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おまけ 1 たかはた昔話「ぼたん姫」

むかしむかし、たかはたの一本柳に浜田というお殿様が住んでいた。
浜田には40を過ぎても子宝に恵まれなかったので、なんでも願いがかなうと評判の亀岡文殊へ子宝祈願に訪れた。
浜田が祈願に訪れると、文殊様が唐獅子の背に乗って夢枕に立ち、牡丹の花で浜田と奥方の頭をなでた。しばらくして奥方は懐妊した。
こどもはかわいらしい女の子だった。牡丹の花でなでられて生まれた子なのでぼたん姫と名づけられた。
ぼたん姫は美しく成長し、年頃になるとあっちこっちのお殿様からぜひ結婚したいと強く求婚を迫られた。
中でも竹の森と二井宿のお殿様の求婚はたいそう強く、一本柳を巻き込んで竹の森と二井宿で戦争が起きそうになった。
見かねたぼたん姫は二人に対し「わたしは文殊様によって授かった子供なので、文殊様にお伺いを立てて、文殊様が選んだほうのお殿様に嫁ぎます」といって、亀岡の文殊堂にこもった。
その後文殊様のお導きにより、姫は二井宿の志田の殿様に嫁ぐこととなった。
志田の殿様とのあいだに子供ができたぼたん姫は、お産のために里帰りする途中、泉岡で産気づき、赤ちゃんを産むが、産後の肥立ちが悪く、若くして亡くなってしまう。
しかしこのとき生まれた子供が、後に安然大師と呼ばれる立派なお坊様になったという。

解説 
時代背景を見ると、安然大師が生まれたのが825年ごろ。
亀岡文殊が徳一上人によって建立されたのが807年ごろといわれています。
と考えると、浜田は建てられたばっかりの亀岡文殊堂へ行って祈願をしてきたようです。
たぶん、亀岡文殊のコマーシャル的に作られた話なのではないかな?
などと勘ぐってみたりします。
なお、安然大師ですが滋賀県で生まれた説もある様子。
比叡山で活躍したお坊さんらしいです。


Q&Aコーナー

Q1. 何でまたラクシュミーなんて名前なの?
A1. 天女伝説を元にしたお話なので天女っぽい名前にしたいと思ってました。
   天女をwikiで検索したところ、「中国の貴婦人の姿で描かれる」
   「元は中近東の翼人がモデル」「インドではアプサラス」とかそんなネタが書いてました。
   さすがにアプサラスはないわーと思ってもうひとつの物語のキーパーソンである
   文殊菩薩を検索したところ「別名、妙吉祥菩薩、吉祥金剛・・・」などと出てきました。
   吉祥天がラクシュミーなのでじゃぁラクシュミーでいいやというのが理由です。
   クリシュナだと元ネタと言葉の響きが近くてよかったかなぁと思ったりもしてます。

Q2. 何で妖精が唐獅子なの?
A2. 文殊様の乗り物として唐獅子が付き物だからです。
   あのいかつい顔をした唐獅子もゆるく描くとかわいいでしょ。
   文珠が全部集まると本来の姿を現すかも。
   あとは「唐獅子牡丹」だの「牡丹と蝶」だの古来からの組み合わせでキャラ設定してます。



第2話 今年のさくら 今年のだんご


唖然とした。
掲示板にでかでかと張られている学校新聞を見て唖然とした。
「謎のコスプレ少女!放課後の学校で大活躍!」
幸いピンが甘くて顔はよく見えないが写真もでかでかと載っている。
A4の用紙をわざわざ九枚も張り合わせていったい誰がこんなものを!
発行者の名前を探そうと新聞に顔を近づけたそのとき、
「ぽちっとな」
「ひゃうん!」
襟足のほくろを突っつかれ、はからずも大勢の生徒のいる真ん中で声を上げてしまう。
わたしは振り返ると千代ちんの肩をつかみ、掲示板の前から離れる。
「ちーよーちん!」
「おはよー、ぼたんちゃん」
「おはよーじゃないわよ!まったく!」
精一杯して見せた怖い顔にも動じず、千代ちんはニコニコと笑っている。
「ねーねーなに見てたの?」
千代ちんはそう言うと、後ろの掲示板を見ようとぴょこぴょこと飛び跳ねる。
「え、ええと」
あまりその話題に触れたくないわたしは、言葉をにごして別の話題に持っていこうと考える。
が、あの巨大掲示物の存在感は大きく、ラクシュミーの写真は否が応にも千代ちんの目に留まる。
「へー、こっちにもああいうの好きな人っているんだー」
「いや、あの、そんなに好きこのんでやってるわけじゃないよ・・・と思うんだけど・・・」
「詳しいね? 知り合い?」
「いや、えっと、そういうわけじゃ・・・」
千代ちんの発言にしどろもどろになる「ご本人」。
そのわたしに不思議そうな顔を向ける千代ちん。
やばい何か感づかれたかしら?
でも正体がばれたからってどうにかなるのかな?シンハは特に何にも言ってなかったけど・・・
いやいや、魔法とかなんかの副作用よりも、この場に居合わせてる人たちの好奇の視線を考えたら・・・
やばい! 正体がばれたら社会的にやばい! 恥ずかしくて生きていけない!
ばれちゃだめだ! 何とか話題を変えなきゃ!
「どうしたのぼたんちゃん? 具合でも悪い?」
「え、あぁ、うん、ほらあれよ! 具合はともかくわたしジャーナリスト志望じゃない! だからほら、こういう新聞部とかあったらいいなーと思ってて、うん。 放課後にでもここの部室行ってみようかなーなんて、あ、あはは・・・はは・・・」
「う、うん。がんばってね、ぼたんちゃん・・・」
よーし、これでうまく話題が・・・あ、あれ?変わってたのかな?


窓から校庭を眺めると、数名の男子が先日のラクシュミーの動きを、あんな細かいところまでよくもまぁ見られていたもんだと感心するほど詳細に再現していた。
そこに青木君と赤木君が通りかかる。
赤木君の恐ろしげな風貌にか、青木君のおどろおどろしい雰囲気にか、男子たちはクモの子を散らすようにその場からいなくなる。
青木君はみんながラクシュミーの動きを再現していたあたりに立ち、ぐるりと周りを見回すと、舌打ちをして下を向いて再び歩き出した。
「・・・さん、冬咲さん? 僕の話し聞いてる?」
「あっ、聞いてます。聞いてますよ大河原さん」
語りかけられる声にはっと引き戻されるわたし。
ここは図書室の一角。新聞部の活動はここを中心に行われると聞いて千代ちんと二人で訪れてみたのだ。
本当はあの場を取り繕うためにでまかせを言ったのだが、どうやら千代ちんがその気になってしまった様なのだ。
「だから僕はね町外からの、それもアーバンライフ、つまり都会的な生活に親しんだ転校生であるところの竹田さんのビューポイント、視点がね、きっと新聞部のこれからの活動に大きくプラスになってくれると考えているんだよ」
熱く語っているのは大河原部長。
彼はとにかく話がまだるっこしい。
理屈っぽいだけでも大変なのに、言葉や文章に余計な装飾をつけすぎるきらいがある。
その上何かと専門用語や聞きなれないカタカナを使いたがる。
また、難読漢字を多用するのがカッコいいと思っているらしく「うるさい」は必ず「五月蠅い」、「はかどる」は「捗る」と書かないと気がすまないときている。
容貌は短髪だが顔がでかくパンパンで、何で買っちゃったの?と思うようなデザインのおしゃれメガネがこめかみに食い込んでいるさまが痛々しい。
苦手だなぁこの人、と思い視線をテーブルのすみに移すとまだ学生服に着られてるなといった感じの吉田君と目が合う。
すると吉田君は目の前に広げてあるノートを腕の中に隠すようにする。
残念ながらお姉さんにはしっかり見えてますよ。
どうやら萌え系の女の子を描きたいようだがうまく線が定まらないようだ。
たぶんわたしや千代ちんの落書きのほうが上手い。
あんまり見ていて嫌われてもしょうがないので視線をテーブルの反対側に移す。
そちらでは何で運動部に行かなかったのと思えるようながっしりした体格で、髪をスポーツ刈りに整えた日下部君がやたらとごつくてごちゃらごちゃらしたカメラを大事そうに磨いたり、時折ファインダーをのぞいたりしている。
先日の写真を撮ったのも彼のようだが、あの写真を見る限りではこのカメラも宝の持ち腐れのようだ。
「だからね・・・冬咲さん?冬咲さん、僕の話聞いてる?」
「あっ、聞いてます。聞いてますよ大河原さん」
部長はコホンとひとつ咳払いをして話を続ける。
「だから君たち二人には、いつも見慣れた町でも視点が変わればこんな風に見えるよと、こういった観点から高畠の観光について提案するような記事を担当して欲しいんだ」
どうして学校新聞で町の観光のことまで心配しなきゃならないんだろう。と考えていると部長は正面から千代ちんの手を握り、
「そのためにも竹田さんは予備知識ゼロでいろいろな体験をしてほしい」
と言った。
それから千代ちんの手を握ったまま顔だけこちらに向けて、
「そして冬咲さん、君は竹田さんをサポートするためにガイドとしてしっかり下調べをして解説できるようになっていてほしい」
と言う。
え?それって、なんかわたしの方が大変なんじゃない?
反論するまもなく部長は千代ちんの手を取ったまま立ち上がると、
「そうだ竹田さんはこの学校まだ慣れてないでしょ、これから僕が案内するよ。じゃ、みんな後はよろしく」
「え?あの、みんなまだ慣れていないと思うんですけど・・・」
という千代ちんの言葉が聞こえないかのように部長はずんずんと千代ちんを引っ張っていってしまう。
「一年生のほうの教室は僕が・・・」
そういって吉田君も立ち上がる。ついで日下部君も黙って席を立つ。
残された吉田君のノートに描かれている女の子の頭には短いツインテールとさくらんぼのような髪留めがついていた。
一人ぽつんと図書室に残されたわたしは、女のプライドを傷つけられた怒りで、こんな部なんかやめてやろうか、とも思ったが、千代ちん一人をこんな男どものところへ置いてもおけない。
これからの部活動を思うと先が思いやられた。


高畠町の桜の開花は例年ゴールデンウィークの一週間前ぐらい。
気温や天気しだいだが、おおむね四月いっぱいは桜が楽しめる。
黄砂で遠くの山がぼんやりとかすむなかを、わたしと千代ちんはデジカメ片手に、高畠駅から町内を目指してまるで桜のトンネルとなった「まほろばの緑道」を歩いていた。
シンハも犬の振りをしてついてきている。
「まほろばの緑道」は高畠駅から屋代地区へ向かい市街地を通り安久津八幡神社へと続く全長約6キロのサイクリングロードだ。
元は高畠鉄道という路線の線路が走っていたが、1974年に廃線となり、町民の憩いの場となるべく整備されたという。
道の両脇には約七百本の桜の木や果樹などが植えられている。
また、途中には「泣いた赤鬼」などの代表作を持つ、高畠出身の童話作家「浜田廣介」の記念館もある。
どうしてこんなところを歩いているかというと、例の新聞部の活動である。
まず千代ちんが目をつけたのがこの桜満開の「まほろばの緑道」だった。
サイクリングロードだから自転車でというわたしの提案は千代ちんに一蹴される。
「自転車じゃ見落とす景色もある。こういうのは歩いてなんぼ」
なんだそうだ。
日ごろ自転車ばっかりで歩きなれてないわたしとしては、となりを通り過ぎていくレンタサイクルの家族連れがうらやましい・・・
九時ごろに駅を出発して約一時間。廣介記念館の庭にあった童話をモチーフにしたオブジェの数々にだいぶ時間を取られたわたしたちはようやく屋代小学校方面へと続く道へと向かう。
古い民家の立ち並ぶ一本柳の道路をわたると一面の田んぼが広がっている。
このあたりは盆地のほぼ中心部なので山が遠く、さらにごちゃごちゃとした建物が無いのでより田んぼの広さが感じられる。
「すごーい」
千代ちんが目を丸くする。
そんなにたいしたものかなぁと思いながら、わたしとシンハは走り出した千代ちんの後ろを追いかけた。
その後も、ときどき置いてある高畠石の巨石や、子供たちになでられすぎてペンキがはげてしまった動物のオブジェを仔細に眺めたり、道端に設置してある遊具にまたがってみたり、地面に描いてあるケンケンをやってみたりと、千代ちんは何かを見つけるたびに全力でそれを味わっていた。
わたしはというとその様子を写真に収めたりしつつも、見慣れてしまい、代わり映えの無いような風景に正直飽き飽きしてきた。
このように道草をくいながら歩いてきたので旧高畠駅公園に付くころにはお昼近くになっていた。
一面桜色に染まった公園に着いて、本当ならここで一息入れたいところだが、名ガイドであるわたしは、あえて高畠石で組まれたレトロでモダンな駅舎を横目に公園を突っ切り「昭和縁結び通り商店街」へと向かう。
この「昭和縁結び通り商店街」にも千代ちんの興味を引くものはたくさんあるが、わたしは寄り道を許さず、目的の店「おばこや」の前まで千代ちんを引っ張って行った。
「おばこや」は甘いもののお店でこの時期にはだんごをメインに売っている。
「すいません。予約していた冬咲ですが・・・」
「はいよ、冬咲さんね・・・じゃ、これ800円」
この時期は予約なしには買えない人気のこのだんご。
あん、ゴマ、しょうゆ、そして枝豆をすりつぶしたじんだんの4種類、各2本ずつ入ったパックを受け取る。
そのあいだ千代ちんは、おかみさんがだんごの生地を棒状にのばし、リズミカルに包丁で切って、串にさしていく様子を店先から感心した様子で写真に収めていた。
わたしたちは再び旧高畠駅の公園へと戻る。
花見客が大勢いる中、わたしたちは腰を下ろせそうなベンチを探す。
が、千代ちんが先ほどスルーした旧駅舎に釘付けになる。
濃い肌色というか、薄い茶色というか、明るいオレンジ色をした凝灰岩の高畠石。
この石をまるで西洋の城砦のようにくみ上げた外観をしているのが旧高畠駅の駅舎の特徴だ。
現在では耐震性の問題などから中に入ることは出来ないという。とはいえ2011年の大地震はしっかりと耐え切ったので何か活用しないのはもったいないような気もする。
五分後、渋る千代ちんを何とか駅舎から引き剥がし、かつて高畠鉄道で活躍していた機関車、といってもセダン車のような形をした電気機関車なのだが、この機関車の前にあるベンチに腰を下ろせた。
千代ちんは機関車が見たくてうずうずしているが、まずは団子だ昼飯だ!
「やっぱりこの季節になるとこれを食べずにはいられないのよね~♪」
と、包みをほどくと千代ちんの目も団子に向く。
最初の一本、わたしはゴマから、千代ちんはじんだん。
「おいひー」
「やわあはーい」
わたしたちは同時に声を上げた。
「あおね、あおね、おらんごがね、えきたへやからね・・・ふんごふやあらかいのよ」
千代ちんが興奮して訴えてくる。
わたしはお茶のペットボトルのキャップをひねると千代ちんに手渡す。
千代ちんはごくりと一口だけ飲み、一息つくと再び感想を語りだした。
「そしてこのずんだ? じんだん? これもおいしいのよ! 初めて食べたんだけど!」
千代ちんはそういうと二玉目へと口をつける。
ひとかみふたかみして千代ちんは目をつぶると足をばたばたさせ団子のおいしさを全身で表現する。
お団子がおいしいのはわかるけど・・・、紹介したお団子を評価してくれるのはうれしいけど・・・、こうまでされるとなんだか馬鹿にされているように感じてしまう・・・
あっという間に一本食べ終えた千代ちんは魚肉ソーセージをねだるシンハのような目をしてわたしを見つめる。
はいはい、もう一本じんだんが食べたいのね。
わたしは黙って団子のパッケージをくるりと回し、くしの出ているほうを千代ちんに向ける。
そのときシンハとも目が合う。はいはい、あんたも欲しいのね。
ペットボトルのフィルムをむいてから団子を一玉はずしその上に乗せてやる。
まってましたとばかりに団子にむしゃぶりつくシンハ。
「おいしいッハ♪」
と思わず声に出す。
「え?」
千代ちんが驚いたような顔をしてシンハを見る。
シンハはしまったという顔をしてわたしを見る。
「・・・え、と・・・ほら、あの・・・『おいしい?シンハ』ってきいたのよ。ほら曲がってしゃべると変な声が出るじゃない!・・・おいしい?シンハ・・・」
シンハの声まねまでして弁明する。千代ちんはあっけにとられたような顔をしている。
ここはひとつ話題を変えないと・・・
「そ、それよりさ、今まで念入りに時間をかけてまほろばの緑道を見てきたじゃない? どう? いい記事かけそう?」
わたしは千代ちんに問いかけた。
「うん、だってすっごく楽しかったから」
「ふうん、楽しかった・・・ねぇ」
即答する千代ちん。それに対して少し言いよどんでしまうわたし。
そんなわたしに千代ちんは微笑みながら言葉を続けた。
「きっと、ぼたんちゃんは見慣れちゃってると思うんだ、この風景に。毎年、毎年、この桜並木を歩いて、このお団子食べて・・・」
千代ちんは団子をひと玉口に入れ、飲み込むとまた言葉を続ける。
「わたしさ、お父さんの仕事の都合で毎年毎年あっちに行ったりこっちに行ったりで、毎年見てきた桜も食べてきたお団子も違うんだ・・・だから、この季節になったらココに来て、ココのコレ食べなきゃっ、ていうのを持ってるぼたんちゃんがうらやましいんだよね・・・」
そういうと千代ちんは少し寂しげな目をして見せた。
「もう来年は見れないかもしれない、もう来年は食べれないかもしれない、だったら思いっきり楽しんで、思いっきり味わってやろうって思って、一期一会って言うのかな? ちょっとちがう?」
千代ちんは少し照れたような顔でこちらを見る。
わたしは千代ちんの微笑みを受け止められず、足元のシンハに視線を逃がしてしまう。
「そうだったんだ・・・」
千代ちんの思いを知って、なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
その思いが見透かされたのか千代ちんがわたしに言葉をかける。
「・・・なんだかしんみりさせちゃってごめんね、でもわたしお得なのよ。だってぼたんちゃんよりもっと多くの桜の名所やお団子の味を知ってるんだもの」
そういって千代ちんは薄い胸を張って見せた。
「こいつぅ」
と、わたしは千代ちんをひじでつつく。わたしたちはしばらく笑いあった。
「あとね、これはお母さんからの受け売りなんだけど・・・」
千代ちんは人差し指を立て目をつぶり、一呼吸置いて言った。
「女は、ふるさと以外に住んでる男の人を好きになって結婚したら、その人の町に暮らさなきゃいけなくなるじゃない。だからそれまでは自分のふるさとを大事にしなさいって、自分の子供にふるさとのいいとこをいっぱい教えられるように・・・」
千代ちんはわたしを見て、
「わたし、お母さんの大好きなこの町に来れて幸せなの」
と微笑んだ。
と、そのとき。
藤棚の東屋の向こう側、駅舎の裏手の広場のほうから大勢の人の悲鳴が聞こえてきた。


「・・・なに、あれ?」
見覚えのある二度と見たくなかった紫の化け物を、初めて目にした千代ちんは絶句した。
シンハが足を叩いて必死に変身しろって訴えかけてくる。
「でも」
となりには千代ちん。
まわりには大勢の花見客。
絶対に正体がばれるわけにはいかない。
「ダデーーーナーーーーーーーーー」
化け物が一声ほえると、まわりからもいっせいに悲鳴が上がる。
急に腕が重くなる、見ると千代ちんが腰を抜かしてわたしの腕につかまっていた。
「・・・ぼ・・・ぼたんちゃん・・・何?あれ・・・」
化け物を前にして比較的冷静なわたしを頼もしく感じるのか、千代ちんはぎゅうっとわたしの手を握りながらたずねてくる。
「だいじょうぶ・・・だいじょうぶよ・・・だから、立てる?」
わたしは千代ちんの手を握り返しひっぱるが、千代ちんは青い顔で化け物を見つめ、ただただ震えているだけだ。
その千代ちんの前にシンハが飛び出ると、千代ちんに向かって
「ガオウ!」
と吼えた。
千代ちんは目を回し意識を失う。
「千代ちん!千代ちん!」
わたしは千代ちんを揺り起こそうとする。
「大丈夫、術をかけて気絶させただけだッハ。さあ今のうちにラクシュミに変身するッハ」
「ンばが!こだなどさ置ぎっ放しにさんにぇべっした!」
(訳:ばか!こんなトコに置きっ放しにできるわけないじゃない!)
わたしは千代ちんを後ろから抱え上げるとズリズリと引きずって避難させる。
とりあえず東屋のかげにでも寝せておけば大丈夫だろう。
後は見つからずに変身できるところ・・・さっきお団子食べた機関車と貨車のすき間がいい。
わたしは機関車までダッシュすると貨車とのすき間にもぐりこむ。
そしてシンハから如意宝珠を受け取ると、念のため周囲を確認し、ひとつ深呼吸をしてから、
「オン!チンターマニ・ソワカ!」
と叫んだ。
温かい空間に漂う。そんな感覚を久しぶりに受けたかと思うとわたしはラクシュミーの衣装を身にまとっていた。
服の引っかからないような位置に移動すると、ジャンプして公園全体を眺める。
基本的な動きや力の調整はあれから何度か練習して加減ができるようになった。
女の子の恥じらい、変身のための呪文への抵抗も・・・三回目くらいで・・・捨てた・・・。
化け物は?・・・良かった、まだそんなに動いていない。
次のジャンプで背後に回ってトゥインクルファウンテンで速攻片をつけちゃおう、と思いながら地面に降りたが何か違和感を覚える。
わたしは違和感のした方、駅舎の屋上へと向かって大きくジャンプした。
駅舎の屋上には人がいた。
それもただの人じゃない、ゲームやマンガの中に出てくる魔法使いのような服を着た人が、化け物のほうを向いて「来い!」とか「早くしろー!」とか、身振り手振りをしながら声をかけているのだ。
きっとこいつが前回や今回の化け物騒ぎの黒幕なのね。
わたしは颯爽と彼の後ろに降り立つと、人差し指を「ビッ!」と向けながら、
「そこまでよっ!」
と、叫んだ。
魔法使いのような格好の男はゆっくりとこちらを振り向く。
顔はフードに隠れてよく見えない。
「・・・また・・・貴様か・・・」
男はしぼり出すような声で言った。
「また?・・・またってことはこのあいだの学校の化け物もあんたの仕業なのね!」
「そうだといったら・・・」
男は体の前で腕を交差させてひざを曲げ、腰を低く落とす。
いつでも跳びかかってこれる体勢だ。
わたしは油断なく男の動きを見つめながら、
「この高畠の平和を守る、まほろば天女ラクシュミーが決してあなたを許さない」
そういって見得を切る。
男はいまいましげに口の端をゆがめると、
「ふん・・・ならば今日のところは譲るとしよう・・・」
とつぶやき、ザリガニのように背後へと跳んだ。
「危ない!」
落ちちゃう!と思いあわてて追いかけ手を伸ばすが届かない。
屋上の縁につかまり下を覗き込む。
と、化け物がすごい勢いで跳び上がって来て、わたしはあわてて頭を引っ込める。
紫の化け物は空中で姿勢を整えるとわたしに狙いを定める。
・・・ちょっと待ってよ、このまま落ちてきたら駅舎もただじゃすまないじゃない・・・
わたしは広場へと向かって跳んだ。
化け物もそれを追うように落下してくる。
駅舎は無事だ。しかし、化け物の巨体がわたしに迫ってくる。
空中では思うように避けられない。
まずい! やられる! 
わたしは思わず目をつぶる。
次の瞬間、力強い何かに抱きすくめられる感触と体が上昇するようなGを感じた。
続いて「ドーン」と何か重いものが落下したような音が響いてくる。
恐るおそる目を開けるとわたしは誰かの腕の中に抱えられ宙を飛んでいた。
この覆面姿は、この間もわたしを助けてくれた彼だ!
覆面の彼は化け物から離れたところに着地する。覆面のせいで彼の表情はよくわからないが、視線は鋭く化け物に注がれている。
あれ、ちょっと待って、この格好って・・・
今のわたし・・・お姫様抱っこ!
そう思うとなんだか急に恥ずかしくなる。
「・・・あ、あの、ちょっと・・・」
わたしが声をかけると覆面の彼はわたしの顔を見つめる。
やだ、こんな体勢でそんなに見つめられたら・・・
カァッと顔が熱くなるのがわかる。わたしは恥ずかしくなって顔をそらす。
すると彼はそおっと体を傾け、足から地面に降ろしてくれる。
 
「あ、あの、ありがとうございます」
わたしは振り向いて彼にお礼を言った。しかしそこに彼はいなかった。
このあいだと同じように彼は忽然と姿を消していたのだ。
ズズズズズ・・・・・・と地響きがする。
化け物が再び動き始めたみたいだ。
もうさっきみたいな油断はしない、速攻で決める。
「ラクシュミートゥインクルロッド!」
如意宝珠が魔法のステッキへと姿を変える。
トゥインクルロッドをつかむと空中に魔方陣を描く。
よおし、気力充実。
「ラクシュミー・トゥインクル・ファウンテン!」
わたしは化け物めがけてトゥインクルロッドを振りかざす。
が、そのとき化け物が身をよじらせた。
光の噴水は化け物の体を捕らえるにはとらえたものの、その半身を削り取っただけだった。
「ダァアァアァァァアアアデェェェエエェエェェエエェナァァァアアアアアァアア!」
半身を削り取られた化け物は痛みのためか、体を伸ばしたり縮めたり、地面に体を打ち付けたり駆け回ったりものすごい勢いで暴れまくる。
そのたびに衝撃が起こって桜の花が散り、風がおきて花びらが宙に舞う。
「もしこいつが千代ちんに向かって行ったら・・・」
わたしは千代ちんの元へと駆け寄り、何かあったらいつでも逃がせるようにしっかりと抱きすくめる。生身のときと違って軽々動かせそうだ。
化け物は高く跳び上がると、わたしたちの頭の上を飛び越えて機関車の上へと落ちた。
その瞬間機関車からバリバリと紫色の稲妻のような光が放たれた。
まぶしさにわたしは手をかざす。
しばらくして、光はおさまり静寂が訪れる。
「やっつけた・・・のかしら・・・」
そう思ったのもつかの間、機関車がガタゴトとゆれだした。
ゆれはますます激しくなる。
金属のこすれるような延びるような甲高い音がしだした。
そしてついに「ゴギン」という大きな音がして機関車が宙に浮いた。
機関車の運転席にあるメガネのようにコミカルな四角い二つの窓は、化け物の真っ赤な目の色に変わっていた。
そしてその窓を目とするならおでこの位置にある大きなライトの跡が鈍い光をたたえながら明滅していた。
機関車は上空10メートルほどのところに浮かび、まるで獲物を探すかのようにゆっくり回転する。
目が合った! 
見つかった!と思うや否や、千代ちんを抱いてその場から飛び退く。
ドーンという音と土煙が上がる。
煙の向こうにはぐにゃりと鉄柱のへし折れた藤棚の東屋が見える。なんという突進力だ。
ともかく千代ちんを抱いたままじゃ戦うにも戦えない。ひとまず千代ちんを下ろして、敵をひきつけないと。と、千代ちんから手を離した瞬間・・・
見つかった!
もう一度千代ちんを抱き上げて跳ぶ時間は無い!
ドン!
わたしは腕を前に突っ張って、機関車の突進を正面から受け止めた!
「ん、んぎぎぎぃ・・・おもい・・・」
足首あたりまで地面にめり込んでる感じがする。
うまく力を逃がせばかわせない事も無いかもしれない。でも・・・
下を見ると千代ちん。
下手に動けば千代ちんが機関車につぶされちゃう!
シンハが駆け寄ってきて千代ちんの靴に噛み付き、千代ちんを引っ張り出そうとする。
おっ!いいぞ!と思うも靴だけスポンと脱げて、勢いあまったシンハはごろごろと転がって目を回す。
こんの役立たずぅ。
「お願い、千代ちん・・・目を覚まして・・・」
わたしのあごからぽたりぽたりと千代ちんの顔に汗が滴り落ちる。
「・・・ん、ううん・・・」
しめた、気がついた。
わたしの祈りが通じたせいか、それともシンハが目を回して術が解けたせいか、千代ちんが意識を取り戻した。
「・・・あれ、コスプレの人?・・・え、どうしたの?・・・え? え? え~~~?」
状況を把握した千代ちんはパニックにおちいる。
「・・・は、や、く、に、げ、てぇ~・・・・・・」
声を絞り出すようにお願いする。もうそろそろ限界だ。
千代ちんはお尻をずってわたしたちの下から這い出ると、くるりと振り返って靴が脱げているのにも気づかずにダッシュで逃げ出した。
よし、あのくらい離れれば。
わたしは拮抗している力を下方向へと逃がしてやり、その反動で空高く舞い上がる。
機関車は芝生にめり込んで身動きが取れないでいる。
チャンスだ!
空中でトゥインクルロッドを取り出すと、着地と同時に魔方陣を描く。
今度は絶対はずさない!
「ラクシュミー・トゥインクル・ファウンテンッ!」
光の噴水が機関車へと向かって一直線に放たれ、包み込む。
「ダデェェェエエエェェェエエナアァァアァァアアアァァアアァァ・・・・・・」
絶叫があがり、機関車がまとっていた禍々しい気の様なものが消えたような気がした。


唖然とした。
掲示板にでかでかと張られている学校新聞を見て唖然とした。
「謎のコスプレ少女!満開の桜の下でも大活躍!」
幸い後姿で顔はよく見えないが写真がでかでかと載っている。
A4の用紙をわざわざ十六枚も張り合わせていったい誰がこんなものを!
いや、このアングルで写真が取れたのはただ一人、もう一度確認しようと顔を近づけたそのとき、
「ぽちっとな」
「ひゃうぃん!」
襟足のほくろを突っつかれ、またしても大勢の生徒のいる真ん中で変な声を上げてしまう。
わたしは振り返ると千代ちんの肩をつかみ、掲示板の前から離れる。
「ちーよーちん!」
「おはよー、ぼたんちゃん」
「おはよーじゃないわよ!まったく!」
精一杯して見せた怖い顔にもまったく動じず、千代ちんはニコニコと笑っている。
「一体全体どーしたのよこの記事!」
「あ、見た見たー? すごいでしょー」
「すごいでしょって、何でラク・・・じゃなかった、まほろばの緑道の記事はー?」
危うくラクシュミーの名前を口走りそうになる。
「緑道の記事は左下のほうにあるよ。 それよりすごかったんだってぼたんちゃんが気絶しているあいだ!」
そう、あの時わたしは気絶していたことになっている。
というか、変身から戻ったあとの反動がすごくて動けなかったのだ。
機関車を正面から受け止めたのが効いたのだろう、腕、肩、腰、脚がミリミリと悲鳴を上げ、おかげで貴重なゴールデンウィークの間中ろくに動けず寝てすごしていた。
「部長に写真と記事を見せたらすごく気に入ってくれて、で十六枚編成の超特大紙面!」
千代ちんはとってもうれしそうに話を続ける。
「機関車の化け物をとぉーっ!って叩きつけたかと思うと、魔法のステッキでやぁーっ!って・・・わたし、ああいうのって漫画やアニメの中だけかと思ってたんだけど・・・ねぇねぇ、聞いてるぼたんちゃん?」
「う、うん、聞いてるわよ・・・」
いやだー、聞きたくなーいと内心思いつつもとりあえず相づちを打つ。
「それでね、わたし決めたの! このコスプレの人を探すって!」
「え?」
千代ちんの発言にわたしは目を丸くする。
「なんていうのかなー、馬鹿にされちゃうかもしれないけど、ああいうのに昔からあこがれてたって言うか・・・なってみたいなぁって・・・」
なってみたいなぁって・・・代われるものなら代わって欲しいよ・・・
「あぁ、今あの人はどこにいるのかしら・・・」
・・・はいはい、ここにいまーす・・・
夢見る乙女の目をした千代ちんに、声に出来ないつっこみを入れるわたし。
せいぜい出来ることといえば乾いた笑いで相づちを打つことだけだった。

月夜の旧高畠駅を赤木と青木が連れ立って歩いていた。
例の騒ぎのせいもあり、公園の桜はすべて散ってしまっていた。
事件から十日たって、立ち入り禁止の黄色いテープはまだ移動のすんでいない機関車の周り以外からは剥がされていた。
遠目から機関車を見ると青木は舌打ちをした。
「くそっ!何度思い出しても腹が立つ! そもそもお前がもたもたしてなければギャラリーの大勢いる中でお前の雄姿を見せ付けることができたんだ。 見ていたのが町民ともなれば友達千人、彼女も千人の超リア充ライフが送れたはずじゃないのか、なぁ赤木!」
そう言うと青木は赤木に人差し指を突きつける。
赤木はうつむいてじっと自分の両の手のひらを見つめていた。
「おかげで見ろ、あのざまだ! またあのラクシュミーとか言う小娘においしいところを持っていかれたじゃないか!」
「ラク・・・シュミー・・・」
赤木はつぶやくと開いていた両の手をぎゅうっと握り締める。
「そうだ!あいつは自分でそう名乗っていた。しかし・・・」
青木は再び機関車に目をやる。
「しかし、この間の戦いではダデーナーの面白い使い方が判ったのが収穫だったな・・・。ようし、いいか赤木!次こそは!この次こそはあのラクシュミーよりも先にかっこよく活躍して、幸せなリア充ライフを手に入れてやるぞぅ」
青木の高笑いが公園中に響き渡る。
赤木は再び手のひらを広げてじっと見つめる。
赤木にはその腕の中に、この間抱きしめたラクシュミーの柔らかく温かな感触がまだ残っているかのように感じられた。

まほろば天女ラクシュミー 2話 了


3話 チェリーの気持ち


「なあ、赤木・・・実はさ・・・」
まさか人が住んでいるとは思えないようなツタのからまるあばら家の中、台所のテーブルにひじをついて座っていた長髪の少年が、窓際で頬杖をつきながらしとしとと降りつづける雨をながめている巨漢の少年に向かって語りかけた。
「実はさ・・・いや、やっぱいいや・・・」
長髪の少年は言いかけた言葉を飲み込んだ。
「・・・言えよ青木・・・友達だろ・・・」
赤木と呼ばれた巨漢の少年は視線を長髪の少年にうつしてつぶやくように言った。
青木はごくりとつばを飲み込むと、ひとつ深呼吸をしてからしゃべり始めた。
「じ、実はさ、このあいだ女子から声をかけられたんだ、生まれて、初めて・・・ 俺の探してた本を手渡してくれてさ、わ、笑いかけてくれたんだ・・・ これってさ・・・これってさ・・・もしかして俺のこと、す、す、す・・・」
青木は湯飲みの水をゴブリとのどに流し込むと興奮を抑えきれずに言葉を続けた。
「と、とにかくさ、俺思ったんだよ。今まではダデーナーに暴れさせて、それを俺たちが退治することで不特定多数の人にアピールして友達を作ろうとしてたじゃないか? そうじゃなくて、誰か一人! 誰か一人のピンチを救って深い関係を作ってさ、そこから友達の輪を広げていくっていう作戦のほうがいいんじゃないかな? どうだ? どうだ赤木?」
時どき声を裏返らせながら早口で青木は赤木に訴える。
しばしの沈黙のあと赤木はゆっくりと口を開くと
「相手は?・・・」
と、たずねた。
青木は立ち上がり、赤木に向かって両腕をテーブルに着く。そして大きく息を吸い込む・・・が
「・・・あ・・・」
だの
「・・・お・・・」
だの、口から出る音は言葉にならない。
一分近くそんなことをしていたが、しまいには再びイスに座り込み、下を向いたまま消え入るような声で
「・・・あの・・・お、同じクラスの・・・冬咲・・・冬咲ぼたん・・・ちゃん」
と、言った。
 

「ひぇぶちっ!」
「やだ、カゼ? 花粉症? それともうわさ?」
 週末の夜、農機具小屋の二階に増築されたわたしの部屋に今日はお泊りの千代ちん。
Tシャツ短パンの涼しげな格好でクッションの上に座りっている。
千代ちんはおばあちゃんがどっかからもらってきた「はねモノ」のミルクケーキをぼりぼりとかじる手を止めて、ニヤニヤした顔でわたしにたずねた。
「なによ、うわさって?」
ベッドに横になって雑誌を読んでいたわたしは起き上がって千代ちんに向き直ると、その「うわさ」とやらについてたずねた。
千代ちんは相変わらずニヤニヤしながら、
「あらあら、あんなに熱い視線注がれてるっていうのに気づいてないなんて・・・かわいそうだわぁ青木君ってば・・・」
と言った。
「あ、あ、青木~ぃ?」
 とんでもない名前が飛び出してきて面食らってしまう。
「中間テスト終わって席替えしたじゃない。そのあとぐらいからかなぁ、青木君がぼたんちゃんにチラチラ視線送るようになったの・・・ほんとに気づいてなかったの?」
 わたしはぶるぶると大きく首を横に振る。
「へー、あのまなざしは二人の間になんかあっちゃったのかなぁなんて・・・」
「ちょっとやめてよぉ!」
 千代ちんの言葉をとても最後まで聞いていられずに途中でさえぎる。
 「わたしあの人なんか苦手なのよ、何か、こうジメッとした感じがしてぇ・・・」
 わたしの言葉に千代ちんが、「あぁわかるわかる」と相槌を打つようにうなづく。
「こないだも図書室で部長に頼まれた郷土史の資料とろうとしたら一緒になっちゃって、いろいろやり取りするのもなんかやだから、どうぞお先にって愛想笑いして逃げてきて・・・しゃべったって言ってもその時ぐらいしか・・・」
「それだ!」
 と、千代ちんはわたしに人差し指を突きつける。
「どれよ?」と戸惑っているわたしに千代ちんは言葉を続ける。
「青木君って見るからに女の子に免疫なさそうじゃない、そこに本を譲ってもらってやさしくされて、愛想笑いとはいえ笑いかけられたら・・・」
 千代ちんはわたしに突きつけた人差し指を銃を撃つように跳ね上げると、
「落ちたね!」
 と言ってウィンクする。
「はぁ?」
 まったくわけがわからない。そんな顔を千代ちんに向けると、千代ちんは得意げに解説を始めだした。
「男子ってそういう勘違いするのよ。特に青木君みたいなタイプはそう、間違いないわ」
 そういって千代ちんは薄い胸を張る。
「どうよ、求めるより求められるほうが女は幸せになれるって言うじゃない」
 言うと千代ちんはいやらしく目を細める。
「冗談じゃないわよ、ナニ勝手なこと言ってるのよ、大体アレは苦手なタイプだって言ったじゃない」
 わたしは身を乗り出して千代ちんに精一杯の抗議をする。
「そ、それじゃぼたんちゃんの好みのタイプってのはどんななのかな~?」
 わたしの剣幕に押された千代ちんがあわてて話題を変えようとする。その「好みのタイプ」の一言に、なぜかこの間抱きしめられ、そして熱いまなざしで見つめられたあの覆面の彼を思い出した。
「おやおや~赤くなって止まっちゃいましたね~考えてる考えてる~ ね、誰だれ?」
 千代ちんは好奇心に目を輝かせる。
「そんなことより明日は朝早いんだから寝るわよ!」
 何とかこの話題を終わらせなくちゃ、と半ば切れ気味にタオルケットをかぶって千代ちんに背中を向ける。はいはいわかりましたよ、といったていで千代ちんは布団を敷き、今まで座っていたクッションを枕に横になった。
「でもなんでまた農作業の手伝いなんて、前まであんなに嫌がってたじゃない」
 ナツメ球ひとつになった部屋で千代ちんが訪ねかけてくる。
「農家がやだから東京に行くんだ、みたいなこと言ってなかったっけ?」
 千代ちんはまだまだしゃべり足りないようだ。
「・・・シンハのごはんよ・・・」
 こうなった理由を思い出し、自分の馬鹿さ加減になんだか腹が立ってそっけない答え方になってしまった。

 中間テストの勉強のとき、
「あ~久しぶりにこういうの解くとクイズしてるみたいで楽しいッハねー」
とか言っちゃって、シンハの教え方はいちいちイヤミったらしかったが的確でわかりやすいものだった。
そのうえ、昔の人(?)だしせいぜい数学と日本史、古典ぐらいしか期待はしていなかったものだが、なぜか彼は英語や科学にまで精通していた。そのため主要五教科で大幅に点数と偏差値を伸ばすことができたのだ。
そこからが失敗の始まりだった。
浮かれて調子に乗ったわたしは駅むこうまで自転車を走らせて、奮発して糠野目にあるスモークハウスファインのソーセージをシンハにプレゼントした。
シンハはコレに大喜び、
「こんなおいしいソーセージ今まで食べたことがないッハー」
なんていいながらたちまち一袋をたいらげた。
それからだった、今まであんなに喜んでいた魚肉ソーセージに見向きもしなくなったのは。
舌が肥えたシンハは何かにつけてファインのソーセージをねだるようになった。
世間一般の家庭教師の謝礼と考えれば安いものだろうが、
「わたし文殊様の使いの唐獅子からお勉強教わってるの。お礼に毎日ファインのソーセージ買ってきて」
なんてお母さんにいえるわけが無い。中学生が自腹でまかなうとなればコレは痛い出費だ。
そもそも最初の話だとラクシュミーになる代わりに勉強教えてくれる約束じゃなかったのかよと思いつつも一週間も食べさせないでいるとシンハが目に見えて荒れてくる。
なけなしのおこづかいをはたいて一パックづつ買い求めてきた。
が、ついにそのお金も底をついてしまったのだ。

「シンハのご飯をちょっと奮発したら、もうこれじゃないとだめだッハーなんて言っちゃってさぁ・・・」
寝返りをうって部屋の入り口にあるシンハの寝床に目をやる。
ダンボール箱に毛布を敷いた簡単なものだ。
丸くなって寝たふりしているシンハは尻尾でハラリと顔を隠した。
「なんだかぼたんちゃんってシンハとほんとうにしゃべれるみたいだねー」
!!!
やり取りを見ていた千代ちんが何の気なしにつぶやいた。
その言葉にわたしとシンハは肝を冷やす。
「そのぐらい好きなのよねーシンハ君のこと・・・」
そういって千代ちんは視線をわたしからシンハへと移した。
「・・・ま、まあね、ほらじゃ寝よ寝よ!明日早いんだから!おやすみー・・・」
そういうとわたしは再びタオルケットをかけなおす。
と、そのとき、
・・・なんか見られてる感じがする・・・
千代ちんじゃない、シンハでもない・・・窓?
タオルケットの中から目だけで確かめるが特に異常は無いようだ。
「気のせいか・・・」
なんか異常があればシンハも気がつくはずだし・・・千代ちんも同じ部屋にいる。
気のせい、ということにしてわたしは目をつぶることにした。


庭に面した仏壇の部屋はふすまも引き戸もすべて開け放たれており、すがすがしい朝の空気が満ちていた。
部屋の中央には大きな机が置かれ、その机に向かって年配の女性三名が黙々とパックにさくらんぼをつめていた。
さくらんぼの軸が見えないように、赤くつやつやと輝く実だけが表に出るようにつめるこのつめ方には熟練の技がいる。とてもわたしや千代ちんには無理な芸当だ。
 「んじゃ、おぼごだはそごのさぐらんぼひろげで、わがンねなはじいでけろ」
おばあちゃんの言葉にはてなマークを浮かべた千代ちんを机の前に座らせ、わたしは新聞紙大の茶色で厚手の紙の上にかごいっぱいのさくらんぼを広げる。
「ほら見て、わたし達はこういうのをはじく仕事」
そういって千代ちんの前に出荷できないさくらんぼの見本を並べる。
実が割れたもの、じくの無いもの、一つのじくから二つの実がついているもの。
「こういうの出せないからこの容器の中によけるの。で、はじいたらばこの紙ごとあっちのテーブルにってながれ」
「へー」
千代ちんは珍しそうに銀杏の実のようにくっついた双子のさくらんぼを眺めている。
しばらくすると自分でも見つけようとさくらんぼの山の中をかき分けはじめた。
するとすぐに顔をにやりとさせ、
「ぼたんちゃんぼたんちゃん」
といってそのお宝をわたしに見せようと腕を突き出した。
案の定、その指の先には片方が極端に小さい双子のさくらんぼが、
「なんだか幼稚園の弟のおち・・・」
「ちょー、そういう発言・・・」
わたしはあわててその言葉をさえぎろうとする。
となりの机からくすくすと笑い声が聞こえてくる。
「なぁに、むがしはぼたんもチンポコーチンポコーていって喜ごんでだったけでら」
「ちょっとばぁちゃん、いづのごど言ってだんだズ」
ばあちゃんの暴露に千代ちんがケラケラと笑い出す。
不意に庭のほうから視線を感じた。
ちきしょーシンハまで笑ってるのか、と思って庭を見たが誰もいなかった。
なんだろうこの感じ、昨日と同じような誰かに見られてるような感じ・・・
「どうしたの?」
わたしの異変に気がついた千代ちんが心配して声をかける。
「ううん、なんでもない・・・と思う・・・」
わたしは庭のほうにもやもやしたものを感じながらも再びさくらんぼの山へと向き直った。
しばらくして
「おぼごだは十一時ころまでしたら、先にまんま食って観光果樹園の方さ行げな」
と、ばあちゃんが指示したあたりから庭のほうに感じた違和感が消えたような気がした。


「いやぁ、ぜいたくなバイトよねぇ。撥ねモノとはいえさくらんぼ食べ放題なんてさ」
お昼時なのでお客さんが一人もいない観光果樹園の受付に座りながら千代ちんはさくらんぼを食べる手と口を休めない。
思い返せば選別作業中もちょこちょこ口にしてたし、お昼のときもつまんでいた気がする。
このペースだとそろそろ・・・と思っていると、ザクッという砂利をふむ音とともに目の前に影が落ちる。
「あ、いらっしゃいま・・・せ・・・」
お客さんだ、と思って顔を上げるとそこにいたのは青木君だった。
「や、やあ、ふ、冬咲さん。こ、こんなところでお仕事しているんだね・・・」
引きつったような笑顔を貼り付けながら青木君は語りかけてきた。
昨夜の話もあって思わず顔が引きつる。
「こ・・・」
「さ、さくらんぼ狩りってのをやってみたくてね・・・た、たまたまなんだよ、たまたまココに来たら君がいてさ・・・はは・・・」
とりあえず「こんにちは」と言おうとしたら、その言葉をさえぎるように青木君が早口でまくし立てた。
そのセリフからは明らかに「下調べしてここへ来ました」というのが伝わってくる。
なんと返していいものやら、愛想笑いを浮かべたままで沈黙が流れる。
「・・・あ、それじゃ青木君、中学生なんで800円でお願いします・・・」
沈黙を破ってくれたのは千代ちんだった。
その言葉に青木君はわたわたと財布をポケットから取り出すと、ベリベリとマジックテープの音を立てて財布を開き、中から千円札を取り出して、手を出している千代ちんではなくわたしへと差し出した。
心なしかお札の先が小刻みに震えている。
わたしはゆっくりと千円を受け取ると金庫にしまい100円2枚をとりだした。
左手でお皿を作り、右手で青木君の手のひらの上におく。
そのときわずかにわたしの指が青木君の手に触れた。
その瞬間、青木君がぴくっと震える。
その反応に言いようの無い気味の悪さを感じて、わたしはすっと手を引っ込め、ひざの上においた。
「・・・そ、それじゃぁ奥のほうに赤いの多いんで、そちらでどうぞ、あ、脚立はご自由にお使いください・・・」
千代ちんが手振りを含めてハウスの奥のほうへと青木君をうながした。
「あ、奥のほう・・・奥のほうね・・・」
 というと青木君は千代ちんの指す方を見て、しばらく口をもごもごさせていたが、肩を落としとぼとぼと奥のほうへと歩いていった。
 青木君の姿が木の陰に隠れて見えなくなったのを確認すると、わたしたちは顔を見合わせた。
「来ちゃったねー・・・」
「来ちゃったわよー、ねーどうしよう・・・」
「どうしようって、なんにもこれから二人っきりになるわけでもあるまいし」
「え、あそか、千代ちんもいるもんねー」
「そうそう、彼気ぃ弱そうだし、わたしがいればたぶん大丈夫。 ちゃぁんと「おじゃま虫」してあげるか・・・ら・・・」
 そういう千代ちんは突然おなかを抑えて青い顔をした。
「ごめ、ちょ、ちょっとトイレ・・・」
「ちょっとぉ、おじゃま虫は?」
「・・・なるべく早く戻るから・・・」
 そういうと千代ちんは自転車に乗って行ってしまった。
 そろそろおなかに来るころだと思ってたけど、よりによってこのタイミングで・・・
 さくらんぼには消化されにくい糖アルコールのソルビトールが多く含まれているッハー。だからいっぱい食べ過ぎるとおなかがゆるくなるっハー」
 いつの間にか足元へやってきていたシンハがしたり顔でこういった。
「頭良いのはわかるんだけどさぁ、何でそんなに詳しいのよシンハちゃん・・・」
 わたしはシンハの前にしゃがむと、その頭をくしゃくしゃと乱暴になでた。
 と、ザクッという砂利をふむ音とともに目の前に影が落ちる。
 見上げると、腕いっぱいにさくらんぼを抱えた青木君が、例の引きつったような笑いを浮かべながら立っていた。
「や、やぁ冬咲君・・・」
「あ、・・・青木君・・・もうごちそうさま?」
わたしは立ち上がると、シンハを盾にするように胸の前に抱き上げた。
「や、あの、その、なんていうか・・・」
「お持ち帰りだと重さでお金かかっちゃうけど・・・」
しどろもどろになった青木君に料金の説明をすると彼はズボンのポケットをちらりと見やり、
「え、あのいや、一緒に食べようかとおもって・・・どう?」
「あ、わたしはいつもうちでいっぱいたべてるから・・・」
彼のすすめをわたしはやんわりと断る。
「そ、そう・・・」
彼は寂しそうに笑うと、腕いっぱいのさくらんぼをもりもりと食べ始めた。
時折、何か言いたげにちらりちらりと視線を送ってくるが、言葉にまとまらないようだ。
わたしも何か当たり障りの無いようなことを言えばいいんだろうけど、青木君の何か必死なオーラが妙な緊張感をかもしだして口を開きづらい。
かくして小鳥のさえずりと、時折青木君がさくらんぼの種を吹き出す「プッ」「プッ」という音だけがその場に流れた。
シンハも居心地が悪いらしく腕の中から抜け出そうともがくがわたしはそれを許さない。
次第に青木君の持っているさくらんぼの量が減ってきた。
(あ~もう早く帰ってきてよ~千代ちん)
ちらりちらりと千代ちんが走って行った先に目をやるが戻ってくる気配はまるで無い。
そしてついに青木君が最後のさくらんぼの種を吹き出した。
小鳥すらどこかに飛び去ってしまって、さらさらとさくらんぼの葉っぱのすれ合う音だけしかきこえない。
目の前の青木君をちらりと見上げる。
彼もまたこちらをまともに見れないようすで、あさってのほうを見ながら、また時折目をつぶり何か言いたげに口をもごもごとさせていた。
そのとき、また視線を感じた。
誰もいないはずのさくらんぼのハウスの奥のほうからだ。
わたしが視線を向けるとそこにはシンハくらいの大きさの、「例の色」をした塊がいた。
小さな体に不釣り合いの大きな目玉が今まで見たそれの中のどれよりも気味が悪い。
その化け物はみるみる体のサイズをいつもの大きさに膨らませると、両腕を高く上げて
「ダデーーーナーーーーーーーーー」
と、声を上げた。
「うっそぉ!なんでこんなトコに!」
わたしは立ち上がると化け物に向かって身構える。
するとわたしの前に青木君が両手を広げて立ちふさがる。
「危ない、冬咲君下がっていたまえ」
「下がってって、青木君こそやばいから逃げないと」
経験上いっくら男子でも、いや格闘技を修行していたとしてもあれと生身で戦うのは無理だ。
それなのに、
「なぁに、任せているんだ! トウッ!」
なんていって、青木君は化け物へ向かって突っ込んでいった。
化け物が振りかぶったこぶしが青木君へと向かって伸びる。
やられた!
と思ったが、間一髪青木君はパンチをかいくぐり、化け物の内懐に飛び込む。
そして「ズン」と化け物の腹にショートアッパーを突き入れた。
「あ、あれ? 意外とまともに戦えてる・・・」
「そんなばかな、普通の人間がかなう相手じゃないはずだッハー」
効いているかどうかは別にして青木君は化け物の攻撃をかいくぐり、ドスンドスンと化け物にパンチを当てていた。
見ているとなんだか興奮してくる。
「青木君がんばれー」
思わず声をかける、と青木君がこちらを振り向いた。
その瞬間、化け物のパンチがスキだらけになった青木君の体をもろにとらえた。
青木君は弧をえがいておよそ5メートルほどもとばされる。
あわててシンハが駆け寄る。わたしも恐る恐る近づく。
「だいじょうぶ、気を失ってるだけだッハ」
シンハがそういうのでわたしも青木君の顔を覗き込む。
そこには気絶しているとは思えないようななんとも幸せそうな顔があった。
「もう、しょうがないなぁ・・・シンハ!」
「了解だッハー」
シンハが如意宝珠を放ってよこす。
「オン・チンターマニ・ソワカ!」
わたしは変身のための真言を唱えた。


青木君が巻き込まれないよう、化け物の周りをゆっくりと回りながらビニールハウスの奥のほうへと位置を変える。
「本当はビニールハウスやさくらんぼに被害を与えたくないからハウスの外へと誘い出したいところなんだけど・・・」
ちらりと青木君へと視線をやる。その瞬間化け物がこぶしを振るってきた。
さっきの青木君のように化け物のこぶしをかいくぐると、化け物のボディにショートアッパーを打ち込む。
化け物は「く」の字にひしゃげる。
「さすがにラクシュミーのパンチのほうが上ね」
パンチの強さを確認したわたしは2発、3発と続けざまにこぶしを叩き込んだ。
パンチのあたったところから化け物の体は折れ曲がる。
何とか反撃しようと化け物もこぶしを振るうが、何度目かの戦いにわたしも
「だいぶ慣れてきたみたい・・・」
で、化け物のこぶしはかすらせもしない。
次第に化け物の息もあがってきたように感じたので、トゥインクルファウンテンでとどめを刺そうと間合いを取った。
その瞬間、化け物は鈍い光に姿を変えると宙へと飛び上がり、あろうことかハウスの中で一番大きなさくらんぼの木へと入っていった。
「まさかこのあいだの機関車みたいに・・・」
そのまさかだった。
木の幹に真っ赤な目と口が開き、木の枝は風で動く範囲を大きく超えて曲がる。
そして一番太い枝がわたしに向かって振り下ろされる。
すんでのところでトンボをうってわたしはその攻撃から逃れる。
 「ちょっとぉ!さくらんぼの木に乗り移るなんて反則でしょぉ!」
「だいじょうぶ、あいつは根っこのせいであそこから動けないッハ」
「そうか、じゃひとまず離れて・・・」
と、シンハのアドバイスどおり相手の間合いから出て体勢を整える。
化け物は枝をわたしに向かって2度3度と振り下ろすが、むなしくも届かない。
化け物は必死に体をひねり、リーチを伸ばそうとしている。
「よーし、これなら楽勝!トゥインクルロッド!」
わたしはトゥインクルロッドを取り出す。
そのとき、限界までねじられたさくらんぼの木が勢いをつけて枝をふるうと、その枝についていたさくらんぼがまるで散弾銃のようにわたしに向かっておそいかかってきた。
「あだだだだだだだっ!!!」
油断していたわたしは避けられずにまともにそれを浴びる。
柔らかい果肉が肌を打ち、硬い種が肉を打つ。そして大事な商品が無駄になったことが心を打つ。一粒で三度痛い攻撃だ。
「もぉー怒った! ラクシュミー・トゥインクル・ファウンテンッ!」
わたしはロッドを握り締め、構えなおすと怒りをこめて化け物が宿った木へと振り下ろす。
光の噴水がさくらんぼの木へと向かって一直線にふりそそぎ、包み込んだ。
「ダデェェェエエエェェェエエナアァァアァァアアアァァアアァァ・・・・・・」
絶叫があがると、さくらんぼの木からは禍々しい気の様なものが消えて、元の色味を取り戻した。が、ひどくねじれてその形を変えてしまっていた。
「どぉーしよー・・・これ・・・」
わたしはその木を見上げながら途方にくれた。



 (青木君がんばれー・・)
(青木君がんばれー・・・・)
(青木君がんばれー・・・・・・)
「んふっ、んふふふふふふ・・・・・・ぉおぉおぅ・・・」
 自宅のトイレに座りながら、ぼたんがかけてくれた声援を反すうしている青木は再び襲ってきた痛みに腹を押さえた。
「くっそう、思いっきり殴りやがってダデーナーめ、んっむぅんんん・・・」
 とても表現できないお聞きぐるしい音がひびく。
「絶対に当てるなよと念を押したのに・・・なんだか反応が悪い感じだったな、っあっあああ・・・」
再び青木は腹を抱えこむ。
「ハァ、ハァ、くそっ、しっかしアイツのおかげでいろいろと知ることができたのは収穫だったな・・・あぁ、ペットのごはんのためにアルバイトするなんて、なんてやさしい娘なんだろう・・・うっうぅぅう・・・」
 うっとりした顔を、再び苦悶の表情に変え青木は下腹に力を入れた。
「もう一体作るか・・・しかしな、またコントロールを離れて勝手にどこかに行かれても困る・・・」
青木はトイレを出た。
台所まで行くと文珠の入っている袋を開く。
しばしそれをながめた後、そのまま袋の口を閉じた。
「やはり、むだには使えんな・・・まぁいいだろう、今日の一件できっと冬咲君も・・・」
またもや便意が襲う。
たまらず尻に力を入れ青木は再びトイレに駆け込んだ。

まほろば天女ラクシュミー 3話 了


4話 二人はラクシュミー


「ごっめぇーん わすれてたー」
 千代ちんからの電話を切ると、急いで身支度を整え、シンハを自転車のかごに放りこむと初夏の日差しの中へとこぎ出した。
「そんなにあわててどうしたッハー?」
 前かごの中からシンハがのんきな声でたずねてくる。
「・・・取材よ取材、・・・新聞部の」
「いったい何があるッハ?」
 全力疾走中に、質問ぜめは、つらい。
 どうせ遅刻だ、とわたしはスピードを落とす。
「ふぅ、えっとね高安の犬の宮のところでペット供養祭ってのがあるんだって・・・」
高畠町の高安地区、そこには日本でもまれな動物を神様として祭る祠がある。
昭和の終わりころからその祠で毎年7月の後半の土曜日に、ペット供養際というイベントを町の観光協会が始めたのだ。
話を聞きつけた愛犬家や愛猫家たちが日本全国から訪れお参りし、亡くなったペットの霊を悼むのだ。
「そこをこないだの緑道のときみたく・・・あぁぁ予習忘れた・・・」
 わたしは目をつぶって天を仰ぐ。
「わぁ、ぼたん!ちゃんと前見て走るッハ!」
 小石に乗り上げたショックでかごから放り出されそうになったシンハがわたしをたしなめる。
「あ、そうだ、ちょうどいい生き字引がいるじゃない」
「何だッハ、生き字引って!」
 シンハがむっとした声を上げる。
「ねぇねぇ、犬の宮と猫の宮のお話ってどんなんだっけ?」
「ファインのソーセージ2袋だッハ!」
「ちゃっかりしてるわね・・・」
 わたしは首をすくめる。
「犬の宮は、タヌキに化かされていけにえになる村の子供を、旅のお坊さんがおかしいぞと思って甲斐の国から犬を連れてきて助ける話だッハ。猫の宮は、飼ってる猫が奥さんに呪いをかけてると思った旦那さんが猫に切りつけるんだけど、実は猫がヘビの化け物から奥さんを守ってたんだよってお話だッハ。」
 シンハは前を向きながらそっけなく言った。
「えーっ、それだけでソーセージ2袋!ぼったくりよー」
「ちゃんと予習をしておかないぼたんが悪いッハ」
 シンハがちらりと振り向く。その瞬間ハンドルを操作してわざと小石に乗り上げてやる。
「うわぁッハ」
 と、シンハが足を突っ張る。
「もうぼたんなんか知らないッハ」
 どうやらシンハを怒らせてしまったようだ。
「アラ、ごめんなさいねぇ。で?ホントにそんなコトあったの?」
「何がだッハ?」
「その、犬の宮と猫の宮の話」
 あやまりついでに気になったことをたずねてみる。
「さぁ、わからないッハねー」
「何よ、感じ悪いわねあやまったじゃない」
わたしはハンドルを小刻みに揺さぶってやる。
「ちょー、危ないッハ。あの話は僕がこっちに来る前の話だからよく知らないッハー」
「へ、そうなの?」
「そうだッハ。僕がこっち着たのは大同二年、犬の宮は和銅のころの話だッハ」
「ちょ、ちょっとまってよ。西暦で言ってくれなきゃわかんないって」
「まったく、大同二年は西暦807年、和銅は大体708年ごろの話だッハ」
「へー1300年も前の話なのねー」
ずいぶん長生きなんだなこのコ、と妙なところで感心してしまう。
「はい、ここで中間テストの復習だッハ。和銅年間に起こった一大イベントといえば?」
「え、え、わどう、わど・・・?え?」
「ヒント、なんと見事な・・・」
「平城京?え、あ、そのころの話なんだ!」
「後は古事記や和同開珎、国産の貨幣ができたのもこのころだッハ」
「へぇー」
知ってる年号と当てはめるとえらく古いころの話なんだなぁとなんとなく実感がわいてきた。
「犬の宮の話だけど、役人に化けたタヌキが人年貢として都に子供を連れてくといって、お坊さんがそれはおかしいっていうんだけど、なんか感じないっハ?」
「え、なにが?」
「なにがじゃないっハ、奈良時代はどんな風に納税してたッハ?」
「えぇと、ちょっと待ってよ、口分田と租・・・庸・・・調・・・だっけ?」
「そのうちの庸は?」
「確か都で兵役に・・・あ!」
「人年貢だッハ」
「なるほどねー、じゃ、タヌキの言ってることおかしくないじゃない」
「そうだッハ。もうひとつこの時代に東北でどんなことがおきていたかっていう話だッハ」
「どんなっていうと・・・?」
「和銅2年に庄内に出羽柵(でわのき)って言う砦が作られたッハ。大和朝廷による蝦夷地征伐が行われていたんだッハね」
「和銅って言うと、あ、犬の宮の話のころか」
「その後、和銅5年に最上と置賜が出羽の国として陸奥の国から分離されたッハ。このときに高安にあるハプニングが起きたんだッハ。」
「なによハプニングって?」
「高安は陸奥の国から出羽の国になったんだけど、出羽の国では高安がまだ陸奥の国だと勘違いをして年貢を取るのをしばらく忘れていたんだッハ。」
「ちょ」
「しょうがないからまとめて重い税をとろうということで、租庸調のうち、兵役を出し た家は破産するとまで言われていた庸を重点的にかけたッハ。」
「へぇ、そんなにひどかったの、その庸って?」
「当時の兵隊には食事が支給されなかったッハ。食べ盛り、働き盛りの男をその家族が支えなければならなかったッハ。子供が一浪したあとに、私立大学に入った親みたいなもんだッハ」
たとえが痛いよシンハ・・・
「それともうひとつ、移民政策もこの話には影響を与えていると思われるッハ」
「移民政策?」
わたしは首をかしげる。
「朝廷は出羽の国を整備しようとして、いろんな国の人を無理やり連れて来て住まわせたんだッハ。その中に甲斐の国から犬を連れてきた人がいたかもしれないッハ」
「はぁ・・・」
「こういった社会の背景の中、役人のミスで重い税を押し付けられた不条理から少しでも気を紛らわすためにこういった話が生まれたんじゃないか、と思うんだッハ。」
ホントかどうかは知らないがなんだか妙に納得してしまった
「どうだッハ、奈良時代の復習。コレでソーセージ一袋は安いっハ」
「えー、まだ続きあんの?」
正直もう頭がいっぱいだ。
 たかはたこども園のわきを通り過ぎ、そろそろ高安地区へと入る道が見えてくる。
と、突然ドーンという大きな音とともに高安地区から大きな土煙が上がるのが見えた。


「何?」
自転車のブレーキをかけ、土煙の上がったほうをながめる。
「やだ、犬の宮のほうじゃない・・・千代ちん・・・」
「ガス爆発とかじゃないみたいだッハね」
再度ドーンという音とともに2本目の土煙が上がる。
わたしはシンハと顔を見合わせる。
「シンハ、如意宝珠出して!」
「もう変身するッハ?」
「自転車より変身して走ってった方が早いわ」
わたしは自転車を高安の入り口にある火葬場まで走らせそこに止める。
普段人気の無い奥まった火葬場は変身するには絶好の場所だ。
「オン・チンターマニ・ソワカ!」
光がわたしを包み込み、ラクシュミーの衣装を身にまとう。
「いくわよ!シンハ」
言うなりわたしは駆け出した。
橋を渡り、高安の集落に近づくと何人かの人が悲鳴を上げながらこちらへ向かって走ってくる。
なるべく目立たないようにわたしは青く茂った田んぼのあぜへと入る。
わたしの姿は何人かの目に入ったはずだが誰もそれに気を止めるようすは見えない。
時おり後を振り返りながら必死になって何かから逃げているようだった。
また、ドーンと音が鳴り響いた。
「何だか知らないけど急がなきゃ・・・」
わたしは再び土煙の上がった方に向かって駆け出した。
猫の宮を囲む木立の向こうにお祭りを知らせる背の高いのぼり旗が見えてくる。
犬の宮はその向こうの小高い丘の中腹にある。
その丘のふもとに50台ほどとめられる駐車場が整備されており、今日はとめ切れないほどに車が並んでいる。
異常なのはその車のうち何台かが腹を向けてひっくり返っていることだ。
「なにこれ・・・」
つぶやいた瞬間また奥の方でドーンという音と土煙が上がった。
その土煙の上のほうに赤い影が見える。
あれは・・・何度かわたしを助けてくれたあの覆面の人だ!


覆面の人は受身を取れず、アスファルトにしたたかに体を打ちつけた。
その彼にむかってジャリッ、と歩みを進めるものがいる。
体長3メートルはあろうかという熊?・・・いやタヌキの化け物だ!
タヌキはゆっくりと口を開き動けない彼へと狙いを定める。
「たぁーーーーーあぁ!」
そのタヌキに向かい横からとび蹴りを食らわせる。
ゆっくりと崩れ落ちるタヌキと覆面の彼の間に入り、彼をかばうように身構える。
「だいじょうぶ?」
チラリと彼を見て安否を尋ねる。
「・・・あぁ・・・」
そういうと彼は何とか立ち上がった。
顔を正面に向けるとタヌキもまた起き上がっていた。
タヌキは大きく息を吸い込む。
みるみるおなかが膨らんでくる。
「くるぞ!」
覆面の彼がさけぶと同時にタヌキがパンパンに膨らんだおなかを叩いた。
ドン!
衝撃波が襲う!
バッシャーーーーーーーン・・・・・・
わたしたちの後ろにあった「ため池」から衝撃波を受けて水柱が立ち上る。
彼のおかげですんでのところで避けることができたが、もしあれを食らっていたらと思うとぞっとする。
と、視界に見覚えのある影が見えた。
だいぶ離れた場所にいるが、こっちに向かってカメラを構えているのは千代ちんだ!
「はやくにげて!」
向こうへ行けと彼女に手を振る。と、千代ちんがこちらを指差す。
「へ?」
と思った瞬間、横から強い力で押されわたしはその場から弾き飛ばされる。
振り返ると今わたしがいた場所には覆面の彼が横たわっており、その足にはタヌキの腕が振り下ろされていた。
わたしはすぐにタヌキに向かって飛び掛るがタヌキはそれをヒョイとかわし間合いを取る。
「ぬ、おぉお・・・」
背後からは彼の辛そうなうめき声が聞こえてくる。
「ごめんなさい!」
今度はスキを見せないよう、タヌキから目をそらさないようにして彼に声をかける。
「とにかくアイツを彼からひきはなさなくちゃ・・・」
わたしはタヌキのふところに飛び込み、2、3発パンチをおみまいして、覆面の彼と反対側に回り込む。狙い通りタヌキはこちらへと注意を向ける。
「さぁ、来い!」
とかまえる視線の先、先ほどのため池から見えているだけでも5メートルはあろうかという大きなヘビが鎌首をもたげて覆面の彼を狙っているのが見えた。
覆面の彼は足を押さえて動けない。
「もう!」
 殴りかかってきたタヌキを跳び箱の要領で飛び越し、再び覆面の彼の元へと寄り添い大ヘビをけん制する。
前には大ヘビ、後ろには化けタヌキ、足元には動くことの出来ない覆面の彼。
絶体絶命のピンチだ!
ほっぺたをタラリと汗のしずくがつたって落ちる。
「とにかく動けるようにしなくちゃ」
わたしは覆面の彼を抱き上げる。いつかの反対、逆お姫様抱っこだ。
重さは何とかなるが、大きいので動きづらい。
「気をつけろ!来るぞ!」
彼の声に振り向くとタヌキがまた衝撃波を放つ準備をしていた。
「避けろ!」
彼の叫び声に合わせて飛び上がり何とか衝撃波をやり過ごす。
しかし、そのタイミングにあわせて大ヘビがアタマをぶつけてきた。
「キャァアァアアァァァ・・・」
空中から叩き落されたわたし達は離ればなれになって地面へと叩きつけられる。
彼は気を失ったのかピクリともせず倒れ伏している。
ズルリ、ズルリと大ヘビがため池から這い出してきた。そしてその長いしっぽをわたしへと伸ばしてくる。
「逃げなきゃ・・・」
と思うが、叩きつけられたダメージで思うように体が動かない。
ついにヘビのしっぽはわたしを絡めとると、ぐるぐる巻きにしてそのまま宙に持ち上げた。
「ラクシュミー!」
シンハの声がする。
見ると離れた場所からシンハがこちらを見上げて声を張り上げている。
「・・・シン・・・ハあぁあああああぁぁぁあっ!!!!」
大ヘビがわたしの体を締め上げる。
みりみりと体中に激痛が走る。
「ラクシュミーーーー!」
さけぶシンハに千代ちんが駆け寄ってくる。
シンハは千代ちんに抱き上げられて保護されたみたいだ。
シンハが暴れて千代ちんは押さえつけるのに必死だ。
そのとき大ヘビが再びわたしを締め付けるために力をこめた。
「あ゛ぁぁぁあ゛ぁぁぁあぁぁぁーーーーーーーーっ!!!!」
あまりの痛みに目がかすんでくる・・・
その時、千代ちんの体が強い光に包まれた。


ゴウッ!
ゴウッ!っと、激しい風きり音とともに真っ赤な炎がヘビへと向かって飛んでくる。
大ヘビの頭は炎に包まれ、たまらずわたしを取り落とした。
ドンッ!
と、タヌキが衝撃波を炎の飛んできたあたりに放ち、土煙が上がる。
するとその場所から一瞬早く緑色の影が飛びあがり、空中から火の玉を打ち出した。
火の玉はタヌキの足元に炸裂し、炎の壁ができる。
緑の影は空中で一回転すると、倒れているわたしのそばにふわりと舞い降りた。
「だいじょうぶ?ぼたんちゃん・・・」
やさしく手を差し伸べる彼女は
「・・・千代ちん・・・」
だった。
差し伸べられた腕の手首には真っ赤な丸い飾り布で覆われている。
見上げると萌葱色でノースリーブのミニ丈の浴衣、という表現が果たして適切かどうか、それをベースに妙に立体感を増した胸元に、如意宝珠を埋め込んだ鳥を模したような飾りがついている。
背中にはかわいらしい鳥の翼が天使のようについていた。
千代ちんのトレードマークとも言える真っ赤な髪飾りはソフトボールほどの大きさにふくらみ、その先のツインテールはそれぞれ三つの束に分かれ逆立っている。
「ラクシュミー!」
シンハもわたしの元へと駆け寄ってきた。
まだ思うように立ち上がれないわたしに向かってシンハは前足をかざすと、何か呪文を唱え始めた。するとシンハの前足から何かあたたかな波動のようなものがわたしの体へと流れ込んできて痛みがだいぶうすらいでくる。
「ぼたんが文珠を取り戻してくれたおかげでだいぶ力が戻ってきているッハ」
「ありがとう、シンハ、千代ちん」
まだふらつくがようやく何とか立ち上がる。
目の前の炎の壁の向こうに見えるタヌキの影が大きくなった。
「来るわ、千代ちん」
シンハを抱き上げながらわたしは言った。
ドン!
と大きな音が響くと炎の壁が吹き飛んだ。
衝撃の余波は跳びのいてかわす。
「なるほど・・・空気を吸い込んで衝撃波をだすッハね・・・千代!あいつの回り全部を炎の壁でつつむッハ!」
「オッケー!」
言うなり千代ちんは飛び上がり、空中からタヌキへ向けて手のひらから炎を打ち出す。
シンハの言うとおりタヌキは炎の壁につつまれた。
「だめよそんなことしたって、さっきみたいに衝撃波で消されて終わりじゃない!」
「大丈夫、もうあいつは衝撃波を出せないっハ」
自信満々のシンハだが、タヌキを見ると再びそのおなかを大きく膨らませようと・・・
あれ、膨らまない?それどころかのどを押さえて苦しそうにしている。
ついにタヌキはその大きな体をどうと横たえてしまった。
「炎の檻の中は空気が薄くなっているッハ。 おまけにせっかく吸った空気も熱くなっててタヌキののどを焼いたんだッハ。 ぼたん、今がチャンスだッハ!」
「ようし」
わたしは如意宝珠に手を触れると中からトゥインクルロッドをつかみ出す。
くるりくるりと舞うように空中に曼荼羅を描き出す。
ようし気力充実!と、そのときわたしの上に影が落ちた。
見上げるとさっきのヘビがいつの間にかわたしの頭上に大きな口を広げていた。
「ぼたんちゃん危ない!」
千代ちんが大ダヌキのそばに駆け寄り、まるでサッカーボールを蹴るように蹴りつけた。
タヌキはほんとのボールのようにやすやすと蹴り上げられる。
そして、わたしを狙うヘビへとたたきつけられた。
ヘビとタヌキはもつれるようにからまりあって地面へと落ちた。
わたしは向きを変えるとトゥインクルロッドを2匹めがけて振り下ろす。
「ラクシュミー・トゥインクル・ファウンテンッ!」
光の噴水が杖の先からほとばしり、2匹の体をつつむ。
『ダデェエェエエエェェェェナアァアァアァァアァーーーーーーーーーー!!!!!!』
虹色にかがやく光の中からヘビとタヌキの絶叫があがる。
その光が叫び声とともに小さくなる。
そして完全に光が消えると、そこからシンハくらいの大きさのタヌキと、1メートルほどのアオダイショウがこそこそと藪の中へと逃げていった。
シンハが2匹のいた辺りへと駆け寄る。
「お、4つも文珠があったッハ、そりゃ苦戦するはずだッハ・・・」
とつぶやいた。
「そうだあの人!」
さっきまで一緒に戦っていた覆面の彼を探す。
確かヘビに叩きつけられて動けなかったはず。
しかし、彼の姿はどこにも見当たらなかった。


「いやー、しっかしまさかぼたんちゃんがあのコスプレの人だったとはねー」
高安からの帰り道、自転車を押している千代ちんは上機嫌だった。
「コスプレって言わないでよ・・・」
わたしはヘビの締め付けのダメージが抜けきらずにへとへとだ。
シンハはちゃっかり千代ちんの自転車のかごに乗っている。
「あれはラクシュミーって言うッハ」
「へーラクシュミーねー、インド系? あれ、亀岡文殊って神社じゃなかったっけ?」
「違うッハ、大聖寺ってお寺だッハ!」
千代ちんの勘違いにシンハがむすっとした声を出す。
「それよりシンハ・・・どうして、どうして千代ちんまで巻き込んだの・・・」
わたしの質問に千代ちんは足を止めた。
「・・・ああでもしなければぼたんはやられていたッハ。 しょうがなかったッハ」
「だからって、もしもっと強い敵が出てきたら千代ちんもこうなっちゃうかもしれないのよ」
「ぼたん・・・」
シンハがしょんぼりした顔でわたしを見上げる。
そのとき、千代ちんがわたしの肩にぽんとやさしく手を置いた。
「大丈夫だよ、ぼたんちゃん、二人でやれば平気だよ」
「千代ちん・・・」
「ぼたんちゃん一人でしょい込まないでよ・・・一人であんな大変なこと・・・だめだよ」
「・・・千代ちん・・・」
やさしく微笑む千代ちんを見て、なんだか涙がこみ上げてきた。
思わずわたしは千代ちんに抱きついた。
はずみで自転車が倒れ、シンハがかごから放り出される。
千代ちんが「よしよし」とわたしの背中をなでる。
「二人でラクシュミーだよ、ぼたんちゃん・・・あれ、そういえばそんなアニメあったよね、むかし、二人はナントカっての・・・」
湿っぽいのがいやな千代ちんは話を変えようとする。おっけ、わかった終わりにしよう。
「・・・あぁ、あったねそんなの。なんだっけ?」
わたしは涙をぬぐって笑顔を作る。
「そんなことより、二人ともラクシュミーじゃわかりづらいッハねー」
田んぼのあぜ道へ投げ出されたシンハが首を左右にひねりながら這い出してきた。
「ラクシュミーナントカってつけろってこと?」
千代ちんがシンハを抱き上げながら言った。
「ぼたんは正体がばれるのいやだッハ」
シンハが自転車を引き起こしているわたしをチラリと横目で見る。
「だってそうでしょー、ばれたら大変だよーいろいろ」
「東京のどこかの大学に一芸入試とか出来るんじゃない?」
「そんな入りかたしたくないわよ」
わたしは肩をすくめる。
「でも、まぁやっぱり必要よね・・・決めた、私はミレニアム!」
千代ちんは人差し指をつきたててそういった。
「え~、中二病くさいし言いづらそうだよ~」
いってわたしは自転車のハンドルを千代ちんにわたす。
「いいじゃんホントに中2だし・・・じゃぁぼたんちゃんなら自分になんてつけるの?」
「わたしは~・・・んんん・・・ピオニィ・・・」
言うなりシンハが吹き出した。
「どうしたのシンハ君?」
「ぼたん、じつは前から考えてたッハね、普通そんな単語とっさに出てこないッハ」
「なんて意味なの?」
「花の牡丹だッハ」

「どうしたんだ、いつものお前らしくないぞ・・・」
あばら家の六畳間、せんべい布団に横たわっている赤木に湿布を張りながら、青木は言った。
「文珠一個のダデーナーなら余裕だったじゃないか。昨日のリハーサルだって危なげなく勝ってたのに・・・」
そういってもう一枚、湿布であざを隠す。痛みのためか冷たさのためか、赤木は声を上げる。
「日本中のお客さん相手にあがっちまったのか?」
言いながら湿布を張る青木にまたもうめき声で答える赤木。
言葉だけ聞けば青木の台詞は嫌みったらしいが、その口調からは赤木を心配する様子がにじみ出ていた。
「・・・なぁ・・・」
「ん?」
赤木が口を開いた。
「・・・今日のタヌキ・・・本当に文珠1個だったのか?・・・」
青木に目線だけを動かし赤木が尋ねる。
「あ、ああ、昨日までの文珠が37個だったろ、タヌキに一個、ヘビに一個使って、えぇと5かける7で・・・ほら、ちゃんと35個ある」
「・・・そうか・・・」
青木の広げた文珠を横目で見ると、赤木は目をつぶった。
「日本全国からお客さんが来るなんて聞いて奮発したんだがな、ま、こんな日もあるさ」
青木は文珠をジャラジャラと巾着袋へとしまいこんだ。
「まずはゆっくり休んで早くよくなってくれよ、友達が増える前にお前にもしものことでもあったとしたら俺は・・・俺は・・・」
「だいじょうぶ、俺たちは一緒だ・・・どこまでも・・・な・・・」
赤木は瞳を閉じたまま答えた。
青木はしばらく赤木の顔を見つめていた。
やがて赤木がやすらかな寝息を立て始めると、立ち上がり、となりの部屋へ移り、
「おやすみ、赤木・・・」
といってふすまを閉めた。

まほろば天女ラクシュミー 4話 了



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