閉じる


8話 暴走の果てに……

8話 暴走の果てに……

 
「今日は来るかな、赤木君……」
「……うん……」
 千代ちんの問いにそう答えはしたものの、わたしの脳裏には、彼の去り際のおびえきった顔が思い出された。彼にとって、わたしがそのような恐怖の対象であるという事実がなぜか悲しくて、目の前の朝霧のようにどんよりとわたしの心に垂れ込めていた。
赤木君が姿を消して1ヶ月以上が過ぎた。
学校には怪我で自宅療養ということになっている。
同様に姿を消してしまった青木君は、シンハが化けてごまかしている。
もともと交友関係の希薄な二人のことゆえばれている様子はない。
今日は2年に一度のクラシックカーレビューの日。
昭和の町並みに古い車を展示して楽しもうという企画で、2年に一度とはいえ長い間続く恒例行事となっている。
会場は町中心部の商店街。夏祭りの傷跡も何とか癒えて、和やかなムードでお祭りの支度が進められている。
時刻は8時30分。わたし、千代ちん、そして青木君に化けたシンハの3人は、夏に黄色い竜と戦った交差点のそば、十字屋文具店の前に備えられたベンチに腰掛けて、クラシックカーが係のおじさんに誘導されて並べられていく様子を眺めていた。
「これだけのお祭りならきっと岩井戸も赤木も現れるッハ。で、問題は現れた後のことだッハ……」
「ほんとに……戦わなきゃなんないの……赤木君とも……」
「……いずれはそうなるッハ……でも、今日のところは相手の出方次第だッハ……」
 わたしの問いに、シンハがこちらへ顔を向けることなくさみしそうに答える。
「そう……」
 何度もシンハに問いかけた質問、返ってきたのはまた同じ答え。
つぶやいて再び交差点に目をやると、あの、青竹ちょうちん祭りの日の記憶がよみがえる。
 油断して、青い龍にかじられそうになったわたし。
あの日は、青木君たちの仕業だと思って怒ったものの、岩井戸の存在が明らかになった今となっては、羽山公園で真相を打ち明けられたときのような彼らに対する怒りや嫌悪感はすでに消えていた。
むしろ自分たちのシナリオが狂った中でも、あの強大な龍に向かってわたしを助けるために命がけで飛び込んでくれた赤木君に対して、感謝の念だけでは言いあらわせない何か別の……いや、これはたぶん、気のせい……だと思う……
「なにぼーっとしてんのぼたんちゃん! 今日のところはまず赤木君よりも岩井戸よ!」
 千代ちんがこぶしを固め、鼻をふくらませながら言った。
 前回の戦いで遅れをとった彼女は、岩井戸とその配下の狼型のダデーナーへの対抗心に燃えに燃えていた。足の怪我が癒えると、分身したシンハを相手に毎晩のように特訓を繰り返していた。
 その訓練の打ち合わせを変身したシンハ相手に学校でするもんだから、青木君と千代ちんは付き合っているといううわさがまことしやかに広まっている。
「今日は町のみんなにミレニィサーカスを見せ付けてやるんだから」
 千代ちんの特訓の課題は、空中での機動力の強化と火炎弾の誘導化。
 千疋狼ならぬ千疋シンハ相手なら、攻撃をかわしきり、火炎弾を四割程度叩き込むことができるようになった。
 「ミレニィサーカス」とはなにやら楽しそうなネーミングだが、かっこいい空中戦闘の演出のもじりだそうだ。
 一方わたしはというと、防御の術をシンハから教わって練習を続けていた。というのも、このあいだのシンハの昔話に出てきた岩井戸の真空波から身を守るためだ。
技の名前は「パリッチャ」インドの言葉で盾を意味するらしいが……インドの人には悪いけどミレニィサーカスみたいに自分で名前をつけなくちゃと思う……。
「やぁ早いな、君たち」
 部長がリュックをぶら下げながら近づいてきた。
「おい、聞いたかい? なんでも最近未確認飛行物体、UFОが出るらしいぞ!」
「え? ホントですか?」
 と、千代ちんが身を乗り出す。
「あぁ、何でもどこかの山の上のほうで光がギザギザに飛んだかと思うと、いくつかの小さな光の玉に分かれて消えるらしい!」
「へえぇ……」
 そのやり取りに苦笑を禁じえないわたし。
 どっからどー考えても特訓中のミレニィのことでしょ、というのは客観的に見ていたわたしだから思うことかもしれない。
 とにもかくにもろくな打ち合わせもできずに、必ず何かが起きるであろう一日の幕が開けようとしていた。
 
 
「ほっほー、これまた渋い……あ、コレテレビで見たこと……えっとなんて名前でしたっけ?」
「これはほらあれだよ、ええと、なんだっけな……」
「あぁここに書いてありますよ、ホラ……」
 千代ちんと部長が盛り上がってはしゃいでいる。割って入ろうとする吉田君。日下部君は珍しい被写体をカメラに収めるのに夢中で、いつの間にかはぐれてしまった。
「ぼ……冬咲さんはこういうのは好きじゃないッハ?」
 青木君に変身したシンハがしゃべりかけてくる。この格好のときは「冬咲さん」と呼ぶように言っているが、なかなか慣れないでいる。
「まぁねー、なんだかんだ結構見に来てるからわりと飽きてきたかなぁ……なんて……」
「へぇ、懐かしいのがいっぱいあって顔がニヤニヤするんだけどッハねぇ」
「そりゃぁ、シ……青木君なんかはそうでしょうよ。でもわたしは特に思い入れもないし」
「そんなもんだッハ?」
「正直ふーんって感じかなぁ、そんなもんよ」
「残念だなぁ冬咲君、本当に残念だ。君も竹田君のように感受性をだね、どうだい見たまえこのフォルム。いい車を作ろうという当時の技術者のパッション、情熱がひしひしと伝わってくるじゃないか……」
 部長が割り込んできて熱く語りだした。
「部長、それは自分の言葉ですか?」
「え?」
 わたしの返答に部長が目を丸くした。感受性云々のくだりでカチンと来たのでこの際なので言わせてもらうことにする。
「確かにかわいらしいわたし好みの車もあります。でも現代の車に求められるのは低燃費性能と安全性だと思います。そういった価値観から見ると、ここに並んでる車を無理して乗り回すのは少なくともわたしの感覚では考えられません。それに部長は当時の技術者の情熱と持ち上げました。彼らを否定するつもりはありませんが、わたしは同じ時間を費やすなら現代の技術者の情熱の詰まった、最先端のコンセプトカーを見に行ったほうが有益のような気がします。部長はどの車のどんなデザインからどのような技術者の情熱をひしひしと感じるんですか?」
「お、おう……え、ええと……それはだな……この辺から漂う、何だイノベーションがだな……」
 部長の目が泳いでいる。
 ぶーん、とケータイが震えた。メールだ。千代ちん?
「いじめ、よくない()」
 と、書かれたメールの内容と、部長の後ろで済ました顔をしている千代ちんを交互に見比べる。と、千代ちんが新聞部から離れようのジェスチャーを送ってくる。
「部長、すみません急用が入りました。と、いうわけで今日の取材はここで失礼させていただきます。部長の豊かな感受性のつまったいい記事を楽しみにしてます。じゃ」
「あ、あぁ楽しみに待っててくれ……」
部長の気の抜けたような返事を背中にわたしは一同を離れた。しばらくすると千代ちんとシンハが駆け寄ってくる。
「なぁにぃ、今日はずいぶんと過激なんじゃない?」
「そうかしら?」
「朝から見てると、どうもぼたんはこのお祭りがそれほど好きじゃないように感じるッハ」
「んんん……まあ、ね」
 わたしはうつむきながらシンハの言葉を肯定する。
「そりゃぁまぁかっこいい車もあるし、こういう車に乗るのは好き好きだと思うのよ。でもなんていうのかな、後ろ側に流れる若い人そっちのけの懐古主義みたいなのがどうも受け入れられなくて……」
「へぇ……」
「でも、まぁ、いいころの思い出っていうのは大事だッハ……」
 シンハが妙にしみじみとしながら言った。が、
「そりゃぁ思い出は大事かもしれないわよ……でも、昭和、昭和、昭和ってなによ、知らないわよ生まれてないんだし! なんていうのかなぁこの昭和っていう目に見えない檻に閉じ込められるみたいな感覚。それがなんていうか肌に合わないのよ!」
「こじらせてるわね、中二病……」
「ま、人それぞれだッハ」
 千代ちんとシンハが顔を見合わせているようだ。
 こっちは火がついたというのに二人とも妙に納得している。
 ふんむー、不完全燃焼だ!
 こんな気分を吹き飛ばすのは甘いものだ!
 芋煮! 芋煮! また芋煮! 沿道に居並ぶ芋煮の出店の中からようやくクレープの屋台を見つけると、たっぷりの生クリームにキャラメルソースとチョコスプレーをかけたものをひとつと、カスタードクリームにチョコとバナナを合わせたクレープを注文し、交互にかじりついた。
 千代ちんもクレープを、シンハはファインのぐるぐるソーセージを……あぁ、ここぞとばかりにあんなに長いのを……人の財布であれを買ってると思ったら押さえられようとしている興奮の炎が再びくすぶりだしてきた。
「だいたいさ、中途半端なさ、昔の町並みをさ、再現しようなんてさ、岩井戸のさ、高畠平安化計画とさ、やってること変わらないじゃない!」
「ふーん、なるほどねー、そういう考え方もあるわけかー」
 千代ちんがなだめるようにうなずいた。
「じゃぁさ、ぼたんちゃんは高畠がどんな町になったらいいなぁって思うわけ?」
 クレープをマイクのように突き出して千代ちんがたずねる。
「それは……」
 突然そんなコトいわれたって思い浮かんだりしない。ただわたしは今までの価値観を吹き飛ばすような、そんな新しい出来事に出会いたいだけだ。この町がどうのこうのなんていうことはいままで考えてもみなかった。
「さっきぼたんは岩井戸とこのお祭りがおんなじだっていったけどそうじゃないッハ」
 押し黙ったわたしを前にシンハが口を開いた。
「岩井戸は、悲しい言い方だけど、もう存在していてはならない存在だッハ。それがこの町をどうこうするのは確かにお門違いだッハ」
 ソーセージを一口かじるとシンハは続ける。
「だけどこのお祭りはちがうッハ。この商店街に住む人たちがいろいろと考えて、最善と思ってやってる町おこしだッハ。それがぼたんの目指す高畠町にそぐわないって言うのなら、ま今日はしょうがないにしても、来ないか何か新しいものを考えて提案していくほかはないッハ」
「……そんなコトいったって、わたしら子どもじゃない……」
「この町の未来を作る資格が十分にあるって言う話しだッハ。そのための勉強をする時間も十分にあるッハ。それに町を活性化させるのは若者とよそ者とバカ者だっていうッハ」
「バカ者で悪うござんしたね」
 そういってわたしはシンハのソーセージをひったくって口の中に放り込んだ。
「ちょ、それせっかく千代が買ってくれたソーセージだッハ!」
「へ、わたしの財布から出したんじゃないの?」
「あ、新技特訓に付き合ってくれたお礼にって……」
「ぼたん~……」
 シンハが恨みがましい目でわたしを見る。
「……わ、わかったわよ……新しいの買ってあげればいいんでしょ……」
 と、そのとき、通りのほうからいくつもの悲鳴が聞こえた。
「……残念、それどころじゃなくなっちゃったようね」
「あとで絶対返してもらうッハよ」
そういうとシンハは如意宝珠をわたしたちに放ってよこした。
 
 
まずは状況の確認と、声のするほうに向かった。
いた、狼が八、九、十匹。
夏に龍と戦った、通りの交差する十字路の真ん中。
そこに現れて観客たちを威嚇している。
「千代ちん! シンハ!」
 呼びかけに顔を見合わせる三人。
「どこで変身したらいいと思う?」
 千代ちんの額を汗が流れ落ちる。
 とにかく人が多すぎるのだ。例年より特に多い。
「おそらく……ラクシュミーのせいだッハね……みんなアトラクションか何かと勘違いしてるみたいだッハ……」
 シンハの言うとおり人は逃げ出すどころかますます押し寄せてくる。
「ま、満員電車みたい……」
「本場モンはこんなもんじゃないわよ……」
「うへぇ」
 千代ちんの言葉に気が重くなる。
 ともかくあの狼ダデーナーが騒ぎを始める前に、この場から変身できるところに移動しないと、と後ろを振り向いたとたん、ドッ!と歓声が上がった。
 何ごとか?と振り返ると真っ赤な衣装に身を包んだ大男がダデーナーの一匹にかかと落しをお見舞いしたところだった。
「赤木だッハ!」
いつもの覆面姿の赤木君がダデーナーを蹴り飛ばし、雄雄しく仁王立ちになる。
歓声の中、狼たちが赤木君に飛び掛った。
赤木君はその動きを見切ると一体を両手でつかみ、曲げたひざにたたきつけた。
動きの止まった赤木君に飛びかかる狼、それらを手に持っている先ほどのぐったりしたダデーナーでなぎ払う。
さらには後ろから飛びかかる二体のダデーナーを振り返りもせずに裏拳で叩き落す。
すごい……
三面六臂の大活躍……というのだろうか、次々と襲い掛かってくるダデーナーを目にも止まらぬ動きで殴り付け、蹴り付け、いなしていく。その鬼神のごとき戦いぶりに周りの人たちの声が無くなってきていた。
いつしか狼ダデーナーは赤木君の周りを距離をとって取り囲み、のどを鳴らし威嚇する。かなわないと踏んでのことだろう。
「このまま赤木君だけでけりがついたりして」
「いや、赤木はダデーナーを浄化させることができないッハ……長引けばあぶないッハ……」
 楽観的な千代ちんにシンハが釘をさす。そうか、トゥインクルファウンテンとかで浄化させないとダデーナーは文珠に戻れない。となると長引けば赤木君の体力が持たない。
「何とかしてわたしたちも加勢しないと!」
 と、言ったそのとき、また新しい動きがあった。
 ダデーナーたちが展示してあるクラシックカーにその身を憑依させ始めたのだ。
 無人の車がけたたましいエンジン音を立て始め、ライトから不気味な光を放ち始める。
 キャキャキャキャとすさまじいタイヤの音を立てながら赤木君に向けて車が突っ込んでくる。
 赤木君はボンネットに両腕をたたきつけ、跳馬のように空に舞い、突進をかわす。
 車はそのまま信号機に突っ込んだ。
「まずいッハ! 一般人にけが人が出るッハ!」
 ここにきてようやく観衆たちも我に返った。あわててみな振り返り、戦いの場から離れようとする。
 悲鳴と怒号の中、わたしたちはもみくちゃになりながら必死で変身できそうな場所を探すがどこも人でいっぱいだ……
「どうせ誰も見てる余裕なんか無いッハ!」
「バカなこと言わないでよ!」
「じゃ、しっかりつかまっているッハ!」
 いうなりシンハはわたしと千代ちんを両脇に抱きかかえ、肉の斎院の屋上へと跳び上がった。
「……、……、な、なにすんのよ! こ、こっちは生身なんだからね!」
「文句はあとで聞くッハ、赤木が狙われているッハ 早く!」
 そういうとシンハは衣装を変化させる。赤木君の衣装の青バージョンといった装いだ。
 そうこうしているうちにも下からは、ドカン!ガシャン!と車がぶつかるような音が聞こえてくる。確かに一刻を争う事態だ。
「行くよぼたんちゃん!」
 わたしは千代ちんの目を見てうなずく。
『オン・チンターマニ・ソワカ!』
 穏やかな光に包まれ、わたしたちはラクシュミーへと変身する。
 屋上の端へと走り、交差点を見る。すると赤木君が展示してあった誰かの大きなオートバイへまたがり、南のほうへと走り去っていくのが見えた。それをダデーナーの憑依した車も追いかけて走り去っていく。
「あ~ぁ、一足遅かったか……」
うなだれるわたしたちを尻目に、
「ナニ言ってるッハ、ぼくらも追いかけるッハ!」
 と、シンハが屋上から飛び降りた。
 あわててわたしたちも追いかける。
 下に下りるとシンハはすでに目星をつけていた。
「アルファロメオ・グランスポルト・クアトロルオーテ。これがいいッハ」
 鼻っ面の異様に長い2シーターのオープンカー。シンハが乗り込みセルを回すと、その長ったらしい名前の車は小気味よくマフラーからエキゾーストガスを吐き出した。
「これって、あれだよね……なんだっけ、あの泥棒のアニメの……」
 ミレニィが大喜びでシンハの隣に座る。
「ちょっと勝手にこんなんしていいの?」
「緊急事態だッハ、早く乗るッハピオニィ」
「乗るってどこに?」
「予備タイヤの上にでも座るッハ」
 座席の後ろの予備タイヤにまたがり畳まれている幌をしっかりつかむと、シンハがアクセルを目一杯踏み込んだ。
 オーナーらしきおじさんが両手を上げて追いかけてきたが、じき見えなくなった。
「やれやれ、とんでもないものを黙ってお借りしちゃうみたいね……」
「おじさんの心なんかよりもどっち行ったかよ! ひとっ飛びして調べようか?」
「いや、タイヤ痕からして、左だッハ!」
 シンハは減速もせずに国道399号線に突っ込み、思いっきりハンドルを左に切った。幸い走っていた車がいなかったからいいようなものの、盛大に後輪を滑らせ方向転換をした。その横Gにわたしは振り落とされそうになる。
「ちょっとシンハ!ほんとにちゃんと運転できんの?」
 たまりかねてたずねると、
「理屈はしっかり頭の中に入っているッハ」
「運転したこと無いってぇの?」
「運転したことなんてあるわけが無いッハ」
 シンハがギアをトップに入れる。車がぐんと加速する。予備タイヤの上のわたしは必死で幌にしがみつくほか無い状態だ。あらためてあのアニメの侍の身体能力の高さを、いや、所詮はアニメの世界だということを体感する。
 車は今までに体験したことの無いスピードで399を東に突き進み、もう高畠一中の横を通り過ぎてしまった。きっと先に行った赤木君とダデーナーのカーチェイスのあおりを食らったのだろう、沿道に何台か車が落ちている。
「見えたッハ!」
 シンハが叫ぶ。目を凝らすと車列は右折し、ぶどうまつたけライン、和田地区へと抜ける峠道へと入っていった。
 先ほどのように盛大にドリフトしながらわたしたちもぶどうまつたけラインへと入る。
「ねぇ、ところでさ……どうやって戦うの……?」
「どうって、トゥインクルファウンテンで浄化させていくッハ」
 ミレニィの問いかけにシンハがとんでもないことを言ってのける。
「この状態でどうやってロッド振り回すのよ!」
「文珠を使うッハ、ミレニィ、腰の巾着をピオニィに……」
 ピオニィが手渡してくれた巾着には文珠が鈍い光をたたえながら入っていた。
「そこから力を吸い上げれば儀式をしなくてもファウンテンが放てるッハ。そろそろ射程に入るッハよぉ……」
 最後尾の車が見えた。
わたしは言われたとおりトゥインクルロッドを出し、巾着袋を握り締め、「力」を意識する。なるほど文珠にはこういう使い方もあるのか、あっという間にロッドにファウンテンのエネルギーが満たされる。
「よぉし、トゥインクル・ファウンテンッ!」
輝く光が後ろの二台をとらえる。
いつもの絶叫が上がると車からまがまがしい気が祓われる。
とたん車からコントロールが失われ、一台は左側のガードレールを突き破り、赤松の立ち並ぶガケ下へと落ち、もう一台がせまい道路をふさぐように動きを止めた。
「ぎゃぁあぁぁぁぁぁああぁっ!」
 女の子らしからぬ悲鳴を上げながらミレニィが何発も車に火炎弾を叩き込む。
 車は爆発炎上、とはいえ進路上の障害物であることには変わりは無い。
「ふんっ!」
 と、気合を込め、車の鼻先に「パリッチャ」を生み出す。と、燃えさかるガレキを撒き散らしながら炎の壁を無事に突き抜けることができた。
「ナニやってるッハ! もう少し考えて敵をしとめるッハ!」
 シンハが怒鳴る。
「しょーがないじゃん! どうしたって前にいるんだもん!」
 わたしも怒鳴り返す。
「う、後が危ないなら横付けしたらいいんじゃ……」
「ナイスアイディア! じゃ、まくるッハ!」
 ミレニィの言葉にシンハがアクセルを踏み込んだ。
 みるみる前の車との差が縮まる。が、この縮まり方は前方車両も速度を落としている感じだ。
 二台のクラシックカーダデーナーが左右両車線をふさぐように並ぶ。
「ぐぅっ! 横付けさせない作戦だッハ……」
 クラシックカーダデーナーはときどきブレーキランプを光らせる。追突してはたいへんと、シンハが前のめりになって構える。わたしも幌をつかむ手に力が入る。
「きゃぁあっ!」
 突然右手のほうから衝撃が起こる。見るとどこから現れたのかクラシックカーダデーナーが体当たりをしてきた。
もう一度車体をぶつけようと、車間をとったところにファウンテンを御見舞いする。
ダデーナーは絶叫を上げ、車は道路右の側溝にタイヤを取られ、派手にロールする。カーブのせいで見えなくなるが、爆発音が聞こえてきた。
 道路右手を確認すると、がけ崩れを防止するためにコンクリートを塗ったくったデコボコしたコブだらけの山肌に、クラシックカーダデーナーがもう一台、車体を波打たせながらこちらに狙いを定めているのが見えた。
 即座に文珠からファウンテンのエネルギーをチャージし、今度は体当たりをもらう前にしとめる。とはいえ、
「ミレニィ代わって。この体勢でファウンテンはきっつすぎるよ!」
 片手はロッド、もう一方は巾着を握りこみつつ幌。両足ではしたなくも必死に予備タイヤにしがみついての攻撃役はいくらなんでも扱いがひどすぎる。
「あぁっ、えっと、どうすれば?」
 荒々しいシンハの運転に最初の笑顔はどこへやら、ミレニィも顔を引きつらせながら必死にしがみついてる状況だ。
「飛んで援護して! そっちのほうが絶対安全よ!」
「そ、そうか……」
 ミレニィはシートの上にしゃがみこむと、勢いをつけて飛び上がった。
 ようやく開いた座席に這いつくばりながら転がり込む。と、突然真っ黒な排気ガスが目の前に立ちふさがる。
「くっ、まるで煙幕だッハ」
 たまらずにスピードを落とすシンハだが、いやな衝撃が左前方から伝わっ、視界が晴れた!
車の両脇に赤松の幹。
案の定ガードレールを突き破って……。
落ちるっ!
たまらず目をつむる。
が、逆に浮き上がる感覚!
「ギギギギギギギ…………」
振り向くと翼を大きく広げたミレニイが、歯を食いしばりながら予備タイヤを両手でつかんで車を持ち上げている。
 空飛ぶ車は谷の上をショートカットして煙幕を撒き散らした車の前に下りる。
 飛んでいる間にエネルギーをチャージしたわたしは、振り返りざまファウンテンを浴びせかける。絶叫があがり、二台のクラシックカーはお互いにぶつかって、もつれて、カーブの影に見えなくなった。
 今の飛行で疲労困憊のミレニィがふらふらになって、先ほどわたしが座っていたタイヤにまたがり座席後部にぺたんと突っ伏している。ガードレールに突っ込んだ衝撃か、車がガタガタと振動がするようになったため、ミレニィがずり落ちそうになる。わたしは彼女を引っ張り上げ、何とかシートに引き入れる。
「せまいったらないッハ」
「なによ!こんな車選んだシンハのせいでしょ! 算数もできないの!」
 言い合いをしていると前方から急ブレーキの音と激しい衝突音が聞こえる。顔を上げると黒煙が上がっているのが見える。
「まさか!?」
 3つカーブを曲がると残る4台のクラシックカーダデーナーが動きを止めて道をふさいでいた。黒煙はその先のカーブから立ち上っている。
 ダデーナーはこちらに気がつくと、スピンターンを決めてこちらへと突っ込んできた。
 すでにロッドにエネルギーはたまっている。
「ラクシュミー・トゥインクル・ファウンテンッ!」
 トゥインクルロッドの先から放たれた光がクラシックカーに取り付いたダデーナーを浄化していく。
 が、勢いのついた車は止まらずにこちらへと向かって突っ込んでくる。
「こなくそっ!」
 ミレニィがわたしとシンハを抱きかかえて空へと飛び上がる。
一瞬遅れて、ドガッ!ガシャン!と派手な音を立てて車が激突し、もつれ合い、大きな音を立てて爆発する。
爆風をうけてミレニィはよろよろと右手にある山の斜面へと流され、わたしたちはへばりつくように斜面へと降り立った。
振り返って車を見る。パンパンと何かがはじけるような音を立てながら黒煙をもうもうと上げて燃えている。
「もうダメ……もう飛べないから……ピオニィ……文珠……文珠ちょうだい……」
ミレニィが文珠を求めて手を出してくる。
わたしが巾着ごと手渡すと、ミレニィはそれを氷嚢のようにおでこに乗せ、大きく息を吸い、そして吐き出した。
「ふぅ、何とか人心地ついたわ……」
 そういって文珠の入った袋を戻そうと、わたしのほうを向いたミレニィが突然噴き出した。
「なによピオニィ、顔真っ黒」
「なっ?」
あわてて顔をぬぐう。
「さっきの煙幕?」
「あ~あシンハまで……いいときに飛んだみたいね、私」
 けらけらとおなかを抱えて笑うミレニィに釣られてシンハを見る。シンハは覆面をずり下げて荒い息をついているが、その覆面の境目がくっきりとついているのがおかしくてたまらず、わたしも笑い出す。
 笑われたのが気まずく感じたのか、シンハはその姿を元の唐獅子のものへと戻してしまった。
「ねぇ知ってる?」
 ミレニィが笑いながら燃えさかっている車を指差す。
「クラシックカー十一台、しめてウン千万円」
「ぶふっ」
 あまりの値段に噴出してしまう。
極度の興奮と緊張から放たれたばかりのせいか、頭の中に何か変なのが出てるんだろう、不謹慎だとは思うがなぜか笑いが止まらない。
「どーすんのよ、どーすんのよシンハ? ぷふっ、なおるの?あれ?」
 シンハを引き寄せ、撫で回しながらたずねる。
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。形あるものはいつかは滅びる。たまたま今日がその日だっただけ……ということにしておくッハ……」
 
 
「あ、そうだ、赤木君」
 ひとしきり笑うと本来の目的を思い出した。少し上のカーブ、ひしゃげたガードレールの向こうにはいまだ黒煙が立ち上っている。
「あのくらいでくたばったりしないでしょ。赤木君タフだし」
「……とはいえ赤木がダデーナーだとしたら……今が浄化のチャンスなのかも知れないッハねぇ……」
 シンハの言葉にわたしもミレニィもつばを飲み込む。
「浄化……しちゃうの?」
 ミレニィがたずねる。
「ラクシュミーの本来の目的はぼくの力の源の「文珠」を全部集めることだッハ。赤木がダデーナーだとしたらいつかはそういう日が来るッハ」
「それはわかるけど……」
 それはわかる。それはわかるけれど、時には助け合い、ともに戦って、同じ鍋の芋煮を食べて、人工呼吸とはいえあんなことをした彼を……浄化するとしたら……トィンクルファウンテンで、わたしが……
いつしかわたしはじっとロッドを見つめていた。
「……あ、赤木君もあれだけどさシンハ、ほら文珠文珠。ここまでの道でやっつけてきたダデーナーの文珠。あれ拾って帰んないと!岩井戸に回収されちゃったら今までの苦労が水の泡よぉ……」
 ミレニィがわたしの気持ちを察したのかシンハに提案する。
「……そうだッハね。それじゃぁ火の勢いも収まってきたようだからまずはあそこの四っつから拾って帰ることにするッハ。ミレニィ、抱っこしておろしてくれッハ」
 ミレニィはシンハを抱き上げると斜面を蹴り、ふわりと道路へ降り立った。わたしも続いて斜面から飛び降りる。
 火勢は弱まったものの、いまだ黒煙を上げ続けるスクラップの中に、文珠は鈍い光をたたえていた。
シンハが恐る恐るながらも近づいていく。と、目の前で何者かが文珠を無造作に摘み上げてしまった。
 黒煙の中から現れた大柄な体。
 ススだらけで擦り切れた衣装を身にまとった、それは赤木君だった。
「こいつは俺がいただいていく」
「バカなことをいうなッハ! それをこちらにわたすッハ!」
シンハが声を荒げる。
「そ、そうよ……文珠なんて、赤木君には必要ないじゃない……だからね、返して、それ」
 わたしはなだめるように声をかける。
 すると赤木君は手をすっとわたしに向かって差し伸べた。しかしその手は文珠を握っているのとは別の方だった。
「見てくれこの手を……化け物の手だ……」
 警戒しながら目を凝らし、その手を見る。手の皮がはがれているようだが血がにじんでいる様子は無い。妙にささくれ、いや毛羽立って、皮膚や肉とは質感が違うような……
「あの時、青木を助けようと光の玉に触ったところだ。痛みは無いがいっこうに治らない。よくよく見たら紙粘土だ、張りぼてに取り憑いた化け物なんだよ、俺も……」
 赤木君が寂しそうにつぶやく。
「化け物なんて……」
 薄ぼんやりと心に抱いていた「赤木君がダデーナーというのはシンハのただの思い込み」という希望はもろくも打ち砕かれた。
「いいさ、この一月で心の整理はついている。いずれお前に消されるときは受け入れよう……」
「そんな……」
 赤木君はそういってうつむく。
「なら、今がそのときだッハ。ピオニィ!」
 シンハがトゥインクルファウンテンの準備をするよう促す。とはいえ……
「まぁ待ってくれ、心残りがあるんだ……」
 わたしがためらっていると、赤木君がシンハに語りだした。
「目の前で、親友を消された。せめてこの手で敵を討ちたい……」
 赤木君はシンハを押しとどめるように開いた手のひらを、硬く力強く握り締める。
「岩井戸をなめてはいけないッハ。 悪いけど赤木では話にならないッハ」
 シンハが正面からにらみつける。
「そう……だから力が……力が必要なんだ」
 そういって赤木君は持っていた文珠を口の中に放り込んだ。
「ピオニィ! ミレニィ!」
 シンハが叫ぶが時すでに遅く、文珠はゴクリと音をたてて赤木君ののどを通り過ぎていった。「ピオニィ! ミレニィ!」
 シンハが再び叫ぶが、赤木君から放たれる異様な気迫に気おされてわたしたちは動けない。
「がああああああああああああああ………………」
 文珠を飲み込んだ赤木君は突然うなり声を上げ始めた。大きく口を開き、血走った目を見開き、両手は空中にある何かをわしづかみにするようにして、まるで何かに耐えているような様子だ。
「赤木君! 赤木君!」
 大声で呼びかけてみるものの反応は返ってこない。
 やおら布の引き裂かれるような音がした。赤木君の服だ。
彼の筋肉という筋肉が、波打ち、膨らみ、ただでさえ大きな赤木君の体が、さらに一回り大きくなった。
「が、ああああ……」
 口からよだれを垂れ流しながら見開いていた目をわたしに向ける。
「…力を……もっと力を……」
 彼が目を向けたのはわたしに対してじゃない。わたしが持っている文珠の詰まった巾着袋に対してだ。
 気がついた瞬間、赤木君が大地を蹴る。
 弾丸のような速さでわたしの前に立ちふさがると、巾着袋を持っている方の手に手刀を浴びせる。
 たまらずわたしは巾着を取り落とした。
「ピオニィ!取り返すッハ!」
 とはいうものの、叩かれた腕がジンジンとしびれて動かせない。
赤木君はゆっくりと巾着に手を伸ばす。
が、手を触れそうになった瞬間巾着が炎に包まれ、中の文珠は散り散りに転がった。
「なんてことするッハ」
「まとめて取られちゃうよりましでしょ! 拾って!ピオニィ!」
「拾ってって……ンもう!」
 わたしと駆け寄ってきたシンハはしゃがみこんで文珠を拾おうとする。
 赤木君も文珠を拾おうと腰を落とすが、そうはさせまいと、ミレニィが鼻先に炎を撃ち込む。
「ごおっ!」
 赤木君は吠えてミレニィへと肩から体当たりを仕掛ける。が、身軽なミレニィはひらりとそれをかわす。
 赤木君はそのままコンクリートでコートされた山の斜面へと激突する。そのコンクリートにひびが入り、ガラガラと崩れ落ちてしまった。
「なんてパワーよ!」
 驚いて目を見開くミレニィに向かって赤木君が腕を振るう。
 何かはわからないが飛んでかわそうとするミレニィが、
「あぢぃっ!」
 と声を上げた。
 飛び上がりかけの体勢から尻餅をつき、顔を抑えてうずくまるミレニィ。
 赤木君が再び何かを握り、今度はこちらへと狙いを定め、腕を振るう。
 わたしは大慌てで「パリッチャ」を展開させる。と、一瞬トタン屋根に落ちる夕立のような音と衝撃がわたしを襲った。
 音の正体は砂だ。
 思い切り投げつけられた砂が鳥撃ち用の散弾銃のようにミレニィやわたしを襲ったのだ。
 赤木君が再度腕を振るう。わたしは「パリッチャ」のかげで身を縮めた。
「ぎゃん!」
 と、背後で悲鳴が上がる。狙われたのはシンハだった。
 シンハは痛みのために拾った十個ほどの文珠を取り落としてしまう。
 その文珠をめがけて赤木君が跳んだ。
 赤木君は地面に腕を走らせると、たちまち文珠を拾い上げた。
その動きを目で追うことしかできないわたし。
そのわたしの目の前で、赤木君は文珠をゴクリとのどの奥へと流し込んだ。
「あがあああぁあぁぁあぁっぁああああぁぁあぁああぁぁ………」
 先ほどと同じように悲鳴のような声を上げる赤木君。彼の筋肉が、先ほどよりも激しく、まるで皮膚の下に無数の蛇が這い回っているかのように波打っては肥大化していく。
「がああぁあああぁぁぁぁぁああああぁぁああぁぁ…………」
 赤鬼……
 まさに赤鬼がそこにいた。
 真っすぐに立ったなら身の丈5メートルを超えるような巨体。しかし肥大化の代償か、痛みがあるのか全身を真っ赤に染めながら、丸太のような二の腕を抱えて苦しそうにひざをついてうずくまっている。
「心と体のバランスが取れていないんだッハ……」
 シンハがよろよろとこちらへ近づいてきた。
「力を、力をと求めるあまりに……見るッハ、力を制御できずに暴走をはじめたんだッハ……」
「…………」
 赤木君の表情がゆがんでいく。
「……ファウンテンで浄化してやるッハ……むしろそれが……赤木のためだッハ……」
 涙をボロボロと流しながら肥大化の痛みに耐える赤木君。
「赤木君……ごめん……ごめんね……」
 わたしは意を決してロッドを構えると、力を集めるための儀式の踊りを舞う。
 体中の気力が丹田に集まり、胸、肩、腕を通りロッドへと集中する。
「気力……充実……」
 いつの間にかあふれ出た涙でぼやけて見えるが、大きくなって、かつ動けなくなっている赤木君への狙いははずしようが無い。
「…………ラクシュミー……トゥインクル…………ファウンテンッ!」
 気力をこめたトゥインクルロッドを赤木君めがけて振り下ろす。
「がああああああぁぁぁああぁぁぁぁぁあああぁぁあぁぁぁぁあぁぁああぁあぁ……」
清らかな光を浴びて赤木君が絶叫を上げる。
「あああぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁ………」
 痛みのためか、赤木君がこちらへと大きな腕を振り下ろそうとする。が、横から炎の弾が数個飛来し、炸裂し、赤木君はどうと体を横たえる。
「続けて!ピオニィ!」
 ミレニィはそういうと足が崩れるようにへたり込む。が、目だけは力強く赤木君を見据えていた。
 わたしはミレニィにうなずくと、ロッドを持つ手に力をこめた。
「はああぁぁああぁぁあぁあぁぁあぁぁぁああああぁあぁぁぁ………」
「が、があ、あぁあぁぁああぁぁあああぁぁぁぁぁ………」
 赤木君は何とか起き上がろうと四つん這いになるが、そこから体は動かせない。心なしか先ほどより幾分小さくなったような感じがする。
 カツーン、カツーンと悲鳴に混じって硬いものがぶつかるような音がする。
「文珠が出てきたッハ もう少し、がんばるッハ!」
 確かに、音が響くたびに赤木君の体が縮んでいるような気がする。あの音が消えたとき、きっと赤木君という存在も消えてしまうのだ。
「があああああぁ……ごおおぉぉぉおおぉ……ぎいぃぃぃいいいぃ……」
 悲鳴のトーンが変わった。文珠よ出て行ってくれるな……赤木君はまるでそうでもいわんばかりに文珠が湧き出る胸を両手でおし抱く。が、無常にもその手をすり抜けて文珠がまたひとつこぼれ落ちた。
「がおぅううううう……ぎぃいいいぃぃぃ……」
青……木……青木……悲鳴がまるでそう言っているように聞こえる。
気のせいだ!気のせいだ!そう考えるように意識を持っていこうとする中、またひとつ文珠が転がり落ち赤木君の体が最初のサイズに戻る。
「青木ぃ…… 青木ぃ……」
 いつもの姿に戻った赤木君が、空を見上げ涙を流しながら弱弱しく漏らす。
やっぱり青木って言ってたんだ。
そう理解した瞬間わたしの手からトゥインクルロッドが転がり落ちた。
「どうしてやめるッハ! あと少しだッハ!」
「……できないよ! 赤木君を消しちゃうなんて! わたしできない!」
 シンハが怒りの声を上げるがわたしには無理だ。
「できるときにけりをつけておかないと、また岩井戸の時の二の舞になるッハ」
「でも……でも優しい心があるんだよ! 仇を討ちたいっていう熱い気持ちがあるんだよ! 赤木君のそんな思いを知っちゃったら……わたし……わたし浄化なんてできないっ!」
「……ピオニィ……」
 シンハが眉間にしわを寄せ、かみ締めるようにつぶやいた。
 ボ、ボ、ボゥ
 火の玉が風を切る音がした。
 その音に振り返る。
よろよろと立ち上がった赤木君が文珠に手を伸ばそうとしたところにミレニィがけん制したものだった。
 赤木君は振り返るとふらつきながらも駆け出し、ガードレールをまたぐとその体をがけの下に躍らせた。
「赤木君!」
 わたしは駆け寄ってがけの下を覗き込んだが、赤木君の姿はすでに見えなくなってしまっていた。
 
 
「やっと自販機だ……なんか飲むもの……」
 千代ちんが商店の自販機に向かって駆け出した。
 スポーツドリンクを買って一息で飲み干す。
 続けてさらに二本のスポーツドリンクのボタンを押し、
「はい、泣いた分の水分補給しないと」
と、言いながらそのうちの一本をわたしにくれた。
「そんな……」
 とは言ったものの、涙は自然とあふれてくる。
「泣くのよ泣くの、ジャブジャブ泣くの。古い歌じゃないけどさ、泣いて泣いて吹っ切るしかないじゃない、こんな失恋はさ……」
「そんな、失恋なんて……そんなんじゃないわ……」
「なんにせよ……情がうつっちゃったってのは……いろいろと切ないッハ」
 シンハがわたしを見上げながらつぶやいた。
 おそらく自分と岩井戸の関係になぞらえたのだろう、彼の目もまた潤んでいるように見えた。
「でもシンハの文殊を全部集めるには赤木君を浄化させないといけないんでしょ」
「そうだッハ。文殊を集めること……それがぼくらの一番の目的だということを忘れてはいけないッハ」
 千代ちんの問いにシンハが答える。
「たとえ赤木が本懐を遂げた後であっても、いや、赤木が本懐を遂げればこそ……ダデーナーを元の文珠に戻せるのはピオニィのファウンテンだけになってしまうッハ……」
「それって……」
 千代ちんが言葉を詰まらせる。
 わたしは黙って街へと向かって歩き出した。黙って突っ立っているといろいろとつまらないことを考えてしまうような気がした。二人も言葉無く後をついてくる。
 沈みゆく夕日がやたらとまぶしかった。
 
第8話 了
 
第9話に続く

あとがき

えー だいぶたまってまいりましたので1話から8話までの総集編でございます。
よくもまぁここまで書けたなと自分でもびっくりしてます。
ご当地ヒーローやご当地戦隊のようにご当地プリキュアをやりたくて書きはじめたこのラクシュミー。お仕事やら、雑事やら様々こなしながらの執筆活動ですので、お待たせして申し訳ありませんがとりあえず13年の春までには何とか仕上げたいなと考えている次第です。
閲覧数が増えますと励みになりますのでぜひお友達等にもご紹介いただきながら応援していただければと思います。