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五月の巻

青葉の季節

五月の巻

04. 青葉の季節


 さすがに花粉に悩まされることもなくなった。連休も何も今はあまり関係ない千歳だが、五月六日の日曜日は、いかにも休日らしい清々しい朝を迎えることができた。午後から雨?と天候は怪しげだが、午前中は持ちそうだ。業平とは直接現地で落ち合うことにしたので、前回同様、川辺に直行する。河原桜はすっかり青々緑々となり、時折強く射す陽光を集めて輝く。微かな風に葉が呼応する様がまた心地よい。新緑をこんな感じで眺めることができるのは、彼の今の心持ち故だろう。お約束の十時まであと五分。少年野球は今回もオフのようだ。今日はバケツ持参の彼は水道で水をまず調達。すると不意に自転車のブレーキ音が。

 「毎度っ!」

 「これはこれは。また颯爽としたお出ましで」

 「ハハハ。ところで隅田さん、ゲスト参加の方は?」

 「現地合流にしたので、じき来るでしょう。櫻さんこそ、お連れの方は?」

 「遅れて来る、と思います」

 お互い、連れを紹介し合う必要性が先送りになり、妙に安堵する。本当は二人だけでもよかった?

 覚悟はできていたが、連休最終日のこの日、干潟には再び袋類やらペットボトルやら... 目に付くゴミは前回ある程度片付けたのに、ひと月でこの有様。「前よりも干いてますね。目立つのはそのせいかも」 海同様、川辺でも満ち干きが起きることは前回知ったが、でもそのピークはどうやって調べればいいんだろう。図らずも「干潮」に当たった、ということだろうか。

 「今度詳しい人に訊いてみますね」

 「環境情報はお手の物ですもんね」

 「情報源人物がいるんですよ。ここに来るとあぁだこうだと言われそうだけど」

 足元を確かめながら、歩く干潟を歩く二人。そこへ「あわわわ!」 前に聞いたのと同じような声。

 「あの方がそうですか?」

 「いえ、妹です」

 「どうりで第一声が同じ訳だ」

 女性っていうから、友人か某かと思ったら、妹さんとは。またしても一本とられてしまったが、ここはつとめて平静を装う。

 「櫻姉! 何ここ?」

 「これが荒川の現実よ」

 「本当に荒れてんだ... あっ、スミマセン。千住蒼葉って言います。姉がお世話に」

 「やだ、お会いするの今日で二回目よ」

 「二度目とは思えないんですけどぉ」

 姉妹のやりとりが続く間、千歳は待ちぼうけ。いつもこんな調子なんだろか。しかし、荒れた川というのは言い得て妙。そのあたりの切り返しは姉並みか。思い出したように櫻姉が取り次ぐ。

 「隅田さんです」

 「はじめまして。お世話になっております」

 蒼葉も再度お辞儀して、したり顔。

 「ハハ。ま、いっか。よろしくお願いします」

 それにしても青葉の季節に、今度は蒼葉さんとはね。この姉妹は登場の仕方が季節とシンクロし過ぎていると言うか。

 櫻姉は、ジーンズにスニーカー、長袖シャツとクリーンアップ向きなのだが、蒼葉嬢は膝丈ほどの白スカートに半袖シャツ、靴は辛うじてウォーキングシューズといった体裁。場所の説明が足りなかったんだろうか。

 「一緒に自転車で来てもよかったんですけど、午後から展覧会に行くとかいうもんだから...」

 「バス便を調べて、何とか追いついたんだからいいでしょ」

 「でも、すぐわかった?」

 「お姉様に似て、地図は強いのよ。そうそう、河川敷を歩いてたらミミズがたくさん這ってたけど、何で?」

 自転車で走っているとわからないものである。きっと土が暖まってきたから?と訝りながらも、姉は答える。

 「ミミズで驚いた次は、このゴミだもんねぇ」

 「順番としては、ゴミ→ミミズ→でしょ」

 「しりとりですかぁ? じゃあ」

 程なく妹は嬉々として「ズック」 すると「ク、黒豆茶!」 よく見ると、確かに学校用のズック、そして黒豆茶の飲料缶が転がっている。おそるべし千住姉妹。

あ「ハイ、次は隅田さん」 問答無用である。

ち「や? 野球ボール」

さ「ル、ル... ルアー」(何でまたルアーが放置されてるんだか)

あ「あ、あー、あれ何?」

 青葉の「あ」とかやっても良さそうな場面だったが、そうはならず、あが付く当人によっていったんブレイク。指した先には何かの木片が砂に刺さった状態。軍手を付け、その柄を引っこ抜くと刃の折れた(折り畳み式)ノコギリ!

 「これはまたスクープものですね」

 「何でもアリね」

 「事件性がなければいいけど」

 千歳の何気ない一言で、さすがの姉妹も固まってしまった。「いや、その...」 蒼葉がフォローする。

 「こっちにノコギリで切りかけた合板のかけらがあるよ」

 「隅田さん、今日は四月一日じゃなくてよ」

 「蒼葉、蒼白しちゃった」

 「うまいっ!」

 「?」


 「蒼白の蒼なんですか?」

 「姉にいつも脅かされてるんで、名前の通りになってしまいました」

 「蒼葉っ!」

あ「じゃ、隅田さん、今度は『ば』ですって」(まだ続けるつもりか?)

ち「ちょっと待って。ヨシの根元に『バッテリー』発見!」(この干潟はしりとりには事欠かない)

さ「り、リボン... しまった!」

 「櫻姉、アウト。干潟一周!」

 「エーッ」

 姉も姉なら、妹も妹だなぁ。ここでひとまず収集前の状況を撮影。千住姉妹も記念に一枚、といきたかったが、今日は見送り。「頼まれたら撮ることにしよう」

 十時十五分、ようやくクリーンアップに着手する三人。櫻はお約束の「いいもの」をいつ出すべきか思案するも、もう一人そろってからでいいか、ということにして水際へ進む。枯れたヨシの束が打ち上がって、そこにも細かいゴミが絡み付いてたりするが、そういうのは後回し。まずは大きくて目立つゴミから、だろう。先刻とは打って変わって、黙々とした時間が流れる。用途は不明だが、プラスチック系の大袋が何枚か横たわっている。櫻がためらう傍らで、千歳がそいつを引き上げると、「わぁ」「えー」と姉妹が声をそろえる。賑やかになるのはその程度。そんな折り、陸の上から呼び声。

 「おーい、千!」


拾って、調べて...

05. 拾って、調べて...


 姉妹が顔を見合わせる。

 「千?(苦笑)」

 「あ、いや。そういう邦画、あったでしょ」

 そこで姉、「あぁ、『千と千尋の』某ね」

 妹が続けて、「今日からお前は千じゃ!」 あぁ業平のヤツ。

 「いやぁ、河川敷走るの久しぶりだったんで、つい道草食っちゃって」

 「あぁご自慢のMTBで来ましたか」

 「まぁ、今日のところはMTじゃなくてRSだけどね。相変わらず元気そうで」

 「お互い無事で何よりってとこか」

 一メートルの段差を挟んで、二年ぶりの再会を喜ぶ二人。業平は背が高い方なので、余計に見上げないといけなかったりする。

 「頭がえらく高いぞ!」

 「はいはい」

 姉妹も近づいてくる。崖地をひと降りして一言。

 「見目麗しいお二人さん!」

 「千さん、この方は?」

 蒼葉が訊ねる。

 「会社にいた頃の同期で、本多...」

 「業平橋の業平と書いてごうへいです」

 本人が名乗り出る。ヤレヤレ。

 「千住櫻さん、と妹の蒼葉さん」

 「何か芸能人みたい。モデルさん?」

 櫻は苦笑気味。蒼葉はそわそわした感じ。この展開っていったい?

 「確かにこれはスクープもんだぁね」

 「起業ネタとか何とかで解決できないかねぇ」

 「そうさね」

 男同士で会話が進み、今度は櫻が退屈そう。例の憂い顔になりかけていたが、千歳がそれを察知し、話を振る。

 「櫻さん、いいものがあるって話、そろそろどうですか?」

 「あ、そうそう... ジャーン!」

 いつもの不敵な笑み? いや「よくぞ聞いてくれました」とでも言いたげな満面の一笑である。

 段差のふもとに置いてあった櫻のマイバッグ。そこから出てきたのはクリップボード。と思いきやそれは、「データカード?」 一同、思わず発声。

さ「拾うだけじゃなくて、何がいくつあったかを調べようってことです」

ち「記録は大事。社会的意義もありそう」

さ「そう。データを集めて分析して、ゴミにならない、ゴミを減らす、そんな対策を立てるのに一役買うんだそうで...」

ご「メーカーにいた人間としては頭が痛いところ」

あ「世界共通なんだ」

さ「多少違和感あるかも知れないけど、世界的な取り組みとあらば、また違うでしょ? ね、千歳さん♪」

 眼鏡越しに視線が光ったような気がしたのは気のせいか。対照的に裸眼の妹は目をパチクリさせている。この場所でクリーンアップすることを思いついた、つまり発起人は確かに千歳だが、主導権的には櫻に分がある。感服しつつも、一応号令をかける。「成る程。同じクリーンアップでも、これをすることで説得力が増す訳だ。やりましょう!」(モノログ的にも欠かせないしね。)

 「じゃ、まずは除去! ここに集めましょ。数えるのはそれから」 崖に近い平面にとにかくゴミを固めることにした。千歳が拾い上げていた大袋は、白黒そろっていたので、大まかに可燃・不燃で分けるのには好都合。時刻は十時半、干潟はさっきよりもさらに拡がった感じ。櫻はまたポイポイやる構えだったが、妹のお出かけ着への配慮か、持参の大きめレジ袋に放り込むスタイルで歩き回っている。四人とも軍手着用&レジ袋片手。それぞれ思い思いに歩き、拾ってはレジ袋にポイ、そして集積場所でガサガサと出す。これの繰り返しである。単調なようだが、時に巣穴からグレー(泥一色)のカニが出てきて、

 「わぁ、櫻姉、今度はカニぃ!」

 「カニ? に、にしんの缶詰...」

 「って、しりとりじゃなくて、本当にいるんだよぅ」

 「あ、本当だ。可愛いじゃん」

 てなことがあったり、

 「なぁ、千ちゃん。このテレカ、まだ使えんじゃない?」

 「確かにゼロのところに穴開いてないね」

 「ま、ケータイ持ってても、いざという時は公衆電話だったりするから...」

 「あれ、そこに落ちてるのってケータイ?」

 「これだもんね。一応届ける?」

 「って言うか、販売店に持ってってレアメタル回収してもらわないと」

 「さすが元電機メーカー、生産プロセスセクション!」

 「どうでもいいけど、千ちゃんてのはやめて」

 といった具合。決して単調という訳でもない。

 退潮はまだ続く。上流の方も少しずつ干潟が出てきた。「ありゃ、ハンガーか?」 折れたヨシの茎に、針金式の黒ハンガーがいくつか引っかかっているのが見て取れる。「うまくかかったもんだ」 男二人、露わになったばかりの干潟をそろそろと歩いていく。すると、「カァー」と鳴き声一喝。一羽のカラスが着地するや、巧みにハンガーを咥(くわ)え、すかさず飛び去って行った。下流側で眺めていた姉妹も唖然。

 「今の見た?」

 「そうか巣作りのシーズンか」

 まだ数本残っていたが、カラスに襲撃されるのも不本意だ。浮かない顔で集積場所に引き返す二人に、櫻がニヤリ。

さ「カラスに横取りされちゃいましたね」

ご「ガックリです。データカードに何て記録しよう」

あ「カラスの基準では生活雑貨でしょうね」

ち「いや、単におもちゃだったりして。ま、有効に使ってもらえるなら、ハンガーも本望?」

 四人そろったところでひと休み。パッと見は結構片付いた感じである。カラスを特訓すれば、ゴミの分別も可能(?)なんて話をしていたら、おもむろにタバコを取り出し、点火する一人の男。業平、禁煙したんじゃ?

 千歳が声を上げるのと同調するように、姉妹も「アーッ!」 面食らった業平君は、最初の煙をひと吐きしたかしないかのうちに、咥えた一本をその場に落としてしまった。「いや、これは失敬」 垂直に落ちたタバコは干潟の水分によって消火され、プスとくすぶる。念のため、バケツの水もひとかけ。

 「まだ吸ってたの?」

 「いや拾っている中で吸殻を見つけたら、ついその」

 「これは漂着じゃなくて、散乱ゴミね」

 「あ、一応、携帯灰皿持ってるんで」 申し訳なさそうに落とした吸殻を拾い、灰皿に収める。まだ長さがあるので、無理やり突っ込む感じ。

 「もったいなかったねぇ」

 「以後、気を付けます」

 「本多さん、罰として、干潟一周!」

 蒼葉の不意の一言に一同大笑い。カラスは去ったが、近くの水辺ではカモが騒々しく、こっちに合わせて嘲笑しているように聞こえる。姿は見えないが、結構な数がいるようだ。

 「それにしても、皆さんそろってタバコとは無縁なんだねぇ。肩身が狭い」

 「そ。この場合の無縁は、煙がない方の無煙ね。煙とは縁がない方がよくてよ」

 さすがは櫻姉。今日も冴えてる。

ち「街では分煙や路上禁煙が進んできたけど、こうした河川敷や干潟はまだまだ喫煙者優位な訳だから、逆に配慮が必要ってもんだ」

ご「トホホだねぇ。でもごもっとも。恐縮です」

あ「では、ここでは原則禁煙ってことで」

 気を取り直して、もうひと集め。十一時になった。いよいよデータ記録作業である。

 「櫻さん、ここからの手順は?」

 「燃える・燃えないでだいたい分かれているから、そこからさらに仲間分けしてみましょうか」

 「業平は吸殻見るとまた一服したくなるだろうから、不燃の方だな」

 「そっか、吸殻って可燃でいいんだ」

 「地元自治体のルールではね。でもデータカード上はそういう分類じゃないんですね」

 「え? あ、そうです。発生起源別ってことなんで。タバコは『陸』つまり日常生活系の欄にある『吸殻・フィルター』にチェックします」

 「私、不燃! お姉様は千様と」

 「千住さんも千だと思うんだけど...」

 「いいからいいから。フフ」

 妹のさりげない気遣い(?)が嬉しい櫻だった。

 漂着ヨシに紛れた細かいゴミは見送ったが、フタやキャップの類、吸殻、発泡スチロール片など、拾えるものはできるだけ集めたため、分けるのも数えるのも、それなりに時間がかかりそうな予感。仲間分けが済んだところで、十一時十五分になろうとしていた。

 「蒼葉、お友達との待ち合わせ時間、大丈夫?」

 「あ、十一時には終わるって思ってたから、つい」

 「正午に渋谷でしょ。後はいいわよ」

 姉と違い、妹君はケータイ所持者だった。折りよくそのお友達から着信があった模様。「あ、ちょっと失礼」 そそと上流側へ。さっきのカラスが舞い戻って来たが、今度は静かだ。女性には威嚇しないらしい。

あ「駅に着いたけど、なんか埼京線、遅れてるみたいだから、彼女も遅くなりそうだって。でもボチボチ行くね」

ち「どうもありがとう。気を付けてね」

あ「ハーイ!」

 軍手と袋を置いて、一礼。軽々と段差を上がっていく。姉よりも長身な彼女の後姿は、確かにモデルのように映る。走る必要がなくなったためか、悠然と歩いて行った。千歳も業平も何となく目で追っている。

さ「バタバタと失礼しました。まぁ、いつもあんな感じです」

ち「調べ終わるところまでいらっしゃれなくて残念でしたね」

さ「放っておいても、また来ると思います。気に入ったみたいだし」

 三人になったところで、お待ちかねのカウント作業へ。タバコの吸殻は思いがけず、五本程度だった。

 「やっぱり皆吸わなくなったんだよ」

 「いや、携帯灰皿が普及してポイ捨てしなくなったんだ」

 「まぁまぁお二人さん、そういう議論は数え終わってからってことで」

 この日の集計結果は、ワースト1:プラスチックの袋・破片/六十三、ワースト2:食品の包装・容器類/四十九、ワースト3:フタ・キャップ/四十四、ワースト4:農業用以外の袋類(レジ袋など)/三十六、といったところ。思いがけなかったのは、エアコンのホースと思しき配管被覆や、電線ケーブルのカバー類が散在していたこと。被覆としてまとめて数えると、実に三十三に上った。ワースト5にランクインである。

 「業平、これどうよ?」

 「これまた製造物責任が問われそうな...」

 「銅線が抜き取られてるってのは、最近のドキュメンタリーで聞く話と同じってか?」

 「ウーン」

 櫻が促す。

 「ここはまた千さんにブログで知らしめてもらいましょ!」

 「櫻さんまで、千さんて」

 「電線だけに、線さんかなぁって。あ、すみません。千歳さん♪」

 業平が割って入る。「すみま千てか?」 一同失笑。櫻の影響力、大したものである。あとは、発泡スチロール片(サイコロ大以上)が二十九、ペットボトル(またはプラスチックボトル)が二十四...と続く。バーベキューの名残と言えるカセットボンベ、季節的には早いが蚊取線香の金属フタ、川を見ながらスカッとしたかったのか髭剃りセット(シェービングフォームのスプレー缶とシェーバーのケース)ほか、傘の取っ手、スポンジ、靴下などなど。それぞれデジカメで撮っていく。データカードが呼び水になり、前回以上により細かくゴミ事情が見えてきた。例の大袋の他に土嚢(どのう)袋も三枚、この手の大型ゴミの処理が悩ましいところだったが、とにかく畳んで四十五リットル袋に押し込んだ。拡がっているから目に付くし、生態にも影響が出る訳だ。しっかり片付ければスッキリするものである。しりとりの具となった品々、物議を醸したノコギリも分別して袋入り。洗って再資源化できそうな容器類は、拾った数の三分の一程度か。水道で洗いながら、業平が申し出てくれた。「大型スーパーが途中にあるから、帰りがけに出しとくよ。干潟一周よりも実用的でいいだろ?」 頼もしい限りである。そんなこんなで四十五リットル袋は、またしても五枚全てを消化。

 「櫻さん、ゴミ袋って余ってたりします?」

 「今日拾った大袋、また使いましょうか?」

 「あぁ、しまった」

 「いえいえ、そこまでは。次回持って来ますよ」

 「業平は?」

 「ウーン」 彼はよく唸る。何か考え事をしているようである。

 「いや、カウントするのにもっと手っ取り早い方法ないかなぁって」

 「早くも発明ネタ探しかね?」

 「この範囲でこういう状態ってことは、他の大がかりなクリーンアップ会場だともっと数えるの大変な訳っしょ?」

 二人のやりとりを聞きながら、櫻の目線は鈍く光るある物体を捉えた。販売店に持って行くからと、まだ袋入りしていなかった漂着ケータイが半乾きで寝そべっている。

 「私、実現性はわからないけど、ケータイ画面でピピとかやって数を入れていけると面白いかなぁ、って今...」

 業平と千歳は虚を衝かれたようにお互いを見る。

 「そうか。データカードの項目を入力画面にして、数字を打ち込めるようにすれば集計は楽になる、か」

 「ケータイ不所持人間としては、何ともコメントしようがないけど、PCでも理屈は同じだから、モデルとしてはアリだね。特に一つの会場で複数班が手分けして調べる場合、ってことかな」

 「蒼葉はさておき、今日会ってる友達が多分その辺、詳しいと思う」

 「オレはどっちかって言うと実機派だから、バーチャルな仕掛けはどこまでできるかわからないけど、仕様は考えてみるよ。それをその人に見てもらえばいい訳だ」

 思いがけず、話が大きくなってきた。入力した値がリアルタイムでブログに反映したり、なんてのも面白そうだ。

 「そろそろ乾いてきたかしら?」

 「じゃ、業平君。あとは頼むよ」

 「今日は変な天気だけど、ちょうど日が照ってたんだ。こういう活動は天も味方してくれる訳?」

 スーパーで回収可能と思しきペットボトル、食品トレイの類を四十五リットル袋に放り込んで、RSB(リバーサイドバイク?)に括り付ける業平。

 「これでアルミ缶満載だと、また違う展開になるんだよな」

 「どっちにしてもお似合いだよ」

 「へへ、じゃまた!」


 櫻がキャッシュカードを落とした橋からは、この干潟は目視可能。人がいればそれもわかる。日曜の朝の塾帰り、一人の女子中学生が三人の様子を眺めていた。「あの人たち、何してるんだろ?」 どうもゴミを拾っているだけではなさそうなことはわかったが、その意図がわからない。「水道で何か洗ってる。はぁ?」 動作を目で追いつつも、ボンヤリ。いつしか十五分くらい経っていた。「あ、もうお昼だ!」 どこで誰が見ているかなんてのはわからないものである。

 目撃者は立ち去り、時刻はすでに正午近くになっていた。ひととおりの作業を終えたところで、千歳は大事なことを思い出す。「片付け終わった後の写真!」 櫻も後を追う。「あ、千さん、待って」

 少しずつ水位が戻りつつあった。

 「間に合った」

 「これで川の神様もお喜びね」と櫻がポツリ。一瞬何のことかと思ったが、そこは千さん。

 「あぁ、おクサレ様を助ける話。『佳き哉』ってなかなかの名セリフでした。姿は見えないけど、どこかにいらっしゃるんでしょう」

 「今、飛んで行きましたよ」 櫻が指差す。

 「あ!」

 どこからともなく、ツバメが現れ、二人の前を横切り上昇していった。

 「これでワハハハとか聞こえたら、間違いなく本物」

 「フフ」

 青葉、ツバメ、そして水ぬるむ匂い... 今日は立夏である。

 

【参考情報】 2007.5.6の漂着ゴミ


雨降りランチタイム

06. 雨降りランチタイム


 千歳は前回同様、四十五リットル袋を一人で四つ持ち運ぼうとしていた。が、例のノコギリで切りかけた合板は大した大きさではなかったが、ズシリと来る。可燃の袋が重くなるとは予想外。不燃の方も錆びた缶やらカセットボンベやらでそれなりの重量。もう一つの不燃用袋には例の大袋と土嚢袋の詰め合わせで嵩が張る。「隅田さん、何か忘れてませんか?」 自分のことを指差しながら、ニヤリ。今日は呼び方がコロコロ変わる櫻。二人の時は、ウケ狙いする必要がないから通常モード?

 「私、お供します。ご迷惑でなければ」

 「あ、そりゃあもう」

 あまり考えず応諾してしまったが、お供ということは即ち、千歳の居所を案内するのとイコールだ。大丈夫か? 「じゃ、この重いのを前カゴに」 自転車に積み出す櫻を見つつ、内心ではかなり焦ってきた千歳。

 「こちらです。重くないですか?」

 「積んでしまえば、こっちのものです。自転車はビックリでしょうけどね」

 こういう状況での会話は正直不慣れである。這っていたミミズがさっきの日射で哀れな状態になっていて、しかも結構な数だったりするが、彼の眼中には入らない。櫻の方は河川敷の草地に点在するタンポポに目が行っているらしく、やはりミミズは気になっていない様子。そんな二人の目の前に忽然と現われたのは、まだ健在な大ミミズ。

 「あ!」

 「おっと、ブレーキ...」

 ニョロニョロやっているが、キャーとかならないのが彼女らしい。冷静に観察する櫻を見て、思わず吹き出しそうになった。これで多少は緊張も解けたか。

 河川敷を外れると、彼のマンションまではもうちょっと。今度は街並みが気になるらしく櫻はあっちこっちに視線を飛ばしている。すると、

 「あ、雨?」

 「急ぎましょう!」

 確かに午前中は持ったが、昼過ぎてからいきなり降り出さなくても。幸い、小雨程度だったのでさして濡れずには済んだが、ゴミステーションの入口で足止め状態。「ひとまずゴミ袋はここに出せるんですが...」 千歳としては傘を二人分持って来ることを提案したいのだが、その間、どこで雨宿りしてもらうか、部屋に通す訳にも行かないし、切り出しにくいなぁなどと躊躇していた。さすがの櫻もここでいきなり「お部屋、どこですか」なんてのは口に出せない。雨が降ってきたばかりに、話がややこしくなってきた。

 「傘...」 二人同時に出た言葉が一致した。それぞれ続きは「傘があればしのげますね」「傘をお持ちしますね」だった。両者、そろって胸をなで下ろす。ホッとしたためか、急にお腹が減った心持ち。「ねぇ隅田さん、この後、食事でもどうですか?」 この機転、さすがである。

 「何かお好みはありますか?」

 「近所のオススメでしたら...」

 そうと決まれば、ゴミ袋はさっさとポイ。缶とビンもとっとと回収箱へ。「自転車はとりあえずここの庇(ひさし)の下へ。エントランスでお待ちください」 ステーションと通用口は近接しているので、傘は無用。通用口からエントランスへ案内しつつ、千歳は上階へ。「千歳さんの住んでるマンション、ちょっとしたものねぇ。会社員の頃ってどんなだったんだろ?」

 雨は少々強めになってきた。

 「降られる前でよかったですね」

 「川の神様のおかげでしょう」

 「ワハハ、ハ?」

 高笑いしかけた櫻の目線があるものを捉えた。「あ、噂をすれば」 ツバメが雨曇りの空を滑って行く。雨粒をサーと切る感じ。心地良さそうだ。時計は十二時半を指していた。


 時は同じく十二時三十分。蒼葉は渋谷駅西口に到着。「あぁ、この緑色の車両。弥生もよく知ってるわねぇ」 こっちはまだ雨は降っていない。でも、いつ降り出してもおかしくない様相。

 「あ、おばちゃん」

 「人の名前、変な区切り方しないでよ。蒼葉よ蒼葉!」

 「だって私より年上じゃないの」

 会って早々、このやりとり。仲が好いんだかどうなんだか。

 「それにしても、この車両なーに?」

 「あぁ、『青ガエル』って言うんですって。弟が教えてくれたの」

 「東急の初代電車ねぇ...」

 「蒼葉ちゃんに青ガエルで丁度いいかなって?」

 「弥生っ!」

 今日はいろいろな生き物にご縁がある日のようで。

 駅とデパートを連絡する無料バスに乗り込むご両人。まだ若いのに横着? いや、渋谷の雑踏が苦手というのが理由らしい。

 「で、午前中はどこにいたの?」

 「荒川某所でちょっとね」

 「ま、確かに靴汚れてるもんね」

 「あ、いけない!」

 モディリアーニを観に来た二人だったが、蒼葉の靴がこれじゃちょっとねぇ。と、バスを降りたところで、にわか雨。「ちょい失礼」 デパート入口の側溝を流れる雨水で干潟泥を落とそうという一策。服装とは裏腹なこの振る舞い。弥生が一言。

 「でも、まず腹ごしらえでしょ?」

 「そっか、早く言ってよ」

 弥生が持って来ていた傘は大きめで助かった。ケータイクーポンが使える、お気に入りのパスタ店へと急ぐ。食事の途中だったが、現場での出来事を話し始める蒼葉。

 「で、そのゴミを種類別に数える訳。これがなかなか大変そうで」

 「ピピって感じでできれば良さそうだけど...」

 「そうよ、弥生嬢、何かプログラム考えてよ」

 「その場ですぐに使える機械となると、やっぱケータイかなぁ」

 弥生はワタリガニの何とかパスタをつついている。

 「へへ、カニおいしい?」

 「ちょっと食べにくいけどね」

 「今日、実物見たよ」

 「エッ?」

 荒川の干潟で見つけた小カニのことを得意そうに話す蒼葉。

 「あれも食べれるのかなぁ?」

 「人が食べてるのに、やめてよ」

 「ま、しっかりお召し上がりくださいな」

 「でも、荒川にカニとはねぇ」

 蒼葉はニシンとシソ(?)のシェフの気まぐれ系パスタを食べている。カニ→ニシン...てどこかで聞いたような。「櫻姉、今頃どうしてるかな?」


 最寄駅のプチ商店街に、いわゆる「カフェめし」店ができた。コーヒーのお代わりが可能なのが千歳にとってはありがたく、何となく贔屓にしている。「いいですね。決まり!」 あわてて出てきた割には、しっかりオリジナルカップを持って来た彼だが、櫻の手前、自分だけ割引、というのも気がひけていた。自分でオーダーしてテーブルに持って行く訳だが、お手本を示す上で、彼が先に注文する。「あら、千歳さん、そのカップ」 さっさと見つかってしまった。

 「えぇ、時々来るので」

 「リユースですね。じゃ私も」

 他店のものだが、マイカップとして持ち歩いている、とのこと。この店はあまりうるさいことは言わない。サイズが同じ、ということであっさり割引が通ってしまった。櫻さん、やるなぁ。

 「お勘定は僕が」

 「いえ、お誘いしたの私だし」

 バイトの店員は女子高校生風。もともとにこやかな感じではないが、今日はなおのことご機嫌斜め? テキパキしてるのはいいんだけど、もうちょっとなぁ。何となく千歳の席の方を見遣っている。

 「今日もいろいろとありがとうございました。助かりました」

 「いえいえ。私自身も勉強になりましたし、何しろ愉しくて♪」

 雨は降り続く。だが、夏を迎える上でこれは欠かせない。清涼剤のような爽やかな雨。今はスッキリしているはずの干潟にも、この雨は恵みになっているだろう。正に浄化である。そんな光景を思い浮かべながらのランチ。二人の会話も滑らかだ。

 「今日のモノログ、まとまりそうですか?」

 「写真があって、今回はさらに種類別の調査結果つきですからね。バッチリでしょう」

 「でも時間がかかりそう...」

 「いや、最近のブログは画像でも表でも、昔より掲載しやすくなってるんで、記録さえしっかりあれば、時間はかかりません」

 「へぇー」

 ようやくウエットティッシュに手が伸びる。

 「ただ、更新頻度が基本的に月に一度じゃ、いわゆる日記としてのブログとは程遠いんですけどね」 苦笑する千歳だが、櫻はフムフム。でもそう言えば、四月中は更新されなかったなぁ。何か載ればまたメールしようとしていたのにできなかった櫻は、それを埋め合わせるように話を継いで行く。「私もモノログに...」と思わず言いかけて、ストップ。その話はまた別途。櫻は千歳の前職の方が気になる。

 「いや、その隅田さんがWeb関係にお強いのって、会社にいらした頃の仕事か何かで、ですか?」

 「インターネットが広がり出した時期に、ちょっとした伝手でホームページの作り方を習ったのが始まりですね。当時は学生でしたが、そのおかげで就職にも多少有利だったようで」 記憶を辿るように、ポツリポツリと話す彼。

 「でも会社に入ったら、もっと進んでて、インターネットを使った業務処理というのが形になりつつありました。当時はWebコンピューティングとか言ってましたね」

 「はぁ。隅田さんて理系ですか?」

 「いやぁ、それならまた別の道に進んでたでしょう。文系だったんで、いわゆるプログラミングはできなくて。でも、業務処理の流れや仕掛け、そのデータ入力用ホームページのデザインや設定は何とか。あと、処理結果をもとに分析するためのツールというか、データベースソフトの使い方も社内の研修などでマスターできたのが大きかったですね」

 今の仕事との接点はまだ見えてこない。ただ、櫻の今の仕事には通じるものを何となく感じ取っていた。

 「で、その後は?」

 「モノづくりにおけるプロセスの見直し云々というプロジェクトの一員になりまして。例えばブロードバンド用の機器一つでも、ニーズを捉えるところから始まって、デザイン、設計、製造、在庫管理、最後にお客の手に届くまで、どのくらいの手間と日数がかかるのか、なんてことを現場に出向いて調べたり...」

 「業務処理をインターネットで、てのはその調査の裏返しですか」

 「さすが! まぁ、ここで人を介在させなくても、この情報がしっかりトレースできていれば、次の工程に流れるだろう、とか、ですね」

 「今は確かにインターネットで注文すれば、すぐに届きますものね」

 「BPR(業務プロセス改革)ありきでさらに、そのプロセスの管理がインターネットでできるようになって、確かに速くなったし、お客にとっても便利にはなりました。ただ、すぐ届くためには在庫があるのが前提。注文を受けてから作り始める商品はたまったものじゃありません。時間がかかるのにはそれなりに理由があるんですが、それを無理矢理縮めようとして、過当競争に陥ります。お客にいいものを、ではなく、他社を出し抜いて、競争に勝つのに躍起って感じ」

 先刻までのポツリ調から徐々に熱弁調に変わっていく千歳。二人とも食事の手が止まっている。

 「生産プロセスを効率よくする、というのは早い話、人を切っていく、ってことになるんです。現場で話を聞いていると、皆さんひたむきでいい人ばかりなのに、自分が工程を調べれば調べるほど、そのいい人達が犠牲になる可能性が出てくる。ジレンマでした」 プロセスを突き詰めていくと、重複する作業があったり、後戻りや二度手間があったり、情報が滞留してたり、仕組みの欠陥もあるが、人がネックになっていることも多い、これは櫻も共感するところ。リストラの嵐が吹き荒れた時期、名だたる企業でもこんな内情があったとは。

 「で、同じ生産プロセスの効率化をやるんだったら、人につながる話ではなく、環境負荷という視点の方がまだ自分としては痛みが少ないかなぁ、って。変な話ですけど、ムダをなくせば確かに環境にもやさしいって言えてしまうんですよね。ま、もともとそんなモノづくりが要らない、って見方もありますが」

 「フーン。それで何となく環境関係も」

 「櫻さんには及びませんが、ヘヘ」

 ここでようやく箸が動き出す。余談だが、ここの箸は、使い捨てではなく、竹の箸。同じ食事でも、味わいが変わってくる。千歳はアイスコーヒーを少し含んでから、話を続ける。

 「で、そのプロジェクトに対して、環境部署から声がかかって。報告書に載せるからどのくらいエネルギーが削減できたか調査せよ、とか」

 「あぁ、二酸化炭素排出量...」

 「確かに温暖化抑止につながる取り組みと言えなくはないんですが、こじつけみたいで」

 環境関係なら競争原理とは無縁だろうというのは早計で、逆に熾烈さを増していた。

 「メーカーには聖域はないんですね。そのうち、やれCSRだとかが始まって、社会的責任を果たすのも競争の具になってきた」

 「職場には各社のCSRレポートを閲覧できるコーナーがありますけど、確かにどこも熱心ですよね。大変だなぁ、って思ってましたけど」

 「レポートが出来上がる時には担当者は皆、疲弊してしまって、『持続不可能』だったりします」

 「そう言えば、サステナビリティレポートってのも見かけたような。何か矛盾してますね」

 やっぱり櫻さん、冴えてるなぁ、とまたまた感心。こういう話ができる女性はそうそういない。千歳は続けて、プロジェクトメンバーにも当然のように成果主義が適用され、裁量労働が基本になったこと、成果を上げるためには必然的にプロセス改革を断行しなければならず、同時に自らの生き残りを模索しないといけなくなったこと、そして、「要するに、社外との競争と社内での競争、二重の競争原理を突きつけられた訳です」 成果は誰がどう評価するのか、という点が曖昧な上に、仮に管理職を評価者とした時、制度のユーザーと言えるその評価者の声が反映されているのかどうかも模糊としている。ユーザーの意見を聞かずして見切り導入されたとするなら、そんな横暴な話はなく、明らかに制度欠陥だろう。「何とも痛々しい世界ですねぇ」 これまでにない憂いを表情に浮かべる櫻。ちょっと熱くなり過ぎたか。

 「結局、その効率化というのは、不毛な競争と隣り合わせだった、そんな気がします。人を切ってまでして得た利益に、どれほどの意味や価値があるのか。特にグローバリゼーションのただ中にある業界は、目の前の競争に心を奪われて、そのトリックに気付かない。せっかく苦労して積み上げたものが、結局はある一国に収奪されるようにできている可能性は否定できないんです。成果主義は一見合理性がありそうだけど、見方を変えると実はトリックに乗せるための便法で、その一国のためにあるんじゃないかって、ね」と一気に話して、コーヒーを飲み干す。

 「それで離職されたんですね」 職を転じた、という点では境遇が似ているが、自発的意思で辞める、というのはまた重みが違う。「折りよく、インターネット上で市民の手によるメディアを興そう、という動きがあるのを知って、成果主義の裏側とか、制度の犠牲になった人を追うとか... ページデザインを手伝いながら、ちょっとした連載を思いついて、それで何となく今に至ります」 千歳がジャーナリストっぽいこと、web慣れしていること、そしてどことなく哀感を漂わせていることなど、今日の彼の話は勘のいい櫻にとって、その理由を知る上で余りあるものだった。まだまだ一端かも知れないが、大体の素性はわかったつもり。千歳はコーヒーのお代わりをもらいに席を立つ。櫻はようやくワンプレートに載ったサラダとスープを食べ終えたところ。メインのパニーニがまだ残っている。

 「そうそう、今日のデータカードって米国式ですか?」

 「あ、それは聞き損ってました。そうかも知れません」

 「まぁ、良くも悪くも、ってことなんでしょうね。自省を込めてのクリーンアップ、か」

 櫻はふと、彼のバッグに目を留める。

 「そう言えば、そのバッグ、アースデイのですね。アースデイも米国発祥ですけど」

 「何かの環境イベントだったなぁ、くらいにしか覚えてなくて。あ、確かにそうですね。1997年に代々木公園でもらったような」

 「私は1998年に、横浜のこどもの国で同じようなバッグを買いましたよ」

 「へぇー」

 偶然、いや似たり寄ったりというか。年恰好もお互いにわかってきた? 「私もお代わり、行って来ます」 箸でいただくエスニック丼とやらを千歳も今頃になって食べ始める。こういうノロノロもスローフードと言うのだろうか。怪訝な顔して櫻が戻って来た。「何かお代わりのコーヒー、量が少ないような、ブツブツ...」 若い店員の当てこすりかも。

 すでに小一時間が経過。雨も上がってきたか。「私、競争社会って確かにどうかと思うけど、特に問題なのは競争好きな人が好きでない人を否応なく巻き込むことなんじゃないかってよく...」 ごもっともである。「競争しなくていい生き方も尊重されて、その人のペースやリズムが保てるっていうか」 今度はワークシェアリングや余暇についての話になってきた。千歳曰く「職場だけが全てじゃないですからね。その人がどれだけ、地域や家庭や諸処で有意義な時間を使えるか。人それぞれ、適した環境ってものがあるでしょうからね」 これには櫻も同感である。地域への関心、というのはいくら周りがお膳立てしても、そこに暮らす人に時間や自覚がなければ話にならない。役所が考える振興策では己ずと限界も出て来るだろう。

 「まぁ、そんなことを考えてる折り、河原の桜を見に行って出くわしたのがあのゴミ箱干潟だったんですよ」

 「自分さえ良ければ、の成れの果て...」

 「人の心を投影しているのかなぁって」

 千歳の急造ブログ「漂着モノログ」にはすでにそんな一節が書かれてあったのを思い出した。二人とも二杯目のコーヒーを飲み終わっていた。時すでに午後二時半。

 「今日はあんまりお話できないなぁ、って思ってたけど、重たいゴミと雨降りのおかげ。フフ」 一瞬ドキっとする千歳だったが、言葉以上に眼鏡の奥の眼差しが気になる。眼鏡を外すとどんな感じなんだろう。「今度は櫻さんの話、聞かせてくださいね」 自分でもビックリするようなセリフが不意に口を突いて出た。櫻は飄々としたもので、「えぇ、何時間でも」 楽しみはとっておくものである。本当は今日でもいいんだろうけど、そこはお互い弁えたもの。「雨、上がりましたね!」

 拾ったケータイは、同じ会社の取扱店に持って行くべき(?)とか、メーカーが苦労して作ってもポイ捨て(?)されてしまうなんて哀れ、とか話をしてるうち、自転車置場に着いてしまった。櫻はちょっと淋しそう。傘を返しつつ、

 「じゃあ、次回は六月三日ですね」

 「何かまたいいもの見つけたら教えてください」

 「ハーイ!」

 蒼葉の帰り際と同じようないいお返事。姉妹というのは似るものだ。


 橋を渡る途中、干潟が見える位置で一旦停止。「うん、ひとまず大物は片付いた」 雨で多少増水したように見受ける。でも濁流ではない。再び漕ぎ出そうとすると、立夏を告げる陽射しが川面に注ぎ始め、程なくその先の下流側では虹が半分現われた。「二時の虹、何ちゃって」 いや、そろそろ三時なんですが。

 データカードをチェックしつつ、提出用の一枚にひととおり転記する。ひと作業終えたところで、「さて、モノログは、と」 今日の結果が楽しみで仕方ない櫻。「千歳さん、早いわぁ」 例の如く、開始前・終了後、スクープ系(ノコギリ、ケータイ、髭剃りセット、etc.)、今回はさらにしりとりゴミも部分的に出してある。「ズック、黒豆茶、野球ボール、ルアー、飴、綿棒...」 いつの間に撮ってたんだか。すると「Bon Soir ただいまー」 絵に影響されたか、フランスモードで蒼葉が帰って来た。「櫻お姉様、今日はその後、どうでした?」 妙に上機嫌で薄気味悪い。交わす姉君。

 「ほら、しりとり出てるよ」

 「さすが千さま。どれどれ?」

 「う」で止まっているのを見て、

 「そう言えば、ウーロン茶のペットボトルも転がってたね」

 「また『や』になっちゃうから、こんなところでしょ」

 「じゃ『梅酒』で投稿しよっかな」

 「ハハハ。あのカップね」

 今日の夕飯は、姉が当番。文花からもらった野菜の残りを使った献立が並ぶ。櫻曰く、自家製カフェめしだとか。

 「あのさ、弥生ちゃんに話があるんだけど」

 「あぁ、データカードの話をしたら、ケータイでピピとか」

 「え、その話、何で?」

 「プログラム考えてみるから、設計書ちょうだいって」

 「蒼葉が帰った後、こっちも同じこと話してたのよ」

 「以心伝心ですかぁ?」

 食事中、千歳のことをなかなか話さない姉に業を煮やしつつも、二人だけの何とかかな?と、冷静に考え、今日のところはツッコミを控えることにした妹君。モディリアーニ夫妻の悲愴な宿命を知り、少なからぬショックを受けて帰って来た蒼葉だったが、時折見せる姉の笑顔に救われた気がした。表情を見ていれば聞かなくてもわかるのが妹というものである。

 

【参考情報】 渋谷駅の青ガエル / ビジネスプロセス論 / 90年代のアースデイ・フェスティバル