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3話 チェリーの気持ち

3話 チェリーの気持ち


「なあ、赤木・・・実はさ・・・」
まさか人が住んでいるとは思えないようなツタのからまるあばら家の中、台所のテーブルにひじをついて座っていた長髪の少年が、窓際で頬杖をつきながらしとしとと降りつづける雨をながめている巨漢の少年に向かって語りかけた。
「実はさ・・・いや、やっぱいいや・・・」
長髪の少年は言いかけた言葉を飲み込んだ。
「・・・言えよ青木・・・友達だろ・・・」
赤木と呼ばれた巨漢の少年は視線を長髪の少年にうつしてつぶやくように言った。
青木はごくりとつばを飲み込むと、ひとつ深呼吸をしてからしゃべり始めた。
「じ、実はさ、このあいだ女子から声をかけられたんだ、生まれて、初めて・・・ 俺の探してた本を手渡してくれてさ、わ、笑いかけてくれたんだ・・・ これってさ・・・これってさ・・・もしかして俺のこと、す、す、す・・・」
青木は湯飲みの水をゴブリとのどに流し込むと興奮を抑えきれずに言葉を続けた。
「と、とにかくさ、俺思ったんだよ。今まではダデーナーに暴れさせて、それを俺たちが退治することで不特定多数の人にアピールして友達を作ろうとしてたじゃないか? そうじゃなくて、誰か一人! 誰か一人のピンチを救って深い関係を作ってさ、そこから友達の輪を広げていくっていう作戦のほうがいいんじゃないかな? どうだ? どうだ赤木?」
時どき声を裏返らせながら早口で青木は赤木に訴える。
しばしの沈黙のあと赤木はゆっくりと口を開くと
「相手は?・・・」
と、たずねた。
青木は立ち上がり、赤木に向かって両腕をテーブルに着く。そして大きく息を吸い込む・・・が
「・・・あ・・・」
だの
「・・・お・・・」
だの、口から出る音は言葉にならない。
一分近くそんなことをしていたが、しまいには再びイスに座り込み、下を向いたまま消え入るような声で
「・・・あの・・・お、同じクラスの・・・冬咲・・・冬咲ぼたん・・・ちゃん」
と、言った。
 

「ひぇぶちっ!」
「やだ、カゼ? 花粉症? それともうわさ?」
 週末の夜、農機具小屋の二階に増築されたわたしの部屋に今日はお泊りの千代ちん。
Tシャツ短パンの涼しげな格好でクッションの上に座りっている。
千代ちんはおばあちゃんがどっかからもらってきた「はねモノ」のミルクケーキをぼりぼりとかじる手を止めて、ニヤニヤした顔でわたしにたずねた。
「なによ、うわさって?」
ベッドに横になって雑誌を読んでいたわたしは起き上がって千代ちんに向き直ると、その「うわさ」とやらについてたずねた。
千代ちんは相変わらずニヤニヤしながら、
「あらあら、あんなに熱い視線注がれてるっていうのに気づいてないなんて・・・かわいそうだわぁ青木君ってば・・・」
と言った。
「あ、あ、青木~ぃ?」
 とんでもない名前が飛び出してきて面食らってしまう。
「中間テスト終わって席替えしたじゃない。そのあとぐらいからかなぁ、青木君がぼたんちゃんにチラチラ視線送るようになったの・・・ほんとに気づいてなかったの?」
 わたしはぶるぶると大きく首を横に振る。
「へー、あのまなざしは二人の間になんかあっちゃったのかなぁなんて・・・」
「ちょっとやめてよぉ!」
 千代ちんの言葉をとても最後まで聞いていられずに途中でさえぎる。
 「わたしあの人なんか苦手なのよ、何か、こうジメッとした感じがしてぇ・・・」
 わたしの言葉に千代ちんが、「あぁわかるわかる」と相槌を打つようにうなづく。
「こないだも図書室で部長に頼まれた郷土史の資料とろうとしたら一緒になっちゃって、いろいろやり取りするのもなんかやだから、どうぞお先にって愛想笑いして逃げてきて・・・しゃべったって言ってもその時ぐらいしか・・・」
「それだ!」
 と、千代ちんはわたしに人差し指を突きつける。
「どれよ?」と戸惑っているわたしに千代ちんは言葉を続ける。
「青木君って見るからに女の子に免疫なさそうじゃない、そこに本を譲ってもらってやさしくされて、愛想笑いとはいえ笑いかけられたら・・・」
 千代ちんはわたしに突きつけた人差し指を銃を撃つように跳ね上げると、
「落ちたね!」
 と言ってウィンクする。
「はぁ?」
 まったくわけがわからない。そんな顔を千代ちんに向けると、千代ちんは得意げに解説を始めだした。
「男子ってそういう勘違いするのよ。特に青木君みたいなタイプはそう、間違いないわ」
 そういって千代ちんは薄い胸を張る。
「どうよ、求めるより求められるほうが女は幸せになれるって言うじゃない」
 言うと千代ちんはいやらしく目を細める。
「冗談じゃないわよ、ナニ勝手なこと言ってるのよ、大体アレは苦手なタイプだって言ったじゃない」
 わたしは身を乗り出して千代ちんに精一杯の抗議をする。
「そ、それじゃぼたんちゃんの好みのタイプってのはどんななのかな~?」
 わたしの剣幕に押された千代ちんがあわてて話題を変えようとする。その「好みのタイプ」の一言に、なぜかこの間抱きしめられ、そして熱いまなざしで見つめられたあの覆面の彼を思い出した。
「おやおや~赤くなって止まっちゃいましたね~考えてる考えてる~ ね、誰だれ?」
 千代ちんは好奇心に目を輝かせる。
「そんなことより明日は朝早いんだから寝るわよ!」
 何とかこの話題を終わらせなくちゃ、と半ば切れ気味にタオルケットをかぶって千代ちんに背中を向ける。はいはいわかりましたよ、といったていで千代ちんは布団を敷き、今まで座っていたクッションを枕に横になった。
「でもなんでまた農作業の手伝いなんて、前まであんなに嫌がってたじゃない」
 ナツメ球ひとつになった部屋で千代ちんが訪ねかけてくる。
「農家がやだから東京に行くんだ、みたいなこと言ってなかったっけ?」
 千代ちんはまだまだしゃべり足りないようだ。
「・・・シンハのごはんよ・・・」
 こうなった理由を思い出し、自分の馬鹿さ加減になんだか腹が立ってそっけない答え方になってしまった。

 中間テストの勉強のとき、
「あ~久しぶりにこういうの解くとクイズしてるみたいで楽しいッハねー」
とか言っちゃって、シンハの教え方はいちいちイヤミったらしかったが的確でわかりやすいものだった。
そのうえ、昔の人(?)だしせいぜい数学と日本史、古典ぐらいしか期待はしていなかったものだが、なぜか彼は英語や科学にまで精通していた。そのため主要五教科で大幅に点数と偏差値を伸ばすことができたのだ。
そこからが失敗の始まりだった。
浮かれて調子に乗ったわたしは駅むこうまで自転車を走らせて、奮発して糠野目にあるスモークハウスファインのソーセージをシンハにプレゼントした。
シンハはコレに大喜び、
「こんなおいしいソーセージ今まで食べたことがないッハー」
なんていいながらたちまち一袋をたいらげた。
それからだった、今まであんなに喜んでいた魚肉ソーセージに見向きもしなくなったのは。
舌が肥えたシンハは何かにつけてファインのソーセージをねだるようになった。
世間一般の家庭教師の謝礼と考えれば安いものだろうが、
「わたし文殊様の使いの唐獅子からお勉強教わってるの。お礼に毎日ファインのソーセージ買ってきて」
なんてお母さんにいえるわけが無い。中学生が自腹でまかなうとなればコレは痛い出費だ。
そもそも最初の話だとラクシュミーになる代わりに勉強教えてくれる約束じゃなかったのかよと思いつつも一週間も食べさせないでいるとシンハが目に見えて荒れてくる。
なけなしのおこづかいをはたいて一パックづつ買い求めてきた。
が、ついにそのお金も底をついてしまったのだ。

「シンハのご飯をちょっと奮発したら、もうこれじゃないとだめだッハーなんて言っちゃってさぁ・・・」
寝返りをうって部屋の入り口にあるシンハの寝床に目をやる。
ダンボール箱に毛布を敷いた簡単なものだ。
丸くなって寝たふりしているシンハは尻尾でハラリと顔を隠した。
「なんだかぼたんちゃんってシンハとほんとうにしゃべれるみたいだねー」
!!!
やり取りを見ていた千代ちんが何の気なしにつぶやいた。
その言葉にわたしとシンハは肝を冷やす。
「そのぐらい好きなのよねーシンハ君のこと・・・」
そういって千代ちんは視線をわたしからシンハへと移した。
「・・・ま、まあね、ほらじゃ寝よ寝よ!明日早いんだから!おやすみー・・・」
そういうとわたしは再びタオルケットをかけなおす。
と、そのとき、
・・・なんか見られてる感じがする・・・
千代ちんじゃない、シンハでもない・・・窓?
タオルケットの中から目だけで確かめるが特に異常は無いようだ。
「気のせいか・・・」
なんか異常があればシンハも気がつくはずだし・・・千代ちんも同じ部屋にいる。
気のせい、ということにしてわたしは目をつぶることにした。


庭に面した仏壇の部屋はふすまも引き戸もすべて開け放たれており、すがすがしい朝の空気が満ちていた。
部屋の中央には大きな机が置かれ、その机に向かって年配の女性三名が黙々とパックにさくらんぼをつめていた。
さくらんぼの軸が見えないように、赤くつやつやと輝く実だけが表に出るようにつめるこのつめ方には熟練の技がいる。とてもわたしや千代ちんには無理な芸当だ。
 「んじゃ、おぼごだはそごのさぐらんぼひろげで、わがンねなはじいでけろ」
おばあちゃんの言葉にはてなマークを浮かべた千代ちんを机の前に座らせ、わたしは新聞紙大の茶色で厚手の紙の上にかごいっぱいのさくらんぼを広げる。
「ほら見て、わたし達はこういうのをはじく仕事」
そういって千代ちんの前に出荷できないさくらんぼの見本を並べる。
実が割れたもの、じくの無いもの、一つのじくから二つの実がついているもの。
「こういうの出せないからこの容器の中によけるの。で、はじいたらばこの紙ごとあっちのテーブルにってながれ」
「へー」
千代ちんは珍しそうに銀杏の実のようにくっついた双子のさくらんぼを眺めている。
しばらくすると自分でも見つけようとさくらんぼの山の中をかき分けはじめた。
するとすぐに顔をにやりとさせ、
「ぼたんちゃんぼたんちゃん」
といってそのお宝をわたしに見せようと腕を突き出した。
案の定、その指の先には片方が極端に小さい双子のさくらんぼが、
「なんだか幼稚園の弟のおち・・・」
「ちょー、そういう発言・・・」
わたしはあわててその言葉をさえぎろうとする。
となりの机からくすくすと笑い声が聞こえてくる。
「なぁに、むがしはぼたんもチンポコーチンポコーていって喜ごんでだったけでら」
「ちょっとばぁちゃん、いづのごど言ってだんだズ」
ばあちゃんの暴露に千代ちんがケラケラと笑い出す。
不意に庭のほうから視線を感じた。
ちきしょーシンハまで笑ってるのか、と思って庭を見たが誰もいなかった。
なんだろうこの感じ、昨日と同じような誰かに見られてるような感じ・・・
「どうしたの?」
わたしの異変に気がついた千代ちんが心配して声をかける。
「ううん、なんでもない・・・と思う・・・」
わたしは庭のほうにもやもやしたものを感じながらも再びさくらんぼの山へと向き直った。
しばらくして
「おぼごだは十一時ころまでしたら、先にまんま食って観光果樹園の方さ行げな」
と、ばあちゃんが指示したあたりから庭のほうに感じた違和感が消えたような気がした。


「いやぁ、ぜいたくなバイトよねぇ。撥ねモノとはいえさくらんぼ食べ放題なんてさ」
お昼時なのでお客さんが一人もいない観光果樹園の受付に座りながら千代ちんはさくらんぼを食べる手と口を休めない。
思い返せば選別作業中もちょこちょこ口にしてたし、お昼のときもつまんでいた気がする。
このペースだとそろそろ・・・と思っていると、ザクッという砂利をふむ音とともに目の前に影が落ちる。
「あ、いらっしゃいま・・・せ・・・」
お客さんだ、と思って顔を上げるとそこにいたのは青木君だった。
「や、やあ、ふ、冬咲さん。こ、こんなところでお仕事しているんだね・・・」
引きつったような笑顔を貼り付けながら青木君は語りかけてきた。
昨夜の話もあって思わず顔が引きつる。
「こ・・・」
「さ、さくらんぼ狩りってのをやってみたくてね・・・た、たまたまなんだよ、たまたまココに来たら君がいてさ・・・はは・・・」
とりあえず「こんにちは」と言おうとしたら、その言葉をさえぎるように青木君が早口でまくし立てた。
そのセリフからは明らかに「下調べしてここへ来ました」というのが伝わってくる。
なんと返していいものやら、愛想笑いを浮かべたままで沈黙が流れる。
「・・・あ、それじゃ青木君、中学生なんで800円でお願いします・・・」
沈黙を破ってくれたのは千代ちんだった。
その言葉に青木君はわたわたと財布をポケットから取り出すと、ベリベリとマジックテープの音を立てて財布を開き、中から千円札を取り出して、手を出している千代ちんではなくわたしへと差し出した。
心なしかお札の先が小刻みに震えている。
わたしはゆっくりと千円を受け取ると金庫にしまい100円2枚をとりだした。
左手でお皿を作り、右手で青木君の手のひらの上におく。
そのときわずかにわたしの指が青木君の手に触れた。
その瞬間、青木君がぴくっと震える。
その反応に言いようの無い気味の悪さを感じて、わたしはすっと手を引っ込め、ひざの上においた。
「・・・そ、それじゃぁ奥のほうに赤いの多いんで、そちらでどうぞ、あ、脚立はご自由にお使いください・・・」
千代ちんが手振りを含めてハウスの奥のほうへと青木君をうながした。
「あ、奥のほう・・・奥のほうね・・・」
 というと青木君は千代ちんの指す方を見て、しばらく口をもごもごさせていたが、肩を落としとぼとぼと奥のほうへと歩いていった。
 青木君の姿が木の陰に隠れて見えなくなったのを確認すると、わたしたちは顔を見合わせた。
「来ちゃったねー・・・」
「来ちゃったわよー、ねーどうしよう・・・」
「どうしようって、なんにもこれから二人っきりになるわけでもあるまいし」
「え、あそか、千代ちんもいるもんねー」
「そうそう、彼気ぃ弱そうだし、わたしがいればたぶん大丈夫。 ちゃぁんと「おじゃま虫」してあげるか・・・ら・・・」
 そういう千代ちんは突然おなかを抑えて青い顔をした。
「ごめ、ちょ、ちょっとトイレ・・・」
「ちょっとぉ、おじゃま虫は?」
「・・・なるべく早く戻るから・・・」
 そういうと千代ちんは自転車に乗って行ってしまった。
 そろそろおなかに来るころだと思ってたけど、よりによってこのタイミングで・・・
 さくらんぼには消化されにくい糖アルコールのソルビトールが多く含まれているッハー。だからいっぱい食べ過ぎるとおなかがゆるくなるっハー」
 いつの間にか足元へやってきていたシンハがしたり顔でこういった。
「頭良いのはわかるんだけどさぁ、何でそんなに詳しいのよシンハちゃん・・・」
 わたしはシンハの前にしゃがむと、その頭をくしゃくしゃと乱暴になでた。
 と、ザクッという砂利をふむ音とともに目の前に影が落ちる。
 見上げると、腕いっぱいにさくらんぼを抱えた青木君が、例の引きつったような笑いを浮かべながら立っていた。
「や、やぁ冬咲君・・・」
「あ、・・・青木君・・・もうごちそうさま?」
わたしは立ち上がると、シンハを盾にするように胸の前に抱き上げた。
「や、あの、その、なんていうか・・・」
「お持ち帰りだと重さでお金かかっちゃうけど・・・」
しどろもどろになった青木君に料金の説明をすると彼はズボンのポケットをちらりと見やり、
「え、あのいや、一緒に食べようかとおもって・・・どう?」
「あ、わたしはいつもうちでいっぱいたべてるから・・・」
彼のすすめをわたしはやんわりと断る。
「そ、そう・・・」
彼は寂しそうに笑うと、腕いっぱいのさくらんぼをもりもりと食べ始めた。
時折、何か言いたげにちらりちらりと視線を送ってくるが、言葉にまとまらないようだ。
わたしも何か当たり障りの無いようなことを言えばいいんだろうけど、青木君の何か必死なオーラが妙な緊張感をかもしだして口を開きづらい。
かくして小鳥のさえずりと、時折青木君がさくらんぼの種を吹き出す「プッ」「プッ」という音だけがその場に流れた。
シンハも居心地が悪いらしく腕の中から抜け出そうともがくがわたしはそれを許さない。
次第に青木君の持っているさくらんぼの量が減ってきた。
(あ~もう早く帰ってきてよ~千代ちん)
ちらりちらりと千代ちんが走って行った先に目をやるが戻ってくる気配はまるで無い。
そしてついに青木君が最後のさくらんぼの種を吹き出した。
小鳥すらどこかに飛び去ってしまって、さらさらとさくらんぼの葉っぱのすれ合う音だけしかきこえない。
目の前の青木君をちらりと見上げる。
彼もまたこちらをまともに見れないようすで、あさってのほうを見ながら、また時折目をつぶり何か言いたげに口をもごもごとさせていた。
そのとき、また視線を感じた。
誰もいないはずのさくらんぼのハウスの奥のほうからだ。
わたしが視線を向けるとそこにはシンハくらいの大きさの、「例の色」をした塊がいた。
小さな体に不釣り合いの大きな目玉が今まで見たそれの中のどれよりも気味が悪い。
その化け物はみるみる体のサイズをいつもの大きさに膨らませると、両腕を高く上げて
「ダデーーーナーーーーーーーーー」
と、声を上げた。
「うっそぉ!なんでこんなトコに!」
わたしは立ち上がると化け物に向かって身構える。
するとわたしの前に青木君が両手を広げて立ちふさがる。
「危ない、冬咲君下がっていたまえ」
「下がってって、青木君こそやばいから逃げないと」
経験上いっくら男子でも、いや格闘技を修行していたとしてもあれと生身で戦うのは無理だ。
それなのに、
「なぁに、任せているんだ! トウッ!」
なんていって、青木君は化け物へ向かって突っ込んでいった。
化け物が振りかぶったこぶしが青木君へと向かって伸びる。
やられた!
と思ったが、間一髪青木君はパンチをかいくぐり、化け物の内懐に飛び込む。
そして「ズン」と化け物の腹にショートアッパーを突き入れた。
「あ、あれ? 意外とまともに戦えてる・・・」
「そんなばかな、普通の人間がかなう相手じゃないはずだッハー」
効いているかどうかは別にして青木君は化け物の攻撃をかいくぐり、ドスンドスンと化け物にパンチを当てていた。
見ているとなんだか興奮してくる。
「青木君がんばれー」
思わず声をかける、と青木君がこちらを振り向いた。
その瞬間、化け物のパンチがスキだらけになった青木君の体をもろにとらえた。
青木君は弧をえがいておよそ5メートルほどもとばされる。
あわててシンハが駆け寄る。わたしも恐る恐る近づく。
「だいじょうぶ、気を失ってるだけだッハ」
シンハがそういうのでわたしも青木君の顔を覗き込む。
そこには気絶しているとは思えないようななんとも幸せそうな顔があった。
「もう、しょうがないなぁ・・・シンハ!」
「了解だッハー」
シンハが如意宝珠を放ってよこす。
「オン・チンターマニ・ソワカ!」
わたしは変身のための真言を唱えた。


青木君が巻き込まれないよう、化け物の周りをゆっくりと回りながらビニールハウスの奥のほうへと位置を変える。
「本当はビニールハウスやさくらんぼに被害を与えたくないからハウスの外へと誘い出したいところなんだけど・・・」
ちらりと青木君へと視線をやる。その瞬間化け物がこぶしを振るってきた。
さっきの青木君のように化け物のこぶしをかいくぐると、化け物のボディにショートアッパーを打ち込む。
化け物は「く」の字にひしゃげる。
「さすがにラクシュミーのパンチのほうが上ね」
パンチの強さを確認したわたしは2発、3発と続けざまにこぶしを叩き込んだ。
パンチのあたったところから化け物の体は折れ曲がる。
何とか反撃しようと化け物もこぶしを振るうが、何度目かの戦いにわたしも
「だいぶ慣れてきたみたい・・・」
で、化け物のこぶしはかすらせもしない。
次第に化け物の息もあがってきたように感じたので、トゥインクルファウンテンでとどめを刺そうと間合いを取った。
その瞬間、化け物は鈍い光に姿を変えると宙へと飛び上がり、あろうことかハウスの中で一番大きなさくらんぼの木へと入っていった。
「まさかこのあいだの機関車みたいに・・・」
そのまさかだった。
木の幹に真っ赤な目と口が開き、木の枝は風で動く範囲を大きく超えて曲がる。
そして一番太い枝がわたしに向かって振り下ろされる。
すんでのところでトンボをうってわたしはその攻撃から逃れる。
 「ちょっとぉ!さくらんぼの木に乗り移るなんて反則でしょぉ!」
「だいじょうぶ、あいつは根っこのせいであそこから動けないッハ」
「そうか、じゃひとまず離れて・・・」
と、シンハのアドバイスどおり相手の間合いから出て体勢を整える。
化け物は枝をわたしに向かって2度3度と振り下ろすが、むなしくも届かない。
化け物は必死に体をひねり、リーチを伸ばそうとしている。
「よーし、これなら楽勝!トゥインクルロッド!」
わたしはトゥインクルロッドを取り出す。
そのとき、限界までねじられたさくらんぼの木が勢いをつけて枝をふるうと、その枝についていたさくらんぼがまるで散弾銃のようにわたしに向かっておそいかかってきた。
「あだだだだだだだっ!!!」
油断していたわたしは避けられずにまともにそれを浴びる。
柔らかい果肉が肌を打ち、硬い種が肉を打つ。そして大事な商品が無駄になったことが心を打つ。一粒で三度痛い攻撃だ。
「もぉー怒った! ラクシュミー・トゥインクル・ファウンテンッ!」
わたしはロッドを握り締め、構えなおすと怒りをこめて化け物が宿った木へと振り下ろす。
光の噴水がさくらんぼの木へと向かって一直線にふりそそぎ、包み込んだ。
「ダデェェェエエエェェェエエナアァァアァァアアアァァアアァァ・・・・・・」
絶叫があがると、さくらんぼの木からは禍々しい気の様なものが消えて、元の色味を取り戻した。が、ひどくねじれてその形を変えてしまっていた。
「どぉーしよー・・・これ・・・」
わたしはその木を見上げながら途方にくれた。



 (青木君がんばれー・・)
(青木君がんばれー・・・・)
(青木君がんばれー・・・・・・)
「んふっ、んふふふふふふ・・・・・・ぉおぉおぅ・・・」
 自宅のトイレに座りながら、ぼたんがかけてくれた声援を反すうしている青木は再び襲ってきた痛みに腹を押さえた。
「くっそう、思いっきり殴りやがってダデーナーめ、んっむぅんんん・・・」
 とても表現できないお聞きぐるしい音がひびく。
「絶対に当てるなよと念を押したのに・・・なんだか反応が悪い感じだったな、っあっあああ・・・」
再び青木は腹を抱えこむ。
「ハァ、ハァ、くそっ、しっかしアイツのおかげでいろいろと知ることができたのは収穫だったな・・・あぁ、ペットのごはんのためにアルバイトするなんて、なんてやさしい娘なんだろう・・・うっうぅぅう・・・」
 うっとりした顔を、再び苦悶の表情に変え青木は下腹に力を入れた。
「もう一体作るか・・・しかしな、またコントロールを離れて勝手にどこかに行かれても困る・・・」
青木はトイレを出た。
台所まで行くと文珠の入っている袋を開く。
しばしそれをながめた後、そのまま袋の口を閉じた。
「やはり、むだには使えんな・・・まぁいいだろう、今日の一件できっと冬咲君も・・・」
またもや便意が襲う。
たまらず尻に力を入れ青木は再びトイレに駆け込んだ。

まほろば天女ラクシュミー 3話 了