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2話 今年のさくら 今年のだんご

第2話 今年のさくら 今年のだんご


唖然とした。
掲示板にでかでかと張られている学校新聞を見て唖然とした。
「謎のコスプレ少女!放課後の学校で大活躍!」
幸いピンが甘くて顔はよく見えないが写真もでかでかと載っている。
A4の用紙をわざわざ九枚も張り合わせていったい誰がこんなものを!
発行者の名前を探そうと新聞に顔を近づけたそのとき、
「ぽちっとな」
「ひゃうん!」
襟足のほくろを突っつかれ、はからずも大勢の生徒のいる真ん中で声を上げてしまう。
わたしは振り返ると千代ちんの肩をつかみ、掲示板の前から離れる。
「ちーよーちん!」
「おはよー、ぼたんちゃん」
「おはよーじゃないわよ!まったく!」
精一杯して見せた怖い顔にも動じず、千代ちんはニコニコと笑っている。
「ねーねーなに見てたの?」
千代ちんはそう言うと、後ろの掲示板を見ようとぴょこぴょこと飛び跳ねる。
「え、ええと」
あまりその話題に触れたくないわたしは、言葉をにごして別の話題に持っていこうと考える。
が、あの巨大掲示物の存在感は大きく、ラクシュミーの写真は否が応にも千代ちんの目に留まる。
「へー、こっちにもああいうの好きな人っているんだー」
「いや、あの、そんなに好きこのんでやってるわけじゃないよ・・・と思うんだけど・・・」
「詳しいね? 知り合い?」
「いや、えっと、そういうわけじゃ・・・」
千代ちんの発言にしどろもどろになる「ご本人」。
そのわたしに不思議そうな顔を向ける千代ちん。
やばい何か感づかれたかしら?
でも正体がばれたからってどうにかなるのかな?シンハは特に何にも言ってなかったけど・・・
いやいや、魔法とかなんかの副作用よりも、この場に居合わせてる人たちの好奇の視線を考えたら・・・
やばい! 正体がばれたら社会的にやばい! 恥ずかしくて生きていけない!
ばれちゃだめだ! 何とか話題を変えなきゃ!
「どうしたのぼたんちゃん? 具合でも悪い?」
「え、あぁ、うん、ほらあれよ! 具合はともかくわたしジャーナリスト志望じゃない! だからほら、こういう新聞部とかあったらいいなーと思ってて、うん。 放課後にでもここの部室行ってみようかなーなんて、あ、あはは・・・はは・・・」
「う、うん。がんばってね、ぼたんちゃん・・・」
よーし、これでうまく話題が・・・あ、あれ?変わってたのかな?


窓から校庭を眺めると、数名の男子が先日のラクシュミーの動きを、あんな細かいところまでよくもまぁ見られていたもんだと感心するほど詳細に再現していた。
そこに青木君と赤木君が通りかかる。
赤木君の恐ろしげな風貌にか、青木君のおどろおどろしい雰囲気にか、男子たちはクモの子を散らすようにその場からいなくなる。
青木君はみんながラクシュミーの動きを再現していたあたりに立ち、ぐるりと周りを見回すと、舌打ちをして下を向いて再び歩き出した。
「・・・さん、冬咲さん? 僕の話し聞いてる?」
「あっ、聞いてます。聞いてますよ大河原さん」
語りかけられる声にはっと引き戻されるわたし。
ここは図書室の一角。新聞部の活動はここを中心に行われると聞いて千代ちんと二人で訪れてみたのだ。
本当はあの場を取り繕うためにでまかせを言ったのだが、どうやら千代ちんがその気になってしまった様なのだ。
「だから僕はね町外からの、それもアーバンライフ、つまり都会的な生活に親しんだ転校生であるところの竹田さんのビューポイント、視点がね、きっと新聞部のこれからの活動に大きくプラスになってくれると考えているんだよ」
熱く語っているのは大河原部長。
彼はとにかく話がまだるっこしい。
理屈っぽいだけでも大変なのに、言葉や文章に余計な装飾をつけすぎるきらいがある。
その上何かと専門用語や聞きなれないカタカナを使いたがる。
また、難読漢字を多用するのがカッコいいと思っているらしく「うるさい」は必ず「五月蠅い」、「はかどる」は「捗る」と書かないと気がすまないときている。
容貌は短髪だが顔がでかくパンパンで、何で買っちゃったの?と思うようなデザインのおしゃれメガネがこめかみに食い込んでいるさまが痛々しい。
苦手だなぁこの人、と思い視線をテーブルのすみに移すとまだ学生服に着られてるなといった感じの吉田君と目が合う。
すると吉田君は目の前に広げてあるノートを腕の中に隠すようにする。
残念ながらお姉さんにはしっかり見えてますよ。
どうやら萌え系の女の子を描きたいようだがうまく線が定まらないようだ。
たぶんわたしや千代ちんの落書きのほうが上手い。
あんまり見ていて嫌われてもしょうがないので視線をテーブルの反対側に移す。
そちらでは何で運動部に行かなかったのと思えるようながっしりした体格で、髪をスポーツ刈りに整えた日下部君がやたらとごつくてごちゃらごちゃらしたカメラを大事そうに磨いたり、時折ファインダーをのぞいたりしている。
先日の写真を撮ったのも彼のようだが、あの写真を見る限りではこのカメラも宝の持ち腐れのようだ。
「だからね・・・冬咲さん?冬咲さん、僕の話聞いてる?」
「あっ、聞いてます。聞いてますよ大河原さん」
部長はコホンとひとつ咳払いをして話を続ける。
「だから君たち二人には、いつも見慣れた町でも視点が変わればこんな風に見えるよと、こういった観点から高畠の観光について提案するような記事を担当して欲しいんだ」
どうして学校新聞で町の観光のことまで心配しなきゃならないんだろう。と考えていると部長は正面から千代ちんの手を握り、
「そのためにも竹田さんは予備知識ゼロでいろいろな体験をしてほしい」
と言った。
それから千代ちんの手を握ったまま顔だけこちらに向けて、
「そして冬咲さん、君は竹田さんをサポートするためにガイドとしてしっかり下調べをして解説できるようになっていてほしい」
と言う。
え?それって、なんかわたしの方が大変なんじゃない?
反論するまもなく部長は千代ちんの手を取ったまま立ち上がると、
「そうだ竹田さんはこの学校まだ慣れてないでしょ、これから僕が案内するよ。じゃ、みんな後はよろしく」
「え?あの、みんなまだ慣れていないと思うんですけど・・・」
という千代ちんの言葉が聞こえないかのように部長はずんずんと千代ちんを引っ張っていってしまう。
「一年生のほうの教室は僕が・・・」
そういって吉田君も立ち上がる。ついで日下部君も黙って席を立つ。
残された吉田君のノートに描かれている女の子の頭には短いツインテールとさくらんぼのような髪留めがついていた。
一人ぽつんと図書室に残されたわたしは、女のプライドを傷つけられた怒りで、こんな部なんかやめてやろうか、とも思ったが、千代ちん一人をこんな男どものところへ置いてもおけない。
これからの部活動を思うと先が思いやられた。


高畠町の桜の開花は例年ゴールデンウィークの一週間前ぐらい。
気温や天気しだいだが、おおむね四月いっぱいは桜が楽しめる。
黄砂で遠くの山がぼんやりとかすむなかを、わたしと千代ちんはデジカメ片手に、高畠駅から町内を目指してまるで桜のトンネルとなった「まほろばの緑道」を歩いていた。
シンハも犬の振りをしてついてきている。
「まほろばの緑道」は高畠駅から屋代地区へ向かい市街地を通り安久津八幡神社へと続く全長約6キロのサイクリングロードだ。
元は高畠鉄道という路線の線路が走っていたが、1974年に廃線となり、町民の憩いの場となるべく整備されたという。
道の両脇には約七百本の桜の木や果樹などが植えられている。
また、途中には「泣いた赤鬼」などの代表作を持つ、高畠出身の童話作家「浜田廣介」の記念館もある。
どうしてこんなところを歩いているかというと、例の新聞部の活動である。
まず千代ちんが目をつけたのがこの桜満開の「まほろばの緑道」だった。
サイクリングロードだから自転車でというわたしの提案は千代ちんに一蹴される。
「自転車じゃ見落とす景色もある。こういうのは歩いてなんぼ」
なんだそうだ。
日ごろ自転車ばっかりで歩きなれてないわたしとしては、となりを通り過ぎていくレンタサイクルの家族連れがうらやましい・・・
九時ごろに駅を出発して約一時間。廣介記念館の庭にあった童話をモチーフにしたオブジェの数々にだいぶ時間を取られたわたしたちはようやく屋代小学校方面へと続く道へと向かう。
古い民家の立ち並ぶ一本柳の道路をわたると一面の田んぼが広がっている。
このあたりは盆地のほぼ中心部なので山が遠く、さらにごちゃごちゃとした建物が無いのでより田んぼの広さが感じられる。
「すごーい」
千代ちんが目を丸くする。
そんなにたいしたものかなぁと思いながら、わたしとシンハは走り出した千代ちんの後ろを追いかけた。
その後も、ときどき置いてある高畠石の巨石や、子供たちになでられすぎてペンキがはげてしまった動物のオブジェを仔細に眺めたり、道端に設置してある遊具にまたがってみたり、地面に描いてあるケンケンをやってみたりと、千代ちんは何かを見つけるたびに全力でそれを味わっていた。
わたしはというとその様子を写真に収めたりしつつも、見慣れてしまい、代わり映えの無いような風景に正直飽き飽きしてきた。
このように道草をくいながら歩いてきたので旧高畠駅公園に付くころにはお昼近くになっていた。
一面桜色に染まった公園に着いて、本当ならここで一息入れたいところだが、名ガイドであるわたしは、あえて高畠石で組まれたレトロでモダンな駅舎を横目に公園を突っ切り「昭和縁結び通り商店街」へと向かう。
この「昭和縁結び通り商店街」にも千代ちんの興味を引くものはたくさんあるが、わたしは寄り道を許さず、目的の店「おばこや」の前まで千代ちんを引っ張って行った。
「おばこや」は甘いもののお店でこの時期にはだんごをメインに売っている。
「すいません。予約していた冬咲ですが・・・」
「はいよ、冬咲さんね・・・じゃ、これ800円」
この時期は予約なしには買えない人気のこのだんご。
あん、ゴマ、しょうゆ、そして枝豆をすりつぶしたじんだんの4種類、各2本ずつ入ったパックを受け取る。
そのあいだ千代ちんは、おかみさんがだんごの生地を棒状にのばし、リズミカルに包丁で切って、串にさしていく様子を店先から感心した様子で写真に収めていた。
わたしたちは再び旧高畠駅の公園へと戻る。
花見客が大勢いる中、わたしたちは腰を下ろせそうなベンチを探す。
が、千代ちんが先ほどスルーした旧駅舎に釘付けになる。
濃い肌色というか、薄い茶色というか、明るいオレンジ色をした凝灰岩の高畠石。
この石をまるで西洋の城砦のようにくみ上げた外観をしているのが旧高畠駅の駅舎の特徴だ。
現在では耐震性の問題などから中に入ることは出来ないという。とはいえ2011年の大地震はしっかりと耐え切ったので何か活用しないのはもったいないような気もする。
五分後、渋る千代ちんを何とか駅舎から引き剥がし、かつて高畠鉄道で活躍していた機関車、といってもセダン車のような形をした電気機関車なのだが、この機関車の前にあるベンチに腰を下ろせた。
千代ちんは機関車が見たくてうずうずしているが、まずは団子だ昼飯だ!
「やっぱりこの季節になるとこれを食べずにはいられないのよね~♪」
と、包みをほどくと千代ちんの目も団子に向く。
最初の一本、わたしはゴマから、千代ちんはじんだん。
「おいひー」
「やわあはーい」
わたしたちは同時に声を上げた。
「あおね、あおね、おらんごがね、えきたへやからね・・・ふんごふやあらかいのよ」
千代ちんが興奮して訴えてくる。
わたしはお茶のペットボトルのキャップをひねると千代ちんに手渡す。
千代ちんはごくりと一口だけ飲み、一息つくと再び感想を語りだした。
「そしてこのずんだ? じんだん? これもおいしいのよ! 初めて食べたんだけど!」
千代ちんはそういうと二玉目へと口をつける。
ひとかみふたかみして千代ちんは目をつぶると足をばたばたさせ団子のおいしさを全身で表現する。
お団子がおいしいのはわかるけど・・・、紹介したお団子を評価してくれるのはうれしいけど・・・、こうまでされるとなんだか馬鹿にされているように感じてしまう・・・
あっという間に一本食べ終えた千代ちんは魚肉ソーセージをねだるシンハのような目をしてわたしを見つめる。
はいはい、もう一本じんだんが食べたいのね。
わたしは黙って団子のパッケージをくるりと回し、くしの出ているほうを千代ちんに向ける。
そのときシンハとも目が合う。はいはい、あんたも欲しいのね。
ペットボトルのフィルムをむいてから団子を一玉はずしその上に乗せてやる。
まってましたとばかりに団子にむしゃぶりつくシンハ。
「おいしいッハ♪」
と思わず声に出す。
「え?」
千代ちんが驚いたような顔をしてシンハを見る。
シンハはしまったという顔をしてわたしを見る。
「・・・え、と・・・ほら、あの・・・『おいしい?シンハ』ってきいたのよ。ほら曲がってしゃべると変な声が出るじゃない!・・・おいしい?シンハ・・・」
シンハの声まねまでして弁明する。千代ちんはあっけにとられたような顔をしている。
ここはひとつ話題を変えないと・・・
「そ、それよりさ、今まで念入りに時間をかけてまほろばの緑道を見てきたじゃない? どう? いい記事かけそう?」
わたしは千代ちんに問いかけた。
「うん、だってすっごく楽しかったから」
「ふうん、楽しかった・・・ねぇ」
即答する千代ちん。それに対して少し言いよどんでしまうわたし。
そんなわたしに千代ちんは微笑みながら言葉を続けた。
「きっと、ぼたんちゃんは見慣れちゃってると思うんだ、この風景に。毎年、毎年、この桜並木を歩いて、このお団子食べて・・・」
千代ちんは団子をひと玉口に入れ、飲み込むとまた言葉を続ける。
「わたしさ、お父さんの仕事の都合で毎年毎年あっちに行ったりこっちに行ったりで、毎年見てきた桜も食べてきたお団子も違うんだ・・・だから、この季節になったらココに来て、ココのコレ食べなきゃっ、ていうのを持ってるぼたんちゃんがうらやましいんだよね・・・」
そういうと千代ちんは少し寂しげな目をして見せた。
「もう来年は見れないかもしれない、もう来年は食べれないかもしれない、だったら思いっきり楽しんで、思いっきり味わってやろうって思って、一期一会って言うのかな? ちょっとちがう?」
千代ちんは少し照れたような顔でこちらを見る。
わたしは千代ちんの微笑みを受け止められず、足元のシンハに視線を逃がしてしまう。
「そうだったんだ・・・」
千代ちんの思いを知って、なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
その思いが見透かされたのか千代ちんがわたしに言葉をかける。
「・・・なんだかしんみりさせちゃってごめんね、でもわたしお得なのよ。だってぼたんちゃんよりもっと多くの桜の名所やお団子の味を知ってるんだもの」
そういって千代ちんは薄い胸を張って見せた。
「こいつぅ」
と、わたしは千代ちんをひじでつつく。わたしたちはしばらく笑いあった。
「あとね、これはお母さんからの受け売りなんだけど・・・」
千代ちんは人差し指を立て目をつぶり、一呼吸置いて言った。
「女は、ふるさと以外に住んでる男の人を好きになって結婚したら、その人の町に暮らさなきゃいけなくなるじゃない。だからそれまでは自分のふるさとを大事にしなさいって、自分の子供にふるさとのいいとこをいっぱい教えられるように・・・」
千代ちんはわたしを見て、
「わたし、お母さんの大好きなこの町に来れて幸せなの」
と微笑んだ。
と、そのとき。
藤棚の東屋の向こう側、駅舎の裏手の広場のほうから大勢の人の悲鳴が聞こえてきた。


「・・・なに、あれ?」
見覚えのある二度と見たくなかった紫の化け物を、初めて目にした千代ちんは絶句した。
シンハが足を叩いて必死に変身しろって訴えかけてくる。
「でも」
となりには千代ちん。
まわりには大勢の花見客。
絶対に正体がばれるわけにはいかない。
「ダデーーーナーーーーーーーーー」
化け物が一声ほえると、まわりからもいっせいに悲鳴が上がる。
急に腕が重くなる、見ると千代ちんが腰を抜かしてわたしの腕につかまっていた。
「・・・ぼ・・・ぼたんちゃん・・・何?あれ・・・」
化け物を前にして比較的冷静なわたしを頼もしく感じるのか、千代ちんはぎゅうっとわたしの手を握りながらたずねてくる。
「だいじょうぶ・・・だいじょうぶよ・・・だから、立てる?」
わたしは千代ちんの手を握り返しひっぱるが、千代ちんは青い顔で化け物を見つめ、ただただ震えているだけだ。
その千代ちんの前にシンハが飛び出ると、千代ちんに向かって
「ガオウ!」
と吼えた。
千代ちんは目を回し意識を失う。
「千代ちん!千代ちん!」
わたしは千代ちんを揺り起こそうとする。
「大丈夫、術をかけて気絶させただけだッハ。さあ今のうちにラクシュミに変身するッハ」
「ンばが!こだなどさ置ぎっ放しにさんにぇべっした!」
(訳:ばか!こんなトコに置きっ放しにできるわけないじゃない!)
わたしは千代ちんを後ろから抱え上げるとズリズリと引きずって避難させる。
とりあえず東屋のかげにでも寝せておけば大丈夫だろう。
後は見つからずに変身できるところ・・・さっきお団子食べた機関車と貨車のすき間がいい。
わたしは機関車までダッシュすると貨車とのすき間にもぐりこむ。
そしてシンハから如意宝珠を受け取ると、念のため周囲を確認し、ひとつ深呼吸をしてから、
「オン!チンターマニ・ソワカ!」
と叫んだ。
温かい空間に漂う。そんな感覚を久しぶりに受けたかと思うとわたしはラクシュミーの衣装を身にまとっていた。
服の引っかからないような位置に移動すると、ジャンプして公園全体を眺める。
基本的な動きや力の調整はあれから何度か練習して加減ができるようになった。
女の子の恥じらい、変身のための呪文への抵抗も・・・三回目くらいで・・・捨てた・・・。
化け物は?・・・良かった、まだそんなに動いていない。
次のジャンプで背後に回ってトゥインクルファウンテンで速攻片をつけちゃおう、と思いながら地面に降りたが何か違和感を覚える。
わたしは違和感のした方、駅舎の屋上へと向かって大きくジャンプした。
駅舎の屋上には人がいた。
それもただの人じゃない、ゲームやマンガの中に出てくる魔法使いのような服を着た人が、化け物のほうを向いて「来い!」とか「早くしろー!」とか、身振り手振りをしながら声をかけているのだ。
きっとこいつが前回や今回の化け物騒ぎの黒幕なのね。
わたしは颯爽と彼の後ろに降り立つと、人差し指を「ビッ!」と向けながら、
「そこまでよっ!」
と、叫んだ。
魔法使いのような格好の男はゆっくりとこちらを振り向く。
顔はフードに隠れてよく見えない。
「・・・また・・・貴様か・・・」
男はしぼり出すような声で言った。
「また?・・・またってことはこのあいだの学校の化け物もあんたの仕業なのね!」
「そうだといったら・・・」
男は体の前で腕を交差させてひざを曲げ、腰を低く落とす。
いつでも跳びかかってこれる体勢だ。
わたしは油断なく男の動きを見つめながら、
「この高畠の平和を守る、まほろば天女ラクシュミーが決してあなたを許さない」
そういって見得を切る。
男はいまいましげに口の端をゆがめると、
「ふん・・・ならば今日のところは譲るとしよう・・・」
とつぶやき、ザリガニのように背後へと跳んだ。
「危ない!」
落ちちゃう!と思いあわてて追いかけ手を伸ばすが届かない。
屋上の縁につかまり下を覗き込む。
と、化け物がすごい勢いで跳び上がって来て、わたしはあわてて頭を引っ込める。
紫の化け物は空中で姿勢を整えるとわたしに狙いを定める。
・・・ちょっと待ってよ、このまま落ちてきたら駅舎もただじゃすまないじゃない・・・
わたしは広場へと向かって跳んだ。
化け物もそれを追うように落下してくる。
駅舎は無事だ。しかし、化け物の巨体がわたしに迫ってくる。
空中では思うように避けられない。
まずい! やられる! 
わたしは思わず目をつぶる。
次の瞬間、力強い何かに抱きすくめられる感触と体が上昇するようなGを感じた。
続いて「ドーン」と何か重いものが落下したような音が響いてくる。
恐るおそる目を開けるとわたしは誰かの腕の中に抱えられ宙を飛んでいた。
この覆面姿は、この間もわたしを助けてくれた彼だ!
覆面の彼は化け物から離れたところに着地する。覆面のせいで彼の表情はよくわからないが、視線は鋭く化け物に注がれている。
あれ、ちょっと待って、この格好って・・・
今のわたし・・・お姫様抱っこ!
そう思うとなんだか急に恥ずかしくなる。
「・・・あ、あの、ちょっと・・・」
わたしが声をかけると覆面の彼はわたしの顔を見つめる。
やだ、こんな体勢でそんなに見つめられたら・・・
カァッと顔が熱くなるのがわかる。わたしは恥ずかしくなって顔をそらす。
すると彼はそおっと体を傾け、足から地面に降ろしてくれる。
 
「あ、あの、ありがとうございます」
わたしは振り向いて彼にお礼を言った。しかしそこに彼はいなかった。
このあいだと同じように彼は忽然と姿を消していたのだ。
ズズズズズ・・・・・・と地響きがする。
化け物が再び動き始めたみたいだ。
もうさっきみたいな油断はしない、速攻で決める。
「ラクシュミートゥインクルロッド!」
如意宝珠が魔法のステッキへと姿を変える。
トゥインクルロッドをつかむと空中に魔方陣を描く。
よおし、気力充実。
「ラクシュミー・トゥインクル・ファウンテン!」
わたしは化け物めがけてトゥインクルロッドを振りかざす。
が、そのとき化け物が身をよじらせた。
光の噴水は化け物の体を捕らえるにはとらえたものの、その半身を削り取っただけだった。
「ダァアァアァァァアアアデェェェエエェエェェエエェナァァァアアアアアァアア!」
半身を削り取られた化け物は痛みのためか、体を伸ばしたり縮めたり、地面に体を打ち付けたり駆け回ったりものすごい勢いで暴れまくる。
そのたびに衝撃が起こって桜の花が散り、風がおきて花びらが宙に舞う。
「もしこいつが千代ちんに向かって行ったら・・・」
わたしは千代ちんの元へと駆け寄り、何かあったらいつでも逃がせるようにしっかりと抱きすくめる。生身のときと違って軽々動かせそうだ。
化け物は高く跳び上がると、わたしたちの頭の上を飛び越えて機関車の上へと落ちた。
その瞬間機関車からバリバリと紫色の稲妻のような光が放たれた。
まぶしさにわたしは手をかざす。
しばらくして、光はおさまり静寂が訪れる。
「やっつけた・・・のかしら・・・」
そう思ったのもつかの間、機関車がガタゴトとゆれだした。
ゆれはますます激しくなる。
金属のこすれるような延びるような甲高い音がしだした。
そしてついに「ゴギン」という大きな音がして機関車が宙に浮いた。
機関車の運転席にあるメガネのようにコミカルな四角い二つの窓は、化け物の真っ赤な目の色に変わっていた。
そしてその窓を目とするならおでこの位置にある大きなライトの跡が鈍い光をたたえながら明滅していた。
機関車は上空10メートルほどのところに浮かび、まるで獲物を探すかのようにゆっくり回転する。
目が合った! 
見つかった!と思うや否や、千代ちんを抱いてその場から飛び退く。
ドーンという音と土煙が上がる。
煙の向こうにはぐにゃりと鉄柱のへし折れた藤棚の東屋が見える。なんという突進力だ。
ともかく千代ちんを抱いたままじゃ戦うにも戦えない。ひとまず千代ちんを下ろして、敵をひきつけないと。と、千代ちんから手を離した瞬間・・・
見つかった!
もう一度千代ちんを抱き上げて跳ぶ時間は無い!
ドン!
わたしは腕を前に突っ張って、機関車の突進を正面から受け止めた!
「ん、んぎぎぎぃ・・・おもい・・・」
足首あたりまで地面にめり込んでる感じがする。
うまく力を逃がせばかわせない事も無いかもしれない。でも・・・
下を見ると千代ちん。
下手に動けば千代ちんが機関車につぶされちゃう!
シンハが駆け寄ってきて千代ちんの靴に噛み付き、千代ちんを引っ張り出そうとする。
おっ!いいぞ!と思うも靴だけスポンと脱げて、勢いあまったシンハはごろごろと転がって目を回す。
こんの役立たずぅ。
「お願い、千代ちん・・・目を覚まして・・・」
わたしのあごからぽたりぽたりと千代ちんの顔に汗が滴り落ちる。
「・・・ん、ううん・・・」
しめた、気がついた。
わたしの祈りが通じたせいか、それともシンハが目を回して術が解けたせいか、千代ちんが意識を取り戻した。
「・・・あれ、コスプレの人?・・・え、どうしたの?・・・え? え? え~~~?」
状況を把握した千代ちんはパニックにおちいる。
「・・・は、や、く、に、げ、てぇ~・・・・・・」
声を絞り出すようにお願いする。もうそろそろ限界だ。
千代ちんはお尻をずってわたしたちの下から這い出ると、くるりと振り返って靴が脱げているのにも気づかずにダッシュで逃げ出した。
よし、あのくらい離れれば。
わたしは拮抗している力を下方向へと逃がしてやり、その反動で空高く舞い上がる。
機関車は芝生にめり込んで身動きが取れないでいる。
チャンスだ!
空中でトゥインクルロッドを取り出すと、着地と同時に魔方陣を描く。
今度は絶対はずさない!
「ラクシュミー・トゥインクル・ファウンテンッ!」
光の噴水が機関車へと向かって一直線に放たれ、包み込む。
「ダデェェェエエエェェェエエナアァァアァァアアアァァアアァァ・・・・・・」
絶叫があがり、機関車がまとっていた禍々しい気の様なものが消えたような気がした。


唖然とした。
掲示板にでかでかと張られている学校新聞を見て唖然とした。
「謎のコスプレ少女!満開の桜の下でも大活躍!」
幸い後姿で顔はよく見えないが写真がでかでかと載っている。
A4の用紙をわざわざ十六枚も張り合わせていったい誰がこんなものを!
いや、このアングルで写真が取れたのはただ一人、もう一度確認しようと顔を近づけたそのとき、
「ぽちっとな」
「ひゃうぃん!」
襟足のほくろを突っつかれ、またしても大勢の生徒のいる真ん中で変な声を上げてしまう。
わたしは振り返ると千代ちんの肩をつかみ、掲示板の前から離れる。
「ちーよーちん!」
「おはよー、ぼたんちゃん」
「おはよーじゃないわよ!まったく!」
精一杯して見せた怖い顔にもまったく動じず、千代ちんはニコニコと笑っている。
「一体全体どーしたのよこの記事!」
「あ、見た見たー? すごいでしょー」
「すごいでしょって、何でラク・・・じゃなかった、まほろばの緑道の記事はー?」
危うくラクシュミーの名前を口走りそうになる。
「緑道の記事は左下のほうにあるよ。 それよりすごかったんだってぼたんちゃんが気絶しているあいだ!」
そう、あの時わたしは気絶していたことになっている。
というか、変身から戻ったあとの反動がすごくて動けなかったのだ。
機関車を正面から受け止めたのが効いたのだろう、腕、肩、腰、脚がミリミリと悲鳴を上げ、おかげで貴重なゴールデンウィークの間中ろくに動けず寝てすごしていた。
「部長に写真と記事を見せたらすごく気に入ってくれて、で十六枚編成の超特大紙面!」
千代ちんはとってもうれしそうに話を続ける。
「機関車の化け物をとぉーっ!って叩きつけたかと思うと、魔法のステッキでやぁーっ!って・・・わたし、ああいうのって漫画やアニメの中だけかと思ってたんだけど・・・ねぇねぇ、聞いてるぼたんちゃん?」
「う、うん、聞いてるわよ・・・」
いやだー、聞きたくなーいと内心思いつつもとりあえず相づちを打つ。
「それでね、わたし決めたの! このコスプレの人を探すって!」
「え?」
千代ちんの発言にわたしは目を丸くする。
「なんていうのかなー、馬鹿にされちゃうかもしれないけど、ああいうのに昔からあこがれてたって言うか・・・なってみたいなぁって・・・」
なってみたいなぁって・・・代われるものなら代わって欲しいよ・・・
「あぁ、今あの人はどこにいるのかしら・・・」
・・・はいはい、ここにいまーす・・・
夢見る乙女の目をした千代ちんに、声に出来ないつっこみを入れるわたし。
せいぜい出来ることといえば乾いた笑いで相づちを打つことだけだった。

月夜の旧高畠駅を赤木と青木が連れ立って歩いていた。
例の騒ぎのせいもあり、公園の桜はすべて散ってしまっていた。
事件から十日たって、立ち入り禁止の黄色いテープはまだ移動のすんでいない機関車の周り以外からは剥がされていた。
遠目から機関車を見ると青木は舌打ちをした。
「くそっ!何度思い出しても腹が立つ! そもそもお前がもたもたしてなければギャラリーの大勢いる中でお前の雄姿を見せ付けることができたんだ。 見ていたのが町民ともなれば友達千人、彼女も千人の超リア充ライフが送れたはずじゃないのか、なぁ赤木!」
そう言うと青木は赤木に人差し指を突きつける。
赤木はうつむいてじっと自分の両の手のひらを見つめていた。
「おかげで見ろ、あのざまだ! またあのラクシュミーとか言う小娘においしいところを持っていかれたじゃないか!」
「ラク・・・シュミー・・・」
赤木はつぶやくと開いていた両の手をぎゅうっと握り締める。
「そうだ!あいつは自分でそう名乗っていた。しかし・・・」
青木は再び機関車に目をやる。
「しかし、この間の戦いではダデーナーの面白い使い方が判ったのが収穫だったな・・・。ようし、いいか赤木!次こそは!この次こそはあのラクシュミーよりも先にかっこよく活躍して、幸せなリア充ライフを手に入れてやるぞぅ」
青木の高笑いが公園中に響き渡る。
赤木は再び手のひらを広げてじっと見つめる。
赤木にはその腕の中に、この間抱きしめたラクシュミーの柔らかく温かな感触がまだ残っているかのように感じられた。

まほろば天女ラクシュミー 2話 了