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漂着静物画

11. 漂着静物画


 梅雨入りしたはずが、低気圧が抜けるのが早かったとかで、梅雨明けのような晴天に見舞われた六月の日曜日。蒼葉にはこの間の掃部先生の大判写真が目に焼きついていて、ある衝動に駆られていた。「荒川の叫び、というか、何か描ければいいんだけど」 こちらはフリップではなく、れっきとしたスケッチブック。今日のところは水彩で、ということは決めていたが、題材は未定。櫻姉には内緒で朝早く出てきた。橋から見下ろす川面は東からの陽光を吸収して、旺盛に輝いている。「これをそのまま描いたら写生だしなぁ」とか言いつつも、しばし流れる川波と光を見送る蒼葉。より遠方には鉄道橋。上り寝台特急が走って行く。そしてその橋梁の下から小型貨物船が遡って来た。絵を描く上で、蒼葉の視力は十分過ぎる程である。それゆえ、目に映るものあれもこれもとなってしまうのが悩ましい。歩き出す蒼葉の横を高校生風のお嬢さんが自転車で通り過ぎた。「あ、ごめんなさい」 その一言は柔らかく、蒼葉の印象に残った。

 とにかく干潟の方へ行ってみることにした。三日に行き損なった分、思いはひとしお。「七月一日の下見も兼ねて、と」 前回はミミズに目を奪われてしまったが、今日は草花に目が行く。ネジバナの紅色、ミヤコグサの淡黄色が初夏を彩っている。野球の試合はお休み。辺りは静寂に包まれている。

 デニムのハーフパンツにリボンシャツ、この恰好なら動きやすい。干潟へはひと降りである。「いやぁ、またしても...」 周囲が静かな分、物言わぬ漂着物はその存在感を増し、袋状のものさえ重量感を醸している。慄然とする蒼葉。「千歳さんも最初は衝撃を受けたんだろな」 潮位が変化する前に、アウトラインだけでも描き止めようと、鉛筆を走らせる。向かって右側、ヨシ原に目が留まる。干潟に根を下ろすヨシの群れは、足元のゴミにはお構いなし。少しずつ高度を増す太陽に向かって競うように背筋を伸ばし、威勢がいい。

 「取り除けばもっと元気になるのかな」 流されてきたらしい一本の枝を手に、そろそろと下流側のヨシ群へ。あまりの数のカニの巣穴に恐々としながらも、プラスチック製の包装類やペットボトルなんかを根元からどかしていく。レジ袋を一つ除けると、新しい茎がいくつか顔をのぞかせた。「なーるほど」 ヨシヨシと心の中で呟きながら、再び配置に付く。干潟の奥地は、毎度の如くヨシの束で覆われているが、うまく平らにすれば砂地に直に置くよりはいい。折り畳み式のミニベンチをそこにセットして、本腰を入れる蒼葉。鳥の啼き声もヨシの擦過音も耳に入らない。時折、寄せてくる波の音にハッとする程度。広めの干潟と大きめのヨシ、水際には漂着物が誇張気味に配されていく。そして、別の一枚には習作らしき線画がいくつか描かれていく。

 印象派志向の蒼葉嬢だが、印象派画家で水彩作品があるのは「シニャックか、デュフィか」なんだそうで、手本が限られている分ちょっと描きにくそう。「あ、水...」 水彩用絵具と筆は持って来たが、うっかり水溶きの用具を忘れてしまった。すでに太陽は真上近くまで来ている。干潮はピークに。「あ、そうだ」 何を思ったか、近くにあった食品トレイを拾うと、退潮してしまった水際に駆け寄り、トレイを濯ぎ始めた。そしてそのまま川の水を掬う。「川を描くんだから、やっぱり同じ成分を使わなきゃ」 この辺りの機転は姉と似ている? 筆はと言えば、櫻曰く「庭に生えてた」例の一本。太めなので、まず大まかなところの彩色に使ってみる。筆はすでに川の水に馴染んでいた訳だから、違和感ないだろう。川の青はよく見ると悲痛な色を湛(たた)えている。要するにブルーなのである。

 空の青と対照を成す川の青。ヨシと干潟を力強く描くことで、その愁いあるブルーを少しでも清らかに見せようとするが、漂着物の現実がそれを妨げる。缶の銘柄などが目に入ると、つい筆が止まってしまう。そして小さく溜息。それでも上物の筆は、青、緑、グレーと穂先の色を変えながら、忠実に蒼葉の想いを紙に映していく。あくまでラフスケッチのつもりだったが、小筆に持ち替えると細部にも力が入っていく。現実は現実と受け止める。それは悲嘆にも通じるが、逆に幾許(いくばく)かの希望をも浮かび上がらせる。果たして、川の水を使った効果か否か、何かが乗り移ったようにその「水彩」は展開され、どことなく荒川の匂いを含む一枚が仕上がった。陰翳を伴っているが、印象派風の光を髣髴(ほうふつ)とさせている。ふと時計を見る。十三時半を回っていた。

 軽々と陸に上がり、今日は人気ない洗い場でトレイをひと漱(すす)ぎ。画面いっぱいの水彩画は日光浴。ミニベンチを置いて、ピクニックスタイルの昼食を一人でとる蒼葉。離れていても目立つお嬢さんは、河川敷道路を自転車で通過中の青年の目に止まった。「この間、センターで見かけた人かなぁ?」 今日はゆっくりめに走っている。彼は例の縁起のいい名前の持ち主。掃部先生の一言に触発されたか、地元の大自然にやって来たようだ。このあたり実に素直である。「も一回、橋から下流側を見てみっか」 話に出ていた干潟を探しているらしい。小休止後、青年は上流側へ去って行った。

 蒼葉は再び干潟へ下りる。習作のつもりで描いた線画にも、この際着色してみようと思ったようだ。潮が反復して来ていて、川の水は手近だった。またトレイでひと掬(すく)いしようとしたその時、見慣れない小型の透明チューブに出くわした。「あら、何か青い液体が...」 おそるおそる手にとって、チューブの一端を見てみるとCOD(D)と打ってある。「何かの試薬かなぁ」 時間が経っているので、正しい標本色ではないのだが、その深い青は彼女を大いに惹き付けた。現場経験が一度でもあれば抵抗感がなくなるようで、その辺に落ちていた空の小型ペットボトルにその青チューブを収容する。櫻姉経由で矢ノ倉チーフに聞けばわかるだろう、という手筈である。

 青の衝動とでも言おうか、その後の習作はいずれも青が基調になった。漂着物の数々も青をなぞってから、モノトーンをかぶせるような描き方。四人でわいわいと拾ったり数えたりした物体が、今は正に自然にとっての脅威のように重々しく映る。我ながらその切迫感に息を呑む。筆も震えた。動力船が通過する。程なく、海でのそれとは異なる間隔の細かい波が干潟に押し寄せてきた。そろそろ潮時のようだ。十五時近く、太陽は上流側の橋に架かる位置まで傾いている。波は規則的に続き、しばらくしてから平面に戻った。だが、蒼葉の心にはいつまでも波が残っているようだった。

 本来の仕事を終えた筆は、川の水から離れ、今は水道水を浴びている。筆の水を切る時、その突端に字が彫ってあることに気付いた蒼葉。「ン? K.K.だって。持ち主のイニシャルかも」 習作第二部が乾くのを待って、帰途に着く。画家の日曜日はこうして過ぎていく。


 「蒼葉ったら、ケータイも持たないでどこ行っちゃんたんだか...」と妹を案じつつも、姉は姉で一人の時間を閉ざされた空間で過ごしていた。姉妹の日常は平屋の戸建が舞台だが、庭には別棟(はなれ)があって、時には出番が回って来る。主用途はアトリエだが、アップライトのピアノも置いてある。画業に集中するために防音構造になっているが、それは音楽家にとっても好都合だったようで、ピアノも気兼ねなく弾けるという特典つき。ピアノに向かうこともなくなっていた櫻だったが、妹がいないのも手伝って、今日はここで缶詰になっている。例の機内チャネルの一曲を耳で憶え、ピアノ部分をアレンジしながら、一音一音確かめるように弾く。器用なものだ。

 空の想念を音で描く櫻、川の現実を水彩で描く蒼葉。青い広がりを持つものを「描く」という点で同じだが、アプローチは異なる。食事中の表情も対照的な姉妹。習作第一部とともに、大まかな状況報告を受け、ウンウンと頷く姉君だったが、波が収まらない妹君は、

 「私、隅田さんにメールする!」と、いつになく衝動的に一言。そして、「弥生のアドレスと交換てことで、いいでしょ。櫻姉さん」

 「ま、今のところ、モノログに新ネタ載ってないみたいだから、蒼葉からスクープが届けば、喜ぶとは思うけど」

 「何かこう、他の人にも広く知ってもらいたいな、ていうのがあって...」

 「でも、現場で写真撮ってないでしょ。ケータイ置いてっちゃうし」

 「これ、載せてくれないかなぁ」

 習作第二部を繰る。彩色した漂着物の数々は、蒼葉にしてはトーンが暗めなので、櫻も驚く。感想を述べるには及ばない。習作という域を超え、そのメッセージは鮮烈に伝わった。

 「ケータイで写せる?」

 「姉さんの職場まで持ってってスキャンする程じゃないものね。試してみる」

 かくして、更新ネタを取材し損ねていた千歳君に、思わぬ投稿が舞い込んでくることになった。

 「なんと写実的で重厚な...」 櫻が加わるようになってからというもの、千歳にとってのゴミ箱干潟は、むしろ明るく朗々としたイメージに彩られていた。だが、蒼葉が描き留めた「漂着静物画」は物言わぬ故の重く響くメッセージを伴い、彼の心をも波立たせた。三月のあの衝撃、初心を想起させて止まなかったのである。「そう、だからブログで発信しようって」 蒼葉の思い、届いたようである。

 「それにしても、こうなるとゴミじゃなくてアートだね」 川の水で溶いた隠れた青。それが哀感を滲ませる。缶、ライター、カップめんの容器、さらにはゲームソフトのケースまで... 低解像度ながら、千歳の手によってweb上で再現されていくモノの表情。漂着モノログの新展開、と言ったら大げさだろうか。

 静物画に目を奪われて、見落としかけた一節がある。蒼葉からのメールの末尾には、「p.s. 六月二十二日は、ローソクを持ってセンターへお越しください、とのことです」 「え、ローソクって?」 職場訪問の日程調整は済んでいたものの、特に持ち物などについては指示がなかったので、余計に不思議に思う千歳だった。


 蒼葉とはケータイがつながらなかったこともあり、時間を持て余し気味だった弥生嬢。設計仕様書が櫻から届いたのは一週間前だったが、ある程度構想は練ってあったため、比較的スピーディにプログラムは組めていた。今日は時間を埋め合わせるようにその追い込みに入っている。「二十二日、多分間に合うと思うけど、データをどこにストックしてもらうか、詰めないとね」 彼女は専門学校でこの手のプログラミングをマスターした後、そのスキルをより実社会的に応用させるための接点を求め、社会科学系の大学に中途編入した人物。舌鋒鋭い点も含め、気鋭の人(蒼葉談)である。かくいう蒼葉は、絵描き修行のためフランス留学した後、己の画業を模索する中で、通俗的でありながら批評性(いや風刺か)を備えた表現を深めることを思い立ち、弥生と同じ社会学科を選んだ次第。学業がどの程度、絵画に活かされようとしているのかは、未知数である。だが、一つのきっかけは掴(つか)めた、と言っていいだろう。

 

【参考情報】 パックテストでCODを測る


夏至の夜は長く

12. 夏至の夜は長く


 「それにしても、この青色、不思議ねぇ」 蒼葉が拾ってきたチューブは、櫻から文花の手に渡ったが、ひと調べするのに多少時間がかかったようで、金曜日になってようやくこの一言。

 「と、言いますと?」

 「これ、低濃度CODを測るパックテストなんだけど、緑がかった青にはなっても、こんな群青色みたいにはならないんだとかって」

 「化学的酸素要求量でしたっけ。化け学だけに、中で突然変異が起こったとか?」

 「パックテストを使った一斉調査が三日にあったから、その関係だとは思うけど、それでもそんなに日数経ってないしねぇ」

 時間経過で変色する可能性はある。それにしても腑に落ちない、ということのようだ。だが、櫻としてはその標本色の真贋の程よりも、「せっかくの調査も、調査用品がゴミになってしまってはいただけないですね」という思いの方が強かった。

 「ちょっと取扱が難しいから、うっかり落としちゃうこともあるんでしょ。このチューブの素材を生分解性にすれば、そういううっかりも少しは救われるかも知れないけど」

 何はともあれ、女性画家さんの作品に力を与えるきっかけにはなったんだから、良しとしたいところである。文花は証拠写真を撮ってから、パックテストの穴を塞ぐ。「じゃ、可燃ゴミに出しとくね」と席を立つ。そこへ現われた一人の男性客。「あ、いらっしゃいませ!」

 アシスタント(?)の八(やつ)広(ひろ)君には足を運ばせておいて、自身は今日が初来場。約束の午後六時にはちょっと早かったが、隅田千歳君、センターにお出ましである。

 ヒラヒラが目立つボリュームワンピースに透かし柄のニットという、フェミニンな着こなしのチーフにまず目が行き、櫻への挨拶がひと呼吸遅れる。「こんにちは、というか今晩は、というか、とにかく来ました。よろしくお願いします」 早々に舞い上がっている。データベース作業、大丈夫なんだろか。

 「隅田さんですね。矢ノ倉文花です。今日はわざわざすみません」 濃青のチューブを持ったまま、名刺を差し出す。千歳もマイバッグをガサゴソやって、一枚取り出し、

 「初めまして。櫻さんからいろいろ聞いてます。情報源チーフだって」

 「あら、そんな...」 櫻はカウンターで立ったまま、ちょっと拍子抜け。「じゃ、隅田様、こちらへ」 えらく慇懃(いんぎん)な口調で案内する。

 文花に会釈してから、開架式の棚のある方へ。情報閲覧用のノートPCを置いた円卓にはイスが複数あって、簡単な打合せができるようになっている。「櫻さん、挨拶し損なっちゃって、すみません。見違えちゃったもので」 文花の格好にもドキリとしたが、それ以上に櫻の服装の方がインパクト大だったのは言うまでもない。クリーンアップ向きのジーンズ+長袖シャツではなく、濃紺のカットソーに白のロングスカート。髪を部分的に束ねているのがこれまで見慣れている櫻だが、今日は束ねることなく、肩までかかるシャギー風。

 「え、私、普段はこうなんですよ」 毎度の如く、表情が急変する櫻嬢。すっかりにこやかになった。千歳君もその辺のご機嫌加減がわかってきたのか、本心が出やすくなったのか、照れ笑いは相変わらずだが、セリフ回しが上手くなったのは確かである。櫻の普段着は実はもうちょっとラフ。千歳が来るのに備え、蒼葉のアドバイスを受けつつ、グレードを上げていたのだが、「今日はおめかししました」とはあえて言わなかった。セリフ回しに関してはまだまだ櫻の方が上手らしい。

 文花は、自家製野菜を洗い場でひと洗いして、マイ包丁でザクザクやっている。その間、円卓の二人は、PC画面を見ながら早速打合せ中。

 「なるほど、確かにテーブルはできてますね。でも...」 データベースソフトを開いて、関係団体の名簿に当たる基礎情報をチェックする。元になるデータはあるものの、住所の表記がマチマチだったり、団体名に法人格の名称が入っていたりいなかったり、このままではソフトの機能を使いこなせないことを彼はまず見抜く。

 「団体情報が出ているホームページから引っ張ってきたり、表計算ソフトで入れ込んでたものを無理やりインポートしたもので」

 「じゃ、バックアップとってから加工してみますね」

 櫻が目をパチクリさせている間、千歳は適度に解説を交えつつ、ソフト特有の機能を使って混在しているデータを切り分けていく。

 「これで住所部分は、都道府県とそれ以外に分かれました」

 次の十分程で、財団・社団・NPO法人などの法人格の部分を分離。基礎情報の形は整った。ニンジンとキュウリをスティック状にして、冷蔵庫に入れ終えた文花がここで同席。

 「基礎情報はこのテーブルでメンテします。あとは、その団体がどんな情報を持っているか、のテーブルを別に作ります」

 「そっか、一つのテーブルに全てを入れる必要はないんだ」

 文花という名前の割には何故か理系のチーフは、早くも構造的に理解したようで、テーブルとテーブルをリンクさせれば済むことを悟る。こうなると話は早い。

 各団体がどんな情報媒体を持っていて、どんなトピックや催事情報を載せているか、これをメンテするためのフォームを作り出す千歳。櫻も食い入るように画面を見つめつつ、時に「この項目はプルダウンで選べるとうれしいかも」と注文を入れるようになっていた。機転が利くという彼女の本分もあるが、これはやはり具体的に「こうしたい」というのがハッキリしている故だろう。団体名がうまく表示できるようになったので、「で、この名前をプルダウン項目として引用すれば、団体名を選んでから入力できるようになります。一から団体名を入れなくて済むから、それだけでも速くなるでしょう」 データ入力画面の団体名の枠の▼をクリックすると、基礎情報の中でメンテしておいた各団体の名称が一覧表示で出るようになった。

 「データベースソフトって、こういう使い方ができたのね」 文花はこれで十分といった口調で感心中。だが、櫻はなおも追加コマンドを申し入れる。「じゃ、あとは検索ボタンと印刷ボタンをお願いします」 デザイン画面を二人で指差しながら、マンツーマン状態のご両人。チーフは微笑ましいやら、羨ましいやらの心境で、帰り支度を始める。

 「データの入力がひと区切りついたら、団体の基礎情報とそのトピック情報なんかを連結させて、一つの表なりデータシートにすればいい訳です」 千歳君の実践講座、小一時間で終了。即効性のあるものをその場で作り込んでしまう技量、大したものである。

 「それじゃあとはその連結させたものをエクスポートして、webに?」

 「そうですね。しばらくはそれで試してみて、いずれは逆にメンテはwebで、ってのもいいかも知れません。その辺りのプログラミングは僕にはできませんが」

 「とにかく今回はこれでメドが立ちました。ありがとうございましたっ♪」

 そこへ「櫻さん!」 チーフが呼んでいる。

 「じゃ、この野菜スティックと、あと会議費でピザでもとって」

 「あ、それはどうも。じゃ、ちょっと」

 円卓に戻る櫻。

 「千歳さん、苦手な食べ物ってあります?」

 「いえ、特に。飴がダメなくらいです」

 「飴ですか? まぁいいや、では!」


 「ねぇ文花さん、得意のケータイで注文してくださいよ。ケータリング専用ケータイでしょ?」

 「まぁ私の場合、通話用よりも情報操作用だからね。で、隅田さん、大丈夫って?」

 「この半分ずつ組み合わせられるのがいいかも」

 「はいはい」

 意外とちゃっかりしている櫻。割と気前のいい文花。この二人の組み合わせもなかなかである。文花はキャンペーンとやらでおまけで付いてくるアイスもしっかりオーダーに組み入れていた。こういうお節介(?)は大歓迎である。

 「それにしても、イイ人見つけたわねぇ、櫻さん♪」

 「エッ? いやそんな、ハハハ」

 ここで下手に、まだちゃんと交際している訳じゃないとか言おうものなら、何をしてくれるかわからないので、言葉を濁して交わす櫻。うまくごまかせたかどうか。

 「じゃ隅田さん、ごゆっくり。またよろしくお願いします」と目配せして去っていくチーフ。午後七時過ぎ。変則シフトでのご帰宅である。夏至とは云え、さすがに暗くなってきた。窓の外、夜の帳(とばり)の色合いが櫻の濃紺に重なる。


 二人になったところで、いつになくドギマギする千歳君。「今日まだお時間ありますか?」という櫻の一言で、益々緊張が高まる。声が震えがち。

 「え、えぇ、ローソクの謎も知りたいし」

 「フフ。そうなんですよ、ローソク... まぁ今日はキャンドルですね」

 千歳はまだ当惑気味。そんな千歳を見て、悦に入る櫻。めかしこんでいる分、余計に小悪魔みたいに映る。「そうだ、コーヒー淹(い)れますね」 席を立ったその時、千歳にとってはサプライズなゲストが登場。学生さん? ボレロ、チュニック、デニムパンツ、若くてチャーミングな感じの女性が駆け込むように入ってきた。

 「あ、弥生ちゃん、いらっしゃいませ!」

 「只今参上! ちょっと遅くなっちゃったけど」

 ドギマギが収まらないうちにこのサプライズ。千歳はノートPCの前で固まっている。

 「千さんですよね。初めまして!」

 「ハハ。よくご存じで。あなたはもしかして...」

 「桑川弥生です。設計仕様書、ありがとうございました」

 「五月六日に話が進んでたっていうのを聞いて、ビックリしましたよ。何かビビッと来たとか」

 「アンテナ高いもんで。キャッチし過ぎて困ることもありますが」

 才気煥発というか、お若くも頼もしい人人材が現われたものである。不意に漂着モノログがツッコミを受ける展開になり、今度はタジタジな千歳君。ブログにしては更新頻度が少ない、コメントスパム防止策をとって投稿を受け付けるようにすべき、などなど。内心冷や汗状況のところへ小悪魔さんがコーヒーポットを持って戻って来た。

 「弥生ちゃん、千歳さんまで口撃対象にしちゃって」

 「だって、こういう話できる人、少ないんだもん」

 ひとまずツッコミはここで収まった。櫻が救いの女神に見える千歳だった。

 「で、桑川さんには、例のケータイ画面の件でお越しいただきました」

 まだ開館時間中とはいえ、お客が来るでもないだろうから、このまま二人でどう過ごしたらいいものか、と思案していた彼は、ホッとするやら、肩透かしにあったような、の態。心中察するに余りある。だが、このタイミングで一席セットするあたり、さすがは櫻である。マネージャーは気を取り直して一言、

 「次回、デモができればと思ってるんですけど」

 「えぇ、今日はデモに備えて、データをストックする先のwebサーバの設定を、と思って」

 千歳が持っているドメインの中に、ディレクトリを分けて、弥生が入れるようにFTP設定することにした。

 「通常のCGIは動きますから」

 「了解。あとはサイトのアドレスですね。例の/wreckage/にしますか?」

 「テスト用だったら、多少ヘンテコなのでもいいと思うけど」

 櫻は先を見越したようで、

 「ま、国際的なデータカードを画面化したってことなら、英語名の方がいいかもね」

 コーヒーを啜る。カフェめし店のと似ているがより深みがある感じ。フェアトレード系のコーヒー豆をブレンドしたものだそうな。

 「文花さんのオススメです。淹れ方もいろいろ指導を受けまして」 飲み方も一言あるようで、ブラックで飲むのがベストだとか。だが、三人そろって何も入れない派だったので、先刻からしっかりベストな状態を堪能している。

 「ブラックと言えば、今日はブラックイルミネーションデーとかって?」

 「そうそう、東京タワーも単に消灯するだけなのに、逆説的な言い回しして」

 千歳は薄々とキャンドルの意味がわかってきた気がした。夏至に消灯って、聞いたことがある。

 「消灯じゃないけど、今日は架線事故で午前中電車停まっちゃって、とんだ災難でしたよ」

 「架線? 河川?」 千歳はとぼけたようなことを聞く。

 「さいたま新都心あたりで、架線が溶けて切れちゃって、停電ですって。埼京線も煽りを受けて、遅れる遅れる。講義に遅刻しちゃいました」

 「そんなに大停電だったんだ」 櫻は驚いた様子。弥生は飄々と「夜になってからの事故だったら、今日はキャンドルナイトってことで済んだかもね」 何ともシュールなジョークである。笑いごとではないが、一理ある。

 「ブラックジョーク、か」 千歳がポツリ。櫻と弥生は笑いをこらえている。「千さん、1,000点!」 弥生は自分が発した一言がまた可笑しかったようで、しばらくククとやっている。「笑ったらお腹空いちゃったぁ」

 十九時四十五分、宅配ピザが到着。「え、アイスも?」 ミニカップはちゃんと三つある。さすがチーフである。Mサイズながら、三人で食べるにはちょうどいい大きさの半々ピザが届いた。

 「シーフード系とこっちは野菜たっぷりversionね」

 「わぁ、美味しそう。ラッキー!」

 「千歳さんには本当は謝金をお渡ししなきゃいけないんでしょうけど、今日はこれでいいですか?」

 「あ、そんな謝金だなんて。逆にこんなご馳走してもらっちゃって」

 何とも低姿勢な千歳君。弥生は謝金が引っかかっている様子。

 「千さん、何かお仕事されたんですか?」

 データベースソフトで加工した連結データをwebに載せる話、その後はwebでデータ入力・加工して、そのまま掲載する仕掛けにしたいこと、などを説明。

 「そうか桑川さんなら、プログラム作れるんだ」

 「規模が大きくなるかも知れませんね。まぁ、謝金次第ですが... 何ちゃって」

 櫻はセンターのドアを閉め、「キャンドルナイト実施中(20:00~)」という簡素な表札を貼り出しに行った。コーヒーの残りを注いで、円卓の中央に細長いキャンドルを一つ立てる。センターの非常用の備品のようだが、まぁ使い切る訳ではないので、OKなんだろう。

 「千歳さん、キャンドルは?」

 「こんなので良かった?」 それは蜜蝋でできたキャンドルだった。二千年問題に備えて、非常用として買ったものだが、どこかの環境イベントの出店で見つけた一品、というのが彼らしい。めでたく点灯デビューである。

 「あと、そうだ。暗くする前に...」 ノートPCのディスクトレーを開ける櫻。「これ、かけますね」

 多少冷めても味わいのあるコーヒーと、熱々のピザ、それに歯ごたえのある棒状の野菜。長さの違う二本のキャンドルの灯りを囲んで、三人で静かに語らう。「このスティックも美味しい」「自家製有機農法だそうだから」「へぇ、文花さんがねぇ」 卓上ではピアノとストリングスを中心にした心地良い楽曲が流れ、キャンドルの炎を揺らす。何とも趣深い夏至の夜である。ピザというのは概して手元や口元がペタペタになるので、明るい中で食すると品行が露わになってしまい、特に出逢って間もない男女がシェアするには不向きなメニューとされていたりする。だが、今日は暗い中なので関係なし。強いて苦言を呈するなら、オニオンとイカが同じように白光りして得体が知れないことくらいか。自分で何を食べているのかが近づけてみないとわからないところがキャンドルナイトの楽しみの一つとも言える。

 「ところで私、二人の間にいるんですけど、いいんですか?」 ピザをいち早く食べ終えた弥生は二人をからかうように質問する。

 「大人をからかうんじゃなーいの」 櫻は妹をたしなめるような調子で一言呟いて、アイスを取りに行った。

 「え、千さん、櫻さんて彼女でしょ?」

 思わず吹き出しかけて、キャンドルライトを消しそうになった。何でそういう話に? 「蒼葉ちゃんがそんなようなこと言うから」 炎を前にしながら、冷や汗が出てくる千歳君。

 「ま、蒼葉さんには今度ちゃんと言っておくから、また彼女に聞いてみて」

 「はぁ」

 櫻は呆れたような、でもどことなく愉快そうな顔をして、ミニカップを並べていく。

 「お好きなのどーぞ!」

 「レディファーストでお二人から」

 「弥生ちゃんは罰として、苦いヤツね」 眼鏡に炎が反射して、ちとコワイ。でも、今夜の櫻はいつもと感じが違う。つい見とれる千歳。

 弥生には抹茶、櫻はアズキ、千歳には、

 「千歳さん、これでいいですか?」 ハッとする彼、見つめる彼女。カスタードだった。「やったぁ」 どうやら彼の好物だったらしい。櫻は嬉しそう。弥生は抹茶味を舌に塗り込めながら「やっぱりこの二人、そういう関係じゃん」と思うしかなかった。大人の味とはこういうものか。

 CDはランダムでかけていて、三十分経ったところで、櫻が暗譜した曲になった。弥生はおとなしく耳を傾けている。「では、本日のキャンドルナイトはこれにて終了」

 「Soar Away」を聴き終えたところで、お開きとなった。

 蛍光灯が眩しい。スイッチを入れて戻って来た櫻だったが、小娘さんがすかさず、

 「櫻さん、口紅はみ出てる!」 ここでの口紅とはつまり、ピザソースのことである。

 「え、ヤダ」 洗い場に走って行く。滑稽ではあるが、エレガントな櫻嬢。弥生も親しみを込めてツッコミを入れているのがわかる。

 引き際を弁えている弥生嬢はひと足先に帰途に。今度は本当に照明を落として、施錠する櫻。千歳は先に下りて、建物入口で待っている。センターは二階、一階は図書館。図書館も閉館時間になったようで、一部を残して灯りは消えている。

 今回は二人とも自転車。帰る方向は真逆なので、建物を出るとすぐに手を振らないといけない。

 「じゃ、千歳さん、これお返しします。いろいろとありがとうございました」

 「いえいえ、楽しい時間を過ごさせてもらいました。こちらこそ感謝×2です」

 櫻は何か言い足りなさそうだったが、「じゃまた!」とさっさとペダルを踏んで街灯の列の向こうに消えてしまった。彼は「ま、次は七月一日。一週間ちょっとか」とサバサバした面持ちで、橋の方向へゆっくりこぎ出す。CDはご丁寧に小さな袋に入れられている。ちょっとしたメッセージと一緒に。


 六月三日に撮らせてもらった櫻の写真は、しっかりプリントアウトしてあって、今日渡すつもりだったのだが、舞い上がっていたせいか、失念してしまった。ま、またメールする時にでも、備忘を兼ねて一筆入れておくとするか、と思い直し、袋からCDを取り出す。名刺サイズのメッセージカードが一片、滑ってきた。「おぉ!」

 「またいらしてくださいね。スタッフ一同(?) 心よりお待ち申し上げております。ところで、七月七日は七夕ですが、川の日でもあります。千歳さん、当日のご予定は? さくら」との走り書き。千歳が外で待っている間に書いたのだろうか、筆跡が生々しい感じ。前半は櫻流の社交辞令だが、後半は? 櫻の想いの一端を感じずにはいられない千歳だった。何となく紅潮しているのが自分でもわかる。まだキャンドルに照らされているかのようである。「七日、何時にどこにしたものか...」 いつしか心の中では笹の葉が想起され、音を立て始めた。想いがサラサラと移ろっていく。

 「櫻姉、遅いじゃん!」 一人キャンドルナイトを実践中だった蒼葉は、退屈しきった声で姉の帰り端に一言浴びせた。濃いめの茶髪がキャンドルに灯されて金色に見える。妹ながら、つい溜息が出てしまう。「へへ、ちょっとね。あ、このキャンドルも使う?」 千歳に要否を確認しそびれてしまった一本を差し出す。姉妹で銘々ローソクを立て、見張り番をすることにした。終了予定の二十二時まであと二十分。

 「蒼葉はいつからキャンドルとにらめっこしてたの?」

 「九時からだけど。本当は真っ暗にしておいて、姉さんが帰ってきたら灯して驚かそうと思ったんだけどね」

 キャンドルナイトの違う愉しみ方を知っている妹君。でもそれじゃ、夏を涼むためのどこかのアトラクションである。苦笑いしつつも、言葉少なの姉君。「そう言えば、千さんに掃部先生の話、しそびれちゃったなぁ。でもきっとメールが来るだろうから、その時でいいか」 そんなことを心で呟いて、また薄笑い。

 「櫻姉? 大丈夫?」 今日の出来事を聞きたくて仕方ない蒼葉だったが、ノロけられてもフォローできないから、控えることにした。「まぁ、いずれ自分から話してくれるでしょ」 よく出来た妹である。


 「隅田さんのこと気になるのわかる気がする。私が聞いてもいいけど、南実ちゃんだったら自分で聞けるでしょ?」 ケータリング注文用ケータイで、珍しくメール機能を使っている矢ノ倉さん。帰りの電車内での一コマである。南実にしては仕掛けが遅い観もあるが、遠回しながら確実な線を狙って、情報屋の先輩に探りを入れてもらった、という訳である。文花は千歳と面会してから返信するつもりだったので、夏至当夜になってようやくの一報。二十二日に向けて日は伸びていったが、人の気も長くなるかというと、そうでもない。南実はきっとシビレを切らしていただろう。その辺を見越した上で、あえて短文メールを打ってはぐらかす。後輩思い(?)でもあるチーフである。

 

【参考情報】 キャンドルナイト


優しいお姉さん達

七月の巻

13. 優しいお姉さん達


 梅雨に入ったらしいが、ジメジメした印象が少ないまま七月を迎えた。前回の南実の潮時情報が合っていれば、七月一日の十時はクリーンアップには丁度いい頃合い。今日は梅雨の晴れ間だとかで、天気も申し分ない。ひと足先に現場に到着した櫻は、足元のゴミ箱には目を向けないことにして、晴天に両手を伸ばしてひと呼吸。「千歳さん、早く来ないかな」 いつものクリーンアップルックに加え、日射対策も万全な櫻嬢。広めのつばが付いたハットを被り干潟に佇む。季節が季節ゆえ、川を通るのはプレジャーボート。水位は今のところ低めなので、多少波が来ても大丈夫そうだが、波のテンポがいつもと違って小刻み。だが、ボートが行き来する音、波が立つ音以外は、野球がお休みということもあって、総じて平穏ではある。ふと干潟に目を落とすと、相変わらずの散らかり具合に暗然とならざるを得ない。静かな分、ゴミの呟きというか、声にならない声のようなものを感じる。「蒼葉の絵があんな風になるのももっともね...」 集合時刻の十時まであと五分。

 水を汲んで、千歳が降りて来た。彼も誰かさんに早くお目にかかりたい一心(?)かどうかはいざ知らず、やや早めのご到着。どれがヨシだかわからないくらい伸び盛りの草々の狭間(はざま)に辛うじて干潟へ通じる小径が残る。水をこぼしそうになったが、何とか着地。「あれ、櫻さん?」

 デニム地のシーンズに、Tシャツ+長袖カーディガン、そこまではわかるが、まるで貴婦人のような白ハット。そして肩にかかる黒髪。先だって職場訪問した際は大いに見違えたが、今日もいつもと違う装い。躊躇はあったが、その後姿に声をかけてみた。

 「あら、千さん」 些(いささ)かブルーが入っている櫻が振り向く。「どうかしましたか? 何かいつもと様子が...」

 「え、何か私、変ですか?」 つばに手を当ててキョトンとしている。

 「いつもの元気な櫻さんとちょっと違うかなって」

 「いや、蒼葉の素描を思い出してたんです。やっぱり一人でここに立ってると憂鬱になっちゃいそうで」

 確かに今回もゴミが強烈なメッセージを発している。特に大型の袋類、ペットボトル、紙パック類、それに大小様々な容器包装の数々。片付け甲斐、数え甲斐がありそうだ。

 「まぁ、今日もまたこんな感じで、ね」 訪問時に渡しそびれていた櫻の写真の入った小袋を取り出し、そのまま手渡す。「わざわざ、プリントしていただいて」 ちょっと言葉に詰まる櫻だが、表情は明るくなってきた。「あれ、袋の中にメッセージとか入ってないんですかぁ? DearとかSincerelyとか、何ちゃって」 さすがの櫻もテレ気味。千歳はむしろ冷静なもので、

 「袋に¥0て書いておきましたよ」

 「エッ?」

 「ウソウソ、どうぞご笑納ください」

 「ありがとうございます!」

 いつもの笑みが戻った櫻。データカードを入れておく用のクリアケースに写真袋をしまう。そして、

 「そうそう、対岸で草刈ってたおじさんの話、してなかったですよね」

 「あ、そうでした。著名な方だったとか」

 「掃除の掃に、部分の部て書いて...」 と、その時、

 「やあやあ、お二人さん!」 定刻きっかり、業平君の登場である。

 「ずいぶんと草伸びたねぇ」

 「根元の邪魔物が減ったから、余計に元気になったんじゃないかな」

 「業平さんが、Go Hey!ってやるともっと伸びるかも」

 この三人にかかると、当地はゴミ箱ではなくなる。和やかな空間に一変するのである。


 「それにしても、あの矢ノ倉さんてぇのは人を動かすのが上手というか、それともこっちが乗りやすいだけなのか」 ブツブツやりながら、「巡回中」の先生はバイクで干潟方面を目指していた。本日のサプライズゲスト第一号である。一応、河川事務所お墨付きのステッカーがあるので、減速していればバイク走行は可能。試合がないのをいいことに、グランド脇をそのままタタタとやっている。(チョイ悪オヤジ気取り?) すると、河川敷に居るには少々似つかわしくない格好をした少女がウロウロしているのが目に留まった。シャーリングパンツにキャミソール風。スタイルはイマ風だが、おとなしそうな娘さんである。五月の第一日曜日は塾帰りだったが、今回は塾へ行く前に橋を通過。五月以来、日曜日に橋を通る度に干潟を見遣っては、動静を気にしていた彼女。この日、授業は午後からだったが、自分で現地を確かめたくなって、早くに家を出てきた。幸い、遠目に櫻の姿を見かけたので、思い切って足を運んできたものの、

 「お嬢さん、何か探し物かい?」

 「あ、あの、この辺に砂浜があるはずなんですが」

 「砂浜? あぁ、し潟ね」

 「しがたって何ですか?」

 「だから、し、ひ... いいや、ついておいで」

 女子中学生は、干潟の場所を探していたのも確かだが、グランド外野を我が物顔で跋扈(ばっこ)している十数羽のカラスに行く手を阻まれていた、というのが正直なところだった。ここはチョイ悪オヤジの出番。多少加速して、カラスを蹴散らすように走って行った。少女は小走りでバイクを追いかける。暑さでグッタリしているシロツメクサを除けながら。


 十時十分過ぎ。要領を得た三人はすでに大物の除去を終え、今回は上流側に千歳、中央を櫻、下流側を業平、という配置で分担する段取りに入ろうとしていた。

 「そう言えば、今日は小松さん、来ないのかな」 業平がポツリ。

 「あ、海洋漂着ゴミの全国会議とかで来られないって連絡受けてました。失礼」 南実から櫻に連絡が行っていたとは。男性二人は虚を衝かれた様子。「例の外来魚の件はよくわからなかったみたい。ただ、多少汚れていても平気だから、窒息することもないんじゃないかって」 談議中の三人のところへ、ガサゴソと物音が近づく。

 「あ、掃部先生!」

 「やぁ、あの時のお姉さん。えぇと千住...」

 「櫻です。講演ではお世話様でした。でもまた...」 言葉を継ごうとした矢先、

 「おっと、お嬢さん、大丈夫かい?」

 草を分けつつ、少女が現われた。第二号ゲストである。

 「皆に会いに来たんだって」

 「オー、今回もサプライズ!」 業平が一声。

 「初めまして。い、石島、小梅と言います」

 「小梅さん、ようこそ! でも、どうして先生と? お孫さん?」

 「いやいや、こんな立派な孫がいる年じゃないよ。ま、俺に子どもがいたら、君達くらいだろうな」

 千歳と業平は何が何だか状態。だが、千歳はすぐに気が付いて、

 「櫻さん、もしかして掃除の掃に、部分の部で、って、この方?」

 「掃部清澄さん、でいいですよね?」

 「へぇ、それで『かもん』て読むんですか。カッコいいですね」 Go Heyよりも、Come Onの方が一枚上手かも?


 てな訳で、それぞれの自己紹介が始まる。掃部公は三人を労うように一言二言。そして、矢ノ倉チーフに「唆(そそのか)されて」来たようなことを笑いながら仰る。「あぁ、またしても文花さんにしてやられた」 櫻はハットをとって正に脱帽状態で頷く。先生は自分の話はそこそこにして、小梅に話を振った。少女は何でここに来るに至ったか、ポツポツ話す。うつむき加減だが、表情は真剣。四人の大人は彼女の話に耳を傾け、胸が空くような、打たれるような、そんな感慨を受けていた。データカードの裏が白紙になっている一枚が紛れていたので、「じゃ、ここにそれぞれお名前を大きくお書きください。まず、小梅さん、どうぞ」 お互いにフルネームがわからないと話がしにくいもの。この辺の心得も櫻ならでは、である。

 小梅は、自分の名前をさん付けで呼んでくれることにちょっぴり感激していた。クリップボードを持って、マーカーでゆっくり綴っていく。なかなか上手な字である。

 「じゃ、若い順てことで。次は私かな?」と櫻が持ち替えた時、「弥生、早く早く」 草蔭から声がする。

 「今日は何だかゲストが大勢になりそうな...」 千歳は苦笑気味。蒼葉に続き、今回は弥生も連れられて来た。二人ともハーフパンツにプルオーバー。弥生は麦藁帽のようなものを目深に被っている。

 「なぁんだ。私より若いのが来ちゃった。ハイ、ここにご署名ください」

 「櫻さん、女性では最年長じゃない。フフ...」 弥生がマーカーを走らせる。

 「桑川弥生です」 掃部先生とは初対面だが、業平とも初めて。二人に対して何か一言あっても良さそうだったが、小梅のような少女が参加していることが思いがけなかったようで、「何年生?」 いつもの舌鋒ぶりが信じられないような優しい口ぶり。

 「中学二年です」

 「じゃ、弟と二つ違いだ。今度連れてくるから、よろしくね。変わり者だけど」

 「エ、弟さんて高校一年?」

 「そんな。小六よ。私じゃ年が離れてて話にならないんだって。だから」

 幾分緊張気味だった小梅さんは、これで打ち解けたようで、笑顔になって来た。

 次は「千住蒼葉と言います。櫻の妹です。あ、先生、この間はいいお話、聞かせていただいて...」

 「いやぁ、こんな美人にほめてもらえるなんて、俺もまだまだ棄てたもんじゃないな」

 早くも掃部節全開か。「おっと失礼。櫻さんも弥生さんも小梅ちゃんも、別嬪さんだよ。もちろん」 女性からの支持が厚い(?)理由はこの辺りにありそうだ。ツボを心得ている。千歳と業平は立つ瀬なし。

 やっとこさ櫻が記名して、お次の番。「えぇと、どちらがご年長?」

 「同期入社だけどオレはひと浪かぶってるから、千ちゃんが先」

 画数が多いので、やや時間がかかる。「隅田千歳です。皆さん、よろしくお願いします」 

 「この干潟の片付け発起人です。よね?」 さりげなく櫻が立てる。

 「あぁ、干潟ですか」 小梅はやっと納得が行った様子。

 「俺が発音すると『しがた』になっちゃうんだよ。しがたないねぇ」 一同が爆笑したことは言うに及ばず。この手の機転トークは櫻も得意ではあるが、先生にはどうやら敵わない。千歳はマーカーを落としそうになったが、何とか業平にパス。

 「本多業平です。Go Heyと覚えてください」 漢字の隣にしっかりアルファベットを書いて、六人に見せている。蒼葉は何かツッコミを入れようと画策していたが、弥生に先を越されてしまった。

 「質問! 何で『なりひら』じゃないんですか?」

 「えぇと、それは...」

 「成金みたいじゃマズイからだろ。な、Go Hey君。読み方は兎も角、業平って名前そのものは縁起いいんだから、胸張りな。業平橋じゃ今度、新しいタワーも建つらしいし」

 「ハハ。どうもおそれいります」

 「で、小生は、清掃部、と」 余白を使い切るように、三文字綴る。

 「せ、清掃部さんですか?」 事情がわからない弥生は、先手をとられてしまった無念さを滲ませつつ、こう呟くのが精一杯。

 「本名は掃部清さん。欧米風に並べ替えるとこうなるんですよね」 蒼葉がフォローする。

 「まぁ、ここでは清澄じゃなくて、清さんでいいよ。先生っていうのもこっぱずかしいし」

 時すでに十時半。


 櫻リーダーによるコーディネートが始まった。「では、皆さん、班分けしましょう。下流側は業平さんと弥生ちゃん、中央部は蒼葉と小梅さん、上流部は私と...」 千歳に向かって目配せする櫻。「ハイ、了解」 今日はドギマギしている余裕はない?

 「清さんは、アドバイザーということでいかがでしょう?」

 「清さんてか、ドキッとするねぇ。いい考えがあるんだ。一人で動くよ、了解了解」

 「小梅さん、道具ある?」

 「あ、私、何にも。スミマセン」

 櫻は予備の軍手とレジ袋を取り出して、

 「あとは優しい蒼葉お姉さんが教えてくれるから」

 「アハハ。そりゃどうも。行こう!」

 晴れてはいるが、干潟が乾くまで照っている訳ではない。時に靴がのめり込む感じに、

 「わぁ」と驚きつつも楽しそうな小梅。

 「気を付けてね」と姉気取りの蒼葉。下流奥の積石一帯は業平と弥生がさっさと行ってしまったので、その手前のカニの巣穴付近からゴミを集めることにした。細々した袋類が散らばっていて、なかなか拾いにくい。長身な蒼葉には不利だが、小梅は小回りが利く分、要領を得てからはペースが上がってきた。程よい感じでレジ袋に放り込んで行く。優しいお姉さんは手を休め、

 「ねぇ、小梅ちゃんて、きょうだいは?」

 「姉がいます」

 「じゃ、妹っていう立場じゃ同じだね」

 「でも、蒼葉さんがうらやましいです。櫻さんみたいなお姉さんだったらなぁ」

 「え?」

 「今日は優しいお姉さんばっかりだから、何か変な感じ」


 蟹股で陸地へ上がる掃部公。バイクに目を向けると、チョイ悪カラスが澄ました顔して後部木箱に鎮座している。「こらぁ!」 一喝するもなお動じない。カラスは逆襲するかのように、チョイ悪おやじの目前を掠(かす)めるように発って行った。この一連の様子は、草々に遮られて干潟の六人の目には入らなかった。だが、「今、先生怒鳴ってた?」 櫻の耳には届いていた。「あ、カラス」 千歳はチョイ悪の一羽を目で追って、「アイツが何かしたんでしょ」

 「そうだ千さん、写真は?」

 「いけない、片付け前とスクープ系と...」

 「行ってらっしゃい!」

 上流側から中央部に戻る途中、まず蒼葉と小梅を含む一枚を撮影。ペットボトルをポイポイやり出している。臨場感たっぷりな記録写真になりそう。あとはまだ彼女達が手を付けていない辺りと、目立つゴミを何枚か撮るとしよう。そこへ毎度お馴染み充電式草刈り機を携えておじさん登場。「おじいさんは川へ草刈りに、と来たもんだ」

 「清さん、いったい何を。ネズミホソムギですか?」

 「いやいや、こいつの根元にも手が届くように、と思ってさ」

 折角伸びてきたヨシだったが、それをバリバリと刈り出したのにはタマげた。ヨシも間伐が必要ってこと? よく見ると若々しいのは避け、変色している方をやっている。

 「刈ってもまた別のがすぐ生えて来るから。新陳代謝だぁね」

 ヨシ群に間隙ができ、堆積していた袋やボトルに手が届くようになった。今度は蒼葉の方に分がある。「これでまた、ヨシヨシってできますね」

 「そうそう、その調子。小梅ちゃんも茎の切り口に気を付けてな」

 草刈りおじさんはさらに下流側へ。その時、腰のポケットから小筆がポトリ。「あ、先生、筆!」 蒼葉が声をかけるも、機械の音で聞こえないようだ。「あれれ、この筆もK.K.って」 千歳は一旦上流側へ引き返す。

 「お、この板、イイねぇ」 叢(くさむら)の根元に横たわっていたスノコの断片のような板を引っ張り出して、悦に入る清。何に使うつもりやら? その脇で今度は、

 「あ、お、ばさん... こ、これ」

 「ヤダなぁ、小梅ちゃんまで、おばさん呼ばわりして」

 「な、何でカニが」

 「あぁ、この巣穴に棲んでるらしいのよ。ね、先生?」

 先生はめざとく、その小さな亡骸を見つけ、「あぁ、クロベンケイガニだね。どれどれ」 ヒョイとつまんで、腰のポケットに手をやる。「あれ、筆が」

 「あ、どうぞ」 何の筆かと思ったら、生物調査用だったか? 泥を落として、しげしげ眺めている。「ホラ、動かないから」 小梅はおそるおそる手にとって、

こ「標本みたいですね」

き「いや、本物だってばよ」

あ「荒川にカニがいるなんて」

き「他にも、モクズ、チゴ、コメツキとか、いろいろいるよ」

 この日はあいにく動いているカニにはお目にかからなかったが、何か閃くものがあったようで、小梅の目がキラキラし出したのは、周りの大人が見てもわかる程だった。カニの遺骸は元あった場所にそっと置いて合掌。清は小さく首をタテに振る。


 弥生と業平は、クリーンアップをしに来たはずなのだが、どうも先刻から様子がおかしい。例のカウント画面の件で議論が白熱しているようだった。石の隙間を細長い枯れ枝でほじくりながら、

 「業平さん、何か設計書、赤線とか赤字ばっかりだったんですけど」

 「いや、千ちゃんが直してくれたのに加えて、小松さんがまたいろいろ書き足すもんだから」

 「要するに、最初の仕様が甘かった、ってことでしょ? データの保存先とか、保存したのを読み込む方法とか、詰めが足りなかったですよ」 議論というよりは、弥生に押され通しの業平君。でも、まんざらでもないようで、「弥生さんの力量を頼ってのこと。今日、間に合ったんでしょ。大したもんだよ」 決して悪い気にはなっていない。ズバズバ言ってもらった方が相手しやすい、ということらしい。

 「それにしても、何でライターが挟まってるんでしょう?」

 「ライターは空気が密閉されてるから、水に浮くんだよ。漂流・漂着しやすいってことらしい」 ライターにはお世話になっていただけに詳しいようで。

 「あとは何かホースみたいのが引っかかってるし」

 「それは多分、業務用エアコンのだね」

 「ホースって項目、作ってないですよ」

 「じゃ、その他の欄に追加ってことで」

 この二人、結構イイ感じ?


 さて、上流側は熱心なご両人が黙々とやっているはずだが、

 「じゃ、千歳さん、七日は複合商業施設の環境配慮調査ってことで、ご同行、よろしくお願いします」

 「あとで、業平君にも聞いてみますかね」

 「七日のことは内緒で、ね」

 何の約束だかこれではよくわからないが、櫻が走り書きした件、ちゃんと話は進んでいるようだ。

 「あれ? 清先生の姿が見えないけど」

 「ヨシを刈ったと思ったら、今度は何でしょね。また何か道具を取りに行ったようだけど」

 当人は干潟を見下ろす場所で、ジョイント式の竿を組み合わせているところだった。


 ヨシの枯れ枝は減ったものの、それ以上に袋類の猛威は凄まじかった。大物は三人で退けておいたものの、まだまだ土嚢系や肥料袋なんかもあって手間取った。さらにはどこで忘れ去られたのか、ジャンパーやパーカーのようなものが正に「濡れ衣」状態で重なっていて、動かすのにひと苦労。その後に待っていたのは、とにかく大量のプラスチック包装類。見かねた清先生も、竿をひとまず置いて、回収作業に加勢して下さった。上流側のスクープネタとしては、業務用ホイップクリーム(水際でケーキ?)、カード入れ、下駄状のサンダル、といったところ。哀れ、ぬいぐるみも一体、叢から掘り出された。中央部では、テニスボールが五つ、ミニサッカーボールとソフトボールが一球ずつと球技関係がなぜか多く見つかり、ボールつながりか、「これは石鹸カスが固まったヤツかな」(先生談)と白いボツボツした微妙な球体も出てきた。「弥生ちゃーん、本多さーん」 中央部にゴミを寄せ集めたところで、櫻が下流側に声をかける。

 「今、行きまーす」 今日がクリーンアップ初参加のはずだが、すっかり順応したような感じで威勢がいい弥生の応答。業平は四十五リットルいっぱいに、木片やらペットボトルやらホースを詰めてノロノロ戻って来た。弥生は、テレビの筐体のようなものを抱えている。

 「それって、テレビの枠?」 蒼葉が訝(いぶか)る。

 「不法投棄にしちゃ、枠だけってのもねぇ」 軽々と持ち上げて見せる。

 「プラスチック再生工場に持ってくか」 さすがは清掃部おじさん。でもそれって冗談じゃ?

 「知り合いのとこに持ってってみるよ。あと、さっきの濡れ衣も」 これで重量系が多少減りそうだ。頼もしい限りである。

 人数が多かった分、量の割には作業時間の短縮に成功。作業開始から三十分ほど、つまり十一時過ぎには干潟上のゴミは概ね片付き、大まかな分類も終わりつつあった。さすがにヨシの根元のゴミは除去しきれていないが、刈ったところはスッキリできて一歩前進。全体的には上々である。

 

【参考情報】 クロベンケイガニ / テレビの筐体、濡れ衣、ゴム長...


お天気 夏モード

14. お天気 夏モード


 前回活躍したカウンターがリーダーのバッグから出てきた。「小梅さん、これ使ったことある?」 櫻流のコーディネートが光る。「わぁ、意外と重いんですね」

 「では、男性諸氏は大物を仕分けてくださいな。お姉さんチームは細かいのを分類しますから」 そして少女に一言。「分け終わったのを数えてね」 小梅は嬉しそう。清は休み休み、調査を手伝う。

 「誰だ、こんなところに雑誌の束、捨てて」

 「回収業者が投棄したんでしょうか...」

 「業者って言えば、このレンタルビデオのケースもそうかな。廃業してポイ?」

 男性諸氏はこんな調子。清曰く、「昔のゴミは自然素材のものが中心だったからなぁ」


 ワースト1:食品の包装・容器類/百五、ワースト2:飲料用プラボトル(ペットボトル)/五十九、ワースト3:フタ・キャップ/五十二、ワースト4:プラスチックの袋・破片/三十三、ワースト5:硬質プラスチック破片と紙パック飲料がほぼ同数で二十三前後、という結果が得られた。大袋の他に、ゴミの入ったレジ袋もいくつかあって、要するにかさばるものが目立っていただけで、品目ごとに数えてみれば前回よりは減っていたことがわかる。一同、特に三人はその成果(減少傾向)に安堵を覚えるのであった。

 「さぁ、本日の『いいもの』を紹介します。弥生さんどうぞ!」

 「エ、いきなりそんなぁ」

 「お立会い! タネも仕掛けもないこのケータイ...」 弥生のケータイを指差し、促す櫻。絶、いや舌好調である。

 「いいぞ!」 おじさんが竿を振って盛り上げる。

 「えぇと、まずURL打って、隅田さんに用意してもらったサイトにアクセスします」 小梅は弥生の手元を覗き込んでいる。

 「次はIDとパスワードを入れて、と」

 「ほぉ、ここでIDかぁ」 業平も感心。清は首を傾げつつもにこやかに見守る。

 「某区のテンプレートを選択して読み込むと...」 ちょっと時間はかかったが、データカード画面のケータイ版が出てきた。

 「おぉ、感激!」 千歳も実機で見るのは初めてだったので、感無量のご様子。

 「まだデモですからね。一応、上からお願いします」

 スクロールに少々手こずるものの、当区における可燃・不燃の別に応じた品目と数量の入力はうまく行った。この間、約五分。これは実用ベースだろう。

 「あ、れれ!」 その他の品目の名称と数量を追加で入れようとした時、アクシデントは起こった。「データ保存ボタン押したら、エラーになっちゃった。ヘヘ」 だがエラーコードが返っただけで、入力したデータは保持されている。さすが弥生嬢。

 「保存後はもう一回そのデータを呼び出して、続きができるように、って設計したんですけど、今日はこの状態で一旦送信して、追加分をまた別便で、ってことにしますね。データメールは同報で、隅田さんと櫻さんのところに、すみません、二つ届くと思います」

 「いやぁ、そこまでできてれば上等だよ。特許とれるんじゃない?」

 「バッテリ切れる前に早く送信!」 蒼葉が急かす。

 送信ボタンの方はエラーにならず、無事送れたようだった。

 「これで清書しなくて済む訳ね。あ、あと追加情報は?」

 「さっきのその他品目を入力したら、こっちの画面に切り替えます。その前にもう一度、ログインしますね」 ケータイ初心者の櫻も興味津々で画面をチェックしている。蒼葉も違う機種でトライし始めた。

 「じゃ俺はあっちにいるから」 千歳は傍観していたが、他の若者はケータイに夢中。清は、ゴミを数値化する調査型クリーンアップの手法に十分驚いていたので、それをさらにケータイで、となった時点で驚きの許容範囲を超えてしまっていた、ということらしい。(これを「驚容」というかどうかは本人も知らない) 草刈り改め、釣竿おじさんに千歳が声をかける。

 「清さん、スミマセン。何か内輪の話になっちゃって」

 「いやぁ、この年になってまだビックリさせられることがあるってのは幸せなことだよ。あれでゴミが減らせるなら、大いに結構。荒天決行、ハハハ」 キープしておいたスノコもどきを持って、積石方向へ蟹股で歩いていく。長靴なので、水際もそのまま進行。エサを仕込んで、針に付け、竿をヒョイ。石に渡した板に座り込んで、引きを待っている。

 一連のデータ送信を終えたところで、若者衆がゾロゾロと先生のもとにやって来た。

 「おっ! 来た来た」

 若者一同「?!」 「マハゼですな。江戸前と言やぁ聞こえもいいけど、俺に釣られるようじゃ雑魚だね」 大笑いしたいところをこらえている諸兄が約二名。

 「清さん、さわってもいい?」 小梅が手を伸ばす。

 「手乗りハゼだ」

 「何かカワイイ」

 「これ、から揚げにして食べられるって本当ですか?」 櫻が思い出したように呟く。

 「ちゃんと捌いて、サッと揚げればね。美味いよ」

 今は弥生の手の上にいる。捌かれる話を聞いて驚いたか、ハゼ公が体をくねらせるものだから「ヒーッ」となる。隣で蒼葉は目をパチクリ。少女も同様に目を見開きながら、

 「えー、食べちゃうの?」

 「お嬢さん、それは自然の恵みって言ってね、悪いことじゃあない。し潟が今日みたいに元気になれば、もっと増えるから大丈夫!」

 「しがたなくないって、さ」

 「業平さん、また干潟一周したいの?」

 こんな感じで過ごしていると時が経つのは早いもの。十一時四十分を回っていた。だがご一同は正午までの心積もりで来ているので、まだその場に残っている。業平は一人やや距離を置いて、積石の隙間を覗き込んだりしている。

さ「ハゼの他には何が?」

 「ボラとかスズキとかかな。網を使えば大漁ってこともある。でもね...」 ハゼを川に放ちながら、「本来は荒川にいないような魚が獲れることもある。この間のソウギョもそうだけど、サケとかな」

あ「サケって、鮭?」 

 「俺は酒なら何でもいいけど、荒川にとっちゃ鮭は迷惑な話さ。放流イベントってのは絵になるから、ついやっちゃうんだろうけど、困ったもんだよ」 ちょっとした講義になってきた。

 「イワナって知ってるかい? 源流ならどこでもいそうだけど、水系によって種類が違うんだ。荒川なら荒川に合ったイワナじゃないとダメなんだな」

 「放流問題って、聞いたことがあります。外来魚ってバスとかだけじゃなくて、そういう一般的な魚も川によっては外来になるんですね」 千歳が切り込む。

 「まぁ、外様っていうか。よそ者はよそ者だぁな」

 「生き物の世界は多様性尊重とはいうけど、何か違うんですね」 櫻も続く。

 「人間が余計なことをして多様性を壊してるってことだ。放流するなら、自然に迷惑をかけないやり方で、な」 再び竿をヒョイ。


 「ねぇ、櫻さん、私、自由研究でここに来てもいいですか?」 小梅が目をキラキラさせて尋ねる。

 「そりゃ、もちろん。清さん、ここって別に許可制じゃないですよね」

 「河川事務所が文句言ったら、俺がし、ひ、一言言ってやるさ」

 「自由研究かぁ。夏休みの宿題?」 弥生がすっかり優しいお姉さんになっている。

 「生き物とゴミのこと、調べようかなって」

 「一人で平気?」

 「お姉さん達と一緒がいいなぁ」

 「ハハ。お兄さんとおじさんは?」

 「あ、そうか、ゴメンナサイ」

 かくして、七月の第四日曜日が候補日として挙がった。「私、もしかすると撮影、あ、いけない」 額に手を当てる蒼葉。

 「男性お二人はすでにご存じよ」

 「なぁんだ、櫻姉のおしゃべり。干潟三周!」

 なんだかんだで正午近くになってきた。梅雨の晴れ間ながら、陽射しは十分、夏モード。男衆は日焼け気味? こういう時、半袖ってのは一長はなくて一短なのである。

 「櫻さん、そのハットいいですね」

 「もっと大きいと日傘ハットって言うんですって。これは小振りだけど、一応熱中症対策」

 「熱中って、何に?」 千歳の方を眺める弥生。櫻は涼しい顔をしている。

 髪を束ねなかったのは、首筋が灼けるのを防ぐためだったようだ。弥生は着帽しているからいいとして、蒼葉は大丈夫だったんだろうか。

 「仕事柄、より強力な日焼け止め塗ってきてますから」 さすがである。


 引き続き、ハゼ釣りに興じる掃部公。「あぁ、さっきの大袋、木箱に載せといてな」 引き揚げる一行に片手を振ってご伝令。

 「じゃ、清先生、三週間後、いらしてくださいね」

 「どっかのママさんみたいだな。ハイヨ」

 ハゼのヌルヌルと干潟の泥で手に違和感が残る小梅と弥生。千歳が持って来ていたバケツの水がここへ来て役に立つ。

こ「何か生ぬるいし」

や「お日様のせいね」

 「ハイ、タオル」 櫻のバッグは玉手箱のようにいろいろと入っている。「あと、軍手はこれにでも入れて、また持って来てね」 業平がようやく戻って来た。

 「こんなものが挟まっててさ」 見ると何かのボルトと破断された管の一部が数点。

 「これも業務用エアコンか何かの、かな?」

 「管はコンプレッサの先っぽみたいだけどね」

 「ま、写真撮って載せて、問いかけてみるか」

 「ねぇ、千歳さん、片付け後の写真まだでしょ?」

 小梅を中央に配して、右に弥生、左に蒼葉、櫻と並ぶ。

あ「記念撮影?」

さ「どう? 四姉妹ってことで」

こ「エヘヘ」

や「じゃ、千さん、お願いします!」

 ここは一つ機転を利かして、「じゃ、皆さんこれで行きますよ」 袋から取り出したるは、

 「ハイ、ホース!」

 業平はボルトを紙片にくるみながら、ククとかやっている。「千ちゃん、それじゃ口元がニッてならないよ」

 「ハイ、ポーズ、のつもりだったんだけどなぁ」

 四姉妹はどんな顔で写ってようがお構いなし。何故か結構ウケている。「千さんて、そういうキャラ?」「櫻姉のせいだよ」

 小梅はお兄さん達に近寄って、「今度は隅田さんと本多さん」

 千歳のデジカメは櫻が預かり、「千歳さん、掛け声はこれでなくちゃ」 ビールの空き缶をかざす。

 「ハイ、ビール!」 おそれいりました。蒼葉と弥生はケータイでパシャパシャやっている。「ウケるー」って、いったい?


 正午を回る。木片はさすがに搬出するのを断念。加工されている以上、人工物だが、プラスチックよりは害は少ないだろう、という判断らしい。干潟の奥の方に固めて置く。四十五リットル袋は、清に預けた分を除き、まるまる四つが満杯。あとは、いつものように資源ゴミの洗い出しをすれば完了である。カラスどももお昼なのか、今は不在。広々とした外野に水がほとばしる音が拡散する。

 「あぁ、これをやってたんですね」 五月の目撃証言を語る小梅。

 「橋からこのシーンが見られていたとはねぇ」 業平は感心したらいいのか驚嘆したらいいのかわからないような口ぶりである。

 空の袋にペットボトルが二十ほどまず入り、白いトレイが数枚加わる。半乾きの状態だが、業平は気に留めない。千歳のところに出す分として缶とビンは別口で集められる。状態のいい缶を選別しながらひと洗い。今回は「ボトル缶」が十ほど。フタを開けると時々プシュとかなって、呑み残しが出てくることもある。想定範囲内だが、ちょっといただけない。

 「あ、あの私、そろそろ」 小梅はお昼をとる時間を逆算して、ソワソワし始めた。

 「じゃ、何かあったら、ここに連絡してくださいな」 櫻は名刺を差し出す。そして、「今日はありがとね」

 「ありがとうございましたっ」とお辞儀するや、小走りで少女は去って行く。後を追うように、弥生と蒼葉も「それじゃ、私達もこの辺で」と来た。櫻との関係について、蒼葉に一言申し添えておかないといけない千歳だったが、まんまと機会逸失。

 「今日はどちらへ?」

 「アキバかな」 彼女達の場合、娯楽を兼ねつつもトレンドウォッチ(学業?)のためのお出かけだったりする。

 「いいなぁ」 業平も行きたそうだったが、「いや、この後は三人でランチ。たまにはいいっしょ?」 再資源化ゴミはスーパー直行ではなく、千歳マンションに仮置きして、そこで乾かしてから持って行くという。

 「それじゃ、いつものパターンで参りますか」 櫻は何の臆面もなく自転車を動かし始める。千歳はやや浮かない表情。業平はRSB(リバーサイドバイク)にまたがり、超スロー運転で二人に随行する。


 小梅が急いでいた先も、三人が向かうのと同じ場所だった。「お姉ちゃん、クイックメニュー一つ」

 「小梅、どしたの急に」 えらく元気な上に目をパッチリさせている妹が飛び込んで来たもんだから、驚くのもムリはない。受験を控えて益々ツンケン気味な姉に恐々としていた小梅だったが、この日は違う。干潟での体験や実姉以外の姉達との交流が彼女を後押しして止まなかったのである。

 「あとでお小遣いから払うから、お願い!」

 「ハァ、かしこまりました」 釈然としない姉君。高校三年生である。ツンケンの理由は多々あるが、一つは受験、一つは両親、そしてもう一つは「今日はお天気だから、ま、いっか」という言葉の通り、単にお天気屋さんである、ということ。雨の日だと、客にもどことなく冷淡になってしまうことがある。本人はあまり自覚していないところがまた怖い。小梅は空模様や雲行きを見ながら姉の顔色を窺うことになる。今日会ったばかりだったが、三人のお姉さんに強い親しみを抱くのももっともな話。蒼葉を羨んだのはそうした事情ゆえである。


 ホットサンドとサラダを頬張りながら、アイスティーをゴクゴクやっている。お腹も空いていたようだ。スローフードとは言えないが、中学生の時分、これくらいの勢いはあって然るべき。妹のそんな姿をカウンターから見つめつつ、「昔はあの子、元気だったもんな」と高校生らしからぬ述懐口調で独り言。十二時半を回る。

 「ごちそう様、塾行って来ます!」 姉は声をかけるのを逸する。妹は素早く外へ。すると、

 「おっと、お嬢さん」と業平、「小梅さん!」と櫻。千歳はひと足遅れで三人の鉢合わせ現場に到着。

 「あぁ、皆さん、どうして?」

 「クリーンアップした後は、ここが定番なのよ。バイトの店員さん、クールだけど」

 「え、店員て、もしかして...」

 何気なく外を見ていた店員と目が合う四人。「私の姉です。石島(いしじま)初音(はつね)、受験生」

 「エーッ!」 何という巡り合わせ、である。櫻は何かまだ聞くつもりだったが、やはり声をかけ損なってしまった。ハットを手にしばし呆然。


 「こんにちは、初音さん」

 「あのー、皆さん、小梅のお知り合いですか?」

 「えぇ、まぁ。今日は大活躍でした」

 「?」

 女性どうしで会話が続く。今日は比較的空いているので、そのままレジ脇でOK。「私達、荒川の干潟をクリーンアップしてるんですけど、今日小梅さんにも飛び入り参加してもらって」

 見覚えのある客二人に、長身の男性客が新たに一人。「あ、これがあったんだ」 櫻はA4の参加者名簿を引っ張り出して、自分からまず名乗る。「千住 櫻です。今日で三回目ね」 続いて、男性二人の名前を指差しながら、自己紹介を促す。

 「隅田さん、毎度ご来店、ありがとうございます。本多さん、初めまして」 お行儀がいいのは妹と同じか。

 「小梅、ご迷惑じゃなかったですか?」

 「期待のニューフェースですよ、ね?」 今度は千歳が櫻に目配せ。リーダーはコクリと頷く。

 「今日の日替わり丼は夏野菜と合鴨丼、パンはホットサンドです。千住さん、どうされますか?」 好天だと愛嬌がいいというのは三人にはまだ知られていない。だが、それ以上に素性がわかったことと、小梅が元気だったのはこの人達のおかげ、というのが知れれば接客態度も自ずと変わって来る、というもの。

 「あ、二人ともマイカップ!」

 「お二人に免じて、本多さんのアイスコーヒーも割引します」 初音はいつになくにこやかである。


 大盛りサービスの丼をつつく男性二名。ホットサンドをゆっくり召し上がる櫻嬢。三人寄れば何とやら。食事の手が止まったまま、ということはなく、誰かが話せば誰かが箸を動かし、誰かが相槌を打つ、といった図になる。

 「前回も同席させてもらえばよかった」

 「エ、小松さんと一緒じゃなかったの?」

 「あっさり、交わされてしまいました。へへ。スーパー併設のフードコートで一人ランチさ」

 話はその複合商業施設に移る。「ちゃんと、回収した後どうなるかとか解説があってね。他にも環境云々の説明書きが掲示してあるよ。オレはバーコード集中読み取りレジ(?)に感心しきりだったけど」

 櫻と千歳は顔を見合わせ、したり顔。取材する価値がありそうだ。業平はコーヒーを飲み干す。そこへ初音がタイミング良くやって来た。「コーヒーのお代わり、お持ちしますね。お二人はまだいいですか?」

 「いいお姉さんだね。櫻さんも蒼葉さんにとってはいいお姉さんなんだろうけど」 業平らしいというか、イヤミがないのが彼らしい。「そうねぇ。時々どっちが姉で妹かわからなくなる時もあるけど」 言っていることがわからなくもない千歳であった。

 程なく、お代わりを持って店員さんが現われる。業平君のアイスコーヒー、なみなみと注がれている。「どうぞ、ごゆっくり」と言いつつも、動作が間延びしていて、何か話をしたそうな素振り。櫻が察知して、声をかける。

 「ねぇ初音さん、七月第四日曜日って空いてる? バイト、入ってるかな」

 「三週間後ですよね。調整できますけど、でも何か?」

 「河川敷と干潟、来てみない?」

 「え、いいんですか?」

 日時、場所、持ち物なんかを走り書きして、「妹さんには内緒、の方がいいかな? ま、都合が付けばぜひ!」 櫻さんやるなぁ、と千歳君は毎度の如く感服。業平は禁煙生活に慣れたか、今日はここまで一服もしない。平静を保ちつつ、女性どうしの会話に耳立てている。

 三人ともコーヒー二杯目になったところで、話題が多岐になってきた。会社生活のあれこれ、通販カタログ、この付近の地域事情、掃部(かもん)先生の講座などなど。話がふと途切れたところで、今日はまたちょっと趣の異なるリラクゼーションミュージックが微かに流れていることに気付くお三方。音楽談議が始まった。

 「そうだ、千歳さんてギター弾くんでしょ?」

 「入社したての頃は、お互い曲を持ち寄って、打ち込みとかやったりした訳さ。千ちゃんのはコード進行用のギターね」

 「エ、じゃあPCで作曲を?」

 「オレは画面上で音符を並べる派なんだけど、鍵盤を使った方が早いんだよね。それも千ちゃん担当」

 「あ、でも楽譜は読めないから、弾いた後で楽譜を出力して唸ってたりして...」

 「要するにメロディーライン主体の曲は彼で、リズムやベースだけでも何とかなる曲はオレって感じ、かな。二人あわせて、シンガーソングエンジニア」

 「へぇ♪」

 「櫻さんは? 何か楽器...」

 「今はヒミツ。フフ」

 十四時になり、初音はお帰りの時間。「では、今日はこれで。ご来店、ありがとうございました!」

 「帰る店員さんにお礼言われるのって、何か変」

 「礼儀正しくていいんじゃなくて。ねぇ、千歳さん?」

 「そうそう。こちらこそ、ありがとうございました。小梅さんにもよろしく、だね」

 「ハイ、よくできました」

 こんな調子で笑いが絶えない三人。初音ももらい笑いしそうになったが、あくまで店員としての振る舞いを通し、再度会釈して退出。外に出てから一笑し、天を振り仰ぐ。「あちゃ、西の空、ビミョーだし」 梅雨の晴れ間は今日限りか?

 

【参考情報】 名物マハゼ


七夕デート

七月の巻(おまけ)

15. 七夕デート


 蒼葉から衣装を貸してもらうこともしばしば。お下がりならぬ「お上がり」である。夏至の日とは逆で今日は紺のシフォンスカートに、白地のロング丈Tシャツという装い。長めのカーディガンを羽織っているのは、「櫻姉、天女のつもり?」と妹にからかわれた通り、七夕を意識したコーディネートということらしい。千歳に設定してもらったデータベース画面への入力作業はひと区切りつき、あとはデータの連結とwebへの転載をいつお願いするか、という段階に来ていた。眼鏡を外し、冴えない空をぼんやり眺めながら小休止。文花は息を呑む。「櫻さん、眼鏡は?」 妹がモデルなら、姉は女優といったところか。あまり見かけない櫻の素顔にチーフは驚きを隠せない。

 文花のそんな驚いた顔も、近視の櫻にはわからない。眼鏡をかけると、「じゃ、文花さん、私そろそろ調査に行って来ますんで」 時刻は十四時四十五分。

 「今日は九時から来てたんでしょ。自己早番だったんだから、勤務時間繰上げにしたら?無理に仕事にしなくても」

 「いいネタが見つかれば、情報誌の記事の足しに、って程度です。期待しないで待っててください。じゃ!」

 チーフに真相を話すと、どこにどう伝わるか予断を許さないので、聞き出されないうちにそそくさと退席。「七夕デート、だったりして...」 文花は眼鏡をかけて、ひと仕事。

 センターの最寄駅から、業平行きつけの商業施設までは、無料の送迎バスが出ている。橋を渡り、途中、千歳の住所の最寄駅(カフェめし店、キャッシュカードの一件があった銀行も同じ駅近在)を経由する。定員四十人のマイクロバスは、空席が多少残るくらいの客を乗せ、十五時ちょうどに出発。櫻はガサゴソと、色紙の見本のようなものを取り出す。「お店に着いたら、どこかで切らせてもらお」 バスは橋を渡り出した。干潟を探す櫻。信号待ちらしく、川の本流を過ぎた辺りで停車。「私達を見たって、嘘じゃなかったんだ」 小梅の視力に感心しつつも、こういう眺望の一つの要素としてクリーンアップする人々が映る(格好の良し悪しは別として?)、ということを客観的に認識するのであった。さすがはリーダーである。

 降車はできず、乗車のみ。停留所で待つ乗客の列の先の方に、調査同行者はいた。某リテール系ながら、いつものジーンズではなくスラックス姿の千歳君。マイバッグも普段通りだが、さすがに今日は軽めに見える。

 「千歳さん、こっちこっち!」 隣に確保しておいた空席へ誘導する櫻。ここからはせいぜい五分程で目的地に着く訳だが、その短時間が結構重要だったりする。「こんにちは。今日もまたイイ感じですね」 今日は、ではなく、今日も、とちゃんと言えている。数ヶ月前のシャイな彼は何処へ、というくらいの進歩である。

 向かい合って話し込むことはあっても、こうして隣り合って座るのは実は今回が初めての二人。心なしか、ぎこちない感じもあるが、「漂着モノログ、反響とか問合せとか、どうですか?」「桑川さんから、ツッコミメールが来たくらいかな」てな感じで無難に過ごしている。座席はほぼ満席、立ち客もチラホラ。大声で会話できるような車内環境ではないが、ご両人、ちょっと硬め。アラウンドサーティーの男女というのはこういうものなんだろか。

 「わぁ、大きい!」 建物を見上げての櫻嬢のご感想第一声である。壁面緑化も目を引く。屋上や大窓の一部にはソーラーパネルも設置してあるらしく、その発電量が入口に電光掲示されている。が、この薄曇りじゃせっかくの電光数字も「パッとしませんねぇ」。ごもっとも、である。

 インフォメーションで、フロアガイドの他に、環境配慮に関するリーフレットを入手。帰りのバスの時間もチェックして、「まずは作戦会議、しましょ」 今日もリーダーは櫻である。自然食のバイキングがあるかと思えば、ケーキバイキングの店もある。フードコートでも良かったが、ちょっと落ち着かない。

 「ここ、デザートが二つ選べて、ドリンク付き。千歳さん、甘いもの平気? あ、飴ダメでしたね」

 「いえ、甘党だからOKですよ」

 「変なの... ま、いっか。全面禁煙だし」

 さすがにマイカップは使えないものの、ドリンクのカップは実証試験とやらで、しっかり回収・リサイクルする仕掛けになっている。早くも取材ネタである。

 ミルクレープをつつきながら、アイスティーに口をつける櫻。焼プリンを掬いながら、アイスカフェオレをかき混ぜる千歳。この図だけ見ていると、確かにデート中のように見えるが、

 「やはり本多さんがお世話になっている回収スポットが先でしょうか」

 「その後、屋上へ行って見学できる設備を見てから、一階ずつ降りて来ますかね」

 「スーパー以外で買い物する時もマイバッグ使えばポイントって付くのかなぁ」

 といった具合で、巷の男女とは会話の中味が違ってたりする。調査は調査ということか。

 「その生クリーム、美味しそう」

 「あ」

 「いただきます♪」

 千歳のシフォンケーキに盛られたクリームは、ケーキの一部ともども櫻のフォークによって運ばれ、瞬く間に彼女の口中へ。「へへ。すみま千でした。よければこれどうぞ」 モンブランを勧める。「ミルクレープは崩れちゃうからダメね。本当はシェアしたかったけど」 千歳君は何を食べてるんだかわからない状態になってきた。甘くて黄色い糸状の物体... 頭の中がモンブラン、である。「卵が違うような気がします」とか辛うじて感想を言ってみるが、うわの空。櫻は「あぁ、契約農家の地卵使用とか、出てますね。じゃ、プリンも絶品?」 今度はスプーンが伸びてきた。今日も小悪魔さんな櫻である。

 カップの回収筒を見ながら、

 「今日は私もデジカメ持って来たんですけど、ちょっと旧式なので、千歳さんにフォローしてもらっていいですか」

 「じゃ、こっそりね。こういう店内って撮影禁止だったりしますから」

 「へへ。私も共犯?」

 平面駐車場につながる大きめの出入口に、一大回収スポットはあった。ペットボトルはかなり大きめの函が用意され、食品トレイ、牛乳パックが並ぶ。おまけに「え、自社ブランド(PB)の衣類もOK?」と彼女を唸らせる内容の貼り紙も。店内カウンターへお持ちください、とある。

 「こういう回収ルートがあるなら、この間みたいに衣類が漂着することはないと思うけど」

 「いや、きっと川で洗濯してたら流されちゃった、て」

 「千さん、マイナス1,000点!」

 笑いをこらえているようにも見えるが、咳払い一つ、「紙パックとかペットボトルの再生方法は何となくわかるけど、食品トレイがプラスチック素材に戻せるってのは知らなかったなぁ。トレイはトレイで循環させるだけだと思ってた...」 業平の言う通り、再生後の用途がしっかり掲出してある。荒川漂着ゴミもほんの一部ではあるが、ここに届けられ、再製品化されていることがわかりホッとする。が、しかし、である。そもそも捨てられないよう、漂流させないようにするには、の方が先だろう。先刻とは違う理由で固まっている千歳。櫻はそれを知ってか知らずか、

 「ねぇ千歳さん、お店の人にも荒川の現場、見てもらうと何か変わるんじゃない?」 さすがは櫻さん、である。場所を問わず、機転が利く。だが、より説得力を持たせるには、その店が売った商品、またはPB商品であることがハッキリしている必要がある。売り放しではなく、循環させるところまで面倒を見てこそ、社会的責任も果たせるというもの。自店を起源とするゴミであることがわかれば、そうそう放ってはおけまい。最低限のCSRである。

 そんなような話をしつつ、エレベーターで屋上へ直行。少し薄日が射してきて、パネルが鈍く反射している。緑化と呼ぶには物足りない観もあるが、テラス式庭園も展開してあって、憩えるようになっている。

 「光と緑の広場ですって。掃部先生が見たら、何て言うかしら?」

 「多分、ひかりとひろばって発音できないから、違う世界になりそう」

 「しかり、になっちゃう。お叱り? ハハハ」

 まだ笑いが収まらないご様子の櫻を引き連れるようにして、今度は階段で降りていく。三階の文具売場には、「エコ文具コーナー」が併設されていて、ペットボトル再生系の他、食品トレイ(PS(ポリスチレン))を再生した筆記具の数々が並んでいた。「要するにプラスチックを使う部分には、再生プラを適用できるってことでしょ」 なぁーんだ、とでも言いたげな口ぶりだったが、「あ、ハサミ」 取っ手というか、指穴を包む部位に再生材を使っているため、一応エコ文具である。再生材の感触を確かめるのかと思いきや、何色か見本紙を取り出し、ザクザクやり始めた。細長い紙切れを作っている。

 「櫻さん、それって?」

 「あ、切れ具合を試しているだけですから。フフ」

 眼鏡が光れば、ハサミも光る。これ以上は詮索しない千さんだった。


 メモリカードを入れると、プリントアウトできるセルフプリント機が二人の足を止めた。

 「この間の集合写真、出しましょう」

 「へぇ、これでねぇ...」

 四姉妹の写真なので、四枚でいいのだが、「私と蒼葉の分は一枚あればいいの。この一枚は千歳さん持ってて。で...」 操作を覚えた櫻は、自分で硬貨を追加して、中二少女+三十男の写真を四枚プリントアウト。「この一枚、頂戴」と来た。面白半分か、それとも... 「何なら店内で」とポートレートをその場で撮って渡すこともできなくはないが、店内撮影禁止というのが引っかかることもあってパス。ま、自分のはいいとして、今日の櫻さんはどこかで撮っておきたい、そんな想いに駆られる千歳。心の中で、笹の葉がサラサラ音を立て始めた。

 期せずして、楽器店が現れた。試奏コーナーらしき仕切られた空間をめざとく見つけた櫻は、同行者を誘いつつ、アップライトの電子ピアノに着席。音を確かめつつ、「CDとか写真のお礼を兼ねて、一曲披露させていただきます」

 先だっての音楽談議の際、秘密にしていた件は、つまりピアノ奏者だった、ということらしい。奏でるは千歳が貸したCDの一曲、ストリングスとピアノの例の佳品である。ストリングの部分もアレンジしてピアノ一つで巧みにまとめている。耳で憶えてここまで弾きこなしてしまうとは... 六分近くの曲だが、多少はしょって五分程度。だが、その五分は何事にも代え難い、優雅な時間となった。時を紡ぐ音楽というのはこういうのを指すのだろう。

 弾き終えて、会釈する櫻。言葉を失いかけた同行者は、我に返ったように「素晴らしい演奏でした。よくそこまで」と言うのがやっと(内心は大拍手)。櫻はちょっと照れた面持ち。これってシャッターチャンス?

 「今度、千歳さんの曲も聴かせてくださいね」 こう不意を衝かれてしまっては、ポートレートを撮るどころではなかったりする。


 二階は衣料品中心。自社ブランド服の売場では、確かに古着回収コーナーが設けられている。

 「流れ着いた服でも、ここの商品だってわかれば引き取ってくれるのかなぁ」

 「普通に洗濯しないとダメでしょうね」

 「千さんは川でセンタク...」

 だいぶ慣れてきた千歳だったが、ここまで来るともう笑うしかない。今度は櫻が千歳を引っ張るようにして、一階へ。イベント広場にやって来た。

 「今日は七夕ですものね」 この手の商業施設では当たり前、とでも言おうか、大きな七夕飾りが施してあって、竹枝には短冊が吊るせるようになっている。その場で思い思い願い事を書き綴る家族客。そこに二人も紛れるが、「千歳さん、これ使って」 渡された短冊はエコハサミで試し切りしていた一枚だった。

 「これって? 何か特殊な感じだけど」

 「水溶性なんですって。ある紙メーカーから見本でもらったんです。とにかく、書いてみて」

 勧められるまま、ペンで願い事を書いてみる。このペンも軸やキャップが再生プラのようだ。なかなかの徹底ぶり。「じゃ、短冊持って、荒川に行きましょ」

 業平がRSB(リバーサイドバイク)でさっと乗りつける位置合いにあるこの施設。荒川河川敷にもすぐに出られるのが特徴。曇ってはいてもまだまだ明るい。今、正に七日の夕べ。いつもと勝手は違うものの川辺を歩くのは馴れた風の足取りで、二人は水際へ通じる細道を悠々と進んでいた。ゴミ箱干潟のある場所と同様、ヨシが屹立(きつりつ)し、微風にそよいでいる。川を覗き込むと、そこは僅かばかりの砂地が顔を出している程度。それでも何となく似たようなゴミ景色が散見される。「あぁ、ここでも...」 呟く千歳。彼の肩をたたく櫻。「今日は川の日だけど、七夕よ。ゴミは目をつぶりましょう」 川の日だからここに来た訳か、と今になって合点が行くも、じゃ短冊は... そっか! 「ここに付けるのがやっとね。千歳さんも付けて」 ソーイングセットから引っ張り出した糸を使って結わえている。笹の代わりにヨシというのが風流である。

 こうして、二人の願い事は荒川の畔でサラサラと揺られることとなった。「荒川がキレイになりますように」に対し、「川・街・人が元気になりますように」とは櫻の一枚。水溶性の紙を使ったのは、一応、環境配慮を考えてのことだが、「何かその方がロマンチックかなぁって」とのこと。「あ、そうだこれも...」 櫻はもう一枚、付け足しに戻った。

 「なぁんだ、櫻さん、ズルイなぁ」

 「いいからいいから」

 何て書いてあるのか気になる彼だったが、逆方向に背中を押されては仕方ない。代わりと言っては何だけど、ここで一枚、写真を撮らせてもらうことにした。題して「ヨシと織姫」。フラッシュなしでも上手く撮れるのがありがたい。櫻は俄かカメラマンに気を留めることもなく、真剣に括っている。「あ、もう五時過ぎ。戻らなきゃ」 彼女が残した一枚には、何やら相合傘らしき絵が描かれていた。川の神様、聞き入れてくれるだろうか。


 川沿いにこのまま歩いて帰ることも可能なのだが、天気も不安定だし、実は肝心のスーパーの調査をしてなかったため、再び店に戻るご両人。「蒼葉に怪しまれるから、今日はここでお弁当買って帰りますね」というのも理由の一つ。つまり、七夕デートにしては、映画館にも行かず、ディナーもなし、なのである。弁えというか、抑制の効いた距離感がわかるというもの。さすがはアラウンドサーティー?

 平面駐車場はよく見ると、廃タイヤなどから再生したゴムチップが路面舗装に混ぜられていたり、車止めがさりげなく再生プラだったり、でネタが尽きない。店外なら撮影自由(?)ということで、ちょっと暗めながら何枚か記録する。この調子だとスーパー店内もネタに事欠かないだろう。撮影できないのが惜しい。

 タイムサービスが始まった直後ということもあって、弁当・惣菜コーナーはちょっとした人だかり。「廃プラ回収があるから、まぁ許されますよね」 櫻は二人分の弁当類を手にする。干潟ではおなじみの容器類。使い捨てを助長する側面はあるが、ゴミにするかしないかは、買った人の意識に委ねられてもいる。

 「いわゆる容器包装って、事業者責任がどうこうって言うけど、購入者責任てのもありますよね」

 「売場とは逆の発想で、商品の『戻し場』なんてのを作ったら、ゴミは随分減るでしょうね。用済みの袋とか容器とかを家から持って来て、同じ商品か、類似した商品の棚に返すって。現実的じゃないかも知れないけど」

 「循環型、ってそういうのを言うんでしょうね。あとは、量に応じてキャッシュバックされるとか」

 容器の一部に実験的にバイオプラスチックを採り入れ始めたことが紹介されている。漂流・漂着することがあっても、いつかは自然分解し得る、となればクリーンアップする側としては手間が減る訳だが、「やっぱりリサイクルに回すのが筋ですよね」 生分解性プラスチック(BDP)、バイオマスプラスチック(BMP)の別を問わず、リサイクル適性はある。櫻がどこまで了知しているかは不明だが、現場経験を少なからず積んだことで、そういう循環志向然としたものが自ずと身に付いたようだ。

 発明家が感心していたバーコード一括読み取り機があるセルフレジへ行き、クレジットカードを通す。

 「櫻さん、そのカードって再発行した例の?」

 「へへ、そうです。お恥ずかしい限り」

 でも、そのカードの一件があったから、今こうしてここに二人が居るのである。随分と昔のことのように思い返す千歳。カード様様というのは大げさか。櫻はマイバッグに詰めると、スタンプを押してもらいにサービスカウンターへ。その間、千歳は通常のレジで会計(電子マネー利用)し、その場でスタンプをもらう。調査を兼ねてのお買い物。こういう客が来ると、店側も張り合いが出るだろう。


 最終の送迎バスは、十八時発。混雑を予想して十分前に乗り込み、座席を確保する。そんな計画的なお二人さんは、次のクリーンアップのプランニングにも余念がない。

 「今度の自由研究向けクリーンアップは参加者限定でいいんでしょうけど、定期的なクリーンアップの方は、今後どうしますかね?」

 「そうですね。私は今のままでもいいと思いますけど、もしオープンにするなら、いろいろと注意事項とか実施手順とか考えないといけないですよね。ボランティア保険の対応とかもあるし」

 「そうか。受付とか、見張りとか...」

 「流域で一斉に取り組む時だけオープンにするとか、ね。ま、ゆっくり考えましょ」

 櫻は思うところがあるようで、一人コクリと頷き、ニコニコしている。いわゆる会場運営について、櫻とは同意見であることがわかり、千歳もホッとひと息つく。

 二人を乗せたバスは、無情にも順調に走行し、五分と経たぬ間に最初の停留所に着く。今日はここまで憂い顔をしなかった櫻嬢だったが、ここへ来て急遽顔が曇った。「じゃ、櫻さん、また」と千歳が手を振って降車しかけると、あわてて席を立ち、

 「あーぁ、降りちゃった」

 「櫻さん、たら...」

 何人かの客とともに二人を降ろし、バスは右折。橋の方向へ去って行った。

 「淑女が一人で橋を渡って帰ろうとしています。千さんなら、どうします?」

 「拙宅経由、でいいですか?」

 「ドキ」

 「いや、荷物を置きつつ、自転車を、と思って」

 「あ、そうですね。ハハハ」

 櫻は自分でもよくわからない感情に押されている。ただ、わからないとは云っても、そういう情況にあることが彼に少なからず伝わっている、という点は察知していた。だが、根本的にシャイな千歳君は、残念ながら鈍さが先に立つ。心の中は二人して、笹の葉状態? いや、サラサラというよりはフワフワか。

 自転車のカギは持っている。買った弁当類を郵便受けに入れて来るだけ。女性心理への反応は鈍足だが、それに反比例するように、この行って戻っては実にスピーディーだった。

 「あれ、もういいんですか?」

 「暗くなっちゃうといけないから」

 河川敷に出てからは、いつもなら干潟方面に向かう千歳だが、今夕は左折して橋へ。自転車をかなりゆっくり押しながら進むも、櫻の歩速はそれ以上にノロノロ。自転車を押す人物は違えども、状況は似通っている。五月の回の緊張感が甦ってきた。しかし、

 「今日の調査結果はまとまりそうですか?」 二ヶ月という期間、そしてその間の場数というものが彼を多少は進化させていて、ごく自然に緊張感を解いてみせた。櫻はキョトンとしつつも、

 「私もブログ始めればいいのかなぁ」

 「センターのホームページの中に『櫻さんコーナー』作ったら?」

 「情報誌の方が優先だから、手が回るかどうか」

 「ブログに記事を書きためておいて、余力があれば紙面に編集し直せばいいんですよ」

 「そうかぁ。千さんに1,000点!」

 てな訳で、またセンターに顔を出すことが決まりそうな予感。「そうそう、データベースの進捗状況も見てもらいたいし」 櫻の晴れ晴れした表情が空模様にも乗り移ったか、西の方が明るくなってきた。オレンジの光が微かに川面に跳ね返っている。干潟が望める場所に来て、ちょっと立ち止まってみる二人。

 「かくして、織姫と彦星は離れ離れ...」

 「え?」

 「千歳さん、名残惜しいけど、また一年後、ね」

 「今日、エイプリルフールでしたっけ?」

 「フフ。またデー... いや調査にご一緒してくださいね♪」

 「あ、ハイ」と千歳が言葉を継ぐところ、すかさず「じゃ、織姫はここで失礼します。ありがとうございましたっ!」 やや早歩きで先を急ぐ一人の淑女。長めのカーディガンは、その広い袖とともに、ヒラヒラと舞っている。織姫、いや天女? 千歳は幻を見ているような錯覚とともに櫻の後姿をしばし眺めていた。潮は満ち、干潟は大方隠れている。水位が増す程、織姫と彦星の距離は遠くなる。川は男女をつないだり隔てたり、不思議なものである。やがて櫻姫の姿は見えなくなった。川を漂うオレンジの紋様が哀愁を誘う。彦星は家路に向け、ゆっくりと自転車を漕ぎ出した。雲の切れ間は閉じたり開いたりを繰り返している。天空の川は現われるだろうか。

 

【参考情報】 飲料容器の店頭回収 / 回収スポットの例 / バイオプラスチックって?



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