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まえがき

まえがき
 皆様は日本に友好的な国といったら、どこの国を思い浮かぶだろうか。大震災で巨額の義捐金を寄せていただいた台湾だろうか。「トモダチ作戦」のアメリカだろうか。台湾は確かにそうだろう。アルゼンチンやトルコも日本には非常に友好的な国だということをご存知だろうか。また、歴史上で最も狡猾な国、もしくは好戦的な国といったら、どこだろうか。アメリカ、イギリス、フランス、オランダ、ドイツ、ロシア、中国、日本・・。そして国家を持てなかったユダヤ人とは何者で、日本とも大いにかかわりがあることをご存知だろうか。歴史問題で中国や韓国に責められっぱなしの日本とは何だろうか。「自由」と「平等」は相反する理念ということをご存知だろうか。「民主主義」という発想はどこから出てきたのだろうか。日本の国体とはどのような関係になるのだろうか。何よりも日本国憲法の生い立ちをご存知だろうか。本書で少しでも明らかにし、お役に立つことができればと考える。
 2011年3月11日、金曜日14時46分頃マグニチュード9.0の巨大地震が日本列島を襲った。「東日本大震災」である。地震と津波で東北から関東の太平洋沿岸は壊滅的な被害を受けた。東京電力(株)福島第一原子力発電所1~4号機が事故を起こし大量の放射性物質が放出された。2012年8月現在で死者約1万6千名、行方不明者約3千名。原発事故による福島県の避難者は約16万1千名(県内避難者約10万名、県外避難者約6万1千名)を数える。  
 私は会社の事務所で被災した。信号の消えた暗い街の道路は渋滞で、急ぎ自動車で自宅に向かった。火災の発生が心配だった。自宅付近は震度6弱の地震に見舞われたが、幸いに火災の発生はなかった。海からも遠かったため津波の影響もなく、妻と次女も無事だったことに安堵した。雪がちらつく、春まだ早い寒い夜だった。その日の夜は、停電、断水、都市ガスも止まり、ローソクの明かりで過ごした。携帯ラジオがこんなに有難いと思ったことはなかった。電気は地震発生の翌日昼頃には復旧した。テレビで海岸沿いの町の映像を見た時の衝撃は今でも忘れられない。津波のあまりの凄まじさに唖然とするばかりだった。インフラの復旧作業に携わる人達の中には自宅を被災している人や家族の安否もわからない人が大勢いるに違いないと思うと、仕事とはいえ感謝せずにはいられない。先ずは、水の確保が急務だった。生命の維持と水洗トイレには水が必要だ。幸いに風呂の浴槽には残り湯があったので、暫くは水洗トイレに使えそうだ。次女は地震発生直後、断水するまでの僅かな時間にペットボトルや鍋などの容器に水を溜めていた。ちょっぴり大人になったものだと感心した。だが、しかし、これだけでは全く足りない。飲料水の確保が一番難しかった。私は趣味でハイキングや登山をしていたお陰で、近くの山の湧き水の場所を知っていた。といっても自宅からは10Km以上離れている。ありったけのポリバケツや大型の鍋、ペットボトル、未使用のゴミ袋を入れた大型のプラスチックのゴミ箱などを車に積んで、そこに向かった。既に先客が何人も来ていたが、水を確保することができた。トイレの水に近くの公園の池の水を使う人もいたようだ。ともかく水は重く運ぶのには重労働だ。次に食料だ。米は買い溜めたものがあったので安心だ。湧き水の近くで田舎の小さな食品店が店を開いていた。店に入ると、有難いことに野菜、果物、缶詰、お菓子、ペットボトルなどがあり、数日分の食料を確保できた。水道の復旧は3月21日頃。都市ガスの復旧は4月1日頃までかかった。ご飯の煮炊きには、反射板式石油ストーブを使った。こういう時は電気で動く石油ファンヒーターよりも反射板式石油ストーブの方が断然有利だ。思いがけず、困ったのがガソリンだった。ガソリンスタンドには前日の夜から並び始め、朝には長蛇の列になっていた。車の中は寒いし、トイレの確保も必要だ。自宅近くのスーパー、コンビニや雑貨店などが徐々に開店し、自転車で買出しに行く。朝早くから長蛇の列だ。家族で分担して購入した。津波に遭われた方から見れば、マシだろうと思った。新幹線、高速道路、宅急便など普段、何気なく便利に使っているものは皆、駄目だ。後で調査してわかったことだが、自宅の被害は内壁のクロスに多数の亀裂があったことと、外壁に2mにわたって1本の亀裂が入ったことだ。雨の浸入の危険性があるから処置が必要だ。基礎や骨組みなど重要箇所については幸い、大きな問題はなさそうだ。
 長女(当時25歳)は福島県の某市で小売店に勤務していた。長女は近くの店員に声をかけられ避難した途端に店舗の天井が落下し、九死に一生を得た。3月12、13日は後片付けなどで通常勤務したが、14日からは自宅待機になった。12日午後3時36分頃、福島第一原発1号機で原子炉建屋が骨組みを残して吹き飛んだ。水素爆発と政府発表。14日11時28分頃3号機も同様に水素爆発があったと発表。そして3月15日朝に4号機が水素爆発、2号機も圧力抑制室で爆発音と報じられた。私は、これは、さすがにマズイと思い、電話の向こうで泣きそうな声の長女に、「どの方向でも良いから逃げろ」と指示した。確かに無責任な指示だと思ったが、そうするしか無かった。マスクの着用を忘れるなと付け加えた。本来なら救出に行きたいところだったが、当時は福島以北の東北新幹線は不通で、高速道路も一般車は通行規制だった。ガソリンスタンドも営業していない。どうやって避難させたら良いのだろうか。結局、長女は東北新幹線の動いている栃木県那須塩原までタクシーで移動し、従姉妹の待つ東京へ避難することになった。後日、長女の会社から営業を再開する旨の連絡があり、福島に戻ったのは3月25日だった。後で判明したことだが、3月15~16日が最も多くの放射性物質が放出された日だった。長女に避難指示したことは正解だったと思ったが、どの程度内部被曝したかはわからず、不安が消えることはない。この事故によって長女の人生が狂わされることになった。当時の枝野官房長官は「直ちに健康に被害はない」を繰り返すばかりだった。その後の原発事故に関する政府の様々な発表は場当たり的で一貫性がなく、多くの国民の信頼を失うことになった。約70年前の広島、長崎に次いで、三度目は福島で日本人自らの手によって人体実験が行われようとしていると思った。
 私は大震災を機に速やかに避難できるようにするため、貴重品をまとめる準備をしていたところ、亡き父の遺品が出てきて、整理をすることになった。先の大戦、「大東亜戦争」の遺品だ。震災と戦争の2つの大きな出来事に共通するものを感じた。それは大震災以来、頭から離れない「危機管理」、そして「国民性」だ。我々はどういう時代の中に生を受け、この世に生きてきたのだろう。そして、この日本を守り、子孫に受け継いでいくにはどうしたら良いのか。父の生きた時代、改めて「何故、あの大東亜戦争が始まったのか」と思うようになった。父は海軍に入隊した。しかし、何歳で海軍に志願したのか、終戦は何歳の時だったのか、考えたことがなかった。また、父は何を考え、どう思って行動したのか、と思いを馳せた。そして、何故、父は戦場に行くことになったのか。 何故、日本は開戦に踏み切ったのか。戦争の目的は何だったのか。戦争のことについて父とは多くを語ることはなかった。私が幼かったことと、父にとって戦争の記憶が生々しかったためだろう。それでも、戦争体験者である父の言葉を直接聞いた私が子供たちに伝える義務があると思った。父の兵歴を国から取り寄せることから始めた。
 長い人類の歴史においては、ずっと戦争状態が続いていて、今はつかの間の平和ではないのか。20世紀という戦争に明け暮れた時代。中国は今も昔も巨大市場であり、諸外国が中国市場に進出し、その利権を争う構図は「帝国」という言葉を「先進工業国」に置き換えただけで今も昔も変わっていない。そして来る21世紀の重要な問題に「人口爆発の終焉」がある。人口減少は、日本だけのことではない。先進工業国の多くが劇的に人口減少し、中国でさえ2030年代の15億人余をピークに減少するとされている。 人口の減少の速さよりも経済の縮小の速さを鈍くする施策や移民獲得の施策が求められるようになるだろう。
 私は歴史家ではないが、教科書では語られていない先人達の多くの素晴らしい歴史、経済、哲学などの解説書・分析書が既に刊行されている。しかし、それらは歴史の、ある側面、或いは個々の側面について詳細に分析、解説されてはいるが、相互の関連性について論じられたものではない。そこで、本書では、参考文献に示した図書などを基礎に、これらを総合的に関連づけて捉えることで、「私の父が出征した理由」、「大東亜戦争が始まった理由」、つまり、真の歴史観、歴史の大局的真理を追究しようと試みたものである。近代以降は特に、日本の歴史だけを見ていたのでは、何故その出来事が起きたのか本当の原因はわからない。世界の歴史と連動させて、初めて本当の姿が浮かび上がってきた。それは、国際社会と向き合う上で日本人が知らないといけない歴史ではないだろうか。素晴らしいと思った図書でも、歴史の検証という性格から間違いがあるかもしれない。本書に事実と異なった間違いが見つかった場合は指摘頂ければ幸いである。


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目次

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まえがき

1 序章

 1.1 東日本大震災と危機管理

 1.2 政権交代実現するも閉塞感の漂う日本

 1.3 日露戦争概観と40年周期説、120年周期説などの循環史観

2章 教科書にない近代史の概観

 2.1 近代前史

 2.2 幕末・近代前期~後期 「自由主義時代の到来」~「市民社会の形成」

 2.3 明治時代

 2.4 日露戦争(第0次世界大戦)

 2.5 大正時代

 2.6 昭和時代

 2.7 平成時代


(注1)【中国、農村部での所得格差が“危険水域”に 住民暴動の不安も】

(注2)【絶対王政~中世と近代の過渡期・近代前史で展開した政治】

(注3)【スファラディ系ユダヤ人とアシュケナジー系ユダヤ人】

(注4)【尖閣諸島】「明 上奏文「尖閣は琉球」と明記 『明代から領土』中国の主張崩壊」

(注5)【マルクス主義】

(注6)【ファシズム革命 ~ 軍閥政治への道と軍閥政治の思想】

(注7)【世界共産主義革命・アジア共産主義革命 ~ コミンテルンの謀略と敗戦革命】

(注8)【近衛新体制~太平洋戦争】

(注9)【東大話法】

(注10)【戦後史とGHQによる占領政策】

(注11)【「フーバー回想録」の衝撃 F・ルーズベルトの犯罪】

(注12)【日本国憲法】

(注13)【アメリカの5つの基本戦略】

(注14)【ノーベル賞とユダヤ】

(補足1)【共産主義、全体主義、ファシズム、社会主義、社会民主主義】

(補足2)【帝国主義の意味と特徴】


3章 日本とは何だろう

 3.1 地政学的な視点からの日本

     「日本の風土と官僚組織、リーダシップと軍事思想の欠落」

 3.2 日本の国体と正義感

 3.3 変化に対応できない日本の官僚機構

 3.4 物質文明と精神文明のパラダイムシフト


あとがき 亡き父へ~“戦争への思想的背景と戦争の目的”

【父の略歴と思い出話】

【慰問葉書】

【親族の兵暦の取り寄せ方】

〔資料〕

日本解放 ―田中内閣成立以降の中共の対日工作要領-  中央学院大学教授、西内雅



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1.1 東日本大震災と危機管理

1 序章

1.1 東日本大震災と危機管理

 2011年3月11日に東日本大震災が発生し、津波によって岩手、宮城、福島の海岸線はあったはずの家は根こそぎ海に流され、あたかも映画で見る戦場場面のようだった。チェルノブイリ事故に並ぶレベル7の福島第1原発事故(1、2、3号機の炉心がメルトダウン・メルトスルー、1、3号機の建屋は水素爆発で無残な姿になった。大
量の使用済み燃料を保管していた4号機                (宮城県石巻市)

の建屋も水素爆発)が起き、大量の放射性物質が大気中に飛散し、大量の汚染水が海に放出された。当時の政府や国の発表は、原発事故の事態や放射能による影響などを軽く見せようとした発表ばかりで真実を伝えていないように思われた。1年以上経過してようやく、「政府事故調査委員会」、政府と独立した「国会事故調査委員会」、そして「民間事故調査委員会」の報告書が出揃った。政府事故調は、
                  (宮城県石巻市)                  全電源喪失はあり得ないという技術を過信した電力会社と経済産業省の原子力安全保安院の危機対応能力の脆弱性を指摘。国会事故調は、原因は3月11日以前にあったとし、根源的原因は「人災」であると断罪した。事業者は規制当局を「骨抜き」にし、規制当局は事業者の「虜(とりこ)」になっていた。立場の逆転が監視・監督機能を崩壊させた。しかも両者には、人命と社会を守る責任感が決定的に欠如していた。東京電力は津波を原因としているが、津波到来前の交流電源喪失を取り上げ、地震による損壊を軽視していることも指摘した。民間事故調は、使用済み核燃料が原子炉建屋のプールに大量に保管されていた4号機を例に、使用済み核燃料であっても大量の熱を出していて、この冷却が停止すれば、原子炉建屋から直ちに大量の放射性物質が外部に漏れ出る恐れのあることを多くの人が知らなかったことを指摘した。

 日本の原発には54基もの原子炉がある。老朽化した原発の廃炉方針も、使用済み核燃料の保管方法や最終処分場も決まっていない。保管期間は何万年も要すると言われる。地震大国の日本において安全に保管する方法があるのだろうか。テロ国家、テロ集団が原子力施設を攻撃した時の備えはあるのだろうか。我々世代の繁栄のために子孫に重いツケを負わせることになってはいないだろうか。

 放射性物質の拡散方向を予測するために多額の開発費を投じた緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム「SPEEDI」のデータが国や県から公開されず、放射能の強い場所に避難してしまった住民、そして当時避難指示の出なかった原発から20km圏外の放射能の強い場所で1歳6ヶ月の子供を屋外で遊ばせていたことも問題点として浮かび上がった。規制される側の電力会社と規制する側の国の「もたれ合い」構造が指摘され、過去23回もの対策見直しの機会があったにもかかわらず、対策先送りを長い間続けてきたことも判明した。そのような指摘があっても、新たに設立する原子力規制委員会(事務局が原子力規制庁)の人事は規制される側にいた、所謂「原子力ムラ」出身の田中俊一氏(前原子力委員会委員長代理)が委員長に任命された。しかも例外的に野田首相の権限で任命し、事後的に国会承認を求めるというものだ。政府や国には反省の姿勢が全く感じられない。

 政府・官僚(経済産業省)・東電間の伝達不足があったと海江田元経済産業大臣が指摘する。そして安全神話の洗脳、小出しで不正確な情報開示、現実を直視することの難しさ、危機管理能力の欠如を改めて思い知らされた。これってどこかで聞いたような気がする。先の大東亜戦争の構図と似ているように思った。日本の近代史には40年周期説というものがあるらしい。いつかきた道、日本は再び孤立し降伏するのだろうか。二度と同じ過ちを繰り返さないためにどうしたら良いのか。

 それにしても民主党政権のブレには驚く。民主党政権発足当初は「東アジア構想」を掲げ、アメリカには「対等な日米関係」という抽象的な表現でアメリカとの関係が冷えていった。そして、相次ぐ外交課題に直面し、国家権力(=防衛、徴税、治安)にかかわる問題で明確な方向性を打ち出すことができず、結局「日米同盟」重視に戻るしかなかった。沖縄の「普天間基地」の移設問題においては何の準備もなく、鳩山元首相は米国オバマ大統領には「Trust me」と言い、国民には「最低でも県外」と腹案を示唆し沖縄県民に期待を抱かせる発言を繰返した挙句、自民党時代の沖縄県名護市のキャンプシュワブ沖の案に戻るしかなかった。

 また、日本が実効支配している「尖閣諸島」沖で起きた中国漁船による海上保安庁監視船への体当たり事件では、法に沿って粛々と処理するかのような日本政府の発表だったが、領海侵犯した中国の船長をあっさり帰国させ、海上保安庁から「日中関係を配慮した」旨の発言があり、政府の判断ではないことを強調した。役人は法を破った者を法に則って処理はできても、役人だけでは外交上の理由では処理できないはずだ。断固として司法の判断を待ってから、船長を帰国させるべきだった。中国は漁民を上陸させた後に、漁民の安全を確保するという理由で軍を出動させるのが狙いだ。

 そして、中国は報復措置として軍事施設に無断で立ち入ったとする4人のフジタ社員を拘束した。日本政府は非公式に民主党のある議員を派遣したが、その会談内容は一切公開されていない。誰しもが見たかった海上保安庁による「衝突時の撮影ビデオ」は中国に配慮して政府は一般公開しないこととしていたが、中国人船長釈放後に海上保安庁の職員によってインターネット上のYouTubeに情報漏洩という形で公開された。法律違反した中国人船長が釈放され、海上保安庁職員が処分されるのはおかしいという意見があったものの1年間停職の処分がなされた。そして中国は突然、日本へのレアアース輸出規制を始めた。2012年になっても尖閣諸島に中国漁船などが押し寄せている。さらに、日本と中国の国境近辺には「東シナ海のガス田問題」も抱えている。空母の保有など海軍力を急速に増強している中国の軍艦が尖閣諸島にやってきてもおかしくない状況だ。事実、2012年9月11日に日本政府が尖閣諸島の国有化を発表すると、中国国防省が“報復措置”を示唆する中、中国人民解放軍が尖閣諸島上陸を想定しているとみられる軍事演習を活発化させているという報道もある。しかし、過去の歴史から推測すると尖閣諸島などに関する一連の報道は、中国と日本を分断させようと謀るアメリカによる情報操作の可能性も否定できず、冷静な対応が必要だ。

 中国は南シナ海では南砂諸島問題でフィリピンと一触即発の状態だ。毅然とした対応がとれない弱腰外交の民主党政権は大きな禍根を残すこととなり、本当に落胆した。日中平和条約締結時に中華思想を持ち、日本を強かに利用しようとする中国共産党(中共)が覇権主義に走るのはある程度予測できたはずだ。それなのに日本政府、日本人は野放図に中国でビジネス活動を行い、技術だけでなく、労働市場まで奪われた。中共の戦略は日本を徹底的に利用することだということに早く気がつかなければならない。これは中共が発表した「日本解放」(資料編参照)を見れば明らかだ。

 他にも、中国は日本の常任理事国入り反対、冷凍餃子事件(メタミドホス入り)への不誠実な対応、テロ国家の北朝鮮への支援などがある。中国は共産主義でありながら、市場経済体制を導入し、太子党(淅江財閥、ロックフェラー系)のような特権階級が支配し、事実上は共産主義を放棄した国だ。この中国の最大の弱点は、毛沢東の産めよ増やせよという人口増加によって40年後には3人に1人の超高齢化と1人子政策による小皇帝化(我がまま)が進行していることだ。ジョージ・フリードマン氏は地政学的に分析をする。「第一に、地図をじっくり眺めれば、中国が実は物理的に著しく孤立した国であることがわかる。シベリヤとヒマラヤ山脈を北に、密林地帯を南に控えている上、人口のほとんどが東部に集中しているため、領土を容易に拡大できない。第二に、中国は何世紀も前から主要な海軍国ではない。海軍を構築するには長い年月を要する。軍艦を建造するだけでなく、十分な訓練と経験を積んだ海兵隊を組織しなくてはならない。第三に、中国を恐れる必要がないことには、もっと深い理由がある。中国は本質的で不安定なのだ。外の世界に対して国境を開放するたびに、沿岸部は豊かになるが、内陸部に住む大半の国民は貧困のままに置かれる。このことが緊張、対立、そして不安定をもたらす。その結果、経済的意思決定が政治的理由から下されるようになり、非効率と腐敗を招くのである。中国が海外貿易に門戸を開いたのはこれが初めてではないし、その結果として不安定化するのも今度が最後ではないだろう。また、毛沢東のような人物が現れて国を閉ざし、富-すなわち貧困-を平等に分け合い、周期を振り出しに戻すのも、今度が最後というわけではなかろう。過去、30年間の傾向が未来永劫続くと信じる人たちもいる。だがわたしが信じるのは、中国の周期が今後10年以内に、次の避けて通れない段階に入るということだ。中国がアメリカに挑戦するどころではない。アメリカはロシアとの均衡を保つためのおもりとして、中国をテコ入れし、つなぎとめようとするだけだ。現在の中国経済のダイナミズムは、長期的成功にはつながらない[1]」。「21世紀初頭の中国は、いつまでも綱渡りを続けられることに賭けている。この前提となっているのが、沿岸部の抵抗や内陸部の不穏を招かずに、豊かな沿岸地域から内陸部へ、富を徐々に再分配できるという考え方である。中国政府は地方の不満を買わないよう、あらゆる手段を講じている。

 この問題の根底には、深刻でさらに大きな脅威を呈する、もう一つの問題がある。中国は私有財産制や銀行などで資本主義の体裁を整え、一見すると資本主義国家のように見える。だが資本配分が市場で決定されないという点で、本当の意味で資本主義的ではない。中国では優れた事業計画より、人脈がものを言う。アジア的な家族制度や社会人脈、共産主義の政治的人脈など、事業の真価とは大して関係のない、さまざまな理由から融資が決定される。その結果当然のごとく、こうした融資案件の相当数が焦げ付いている - 銀行用語で言えば不良債権化している。不良債権の総額は6000億ドルから9000億ドルの間と推定される。これは中国のGDPの1/4から1/3の間に相当する、驚異的な金額である[2]」。「日本経済は今も長い停滞から脱却できずにいる。成長率は大幅に低下し、市場も暴落した。興味深いことに、1990年代初めに日本が危機に見舞われても、欧米では多くの人が日本経済が失速したことに何年もの間気づかなかった。90年代半ばになってもまだ日本経済の奇跡的成長が話題に上がっていたほどだ。・・・日本の1990年頃の不良債権は、GDPの2割程度に達してと推定される。現在の中国は控え目に見積もって同25%ほどだが、実態は40%近いのではないかとわたしは考えている。だが、25%だったとしても、とてつもなく高い水準と言わざるを得ない[3]」。「そんなわけで中国の歩む道筋として、次の3つが考えられる。第一がいつまでも驚異的なぺースで成長し続けるというものだ。だが、かつてこれを成し得た国はないし、中国が例外になるとも思えない。30年間続いた驚異的な成長は、中国経済に莫大な不均衡と非効率をもたらしており、それは必ず是正されなくてはならない。いつか中国も、アジア諸国が経験したような痛みに満ちた調整を強いられるだろう。あり得るシナリオの2つめが、中国の再集権化である。景気低迷をきっかけに相反する諸勢力が台頭するも、強力な中央政府が秩序を打ち立て、地方の裁量を狭めることによってこれを抑え込む。このシナリオの方が実現する可能性が高いが、中央政府の出先機関の役人が集権化と対立する利害を持つため、成功させるのは難しい。政府は規制を徹底する上で役人の協力を当てにできるとは限らない。政府が国内の統一を保つために使える手段は、国家主義しかない。第三の可能性は、景気悪化がもたらすひずみにより、中国が伝統的な地方の境界線に沿って分裂するうちに、中央政府が弱体化して力を失うというものだ。これは中国ではいつの時代にも現実性の高いシナリオであり、富裕階級と外国資本に利益をもたらすシナリオでもある。これが実現すれば、中国は毛沢東時代以前と同じ状況に陥る。地域間の競争や、紛争さえ起きるなか、中央政府は必死に支配を維持しようとするだろう。中国経済がいつか必ず調整局面に入ること、そしてどんな国でもそうだが、これが深刻な緊張をもたらすことを踏まえれば、この第三のシナリオが中国の実情と歴史に最も即していると言える[4]」。「中国を1つに結びつけているものは、イデオロギーではなく、金だ。景気が悪化して資金の流入が止まれば、銀行システムが収縮するだけでなく、中国社会の骨組み全体が揺らぐだろう。中国では、忠誠は金で買うか、強制するものだ。金がないなら強制するしかない[5]」。そして、2020年の中国については「中国がイギリスに侵略されてから毛沢東が勝利するまでの間に、沿岸部と内陸部に分裂していった経緯を思い出して欲しい。対外貿易と外国資本によって繁栄した沿岸部の企業は、中央政府の支配を逃れようとするうちに、外国資本との距離を縮めていった。こうした沿岸部企業の手によって、中国に経済権益を持つヨーロッパの帝国列強 - とアメリカ - が引き入れられた。今日の中国もおそらく似たような状況にある。・・・中国政府は国家主義と、国家主義とは切っても切り離せない外国嫌悪を煽ることで、分裂を食い止めようとするだろう。・・・外国との争いには、中国政府のステータスを高める効果がある。中国政府は問題の責任を他国に転嫁し、外交的手段や高まる軍事力を背景に外国政府と対決することで、政権への支持を集める。これが起こる可能性が最も高いのは、2010年代である。対立の相手国としてうってつけなのは、日本とアメリカのいずれか、または両国である。いずれも中国の宿敵であり、今もすでに不和がくすぶっている[6]」。中国は政治家や官僚の恣意によって、資本を市場ではなく政治的に配分し、経済統計を操作する共産主義国家でもある。そのような国が永久に驚異的な成長を続けていくというのは経済の基本原則を無視した考え方だ。第三のシナリオの構図は正に戦前の状態と同様だ。最近の中国内の経済格差事情については(注1)を参照。

 ところで、日本人の『軍事思想の欠落』、『平和ボケ』は今に始まったことではない。要塞に囲まれた都市国家、つまり異民族戦争を経験したことのなかった日本人、「日本軍は最後まで戦場に米を運んでいたのである。米は水分が多く腐りやすい穀物だ。重量も重いし梱包も難しい。何よりの欠点は、食べる直前に炊飯しなければならず、ために煙が出て、部隊の所在を知られることである。・・・この点、欧米人は平時には贅沢でも、『いざ戦争』となれば生活態様をガラリと変える。一見、物量にあふれているように見える米軍の兵糧も、前線食は軍事的観点から吟味されている。日本人には『前線で命がけで戦う兵隊さんにこそおいしいお米を送るべきだ』という発想があったし、軍人のほうもそれを当然としていた。いわば将兵の生活優先、戦争二の次だったのだ。・・・これくらいだから、社会組織全体になると、およそ軍事的発想がない。都市の構造も、田畑のつくりも、地域コミュニティーも家族形態も、教育制度や礼儀作法も、戦時の緊急非常事態を想定してつくられてはいない。軍事思想の欠落は、リーダーシップの否定につながり、あらゆる問題に関する緊急非常事態への対応能力を失わせた。太平洋戦争で暴露されたもう一つの日本の欠陥は、都市施設や生産施設の応急修理能力の低さである。この国には、災害や戦災に備える体制も、非常動員の思想も皆無に等しい[7]」。つまり、平時での発想しかない。今度の東日本大震災で明確になったように、日本には凡そ、危機管理能力が欠如しているのだ。2010年11月18日の参院予算委員会で、当時の仙谷由人官房長官は「自衛隊は暴力装置」と述べた。その後、「実力組織」と言い換えた上で発言を撤回し、謝罪した。「暴力装置」の表現は、かつて自衛隊を違憲と批判する立場から使用されてきた経緯がある。このような発想はどこから来るものなのか。尖閣諸島事件や東日本大震災で、民主党はまさに「危機管理能力」の無さを露呈した。

 「軍隊の必要性」を考えるとき、「危機管理をどこまで想定するか」と「外交における交渉能力」である。危機管理の想定範囲については東日本大震災の福島原発事故への備えについて考えてみるとわかるとおり、万が一に備えるのが危機管理だ。また、話し合いによる外交を行うにあたっても丸腰では交渉能力が低いのが現実世界だ。尖閣、竹島、北方領土にしても外国に対して「命がけ」という姿勢がなければ、ご先祖から受け継いだ貴重な領土を子孫に引き継げない。

 「軍隊に必要な要件」は何か。堺屋太一氏によると、「第一は『他に超越して強力な武器を組織的に扱う集団』であるということだ。・・・警察や民間組織が持つ武器に比べて、より強力な武器を持ち、かつ、組織的に扱う指揮命令系統と技能訓練を備えていなければならない。しかし、強力な武器を持ち、組織的に扱えれば全て軍隊か、というとそうではない。・・・この区分は軍隊の第二要件、つまり自己完結性の有無にある。つまり、一つの武装集団が軍隊であるためには、その組織内部ですべてが行える諸機能を備えていなければならないのだ。軍隊では物資を運ぶのは原則として輜重兵の役目であって、運送会社に頼むのは例外である。橋を架け道路を敷き兵営を建てるのは工兵の仕事である。怪我人や病人が出れば軍医が治療する。不幸のして死者が出たら従軍僧が弔いをする。そして、不都合な行為が発生すれば軍法会議にかけるのであって、検察庁に送って裁判所に訴えるのではない。つまり軍隊組織の内部において、一定の期間はすべてができるようになっているのである[8]」。これが警察、テロ集団と軍隊とを区別する基準でもある。一方、「自衛隊」には「自己完結性」が備わっていない。このような集団をPKO(国連平和維持活動)への協力と称し、戦場に派遣するには問題がある。「アメリカ追従外交からの脱却」「対等な日米関係」という主張は今の民主党でなくとも昔からある議論だが、その具体的な内容を明確に示した政権は未だかつて存在しない。



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1.2 政権交代実現するも閉塞感の漂う日本

1.2 政権交代実現するも閉塞感の漂う日本

 2009年9月に戦後約50年間続いた自民党が事実上初めて政権の座から滑り落ちて民主党政権に移った。この時は多くの国民は、政官業の癒着などですっかり硬直化した自民党政権に終わりを告げ、若く新しい民主党に大いに期待したものだった。しかしこの短い期間に沖縄の普天間基地の県外移設の対応などを巡って、鳩山政権は僅か9ヶ月という史上3番目の短さで総辞職し、9月に菅政権に交替した。民主党は野党時代に自民党に対して政権のたらい回しを批判していたにもかかわらずである。その菅政権も9月の参議院選挙で惨敗し、再び衆参のねじれ国会になり、僅か1年3ヶ月で、野田政権に交代。

 あれだけ騒いだ「八場ダム問題」では鳩山政権時代の前原国土交通大臣は無駄削減の象徴として、八場ダムの工事を中止すると発表していた。当然、民主党内で議論した上でのことなのだろうと多くの国民は思ったに違いない。しかし、菅政権の馬渕国土交通大臣に代わった途端に「見直す」との発言。

 マニフェスト関連で言えば、2009年の衆議院選では「消費税増税は無い、予算を組み替えればいくらでも財源がある」ということで戦ったはずなのに、菅政権になった途端に参議院選で消費税率10%アップを突如主張し、低所得者層への配慮も選挙の日を追うごとにコロコロ変わる始末である。10%には何の根拠もなく、結局、自民党が主張した数字に戻っただけだった。消費税増税に政治生命を賭けるとした民主党・野田政権下で、2011年3月11日に東日本大震災が発生し、2012年8月10日には民主党(野田首相)、自民党(谷垣総裁)、公明党(山口党首)の賛成多数で、とうとう「消費税増税法案」だけが可決成立してしまった。「社会保障と税の一体改革」は名ばかりになってしまった。高速道路の無料化ガソリンの暫定税率撤廃は今や風前の灯である。更に、2012年10月1日からは大した議論もなく、いつの間にか、環境税(地球温暖化対策税)が導入された。地球温暖化の原因とされる二酸化炭素を減らすため、化石燃料に課す税金であり、10月から輸入業者が納税しなければならない。その負担を、ガソリン代、ガス代、電気代に上乗せすることになる。経済評論家の森永卓郎氏は「ガソリンへの負担が更に過重になるばかりか、環境税は一般会計に繰り入れられるため、その使途は不明になる。環境税の国民負担増は環境省によると一世帯約1,228円と試算したが、これは家庭で使うエネルギーのみであり、産業分野が製品の価格に上乗せする分を入れると約5,126円にもなり、国民を騙すのもいい加減にして欲しい」と指摘する(NHKビジネス展望2012.10.5)。また、電力料金について言えば、2011年4月から太陽光発電を普及する目的で「太陽光発電促進付加金」が導入され、2012年8月からは、太陽光発電だけでなく、風力やバイオなどを含む全ての再生可能エネルギー発電を普及・促進する目的で「再生可能エネルギー発電促進賦課金」が、電力料金に上乗せして、電気代を支払っている全ての国民や法人などからの徴収が始まったばかりだ。アパート暮らしの若い人や貧乏人で太陽光発電設備を設置できない人達から見ると、単なる増税でしかなく、逆進性の性格があるものだ。民主党のエネルギー政策もまたデタラメだということが露見した。

民主党で唯一評価された「事業仕分け」であるが、「大別すると、予算には事業系と制度系がある。事業仕分けの対象になったのは小ぶりな個々の事業の予算。これが素人でも分かりやすく、予算規模も小さいので、財務省では係長級以下がやる。一方、制度ものは抽象的で複雑、みんなが制度を熟知しないと議論できない。だから、もともとの事業仕分けには不向きだ。しかし、制度そのものに切り込めれば予算の大幅カットが可能になる[9]」。事業仕分けは、国民にもわかり易いため、パフォーマンスには格好の材料だった。しかし、何の法的根拠もないため、官僚にとってみれば何も恐れるものはなかった。これに対して制度そのものについては本質論の問題になる。

 例えば、社会保障制度、納税者番号制、インボイス、ガソリンの暫定税率などの抜本的制度改革。年金については投資のプロでもない官僚が株式というリスクを犯してまで資産運用すべきなのか。アメリカでは全額国債で運用されていると言う。また、これからの少子高齢化に備えて、移民政策の見直しも必要となりそうだ。

 民主党のマニフェストは単なる努力目標に過ぎなかったのか。単に政権が自民党時代に逆戻りしても上手くいくはずがない。その時、その場の状況で発言がぶれるのは何故なのか。民主党では、政策そっちのけで最大の実力者である小沢氏の政治資金管理団体の不明朗なお金の流れの問題で、小沢氏が政治倫理審査会、或いは国会証人喚問に出る出ないで党を二分した党内抗争に明け暮れた。民主党政権発足当時は新しい政権が誕生し、自民党時代の政治を刷新するものと国民の多くが期待したが、準備不足、勉強不足、危機管理能力の欠如、マニフェスト違反、そして重要問題は消費税増税以外全て次年度以降に持ち越しの状態だ。民主党は消費税増税法案の採決などを巡り、約70名もの離党者を出し、とうとう政党支持率でも民主党は自民党に逆転された。民主党のいい加減な原発、尖閣、普天間、消費税増税etc対応を見て、原理・原則の無さにビックリするばかりだ。

 今の日本は「閉塞感」が蔓延している。3つの前提条件が崩れ、すなわち「①アメリカ追従政策の行き詰まり ②経済成長の停止(成功体験から抜け出していない) ③核家族の崩壊(社会的孤立)」によって、アジアの先進国という自信も揺らぎ始めてきたと分析する専門家もいる。それは「金融資本主義の終焉」を意味し、成長から安定へ、つまり「ゼロサム社会」へのパラダイムシフトを認識すべき時なのかもしれない。

 混沌とした世界情勢、「遇者は体験から学び、賢者は歴史から学ぶ」というドイツの鉄血宰相ビスマルクの言葉がある。また、「歴史は同じことを繰返す」という法則がある。それは、歴史は人間が作るものであり、その国の地形、風土、気候、資源を背景としたその国の構造、つまり地政学的特性が国民性に深く関わっているからだ。長い伝統のある国民性は容易には変わらない。それはどの国においても同じで、地政学的に問題となっている原因が完全に除去されない限り、歴史が繰返すことを意味している。ジョージ・フリードマン氏は「歴史はチェスのゲームであり、現実に指すことのできる手は思ったよりも少ない[10]」。そして「地政学的問題を永久的に解決する方法が存在しないことだ」と言う。日本では「戦争の悲惨さを後世に伝えていかなければいけない」とよく耳にするが、本当に伝えなければいけないのは、「何故、あの大東亜戦争が始まったのか」ということではないだろうか。



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最終更新日 : 2012-10-14 16:05:42

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