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四月の巻

続・河原桜と干潟と

四月の巻

01. 続・河原桜と干潟と

 四月一日は、年度始めで緊張感高まる特別な日だが、ウソをついてもいい日、ということになっている。緊張感を和らげる配慮なのだろうか。よくできたものである。年度の初めも終わりも特にない生活になじんでしまうと、四月一日だからどうこう、というのはなく、単に何かを始めるには打ってつけ、という程度の心積もりだった。

 スギ花粉はだいぶ収まったようで、マスクなしでもいけそうだ。ただゴミ拾いの最中に思わぬ異臭と遭遇する可能性もあるだろうから一応、小袋に入れて持って行く。「備えあれば何とやら」が信条の千歳だが、この日ばかりはあれもこれも、という訳にはいかないのは先週図らずも「下見」したことによってわかっているので、珍しく必要最低限で臨むことにした。貴重品は携行せず、四十五リットル袋一組(五枚入り)、軍手、タオル、マスク、それにデジカメ(仕事柄)、これらを何かの環境イベントでもらった肩掛けバッグに入れ込んで出発。長靴は見送った。時刻は九時四十五分。天候は晴れ。午前中の降水確率は十%。風速二メートル。まずまずである。

 河原桜は満開を過ぎた頃合で、水際の方にも花弁がチラホラ舞ってくる。風雅な午前十時、といきたいところだが、たどり着いたその先は、先週と相も変らぬゴミ箱干潟。心なしか量が増えていると感じるのは、花見系と思しき、すなわち、コンビニ弁当やら飲料用ペットボトルが加わっているためか。人工物に目をとられて、あまり意識していなかったが、枯れたヨシの枝も溜まるところには溜まっていて、さらに袋やら破片類と絡まって、見るからに収拾つかない。のっけから収集意欲が萎えてしまう彼だったが、まずは用意したゴミ袋の一つを取り出し、不燃と思われるゴミから手を付け始める。辺りを殺風景たらしめているのは、袋類が主因か。これが減ればパッと見は良くなるかも知れない。という訳で、一点集中で片端から袋を拾い始めるのであった。今日は野球の試合もないし、船が通る時間帯でもないようで、遠く鉄橋を渡る列車の通過音が耳に入る程度。別に気が散ると分別を間違えるとか、そんな心配は無用なのだが、この静けさはゴミ拾いには打ってつけかも知れない。大小、種類を問わず、黙々と袋を拾い集める。砂まじりのレジ袋をつまみ上げ、ヤレヤレと息をついたその時、「あわわ...」「!?」 振り返ると、いかにもゴミ拾いスタイルの女性が段差を降りようとして、バランスを崩しかけていた。着地して一言、

 「隅田さんですよね?」

 「あ、もしや千住さん?」

 「はい!」

 桜とともに、ではなかったが、ともかく季節柄ピッタリの櫻さんが現れた。十時十分を回ったところだが、確約ではない話だけに、これは十分定刻レベルだろう。妙なところに感心する千歳。そして、何の違和感もなく当たり前のように当地にやって来た櫻。メールの印象では楚々とした感じを想像していたが、そんな要素に何となく茶目っ気が加わり、でもゴミ箱を前にして、動じることがない。櫻さんていったい?


キャッシュカード漂流記

02. キャッシュカード漂流記


 「遅くなりました」

 「本当に来て下さるとは」

 「隅田さんがいてもいなくても、エイプリルフールで済むかな、と思って」

 眼鏡越しに笑みがこぼれる。このセンス、なかなか強者と見た。

 「カード、ありがとうございました」

 「いえいえ」

 動揺を隠せない彼は、照れながらも「確かこの辺でした」と拾得した場所を示す。

 「うまく漂着したものですねぇ」

 「はぁ」

 「試しにATMに通したら、さすがにNGでした」

 面白い人だなぁ、とまたまた感心。「で、何でまたカードを?」 尋ねても気を悪くすることはないだろう、と読んだ千歳はさりげなく話を向ける。今度はインタビュアー気取り?


 ここから少し上流に行くと、県を跨ぐ橋がある。その橋を急ぎ足で渡っていた櫻は、対岸のその銀行をめざしていた。その日は早番だったので早めに帰宅していたが、給料日前の週末に備え、手持ち現金を補っておく必要を悟り、あわてて十八時前に駆け込もうとしていたのである。手数料をとられまいとする心理はよくわかる。が、しかし、ICキャッシュカードに切り替えたばかり、というのが災いした。「そういえば、新しいキャッシュカードって持ったっけ?」 橋の途中でふと足を止め、カード入れを探る。財布とは別に保管しているあたりがまた彼女らしい。少々手こずったが、果たして真新しいそのカードは現れた。ゴールドのチップ部分を夕日に照らす櫻。対面から暴走気味の自転車が接近していることには残念ながら気付くに及ばなかった。それは一瞬の出来事。幸い接触こそしなかったが、通過時の風圧は櫻の手元を震わせるには十分だった。「あっ!」 欄干の隙間から、新しいカードは無情にもすり抜け、ヒラヒラと荒川へ着水。すぐに視認できなくなってしまった。訳あってケータイを持たない櫻は、行くか戻るか考えあぐねた末、そのまま先を急ぎ、ATM備え付けのインタホンまで来てから事情を説明。せっかく十八時になる前にたどり着いたのに、トホホなことに、この日は現金を下ろしそびれてしまった、という顛末だった。

 身振り手振りを交え、「私の話を聞いて」状態。千歳とは初対面のはずだが、臆することなく訥々(とつとつ)と話してくれた。ドラマのような、コメディのような、言い知れぬストーリーである。


 「それは難儀でしたね。でも、カードは返してもらえるものなんですか?」

 「いえ、すぐに再発行の手続きを、と言われたんですが、もしかしたらまだ使えるかな、と思って。もったいないじゃないですか。ハハ」

 彼女は今、主に環境に関する情報を集め、それを配信するといった情報サービス型の機関に勤めているという。早番だったり、遅番だったり、土曜も出勤するので、日曜日の今日は好都合だった、とのこと。「年度末は情報の棚卸をしないといけなくて...」 返事ができなかったのは、そのせいだったようだ。

 環境情報に強い、というのは、そのいでたちもさることながら、持ち物からもわかった。軍手持参は言うまでもなく、ゴミ袋の代わりに、使い回しのレジ袋を何枚か、あとはなぜか小型のバケツ。「何回かクリーンアップイベントにも参加したことがあるので」 なるほどねぇ。でもバケツは?

 「近くに水道があれば、そこの水を汲んで、手を洗えるし」 理由はそれだけでなく、「ペットボトルなんかは、洗えばキレイになるでしょ。乾かして回収箱に持って行けばいいんですよ」 いやはや、おそれいりました。

 自発的なクリーンアップ初体験の千歳にとって、櫻の加勢は実に心強かった。

 「とりあえず、袋だけを拾おうと思って」

 「じゃ私は、ペットボトルと缶を拾います!」

 枯れ枝と苦闘しつつ、袋を抜き取る彼を尻目に、櫻は手際よく飲料系容器を見つけては、ポイポイと一箇所に固まるように放っていく。「あれれ、これって業務用?」 櫻が手にしたのは某ファストフード店のマーク入りのマスタードの大型容器。「従業員がこっそり持ち込んで、バーベキューに使ったか...」 訝(いぶか)る千歳に櫻が返す。「これはスクープかも」と一言。すかさず「バーベキューだったら、やっぱりバーベキュー味を用意すべきよね?」 あまりの機転に千歳も笑うしかなかった。

 「他にスクープ系、ありました?」

 「あぁ、この縄跳びの取っ手なんてどうです?」

 「どこかで練習してたら、とれちゃって、『縄跳びなんてキライだぁ』ってやったかどうか...」

 負けずと千歳も「縄の方もどこかに漂着してたら、正にお縄頂戴ですねぇ?」 苦笑する櫻にホッとするも、

 「でも縄が動物に絡まったら?」

 「そうか...」

 思いがけず、問答形式になってしまった。

 「私は見たことないけど、海辺ではカメや鳥がロープなんかに絡まって、死に至ることもあるそうです」

 「川も例外ではない、ってことですね」

 櫻は頷きつつも物憂げな面持ちで、またポイポイやり出した。千歳の方は、袋の中の袋がそろそろはみ出してきたところ。何かを容れるための袋がゴミになって、袋行き。何ともシャレにならない展開である。

 「わぁ!」 今度は何事かと思ったら、「この絵筆、まだ使えるかも」と来た。

 「千住さんて、絵描きさん?」

 「フフ」

 憂いある表情から一転して、不敵な微笑。「水汲んできます!」

 降りてくる時とは対照的に、颯爽と陸地へ上がる彼女を見送りつつ、二枚目の袋を手にする彼。あっと言う間に、時は十時四十五分。水位が心なしか上がってきたような。気温も徐々に上昇中。いつしか汗が一つ二つ滴ってきた。「どうぞ!」 軍手をとって、手を洗え、ということらしい。これまたタイムリーな。バケツから注ぐ水が心地よい。その水を額に移して、タオルでひと拭き。

 「千住さんは?」

 「水道のところで洗いました。絵筆も」

 確かに新品同様である。でも誰がいったい? 「これはやはり気分一新、新しい筆でデッサンしようとしたら、単に気分が乗らなくなったか、漂流しているゴミを見て幻滅したか、でポイ、でしょうかね」 こうなると、ゴミ拾いというよりは、ちょっとした宝探しである。

 「さぁ、続き続き!」

 「あ、飲料系、袋に入れようと思ったんですけど」

 「バケツの水で洗うのも大変でしょうから、洗ってもダメそうなのをまずは入れといて、あとでまとめて洗いますか」

 なるほど、である。でも缶は砂が詰まってたりして、洗いきれないかも。とりあえず、ペットボトルで再生不能そうなのを入れてたら、それで四十五リットルが満杯になってきた。「あとで洗う分は、レジ袋に入れますね」 それほど量はないと思っていたが、彼女が持ってきた袋もペットボトル、缶、ビン、それぞれでいっぱいになってしまった。残るは千歳が持って来た新品ゴミ袋三枚ということになる。

 「水位も上がってきたし、そろそろ潮時でしょうか?」

 「え、会っていきなり潮時ですか?」

 「へ?」

 「エイプリルフールですよ!」

 先手をとったつもりが、まんまと一本とられてしまった。でも冗談キツイなぁ。

 「まぁ、目に見えるゴミは片付いたんじゃないですか?」

 「でもまだバーベキューの名残が...」

 「じゃ、放っておくとまずそうなのをいきますか」

 彼女の考えでは、動物に悪影響が出そうなゴミを指すらしい。言われてみると、梱包用のヒモやら、土嚢袋が破れて繊維状のものがヒラヒラなっているものやら、直接的に生き物に悪さをしそうなのがまだ散乱している。

 「不燃でしょうかね」

 「自治体のルールによってマチマチですから何とも」

 向こう岸に住む彼女と千歳が暮らす此方では、微妙に違うようだ。

 「帰って調べてから分けて出します」

 「さすが!」

 今度は照れから来る汗。ごまかすようにデジカメを取り出し、

 「スクープ写真、行きます!」

 「あれ、デジカメなんですね」

 「僕もケータイ持たないもので」

 「へぇー」

 この日のスクープ系、というか、珍品ゴミとして見つかったのは、業務用マスタード、跳び縄の取っ手(対で発見)、湿布薬の袋、何かの映画のノベルティグッズ、折りたたみ傘の残骸、洗面器といったところ。さすがにこの日ばかりはキャッシュカードは落ちてなかった。拾う前と拾った後の写真もしっかり撮影。誰かに伝えずにはいられない。初心を思い返す千歳に、櫻が訊(たず)ねる。「次回はどうします?」

 忘れた頃に、小型貨物船が通り過ぎ、二人がそこそこに片付けた干潟に波紋を届ける。干潟が息を吹き返すのに少しは貢献できただろうか。櫻がポイポイやっていた辺りには、すでに潮が来つつあった。午前十一時過ぎ。レジ袋で手一杯の櫻、大きな袋を三つ運び出す千歳。この構図は何と形容したらいいものか。空の四十五リットル袋は二つ。でも洗い終わった飲料容器を入れる必要から、一枚を残すのみとなる。

 水道のある場所は、野球関係者がいると使いづらい位置合いだが、今日は躊躇なく使える。「何か水道水がもったいないような気もするけど...」 さっきの物憂げな表情を垣間見せる櫻に、ここぞとばかりに千歳が突っ込む。

 「バケツに入れて濯ぐのはどう?」

 「ほぉ」

 合点が行ったか、せっせと漬け込み始め、またまたにこやかに。

 「いい天気だから、すぐに乾きそうですね」

 「今日この後、雨ですよ」

 「ウソ?」

 「エイプリルフールでした」

 とりあえず、毎月第一日曜日に、などと打合せしつつ、濯ぎ作業を続ける。難を逃れ、回収箱行きが決まった容器類。それらを一つ一つ天日干しさせながら歓談する二人は、カードを届けた際に渡された銀行グッズの話で盛り上がる。ケータイストラップは二人とも使わないねぇ、とか、そのグッズの分け前は落とし主にもあるのでは、とか。乾燥中のペットボトルには、桜花がひとひら。缶の方は陽射しですっかり温まってきた。ビンが少々こたえるが、この日は幸い重量物を拾わなかったので、彼一人で搬出できる見込みが立った。ゴミが足枷になって、この後、食事でも、と行かないのがこうした取り組みの泣き所か。櫻の方も名残惜しげな風に見えたが、十一時半、今日のところはこれでお開き、と相成った。自転車で来ていた櫻は軽く手を振り、「またメールします!」 川の上流側、桜並木に沿うように走って行った。桜の中の櫻さん、か。


 明らかに可燃とわかる分はいいとして、素材が複合的になっているものや再資源化に向かなそうな錆び付いた缶の類が悩ましい。自治体ルールはあくまで事業系と家庭系が想定範囲のためか、こうした散乱ゴミの処分方法までは明確に示されてなかったりする。プラスチックゴミは、可燃に入れても差し支えない、というか、燃やせば火力がアップするだとか、燃やした熱を回収すればそれはエネルギーのリサイクルになるだとか、もっともらしいことが書いてあるが、どうもためらわれる。回収箱には比較的状態の良いペットボトル、空き缶、空きビンをそれぞれ投函。千歳の暮らすマンションは程々の戸数規模のため、ゴミステーションなるものがあって、回収日をあまり気にせず出しに行けるのがポイント。でも外で拾ってきたものを混入させるのはまた想定外か。例の梱包用のヒモや、弁当容器などは、不燃と割り切ることにした。フニャフニャの袋類についても水分を含んでいることもあって、やはり不燃に。こうした包装ゴミは、日常的には可燃で出していた千歳だったが、今回の一件で、「分別とは?」と自問する機会を得た恰好。他の自治体では、どんな扱いになっているのやら... まずは櫻さんに聞いてみるか? とメールするのに好都合な材料を見つけた彼はそそくさとステーションを後にする。


 記念すべき四月一日の成果... デジカメ画像を整理しつつ、どうまとめるか思案していたら、千住●さんから早速メールが到着。「はやっ!」 ねぎらいの言葉に始まり、「今日は楽しうございました」「分別方法わかりました?」といった文面が続く。文末には「次はいいものを持って行きます。お楽しみに。」そして、「p.s. このメール文の内容はエイプリルフールではありません。(^^)」と来た。簡潔ながらウィットの利いたメール。(しかも顔文字つき) はやる気持ちを抑えつつ、ブログ掲載の準備を進める彼。昼食そっちのけ、である。

 自分で持っているドメインの中にブログページを設置するのも一手だったが、ここは一つメジャーなところに置いてみるか、と画策。コメントを書き込めるところを省略すれば、メンテも楽だろう、と青写真を描きつつ、プロバイダが提供しているブログページにまずはログイン。予めテンプレートがいろいろと用意されているのは結構だが、彼としてはあまり面白くない。「ま、速報ベースで」ということで、サイトを取得し、記事と写真を仮アップ。収集前と後、そして、「何でまたこんなものが!」系の警鐘代わりの文を画像に合わせて三つ四つ入れていく。確かにこれは載せやすい。感心していた彼にふと難題が。「ページのタイトルは?」 しばし考え、同名タイトルがないことを検索チェックして、こう決めた。「漂着モノログ!」(英文表記:wreckage-mono-log) 何でもモノにちなんだブログのことをモノログと呼ぶことは知っていたので、彼なりに流行感を意識してのネーミングにしてみた。あとは櫻さんの反応次第か。午後二時半。さすがに空腹になってきたが、お構いなし。返信方々メール開始!

 「この度はありがとうございました」 何か儀礼的だなぁ、と思いつつも、筆を進める。このように分別したが、貴所での分別ルールはどうなんでしょ? おかげで見聞が深まりました 試しにブログを開設してみました 等々。他にもいろいろ書きたいところだったが、ついつい長文になってしまうので、自制しながらしたためる。そしてこちらも末尾に一言。「p.s. 次回楽しみにしております。(^^)v」 櫻のマネして思わずVサインを入れてしまう千歳。署名の欄にモノログのアドレスを打って、送信。ホッとひと息つくも、同時にちょっとした昂揚感もあって複雑な心境。「あっ、お昼どうしよ?」

 

【参考情報】 2007.4.10の漂着ゴミ