目次
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パンドラの書庫
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パンドラの書庫「暗黒神話」遠藤玄三
パンドラの書庫「金田一少年の事件簿」大友宗麟
パンドラの書庫「学校の怪談R」まつばらきのこ
パンドラの書庫「UFOと宇宙人のなぞ」イエス曖昧
パンドラの書庫「臓物大展覧会」留部このつき
トラウマカタログ さうじ
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アギギボゴゴギの研究 獣狩男
アギギボゴゴギの研究 獣狩男
アギギボゴゴギの研究 獣狩男
ほとばしる熱いロゴス 遠藤玄三
ほとばしる熱いロゴス
ほとばしる熱いロゴス 遠藤玄三
 
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ぼっち論 留部このつき
ぼっち論 留部このつき
ぼっち論 留部このつき
ゴキブリを食べた日 イエス曖昧
ゴキブリを食べた日
ちょっと前の本当の話 流山ジジ
ちょっと前の本当の話 流山ジジ
ちょっと前の本当の話――かよい婚 流山ジジ
ちょっと前の本当の話――トイレ 流山ジジ
『第三回 新脈文芸賞』 のご案内。
第三回新脈文芸賞のお知らせ
ライター募集
ライター募集
うみねこみすてり論争 犀川ヒフミ
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涼しいタイム涼介論 大友宗麟
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次号特集の記事募集
次号特集:『漫画』
第二回新脈文芸賞
第二回新脈文芸賞受賞作品発表
第二回新脈文芸賞選評 実葛氷柱
第二回新脈文芸賞選評 Jback
第二回新脈文芸賞選評 イエス曖昧
第二回新脈文芸賞選評 まつばらきのこ
第二回新脈文芸賞選評 田子新策
第二回新脈文芸賞選評 留部このつき
受賞作品「カフェオレのつくり方 多摩先生の推理」田子新語
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受賞作品「匈奴島、部活やめるってよ」雨座居姫
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受賞作品「土竜のいる地獄」遠藤玄三
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受賞作品「夏の終わりの雨宿り」留部このつき
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受賞作品「42億匹のうさぎと幼年期の終わり」戸森めめん
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受賞作品「信忠の首」大谷津竜介
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編集後記
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奥付
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第二回新脈文芸賞選評 田子新策

新脈文芸賞選評 田子 新策

 前回を上回る数の作品が届いたと聞いて、寝端の伴としていたヘーゲルを、栞も挟まずに本棚へ仕舞ったのだった。無論、私にとって大変喜ばしいことである。
 私の頭が、ロンドン西部、ソールズベリーの地に敷き詰められた小麦の様に願い実り、深く深く垂れている事を御報告する。

推理の威を抜き取った、摸掏のようなミステリー
「カフェオレのつくり方 多摩先生の推理」

 まず、この作品は我が愚息がしたためた小説である。身内贔屓に評価してしまうことを、ここで断っておきたい。
 主題が見えてこないのは、この作者の特徴なのだろうか? 目新しさはあるものの、自身の見つけたアイデアに胡坐をかいて満足していたのでは、読者に最後まで読んでもらうことすら難しいだろう。
 文章力は伸びる余地があるようだ。国分寺と先生の語りなどは、現実離れしていていっそ気持ちが良かった。
 あとはストーリーの整合性をとること。そこを今後の課題とすれば、小説らしき形が現れるのではないだろうか。今後の練磨に期待する。

俺たちの青春は青くもなければ春でもない。
「匈奴島、部活やめるってよ」
 初めは面食らったが、二行目からは慣れた。
 二階堂少年の前向きなネガティブが心地よい。この作者の特徴として、会話文でストーリーをコロコロと転がし、劇的なまでの破綻が大落ちとなり、懸念と疑念全てを纏める豪腕が有るが、今回もそれは健在で、頭がドキドキ右往左往しつつも安心した。
 やはり肝は、二階堂少年を初めとする登場人物に取り込まれるか否か、だろう。「ネガティ部、良いな」と少しでも思ったのなら、青春群像劇としては成功だ。しかしそれが、根底から覆るとは誰が予想しただろうか。驚天動地の展開である。イエス曖昧氏が「曼荼羅のコスモロジー」と語っていたが、現代にて体現された、まさに宗教的な側面をもった教典なのかもしれない。
 ネガティ部は、みんなのこころのなかにいるよ。

奪われた自由、与えられた自由
「土竜のいる地獄」
 ロシア文学のように、硬く冷たい。しかしその物語は、熱く、繊細だ。土台の出来上がった老練さを感じる。手に職を持った、非常に技巧的な作者である。
 感情をあえて排した文章はまるで詠う様なリズムを持っていて、地獄で屈強な男達の口ずさむ坑道歌さながら腹に響く小説だ。茫漠とした砂漠の砂を食んだような渇いた質感の中に、真逆とも言える、そこに生きるものたちの血と汗にじっとりと濡れた地の底の匂いがするのは、正にそういうところから来ているのだろう。
 ジアロの生き方に、ストレートに感動した。自分自身を育てるものに、正邪はない。死を身近に置く事は、この地獄において生きる為に不可欠だったに違いない。
 ヴィンシィとは、何者なのだろう。ジアロは、これからどう生きるのだろう。尽きぬ疑問は、次作への期待感と、確かなエンターテイメントを持っている事の証左である。

ほおづえをついた手のひらの温度があなたに伝わりますように
「夏の終わりの雨宿り」
 空気が感情を持っている。しとしとと降る雨が、感情を写している。雨の上がった雲が開いた空が、秋を呼び込む。二人の情感と景色が、とても良く溶け合っている。
 グラデーション掛かった色彩が飛び込んでくるような瑞々しい作品だ。
 雨の煙る窓の外で、二人を俯瞰して見ている様な錯覚に陥って、爽やかな気分になった。 
 この、雨後の鬱蒼と匂う雰囲気に浸りきった感情に、我々の頑なな理性や常識は、何の歯止めにもならない。

現実をスポイルした荒唐無稽な御伽噺
「42億匹のうさぎと幼年期の終わり」
 名作を誂えた、洒落たタイトルである。
 タイトルから、端からSFと決め付けて読む。すると、確かにSFと納得させられる。しかし、SFの皮を巧妙に被った御伽噺だと騙された気分になる。最後には、目の覚めたような現実を突き付けられる。
 これはなんなのだ、と考えたときに、荒唐無稽なブログなのだと思い当たり、ここまで読ませる文章に、改めて感心させられた。
 思えば、一行目から最後の句点まで、言いたいこと、伝えたいことは一つであり、作者は隠すこともせず喧伝しているではないか。「セックスしたい」!
 しかし、これが荒唐無稽、とは、私の妄言なのかもしれない。世界中のネットワークの前に座する者皆、寸胴でオーバーテクノロジーな何かを、コトコトと煮込んでいるのかもしれないのだ。
 斯くいう私も今、筋張った牛の脛肉を、ワインと香草でじっくり煮込んでいるのだから……。 

織田の最期……武家とは、滅ぶことと見つけたり
「信忠の首」
 「滅びの美学」という言葉があるが、それに殉じようとした武士たちの、享受の仕方が異なることで生まれてしまった、悲劇。しかし、それさえも美しい。
 戦記とは史実に基づいて著されるもの。物語の行く末が読者には予め示されているのだから、「歴史を変えない程度の創作である事」と言う枷が有る。
 「信忠の首」はそれを美事に打ち破ってくれた。ともすれば尻窄みに描かれてしまう零落の様を、叩き付けるような迫力の有る筆致で魅せ付ける手腕に震えた。
 カタルシスと、物語を畳む技術において、全作品中頭一つ出ているだろう。 

 今回は意欲作が集まったが、奇を衒うばかりが良策ではない。身肌を切るような冷たく鋭い流れに筆を任すようにしたいものだ。
 ソールズベリーには彼の有名なストーン・ヘンジがある。辺りは荒涼としていて、灰色の空が地平にまで伸びていて、強い風が吹いている。そんな神秘的なイメージを持つだろうか。
 しかし実際は、周りはヨーロッパを代表する穀倉地帯で、日本では北海道などで良く見かける巻き藁が、遠慮も風情もなくポン、と置いてある。それはもう牧歌的な風景に、かつての神の腰掛が溶け込んでいる。
 温故知新だ。何事も過去のまま、一ミリも動かさずに在ろうとするばかりが美学でもない。
 凝り固まった文学の仕来りなどに自ら与する事は、罪累である。断じて拒否すべきだ。
 なら、どちらが正しいのか? それはその目で見るまでは分からない。次回を楽しみに待つとしよう。

第二回新脈文芸賞選評 留部このつき

第二回新脈文芸賞選評 留部このつき

 私が選評するために基準として選んだことは一つ。「異文化交流」です。何かと何かが交わるときには、必ず何かが起こります。良いことであることが大半ですが、時に悪いこともあります。ですが、私はこの科学反応のようなものが大好きです。予想がつかないことや、今まで誰も思いつかなかったような新たな発見があるものです。いかにも分かりやすくて簡単で伝わりやすいことだと思います。そういうような考えの元で、私の選評ができあがっていることをまず述べます。さて、本題に移りましょう。

 まず「42億匹のうさぎと幼年期の終わり」ですが、「異文化交流」とは少し離れています。いかにもSFらしい「生物と宇宙」というスタンスであるためです。それでも、うさぎ達の獣くささというのが、主人公の思いと深く強く絡みついていて、触媒を通じた化学反応とでも言うべきものが起こっています。エッセイのように見えながら硬派なSFであるところも、作品の魅力を引き立てる素晴らしいエッセンスです。

 「土竜のいる地獄」では、タイトルでは「土竜と人間たち」を扱った「異文化交流」のようですが、主人公ジアロと周囲の人物たちとの「異文化交流」です。この作品の世界からはたくさんのジアロの影が見えてきます。かつていたジアロ、やがて現れるかもしれないジアロ、流行の時間旅行もののような口ぶりですが、そういうことではありません。ジアロのような思いを抱いている少年という意味です。作中にも「過去のジアロ」が出てきています。ジアロ同士で通じるものがあったのか、諦めと希望を混ぜ合わせたような変質が起こります。暴風雨のような荒々しいジアロの日常には、引き込まれて目が離せませんでした。

 先の項で「混ぜ合わせる」という言葉を使いましたが、その方法を教えてくれる「カフェオレのつくり方」が今回の受賞作の中で私のイチオシです。色よし味よし香りよしの三拍子が揃ったあったかいカフェオレを飲んでいるようでした。恋の甘さも生活感漂う生臭さも併せ持っていて、「異文化交流」の目標とすべき結果の一つでもありそうです。先生の思慮の深さとモノグサは国分寺くんのついつい使ってしまう余計な頭と素直さに凸凹タッグよろしくマッチしていて、ドラマを観ているようでもありました。ぜひ、後味まで存分に楽しめるこのカフェオレを、みなさんも楽しんでみてはいかがでしょうか。

私が触れていない作品も素晴らしいものです。きっと読んだあなたに「何か」を残すと思います。それがあなたの持つ「何か」と「異文化交流」を果たした時こそ、文章を書く人間にとっての一番の喜びだと思っています。新たな出会いが、あなたにありますように。


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