらいの女の子。
離れ離れになった子どもを探すために声をあげている母親らしき人。
水圧でぐにゃぐにゃになったテントを必死に持ち上げようとしているハッピ姿のおじさん。
ぐったりした人の肩をたたいて呼びかけている警備の消防団員。
「ひどい……」
「みんなさっきの水で流されてそれどころじゃないッハ」
シンハは言うと、再び鈍い光を放つ文珠へと向かって駆け出していった。
「それこそそれどころじゃないでしょ! こんなときに文珠なんてほっときなさいよ!」
 ミレニィがシンハに大声を上げる。
 ふたたびわたしは覆面さんへと顔を向ける。
 彼は、先ほどと変わらず眉間にしわを寄せ、ピクリとも動かない。
 彼の顔を見ていると今までのことが走馬灯のように思い浮かんでくる。
 中学校で、化け物に横から体当たりして助けてもらったこと。
 旧高畠駅の公園で、わたしを抱きしめて化け物の攻撃から守ってくれたこと。
 犬の宮では、たぬきの攻撃を代わりに受けてくれた。
 そして今日の龍の噛み付き。彼が龍の口を支えてくれなかったら今頃……
 いつも彼に助けてもらってばっかりだった……
「決めた! ミレニィ、心臓マッサージお願い! わたし……人工呼吸する!」
「人工呼吸? だってそれって口と口とで……」
 ミレニィが驚いた顔をしてわたしを見る。
「今まで何度も彼に助けられたんだもん。今度は……わたしが助けなきゃ!」
 彼をあお向けに寝かせる。
 そして……
 そして、口を出すために覆面をはぎ取った。
「!」
「あ、赤木!……君」
 ミレニイがのぞきこんで大きな声を上げる。
 でも誰だっていいじゃない。今、ここにいるのは、生死の境をさまよっている、何度もわたしを救ってくれた命の恩人だ。
今、彼を助けられるのはわたしだけ。迷ってなんかいられない。
「ミレニィ、お願い。確かテンポは……」
「もしもしカメよだっけ? いくよ!」
 体育の時間に習った心肺蘇生法、ミレニィも覚えてた。
 鼻をつまみ、あごを上げる。
 そして……
 わたしは大きく息を吸い込んで、赤木君の口に唇を重ねた。
ぷぅー はっ ぷぅー 
大きく二度息を吹き込む。
ついで、ぐっ、ぐっ、ぐっ、と手のひらを重ねたミレニィが、赤木君の胸の中央をリズミカルに刺激する。
「……どっ、しって、そっ、なっに、のっろ、いっの、かっ」
 心臓マッサージ1セットの30回が終わった。
わたしはふたたび大きく息を吸い込んで、赤木君の口へ空気を送り込む。
 と、赤木君の体が小刻みに震え、
「ガ、ガハッ」
と、大きく息を吐き出すなり赤木君が飛び起きた。
突然の動きを避けられず、ミレニィは弾き飛ばされ、わたしはしたたかに頭突きをもらう。
ぶつけた頭を抱えているわたしの横で、赤木君はまだ呼吸が普通ではなく、むせているような音をたてているようだ。
「つつつ……命の恩人にとんだご挨拶ね……」
 ミレニィが、ぶつけたおしりをさすりながらぼやく。
「ここは……おれはいったい……」
 赤木君は、事態を把握しきれていないのか、呆然とした顔でわたしたちの顔を交互に見ている。
 その顔を見ていると、なんだかぶつけた頭の痛みとは別の涙がこみ上げてきた。
「お姫様のキッスで王子様の呪いが解けたところよ」
「え?」
「な?」
 ニヤニヤしたミレニィと、驚いておそらく顔が真っ赤になっているわたしの顔を見比べて、赤木君が事態を把握したのか頬を赤らめる。
「ちょ、ちょっとなんでそんな言い方、そんな……わたし……た、ただの救急救命処置で……」
「ちゅー ちゅー ちゅー めー?」
「きゅーちゅーちゅーめー! 医療行為だからノーカンなのノーカン!」
 わたしたちのやり取りに赤木君は言葉が出ない。
「はいはいわかりました。とりあえず、ココをはなれましょ。」
立ち上がったミレニィがお尻をはたきながらいった。
「あなたも顔を隠していたってことは、正体がばれたくないんでしょっと」
 いいながらミレニィは赤木君の肩に手を回した。
「でも、町のみんなは?」
 まだ助けの必要そうな人はまわりにたくさんいた。
「私らだけじゃとっても手が足りないし、それにもうだいぶエネルギーも使ったわ。助けてる途中で変身が切れたら、それこそいろんな意味でたいへんでしょ」
 ミレニィのいうとおり、赤木君が息を吹き返したことに安心したのか、なんだか急にどっと疲労感が襲ってきたような感じがする。
「じゃ、とりあえず人気の無いところ、っていうと……」
「羽山公園あたりかしら」
 わたしはミレニィの反対側から赤木君の肩に手を回す。そして、ゆっくりと宙へと浮かび上がった。
 羽山公園は、お祭りをしている商店街から屋代川をはさんで北に約500メートルほどにある、羽山の中腹にある公園だ。わたしたちはそこへ向かって、赤木君に負担をかけないようにゆるゆると宙を進んでいく。
 眼下を見ると、先ほど龍の吐き出した水が、屋代川の手前にある水路を超えて屋代川へと流れ込んでいた。そのせいで、この時期はほぼ枯れかかっている屋代川が、まほろばどおりと交差するあたりから急に大きな流れになっていた。
「ねぇ、ほんとにだいじょうぶかな……」
「……いや、だめだめ、後は消防と警察に任せよ、ね」
わたしの問いに、ミレニィはしばしためらったが、頭を振って再び羽山公園へと向き直った。
確かにこうして飛んでいるのもだんだんつらくなってきた。
「ったく、ナニ考えてるのかしら、あのフードの男ってのは……」
 ミレニィが強い口調ではき捨てるように言った。
 彼女も眼下の事態に関われないことが心苦しいんだなと思った。


「ぶるあぁあぁあぁぁあぁぁあぁー、重たかったー」
 しばらくして、ようやく羽山公園へとわたしたちは降り立った。
 ミレニィは赤木君をおろすと、少しはなれたところに大の字に寝転がる。
「長距離、飛ぶのが、こんなに、しんどいとは、思わなかった、わね……」
わたしも地面に両手をついて、肩で息をする。
「そういえば、息してないのに、気ぃ取られてたけど、アレにかじられたのよね? そっちはだいじょぶなの? 赤木君?」
「そういやそうよね」
 わたしの疑問にミレニィは、寝返りをうち、這いながら赤木君のもとまでいくと、彼のおなかをペタペタとなでた。
「あ~、チョッとあざに、ってかカッチカチ。どんな鍛え方してるのよ赤木君?」
 ミレニィのボディタッチに顔を赤らめていた赤木君だが、ふと表情が真剣になる。
「なぜ……どうして……俺の名を……」
 赤木君が不思議そうにわたしたちの顔を見た。
 わたしたちも顔を見合わせる。
「あぁ、そうかこんなカッコじゃわかんないわよねー」
「いいよね、ばらしても?お互い様だし」
 いうなり千代ちんは変身をといた。
「ほら、ぼたんちゃんも……」
「いやほら、わたしさっきあんなことしたばっ、あぁー! いま名前で呼んだー!」
「ほらほら、もう観念してばらしちゃいなって」
 きょとんとした顔でわたしたちのやり取りを見ている赤木君の前で、わたしもしぶしぶラクシュミーの姿からもとの姿へと戻った。
「竹田……さんと、冬咲……さん……」
「みんなには内緒だからね」
千代ちんが人差し指を口に当てる。
そのとき、ガサッ、と後ろの茂みから何かが動いたような音がした。
その音に振り返ると、そこにいたのは旧高畠駅で見たあのフードの男だった
「……君たちが……お前たちがラクシュミーだったのか……」
 男はかみ締めるように低い声で言うと、ふところをまさぐりだした。
(しまった!正体がばれた!)
そうは思いつつも、反射的に顔をかくしながら、わたしと千代ちんは身構える。
如意宝珠は、変身をとくと不思議な力でシンハの元へと戻ってしまう。
つまり、再びシンハと合流しなければ変身することはできないのだ。
変身とかなきゃよかった、と思ってももう遅い。
絶体絶命の……ピンチ……
 ここはもう逃げるしかない!
 ザリ、と音を立ててわたしたちは後ずさる。
フードの男がふところの中の何かをつかんだ。
しかし、つかんだはいいが、なぜか彼は動かない。
心なしか小刻みに震えているようにも見える。
フードの男がどう動くか目を離せない。
視界の端で千代ちんを見る。
どうやら彼女も動けないらしい。
緊張感に満ちた沈黙が流れた。
「……もう、もう終わりにしよう……青木……」
 沈黙を破ったのは赤木君の声だった。
赤木君の発言に、わたしと千代ちんは顔を見合わせる。
「……青木…………」
 ふたたび赤木君がフードの男に呼びかける。
男は舌打ちをひとつすると、ゆっくりとフードに手をかけ、その素顔をさらした。
「……には……君には知られたくなかった……」
 フードの下から現れたのは、確かに青木君の顔だった。
 声が震えている。
町場からの明かりを受け、もともと青白い顔に影が落ち、彼の持つ異様な雰囲気がいや増している。
「ちょ、ちょっとまってよ! 青木君が化け物を操ってて、赤木君とわたしたちはその化け物と戦って、それでいて青木君と赤木君が学校だといつも一緒で……ってどうゆうことよ?」
 事態を飲み込めない千代ちんが、いやわたしもぜんぜん飲み込めてはいないが、二人をかわるがわる指差しながら声を上げた。
「……が……だちが…………しかった……」
赤木君がうつむいて、こぶしを震わせながらつぶやいた。が、よく聞き取れない。
「……ともだちが……友達がほしかった!」
 叫ぶように言うと、突然赤木君は両手をついて泣き崩れた。
「……ちょ、と、友達が欲しいって、話の流れがかみ合ってないと思うんだけど……」
わたしは千代ちんと顔を見合わせた。
「つまり……今までの化け物騒ぎは、全部俺たちの自作自演だったんだ……」
「え?」
「自作自演?」
 はてなマークを浮かべたわたしたちに向かって、青木君は震える声で語りだした。
「俺がダデーナー、あの紫の化け物のことだが、あれを操って、赤木がみんなの見ている前でダデーナーをやっつける……そうすれば、みんなが赤木をもてはやす……赤木が人気者になれると思ったんだ……」
青木君はこぶしを震わせ、うつむきながら続けた。
「俺たちはこんな見た目で……俺は気味悪がられて、赤木は怖がられて、今まで誰からも敬遠されてきた……俺たち二人のほかに友達って呼べる奴がいなかった……だから友達が……どうしても友達が欲しくて……」
「なによ……なによそれ……友達が欲しい……なら余計な小細工なんかしないで素直にいえばいいじゃない!」
 わたしは爆発した。青木君の話はまったく理解の範疇を超えていた。
「それは……」
 青木君が何か言いたげに口を開くが、まだわたしの気はおさまらない。
「自分たちの都合でいろんなもの壊して、みんなを危険な目にあわせて、自分たちだって危ない目にあって、わたしだって……わたしだって何度も……何度も怖い思いや、痛い思いして……それでいて友達が欲しかったですって……馬鹿にしないでよ!今日だって!」
 そのとき、わたしの頭に先ほどの人工呼吸が思い出された。
 今まで助けてもらった恩返しだと思っていた。
人命救助のための神聖な行為だと思っていた。
わたしのファーストキス。
それが……
 それがだまされて、無理やり唇を奪われたように感じて……
 吐き気がした。
グシグシと腕で口をぬぐう。
それでもまだ汚れている気がして、つばを吐いた。
何度も……何度もつばを吐いた。
「冬咲君……」
「冬咲……」
心配そうな声で二人がわたしを見る。
でも……
「……気持ち悪い……」
 二人の顔を見ると、なんだか心臓の鼓動が不安定になっていく……
 頭の中がぐるぐると渦を巻いているように感じる。
 こんなところには一瞬たりともいたくない。
 そう感じた瞬間、わたしは羽山公園の広場から駆け出していた。


「……やっと、おいついた」
羽山公園から屋代川を渡るための橋に差し掛かったところで千代ちんがわたしに追いついた。
橋には交通規制がしかれており、普通の人は入ることができなくなっていた。
「高畠町消防団第1分団第2部第1班!ただいまから人員捜索を開始します」
消防団が投光機を持ち出して、流された人がいないか川面を照らしている。
野次馬の隙間から見える屋代川の、橋を境に下流側は濁流であふれかえっていた。
そこには、先ほど上空から目にしただけでは感じ取れなかった地獄絵図が広がっていた。
「……行こ……私たちやったよ……これですんだって思わなくちゃ……ね……」
 千代ちんが声をかけてくれた。
 声が震えている。ああは言うものの、きっと納得はしていないだろう。
 しかし、そう思うしかない。考えることに疲れたわたしはだまってうなずいた。
「どこからあっちに渡ればいいの?自転車流されてないといいけどなぁ……」
西の川下の側には野次馬が大勢いた。
「あっちにしよ」
疲れている中遠回りにはなるが、東の川上のほうの橋から向こう岸へと回ることにした。
足をひきずるようにしながら上流への道を進んでいく。
すれ違う人の数もしだいに少なくなってきた。
喧騒から遠ざかるにつれて、まるで逃げているように感じて悔しくなった。
もう一度川下を振り返る。と、橋に居並ぶ投光機の光を受けて、背後に大型の獣のような紫色の影が見えた。
「ひぃっ」
 と、つられて振り返った千代ちんも息を呑む。
犬……よりでかい。
虎とか、ライオンとか、そんなサイズの獣が……一頭だけではない……ざっと数えて十頭前後が、ゆっくりではあるが河川敷ののり面から道路へと上ってきて、こちらへと向かって歩みを進めてきた。今まで水につかっていたのか、ビチャ、ビチャという足音が聞こえる。
「……さっき青木君が言ってたダデーナーってやつかしらね……」
 千代ちんが身構えながらつぶやいた。
「口封じ……とか……まさかね……」
何かしゃべらないと千代ちんは落ち着かないのだろう、けれどわたしは、今の「口封じ」という言葉のせいで、なんだか何もかもバカバカしくなった。
あの二人のくだらないお遊びで、純情を踏みにじられたうえ、こんなところで一生を終えるのか……
天を仰ぎ、目をつぶる。
最後のときを前に今までの人生でも浮かぶのかと思いきや、頭の中に流れるのは先ほどの大水に押し流されて苦しんでいる人たちだった。
彼らは全員無事なのだろうか?
ケガをしてる人は見た。それ以上の目にあった人は……
純情を踏みにじられたどころの話じゃないその人の無念はどんなんだっただろう……
そう思うと心のそこから怒りがふつふつとわいてきた。
彼らの無念をはらせるのはわたし達しかいない。いや、はらせなくてもせめて一発……
わたしの中で何かが壊れた。
「うあぁああぁああぁああぁぁぁぁぁああぁつっ!」
 わたしは一番近くの化け物に走りよると、その鼻っ面めがけて右のこぶしを叩き入れた。
「ギャヒン!」
 と化け物は情けない声を上げる。
「うぁあっ!うわあぁっ!あぁあっ!」
 わたしは無我夢中で化け物を手当たりしだいに殴りつけた。
「ちょ、やめ、やめるッハ……ぼた、やめるッハ……」
 あんなことしておきながら「やめるッハ」っていわれてやめられると思ってんの?
 と、後ろから何かが覆いかぶさるような衝撃を感じる。
 それはわたしの動きを封じようと体に腕のようなものを伸ばしてくる。
 耳元で何かわめいている。
「うるさい!」
ひじを立てて上体を回し何とかそれを振り払おうとする。
「イタッ! やめてぼたんちゃん! ぼたっ、それ化け物じゃないっ!」
「ぼ、ぼたん! 僕だッハ! シンハだッハ!」
「だめだ! キレてわけわかんなくなっちゃってる!」
「ぼたん! 目を覚ますッハ!」
「……んんンもう、ゴメン!」
頭に強い衝撃を受けて、わたしの意識はそこでプツンと途絶えた。

ラクシュミー5話 了



6話 なみだの理由


今日から2学期が始まる。
少し早起きして、商店街のほうへと自転車を走らせる。
あれから一週間が過ぎ、がれきやらドロやらの撤去はほとんど終わっているようだが、割れたガラスや建具がまだ入らずに、ブルーシートで目隠しをしている店がほとんどだ。
もっと上手に戦っていれば、こんな光景は見なくてすんだのかもしれない。そう思うとなんだか涙がにじんできた。
あの晩、河川敷でキレて手がつけられなくなったわたしは、千代ちんのきつい一発で意識を失ったそうだ。
河川敷から這い上がってきた大きな獣はシンハだったらしい。
巨大化、というか、あれが本来の姿らしいが、分身して洪水に流された人を岸まで引き上げていたという。そのためあれほどの惨事にもかかわらず、死者は一人も出なかったそうだ。
しかしそのおかげで、あの晩手に入れた大量の「文珠」を含めて力をほとんど使い果たし、寝息こそ立てているものの、一週間たったいまでも目を覚まさないでいる。
散々殴ったお詫びと、人命救助のお礼にと買ってきたソーセージの賞味期限が切れてしまわないかと心配だ。

教室に入るとみんなあの晩の話で持ちきりだった。
「おはよう」
 と、教室に入ってきたのはバスケ部の高橋君だった。松葉杖をついている。
「ちょ、どうしたよお前?」
 その姿に驚いた男子が声をかける。
「いや、お祭りの晩にさ……」
 その一言に、みんな「あぁ……」と理解する。
「わるいな大浦、新人戦、無理そうだわ……」
 高橋君は寂しそうに笑った。
「おはよう」
「あ、おはよう千代ちん」
 千代ちんも登校してきた。
「シンハ、どう?」
「うん、まだ寝てる」
「そう……」
 千代ちんは不安げな顔でうつむいた。
「だいじょぶよきっと、いびきかいてたし。それよりも、あの二人来るかしら?」
 そういって教室の後、いまだ空席の赤木君と青木君の席に向かって振り返る。
「もう来てるよ」
 と、千代ちんは後ろの引き戸を指差す。
 体は見えないが、廊下との間の壁の上の小窓から赤木君の髪がちらりちらりとのぞいていた。
「わたしが教室入る前から、後の入り口んトコで二人でふらふらしてたよ……やっぱ、入りづらいんでしょうね……」
 キーン コーン カーン コーン 
予鈴がなった。すると観念したのか後の引き戸が開いて青木君、ついで赤木君が教室へと入ってきた。うつむいて背中を丸めて、なんだか二人が小さく見える。
 その様子を見た千代ちんは、腰に手を当て鼻から「ふーん……」と息を吐き出すと、自分の席へと戻っていった。
わたしは再び後ろの席の二人へと目をやる。
席へとついた二人は、ずっとうつむいていた。
ふと顔を上げた赤木君と目が合う。すると彼はすぐに視線を窓の外へと逃がした。
反省はしているようだけど……だけど彼らのしたことを考えると……
「起りーつ」
 日直の号令に、わたしはあわてて前へと向き直った。

 始業式も終わり、無事宿題の提出も済み、お昼を前に放課後を迎えた。
 号令が終わるなり千代ちんがわたしのところへ飛んでくる。
「ごめん、さっき部長に今日部活無いよって言われたの、言うの忘れてたよ」
「ふーん、じゃ一緒帰ろっか」
「それが私ちょっと用があってさ、先行っててよ」
「ん?何?わたし待ってるよ」
「いやいや、ほらシンハのこととか心配じゃない?早く様子見に行ってあげなよ」
拝むように手を合わせながら千代ちんが言う。なぜか視線が泳いでいる。
ちらちらと後の入り口に目をやっているような気がする
その動きに何か不自然な感じがしたものの、
「わかった、じゃーねー」
 と、わたしは席を立った。

 家に帰るとシンハが目を覚ましていた。
 買っておいたソーセージは瞬く間にたいらげられ、追加を買いに走らされるはめになった。
 

翌日、土曜の朝のゆっくりした時間は千代ちんの電話によって破られた。
自転車のかごにシンハを放り込み、スタンドを蹴り上げる。
「今日はどこに行くッハ?」
「駄子町にある瓜割り石庭公園だって。今頃あそこでいったい何の取材かしら?」
あれやこれやと想いをめぐらせているうちにわたし達は石庭公園へと到着した。
黄褐色の切り立った崖の下にある瓜割り石庭公園。
かつて山の上から楔を打ち込み、高畠石を切り出していた跡がこの切り立った崖の正体だ。
長い年月をかけて切り出した跡が、その崖の下に広場を作り出しており、その岩の壁に囲まれた広場では音の反響を利用して小規模なコンサートを行なったり、もう少しして涼しくなれば芋煮会の会場などとしても使われている。
そして今まさに季節はずれの芋煮会の準備が、晩夏の昼前の暑い日ざしの中、新聞部の男子、そして赤木君と青木君の手によって目の前で着々と行なわれていた。
「ちょ、いったい?」
「やぁ、遅かったな冬咲君」
「ちょっと部長、こい……この二人はいったい?」
「あぁ、昨日竹田くんがな……」
「じゃじゃーん、新入部員歓迎の芋煮会でーす」
 部長に指された千代ちんが手を上げながらにこやかに言った。
「新入部員? 千代ちん何言ってるのよ、こいつらは……」
 あまりのできごとにわたしは千代ちんに詰め寄る。
「ん?冬咲君。こいつらって何のことだ?」
「え、あ……いや」
 そばにいた部長がけげんそうな顔をしてたずねてくる。
そうか、新聞部のみんなの前じゃ、あのときの話なんて出来るわけない。
「あ、いや、なんでもないです、あの、急な話だったからびっくりして……」
 わたしが部長へと言い訳しているうちに、千代ちんはすっと準備している面々の間へと混ざってしまった。
もう、千代ちんったら何考えてんのよ……
 追いかけて中に入ろうとは思うものの、あの二人と一緒の輪の中というのは気が進まない。
 いらだちをおさえながら、和気あいあいと芋煮会の準備をしている皆に目をやる。
 鍋の横でねぎを刻んでいるのはよりによって青木君だ。おおよそ二本分のななめに切ったねぎを、ぐらぐらと煮え立った鍋の中へと滑り込ませふたをする。その馴れた手つきを見て部長が、
「へぇ青木君、君はクッキング、料理が上手だねぇ」
 とほめる。すると、
「あ、いや……あの、い、いつもやってるから……」
 なんて、照れてどもりながら青木君が答える。
 ズ、ズ、ズズと何か重いものを引きずる音が聞こえる。
 見ると赤木君が大きな岩をこちらへと押してきている音だった。
「ちょっと何やってんのよ赤木君!」
 と、千代ちんがあわてて詰め寄る。
「……敷き物代わりにしようかと思って……」
「ばっかねー、鍋をそっちに持ってったほうが手っ取り早いでしょ、もどしてらっしゃい」
「ん」
 言われて赤木君はくるりと向き直り、元にあった場所へと向かって岩を押しはじめた。そのそばに吉田君が寄っていって驚きの表情で赤木君を見つめる。
「あ、赤木先輩すごいです。こんな重そうな岩を一人で動かせるなんて!」
「……い、いや、そんな、たいしたことじゃない……」
 その声は、心なしか今まで聞いた赤木君の声の中で一番上ずったものに聞こえた。
その様子をマイペースに写真を取っていた日下部君が、こっちへレンズを向ける。が、彼はシャッターを切る手を止めて、くちびるのはしに指をあてて、口角を上げるジェスチャーをしてみせた。笑えっていってんの? ほっといてよ! わたしは顔をそむけた。
「おっ、そろそろいいんじゃないか?」
部長の声に皆がいっせいに顔を向けた。
みんな笑顔で鍋の周りへと集まっていく。
……なによ……わたしだけむすっとしてるなんて居心地悪いじゃない……
わたしはなるべく自然にその輪の中へと混ざろうとした。
「はいじゃぼたんちゃん、みんなに渡して」
 千代ちんが芋煮の盛り付けられた発泡のどんぶりを手渡してくる。
「あたしぃ?」
「そうよ、ほらおなかへったから次々行くわよ」
「や、ちょ、ちょちょちょ……」
そういって千代ちんは次のどんぶりを差し出した。
「はい部長、はい日下部君、はい吉田君、はい……青木君と……赤木君」
 次々と差し出される芋煮のどんぶりをみんなに渡す。青木君と赤木君にも渡す。
「はい、じゃ次はお茶ね、ぼたんちゃんそっち側ついであげて」
 と、千代ちんが否応なく割り振ったのは青木君と赤木君の側だった。「何でわたしが?」とは言い出せない空気の中で、わたしは二人の顔を見ないようにしながら、紙コップにペットボトルのお茶を注いだ。
「じゃみんないきわたった? それじゃぁ青木君、赤木君ようこそ新聞部に!かんぱーい」
『かんぱーい!』
 千代ちんの音頭でみんなして紙コップをつき合わせた。
 みんなはさっそく芋煮へと箸をのばす。
「おー、なかなかいけるじゃないか青木君」
「あ、ホントだ、おいしいですよ青木先輩」
 部長と吉田君にほめられて青木君は照れくさそうにはにかんだ。
「へー、これが芋煮会の芋煮かー。おいしいねぼたんちゃん!」
 千代ちんがキラーパスを放つ。なるべくなら口をつけたくなかったのに、こんな振り方されたら……何よ、青木君の作った芋煮なんて……
「あ……ほいひー」
 つい口からおいしいの一言がこぼれおちた。
言ってから、しまった!と思って青木君を見る。
 青木君は真っ赤な顔をしてうつむいた。
 なぜだろう、むなしさ?敗北感?そんな感情がわたしの胸を風のように通り過ぎて行った。
「ところで青木君に赤木君、これから新聞部の活動をしてもらうわけだが、いま僕らが注目しているのが例の魔法少女だ、君らも知ってるだろう?」
「あ、ぃいゃ、その……はい」
 部長の問いに、こちらをチラ見しながら青木君が答える。
「ちなみにピンクと最近出てきた緑と、君らはどっち派だい?」
「部長!」
 あんまりな質問に大声をたててしまう。が、みんなの驚いた視線を一点に受け、
「あ……あんまり女子の前でそういう話はデリカシーがないんじゃないかなって……」
 と、尻すぼみ。
「まぁまぁ、ぼたんちゃんってば固いんだから、で、部長はどっち派なんですか?」
「やっぱピンクだな、うん」
 部長の答えに千代ちんの眉がひくりと上がる。
「……へぇ……大河原君は?」
「ピンク」
「……あぁ、そう……でも吉田君、緑もすごいわよねぇ、火ィとか出せるし……」
 そっけないながらもはっきりとした意思表示に胸を刺された千代ちんは、半ば誘導気味に吉田君へと問いかける。
「いやぁ、やっぱりピンクですかね、てか、緑なのに火属性っておかしくないですか?」
「……でも、ねぇ、色と属性ってそんなに重要かしら、ねぇ赤木君?」
 マニアックな回答に存在意義を問われつつ、すがるように赤木君に問いかけるが。
「……ピオニィ……」
 の答え。ちらりとわたしを見て、再び朱に染まった赤木君の顔を見る。
「……あ、うん、あんたはね、それでいいと思うわ。で?」
「俺もピ……ピ……えと、あの、そのミレニィです……」
 青木君は千代ちんの迫力に言葉を翻しミレニイの名前を出したが、当の千代ちんはがっくりとうなだれてしまった。
「そ、そうそうミレニィかわいいじゃないですか、小柄だし、超ミニだし、その上巨乳ちゃんですよ、こう、ババーンと……」
 事実上の完全敗北に、落ち込む千代ちんをフォローするものの、
「なんだ、人にデリカシーがないって言う割には冬咲君の発言はずいぶん大胆じゃないか?」
 なんて笑われてしまう。
 そして、千代ちんの目は笑ってない、「勝者が敗者にかける言葉なんてないよ」とでも言いたげに冷ややかだ。
「しかし、ピオニィとかミレニィとかなかなか詳しいじゃないか君たち。そのくらい詳しかったらあの覆面の男も知ってるかい、赤木君?」
「あ、ん、あぁ……」
「そうか、君は目の付け所が違うようだね」
 目の付け所も何も、「覆面の人」ご本人の答えに部長は満足そうだ。
「みんなあの魔法少女に目を奪われがちだが、もし覆面の彼がいなかったら彼女たちは大変なピンチにおちいっていたことが多々あるんだ。あのピオニィちゃんは結構抜けてるトコあるみたいだからなぁ……」
必死に戦っている人の気も知らないで、部長の話はとどまることを知らない。
「とにかくね、彼もまた高畠を守ってくれている立派なヒーローだと思うんだ。実は彼で特集記事を書いてみようと思っていてねぇ」
「あ、ああ……」
赤木君は部長の話に何度もうなずきながら、照れくさそうに頬を赤らめていた。
その後、小一時間ほど部長の独壇場が続いた。
なべをカラにすると、「記念写真だ」なんていって、日下部君のカメラでみんなそろって写真を撮ってその日はお開きとなった。


「どういうつもりなの……」
部長らと別れ、わたしと千代ちんシンハ、そして赤木君と青木君は彼らの家へと向かって自転車を押しながら歩いていた。
「青木君と赤木君は友達が欲しいんでしょ、だからみんなでお友達になったの」
 わたしの問いかけに千代ちんはさらりと答えた。
「ともだ……だって、この二人町をめちゃくちゃにしたのになんで?」
 すると、千代ちんはちょっと立ち止まって、さびしそうな顔をした。
「ぼたんちゃん、お友達がいない、一人ぼっちって言うのはホントにつらいの……わたし、転校ばっかりだったから、二人の気持ちすごくわかるんだ……」
「千代ちん……」
「低学年くらいの頃はまだいいのよ、すぐに仲良くなれるんだけどね、四年生の時だったかな、最初はものめずらしさでちやほやされるんだけどさ、クラスで一番のイケメンに色目使ったとか、わけのわからない因縁つけられてさ、女子から総スカン食らってね、無視されることが続いたの……」
「…………」
「五年のころは派閥争いみたいのに巻き込まれたりしてね、だから顔色伺って、でも卑屈になりすぎるとまたいじめられたり、六年のときは方言かなぁ……関西だったから今となってはネタだったのかもしれないけど……で、登校拒否したこともあったり……」
「そんな……」
「でもほら、転校多いから、毎年リセットリセットで気は楽だったわ。それに去年は中学デビューする子も多いでしょ、だからまぁ、それなりに友達もいたし、あの頃より楽っちゃ楽だったかなー」
 わたしが暗い顔をすると、千代ちんはそれを紛らわせるように明るく振舞う。しかし、言葉の端々からはそれが気丈に振舞っているのだというのが感じられた。
「だからね、羽山公園でこの二人の気持ちを聞いてから、わたしが助けてあげなくちゃ、って思ったの……」
「千代ちん……」
「そりゃ、今までのことはあるけどさ、二人ともやりすぎたって反省はしてるみたいだし、シンハのおかげで町の人もケガくらいですんでるし、それに警察とかに言っても相手にされないでしょ、こんな話……」
「…………」
「だったらココはひとつ、今までのことはみんなの胸の中にしまっておいて、二度とこんなことがおきないようにする。無力な中学生にはここらが落としどころじゃないかなぁ?」
「……そう……かもね……」
確かにほかに方法はないかもしれない。それに、芋煮が出来上がったときに感じた妙に居心地が悪いっていう感じ……長い間千代ちんやこの二人は、ああいった、いやもっと嫌な空気の中で生きてきたんだと思うと、なんだかやるせなくなってきた。
「と、いうわけで、ちゃんと「もらうモノ」もらう約束はしたわよ、シンハ」
「本当ッハ?」
「あぁ、俺たちが持っている文殊を全部返すよ」
 ゴミ袋を手にした青木君が振り返って言った。
 シンハがかごの中から顔を出し、うれしそうに尻尾を振りながら、わたしと千代ちんの顔を交互に見る。
「これでもう高畠を襲う化け物は出ないわ。正直もうちょっとラクシュミーを体験してみたかったけどねぇ……ま、わたしは人気ないみたいだし……」
そう言って胸のあたりをなでながら、ジト目でわたしを見る千代ちん。どうやらさっきのコトを根に持ってるようだ。でもそうか、もう変身しなくていいんだな……それはそれでちょっとさみしいかもしれない……
「あとは今日の芋煮とジュース代もナ」
「何よ、そのくらいとーぜんじゃない、それは迷惑料よ安いもんでしょ」
「ふふん、そうだな、こんなに心から安らいだのは俺も赤木も初めてかもしれない……」
 青木君は立ち止まって天を仰いだ。そしてゴミ袋を下においてこちらへと向き直る。
「冬咲君、今まで本当にすまなかった。いくら謝っても謝りきれるものではないかもしれないが……なんとかこれから赤木ともども俺たちと付き合っていってはもらえないだろうか……」
 青木君は深々と頭を下げた。赤木君もあわてて抱えていた鍋を下ろし青木君にならう。
「…………ま、まぁ友達としてなら……ね……」
「あらぁ、友達でいましょうは振られたのと一緒よ、残念ね青木君」
「振られって、ちょっと! そういう流れの会話じゃないでしょ千代ちん!」
「ははは、振られるにしてもこんなうれしい振られ方があるか、なぁ赤木」
青木君は、赤木君と顔を見合わせて笑った。
そういえば、この二人が笑った顔を見るのは初めてかもしれない。
怖いとか、気持ちわるいとか、そんな風にみてたけど、この二人はこんな顔をして笑うんだ。
そんな二人を見ているうちに、なぜだか目頭が熱くなってしまった。

「さぁついたぞ、ちょっと待っててくれ、すぐ持ってくる」
 そういうと青木君は本当に人が住んでいるのだろうかと思うような家の中へと入っていった。
「結構大変そうなお宅なんじゃないの? 大丈夫? 芋煮のお金……」
「うーん、なんだか罪悪感を感じてきたわ……ね、青木君のご両親って何してる人なの?」
「ご両親?」
 千代ちんの問いかけに赤木君が首をかしげた。
「知らないの?友達なんでしょ?」
「あ、あぁ、すまない……」
 千代ちんの言葉に背中を丸くする赤木君。
そのリアクションから、なにか言いようのない違和感を覚えた。
そうこうしている間に家の中から巾着袋を手に青木君が現れた。
「さぁ、これで全部だもってってくれ!」
 さっそく地面へと広げてシンハが数を数え始めた。するとすぐに、
「おかしいっハ、ぜんぜん足りないッハ」
と首をかしげる。
「残り33個じゃないのか?」
 青木君が横から広げられた文珠を覗き込む。
「全部で108個になる計算だッハ。あと50個くらい無いと計算があわないッハ」
「そんな……家にあるのはこれで全部だぞ」
「このあいだ拾い忘れたんじゃない?流されちゃったとか?」
「そんなはずないッハ。全部拾ったはずだッハ」
わたしの問いかけに首を振るシンハ。
「ちなみにこないだの竜には何個文珠を使ったの?」
 千代ちんの質問に青木君はけげんそうな顔をする。
「それなんだが……あの晩俺たちが使った文珠は一個だけ。最初の黄色い竜の張りぼてに対してだけなんだ……」
「?」
「?」
 わたしたちは顔を見合わせる。
「じゃ、じゃぁ、あの青いほうの龍は何なのよ? 誰があんなことできるわけ?」
 千代ちんがしゃがみこんでシンハにたずねる。
「そんなのこっちが……」
 何かを思い出したかのようにシンハの言葉がとまる。
「なに? なんか思い出した?」
 わたしもシンハの前にしゃがみこむ。
と、そのとき、
「……うぁあぁぁあぁぁぁああぁぁぁぁああぁぁ……」
と、背後で青木君の絶叫が上がる。
その声に振り返ると青木君を光が……
まるでラクシュミーのトゥインクルファウンテンのような光が包み込んでいた。


光の元には一人の少女がいた。
年のころはわたしたちより少し上か?
擦り切れた丈の長い青白い着物姿。
長い髪の生えた頭には、猫の耳かと見まがうばかりの大きなリボンがついている。
そして右手からまばゆい光を放っていた。
「さすが文珠10個のダデーナー、浄化までには時間がかかる……」
「お、お前は岩井戸……」
 声を聞くなりシンハが驚いた声を上げた。
「知っているの?シンハ?」
「知っているも何も、彼女こそが最初のラクシュミーだッハ……」
「ラクシュミーが? 何で?」
「そんなことより早く青木君を助けなきゃ!」
 千代ちんが振り返りながら叫ぶ。
青木君は光の珠のようなものに閉じ込められ、悲鳴をあげ続けているのだ。
「そうだッハ」
 シンハが如意宝珠を取り出し、わたしたちに放ってよこす。
『オン・チンターマニ・ソワカ!』
 清らかな光に包まれ、わたしたちはラクシュミーへと変身した。
「ふん、こざかしい……」
岩井戸は左手で何かをバラリとまく。
すると、そこから奇妙な色をしたダデーナーが現れ、大型の犬のような形をとった。
6匹もいる!
「行け!」
 との、岩井戸の号令で6匹のダデーナーはわたしたちに襲い掛かってきた。
 正面から飛び掛ってきたダデーナーを、しゃがんでかわそうと思ったら低い位置へも飛び掛ってくる。とっさに横に転がると上空から降ってくるかのようにもう一匹が噛み付いてくる。何とかそいつを蹴りつけて、起き上がって間合いを取った。
とにかくいままでのものより動きが早い。
その上連続して襲い掛かってくるのでかわすだけでも精一杯だ。
「空へ!」
ミレニィが舞い上がる
するとダデーナーは次々に積み重なり、下から順に跳び上がった。
6段ロケットのように次々ジャンプを繰り返す。
そして、はるか上空のミレニィへとたどり着き、ミレニィの足へとガブリと噛み付いた。
「うそぉ!」
噛み付かれたミレニィはバランスを崩して地面へと落ちた。
わたしはすぐに駆け寄って、まだミレニィに噛み付いているダデーナーを蹴り飛ばすと、他のダデーナーが飛び掛ってこないようにトゥインクルロッドを出して牽制する。
ミレニィはかまれた足を押さえながら、つらそうな表情でうずくまっている。
そんな中を、青木君の悲痛な叫び声が響く。
「ぐおおおおおおおおおぉぉぉぉ…………」
「青木ー、 青木ー!」
赤木君が手を伸ばすが、青木君を包む光がまるでバリヤーのように、バチバチと火花を散らせながらその手を阻む。
「いやだー、消えるのはいやだ、これから楽しい日が続くと思ったのに……せっかく友達がたくさんできたのに……消えたくない!消えたくない!……赤木!……赤木ー!」
 青木君も助けを求めるように赤木君へと手を伸ばす。が、その手は届かない。
岩井戸がさらに文珠をばらまいた、さらに数体のダデーナーが召喚されてしまった。
「これ以上ここにいるのは危険だッハ、逃げるッハ!」
 シンハが叫ぶ。
「逃げるったってどこへ!?」
「いいからミレニィを連れて赤木の近くに行くッハ!」
 わたしはミレニィを抱えると、トゥインクルロッドでダデーナーを牽制しながら赤木君の元へと近づいた。
 シンハはぶつぶつとなにか呪文のようなものを唱えている。
「逃げるものか! 青木を置いてなど逃げるものか!」
 赤木君が大声で叫んだ。
 シンハの呪文の抑揚が激しくなってくる。
「赤木ー……赤木ー…………」
青木君の声が次第に小さくなっていく。心なしか顔が青ざめてきたように見える。
「青木!青木!」
 火花で手が焦げ付くのもかまわずに、必死で光の球を叩きながら赤木君は強く声をかけた。
 そんな中、シンハの体もまた別の色の光を放ち始めた。
「ピオニィ、赤木をしっかりつかむッハ」
 わたしは言われたとおりにミレニィを抱いた反対の腕で、赤木君の背中にしがみつく。
「離せ! 青木を残していけるものか! 青木! 青木――――――――………」
シンハから放たれた光がいっそう強くかがやく。
すると突然に、すべての光とすべての音が消えてしまった。


気がつくと、木立の中に立っていた。
「ここは?」
「大聖寺、亀岡文殊の裏手へテレポートで逃げてきたッハ」
 荒い息をつきながらシンハが答えた。
「おい青木は? 青木はどうした!?」
 ものすごい剣幕で赤木君がシンハにつかみかかる。
「いないぞ! 置いてきたのか!」
「く苦しいッハ」
「くそっ!」
 赤木君はシンハを放り投げると、木立の下草を掻き分け、ふもとへと向かって歩き出した。
「あ、赤木君どこへ行くの?」
「決まっている! 青木を助けに!」
 そういうと、振り返りもせずに駆け出した。
「待って!わたしも……」
 追いかけようとすると後ろで「ひぐっ」と痛みをこらえるような声がする。
「ミ、ミレニィ……さっきかまれたところ」
 見ると足首がパンパンに腫れていた。
「大丈夫、僕が治療するッハ」
言うとシンハが傷に手をかざす。暖かな光のおかげかミレニィの顔つきが少し和らいだ。
「シンハ……ミレニィのことお願い……わたしも行ってみる」
「待つッハピオニィ! 危ないッハ!」
「だって……ほっとけないじゃない!」
 シンハが引きとめようと叫ぶ、が、わたしの頭からはさっきの青木君と赤木君の必死のやり取りが離れなかった。
「待つッハぼたん! ぼたんーーーーー!」
 シンハの叫びを背中に受けながらわたしは赤木君の後を追った。

再び青木君たちの家に着いたときにはすべてが終わっていた。
青木君が光に包まれていたところには大きな水色の鬼の張りぼてがあり、赤木君はそれを抱きしめながら涙を流していた。
青鬼の張りぼてはボロボロに傷ついていたが、片手を挙げてにこやかな笑みをたたえていた。
途中で折れてしまった立て札には、広介童話の「泣いたあかおに」の一節が記されていた。
「ドコマデモ キミノ トモダチ」
その言葉が、まるで青木君の赤木君に対する最後のメッセージのように感じられ、胸が締め付けられるような気持ちになった。
でもなんであんな張りぼてに抱きついて泣いているの?
それにさっきの女の子、最初のラクシュミー? 文珠10個のダデーナー?……
いろいろな疑問の断片が、パズルのピースをはめ込んでいくように、ひとつの信じられないような結論を形作ろうと頭の中でくっつきだしていく。
ふいにキナ臭いにおいがする。
そちらに目をやると空間がゆがみ、シンハと千代ちんがテレポートしてきた。
千代ちんはまだ足を引きずっている。
「シンハ、説明して。いったいあれはどういうことなの? 彼女は何者なの?」
 わたしはシンハに問いかける。
 すると、シンハは苦しそうな表情を浮かべて、
「彼女は僕が生み出した最初のラクシュミー……妙多羅天岩井戸……おっかな橋の弥三郎婆だッハ……」
 と答えた。

第6話 了


おまけ 弥三郎婆


陸奥国安倍氏に仕える一本柳の武士「渡会弥太郎」
彼が若いとき鳩峰山で一人の天女に一目ぼれをする。これが岩井戸、後の弥三郎婆である。
二人は祝言を挙げ、弥三郎と言う子供が生まれる。
幸せなときもつかの間、前九年の役で戦に駆り出された弥太郎はついには帰らぬ人となる。
弥三郎と岩井戸は落延び、いつか御家の再興を願いながら隠れ住む。
やがて弥三郎は土地の娘と結婚し、子供が生まれる。
後とりもできたので武者修行の旅に出て立派な侍になってやると旅に出る弥三郎。
しかし旅の途中一本柳に疫病がまん延し弥三郎の妻子も命を落としてしまう。
それを見取った岩井戸は気が狂い、ついには鬼婆弥三郎婆へと変貌をとげる。
弥三郎婆は御家再興の軍資金をためるべく、おっかな橋付近で狼を操って人々から金品を奪う追いはぎ家業をはじめた。
月日は流れ、立派な侍に成長した弥三郎は帰り道おっかな橋に差し掛かる。
おたがいに気がつかない二人、激しい戦いの末弥三郎は鬼婆の腕を切り落とした。
鬼婆の腕を手土産に家へとたどり着く弥三郎。
床に伏せる岩井戸はすべてを弥三郎に打ち明けると風に乗って越後の弥彦山へと逃げた。
その後反省した岩井戸は妙多羅天として祭られたという。

新潟の話のほうがメジャーらしいですが、話の濃密さでは負けてない高畠版の弥三郎婆のお話。
弥彦に行ってからは、いつまでたっても結婚できない男に嫁を連れてきてくれるといった世話焼き婆さんなエピソードもこちらには伝わっています。
とはいえよその結婚式からお嫁さんをさらってくるといった乱暴な手段で、本当に反省しているのか信じられないような状況だったそうです。


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