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続・河原桜と干潟と

四月の巻

01. 続・河原桜と干潟と

 四月一日は、年度始めで緊張感高まる特別な日だが、ウソをついてもいい日、ということになっている。緊張感を和らげる配慮なのだろうか。よくできたものである。年度の初めも終わりも特にない生活になじんでしまうと、四月一日だからどうこう、というのはなく、単に何かを始めるには打ってつけ、という程度の心積もりだった。

 スギ花粉はだいぶ収まったようで、マスクなしでもいけそうだ。ただゴミ拾いの最中に思わぬ異臭と遭遇する可能性もあるだろうから一応、小袋に入れて持って行く。「備えあれば何とやら」が信条の千歳だが、この日ばかりはあれもこれも、という訳にはいかないのは先週図らずも「下見」したことによってわかっているので、珍しく必要最低限で臨むことにした。貴重品は携行せず、四十五リットル袋一組(五枚入り)、軍手、タオル、マスク、それにデジカメ(仕事柄)、これらを何かの環境イベントでもらった肩掛けバッグに入れ込んで出発。長靴は見送った。時刻は九時四十五分。天候は晴れ。午前中の降水確率は十%。風速二メートル。まずまずである。

 河原桜は満開を過ぎた頃合で、水際の方にも花弁がチラホラ舞ってくる。風雅な午前十時、といきたいところだが、たどり着いたその先は、先週と相も変らぬゴミ箱干潟。心なしか量が増えていると感じるのは、花見系と思しき、すなわち、コンビニ弁当やら飲料用ペットボトルが加わっているためか。人工物に目をとられて、あまり意識していなかったが、枯れたヨシの枝も溜まるところには溜まっていて、さらに袋やら破片類と絡まって、見るからに収拾つかない。のっけから収集意欲が萎えてしまう彼だったが、まずは用意したゴミ袋の一つを取り出し、不燃と思われるゴミから手を付け始める。辺りを殺風景たらしめているのは、袋類が主因か。これが減ればパッと見は良くなるかも知れない。という訳で、一点集中で片端から袋を拾い始めるのであった。今日は野球の試合もないし、船が通る時間帯でもないようで、遠く鉄橋を渡る列車の通過音が耳に入る程度。別に気が散ると分別を間違えるとか、そんな心配は無用なのだが、この静けさはゴミ拾いには打ってつけかも知れない。大小、種類を問わず、黙々と袋を拾い集める。砂まじりのレジ袋をつまみ上げ、ヤレヤレと息をついたその時、「あわわ...」「!?」 振り返ると、いかにもゴミ拾いスタイルの女性が段差を降りようとして、バランスを崩しかけていた。着地して一言、

 「隅田さんですよね?」

 「あ、もしや千住さん?」

 「はい!」

 桜とともに、ではなかったが、ともかく季節柄ピッタリの櫻さんが現れた。十時十分を回ったところだが、確約ではない話だけに、これは十分定刻レベルだろう。妙なところに感心する千歳。そして、何の違和感もなく当たり前のように当地にやって来た櫻。メールの印象では楚々とした感じを想像していたが、そんな要素に何となく茶目っ気が加わり、でもゴミ箱を前にして、動じることがない。櫻さんていったい?


キャッシュカード漂流記

02. キャッシュカード漂流記


 「遅くなりました」

 「本当に来て下さるとは」

 「隅田さんがいてもいなくても、エイプリルフールで済むかな、と思って」

 眼鏡越しに笑みがこぼれる。このセンス、なかなか強者と見た。

 「カード、ありがとうございました」

 「いえいえ」

 動揺を隠せない彼は、照れながらも「確かこの辺でした」と拾得した場所を示す。

 「うまく漂着したものですねぇ」

 「はぁ」

 「試しにATMに通したら、さすがにNGでした」

 面白い人だなぁ、とまたまた感心。「で、何でまたカードを?」 尋ねても気を悪くすることはないだろう、と読んだ千歳はさりげなく話を向ける。今度はインタビュアー気取り?


 ここから少し上流に行くと、県を跨ぐ橋がある。その橋を急ぎ足で渡っていた櫻は、対岸のその銀行をめざしていた。その日は早番だったので早めに帰宅していたが、給料日前の週末に備え、手持ち現金を補っておく必要を悟り、あわてて十八時前に駆け込もうとしていたのである。手数料をとられまいとする心理はよくわかる。が、しかし、ICキャッシュカードに切り替えたばかり、というのが災いした。「そういえば、新しいキャッシュカードって持ったっけ?」 橋の途中でふと足を止め、カード入れを探る。財布とは別に保管しているあたりがまた彼女らしい。少々手こずったが、果たして真新しいそのカードは現れた。ゴールドのチップ部分を夕日に照らす櫻。対面から暴走気味の自転車が接近していることには残念ながら気付くに及ばなかった。それは一瞬の出来事。幸い接触こそしなかったが、通過時の風圧は櫻の手元を震わせるには十分だった。「あっ!」 欄干の隙間から、新しいカードは無情にもすり抜け、ヒラヒラと荒川へ着水。すぐに視認できなくなってしまった。訳あってケータイを持たない櫻は、行くか戻るか考えあぐねた末、そのまま先を急ぎ、ATM備え付けのインタホンまで来てから事情を説明。せっかく十八時になる前にたどり着いたのに、トホホなことに、この日は現金を下ろしそびれてしまった、という顛末だった。

 身振り手振りを交え、「私の話を聞いて」状態。千歳とは初対面のはずだが、臆することなく訥々(とつとつ)と話してくれた。ドラマのような、コメディのような、言い知れぬストーリーである。


 「それは難儀でしたね。でも、カードは返してもらえるものなんですか?」

 「いえ、すぐに再発行の手続きを、と言われたんですが、もしかしたらまだ使えるかな、と思って。もったいないじゃないですか。ハハ」

 彼女は今、主に環境に関する情報を集め、それを配信するといった情報サービス型の機関に勤めているという。早番だったり、遅番だったり、土曜も出勤するので、日曜日の今日は好都合だった、とのこと。「年度末は情報の棚卸をしないといけなくて...」 返事ができなかったのは、そのせいだったようだ。

 環境情報に強い、というのは、そのいでたちもさることながら、持ち物からもわかった。軍手持参は言うまでもなく、ゴミ袋の代わりに、使い回しのレジ袋を何枚か、あとはなぜか小型のバケツ。「何回かクリーンアップイベントにも参加したことがあるので」 なるほどねぇ。でもバケツは?

 「近くに水道があれば、そこの水を汲んで、手を洗えるし」 理由はそれだけでなく、「ペットボトルなんかは、洗えばキレイになるでしょ。乾かして回収箱に持って行けばいいんですよ」 いやはや、おそれいりました。

 自発的なクリーンアップ初体験の千歳にとって、櫻の加勢は実に心強かった。

 「とりあえず、袋だけを拾おうと思って」

 「じゃ私は、ペットボトルと缶を拾います!」

 枯れ枝と苦闘しつつ、袋を抜き取る彼を尻目に、櫻は手際よく飲料系容器を見つけては、ポイポイと一箇所に固まるように放っていく。「あれれ、これって業務用?」 櫻が手にしたのは某ファストフード店のマーク入りのマスタードの大型容器。「従業員がこっそり持ち込んで、バーベキューに使ったか...」 訝(いぶか)る千歳に櫻が返す。「これはスクープかも」と一言。すかさず「バーベキューだったら、やっぱりバーベキュー味を用意すべきよね?」 あまりの機転に千歳も笑うしかなかった。

 「他にスクープ系、ありました?」

 「あぁ、この縄跳びの取っ手なんてどうです?」

 「どこかで練習してたら、とれちゃって、『縄跳びなんてキライだぁ』ってやったかどうか...」

 負けずと千歳も「縄の方もどこかに漂着してたら、正にお縄頂戴ですねぇ?」 苦笑する櫻にホッとするも、

 「でも縄が動物に絡まったら?」

 「そうか...」

 思いがけず、問答形式になってしまった。

 「私は見たことないけど、海辺ではカメや鳥がロープなんかに絡まって、死に至ることもあるそうです」

 「川も例外ではない、ってことですね」

 櫻は頷きつつも物憂げな面持ちで、またポイポイやり出した。千歳の方は、袋の中の袋がそろそろはみ出してきたところ。何かを容れるための袋がゴミになって、袋行き。何ともシャレにならない展開である。

 「わぁ!」 今度は何事かと思ったら、「この絵筆、まだ使えるかも」と来た。

 「千住さんて、絵描きさん?」

 「フフ」

 憂いある表情から一転して、不敵な微笑。「水汲んできます!」

 降りてくる時とは対照的に、颯爽と陸地へ上がる彼女を見送りつつ、二枚目の袋を手にする彼。あっと言う間に、時は十時四十五分。水位が心なしか上がってきたような。気温も徐々に上昇中。いつしか汗が一つ二つ滴ってきた。「どうぞ!」 軍手をとって、手を洗え、ということらしい。これまたタイムリーな。バケツから注ぐ水が心地よい。その水を額に移して、タオルでひと拭き。

 「千住さんは?」

 「水道のところで洗いました。絵筆も」

 確かに新品同様である。でも誰がいったい? 「これはやはり気分一新、新しい筆でデッサンしようとしたら、単に気分が乗らなくなったか、漂流しているゴミを見て幻滅したか、でポイ、でしょうかね」 こうなると、ゴミ拾いというよりは、ちょっとした宝探しである。

 「さぁ、続き続き!」

 「あ、飲料系、袋に入れようと思ったんですけど」

 「バケツの水で洗うのも大変でしょうから、洗ってもダメそうなのをまずは入れといて、あとでまとめて洗いますか」

 なるほど、である。でも缶は砂が詰まってたりして、洗いきれないかも。とりあえず、ペットボトルで再生不能そうなのを入れてたら、それで四十五リットルが満杯になってきた。「あとで洗う分は、レジ袋に入れますね」 それほど量はないと思っていたが、彼女が持ってきた袋もペットボトル、缶、ビン、それぞれでいっぱいになってしまった。残るは千歳が持って来た新品ゴミ袋三枚ということになる。

 「水位も上がってきたし、そろそろ潮時でしょうか?」

 「え、会っていきなり潮時ですか?」

 「へ?」

 「エイプリルフールですよ!」

 先手をとったつもりが、まんまと一本とられてしまった。でも冗談キツイなぁ。

 「まぁ、目に見えるゴミは片付いたんじゃないですか?」

 「でもまだバーベキューの名残が...」

 「じゃ、放っておくとまずそうなのをいきますか」

 彼女の考えでは、動物に悪影響が出そうなゴミを指すらしい。言われてみると、梱包用のヒモやら、土嚢袋が破れて繊維状のものがヒラヒラなっているものやら、直接的に生き物に悪さをしそうなのがまだ散乱している。

 「不燃でしょうかね」

 「自治体のルールによってマチマチですから何とも」

 向こう岸に住む彼女と千歳が暮らす此方では、微妙に違うようだ。

 「帰って調べてから分けて出します」

 「さすが!」

 今度は照れから来る汗。ごまかすようにデジカメを取り出し、

 「スクープ写真、行きます!」

 「あれ、デジカメなんですね」

 「僕もケータイ持たないもので」

 「へぇー」

 この日のスクープ系、というか、珍品ゴミとして見つかったのは、業務用マスタード、跳び縄の取っ手(対で発見)、湿布薬の袋、何かの映画のノベルティグッズ、折りたたみ傘の残骸、洗面器といったところ。さすがにこの日ばかりはキャッシュカードは落ちてなかった。拾う前と拾った後の写真もしっかり撮影。誰かに伝えずにはいられない。初心を思い返す千歳に、櫻が訊(たず)ねる。「次回はどうします?」

 忘れた頃に、小型貨物船が通り過ぎ、二人がそこそこに片付けた干潟に波紋を届ける。干潟が息を吹き返すのに少しは貢献できただろうか。櫻がポイポイやっていた辺りには、すでに潮が来つつあった。午前十一時過ぎ。レジ袋で手一杯の櫻、大きな袋を三つ運び出す千歳。この構図は何と形容したらいいものか。空の四十五リットル袋は二つ。でも洗い終わった飲料容器を入れる必要から、一枚を残すのみとなる。

 水道のある場所は、野球関係者がいると使いづらい位置合いだが、今日は躊躇なく使える。「何か水道水がもったいないような気もするけど...」 さっきの物憂げな表情を垣間見せる櫻に、ここぞとばかりに千歳が突っ込む。

 「バケツに入れて濯ぐのはどう?」

 「ほぉ」

 合点が行ったか、せっせと漬け込み始め、またまたにこやかに。

 「いい天気だから、すぐに乾きそうですね」

 「今日この後、雨ですよ」

 「ウソ?」

 「エイプリルフールでした」

 とりあえず、毎月第一日曜日に、などと打合せしつつ、濯ぎ作業を続ける。難を逃れ、回収箱行きが決まった容器類。それらを一つ一つ天日干しさせながら歓談する二人は、カードを届けた際に渡された銀行グッズの話で盛り上がる。ケータイストラップは二人とも使わないねぇ、とか、そのグッズの分け前は落とし主にもあるのでは、とか。乾燥中のペットボトルには、桜花がひとひら。缶の方は陽射しですっかり温まってきた。ビンが少々こたえるが、この日は幸い重量物を拾わなかったので、彼一人で搬出できる見込みが立った。ゴミが足枷になって、この後、食事でも、と行かないのがこうした取り組みの泣き所か。櫻の方も名残惜しげな風に見えたが、十一時半、今日のところはこれでお開き、と相成った。自転車で来ていた櫻は軽く手を振り、「またメールします!」 川の上流側、桜並木に沿うように走って行った。桜の中の櫻さん、か。


 明らかに可燃とわかる分はいいとして、素材が複合的になっているものや再資源化に向かなそうな錆び付いた缶の類が悩ましい。自治体ルールはあくまで事業系と家庭系が想定範囲のためか、こうした散乱ゴミの処分方法までは明確に示されてなかったりする。プラスチックゴミは、可燃に入れても差し支えない、というか、燃やせば火力がアップするだとか、燃やした熱を回収すればそれはエネルギーのリサイクルになるだとか、もっともらしいことが書いてあるが、どうもためらわれる。回収箱には比較的状態の良いペットボトル、空き缶、空きビンをそれぞれ投函。千歳の暮らすマンションは程々の戸数規模のため、ゴミステーションなるものがあって、回収日をあまり気にせず出しに行けるのがポイント。でも外で拾ってきたものを混入させるのはまた想定外か。例の梱包用のヒモや、弁当容器などは、不燃と割り切ることにした。フニャフニャの袋類についても水分を含んでいることもあって、やはり不燃に。こうした包装ゴミは、日常的には可燃で出していた千歳だったが、今回の一件で、「分別とは?」と自問する機会を得た恰好。他の自治体では、どんな扱いになっているのやら... まずは櫻さんに聞いてみるか? とメールするのに好都合な材料を見つけた彼はそそくさとステーションを後にする。


 記念すべき四月一日の成果... デジカメ画像を整理しつつ、どうまとめるか思案していたら、千住●さんから早速メールが到着。「はやっ!」 ねぎらいの言葉に始まり、「今日は楽しうございました」「分別方法わかりました?」といった文面が続く。文末には「次はいいものを持って行きます。お楽しみに。」そして、「p.s. このメール文の内容はエイプリルフールではありません。(^^)」と来た。簡潔ながらウィットの利いたメール。(しかも顔文字つき) はやる気持ちを抑えつつ、ブログ掲載の準備を進める彼。昼食そっちのけ、である。

 自分で持っているドメインの中にブログページを設置するのも一手だったが、ここは一つメジャーなところに置いてみるか、と画策。コメントを書き込めるところを省略すれば、メンテも楽だろう、と青写真を描きつつ、プロバイダが提供しているブログページにまずはログイン。予めテンプレートがいろいろと用意されているのは結構だが、彼としてはあまり面白くない。「ま、速報ベースで」ということで、サイトを取得し、記事と写真を仮アップ。収集前と後、そして、「何でまたこんなものが!」系の警鐘代わりの文を画像に合わせて三つ四つ入れていく。確かにこれは載せやすい。感心していた彼にふと難題が。「ページのタイトルは?」 しばし考え、同名タイトルがないことを検索チェックして、こう決めた。「漂着モノログ!」(英文表記:wreckage-mono-log) 何でもモノにちなんだブログのことをモノログと呼ぶことは知っていたので、彼なりに流行感を意識してのネーミングにしてみた。あとは櫻さんの反応次第か。午後二時半。さすがに空腹になってきたが、お構いなし。返信方々メール開始!

 「この度はありがとうございました」 何か儀礼的だなぁ、と思いつつも、筆を進める。このように分別したが、貴所での分別ルールはどうなんでしょ? おかげで見聞が深まりました 試しにブログを開設してみました 等々。他にもいろいろ書きたいところだったが、ついつい長文になってしまうので、自制しながらしたためる。そしてこちらも末尾に一言。「p.s. 次回楽しみにしております。(^^)v」 櫻のマネして思わずVサインを入れてしまう千歳。署名の欄にモノログのアドレスを打って、送信。ホッとひと息つくも、同時にちょっとした昂揚感もあって複雑な心境。「あっ、お昼どうしよ?」

 

【参考情報】 2007.4.10の漂着ゴミ


返信

四月の巻(おまけ)

03. 返信


 四月某日。年度が改まったら改まったで、新年度以降の情報の受け皿作りなどがある都合上、落ち着かない日が続く。櫻は次回の干潟行きに備え、あるものを探していた。これがハッキリするまでは、千歳に対して下手に返事ができない、と決めていた彼女。早く返信したい気持ちと裏腹に日数が経っていくのが居たたまれなかった。仕事の一環で時間は割けるのだが、思うに任せない。櫻の同僚で、立場上センターのチーフである文花は、ちょっとした情報源人物でもある。尋ねてみることにした。

 「文花さん、クリーンアップ団体でゴミの実数調査してるとこ、ありましたよね?」

 「えぇ、公園とか道路のクリーンアップではあまり聞かないけど、海と川では調べてる団体があるわね」

 「調査用紙って、どんなのか知ってます?」

 「ちょっと古いけど、確かここにあったような...」

 棚卸後の資料の中、それらしき団体のフォルダを開けると国際的な統計に使われる調査用紙の見本が紛れていた。

 「海と川で様式が違うようだけど、何とか集約してとりまとめてるみたい」

 「へぇー」

 環境ヲタクと言ってはいけない。文花は実用型識者なのである。同僚ながら毎度感服させられる。「発生源別ねぇ」 櫻は櫻でこの分野はまだまだ知らないことが多い。ともあれ約束の「いいもの」を入手できたので、ひと安心。これで返事が書ける。

 「棚卸からボタ餅!」

 「相変わらずねぇ。でも櫻さん、何に使うの?」

 「今は内緒♪」

 「棚卸もまんざらじゃないでしょ」

 もっともな御説である。でももう数日遅れてたら、倉庫行きだったかも。「おありがとうございます!」

 早番だった櫻は、帰宅後、早々にPCに向かう。日脚が伸び、まだ夕暮れ前。いい季節である。「お返事遅くなり、_| ̄|○」 今度は表題部に顔文字(人文字)登場。これは傑作とニンマリ。すかさず本文へ。自分で言っておきながら、お約束のいいものを探し出すのに苦労しまして... とまずはお詫びなど。「『漂着モノログ』拝見しました。webお強いんですね。スクープ性があっていいと思います。」と一言二言。そして、当方では容器包装プラスチック系は、一部地域で資源ゴミとして回収されることになった旨、中押しで一筆。真面目な面も出さないとね。「p.s. ところで次回予定はあえて書かなかったんですか?」 コメント受付型でないブログ故、こうした問合せは本人に個別にメールしないといけない。一応、問合せを受け付けるフォームは用意されているようだが... ブログの文調とは逆に、この辺が奥ゆかしいと云うか、彼のシャイな一面がうかがえ、一人不敵な笑みを浮かべる櫻だった。

 そんな姉を眺める妹君。

 「櫻姉!」

 「わぁ!」

 「ご飯だよ」

 「もうそんな時間?」

 「早番だったんでしょ。少しは仕度手伝ってよねぇ」

 「もうちょっとで行くから...」

 ブログということは、いずれまた更新されるだろうから、時々チェックしてまたメールしよ、ということにして、今日はいったん追伸まで打って、ひとまず返信完了。日が暮れるに任せて、あれこれ思案しながら書き綴る、そんな時間を楽しんでいた櫻だったが、妹君に変に勘ぐられるのもマズイ。「蒼葉ったら、こういう日に限って仕度が早いんだから」 姉妹の共同生活、というのはこういうものである。

 「お姉様、何か楽しそうですけど、いいことでも?」

 「ん? 別に」

 ムム、早くも勘付いたか?

 「そうそう、この間もらった絵筆、あれちょっとした上物だったよ。どうしたの?」

 「あぁ、気にしない気にしない」

 「どこかで拾ったとか、だったりして」

 「...」

 蒼葉には隠し事はできないなぁ、と苦笑いしながら、ポツリポツリ話す。

 「四月一日、軍手が干してあったから。やっぱりねぇ」

 「ハハハ、でも私あの時、何て言って渡したっけ?」

 「庭に生えてたとか。まんまとひっかかっちゃったわよ」

 「いくら四月一日でも、それはないわね」

 その後、結局次回予定まで聞き出されてしまい、トホホな櫻。

 「連休最終日って、案外空いてたりするのよね」

 「はいはい。しかと現場を見てくださいな」

 会話が弾む姉妹の食卓。春野菜などをつつきながら、あとは連休の予定談議である。


 出先から戻った千歳のもとに、櫻からのメールは無事届いていた。しかし、ほぼ同じ頃、差出人「Go Hey…」氏からの一通。「まさか!」 会社時代の同期で、ちょっとした発明家だったこのGo Hey氏。本名は本多業平(なりひらではなく「ごうへい」)である。その業平君からのメールがまず千歳の目に留まった。「よくこの差出人名で届いたな」と不思議がるも、同じプロバイダからなら、ブロックも緩くなる。読み進むと、業平もそのプロバイダでブログを持っていること、ある日新着ブログをチェックしたら「漂着モノログ」を見かけたこと、等々書いてあった。正直に実名で管理人の名前を出していたので、千歳の名を見つけて「これは!」と思ったようだ。(こうして特定のブログにアクセスすることを一説では「漂着」と云うそうな。効果覿面(てきめん)?) さすが一般的なサイトでブログを出すと違うなぁ、と感心するも、この調子だと結構アクセスされている?と焦る。とりあえず、場所は特定せず、予定も伏せておいて良かった。でも業平のヤツ「次はいつだ?」と来た。お互いに会社を辞めてから二年経つが、その久々の再会をあの干潟でってか? 確かに、アドレスを変えてからちゃんと連絡してなかったような... こっちはケータイ不携帯だから連絡のとりようがなかった、としたら申し訳ない。単に顔を合わせたいだけなのか、それとも何かいいビジネスでも思いついたか、いろいろ想いは巡るが、ともあれ「ブログが取り持つ何とやら」である。

 Go Hey氏に返信したいのはヤマヤマだが、はてさて... 櫻さんに一応おことわりを入れておくか、いやサプライズゲストにするか、ちょっとした逡巡状態に陥る。櫻からのメールも読んでいるようなそうでないようなだったが、p.s.の一文で我に返る。「そうか、次回予定、ブログには書いてない訳だから...」 要するに、業平と会うのは別の日にしようと思えばできるのである。「でも、あの量だからなぁ」 千歳は素直に櫻にお伺いを立てることにした。「旧友がモノログを見つけ、次回合流したいと申しておりまして」云々。よく考えるとお伺い、というのも変な話で、むしろ参加者を募る形でのオープンな催しにしてもいいくらい。だが、地元の水辺、という以上に、今はちょっと特別な場所と捉えている彼としては、こんな他愛ない問いかけにも実は意味がある。櫻の意向を確かめたかったのだ。

 千歳がブログに次回予定を書かなかった理由はわからなくもない。だが、「いきなりオープンにするのもどうかと思い...」という無難な返答では面白くない。翌日、櫻はそんなシャイな彼からの返信にもどかしさを覚えつつ、ゲスト参加があることを知って、内心ホッとしていた。「これでおあいこ。蒼葉を連れてけば二対二?」 櫻にしては珍しくすかさず返信。「実はこちらも女性を一人お連れする予定でして...」 妹と書けばいいものを何とも思わせぶりである。次回、五月六日、どうなることやら?

 

【参考情報】 クリーンアップ用データカード


青葉の季節

五月の巻

04. 青葉の季節


 さすがに花粉に悩まされることもなくなった。連休も何も今はあまり関係ない千歳だが、五月六日の日曜日は、いかにも休日らしい清々しい朝を迎えることができた。午後から雨?と天候は怪しげだが、午前中は持ちそうだ。業平とは直接現地で落ち合うことにしたので、前回同様、川辺に直行する。河原桜はすっかり青々緑々となり、時折強く射す陽光を集めて輝く。微かな風に葉が呼応する様がまた心地よい。新緑をこんな感じで眺めることができるのは、彼の今の心持ち故だろう。お約束の十時まであと五分。少年野球は今回もオフのようだ。今日はバケツ持参の彼は水道で水をまず調達。すると不意に自転車のブレーキ音が。

 「毎度っ!」

 「これはこれは。また颯爽としたお出ましで」

 「ハハハ。ところで隅田さん、ゲスト参加の方は?」

 「現地合流にしたので、じき来るでしょう。櫻さんこそ、お連れの方は?」

 「遅れて来る、と思います」

 お互い、連れを紹介し合う必要性が先送りになり、妙に安堵する。本当は二人だけでもよかった?

 覚悟はできていたが、連休最終日のこの日、干潟には再び袋類やらペットボトルやら... 目に付くゴミは前回ある程度片付けたのに、ひと月でこの有様。「前よりも干いてますね。目立つのはそのせいかも」 海同様、川辺でも満ち干きが起きることは前回知ったが、でもそのピークはどうやって調べればいいんだろう。図らずも「干潮」に当たった、ということだろうか。

 「今度詳しい人に訊いてみますね」

 「環境情報はお手の物ですもんね」

 「情報源人物がいるんですよ。ここに来るとあぁだこうだと言われそうだけど」

 足元を確かめながら、歩く干潟を歩く二人。そこへ「あわわわ!」 前に聞いたのと同じような声。

 「あの方がそうですか?」

 「いえ、妹です」

 「どうりで第一声が同じ訳だ」

 女性っていうから、友人か某かと思ったら、妹さんとは。またしても一本とられてしまったが、ここはつとめて平静を装う。

 「櫻姉! 何ここ?」

 「これが荒川の現実よ」

 「本当に荒れてんだ... あっ、スミマセン。千住蒼葉って言います。姉がお世話に」

 「やだ、お会いするの今日で二回目よ」

 「二度目とは思えないんですけどぉ」

 姉妹のやりとりが続く間、千歳は待ちぼうけ。いつもこんな調子なんだろか。しかし、荒れた川というのは言い得て妙。そのあたりの切り返しは姉並みか。思い出したように櫻姉が取り次ぐ。

 「隅田さんです」

 「はじめまして。お世話になっております」

 蒼葉も再度お辞儀して、したり顔。

 「ハハ。ま、いっか。よろしくお願いします」

 それにしても青葉の季節に、今度は蒼葉さんとはね。この姉妹は登場の仕方が季節とシンクロし過ぎていると言うか。

 櫻姉は、ジーンズにスニーカー、長袖シャツとクリーンアップ向きなのだが、蒼葉嬢は膝丈ほどの白スカートに半袖シャツ、靴は辛うじてウォーキングシューズといった体裁。場所の説明が足りなかったんだろうか。

 「一緒に自転車で来てもよかったんですけど、午後から展覧会に行くとかいうもんだから...」

 「バス便を調べて、何とか追いついたんだからいいでしょ」

 「でも、すぐわかった?」

 「お姉様に似て、地図は強いのよ。そうそう、河川敷を歩いてたらミミズがたくさん這ってたけど、何で?」

 自転車で走っているとわからないものである。きっと土が暖まってきたから?と訝りながらも、姉は答える。

 「ミミズで驚いた次は、このゴミだもんねぇ」

 「順番としては、ゴミ→ミミズ→でしょ」

 「しりとりですかぁ? じゃあ」

 程なく妹は嬉々として「ズック」 すると「ク、黒豆茶!」 よく見ると、確かに学校用のズック、そして黒豆茶の飲料缶が転がっている。おそるべし千住姉妹。

あ「ハイ、次は隅田さん」 問答無用である。

ち「や? 野球ボール」

さ「ル、ル... ルアー」(何でまたルアーが放置されてるんだか)

あ「あ、あー、あれ何?」

 青葉の「あ」とかやっても良さそうな場面だったが、そうはならず、あが付く当人によっていったんブレイク。指した先には何かの木片が砂に刺さった状態。軍手を付け、その柄を引っこ抜くと刃の折れた(折り畳み式)ノコギリ!

 「これはまたスクープものですね」

 「何でもアリね」

 「事件性がなければいいけど」

 千歳の何気ない一言で、さすがの姉妹も固まってしまった。「いや、その...」 蒼葉がフォローする。

 「こっちにノコギリで切りかけた合板のかけらがあるよ」

 「隅田さん、今日は四月一日じゃなくてよ」

 「蒼葉、蒼白しちゃった」

 「うまいっ!」

 「?」


 「蒼白の蒼なんですか?」

 「姉にいつも脅かされてるんで、名前の通りになってしまいました」

 「蒼葉っ!」

あ「じゃ、隅田さん、今度は『ば』ですって」(まだ続けるつもりか?)

ち「ちょっと待って。ヨシの根元に『バッテリー』発見!」(この干潟はしりとりには事欠かない)

さ「り、リボン... しまった!」

 「櫻姉、アウト。干潟一周!」

 「エーッ」

 姉も姉なら、妹も妹だなぁ。ここでひとまず収集前の状況を撮影。千住姉妹も記念に一枚、といきたかったが、今日は見送り。「頼まれたら撮ることにしよう」

 十時十五分、ようやくクリーンアップに着手する三人。櫻はお約束の「いいもの」をいつ出すべきか思案するも、もう一人そろってからでいいか、ということにして水際へ進む。枯れたヨシの束が打ち上がって、そこにも細かいゴミが絡み付いてたりするが、そういうのは後回し。まずは大きくて目立つゴミから、だろう。先刻とは打って変わって、黙々とした時間が流れる。用途は不明だが、プラスチック系の大袋が何枚か横たわっている。櫻がためらう傍らで、千歳がそいつを引き上げると、「わぁ」「えー」と姉妹が声をそろえる。賑やかになるのはその程度。そんな折り、陸の上から呼び声。

 「おーい、千!」


拾って、調べて...

05. 拾って、調べて...


 姉妹が顔を見合わせる。

 「千?(苦笑)」

 「あ、いや。そういう邦画、あったでしょ」

 そこで姉、「あぁ、『千と千尋の』某ね」

 妹が続けて、「今日からお前は千じゃ!」 あぁ業平のヤツ。

 「いやぁ、河川敷走るの久しぶりだったんで、つい道草食っちゃって」

 「あぁご自慢のMTBで来ましたか」

 「まぁ、今日のところはMTじゃなくてRSだけどね。相変わらず元気そうで」

 「お互い無事で何よりってとこか」

 一メートルの段差を挟んで、二年ぶりの再会を喜ぶ二人。業平は背が高い方なので、余計に見上げないといけなかったりする。

 「頭がえらく高いぞ!」

 「はいはい」

 姉妹も近づいてくる。崖地をひと降りして一言。

 「見目麗しいお二人さん!」

 「千さん、この方は?」

 蒼葉が訊ねる。

 「会社にいた頃の同期で、本多...」

 「業平橋の業平と書いてごうへいです」

 本人が名乗り出る。ヤレヤレ。

 「千住櫻さん、と妹の蒼葉さん」

 「何か芸能人みたい。モデルさん?」

 櫻は苦笑気味。蒼葉はそわそわした感じ。この展開っていったい?

 「確かにこれはスクープもんだぁね」

 「起業ネタとか何とかで解決できないかねぇ」

 「そうさね」

 男同士で会話が進み、今度は櫻が退屈そう。例の憂い顔になりかけていたが、千歳がそれを察知し、話を振る。

 「櫻さん、いいものがあるって話、そろそろどうですか?」

 「あ、そうそう... ジャーン!」

 いつもの不敵な笑み? いや「よくぞ聞いてくれました」とでも言いたげな満面の一笑である。

 段差のふもとに置いてあった櫻のマイバッグ。そこから出てきたのはクリップボード。と思いきやそれは、「データカード?」 一同、思わず発声。

さ「拾うだけじゃなくて、何がいくつあったかを調べようってことです」

ち「記録は大事。社会的意義もありそう」

さ「そう。データを集めて分析して、ゴミにならない、ゴミを減らす、そんな対策を立てるのに一役買うんだそうで...」

ご「メーカーにいた人間としては頭が痛いところ」

あ「世界共通なんだ」

さ「多少違和感あるかも知れないけど、世界的な取り組みとあらば、また違うでしょ? ね、千歳さん♪」

 眼鏡越しに視線が光ったような気がしたのは気のせいか。対照的に裸眼の妹は目をパチクリさせている。この場所でクリーンアップすることを思いついた、つまり発起人は確かに千歳だが、主導権的には櫻に分がある。感服しつつも、一応号令をかける。「成る程。同じクリーンアップでも、これをすることで説得力が増す訳だ。やりましょう!」(モノログ的にも欠かせないしね。)

 「じゃ、まずは除去! ここに集めましょ。数えるのはそれから」 崖に近い平面にとにかくゴミを固めることにした。千歳が拾い上げていた大袋は、白黒そろっていたので、大まかに可燃・不燃で分けるのには好都合。時刻は十時半、干潟はさっきよりもさらに拡がった感じ。櫻はまたポイポイやる構えだったが、妹のお出かけ着への配慮か、持参の大きめレジ袋に放り込むスタイルで歩き回っている。四人とも軍手着用&レジ袋片手。それぞれ思い思いに歩き、拾ってはレジ袋にポイ、そして集積場所でガサガサと出す。これの繰り返しである。単調なようだが、時に巣穴からグレー(泥一色)のカニが出てきて、

 「わぁ、櫻姉、今度はカニぃ!」

 「カニ? に、にしんの缶詰...」

 「って、しりとりじゃなくて、本当にいるんだよぅ」

 「あ、本当だ。可愛いじゃん」

 てなことがあったり、

 「なぁ、千ちゃん。このテレカ、まだ使えんじゃない?」

 「確かにゼロのところに穴開いてないね」

 「ま、ケータイ持ってても、いざという時は公衆電話だったりするから...」

 「あれ、そこに落ちてるのってケータイ?」

 「これだもんね。一応届ける?」

 「って言うか、販売店に持ってってレアメタル回収してもらわないと」

 「さすが元電機メーカー、生産プロセスセクション!」

 「どうでもいいけど、千ちゃんてのはやめて」

 といった具合。決して単調という訳でもない。

 退潮はまだ続く。上流の方も少しずつ干潟が出てきた。「ありゃ、ハンガーか?」 折れたヨシの茎に、針金式の黒ハンガーがいくつか引っかかっているのが見て取れる。「うまくかかったもんだ」 男二人、露わになったばかりの干潟をそろそろと歩いていく。すると、「カァー」と鳴き声一喝。一羽のカラスが着地するや、巧みにハンガーを咥(くわ)え、すかさず飛び去って行った。下流側で眺めていた姉妹も唖然。

 「今の見た?」

 「そうか巣作りのシーズンか」

 まだ数本残っていたが、カラスに襲撃されるのも不本意だ。浮かない顔で集積場所に引き返す二人に、櫻がニヤリ。

さ「カラスに横取りされちゃいましたね」

ご「ガックリです。データカードに何て記録しよう」

あ「カラスの基準では生活雑貨でしょうね」

ち「いや、単におもちゃだったりして。ま、有効に使ってもらえるなら、ハンガーも本望?」

 四人そろったところでひと休み。パッと見は結構片付いた感じである。カラスを特訓すれば、ゴミの分別も可能(?)なんて話をしていたら、おもむろにタバコを取り出し、点火する一人の男。業平、禁煙したんじゃ?

 千歳が声を上げるのと同調するように、姉妹も「アーッ!」 面食らった業平君は、最初の煙をひと吐きしたかしないかのうちに、咥えた一本をその場に落としてしまった。「いや、これは失敬」 垂直に落ちたタバコは干潟の水分によって消火され、プスとくすぶる。念のため、バケツの水もひとかけ。

 「まだ吸ってたの?」

 「いや拾っている中で吸殻を見つけたら、ついその」

 「これは漂着じゃなくて、散乱ゴミね」

 「あ、一応、携帯灰皿持ってるんで」 申し訳なさそうに落とした吸殻を拾い、灰皿に収める。まだ長さがあるので、無理やり突っ込む感じ。

 「もったいなかったねぇ」

 「以後、気を付けます」

 「本多さん、罰として、干潟一周!」

 蒼葉の不意の一言に一同大笑い。カラスは去ったが、近くの水辺ではカモが騒々しく、こっちに合わせて嘲笑しているように聞こえる。姿は見えないが、結構な数がいるようだ。

 「それにしても、皆さんそろってタバコとは無縁なんだねぇ。肩身が狭い」

 「そ。この場合の無縁は、煙がない方の無煙ね。煙とは縁がない方がよくてよ」

 さすがは櫻姉。今日も冴えてる。

ち「街では分煙や路上禁煙が進んできたけど、こうした河川敷や干潟はまだまだ喫煙者優位な訳だから、逆に配慮が必要ってもんだ」

ご「トホホだねぇ。でもごもっとも。恐縮です」

あ「では、ここでは原則禁煙ってことで」

 気を取り直して、もうひと集め。十一時になった。いよいよデータ記録作業である。

 「櫻さん、ここからの手順は?」

 「燃える・燃えないでだいたい分かれているから、そこからさらに仲間分けしてみましょうか」

 「業平は吸殻見るとまた一服したくなるだろうから、不燃の方だな」

 「そっか、吸殻って可燃でいいんだ」

 「地元自治体のルールではね。でもデータカード上はそういう分類じゃないんですね」

 「え? あ、そうです。発生起源別ってことなんで。タバコは『陸』つまり日常生活系の欄にある『吸殻・フィルター』にチェックします」

 「私、不燃! お姉様は千様と」

 「千住さんも千だと思うんだけど...」

 「いいからいいから。フフ」

 妹のさりげない気遣い(?)が嬉しい櫻だった。

 漂着ヨシに紛れた細かいゴミは見送ったが、フタやキャップの類、吸殻、発泡スチロール片など、拾えるものはできるだけ集めたため、分けるのも数えるのも、それなりに時間がかかりそうな予感。仲間分けが済んだところで、十一時十五分になろうとしていた。

 「蒼葉、お友達との待ち合わせ時間、大丈夫?」

 「あ、十一時には終わるって思ってたから、つい」

 「正午に渋谷でしょ。後はいいわよ」

 姉と違い、妹君はケータイ所持者だった。折りよくそのお友達から着信があった模様。「あ、ちょっと失礼」 そそと上流側へ。さっきのカラスが舞い戻って来たが、今度は静かだ。女性には威嚇しないらしい。

あ「駅に着いたけど、なんか埼京線、遅れてるみたいだから、彼女も遅くなりそうだって。でもボチボチ行くね」

ち「どうもありがとう。気を付けてね」

あ「ハーイ!」

 軍手と袋を置いて、一礼。軽々と段差を上がっていく。姉よりも長身な彼女の後姿は、確かにモデルのように映る。走る必要がなくなったためか、悠然と歩いて行った。千歳も業平も何となく目で追っている。

さ「バタバタと失礼しました。まぁ、いつもあんな感じです」

ち「調べ終わるところまでいらっしゃれなくて残念でしたね」

さ「放っておいても、また来ると思います。気に入ったみたいだし」

 三人になったところで、お待ちかねのカウント作業へ。タバコの吸殻は思いがけず、五本程度だった。

 「やっぱり皆吸わなくなったんだよ」

 「いや、携帯灰皿が普及してポイ捨てしなくなったんだ」

 「まぁまぁお二人さん、そういう議論は数え終わってからってことで」

 この日の集計結果は、ワースト1:プラスチックの袋・破片/六十三、ワースト2:食品の包装・容器類/四十九、ワースト3:フタ・キャップ/四十四、ワースト4:農業用以外の袋類(レジ袋など)/三十六、といったところ。思いがけなかったのは、エアコンのホースと思しき配管被覆や、電線ケーブルのカバー類が散在していたこと。被覆としてまとめて数えると、実に三十三に上った。ワースト5にランクインである。

 「業平、これどうよ?」

 「これまた製造物責任が問われそうな...」

 「銅線が抜き取られてるってのは、最近のドキュメンタリーで聞く話と同じってか?」

 「ウーン」

 櫻が促す。

 「ここはまた千さんにブログで知らしめてもらいましょ!」

 「櫻さんまで、千さんて」

 「電線だけに、線さんかなぁって。あ、すみません。千歳さん♪」

 業平が割って入る。「すみま千てか?」 一同失笑。櫻の影響力、大したものである。あとは、発泡スチロール片(サイコロ大以上)が二十九、ペットボトル(またはプラスチックボトル)が二十四...と続く。バーベキューの名残と言えるカセットボンベ、季節的には早いが蚊取線香の金属フタ、川を見ながらスカッとしたかったのか髭剃りセット(シェービングフォームのスプレー缶とシェーバーのケース)ほか、傘の取っ手、スポンジ、靴下などなど。それぞれデジカメで撮っていく。データカードが呼び水になり、前回以上により細かくゴミ事情が見えてきた。例の大袋の他に土嚢(どのう)袋も三枚、この手の大型ゴミの処理が悩ましいところだったが、とにかく畳んで四十五リットル袋に押し込んだ。拡がっているから目に付くし、生態にも影響が出る訳だ。しっかり片付ければスッキリするものである。しりとりの具となった品々、物議を醸したノコギリも分別して袋入り。洗って再資源化できそうな容器類は、拾った数の三分の一程度か。水道で洗いながら、業平が申し出てくれた。「大型スーパーが途中にあるから、帰りがけに出しとくよ。干潟一周よりも実用的でいいだろ?」 頼もしい限りである。そんなこんなで四十五リットル袋は、またしても五枚全てを消化。

 「櫻さん、ゴミ袋って余ってたりします?」

 「今日拾った大袋、また使いましょうか?」

 「あぁ、しまった」

 「いえいえ、そこまでは。次回持って来ますよ」

 「業平は?」

 「ウーン」 彼はよく唸る。何か考え事をしているようである。

 「いや、カウントするのにもっと手っ取り早い方法ないかなぁって」

 「早くも発明ネタ探しかね?」

 「この範囲でこういう状態ってことは、他の大がかりなクリーンアップ会場だともっと数えるの大変な訳っしょ?」

 二人のやりとりを聞きながら、櫻の目線は鈍く光るある物体を捉えた。販売店に持って行くからと、まだ袋入りしていなかった漂着ケータイが半乾きで寝そべっている。

 「私、実現性はわからないけど、ケータイ画面でピピとかやって数を入れていけると面白いかなぁ、って今...」

 業平と千歳は虚を衝かれたようにお互いを見る。

 「そうか。データカードの項目を入力画面にして、数字を打ち込めるようにすれば集計は楽になる、か」

 「ケータイ不所持人間としては、何ともコメントしようがないけど、PCでも理屈は同じだから、モデルとしてはアリだね。特に一つの会場で複数班が手分けして調べる場合、ってことかな」

 「蒼葉はさておき、今日会ってる友達が多分その辺、詳しいと思う」

 「オレはどっちかって言うと実機派だから、バーチャルな仕掛けはどこまでできるかわからないけど、仕様は考えてみるよ。それをその人に見てもらえばいい訳だ」

 思いがけず、話が大きくなってきた。入力した値がリアルタイムでブログに反映したり、なんてのも面白そうだ。

 「そろそろ乾いてきたかしら?」

 「じゃ、業平君。あとは頼むよ」

 「今日は変な天気だけど、ちょうど日が照ってたんだ。こういう活動は天も味方してくれる訳?」

 スーパーで回収可能と思しきペットボトル、食品トレイの類を四十五リットル袋に放り込んで、RSB(リバーサイドバイク?)に括り付ける業平。

 「これでアルミ缶満載だと、また違う展開になるんだよな」

 「どっちにしてもお似合いだよ」

 「へへ、じゃまた!」


 櫻がキャッシュカードを落とした橋からは、この干潟は目視可能。人がいればそれもわかる。日曜の朝の塾帰り、一人の女子中学生が三人の様子を眺めていた。「あの人たち、何してるんだろ?」 どうもゴミを拾っているだけではなさそうなことはわかったが、その意図がわからない。「水道で何か洗ってる。はぁ?」 動作を目で追いつつも、ボンヤリ。いつしか十五分くらい経っていた。「あ、もうお昼だ!」 どこで誰が見ているかなんてのはわからないものである。

 目撃者は立ち去り、時刻はすでに正午近くになっていた。ひととおりの作業を終えたところで、千歳は大事なことを思い出す。「片付け終わった後の写真!」 櫻も後を追う。「あ、千さん、待って」

 少しずつ水位が戻りつつあった。

 「間に合った」

 「これで川の神様もお喜びね」と櫻がポツリ。一瞬何のことかと思ったが、そこは千さん。

 「あぁ、おクサレ様を助ける話。『佳き哉』ってなかなかの名セリフでした。姿は見えないけど、どこかにいらっしゃるんでしょう」

 「今、飛んで行きましたよ」 櫻が指差す。

 「あ!」

 どこからともなく、ツバメが現れ、二人の前を横切り上昇していった。

 「これでワハハハとか聞こえたら、間違いなく本物」

 「フフ」

 青葉、ツバメ、そして水ぬるむ匂い... 今日は立夏である。

 

【参考情報】 2007.5.6の漂着ゴミ



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