目次
1章 現代に巣くう忍たち
1 東大生、藤林悠輔
2 警視庁幹部、相馬泰
3 侵入者
2章 休日の忍たち
1 そして、平凡な一日が始まる
2 女子大生、進藤早紀
3 渋谷の通り魔
3章 足跡を残した忍たち
1 事件現場
2 警察官、上月静夜
3 容疑者、田上明央
4章 取調室の忍たち
1 テレビ記者、叶陽一郎
2 激突-伊賀と甲賀
3 静夜の罠
4 追跡者たち
5章 オモテの忍たち
1 お笑い芸人、風間英太
2 メイド、仁科ともえ
3 JAあおもり職員、応野邦彦
6章 ウラの忍たち
1 風魔の英太
2 戸隠のともえ
3 応変の邦彦
7章 アキバの忍たち
1 ともえと悠輔
2 帰り道
8章 学園祭の忍たち
1 東都大学若葉祭
2 舞台袖
3 トーキョーハンター
4 同業者
5 最強
9章 嵐の前の忍たち
1 ともえと早紀
2 ツイてるともえ
3 ツイてない悠輔
4 邪魔者
5 嵐が来る
10章 相見える忍たち
1 知らなくていい真実
2 悪い夢
3 百地悠輔という男
4 集いし5つの流派
5 赤い瞳の一族
6 ともえの提案
7 激突する赤と青
8 別れなさい
11章 動き出す忍たち
1 六本木のオフィス
2 戸隠の女王
3 忍者王
4 アキバのアイドル劇場
5 同盟
12章 恋煩いの忍たち
1 恋人は忍者
2 最後のデート
3 守ってみせる
13章 集結する忍たち
1 警視庁のメッセンジャー
2 集結した忍たち
3 悠輔の企み

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1 警視庁のメッセンジャー

この日警視庁渋谷署の窓際資料係の上月静夜は何故か警視庁本部の官房室に向かっていた。


 今日に限ってはだらしない制服はカチッとしたスーツに替えて、現役のキャリア刑事の誰よりも黒いスーツはさまになっている


もちろん静夜がわざわざここを訪れたのはちゃんと理由がある。


一応アポは取っておいたけど、いざとなると面倒なので途中の衛視たちは催眠術で黙らせて、この警視庁の最深部にいとも簡単にもぐりこんだ静夜は官房室の前に立つとノックもせずにドアを開く


「だれだ──!」


 急に扉が開くと中にいた勝田官房長は思わず声を荒げた。


「お前──!何の間違いでここに足を踏み入れた!?


「あれ? おかしいですね?」


 そういうと静夜はわざとらしくとぼけて見せた。


「一応アポはとったつもりなんですが……伝わってないようですね」


「アポは取っただと……」


そう言われて勝田は隣にいた秘書に今すぐ調べるよう目で強い圧力をかける。


制服を着た気弱そうな秘書は急いで手帳を広げるとしばらくして困惑した様子で勝田に話しかけた。


「今日の15:00ごろですが──上月さんと面会の予定が……」


「何? 上月だと?」


 誰だねそれは──! 勝田がそういう前に静夜は彼のデスクに横柄に腰掛けるとじろりと睨み付けた


「それが俺さ、上月静夜──よろしくな」


 そんな静夜の態度を見て勝田は今すぐ激昂してしまうほど怒りを覚えたが、何故かそれを抑えようという本能が働いた


 この若輩の刑事が怖いとでもいうのか──否、怖いどころではない。


彼の青白く光る瞳を見てるとまるで自分が自分でなくなるような恐ろしさを感じるのだ。


「──で、上月君は一体何の用かね」


 勝田は顔を引きつらせながら静夜にそう問いかける


 何故だろう普通なら追い返してもおかしい相手なのに──どうしてこんなに下手に出るのだろう


「勝田官房長にこれを手渡しに着ただけ」


 静夜は得意げな笑みを浮かべひとつのファイルを勝田のデスクにたたきつけた


「これは──!」


 勝田は静夜から出されたファイルをぱらっと見て驚愕した


 そこに書いてあったのは現総理大臣、現閣僚、野党党首、有力国会議員等のプライベートやスキャンダルを事細かに書いた大量のレポートだった


「君──!一体これをどこから手に入れたんだ!」


「そんな驚くなよ……それを俺に依頼したのは勝田官房長あんただろ」


「え──?」


 静夜のその言葉を聴いて勝田は思わず絶句した


 何だというのだ──? そんなのを頼んだ記憶がまるまるとないぞ?


 頑張って思い出しても目の前の上月静夜もこのファイルもまったく身に覚えがないもののはずなのに──


「あ……そういえば、昔、俺と逢った記憶を消してたっけ」


 そういうと静夜は少し呆れたような表情を浮かべて笑った。


「あんたに必要がないんならこのファイル持って帰るけど──?」


「待て──!」


 勝田は強い口調でファイルを持ち出そうとする静夜を制した。


「このファイルは──私が預かっとく」


「ほう……」


「君みたいに素性がわからない人間にこれをもたせておくのは危険すぎる──これは我々が厳重に管理しておく」


 そう言うと勝田はそのファイルを自分のデスクの引き出しに閉まった。


 こんな危ないものこの男に持たせてみろ──今に金に目がくらんでマスコミに垂れ流すに違いない。


「じゃあ、取引成立ですね」


 そう言うと静夜はにっこりと笑顔を浮かべた。


「取引──!?


 その言葉に勝田はぎょっとした表情を素直に出した。


 こんな押し売りみたいなマル秘ファイルを出しておいて見返りまで求めるというのか──


「いやだなあ……俺は別に金銭なんか求めませんよ。ただ──」


 その瞬間、静夜の瞳に青白い炎が灯った。


「できれば今回の件で俺たち甲賀を警察でもっと取り立ててはくださりませんかね?」


「は──?」


 静夜のその一言に勝田は思わず凍りついた。


一体なにを言い出すというのだ──甲賀だかなんだか知らないが一体何の目的があって自分に接触したのだろう?


「わからなくて結構ですよ。勝田官房長」


 そう言うと静夜はじっと勝田の瞳を見つめた


 まるで吸い込まれるように深い蒼の瞳──それを見てはだめだと自分の中の自分が懸命に警告しているが勝田はそれに引き込まれるしかできなかった


「俺たちは警察内での対抗勢力の台頭を防ぎたいだけ。俺たちのやることを黙認してくれるだけでいいんです」


「対抗勢力──やることを黙認──」


 次第に勝田のペースは静夜によって支配されていく。


 隣にいる気弱そうな秘書も様子がおかしいのに気づきおろおろとするばかり。


 だが静夜にとってはすべてが自分の手の範囲内だった。


「勝田官房長。とりあえずこの署名に署名してくださりませんか?」


「署名──」


「俺たちは警察での伊賀の台頭を一番恐れています。それをできないように勝田官房長のお力で何とかならないですかね?」


 そう言うと静夜は勝田の目の前にひとつの紙を差し出した


 その紙に何が書かれているか──そんなことさえもできないくらい勝田はもはや静夜に精神をコントロールされていた。


 勝田は万年筆のキャップをはずすと震える手でゆっくり紙にペンを近づける


 しばらく躊躇うかのように紙の上でペンを泳がせていたが、静夜のとどめのような指を鳴らす音で一気にそれに署名した


「ありがとうございます。勝田官房長」


 静夜はまるで勝ち誇ったような笑顔を浮かべながら署名した紙を取り上げた。


 そして呆然としている勝田の目の前に左手をかざした次の瞬間だった。


「官房長──!」


 ガクッと勝田の大きな身体はそのままデスクの上に崩れ落ちる。


 そのまま意識を失った勝田の様子を見て、さすがのあの秘書も異常を認めざるを得なかった


「大丈夫、寝ているだけだ」


 静夜はそう言うと秘書の顔を見てひとつ指を鳴らした


 その瞬間、秘書の身体もまるで金縛りにあったかのようにその場で固まった


「君──名前は?」


 静夜は笑顔のままに秘書に向かってそう聞いた


「有田です……」


「じゃあ、有田君。君は今日の証人になってくれるよね?」


「証人──?」


「一部始終は見てくれたよね。それを覚えているだけでいいんだ──!」


 静夜はそう言い放った瞬間、秘書有田のみぞおちに拳を振るっていた。


 何も言葉を発することなくそのまま昏睡する秘書有田。


 それを見届けたあと、静夜は口笛を吹きながら踵を返した──その時だった。


「やれやれ、甲賀のやり方ってのは随分荒っぽいのですね」


 その言葉を聞いて静夜は初めて顔に緊張の色を見せた。


「誰だ──」


 静夜はそう言うと無駄に広い官房室を見渡した


 そして次の瞬間、彼の背後で強い殺気が放たれるのを感じた──


 静夜は身を翻すようにスーツの裏に仕込んだ手裏剣を打った。


 周囲に拡散しそして広範囲に真っ白な壁に突き刺さる手裏剣。


だが、殺気の元凶にはまったくかすりもしなかった


「いきなり攻撃するとは予想外でしたね」


 その相手は軽く床に着地すると怒り心頭の静夜を見た


 年は30過ぎといったところか──身長は高く顔は表情の読み取りづらい笑顔の仮面で覆われているよう。黒いスーツ姿ということは恐らく警視庁関係者なのだろう。


「家元にあなたと相手するときは注意しろと言われましたが──確かに強いですね。逃げ遅れてたら蜂の巣にされてましたよ」


「家元──」


 その言葉を聞いて静夜は口元に不気味な笑みを浮かべた


「ははっ!まさか伊賀の者にこんな場所で出くわすとはな……」


「残念ながら君たち甲賀に警察を好きなようにされるわけにはいかないですからね」


 そういうと男は感情が欠けた笑顔で静夜の前に手を差し出した


「僕は警視庁捜査2課の──否、伊賀藤林流東京支部総名代青葉宗司。君のことはよく家元に聞かされているよ。甲賀忍者衆16代頭目上月静夜さん」


 総名代か──伊賀の幹部クラスのお出ましって奴か


 静夜は突然現れた邪魔者青葉宗司の差し出された手を見つめてすこし悔しそうな顔を浮かべた。


 宗司の現れたタイミングといいまるで静夜がこの場所に現れるのを予感していたかのようだった。


「しかしまあ、うちの官房長をこんな操ってまでその紙切れは役に立つのでしょうかね」


「なんだと?」


「何を取り付けたのかは知りませんが、そんなことをしても無駄ですよ。警察幹部はどうやら僕たち伊賀と君たち甲賀のバランスを取りたいらしいですからね」


「それはどういうことだ?」


「早く言えば、一流派の権力の独占は良くないってことですね」


 宗司はそう言うとデスクの上に覆いかぶさって眠る勝田を見た。


「まあ、少しの官房長にはこのままお眠りになってもらいましょうかね」


 一体この男、俺に何の用なんだ──?


 彼の実力なら官房長を操る静夜も止められたはず。なのにすべて事が終わってから現れた伊賀忍者青葉宗司。


 そんな彼の目的が見えず静夜は静かに攻撃態勢に入った


 実力なら自分のほうが勝ってるはず。この男さえ消えれば意味がないといわれたあの念書も効力があるはず──


「僕は今日は喧嘩しにきたんじゃありませんよ」


 そんな静夜をも想定済みと言わんばかりに宗司はにこっと笑顔を浮かべた。


「今日、あなたに会いに来たのは──家元からの言伝を言いに来ただけですよ」


「家元の──言伝?」


 その一言に静夜はさらに怪訝な表情を浮かべた


 家元こと藤林悠輔は一体この男に何を伝えてきたというのだろう。


 ただの決闘申し込みくらいなら他の方法だってあるはずなのに


「そんなに警戒しないでくださいよ。今日はそんなきな臭い誘いじゃありません」


 読まれたか──宗司のその態度に静夜はすこし悔しそうな表情を素直に出したがすぐにそれを覆い隠し彼を睨んだ。


「俺も暇じゃないんだ。その言伝をさっさと言って失せろ」


 その一言に宗司は笑顔を絶やさずことなく言葉を続けた。


「早く言えば家元はあなたをある場所に招待したいそうです」


「招待?」


「ええ、あなたも良く知っておられるはず──『ハリーアットホテル東京』ですよ」


 その言葉を聞いて静夜はまた訝しげに顔を上げた


 知ってるも何も──初めて藤林悠輔に相見えた場所ではないか……


 何故その場所に改めて自分を招待するというのだろう


「今回は普通にロビーから入ってきてくださいね」


 それを察してか、宗司は相変わらずの笑顔で気持ち悪いくらい優しく言った。


「どういう意味だ?」


「またガラス突き破って侵入されるともみ消すこちらも大変なものでね」


 笑顔の宗司のその一言に静夜は明らかにムッとした表情を浮かべた。


 まるであの時その場にいたような言い草──不気味なくらい自分を知り尽くしていてなんとも気味が悪い。


「断ると言ったらどうするんだ?」


 静夜はまるで宗司の腹を探るような低い声でそう訪ねる。


 だが宗司の笑顔は変わることはなかった


「あなたには断れませんよ」


「何故そう言い切れる?」


「あなた内心は喜んでいるんでしょう? 家元のお誘いが来て──」


 宗司のその一言に静夜は吹き出すように笑った。


「あんたの家元が何を企んでいるかは知らないが招待ってことは武装してくるなってことだろ」


「──ええ、まあそうとってもらえたら幸いです」


「やれやれ、まるで罠にはまりにきてくださいといわんばかりの茶番だな」


 そう言うと静夜は吹き出すように笑った


 そして青白く光る瞳で目の前の宗司を睨みつけた


「いいだろう。藤林悠輔のその企み──受けてたとうではないか」


 その瞬間、静夜は周りを圧倒するような殺気をまるで宗士に見せ付けるかのように発して見せた


 それに対し、宗司も負けじとにこにこと笑顔を絶やさぬよう対抗した


「じゃあ、明日の午後7時──上月さんをお待ちしております」


2 集結した忍たち

『ハリーアットホテル東京』は東京赤坂の超一等地に立地している外資系高級ホテルだった。


 場所柄かよく芸能人や政治家の利用が多いと言われ、このホテルに入っている和食の店はミシュランの一つ星を獲ているので有名だ


 もちろん赤坂の超一等地というわけだから一般庶民にはまるで接点のない場所──であろう。


 そんな高級ホテルに静夜は一人堂々と正面玄関からエントランスホールへと歩いて行く


 一度ワイヤーを使って強襲した経験はあるが、堂々と玄関から入ったのは生まれて初めてだ。


 しかし、本当に金色にギラギラしたエントランスホールだ。


 こんなところ誘われてでも行きたくない場所だというのが本音だ。


 静夜は居心地悪くネクタイを少し緩めるとエントランスホールをまっすぐ突っ切りコンシェルジュカウンターに近付いていった


「あのー」


「何でございましょうか?お客様」


 静夜の話を途切れさせたようにコンシェルジュの化粧の厚い女性は仰々しくお辞儀する


 静夜はそれを見て思わず咳払いしてもう一度彼女に尋ねた


「藤林悠輔さんとの約束で来たんだけど……」


「はい、あなた様は上月静夜様ですね」


 コンシェルジュの女性は静夜を見てにっこり笑顔を浮かべた


「藤林悠輔様から後伝言を承ってます。そのままラウンジに来てくれ──だそうです」


「ラウンジ?」


「ええ、当館の25階です。ご案内しましょうか?」


 その申し出に静夜は笑顔を引きつらせて「結構です」と断りを入れる


 そして釈然としない表情でそのままエレベータホールに歩んでいく。


 エレベーターを待ってる間、静夜は誰にも向けられない怒りをふつふつと溜めていく


 一体藤林悠輔は何を企んでいるのだ? 一体自分に何をさせるつもりだ──?


 その誘いに乗ったはいいが今の状況だと何だか彼に操られているような気もして静夜のプライドは悲鳴を上げそうだった。


 チーンとレトロな音を出してエレベーターの扉が開く


 皆、無言でその小さな箱に押し込まれていくその時だった。


 一人の大男がエレベーターの中に滑り込むように入ってくる


 彼のせいで随分エレベーターのスペースが圧迫される。


 誰だと思って顔を確認しようとしたその時だった。


「久しぶりだな……上月静夜」


 そのささやきに近い声を聞いて静夜は思わず絶句する


 その時エレベーターはゆっくりと上昇しだした


「応野……邦彦?」


 そのかっちりとした礼服を着こなした大男は奥州応変流黒頭巾二十代頭目応野邦彦だったのだ


(何故お前がここにいるんだ)


 静夜は邦彦を確認するなりに会話方法を『心読』に変更した


 そうすればこのエレベーターという小さな箱の他の乗客には聞こえないはずだ


(おそらくはお前と同じ理由だと思うけど?)


(同じ理由──)


 それを聞いて静夜は顔に苛立ちを浮かべエレベーターの虚空を睨んだ


(伊賀の家元め……)


 本当に一体アイツはなにを企んでいるのだ?


 邦彦の登場により理由はさらに謎のヴェールに覆われていった。


(そんなに怒ることはないだろ。甲賀の頭よ)


 ふと見上げると邦彦の顔は若干こわばっている。恐らく彼も藤林悠輔の真意を測りかねているのだろう。


(俺は怒ってない。ただ──解らないだけだ)


 そう伝えると静夜は苛ついた吐息を吐いた。


(でも安心もしたよ……俺と同じようにお前も伊賀の家元に呼び出されてることがな)


(何だ? この場で手でも組もうというのか?)


(バーカ。俺はそんな単純じゃねえよ)


 そう言うと静夜はキッとエレベーターの階数表示を睨んだ。


(もしかしたら……風魔の芸人と戸隠の姫も呼び出されてるかもな)


 その一言を聞いて邦彦は静夜に語りかけようとしたがその時エレベーターは目的の25階に付いた


 静夜と邦彦はエレベーターの狭い箱から出るとまったく会話を交わさず『ハリーアットホテル東京』自慢のラウンジに足を運んだ


 さすが東京の一等地に陣取った高層高級ホテルのラウンジだ。


 夜の闇の中、億万の宝石の如く摩天楼は輝き続けている。


 そしてビルの合間を走る車のヘッドライトとテールライトは真っ黒なキャンバスに垂らされた白と赤の絵の具のようにさえ見える


「いらっしゃいませ」


 清潔な制服を着込んだホールスタッフの男が静夜と邦彦に笑顔で話しかける


「えーっとご予約のお名前は──」


「あ……俺は藤林悠輔の──」


「ああ、上月静夜さんと応野邦彦さんですね」


 そう言うとホールスタッフは満点の営業スマイルで返した


「こちらの席になります。案内しますよ」


 ホールスタッフはそういうと静夜と邦彦を予約された席へと案内する


 大きな窓側を全面にしたカウンターバー。その椅子はさしずめモダン家具みたいな風格が漂う。


 しかし、半分予想の範囲内だったが──その席には先客が居た


 この超高級ホテルのラウンジに到底似つかないあの二人が──


「あれあれー?しずちゃんも来ちゃったわけ?」


「それに……応変流のあの大男もいるじゃねえか!」


 戸隠流次期女頭目仁科ともえと風魔党副総帥風間英太は静夜と邦彦の姿を見て驚嘆の声を上げた


「やっぱりお前らもアイツに呼ばれたのか?」


 静夜は二人を強く警戒しながら一言そう聞いた。


「当たり前じゃない。せっかく悠輔に会えると思ったのにー!」


 そう言うともえのファッションはやはり一貫してゴスロリチック。このラウンジにはかなり浮いている存在だ。


「俺もここに来たら真っ先に会ったのがコイツでさー。かなり出鼻挫かれたよ」


 ラウンジだというのにオレンジジュースをストローですすっている英太も基本的はフォーマルなのだが短パンに蝶ネクタイをしているものだから同じように浮いている

「……てか、悠輔に会いに来たいのになんであんた達と一緒なのよ!せっかくいい雰囲気のラウンジで悠輔とデートを妄想してたのにー」


「──お前じゃ無理だよ」


 その一言を全く感情を出さすに言い放ったのは席に座ろうとした邦彦だった。 


 ともえと邦彦は対立関係にあるせいか、その一言にともえは過剰に反応する


「うっさい! あんたみたいなキモ男にはオトメゴココなんていっしょーーーう解らないでしょうね!」


「別に解りたいなんて思わない」


 邦彦は冷淡にそう言い放ちながら近くのホールスタッフに飲み物を注文する。


 烏龍茶──なるほど、この後何があるかわからないからアルコールを避けたか。


「ああ!ムカツク!! なんで悠輔はこんなキモ男まで招待するかなあ! ここがホテルのラウンジじゃなかったらあんた真っ先に殺してるわよ」


「まあ、落ち着け。なんか食えよ」


 静夜はそんな二人の間に入るとともえにメニューを渡した


「でも、なんか解せないんだよなあ」


 そう言ったのはオレンジジュースの氷をストローでつついている英太だった。


「あのインテリ忍者は何企んでやがるんだ? こんな高級ホテルに俺たちを集めて──」


「それが解ってたら苦労しないぜ」


 そう言うと静夜はホールスタッフを呼び止め邦彦と同じ烏龍茶を頼んだ。


「でもこのホテルに俺たち主要4流派の頭目クラスを呼び出したって事は──なにか大きな仕掛けがあると思うんだけど」


「なるほど、しずちゃんはそれが解らなくてイライラしてるのね」


 ともえのその一言に静夜はそれを嫌がるかのようにわざとらしく咳払いをした


 まるで無言で「しずちゃん」と呼ぶなと言い放つか如く


「でも本当に悠輔何するつもりなんだろう?」


「まあ、一応は高級ホテルに招待したんだから暴れることは制限されるだろ」


 そう言うと英太はため息混じりにそう言った


「でも、僕はアイツが大人しく話し合いの席を持つのは考えられない」


 そう言ったのはじっと外の摩天楼を睨み付ける邦彦だった


「ああ、その件は応野邦彦に賛成だな」


 静夜はそう言うとホールスタッフは烏龍茶を静夜と邦彦の前に挿しだした


「さすが忍者王の息子──と言うべきか。アイツは年若いのに修羅の道一直線だからな……大人しく話し合いのテーブルに着くのはあり得ないな」


「じゃあ何よ……何のためにあたし達集められたの?」


「それが解ったら苦労しないよ」


 静夜はそう吐き出すと口に烏龍茶を含ませた


 戦う気もない、話し合う気もない──だとしたら何のために自分たちを集めた?


 話はいつまで経っても堂々巡りだ。静夜は低く息を吐いたその時だった


「なあなあ、一旦話を整理しないか?」


 その提案をいきなり切り出したのは英太だった。


「話を整理?」


「そう、もう何が何だか頭ごちゃごちゃでさ……」


 そう言うと英太は3人をじっと見た。


「取りあえず俺はあの家元を倒して最強になりたい。俺の望みはそれだけ」


「ほう……でもその家元がこの中の誰かによって先に殺されたら?」


「それは──そいつを俺が倒せば最強だろ!」


 英太はそう言い放つと拗ねたようにオレンジジュースをストローですすった


「でも、世の中はそう簡単にできてないんだよな……」


 静夜はそう言うとニヤッと不気味に笑った


「じゃあ俺の目的もこの際だから言おうか?」


「しずちゃん。それ多分誰も聞きたくないと思う」


「うるさい。黙って聞けよ」


 静夜はともえの横やりをかわすと一つ息を吐いて言葉を続けた


「俺の目的──それは日本にあるすべての忍術流派の奥義をすべて見破ること。だからこうしてお前達が集ってるのは──逆に好条件だ」


「ほう……ということは伊賀の家元含めて僕たち全員敵だ──と言いたいのか?」


 邦彦の警戒したようなその言葉に静夜は不敵に笑った


「まー考えようによればそうなるな。とは言えさすがの俺でもお前ら全員相手にするのは何個命があっても足りない」


「じゃあどうすんのよ。誰かと組むと言いたいの?」


 ともえのその問いに静夜は「そうだな」と小さく答えた。


「まだ何処を提携相手にするかは思案中だし──それに上の連中の意見もくまなきゃいけないからな。だけどこれだけは言っておく。藤林悠輔は俺の獲物だ」


 その言葉を言ったその瞬間、一瞬ラウンジの展望カウンター席は水を打ったような沈黙に包まれる。


 だがそれを最初に破ったのはともえの啖呵だった。


「バカ言うんじゃないわ! 悠輔はあたしが狙ったの獲物なの! あんたの奥義破りのお遊びに付き合わすんじゃないわよ!」


「こいつに同意するのは意に反してるけど──俺もその発言には異論があるな。だいたいあんたが家元倒したらあんたと最強かけて戦うことになるぞ」


 ともえの反論に同意するように英太も静夜を睨み付け牽制する


 それに対し静夜は彼らを鼻で笑い突き放すようないい方をした


「こればかりは俺も譲れない。甲賀と伊賀の長年の因縁にかけてもな」


 そう言うと静夜はストローで烏龍茶の氷を一回かき回すと隣の席の邦彦を睨んだ


「──おい、応野邦彦。お前もはっきり言ったらどうだ。自分がどう言う大義名分でこの抗争に身を投じているか──」


「僕か──?」


 静夜にそう催促されて邦彦は伏し目がちに言葉を続けた


「僕はただそこの戸隠の姫にあの日の代償を払って貰いたいだけ。伊賀の家元には興味なんて──」


「なによ──!あんたまだあたしに未練でも──!!


 ともえのその反論を制すように静夜は彼女の口に手をかざす


 そして、青白い光を放つ瞳で邦彦を見据えた


「嘘言うな」


「何を──?」


「伊賀の家元には興味がないだと……ふふっ。おかしな事言ってくれる」


 そう言うと静夜はニヤッと口元に笑みを浮かべ言葉を続けた


「お前、戸隠を狙っているのはただの隠れ蓑。本当に狙ってるのは──藤林亮輔だろ」


「──!!


 その一言に邦彦は絶句した。


 その狼狽の仕方といったらともえも英太も同じように驚くほどだった。


「別に隠し立てすることじゃないだろ……だけど戸籍上藤林亮輔は10年前に死んでいるのは事実──そんな幽霊みたいな男を追ったって仕方ないだろ」


「何を言う……まるであの男が生きてるような言い方をしたのは──上月静夜、お前だろう」


「あれ? そう話を取ったか……まあそれはそれで面白いんだけどな」


 そう言うと静夜は蔑んだような笑みを浮かべ邦彦を見た


「でも、あんたが真紅の瞳を持つ人間にトラウマを持つのはれっきとした事実。ならば藤林悠輔に興味がないなんてその口で言えるか?」


 静夜のその一言にまるで屈したかのように邦彦は黙り込む。


 それを勝ち誇ったかのような笑みを浮かべ静夜は見つめていた──が


「すいませーん! しずちゃんに質問―!」


 沈黙を破るようにともえの甲高い声が響く。


 静夜は「だからその名前で呼ぶな」と言わんばかりにともえを睨み付けた。


「ところでさー藤林亮輔って誰よ?悠輔の──」


「兄貴さ」


 静夜は冷淡に一番簡潔に質問に答えた。


 その言葉にともえは納得したように「ふーん」と頷いた


「悠輔、お兄さんがいたんだ……知らなかった」


「いたと言っても大分前に死んでるけどな──事故で」


「事故?」


 その一言にそこにいる全員が顔の色を変えた


 静夜は「おしゃべりが過ぎたな」と苦々しく呟くとさらに言葉を続けた。


「だけどこれだけは忠告しておく。お前が幽霊を追うのは好きにすればいいがそれなりの覚悟はしておくべきだな──例えば今以上に敵が増えるってことかな」


「新たな敵か──まるで僕たちのとは別の勢力がいると言わんばかりだな」


「そうか……その様に聞こえたんたら否定はしないけどな」


 邦彦のその鋭い指摘に静夜はあえて否定も肯定もしなかった。


 それを聞いて邦彦はただ釈然としない表情で烏龍茶を飲み干した


「しかし、悠輔おそーい!! 一体何分待たせる気よ!」


 ともえはその瞬間苛ついた表情でわめいた


 それに対し英太は「恥ずかしいから静かにしろ」とともえを注意したが、彼女の言葉を代弁するかのように言葉を続けた。


「──でも確かに遅いと言えば遅いな。アイツ一体何企んでいるんだ?」


「さあな……それが解れば苦労はしないさ」


 そう言うと静夜は怪訝そうに頭をかいた──その時だった。


「藤林悠輔様のお連れの方々ですか?」


 その一言を聞いてそこにいる一同すべて後ろを振り返った。


 そこにはラウンジのホールスタッフの女性がトレイを持ってニッコリ笑っていた


「お連れって──まあ、そうなのかも知れないけど……」


 静夜はその問いに困惑した表情で答えたが、彼らの事情も露も知らないホールスタッフは満点の営業スマイルで返した


「藤林悠輔様から御伝言と預かり物があります」


「伝言と預かり物?」


 そこにいる一同はその言葉に強く当惑した様子で顔を見合わせる。


 だがホールスタッフは何食わぬ顔で静夜にトレイを渡すとそのままラウンジの奥に消えていった。


 そのトレイの上に乗っていたのはおそらくこのホテルのカードキーとそして小さなメモ1枚だった。


「なんだと……?」


 静夜はそのメモに書いてある物を読んで絶句した。


 それは藤林悠輔が示したあらたな命令であった。


【このカードキーは最上階スイートルームのマスターキー。その場所で僕は君たちを待っている──】


3 悠輔の企み

 藤林悠輔は一体何を考えている?何を企んでいる──?


 この話が舞い込んできた次の瞬間から今までずっとその理由を考えてきたが、今日に至っても全く目的が見えない


 それに対しここにいる4人全員が不安に思い憤っている。


25階のラウンジからスイートルーム専用の豪奢なエレベーターに4人全員で乗り込む


全く──何という絵面であろう。日本忍者界の若手トップ4がエレベーターの狭い箱の中で同乗するとは──笑いたくても笑えない光景だ


ただそのエレベーターの中で誰一人として言葉は発しないし心読も使わない


 不気味な沈黙のみがこの豪華で小さな箱の中を支配する


 だいたい皆思っていることは同じ。会話しても無駄なのは目に見えている。


チーンとレトロな音を上げてエレベーターは目的地の最上階へと到達する


『ハリーアットホテル東京』の最上階は基本的スイートルーム1部屋しかない作りになっている。


 豪奢で短い廊下を歩くと突き当たりに重々しいオーク材の扉が門を構える。


 静夜は受け取ったカードキーをリーダーに読み取らせる


 ピピッと読み込み音がした後、カチャっと施錠が解除した音が小さく響く


 オーク材の重たい扉を静夜は開くとそこから初夏の爽やかな風がびゅうっと一陣吹き付ける


 スイートルームのテラスの大きなガラス窓は開いていて、シルクのカーテンはゆらゆらと妖しく揺れていた。


そしてその豪華で広い部屋の奥──ノイズ混じる沢山のディスプレイを背にして彼は座って待っていた。


「ようこそ──皆さん」


 照明が落とされて薄暗いスイートルームにノイズのディスプレイの白い光と藤林悠輔の眼鏡越しの真紅の瞳が光る。


 まさか19歳の若輩とは思えぬ静かな気迫が彼を覆い尽くしているが、相手は日本で5本の指にはいるであろう忍者たちだ。そんな威圧に負けるはずはなかった。


「おいおいおいおい。一体てめえは何考えてやがる!」


 先に啖呵を切ったのは風魔の英太だった。


「高級ホテルに呼び出しておいてラウンジでのんびりさせた後スイートルームへ──てめえの格好つけの手駒にされるのは心外だぜ!」


「そうかな? 別に格好つけた訳じゃないんだけどな」


「その態度がいけ好かん! ここが高級ホテルじゃなかったらてめえをしばき倒したいわ!」


 英太は言いたいことを思いっきり言ったが、悠輔の表情は変わらない。


 それを見かねた静夜は部屋の壁にもたれかかりながら悠輔を青白い瞳で睨み付けた


「俺も訳を聞きたいな……お前どうしてこんな回りくどい方法を使った?」


「回りくどい?」


「俺たちに真っ先に用があるならさっさとここに呼べばいいだろ。なのに何故わざわざラウンジで俺たちを待たせた?」


 静夜のその問いに悠輔は口元にニヤッと笑みを浮かべた。


「じゃあ、ここで種明かしでもしようか?」


 そう言うと悠輔は指をパチンと鳴らす。


 次の瞬間、ノイズ混じりのディスプレイはある白黒の映像を流し出した


 それを見て一同は思わず息を呑んだ。


 そこに映し出されたのは『ハリーアットホテル東京』のエントランスに彼ら、エレベータの防犯カメラに映った彼ら、そしてラウンジの席に座り会話する一人一人の映像の彼ら──


「何これ!」


 それを見てともえは全身を総毛立たすように叫んだ。


「悠輔……あんたあたし達のことずっとこのモニターで監視してたって事?」


「まあ、そう言うことになるかな」


 そう言うと悠輔は椅子を回転させキーボードを使ってモニターを操作した。


「エントランスとエレベーターはホテルの監視カメラを使わせてもらったけど、ラウンジはちょっと違ってね──隠しカメラと盗聴器をそれぞれの席に仕掛けさせてもらった」


「何──ッ!」


 邦彦は驚愕の表情で細い目を見開いた。


 そして悠輔はキーボードを叩きながらさらに映像と音声を出して見せた


 それはラウンジで4人会話していたことが完璧に筒抜けだった


「最初、これは流石に気づかれると思ったんだけど──意外にばれなくてよかったよ」


「ほう、まるで俺たちが無能だと言いたげだな……」


 静夜はそう言うと青く暗く光る瞳で悠輔を睨み付けた


「いい加減本当の種明かししたらどうだ?家元。どうしてこんな名高い高級ホテルで盗撮や盗聴がまかり通るのか──」


「まだ気づかないの?」


 そう言うと悠輔はパソコンチェアを回転させ4人を真紅に光る瞳で見据えた。


「今日のこの『ハリーアットホテル東京』は僕たち伊賀藤林流が借り切ってる」


「はあ?」


 その一言に英太は苛ついた声で返した。


「どういう意味だよ。お前らでこんな高級ホテルを借り切るだと?冗談は休み休みにしろよ!」


「君、今日このホテルで誰と会った?」


「え──?」


 その問いに英太は一瞬言葉に詰まったが、すぐに不機嫌そうな顔で言葉を続けた


「まずコンシェルジュの姉ちゃんに会って、エレベーター昇ってラウンジのホールスタッフにあって──」


「それ全部僕の配下」


 悠輔はそういうとニッコリ笑った。


 だが彼以外の4人はその笑顔に空恐ろしい物を感じ絶句した


「貸し切ると言ってもエントランスの一部とラウンジくらい。その場所に伊賀藤林流の門下の者を配置しておいた。つまりこれがどういう意味か──わかるよね」


「僕たちはお前につぶさに監視されていた──そう言いたいんだな」


 邦彦はそう言うと細い目を見開いて悠輔を睨み付る


 それに対して悠輔は手を前に組んで4人を見るだけだった


「なるほどな」


 その中でも静夜は特に冷静な態度を突き通した。


「この前このホテルに俺が侵入したとき──えらい綺麗に揉み消したと思ったらそう言うからくりがあったんだな」


「そういうことさ」


 悠輔はそう言うとパソコンチェアーから立ち上がる大きなガラス窓の方に歩んでく


 そして眼下の東京の摩天楼を見下ろすと言葉を続けた。


「まあ余り詳しくは言えないけど、ここのホテルは伊賀藤林流の息がかかった連中が仕切ってる。だからこのホテルで起きることは大体うまくまとめられる」


 そう言うと悠輔は踵を返しまた瞳を赤く光らせた。


「でも君たちがうまく口を割ってくれてよかったと思うよ。それだけでも大きな収穫だった」


「ふざけるな! てめえはただ盗み聞きしてただけじゃねえか」


 英太はまるで悠輔に突っかかるかのように問い詰めてきた


「それが目的だとしたら俺はおめえを許せねえ! そんなことするの忍者じゃない!」


「そうかな……僕は汚いことでも何でもやるのが忍者だと教えられてきた」


「うるさい! お前のスタイルと俺のスタイルじゃ大分違うってことだろ!」


 その瞬間、英太は棒を手に取った。


 それはみるみる長く伸びそして悠輔にそれをかざした


「もう我慢できねえ! 藤林悠輔! 俺は今この場でお前を倒す──!!


 英太はそう言うと変化棒を振り回しながら悠輔めがけて猛スピードで突っ込む。


 それを見て悠輔は手を宙でゆっくりと泳がせ静かに印を結ぶ。


 スピードに絶対的な自信のある英太は悠輔めがけて棒を振りかざす──だが次の瞬間だった


「──ッ!!


 英太の身体は再び悠輔の目の前で止められる


 今回も九字縛りトラップか──否、違う。それよりももっと強力な結界だ。


「残念だったね。風間英太」


 悠輔は目の前で止まった英太の顔を意地悪そうにのぞき込むとニッコリ笑った。


「今日の僕は君と喧嘩しに来た訳じゃないんだ。だから大人しくしててくれるかな?」


 そう言うと悠輔は胸の前で確実に印を結ぶ。そして手を英太の前にかざした次の瞬間だった


 一瞬激しい光が走った次の瞬間、英太の身体はいとも簡単に吹き飛ばされた


 思いっきり壁に叩きつけられる英太の身体


 それを見ていたともえは苦々しい表情を浮かべて呟いた


「止縛結界──ある一定の範囲内に入ると動きを止める上級結界。つまり、悠輔。あんたの近くには寄れない──そういうことね」


「さすが戸隠の姫。得意分野の術には詳しいね」


 悠輔はそう言うとゆっくりと4人を睨み付けた


 すると悠輔の足元から青白い結界の光が露わになった


「さっきも言っただろう。今日の僕は喧嘩しに来たわけじゃないって」


「じゃあ何なんだよ! 俺たちを散々監視しといて──一体なんの目的なんだよ!」


 悠輔の術に敗れた英太は身体を起こすとキッと悠輔を睨みつけそう叫んだ


 それに対し悠輔は初めて視線を床に落とし、憂いに似た表情で語り出した


「僕たちは不幸だ」


「は──!?


 その一言にそこにいる一同すべてが驚きの表情を浮かべた。


 だが周囲の驚きを余所に悠輔は伏し目がちに言葉を続けた


「考えてみてごらんよ。何で僕たちはこの現代で忍者として生きている? こんな平和で争い事などないこの世界で──」


「それは──」


「僕は時々忍者にはもう存在意義がないのかとも考えることがある。じゃあなぜ僕らは戦う? 自らの流派を守るため? それとも──」


「は? 笑わせるな。心でもないことを言うな」


 そう言ったのは壁にもたれかかり悠輔を青白い瞳で睨み付ける静夜だった


「お前さっき俺たちの会話を盗み聞きしただろう? それで答えは大体出てるじゃないか」


「各の目的で僕たちは争い続ける。どちらかが淘汰されるまでずっと──」


「俺はお前がそれを望んでいると思った。なんせあの男の息子だからな」


 その一言に悠輔は赤く光る瞳を上げる


 その表情はまるで何かが欠落したように機械的だった。


「君たちがそれを望むのであれば僕は容赦はしないよ」


 その瞬間、悠輔の瞳は真紅に光からおぞましい殺気の矢が4人に向かって放たれる。


 それは一瞬怯みそうになるくらいだったが4人も負けじと悠輔を睨んだ


「みんな……これを最後にしよう──」


 悠輔はそう言うと赤い瞳を光らせながら4人の元へと近付いてくる


 それに対し4人は揃って身構えるように緊張を見せた


「これで400年以上続いた忍者の歴史を終わらせる──そんな覚悟で僕は戦う。だれが笑うかなど恨みっこなしだ」


「結局、伊賀の家元は修羅の道に走る──か」


 邦彦は呆れた表情を浮かべそう言った


「つまり、大々的な抗争に発展してもいい──そう言うことか?」


「君達がそう望むのなら──滅ぼし滅ぼされるまで戦うまでだ」


 そう言うと悠輔はふと4人の姿が映るディスプレイに目を移した


「そう言えば……さっきラウンジで僕の兄のこと話題にしてたね」


 その一言に4人は一斉に沈黙する。


 だが悠輔はそれも織り込み済みかのように言葉を続ける。


「確かに僕の兄、藤林亮輔は10年前に死んでいる──はずだ。もし生きているのなら真っ先に僕たちの元に情報が来るはずだから」


「ほう……お前もまるで兄貴が生きていると言わんばかりの口ぶりだな」


 静夜のその一言に悠輔は一瞬ムッとした表情をしたがすぐにいつもの冷静を被ったような眼差しに変化する。


「当たり前だ。兄さんは伊賀の抜け忍という事実は変える事は出来ない。生きてるか死んでるかは別としてその消息だけは知りたい」


 悠輔のその言葉に邦彦は知らず知らずに右肩の古傷を触っていた。


 やっぱりあの時の伊賀の抜け忍は伊賀忍者を統べる藤林家の人間に間違いない。


 でも何故、彼を救護した自分が彼に襲われなければならなかったのだろう?


 それは考えても考えつかない想像だった──


「──ともかく。僕は君たちの意志を確認するためこの場を用意した」


「意志──ねえ」


 その一言を呟いたのはともえだった


「こんなまどろっこしい真似しなくてもそんなこと確認するのなんて簡単じゃない」


「ははっ! 確かにその通りだね」


 そう言うと悠輔は呆れたように笑った。


「だけど君たちももう気づいているよね? 僕たち伊賀藤林流がどれだけ力を持っているかってこと──」


 悠輔のその一言に4人は一斉に黙り込む


 まるでそれを楽しむかのように悠輔はさらに言葉を続けた


「今日君たちを集めたのは他でもない──君たちを威圧するためだ」


「威圧ぅー?」


 その一言に食いつくかのように英太は悠輔を睨み付けた


「偉そうに……そんな伊賀は偉いって見せつけたいだけだろ」


「まあ平たく言えばそうだね」


 そう言うと悠輔はくくっと笑った。


「さて、こんな僕らを敵に回して君たちはどうする? 大人しく淘汰されるか、それとも──」


「ふん……馬鹿馬鹿しい」


 悠輔のその言葉を遮ったのは静夜のその言葉だった


「そんなこと最初から決まってる。俺はお前の奥義を破る──それだけが目的だ」


 静夜はそう言うと青白く瞳を光らせる


「俺も、お前を倒して最強にならなきゃ虫の治まりどころがない」


 英太は不機嫌そうな表情を浮かべ悠輔を睨む


「あたし? そりゃ、悠輔のこと好きだから一緒になりたいけど──だってあんたそう言う気ないんでしょ……だったら、あんたを殺してでも一緒になりたい」


 ともえは暗く陰湿に光る瞳で悠輔を見る。


「僕は──この力をこんな馬鹿げた抗争に使いたくはないが、お前の一族に強い因縁があるようでな……結局はお前と相見えることになりそうだな」


 邦彦は細い瞳で鋭く悠輔を睨み付ける


 そんな4人を見て悠輔は深いため息をついた。


だが、その表情はどこかこの状況を楽しんでいるように映るくらい明るかった


「やれやれ……大体予想ついてたけどみんな退くことを知らないんだね」


 そう言うと悠輔は眼鏡の奥の真紅の瞳をぎらりと光らせ4人を睨み付けた


「もう話し合いはやめた。みんなそれぞれの目的で生き残りをかければいい。それが悪い結果を招いてもだれも恨まないこと──それだけが決まりだ」


 その瞬間また大きく開いた窓ガラスからびゅうっと乾いた強い風が吹き込む。


 そんな風に茶髪をなびかせながら悠輔は一言言った。


「今度逢うときはお互い敵同士だ」


この本の内容は以上です。


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