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七月の巻

優しいお姉さん達

七月の巻

13. 優しいお姉さん達


 梅雨に入ったらしいが、ジメジメした印象が少ないまま七月を迎えた。前回の南実の潮時情報が合っていれば、七月一日の十時はクリーンアップには丁度いい頃合い。今日は梅雨の晴れ間だとかで、天気も申し分ない。ひと足先に現場に到着した櫻は、足元のゴミ箱には目を向けないことにして、晴天に両手を伸ばしてひと呼吸。「千歳さん、早く来ないかな」 いつものクリーンアップルックに加え、日射対策も万全な櫻嬢。広めのつばが付いたハットを被り干潟に佇む。季節が季節ゆえ、川を通るのはプレジャーボート。水位は今のところ低めなので、多少波が来ても大丈夫そうだが、波のテンポがいつもと違って小刻み。だが、ボートが行き来する音、波が立つ音以外は、野球がお休みということもあって、総じて平穏ではある。ふと干潟に目を落とすと、相変わらずの散らかり具合に暗然とならざるを得ない。静かな分、ゴミの呟きというか、声にならない声のようなものを感じる。「蒼葉の絵があんな風になるのももっともね...」 集合時刻の十時まであと五分。

 水を汲んで、千歳が降りて来た。彼も誰かさんに早くお目にかかりたい一心(?)かどうかはいざ知らず、やや早めのご到着。どれがヨシだかわからないくらい伸び盛りの草々の狭間(はざま)に辛うじて干潟へ通じる小径が残る。水をこぼしそうになったが、何とか着地。「あれ、櫻さん?」

 デニム地のシーンズに、Tシャツ+長袖カーディガン、そこまではわかるが、まるで貴婦人のような白ハット。そして肩にかかる黒髪。先だって職場訪問した際は大いに見違えたが、今日もいつもと違う装い。躊躇はあったが、その後姿に声をかけてみた。

 「あら、千さん」 些(いささ)かブルーが入っている櫻が振り向く。「どうかしましたか? 何かいつもと様子が...」

 「え、何か私、変ですか?」 つばに手を当ててキョトンとしている。

 「いつもの元気な櫻さんとちょっと違うかなって」

 「いや、蒼葉の素描を思い出してたんです。やっぱり一人でここに立ってると憂鬱になっちゃいそうで」

 確かに今回もゴミが強烈なメッセージを発している。特に大型の袋類、ペットボトル、紙パック類、それに大小様々な容器包装の数々。片付け甲斐、数え甲斐がありそうだ。

 「まぁ、今日もまたこんな感じで、ね」 訪問時に渡しそびれていた櫻の写真の入った小袋を取り出し、そのまま手渡す。「わざわざ、プリントしていただいて」 ちょっと言葉に詰まる櫻だが、表情は明るくなってきた。「あれ、袋の中にメッセージとか入ってないんですかぁ? DearとかSincerelyとか、何ちゃって」 さすがの櫻もテレ気味。千歳はむしろ冷静なもので、

 「袋に¥0て書いておきましたよ」

 「エッ?」

 「ウソウソ、どうぞご笑納ください」

 「ありがとうございます!」

 いつもの笑みが戻った櫻。データカードを入れておく用のクリアケースに写真袋をしまう。そして、

 「そうそう、対岸で草刈ってたおじさんの話、してなかったですよね」

 「あ、そうでした。著名な方だったとか」

 「掃除の掃に、部分の部て書いて...」 と、その時、

 「やあやあ、お二人さん!」 定刻きっかり、業平君の登場である。

 「ずいぶんと草伸びたねぇ」

 「根元の邪魔物が減ったから、余計に元気になったんじゃないかな」

 「業平さんが、Go Hey!ってやるともっと伸びるかも」

 この三人にかかると、当地はゴミ箱ではなくなる。和やかな空間に一変するのである。


 「それにしても、あの矢ノ倉さんてぇのは人を動かすのが上手というか、それともこっちが乗りやすいだけなのか」 ブツブツやりながら、「巡回中」の先生はバイクで干潟方面を目指していた。本日のサプライズゲスト第一号である。一応、河川事務所お墨付きのステッカーがあるので、減速していればバイク走行は可能。試合がないのをいいことに、グランド脇をそのままタタタとやっている。(チョイ悪オヤジ気取り?) すると、河川敷に居るには少々似つかわしくない格好をした少女がウロウロしているのが目に留まった。シャーリングパンツにキャミソール風。スタイルはイマ風だが、おとなしそうな娘さんである。五月の第一日曜日は塾帰りだったが、今回は塾へ行く前に橋を通過。五月以来、日曜日に橋を通る度に干潟を見遣っては、動静を気にしていた彼女。この日、授業は午後からだったが、自分で現地を確かめたくなって、早くに家を出てきた。幸い、遠目に櫻の姿を見かけたので、思い切って足を運んできたものの、

 「お嬢さん、何か探し物かい?」

 「あ、あの、この辺に砂浜があるはずなんですが」

 「砂浜? あぁ、し潟ね」

 「しがたって何ですか?」

 「だから、し、ひ... いいや、ついておいで」

 女子中学生は、干潟の場所を探していたのも確かだが、グランド外野を我が物顔で跋扈(ばっこ)している十数羽のカラスに行く手を阻まれていた、というのが正直なところだった。ここはチョイ悪オヤジの出番。多少加速して、カラスを蹴散らすように走って行った。少女は小走りでバイクを追いかける。暑さでグッタリしているシロツメクサを除けながら。


 十時十分過ぎ。要領を得た三人はすでに大物の除去を終え、今回は上流側に千歳、中央を櫻、下流側を業平、という配置で分担する段取りに入ろうとしていた。

 「そう言えば、今日は小松さん、来ないのかな」 業平がポツリ。

 「あ、海洋漂着ゴミの全国会議とかで来られないって連絡受けてました。失礼」 南実から櫻に連絡が行っていたとは。男性二人は虚を衝かれた様子。「例の外来魚の件はよくわからなかったみたい。ただ、多少汚れていても平気だから、窒息することもないんじゃないかって」 談議中の三人のところへ、ガサゴソと物音が近づく。

 「あ、掃部先生!」

 「やぁ、あの時のお姉さん。えぇと千住...」

 「櫻です。講演ではお世話様でした。でもまた...」 言葉を継ごうとした矢先、

 「おっと、お嬢さん、大丈夫かい?」

 草を分けつつ、少女が現われた。第二号ゲストである。

 「皆に会いに来たんだって」

 「オー、今回もサプライズ!」 業平が一声。

 「初めまして。い、石島、小梅と言います」

 「小梅さん、ようこそ! でも、どうして先生と? お孫さん?」

 「いやいや、こんな立派な孫がいる年じゃないよ。ま、俺に子どもがいたら、君達くらいだろうな」

 千歳と業平は何が何だか状態。だが、千歳はすぐに気が付いて、

 「櫻さん、もしかして掃除の掃に、部分の部で、って、この方?」

 「掃部清澄さん、でいいですよね?」

 「へぇ、それで『かもん』て読むんですか。カッコいいですね」 Go Heyよりも、Come Onの方が一枚上手かも?


 てな訳で、それぞれの自己紹介が始まる。掃部公は三人を労うように一言二言。そして、矢ノ倉チーフに「唆(そそのか)されて」来たようなことを笑いながら仰る。「あぁ、またしても文花さんにしてやられた」 櫻はハットをとって正に脱帽状態で頷く。先生は自分の話はそこそこにして、小梅に話を振った。少女は何でここに来るに至ったか、ポツポツ話す。うつむき加減だが、表情は真剣。四人の大人は彼女の話に耳を傾け、胸が空くような、打たれるような、そんな感慨を受けていた。データカードの裏が白紙になっている一枚が紛れていたので、「じゃ、ここにそれぞれお名前を大きくお書きください。まず、小梅さん、どうぞ」 お互いにフルネームがわからないと話がしにくいもの。この辺の心得も櫻ならでは、である。

 小梅は、自分の名前をさん付けで呼んでくれることにちょっぴり感激していた。クリップボードを持って、マーカーでゆっくり綴っていく。なかなか上手な字である。

 「じゃ、若い順てことで。次は私かな?」と櫻が持ち替えた時、「弥生、早く早く」 草蔭から声がする。

 「今日は何だかゲストが大勢になりそうな...」 千歳は苦笑気味。蒼葉に続き、今回は弥生も連れられて来た。二人ともハーフパンツにプルオーバー。弥生は麦藁帽のようなものを目深に被っている。

 「なぁんだ。私より若いのが来ちゃった。ハイ、ここにご署名ください」

 「櫻さん、女性では最年長じゃない。フフ...」 弥生がマーカーを走らせる。

 「桑川弥生です」 掃部先生とは初対面だが、業平とも初めて。二人に対して何か一言あっても良さそうだったが、小梅のような少女が参加していることが思いがけなかったようで、「何年生?」 いつもの舌鋒ぶりが信じられないような優しい口ぶり。

 「中学二年です」

 「じゃ、弟と二つ違いだ。今度連れてくるから、よろしくね。変わり者だけど」

 「エ、弟さんて高校一年?」

 「そんな。小六よ。私じゃ年が離れてて話にならないんだって。だから」

 幾分緊張気味だった小梅さんは、これで打ち解けたようで、笑顔になって来た。

 次は「千住蒼葉と言います。櫻の妹です。あ、先生、この間はいいお話、聞かせていただいて...」

 「いやぁ、こんな美人にほめてもらえるなんて、俺もまだまだ棄てたもんじゃないな」

 早くも掃部節全開か。「おっと失礼。櫻さんも弥生さんも小梅ちゃんも、別嬪さんだよ。もちろん」 女性からの支持が厚い(?)理由はこの辺りにありそうだ。ツボを心得ている。千歳と業平は立つ瀬なし。

 やっとこさ櫻が記名して、お次の番。「えぇと、どちらがご年長?」

 「同期入社だけどオレはひと浪かぶってるから、千ちゃんが先」

 画数が多いので、やや時間がかかる。「隅田千歳です。皆さん、よろしくお願いします」 

 「この干潟の片付け発起人です。よね?」 さりげなく櫻が立てる。

 「あぁ、干潟ですか」 小梅はやっと納得が行った様子。

 「俺が発音すると『しがた』になっちゃうんだよ。しがたないねぇ」 一同が爆笑したことは言うに及ばず。この手の機転トークは櫻も得意ではあるが、先生にはどうやら敵わない。千歳はマーカーを落としそうになったが、何とか業平にパス。

 「本多業平です。Go Heyと覚えてください」 漢字の隣にしっかりアルファベットを書いて、六人に見せている。蒼葉は何かツッコミを入れようと画策していたが、弥生に先を越されてしまった。

 「質問! 何で『なりひら』じゃないんですか?」

 「えぇと、それは...」

 「成金みたいじゃマズイからだろ。な、Go Hey君。読み方は兎も角、業平って名前そのものは縁起いいんだから、胸張りな。業平橋じゃ今度、新しいタワーも建つらしいし」

 「ハハ。どうもおそれいります」

 「で、小生は、清掃部、と」 余白を使い切るように、三文字綴る。

 「せ、清掃部さんですか?」 事情がわからない弥生は、先手をとられてしまった無念さを滲ませつつ、こう呟くのが精一杯。

 「本名は掃部清さん。欧米風に並べ替えるとこうなるんですよね」 蒼葉がフォローする。

 「まぁ、ここでは清澄じゃなくて、清さんでいいよ。先生っていうのもこっぱずかしいし」

 時すでに十時半。


 櫻リーダーによるコーディネートが始まった。「では、皆さん、班分けしましょう。下流側は業平さんと弥生ちゃん、中央部は蒼葉と小梅さん、上流部は私と...」 千歳に向かって目配せする櫻。「ハイ、了解」 今日はドギマギしている余裕はない?

 「清さんは、アドバイザーということでいかがでしょう?」

 「清さんてか、ドキッとするねぇ。いい考えがあるんだ。一人で動くよ、了解了解」

 「小梅さん、道具ある?」

 「あ、私、何にも。スミマセン」

 櫻は予備の軍手とレジ袋を取り出して、

 「あとは優しい蒼葉お姉さんが教えてくれるから」

 「アハハ。そりゃどうも。行こう!」

 晴れてはいるが、干潟が乾くまで照っている訳ではない。時に靴がのめり込む感じに、

 「わぁ」と驚きつつも楽しそうな小梅。

 「気を付けてね」と姉気取りの蒼葉。下流奥の積石一帯は業平と弥生がさっさと行ってしまったので、その手前のカニの巣穴付近からゴミを集めることにした。細々した袋類が散らばっていて、なかなか拾いにくい。長身な蒼葉には不利だが、小梅は小回りが利く分、要領を得てからはペースが上がってきた。程よい感じでレジ袋に放り込んで行く。優しいお姉さんは手を休め、

 「ねぇ、小梅ちゃんて、きょうだいは?」

 「姉がいます」

 「じゃ、妹っていう立場じゃ同じだね」

 「でも、蒼葉さんがうらやましいです。櫻さんみたいなお姉さんだったらなぁ」

 「え?」

 「今日は優しいお姉さんばっかりだから、何か変な感じ」


 蟹股で陸地へ上がる掃部公。バイクに目を向けると、チョイ悪カラスが澄ました顔して後部木箱に鎮座している。「こらぁ!」 一喝するもなお動じない。カラスは逆襲するかのように、チョイ悪おやじの目前を掠(かす)めるように発って行った。この一連の様子は、草々に遮られて干潟の六人の目には入らなかった。だが、「今、先生怒鳴ってた?」 櫻の耳には届いていた。「あ、カラス」 千歳はチョイ悪の一羽を目で追って、「アイツが何かしたんでしょ」

 「そうだ千さん、写真は?」

 「いけない、片付け前とスクープ系と...」

 「行ってらっしゃい!」

 上流側から中央部に戻る途中、まず蒼葉と小梅を含む一枚を撮影。ペットボトルをポイポイやり出している。臨場感たっぷりな記録写真になりそう。あとはまだ彼女達が手を付けていない辺りと、目立つゴミを何枚か撮るとしよう。そこへ毎度お馴染み充電式草刈り機を携えておじさん登場。「おじいさんは川へ草刈りに、と来たもんだ」

 「清さん、いったい何を。ネズミホソムギですか?」

 「いやいや、こいつの根元にも手が届くように、と思ってさ」

 折角伸びてきたヨシだったが、それをバリバリと刈り出したのにはタマげた。ヨシも間伐が必要ってこと? よく見ると若々しいのは避け、変色している方をやっている。

 「刈ってもまた別のがすぐ生えて来るから。新陳代謝だぁね」

 ヨシ群に間隙ができ、堆積していた袋やボトルに手が届くようになった。今度は蒼葉の方に分がある。「これでまた、ヨシヨシってできますね」

 「そうそう、その調子。小梅ちゃんも茎の切り口に気を付けてな」

 草刈りおじさんはさらに下流側へ。その時、腰のポケットから小筆がポトリ。「あ、先生、筆!」 蒼葉が声をかけるも、機械の音で聞こえないようだ。「あれれ、この筆もK.K.って」 千歳は一旦上流側へ引き返す。

 「お、この板、イイねぇ」 叢(くさむら)の根元に横たわっていたスノコの断片のような板を引っ張り出して、悦に入る清。何に使うつもりやら? その脇で今度は、

 「あ、お、ばさん... こ、これ」

 「ヤダなぁ、小梅ちゃんまで、おばさん呼ばわりして」

 「な、何でカニが」

 「あぁ、この巣穴に棲んでるらしいのよ。ね、先生?」

 先生はめざとく、その小さな亡骸を見つけ、「あぁ、クロベンケイガニだね。どれどれ」 ヒョイとつまんで、腰のポケットに手をやる。「あれ、筆が」

 「あ、どうぞ」 何の筆かと思ったら、生物調査用だったか? 泥を落として、しげしげ眺めている。「ホラ、動かないから」 小梅はおそるおそる手にとって、

こ「標本みたいですね」

き「いや、本物だってばよ」

あ「荒川にカニがいるなんて」

き「他にも、モクズ、チゴ、コメツキとか、いろいろいるよ」

 この日はあいにく動いているカニにはお目にかからなかったが、何か閃くものがあったようで、小梅の目がキラキラし出したのは、周りの大人が見てもわかる程だった。カニの遺骸は元あった場所にそっと置いて合掌。清は小さく首をタテに振る。


 弥生と業平は、クリーンアップをしに来たはずなのだが、どうも先刻から様子がおかしい。例のカウント画面の件で議論が白熱しているようだった。石の隙間を細長い枯れ枝でほじくりながら、

 「業平さん、何か設計書、赤線とか赤字ばっかりだったんですけど」

 「いや、千ちゃんが直してくれたのに加えて、小松さんがまたいろいろ書き足すもんだから」

 「要するに、最初の仕様が甘かった、ってことでしょ? データの保存先とか、保存したのを読み込む方法とか、詰めが足りなかったですよ」 議論というよりは、弥生に押され通しの業平君。でも、まんざらでもないようで、「弥生さんの力量を頼ってのこと。今日、間に合ったんでしょ。大したもんだよ」 決して悪い気にはなっていない。ズバズバ言ってもらった方が相手しやすい、ということらしい。

 「それにしても、何でライターが挟まってるんでしょう?」

 「ライターは空気が密閉されてるから、水に浮くんだよ。漂流・漂着しやすいってことらしい」 ライターにはお世話になっていただけに詳しいようで。

 「あとは何かホースみたいのが引っかかってるし」

 「それは多分、業務用エアコンのだね」

 「ホースって項目、作ってないですよ」

 「じゃ、その他の欄に追加ってことで」

 この二人、結構イイ感じ?


 さて、上流側は熱心なご両人が黙々とやっているはずだが、

 「じゃ、千歳さん、七日は複合商業施設の環境配慮調査ってことで、ご同行、よろしくお願いします」

 「あとで、業平君にも聞いてみますかね」

 「七日のことは内緒で、ね」

 何の約束だかこれではよくわからないが、櫻が走り書きした件、ちゃんと話は進んでいるようだ。

 「あれ? 清先生の姿が見えないけど」

 「ヨシを刈ったと思ったら、今度は何でしょね。また何か道具を取りに行ったようだけど」

 当人は干潟を見下ろす場所で、ジョイント式の竿を組み合わせているところだった。


 ヨシの枯れ枝は減ったものの、それ以上に袋類の猛威は凄まじかった。大物は三人で退けておいたものの、まだまだ土嚢系や肥料袋なんかもあって手間取った。さらにはどこで忘れ去られたのか、ジャンパーやパーカーのようなものが正に「濡れ衣」状態で重なっていて、動かすのにひと苦労。その後に待っていたのは、とにかく大量のプラスチック包装類。見かねた清先生も、竿をひとまず置いて、回収作業に加勢して下さった。上流側のスクープネタとしては、業務用ホイップクリーム(水際でケーキ?)、カード入れ、下駄状のサンダル、といったところ。哀れ、ぬいぐるみも一体、叢から掘り出された。中央部では、テニスボールが五つ、ミニサッカーボールとソフトボールが一球ずつと球技関係がなぜか多く見つかり、ボールつながりか、「これは石鹸カスが固まったヤツかな」(先生談)と白いボツボツした微妙な球体も出てきた。「弥生ちゃーん、本多さーん」 中央部にゴミを寄せ集めたところで、櫻が下流側に声をかける。

 「今、行きまーす」 今日がクリーンアップ初参加のはずだが、すっかり順応したような感じで威勢がいい弥生の応答。業平は四十五リットルいっぱいに、木片やらペットボトルやらホースを詰めてノロノロ戻って来た。弥生は、テレビの筐体のようなものを抱えている。

 「それって、テレビの枠?」 蒼葉が訝(いぶか)る。

 「不法投棄にしちゃ、枠だけってのもねぇ」 軽々と持ち上げて見せる。

 「プラスチック再生工場に持ってくか」 さすがは清掃部おじさん。でもそれって冗談じゃ?

 「知り合いのとこに持ってってみるよ。あと、さっきの濡れ衣も」 これで重量系が多少減りそうだ。頼もしい限りである。

 人数が多かった分、量の割には作業時間の短縮に成功。作業開始から三十分ほど、つまり十一時過ぎには干潟上のゴミは概ね片付き、大まかな分類も終わりつつあった。さすがにヨシの根元のゴミは除去しきれていないが、刈ったところはスッキリできて一歩前進。全体的には上々である。

 

【参考情報】 クロベンケイガニ / テレビの筐体、濡れ衣、ゴム長...


お天気 夏モード

14. お天気 夏モード


 前回活躍したカウンターがリーダーのバッグから出てきた。「小梅さん、これ使ったことある?」 櫻流のコーディネートが光る。「わぁ、意外と重いんですね」

 「では、男性諸氏は大物を仕分けてくださいな。お姉さんチームは細かいのを分類しますから」 そして少女に一言。「分け終わったのを数えてね」 小梅は嬉しそう。清は休み休み、調査を手伝う。

 「誰だ、こんなところに雑誌の束、捨てて」

 「回収業者が投棄したんでしょうか...」

 「業者って言えば、このレンタルビデオのケースもそうかな。廃業してポイ?」

 男性諸氏はこんな調子。清曰く、「昔のゴミは自然素材のものが中心だったからなぁ」


 ワースト1:食品の包装・容器類/百五、ワースト2:飲料用プラボトル(ペットボトル)/五十九、ワースト3:フタ・キャップ/五十二、ワースト4:プラスチックの袋・破片/三十三、ワースト5:硬質プラスチック破片と紙パック飲料がほぼ同数で二十三前後、という結果が得られた。大袋の他に、ゴミの入ったレジ袋もいくつかあって、要するにかさばるものが目立っていただけで、品目ごとに数えてみれば前回よりは減っていたことがわかる。一同、特に三人はその成果(減少傾向)に安堵を覚えるのであった。

 「さぁ、本日の『いいもの』を紹介します。弥生さんどうぞ!」

 「エ、いきなりそんなぁ」

 「お立会い! タネも仕掛けもないこのケータイ...」 弥生のケータイを指差し、促す櫻。絶、いや舌好調である。

 「いいぞ!」 おじさんが竿を振って盛り上げる。

 「えぇと、まずURL打って、隅田さんに用意してもらったサイトにアクセスします」 小梅は弥生の手元を覗き込んでいる。

 「次はIDとパスワードを入れて、と」

 「ほぉ、ここでIDかぁ」 業平も感心。清は首を傾げつつもにこやかに見守る。

 「某区のテンプレートを選択して読み込むと...」 ちょっと時間はかかったが、データカード画面のケータイ版が出てきた。

 「おぉ、感激!」 千歳も実機で見るのは初めてだったので、感無量のご様子。

 「まだデモですからね。一応、上からお願いします」

 スクロールに少々手こずるものの、当区における可燃・不燃の別に応じた品目と数量の入力はうまく行った。この間、約五分。これは実用ベースだろう。

 「あ、れれ!」 その他の品目の名称と数量を追加で入れようとした時、アクシデントは起こった。「データ保存ボタン押したら、エラーになっちゃった。ヘヘ」 だがエラーコードが返っただけで、入力したデータは保持されている。さすが弥生嬢。

 「保存後はもう一回そのデータを呼び出して、続きができるように、って設計したんですけど、今日はこの状態で一旦送信して、追加分をまた別便で、ってことにしますね。データメールは同報で、隅田さんと櫻さんのところに、すみません、二つ届くと思います」

 「いやぁ、そこまでできてれば上等だよ。特許とれるんじゃない?」

 「バッテリ切れる前に早く送信!」 蒼葉が急かす。

 送信ボタンの方はエラーにならず、無事送れたようだった。

 「これで清書しなくて済む訳ね。あ、あと追加情報は?」

 「さっきのその他品目を入力したら、こっちの画面に切り替えます。その前にもう一度、ログインしますね」 ケータイ初心者の櫻も興味津々で画面をチェックしている。蒼葉も違う機種でトライし始めた。

 「じゃ俺はあっちにいるから」 千歳は傍観していたが、他の若者はケータイに夢中。清は、ゴミを数値化する調査型クリーンアップの手法に十分驚いていたので、それをさらにケータイで、となった時点で驚きの許容範囲を超えてしまっていた、ということらしい。(これを「驚容」というかどうかは本人も知らない) 草刈り改め、釣竿おじさんに千歳が声をかける。

 「清さん、スミマセン。何か内輪の話になっちゃって」

 「いやぁ、この年になってまだビックリさせられることがあるってのは幸せなことだよ。あれでゴミが減らせるなら、大いに結構。荒天決行、ハハハ」 キープしておいたスノコもどきを持って、積石方向へ蟹股で歩いていく。長靴なので、水際もそのまま進行。エサを仕込んで、針に付け、竿をヒョイ。石に渡した板に座り込んで、引きを待っている。

 一連のデータ送信を終えたところで、若者衆がゾロゾロと先生のもとにやって来た。

 「おっ! 来た来た」

 若者一同「?!」 「マハゼですな。江戸前と言やぁ聞こえもいいけど、俺に釣られるようじゃ雑魚だね」 大笑いしたいところをこらえている諸兄が約二名。

 「清さん、さわってもいい?」 小梅が手を伸ばす。

 「手乗りハゼだ」

 「何かカワイイ」

 「これ、から揚げにして食べられるって本当ですか?」 櫻が思い出したように呟く。

 「ちゃんと捌いて、サッと揚げればね。美味いよ」

 今は弥生の手の上にいる。捌かれる話を聞いて驚いたか、ハゼ公が体をくねらせるものだから「ヒーッ」となる。隣で蒼葉は目をパチクリ。少女も同様に目を見開きながら、

 「えー、食べちゃうの?」

 「お嬢さん、それは自然の恵みって言ってね、悪いことじゃあない。し潟が今日みたいに元気になれば、もっと増えるから大丈夫!」

 「しがたなくないって、さ」

 「業平さん、また干潟一周したいの?」

 こんな感じで過ごしていると時が経つのは早いもの。十一時四十分を回っていた。だがご一同は正午までの心積もりで来ているので、まだその場に残っている。業平は一人やや距離を置いて、積石の隙間を覗き込んだりしている。

さ「ハゼの他には何が?」

 「ボラとかスズキとかかな。網を使えば大漁ってこともある。でもね...」 ハゼを川に放ちながら、「本来は荒川にいないような魚が獲れることもある。この間のソウギョもそうだけど、サケとかな」

あ「サケって、鮭?」 

 「俺は酒なら何でもいいけど、荒川にとっちゃ鮭は迷惑な話さ。放流イベントってのは絵になるから、ついやっちゃうんだろうけど、困ったもんだよ」 ちょっとした講義になってきた。

 「イワナって知ってるかい? 源流ならどこでもいそうだけど、水系によって種類が違うんだ。荒川なら荒川に合ったイワナじゃないとダメなんだな」

 「放流問題って、聞いたことがあります。外来魚ってバスとかだけじゃなくて、そういう一般的な魚も川によっては外来になるんですね」 千歳が切り込む。

 「まぁ、外様っていうか。よそ者はよそ者だぁな」

 「生き物の世界は多様性尊重とはいうけど、何か違うんですね」 櫻も続く。

 「人間が余計なことをして多様性を壊してるってことだ。放流するなら、自然に迷惑をかけないやり方で、な」 再び竿をヒョイ。


 「ねぇ、櫻さん、私、自由研究でここに来てもいいですか?」 小梅が目をキラキラさせて尋ねる。

 「そりゃ、もちろん。清さん、ここって別に許可制じゃないですよね」

 「河川事務所が文句言ったら、俺がし、ひ、一言言ってやるさ」

 「自由研究かぁ。夏休みの宿題?」 弥生がすっかり優しいお姉さんになっている。

 「生き物とゴミのこと、調べようかなって」

 「一人で平気?」

 「お姉さん達と一緒がいいなぁ」

 「ハハ。お兄さんとおじさんは?」

 「あ、そうか、ゴメンナサイ」

 かくして、七月の第四日曜日が候補日として挙がった。「私、もしかすると撮影、あ、いけない」 額に手を当てる蒼葉。

 「男性お二人はすでにご存じよ」

 「なぁんだ、櫻姉のおしゃべり。干潟三周!」

 なんだかんだで正午近くになってきた。梅雨の晴れ間ながら、陽射しは十分、夏モード。男衆は日焼け気味? こういう時、半袖ってのは一長はなくて一短なのである。

 「櫻さん、そのハットいいですね」

 「もっと大きいと日傘ハットって言うんですって。これは小振りだけど、一応熱中症対策」

 「熱中って、何に?」 千歳の方を眺める弥生。櫻は涼しい顔をしている。

 髪を束ねなかったのは、首筋が灼けるのを防ぐためだったようだ。弥生は着帽しているからいいとして、蒼葉は大丈夫だったんだろうか。

 「仕事柄、より強力な日焼け止め塗ってきてますから」 さすがである。


 引き続き、ハゼ釣りに興じる掃部公。「あぁ、さっきの大袋、木箱に載せといてな」 引き揚げる一行に片手を振ってご伝令。

 「じゃ、清先生、三週間後、いらしてくださいね」

 「どっかのママさんみたいだな。ハイヨ」

 ハゼのヌルヌルと干潟の泥で手に違和感が残る小梅と弥生。千歳が持って来ていたバケツの水がここへ来て役に立つ。

こ「何か生ぬるいし」

や「お日様のせいね」

 「ハイ、タオル」 櫻のバッグは玉手箱のようにいろいろと入っている。「あと、軍手はこれにでも入れて、また持って来てね」 業平がようやく戻って来た。

 「こんなものが挟まっててさ」 見ると何かのボルトと破断された管の一部が数点。

 「これも業務用エアコンか何かの、かな?」

 「管はコンプレッサの先っぽみたいだけどね」

 「ま、写真撮って載せて、問いかけてみるか」

 「ねぇ、千歳さん、片付け後の写真まだでしょ?」

 小梅を中央に配して、右に弥生、左に蒼葉、櫻と並ぶ。

あ「記念撮影?」

さ「どう? 四姉妹ってことで」

こ「エヘヘ」

や「じゃ、千さん、お願いします!」

 ここは一つ機転を利かして、「じゃ、皆さんこれで行きますよ」 袋から取り出したるは、

 「ハイ、ホース!」

 業平はボルトを紙片にくるみながら、ククとかやっている。「千ちゃん、それじゃ口元がニッてならないよ」

 「ハイ、ポーズ、のつもりだったんだけどなぁ」

 四姉妹はどんな顔で写ってようがお構いなし。何故か結構ウケている。「千さんて、そういうキャラ?」「櫻姉のせいだよ」

 小梅はお兄さん達に近寄って、「今度は隅田さんと本多さん」

 千歳のデジカメは櫻が預かり、「千歳さん、掛け声はこれでなくちゃ」 ビールの空き缶をかざす。

 「ハイ、ビール!」 おそれいりました。蒼葉と弥生はケータイでパシャパシャやっている。「ウケるー」って、いったい?


 正午を回る。木片はさすがに搬出するのを断念。加工されている以上、人工物だが、プラスチックよりは害は少ないだろう、という判断らしい。干潟の奥の方に固めて置く。四十五リットル袋は、清に預けた分を除き、まるまる四つが満杯。あとは、いつものように資源ゴミの洗い出しをすれば完了である。カラスどももお昼なのか、今は不在。広々とした外野に水がほとばしる音が拡散する。

 「あぁ、これをやってたんですね」 五月の目撃証言を語る小梅。

 「橋からこのシーンが見られていたとはねぇ」 業平は感心したらいいのか驚嘆したらいいのかわからないような口ぶりである。

 空の袋にペットボトルが二十ほどまず入り、白いトレイが数枚加わる。半乾きの状態だが、業平は気に留めない。千歳のところに出す分として缶とビンは別口で集められる。状態のいい缶を選別しながらひと洗い。今回は「ボトル缶」が十ほど。フタを開けると時々プシュとかなって、呑み残しが出てくることもある。想定範囲内だが、ちょっといただけない。

 「あ、あの私、そろそろ」 小梅はお昼をとる時間を逆算して、ソワソワし始めた。

 「じゃ、何かあったら、ここに連絡してくださいな」 櫻は名刺を差し出す。そして、「今日はありがとね」

 「ありがとうございましたっ」とお辞儀するや、小走りで少女は去って行く。後を追うように、弥生と蒼葉も「それじゃ、私達もこの辺で」と来た。櫻との関係について、蒼葉に一言申し添えておかないといけない千歳だったが、まんまと機会逸失。

 「今日はどちらへ?」

 「アキバかな」 彼女達の場合、娯楽を兼ねつつもトレンドウォッチ(学業?)のためのお出かけだったりする。

 「いいなぁ」 業平も行きたそうだったが、「いや、この後は三人でランチ。たまにはいいっしょ?」 再資源化ゴミはスーパー直行ではなく、千歳マンションに仮置きして、そこで乾かしてから持って行くという。

 「それじゃ、いつものパターンで参りますか」 櫻は何の臆面もなく自転車を動かし始める。千歳はやや浮かない表情。業平はRSB(リバーサイドバイク)にまたがり、超スロー運転で二人に随行する。


 小梅が急いでいた先も、三人が向かうのと同じ場所だった。「お姉ちゃん、クイックメニュー一つ」

 「小梅、どしたの急に」 えらく元気な上に目をパッチリさせている妹が飛び込んで来たもんだから、驚くのもムリはない。受験を控えて益々ツンケン気味な姉に恐々としていた小梅だったが、この日は違う。干潟での体験や実姉以外の姉達との交流が彼女を後押しして止まなかったのである。

 「あとでお小遣いから払うから、お願い!」

 「ハァ、かしこまりました」 釈然としない姉君。高校三年生である。ツンケンの理由は多々あるが、一つは受験、一つは両親、そしてもう一つは「今日はお天気だから、ま、いっか」という言葉の通り、単にお天気屋さんである、ということ。雨の日だと、客にもどことなく冷淡になってしまうことがある。本人はあまり自覚していないところがまた怖い。小梅は空模様や雲行きを見ながら姉の顔色を窺うことになる。今日会ったばかりだったが、三人のお姉さんに強い親しみを抱くのももっともな話。蒼葉を羨んだのはそうした事情ゆえである。


 ホットサンドとサラダを頬張りながら、アイスティーをゴクゴクやっている。お腹も空いていたようだ。スローフードとは言えないが、中学生の時分、これくらいの勢いはあって然るべき。妹のそんな姿をカウンターから見つめつつ、「昔はあの子、元気だったもんな」と高校生らしからぬ述懐口調で独り言。十二時半を回る。

 「ごちそう様、塾行って来ます!」 姉は声をかけるのを逸する。妹は素早く外へ。すると、

 「おっと、お嬢さん」と業平、「小梅さん!」と櫻。千歳はひと足遅れで三人の鉢合わせ現場に到着。

 「あぁ、皆さん、どうして?」

 「クリーンアップした後は、ここが定番なのよ。バイトの店員さん、クールだけど」

 「え、店員て、もしかして...」

 何気なく外を見ていた店員と目が合う四人。「私の姉です。石島(いしじま)初音(はつね)、受験生」

 「エーッ!」 何という巡り合わせ、である。櫻は何かまだ聞くつもりだったが、やはり声をかけ損なってしまった。ハットを手にしばし呆然。


 「こんにちは、初音さん」

 「あのー、皆さん、小梅のお知り合いですか?」

 「えぇ、まぁ。今日は大活躍でした」

 「?」

 女性どうしで会話が続く。今日は比較的空いているので、そのままレジ脇でOK。「私達、荒川の干潟をクリーンアップしてるんですけど、今日小梅さんにも飛び入り参加してもらって」

 見覚えのある客二人に、長身の男性客が新たに一人。「あ、これがあったんだ」 櫻はA4の参加者名簿を引っ張り出して、自分からまず名乗る。「千住 櫻です。今日で三回目ね」 続いて、男性二人の名前を指差しながら、自己紹介を促す。

 「隅田さん、毎度ご来店、ありがとうございます。本多さん、初めまして」 お行儀がいいのは妹と同じか。

 「小梅、ご迷惑じゃなかったですか?」

 「期待のニューフェースですよ、ね?」 今度は千歳が櫻に目配せ。リーダーはコクリと頷く。

 「今日の日替わり丼は夏野菜と合鴨丼、パンはホットサンドです。千住さん、どうされますか?」 好天だと愛嬌がいいというのは三人にはまだ知られていない。だが、それ以上に素性がわかったことと、小梅が元気だったのはこの人達のおかげ、というのが知れれば接客態度も自ずと変わって来る、というもの。

 「あ、二人ともマイカップ!」

 「お二人に免じて、本多さんのアイスコーヒーも割引します」 初音はいつになくにこやかである。


 大盛りサービスの丼をつつく男性二名。ホットサンドをゆっくり召し上がる櫻嬢。三人寄れば何とやら。食事の手が止まったまま、ということはなく、誰かが話せば誰かが箸を動かし、誰かが相槌を打つ、といった図になる。

 「前回も同席させてもらえばよかった」

 「エ、小松さんと一緒じゃなかったの?」

 「あっさり、交わされてしまいました。へへ。スーパー併設のフードコートで一人ランチさ」

 話はその複合商業施設に移る。「ちゃんと、回収した後どうなるかとか解説があってね。他にも環境云々の説明書きが掲示してあるよ。オレはバーコード集中読み取りレジ(?)に感心しきりだったけど」

 櫻と千歳は顔を見合わせ、したり顔。取材する価値がありそうだ。業平はコーヒーを飲み干す。そこへ初音がタイミング良くやって来た。「コーヒーのお代わり、お持ちしますね。お二人はまだいいですか?」

 「いいお姉さんだね。櫻さんも蒼葉さんにとってはいいお姉さんなんだろうけど」 業平らしいというか、イヤミがないのが彼らしい。「そうねぇ。時々どっちが姉で妹かわからなくなる時もあるけど」 言っていることがわからなくもない千歳であった。

 程なく、お代わりを持って店員さんが現われる。業平君のアイスコーヒー、なみなみと注がれている。「どうぞ、ごゆっくり」と言いつつも、動作が間延びしていて、何か話をしたそうな素振り。櫻が察知して、声をかける。

 「ねぇ初音さん、七月第四日曜日って空いてる? バイト、入ってるかな」

 「三週間後ですよね。調整できますけど、でも何か?」

 「河川敷と干潟、来てみない?」

 「え、いいんですか?」

 日時、場所、持ち物なんかを走り書きして、「妹さんには内緒、の方がいいかな? ま、都合が付けばぜひ!」 櫻さんやるなぁ、と千歳君は毎度の如く感服。業平は禁煙生活に慣れたか、今日はここまで一服もしない。平静を保ちつつ、女性どうしの会話に耳立てている。

 三人ともコーヒー二杯目になったところで、話題が多岐になってきた。会社生活のあれこれ、通販カタログ、この付近の地域事情、掃部(かもん)先生の講座などなど。話がふと途切れたところで、今日はまたちょっと趣の異なるリラクゼーションミュージックが微かに流れていることに気付くお三方。音楽談議が始まった。

 「そうだ、千歳さんてギター弾くんでしょ?」

 「入社したての頃は、お互い曲を持ち寄って、打ち込みとかやったりした訳さ。千ちゃんのはコード進行用のギターね」

 「エ、じゃあPCで作曲を?」

 「オレは画面上で音符を並べる派なんだけど、鍵盤を使った方が早いんだよね。それも千ちゃん担当」

 「あ、でも楽譜は読めないから、弾いた後で楽譜を出力して唸ってたりして...」

 「要するにメロディーライン主体の曲は彼で、リズムやベースだけでも何とかなる曲はオレって感じ、かな。二人あわせて、シンガーソングエンジニア」

 「へぇ♪」

 「櫻さんは? 何か楽器...」

 「今はヒミツ。フフ」

 十四時になり、初音はお帰りの時間。「では、今日はこれで。ご来店、ありがとうございました!」

 「帰る店員さんにお礼言われるのって、何か変」

 「礼儀正しくていいんじゃなくて。ねぇ、千歳さん?」

 「そうそう。こちらこそ、ありがとうございました。小梅さんにもよろしく、だね」

 「ハイ、よくできました」

 こんな調子で笑いが絶えない三人。初音ももらい笑いしそうになったが、あくまで店員としての振る舞いを通し、再度会釈して退出。外に出てから一笑し、天を振り仰ぐ。「あちゃ、西の空、ビミョーだし」 梅雨の晴れ間は今日限りか?

 

【参考情報】 名物マハゼ