目次
1章 現代に巣くう忍たち
1 東大生、藤林悠輔
2 警視庁幹部、相馬泰
3 侵入者
2章 休日の忍たち
1 そして、平凡な一日が始まる
2 女子大生、進藤早紀
3 渋谷の通り魔
3章 足跡を残した忍たち
1 事件現場
2 警察官、上月静夜
3 容疑者、田上明央
4章 取調室の忍たち
1 テレビ記者、叶陽一郎
2 激突-伊賀と甲賀
3 静夜の罠
4 追跡者たち
5章 オモテの忍たち
1 お笑い芸人、風間英太
2 メイド、仁科ともえ
3 JAあおもり職員、応野邦彦
6章 ウラの忍たち
1 風魔の英太
2 戸隠のともえ
3 応変の邦彦
7章 アキバの忍たち
1 ともえと悠輔
2 帰り道
8章 学園祭の忍たち
1 東都大学若葉祭
2 舞台袖
3 トーキョーハンター
4 同業者
5 最強
9章 嵐の前の忍たち
1 ともえと早紀
2 ツイてるともえ
3 ツイてない悠輔
4 邪魔者
5 嵐が来る
10章 相見える忍たち
1 知らなくていい真実
2 悪い夢
3 百地悠輔という男
4 集いし5つの流派
5 赤い瞳の一族
6 ともえの提案
7 激突する赤と青
8 別れなさい
11章 動き出す忍たち
1 六本木のオフィス
2 戸隠の女王
3 忍者王
4 アキバのアイドル劇場
5 同盟
12章 恋煩いの忍たち
1 恋人は忍者
2 最後のデート
3 守ってみせる
13章 集結する忍たち
1 警視庁のメッセンジャー
2 集結した忍たち
3 悠輔の企み

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1 恋人は忍者

あの事件の後、進藤早紀は2日ぶりに大学に出席した。


 本当にこの2日間、長く深く悪い夢の中で溺れているような錯覚を起こす日々だった。


 夢──と言ってしまえば楽になる。だけどあの日の出来事は完全な現実だった。


 それを思い知ったときああ逃げられないんだなという絶望感が早紀の心を支配した


 思い出すのはあの情けない東大生の藤林悠輔のことばかり。


 否、それは自分に見せていた偽りの顔。本当の顔は──あの時会った男が言うとおりなら悠輔は忍者であるはずだった。


 一体どうしたらそんな荒唐無稽な話を信用できるのだろう。忍者?フィクションの中の生き物でしょ?


 だけどその日起きた事件はそれを信じなければいけないと突き付けられた。


 悠輔の他にも忍者は居る。あの黒服の男、大きな身体の男、そして──


 ──仁科ともえ。


 早紀の飲み物に睡眠剤を入れて拉致しようとしてあげくには殺そうとした友達


 きっと彼女も忍者なのだろう。そうじゃないと説明が付かない。


 この2日──悠輔からもともえからも連絡はぱったりと途絶えていた


 ともえはともかく、悠輔から連絡がないことは早紀に苛立ちを覚えさせた。


 あんな事があってどうして連絡が来ないのだろう。普通なら真っ先に連絡をくれたっていいだろうに──否、いれるべきだ。


別に自分から入れてもいいのだけど、さすがにあの事件のあとだけになんだか気が引ける


悠輔自身が連絡をくれればどれだけ楽になるかわからないのに──あの人は果てしなく鈍感だ。


「早紀おはよー」


 教室に入ると数人の友達に挨拶された


 だけどおしゃべりだったはずの早紀は彼女たちに小さく挨拶するだけであまり深い会話に入ろうとはおもわなかった


 席に座ると、教科書を出す前に携帯電話を手に取っていた


 発信、メール受信一通り確認したけどやっぱり連絡は来てない。


 本当にどういうつもりなんだろう──これ以上連絡がなかあったら本気で悠輔との信頼関係が音を立てて崩れていきそうだった。


 否──もしかしたら彼はそれを狙っているのかも知れない。


 秘密を知った自分に対し悠輔はそのまま関係の自然消滅を願ってるのかも知れない。


だけど──早紀はこのまま悠輔との関係を終わらせるつもりは毛頭無かった


まだ秘密を信じた訳じゃない。だって『忍者』としての彼を実際には見てないのだから──


「さーきちゃん」


 また女友達に話しかけられた。


 早紀は携帯電話をポケットの中に入れると後ろを振り向いた


 その瞬間早紀の全身は凍り付いた。


 目の前にいたのは全身白いフリフリレースのドレスに厚底ブーツ、金髪のツインテールに真っ赤なリボンをつけた──仁科ともえだった。


「どうしたの? 顔真っ青だよ」


 ともえはニコニコしながら早紀の顔をのぞき込む


 無理もない。早紀を昏睡させ拉致し殺害しようとした張本人が目の前にいるのだから──


 だがともえは相変わらずの態度で早紀をいたぶるかのように接してきた。


「なあに?どうしたの早紀ちゃん?あたしの顔なにか付いてる──!!


 その瞬間、早紀は思いっきりともえの手を掴んだ


 勢いとはなんと恐ろしいものだろう。彼女は忍者だと言うことを忘れていた早紀だったが、そのまま席を立ち上がるとともえをつれて一気に教室の外までかけだしていた。


 そしてそのまま近くの女子トイレにともえを連れて行くと逃げられないように壁際に追い込みそして彼女をじろりと睨み付けた。


「何よ! あんたあたしを誰だとおもってんの!!


 ともえはそれに反発する牙を見せるように彼女を暗い瞳で睨み返した。


「あんたねえ、よもや2日前のこと忘れてなんかないよね!? あたし、あんたを殺しかけたんだよ──」


「そんなの関係ないわ──」


 自分を殺しかけた女忍者を前にしても早紀はびっくりするほど冷静だった。


「もう一回聞くわ……あなたどうして私の命を狙ったの?」


「またそれ? 昨日もちゃんと言ったじゃない──」


「いいから答えて!」


 まるで辺り一帯に響き渡るような声で早紀はそう言い放った。


 その思いがけない迫力に早紀の命を狙った女忍者ともえは思わずたじろいだ様に見えた。


「──もう二度と言わないからね!」


 ともえは一言そう言うと不機嫌そうな顔で言葉を続けた。


「あんたを狙った理由は簡単。ただ一般人のあんたと伊賀藤林流家元の悠輔とじゃ不釣り合いだと思って仲を裂きたかっただけ。それに──」


「それに?」


 その一言にともえの言葉は途切れる


 しばらくの沈黙の後彼女の表情はさらに不機嫌になり憤りに似た言葉を吐いた


「あたし、中学の時悠輔の写真見せられてそのまま恋い焦がれちゃったんだよね──だからあたしは悠輔の許婚だって……勝手に勘違いして今日に至っちゃったんだよね。あーあ本当に馬鹿馬鹿しい。実際はその婚姻さえ悠輔には知らされてもなかったなんて──」


 まるで恨み節のような言葉を吐いたともえはハッと我に返りまるで取り繕うように言い返した


「と、ともかくあたしはあんたが邪魔だった。ついでに言えば悠輔も邪魔だった。邪魔者は潔く消しちゃえっていうのが私のスタンスだから。あんたを狙った理由はそこにあるわね」


 ともえの言葉を聞いても早紀はやはりすべてを理解することができなかった。


 忍者の世界がどれだけ予想に反しているか想像も付かないのは当たり前。だけど、それ以上に悠輔とともえの関係は複雑そうで何度聞いても理解することができない。


 もうちょっと詳しく教えて──そう聞きたいのは山々なのだが。ともえのことだ。「何度言わせるのよ」と今度こそ手の取り返しが付かないくらい怒り出すだろう。


「わかった。もうそのことはもう聞かない」


 早紀はそう言うと無理して威圧したような瞳でともえを見た


「じゃあ、悠輔のこと教えて!」


「は?」


「いわゆる……悠輔の裏の顔を教えて欲しいんだ」


 その一言にともえはさらに苛立った様子で早紀に突っかかった


「あんた悠輔の恋人なんでしょ? それなら本人つかまえて問いただせば良いんじゃない!」


「でも──!」


 悠輔から連絡が無くてこちらか連絡するのも気が引ける──そう言いたかったがそれを言ったらともえに何を言われるかわからなかったのでそれ以上何も言えなかった。


「──なるほどね」


 その瞬間ともえは平然とした表情で一言言い放った


「悠輔からの連絡がないのね。そりゃ聞きようがないわ」


「え──?」


 その瞬間早紀は驚きの余り自分の口に手を当てた。


 たしか、自分は何も口にしていない。何もしゃべってない──なのに何故ともえに心内を読み取られたのだろう


「忍者を舐めるんじゃないわよ。あんたの無防備な心なんてこちらは筒抜けよ」


 ともえはその瞬間勝ち誇った笑みを浮かべた。


 それは早紀が初めて怖いと思ったともえの姿だった。


「なあに? さっきの威勢は何処へ行っちゃったのかしら? 早紀ちゃん」


 一歩、また一歩退く早紀をともえは優越感を得たように追い詰める


 やっぱり私はこの娘には勝てない──早紀はそんなともえを見てそう思った。


 物理的にもダメ、精神的にもだめ、勝てる要素なんて何もないじゃない──


「これ以上用がないなら教室に帰るわよ。あたし、単位ギリギリなんだから。これで単位取れなかったら早紀ちゃん──わかってるわよね」


 ともえはひとつ恐ろしさを感じさせる笑顔を浮かべると、そのまま踵を返し、女子トイレから出て行ってしまう


 早紀は呆然とその場に立ち尽くす。 自然に瞳から涙がこぼれる。


 彼女の言う通りかも知れない。何も知らなくていい表社会でのうのうと生きてきた女子大生風情の私が、裏社会を暗躍している伊賀藤林流の家元である悠輔と釣り合いなど取れるはずがない


 それが解っているから悠輔はあえて連絡をしてこない。自然消滅という形で別れようとしているのだ


 だけど、それなら何故私は泣くのだろう。何故悲しく思えるのだろう。


 まだ、悠輔に未練があるの? 普通の男なんて掃いて捨てるほどいるのにどうしてあなたに惹かれるの──


 その時だった。


 沈黙に静まる女子トイレに流行のJPOPの着メロが鳴り響く


 早紀はハッとした。そしてポケットに突っ込んだ携帯電話を取りだした。


 サブディスプレイには──藤林悠輔。待ちに待った彼からの連絡だった


 だが早紀は悠輔からの電話に出るか出ないかを少し迷いを見せた。


 けたたましくなる着メロだけがただ虚しく響いてく。


 早紀はいたたまれない気持ちになったが、彼女がその決断を下すのに時間は要さなかった。


「もしもし──」


 思い切って携帯の着信ボタンを押した早紀は恐る恐るそう言った


 だが電話の向こうの人物も同じように確かめるように言葉を吐いてきた


「早紀──今大丈夫?」


 その言葉に早紀は一瞬授業のことが頭を過ぎった。


 だけどせっかくの悠輔の連絡だ。チャンスを無碍に捨てることは出来ない。例えそれが哀しい告白であっても──


「大丈夫」


 早紀は引きつったような泣きそうな笑顔を浮かべてそう言った。


 泣いてることは悠輔には悟られるわけにはいかない。そればかりが早紀を無理させていった。


「あのさ──」


「早紀、君に話したいことがある」


「え──」


 何を──そう言う間に悠輔は言葉を続けた。


「君にずっと黙っていた──僕の秘密さ」


 それを聞いた早紀はただ呆然とするしかできなかった。


 そして悠輔はさらに言葉を続ける。


「昨日一日考えて僕が出した結果──それを君に聞いてもらいたい。場所は初めてデートした東京ドームシティでいいかな?日時は──君に合わせるけど……早いほうが良いかな? じゃあそう言うことで──」


2 最後のデート

 なんで悠輔はいつも勝手なのだろう。


 あの電話の後早紀はその事ばかりが頭に来て少しの間憮然となった。


 だけど、早紀の方も悠輔を求めていたことは確かだし、その誘いに乗らない手はなかった。


 そしてあの電話から1日後、水曜日のPM17:30──


 初夏を迎えたこの時間はまだまだ明るく西日が厳しく地面を照らし続けていた


 その日、早紀は珍しく何時より早く待ち合わせ先にやってきた。


 こんなに早く来たら恐らくちょっと待ちぼうけかなと思ったが、気持ちが焦っていたのは悠輔も同じだった。


「あ……」


 待ち合わせ先の公園には落ち着いた色の茶髪に黒縁眼鏡──いつも先に見せる情けない東大生の藤林悠輔が待っていた


「早紀……今日は早いんだね」


 悠輔はそう言うとにこっと笑った。


 早紀はその笑顔にどう答えたらいいのか解らず視線を落とし心でもないことを言った。


「べつに……今日授業無かったし……」


 それは小さな嘘だった。本当は授業があったけどこのためにドタキャンした。


明日から嫌味な講師に反省文書かなきゃいけないけど、悠輔のためならそれさえも苦ではないような気がした


「じゃあ、行こうか……」


 悠輔は一言そういうとその場から立ち上がりそのまま歩いて行く


 それを早紀はだまったまま悠輔に付いていく。


 端から見る人々からみれば自分たちを見てへんなカップルだと思うだろう


 だけど、少なくとも早紀はこれは最後のデートだと覚悟をしていた。もちろん悠輔だって──その覚悟で今日を選んだに違いない。


 早紀は確信していた。悠輔の秘密を知るとき──それが自分たちの最後の時だと。


 待ち合わせ場所から少し歩いたところに東京ドームシティがある。


 今日はどうやらナイターがあるらしくオレンジ色のユニフォームを着た人々がドームに吸い込まれていく。


 だけど自分たちが行く場所は東京ドームシティ。ドームの隣の遊園地だ。


 最初ここを最後の場所に決めた事に早紀は深い疑問を覚えた


 確かに東京ドームシティは悠輔と初めて着たデートの場所だ。思い出もたっぷりある。


 だけど、今日は初デートの初々しさとか高揚感などなにもない。ただ別れを告げられるのならこんな陳腐な遊園地なんて不向きに決まってる


 なのに悠輔は何故こんな場所を今日の場所にしたのだろう?


 遊園地に入ったって乗り物なんか乗る気など起きないというのに──


 そんな疑問を渦巻く中、悠輔は早紀に入場券をおごった


 手渡されたのチケットはナイトデーの入場券のみ──当たり前だけど乗り物券はついてない


 それを手に取り早紀は悠輔の後を追うように遊園地に入場していく


 覚悟はしていたけど、ナイトデーの遊園地は至るかしこに愛を謳歌しているカップルばっかり


 はしゃぎ回る彼女、優しく微笑む彼、ソフトクリームをつつく彼女、それを横取りしちゃう彼──


 なんで見ているだけでいたたまれない気分になるのだろう


 あの日までは自分たちが彼らの立場だったではないか。


 それなのに、あの日を境に変わった。悠輔も、早紀も、周りも──


 そんな気分になる早紀をよそ目に悠輔はただ目的の場所までひたすら黙って歩いて行く


 どこまで行くのだろう──早紀はそんな悠輔をただひたすら追う事しかできない


 そして赤い鉄の階段を歩いて行った先──そこで悠輔の足がとまった


「ここ……」


 早紀はその店を前に呆然と立ち尽くした


 それは悠輔との初デートの時昼食をとった小さなテラスレストランだった。


 悠輔はそのレストランの中に入ると真っ先に店員に言った


「テラス席──空いてますか?」


 店員は「空いてますよ」と微笑みながら二人をテラス席へと案内する


 そこは日暮れ時の水道橋が一望できる眺望の席だった。


 もうナイターが始まってる時間だけどドームに駆け込む人の流れは変わらない


 そしてぽつぽつとこの遊園地もライトアップが始まっていく


 そう、これから始まる夜を告げるように摩天楼は光を帯びていく──


「早紀……好きな事聞いて良いんだよ」


 席に着くと悠輔は開口一番そう一言言った


 薄暗くなっていく中彼の髪にライトが当たってきらきら光っていた。


「悠輔──」


「今日の僕は君に何も包み隠さず告白するつもりで来た。だから何を聞いても平気だから──」


 早紀はその眼差しを見て思わず息を呑んだ。


 眼鏡の奥の悠輔の瞳はとても凛々しかった。


「悠輔……」


 そう言う早紀の下瞼に涙が集まりだしていた


「あなたが忍者──って本当なの?」


 その言葉に悠輔は小さく息を吐いた。


「それ誰に教えて貰ったの?」


「え──?」


「君にはなにもしない。僕が怒ってるのは何も知らない君に僕の断りもなく君に僕の正体を教えた不届きな奴だ」


 その言葉を言う悠輔はどこかいつもの表情を少しずつ乖離させていく。


 徐々に露わになっていく裏の顔の悠輔──それが少し怖くもありスリルもあった。


「名前は知らない。でも風貌はすごく覚えてる」


「うん……」


「たしかぼさぼさの黒髪に黒いコートを着込んで──そうそう手が騎士みたいなガントレット? なんかゲームの中に出てきそうな……」


「もういい。大体犯人はわかったよ」


そう言った悠輔の顔は明らかに険しくなっていく。まるで早紀の前で爆発しそうな怒りをじっと我慢しているようにも見えた


「まあ、そいつが何を言ったか解らないけど──確かに僕は忍者だ」


 悠輔はひとつ息を吐くとその眼鏡の奥のまっすぐな瞳で早紀を見た


 まるで吸い込まれそうな色の朱色だった──


「僕の実家は400年前からずっと続く伊賀忍者を統べる家系──そして、僕は第17代伊賀藤林流家元藤林悠輔だ」


 400年前?伊賀忍者を統べる家系? まるで現実離れした言葉が真顔の悠輔の口から飛び出す。


 それを聞いて早紀は今更ながらともえの言った言葉の意味が何となく理解できた


「正直言えば早紀にこれを話す機会は永遠に来て欲しくないと思っていた」


「え──?」


「僕の家にはね壱百条の家訓があるんだけど、その中にはね自分の正体を悟られないことともし悟られたときの対処の仕方があるんだ」


「壱百条……」


 その数に早紀は一瞬息を呑んだが、すぐに話を切り出した


「で、その対処に仕方って何?」


「まあ乱暴な言い方をすれば悟られた相手を消すって事だね」


 悠輔のしれっと言いのけたその言葉に早紀は思わず絶句した


 まさかとは思うが悠輔もあのともえのように自分の命を奪いに来るのだろうか──そんなとてつもなく嫌な予感が早紀の背筋を凍らせた


「安心して、早紀。僕はそんなことしないから」


 悠輔はまるで早紀の心を読んだかのようにそう言うとニッコリ笑って見せた


 やっぱり、ともえと話してるときと同じ。悠輔に自分の心の中を完璧に読まれてる──


「でもね、もうこうなった以上今までの関係は続けられないと僕は考えている。僕はなぜか他流派に狙われているし、そこに君が居たらこの前みたいに君まで巻き込んだ戦いが起きるかも知れない」


 悠輔はそう言うと小さくため息をついて一言続けた。


「早紀……もう別れよう」


 やっぱりその言葉が出てきた──


 早紀はそれを覚悟していたつもりだったがやはり実際に突き付けられるととてつもなく重くて深い言葉だった。


「どうして──?」


 早紀は率直にそう聞いた。


 目の前に映る悠輔の顔はどことなく哀しい色が見えた。


「僕は早紀を消したくない──消す事なんて出来ないよ! だから君と綺麗に別れて僕が君の記憶から消えて無くなれば一番君が傷つかない方法だと──」


「──悠輔は勝手すぎる!」


早紀のその一言は初夏の乾いた空気に大きく響いた


悠輔ははっと早紀を見ると、彼女は溜まらず涙を流していた


「なにが一番傷つかない方法よ……あなたのこと綺麗に忘れれると思う? そんなの無理。だってあなたの思い出こんなに強く焼き付いてるのに──!」


 早紀の丸い瞳からぽろぽろと涙が泉のようにこぼれる


 悠輔の前では絶対に泣かないと決めていたのにいざとなるとこうだ。自分の情けなさにさらに涙は多く溢れてくる。


「もうやだ。こんな夢なんて早く終わってほしい! それとも悠輔って存在が夢のようなものだったとでも言いたいの。そんなの、やだ。いやだよ──!」


 その瞬間、早紀ははっと目を見開いた


 唇にあたる優しい感触。そして目の前にいる精悍な一人の青年──


 余りに突然すぎてどう反応したらよくわからなかった。でも、その突然のキスは早紀にとってとても心地よいものだった。


「これは夢じゃない」


 悠輔は早紀の唇から離れると一言そう言った


「僕はここにいる。夢のように消えてなくなりやしない」


「悠輔──」


「綺麗事ばかり言ってすまなかった……ホント、早紀のこと何も考えて無い身勝手な男だな」


 そう言うと悠輔は自分に呆れたように笑った


 何故だろう、今日の悠輔はいつもと違う。それは裏だの表だの関係なく、ただ一人の藤林悠輔という人間がとても魅力的に感じた。


「悠輔?」


 早紀は涙を拭いて一言訊いた。


「眼鏡──取って良い?」


「え?」


 その申し出に悠輔は一瞬戸惑った。


「私、悠輔が眼鏡取ったところ見たことない──そりゃ忍者になるときは外してるだろうけど、この前はそれどころじゃかったし──」


その言葉に悠輔は納得した様子で笑った。


「いいよ」


 早紀は悠輔の黒い眼鏡に恐る恐る手を伸ばす。そして優しく耳から放した。


 瞬間、露わになる悠輔の本当の顔


 いつも情けないと言っていたその瞳はぞくぞくするほど鋭く野性味を感じさせる。


 そしてその瞳の色は茶色を通り越してどちらかと言えば赤に近い。


 それは眼鏡というフィルターが覆い隠していた悠輔の素顔。本当の顔。


 それを間近に見た早紀は思わず恥ずかしさで顔をうつむけた


「馬鹿。なんでコンタクトにしないのよ」


「え──?」


「絶対悠輔は裸眼の方がカッコイイよ……だって──」


 惚れ直したじゃない──そう言いたかったが余りにも恥ずかしすぎて言葉にならない。


 そんな赤面した早紀の頬に悠輔は優しく手を這わせた


「僕は目が悪くてこれをしてるわけじゃないよ」


「それならダテ?」


「んーそれも違うな」


 そう言うと悠輔は早紀の手から自分の眼鏡を取った


「僕の家系は生まれつき目に異常があるんだ。それは悪い異常じゃなくて、こういう家業やるために生まれつき与えられる真紅の瞳──」


 そう言う悠輔の表情が次第に近寄りがたい色をだしてくる。


 その瞬間、目の前の彼氏は伊賀藤林流家元の目に変化していた。


「僕は裸眼だとすべてが止まって──否、コマ送りのようにしか見えないんだ。だからあのジェットコースターもフリーフォールも全部止まってしか見えない」


「それ、どういうこと?」


「表世界だと動体視力っていうんだよな──それが異常に発達している状態だと思って貰っていい。だけど自分じゃコントロールもできないからこの眼鏡のレンズを改造してやっと日常生活がおくれてるって感じかな?」


 そう言うと悠輔は手に持った眼鏡をそっと付けた


 これでいつもの悠輔に変わった──わけじゃない。もう正体を知ってしまったのだから元の悠輔として見るのは不可能に近かった


「悠輔──私どうしたらいいの?」


早紀は顔をうつむけたまま悠輔にそう聞いた


それを見て悠輔は彼女の頬にもう一度触れた


「僕のことを忘れたくないのなら──それなりの覚悟がいるよ」


「覚悟──?」


 悠輔の顔は笑ってなかった。まるで表情が欠陥したかのように彼はただ早紀を見つめ言葉を続けた。


「そう、いつ何時僕は他流派に襲撃されるかわからない身。そんな僕を変わらず愛せる?」


「それは──」


「僕だってこれ以上君を危ない目になどに遭わせたくない。だから最初は君と別れることも君を守る手だと思ってた。だけど──」


「悠輔!」


 そう呼ばれて悠輔は顔を上げると不意に早紀の唇が優しく降ってきた


 悠輔はそのまま彼女の身体を抱き寄せた。そしてそれを早紀も応じた


「私、絶対別れないからね!」


「え──?」


「だってこのままじゃ負けたような気がするじゃない……現実とか掟とかいろんなものに」


 早紀のその一言にも悠輔はどこか煮え切らない表情を浮かべていた


「君はそれで良いの?」


「どういうこと?」


「僕が伊賀藤林流の家元で強力で多大な敵に囲まれている──それがどういう意味か解る?」


「わかるわよ。それくらい……」


 そう言うと早紀はぶすっとふくれっ面で言葉を続けた


「あなたのことでしょ。どうせ僕と付き合ってたら君が危ないとか格好つけるような言葉であしらうんでしょ。でもね、悠輔。私はそれでもいいの。それでもいいからあなたの側にいたいの──」


「早紀──」


 その言葉に悠輔は驚きの顔を隠さず見せた


 それは今まで完璧を繕っていた彼氏の小さな綻びを見たようで早紀はちょっと優越感を持った。


「ねえ、悠輔──私、消されるのかな?」


「え?」


「だって伊賀忍者の家元を愛してしまったのよ……あなたもさっき言ったように掟を破ったからには消されるんでしょ」


 その言葉に悠輔はやっと早紀の知ってる顔で笑った。


 そして彼女の身体を強く抱き寄せると一言言った


「消させはしないさ……君を消そうとする存在ならたとえ門下の者でも、たとえ親でも──僕は戦うよ」


「やだ。また物騒なこと言って──」


 そう言う早紀の唇を悠輔は優しく奪う。


 最初はこの遊園地の幸せそうなカップル達を憎たらしい目で見ていたが、今は自分たちが恋を謳歌する幸せそうなカップルになっていた。


 そう、これでいいんだ──早紀は悠輔と唇を重ねながらそう自分に言いつけた


 例えこれから二人の前に沢山の壁が立ちふさがろうとも悠輔と一緒なら乗り越えていける──早紀はそう信じて病まなかった


3 守ってみせる

 悠輔はふと目が覚めた。


 水道橋にほど近いホテル。今日はあのまま早紀と一緒にチェックインしてそのまま愛を確かめ合った。


 キングサイズのベッドには裸の早紀が薄い布団だけを羽織って深い眠りに陥っている


 そんな彼女のサラサラの髪を触りながら悠輔は深い迷いの淵を歩いていた。


「早紀を消す──か」


 悠輔はまるで譫言のようにその言葉を言った。


 本当は別れを切り出すつもりだった。だけどその決意は自分にも早紀にも足りなかったのが今にいたるのかもしれない。


 仕方がない。悠輔は早紀のことが好きだし、早紀は悠輔のことが好きなのだから


 むしろ今回の一件で自分たちの愛はもっと深まったような気がする──その結論は悠輔にとっても早紀にとってもグッドな選択だと思った。


 だが、一人の東大生の藤林悠輔としてはそれはグッドな選択かもしれないが、伊賀藤林流家元の藤林悠輔にとってはどうだろう?


 これから他流派からの攻撃は激しさを増すだろう。その時僕は本当に早紀を最後まで守れるだろうか?


 悠輔はベッドから起き上がると脇に置いていた携帯電話を取った


 そして表情一つ崩さず彼はある場所に電話を入れていた。


 3度ほど呼び鈴が鳴ってそしてその相手は出た。


「よーう!悠輔。彼女は元気か?」


 相変わらず父藤林圭輔の声はおちゃらけてる印象が否めない。


 だがそのおちゃらけていながら言っていることは穏やかではない。


「まさかと思うんだけど……今日の僕も監視されてたの?」


 悠輔は顔を引きつらせながら圭輔にそう聞いた


 だが父圭輔はいつものようにケタケタ笑いながら言った


「馬鹿だなあ。息子のデートを監視する野暮がどこにいるんだよ」


「でも今僕と早紀が一緒にいること言ってただろ」


「それは監視じゃない。勘だ。勘」


「勘!?


「まあお前も人生経験を積めばすぐ解る勘さ──」


 圭輔はそう言うと大きく息を吐くと先ほどのおちゃらけ声から一転忍者王としての声で悠輔に語りかけた


「──で、悠輔。お前なりの落とし前はつけたのか?」


 その声にも悠輔は臆することなく返した。


「僕は──早紀を消さない」


「ほう……」


「今日彼女には包み隠さず僕の秘密を話した。本当はそれで別れるつもりだったけど──」


「女の方がそれを嫌がった──と?」


 父のまるで刃を喉元に突き当てるようなその言葉に悠輔は一瞬戸惑ったがすぐにいつものようなポーカーフェイスに戻った。


「嫌がったのは早紀だけじゃない、僕も──本心じゃ別れたくなんてなかった。ただそれが二人一致しただけ──今日はそれだけだよ」


 悠輔はそう言いながら必死に悩んでもいた。


本当に今日の決断は正しかったのか?今後どのような影響を与えてくるのか?悠輔にも想像が付かなかった


「悠輔──それは茨の道だけど、お前はそれでいいのか?」


 圭輔のその問いに悠輔は強い決意で前を見た。


「ご心配なく、大家元。どんなことがあろうとも僕は絶対早紀を守る。それが忍者界全体を巻き込むような大抗争になろうとも──」


 その言葉に圭輔の深いため息が電話の奥から聞こえてきた。


「わかった。好きにしろ」


 圭輔は捨て台詞のようにそう吐き出す。


 それを聞いた悠輔の瞳は自然と赤い光が灯った。


「父さん──否、大家元。もう一つ聞きたいことがあります」


「何だ……」


「大家元はこの状況をどう見ているのですか? 主要五流派がまるで団子のように争うことになった今の事態を──」


 悠輔のその質問に圭輔は一瞬沈黙の間を置いた


だが、次に出た声はあまりにも意外だった。


「おもしろい──俺は率直にそう思ったね」


「おもしろい──ね」


 さすが父さん。一番らしい答えだ──


 悠輔はそれを噛みしめたあと真紅に光る瞳を前に向けた。


「父さん、僕は彼らと何処までも戦える覚悟は出来ている……だけど、彼らをまとめて倒せるような力量はない。この前の一件で僕はそう悟りました」


「ほう……お前にしてはえらい素直だな」


「だけどこのまま伊賀藤林流が彼らにいいようにされるのを見るのは僕にとっては耐えられない仕打ち。だけど僕は考えました。彼らに我が伊賀藤林流の実力を見せつける方法を──」


 そう言うと悠輔は低く息を吐くと真紅に光る瞳を開いた。


「大家元……僕に30人ほど人員をよこしてください」


 その願いに父圭輔は特に驚くこともなく淡々と言葉を続けた。


「30人か……結構な人数だな」


「大家元の手は煩わさせません。すべての責任は僕にあると考えてください」


「ほほう……そこまでして我々の実力をどう見せつけるのだ?」


「それは──」


 悠輔は一つの勝算があった。


 彼らを倒すことはできないけど威圧することはできる──


 そのためならどんな手を込んだことだってするつもりだった。


 すべては今この場所で平和に眠る早紀の寝顔を守り抜くため──そのためなら僕はどんなに自らの手を汚すことを厭わない

1 警視庁のメッセンジャー

この日警視庁渋谷署の窓際資料係の上月静夜は何故か警視庁本部の官房室に向かっていた。


 今日に限ってはだらしない制服はカチッとしたスーツに替えて、現役のキャリア刑事の誰よりも黒いスーツはさまになっている


もちろん静夜がわざわざここを訪れたのはちゃんと理由がある。


一応アポは取っておいたけど、いざとなると面倒なので途中の衛視たちは催眠術で黙らせて、この警視庁の最深部にいとも簡単にもぐりこんだ静夜は官房室の前に立つとノックもせずにドアを開く


「だれだ──!」


 急に扉が開くと中にいた勝田官房長は思わず声を荒げた。


「お前──!何の間違いでここに足を踏み入れた!?


「あれ? おかしいですね?」


 そういうと静夜はわざとらしくとぼけて見せた。


「一応アポはとったつもりなんですが……伝わってないようですね」


「アポは取っただと……」


そう言われて勝田は隣にいた秘書に今すぐ調べるよう目で強い圧力をかける。


制服を着た気弱そうな秘書は急いで手帳を広げるとしばらくして困惑した様子で勝田に話しかけた。


「今日の15:00ごろですが──上月さんと面会の予定が……」


「何? 上月だと?」


 誰だねそれは──! 勝田がそういう前に静夜は彼のデスクに横柄に腰掛けるとじろりと睨み付けた


「それが俺さ、上月静夜──よろしくな」


 そんな静夜の態度を見て勝田は今すぐ激昂してしまうほど怒りを覚えたが、何故かそれを抑えようという本能が働いた


 この若輩の刑事が怖いとでもいうのか──否、怖いどころではない。


彼の青白く光る瞳を見てるとまるで自分が自分でなくなるような恐ろしさを感じるのだ。


「──で、上月君は一体何の用かね」


 勝田は顔を引きつらせながら静夜にそう問いかける


 何故だろう普通なら追い返してもおかしい相手なのに──どうしてこんなに下手に出るのだろう


「勝田官房長にこれを手渡しに着ただけ」


 静夜は得意げな笑みを浮かべひとつのファイルを勝田のデスクにたたきつけた


「これは──!」


 勝田は静夜から出されたファイルをぱらっと見て驚愕した


 そこに書いてあったのは現総理大臣、現閣僚、野党党首、有力国会議員等のプライベートやスキャンダルを事細かに書いた大量のレポートだった


「君──!一体これをどこから手に入れたんだ!」


「そんな驚くなよ……それを俺に依頼したのは勝田官房長あんただろ」


「え──?」


 静夜のその言葉を聴いて勝田は思わず絶句した


 何だというのだ──? そんなのを頼んだ記憶がまるまるとないぞ?


 頑張って思い出しても目の前の上月静夜もこのファイルもまったく身に覚えがないもののはずなのに──


「あ……そういえば、昔、俺と逢った記憶を消してたっけ」


 そういうと静夜は少し呆れたような表情を浮かべて笑った。


「あんたに必要がないんならこのファイル持って帰るけど──?」


「待て──!」


 勝田は強い口調でファイルを持ち出そうとする静夜を制した。


「このファイルは──私が預かっとく」


「ほう……」


「君みたいに素性がわからない人間にこれをもたせておくのは危険すぎる──これは我々が厳重に管理しておく」


 そう言うと勝田はそのファイルを自分のデスクの引き出しに閉まった。


 こんな危ないものこの男に持たせてみろ──今に金に目がくらんでマスコミに垂れ流すに違いない。


「じゃあ、取引成立ですね」


 そう言うと静夜はにっこりと笑顔を浮かべた。


「取引──!?


 その言葉に勝田はぎょっとした表情を素直に出した。


 こんな押し売りみたいなマル秘ファイルを出しておいて見返りまで求めるというのか──


「いやだなあ……俺は別に金銭なんか求めませんよ。ただ──」


 その瞬間、静夜の瞳に青白い炎が灯った。


「できれば今回の件で俺たち甲賀を警察でもっと取り立ててはくださりませんかね?」


「は──?」


 静夜のその一言に勝田は思わず凍りついた。


一体なにを言い出すというのだ──甲賀だかなんだか知らないが一体何の目的があって自分に接触したのだろう?


「わからなくて結構ですよ。勝田官房長」


 そう言うと静夜はじっと勝田の瞳を見つめた


 まるで吸い込まれるように深い蒼の瞳──それを見てはだめだと自分の中の自分が懸命に警告しているが勝田はそれに引き込まれるしかできなかった


「俺たちは警察内での対抗勢力の台頭を防ぎたいだけ。俺たちのやることを黙認してくれるだけでいいんです」


「対抗勢力──やることを黙認──」


 次第に勝田のペースは静夜によって支配されていく。


 隣にいる気弱そうな秘書も様子がおかしいのに気づきおろおろとするばかり。


 だが静夜にとってはすべてが自分の手の範囲内だった。


「勝田官房長。とりあえずこの署名に署名してくださりませんか?」


「署名──」


「俺たちは警察での伊賀の台頭を一番恐れています。それをできないように勝田官房長のお力で何とかならないですかね?」


 そう言うと静夜は勝田の目の前にひとつの紙を差し出した


 その紙に何が書かれているか──そんなことさえもできないくらい勝田はもはや静夜に精神をコントロールされていた。


 勝田は万年筆のキャップをはずすと震える手でゆっくり紙にペンを近づける


 しばらく躊躇うかのように紙の上でペンを泳がせていたが、静夜のとどめのような指を鳴らす音で一気にそれに署名した


「ありがとうございます。勝田官房長」


 静夜はまるで勝ち誇ったような笑顔を浮かべながら署名した紙を取り上げた。


 そして呆然としている勝田の目の前に左手をかざした次の瞬間だった。


「官房長──!」


 ガクッと勝田の大きな身体はそのままデスクの上に崩れ落ちる。


 そのまま意識を失った勝田の様子を見て、さすがのあの秘書も異常を認めざるを得なかった


「大丈夫、寝ているだけだ」


 静夜はそう言うと秘書の顔を見てひとつ指を鳴らした


 その瞬間、秘書の身体もまるで金縛りにあったかのようにその場で固まった


「君──名前は?」


 静夜は笑顔のままに秘書に向かってそう聞いた


「有田です……」


「じゃあ、有田君。君は今日の証人になってくれるよね?」


「証人──?」


「一部始終は見てくれたよね。それを覚えているだけでいいんだ──!」


 静夜はそう言い放った瞬間、秘書有田のみぞおちに拳を振るっていた。


 何も言葉を発することなくそのまま昏睡する秘書有田。


 それを見届けたあと、静夜は口笛を吹きながら踵を返した──その時だった。


「やれやれ、甲賀のやり方ってのは随分荒っぽいのですね」


 その言葉を聞いて静夜は初めて顔に緊張の色を見せた。


「誰だ──」


 静夜はそう言うと無駄に広い官房室を見渡した


 そして次の瞬間、彼の背後で強い殺気が放たれるのを感じた──


 静夜は身を翻すようにスーツの裏に仕込んだ手裏剣を打った。


 周囲に拡散しそして広範囲に真っ白な壁に突き刺さる手裏剣。


だが、殺気の元凶にはまったくかすりもしなかった


「いきなり攻撃するとは予想外でしたね」


 その相手は軽く床に着地すると怒り心頭の静夜を見た


 年は30過ぎといったところか──身長は高く顔は表情の読み取りづらい笑顔の仮面で覆われているよう。黒いスーツ姿ということは恐らく警視庁関係者なのだろう。


「家元にあなたと相手するときは注意しろと言われましたが──確かに強いですね。逃げ遅れてたら蜂の巣にされてましたよ」


「家元──」


 その言葉を聞いて静夜は口元に不気味な笑みを浮かべた


「ははっ!まさか伊賀の者にこんな場所で出くわすとはな……」


「残念ながら君たち甲賀に警察を好きなようにされるわけにはいかないですからね」


 そういうと男は感情が欠けた笑顔で静夜の前に手を差し出した


「僕は警視庁捜査2課の──否、伊賀藤林流東京支部総名代青葉宗司。君のことはよく家元に聞かされているよ。甲賀忍者衆16代頭目上月静夜さん」


 総名代か──伊賀の幹部クラスのお出ましって奴か


 静夜は突然現れた邪魔者青葉宗司の差し出された手を見つめてすこし悔しそうな顔を浮かべた。


 宗司の現れたタイミングといいまるで静夜がこの場所に現れるのを予感していたかのようだった。


「しかしまあ、うちの官房長をこんな操ってまでその紙切れは役に立つのでしょうかね」


「なんだと?」


「何を取り付けたのかは知りませんが、そんなことをしても無駄ですよ。警察幹部はどうやら僕たち伊賀と君たち甲賀のバランスを取りたいらしいですからね」


「それはどういうことだ?」


「早く言えば、一流派の権力の独占は良くないってことですね」


 宗司はそう言うとデスクの上に覆いかぶさって眠る勝田を見た。


「まあ、少しの官房長にはこのままお眠りになってもらいましょうかね」


 一体この男、俺に何の用なんだ──?


 彼の実力なら官房長を操る静夜も止められたはず。なのにすべて事が終わってから現れた伊賀忍者青葉宗司。


 そんな彼の目的が見えず静夜は静かに攻撃態勢に入った


 実力なら自分のほうが勝ってるはず。この男さえ消えれば意味がないといわれたあの念書も効力があるはず──


「僕は今日は喧嘩しにきたんじゃありませんよ」


 そんな静夜をも想定済みと言わんばかりに宗司はにこっと笑顔を浮かべた。


「今日、あなたに会いに来たのは──家元からの言伝を言いに来ただけですよ」


「家元の──言伝?」


 その一言に静夜はさらに怪訝な表情を浮かべた


 家元こと藤林悠輔は一体この男に何を伝えてきたというのだろう。


 ただの決闘申し込みくらいなら他の方法だってあるはずなのに


「そんなに警戒しないでくださいよ。今日はそんなきな臭い誘いじゃありません」


 読まれたか──宗司のその態度に静夜はすこし悔しそうな表情を素直に出したがすぐにそれを覆い隠し彼を睨んだ。


「俺も暇じゃないんだ。その言伝をさっさと言って失せろ」


 その一言に宗司は笑顔を絶やさずことなく言葉を続けた。


「早く言えば家元はあなたをある場所に招待したいそうです」


「招待?」


「ええ、あなたも良く知っておられるはず──『ハリーアットホテル東京』ですよ」


 その言葉を聞いて静夜はまた訝しげに顔を上げた


 知ってるも何も──初めて藤林悠輔に相見えた場所ではないか……


 何故その場所に改めて自分を招待するというのだろう


「今回は普通にロビーから入ってきてくださいね」


 それを察してか、宗司は相変わらずの笑顔で気持ち悪いくらい優しく言った。


「どういう意味だ?」


「またガラス突き破って侵入されるともみ消すこちらも大変なものでね」


 笑顔の宗司のその一言に静夜は明らかにムッとした表情を浮かべた。


 まるであの時その場にいたような言い草──不気味なくらい自分を知り尽くしていてなんとも気味が悪い。


「断ると言ったらどうするんだ?」


 静夜はまるで宗司の腹を探るような低い声でそう訪ねる。


 だが宗司の笑顔は変わることはなかった


「あなたには断れませんよ」


「何故そう言い切れる?」


「あなた内心は喜んでいるんでしょう? 家元のお誘いが来て──」


 宗司のその一言に静夜は吹き出すように笑った。


「あんたの家元が何を企んでいるかは知らないが招待ってことは武装してくるなってことだろ」


「──ええ、まあそうとってもらえたら幸いです」


「やれやれ、まるで罠にはまりにきてくださいといわんばかりの茶番だな」


 そう言うと静夜は吹き出すように笑った


 そして青白く光る瞳で目の前の宗司を睨みつけた


「いいだろう。藤林悠輔のその企み──受けてたとうではないか」


 その瞬間、静夜は周りを圧倒するような殺気をまるで宗士に見せ付けるかのように発して見せた


 それに対し、宗司も負けじとにこにこと笑顔を絶やさぬよう対抗した


「じゃあ、明日の午後7時──上月さんをお待ちしております」


2 集結した忍たち

『ハリーアットホテル東京』は東京赤坂の超一等地に立地している外資系高級ホテルだった。


 場所柄かよく芸能人や政治家の利用が多いと言われ、このホテルに入っている和食の店はミシュランの一つ星を獲ているので有名だ


 もちろん赤坂の超一等地というわけだから一般庶民にはまるで接点のない場所──であろう。


 そんな高級ホテルに静夜は一人堂々と正面玄関からエントランスホールへと歩いて行く


 一度ワイヤーを使って強襲した経験はあるが、堂々と玄関から入ったのは生まれて初めてだ。


 しかし、本当に金色にギラギラしたエントランスホールだ。


 こんなところ誘われてでも行きたくない場所だというのが本音だ。


 静夜は居心地悪くネクタイを少し緩めるとエントランスホールをまっすぐ突っ切りコンシェルジュカウンターに近付いていった


「あのー」


「何でございましょうか?お客様」


 静夜の話を途切れさせたようにコンシェルジュの化粧の厚い女性は仰々しくお辞儀する


 静夜はそれを見て思わず咳払いしてもう一度彼女に尋ねた


「藤林悠輔さんとの約束で来たんだけど……」


「はい、あなた様は上月静夜様ですね」


 コンシェルジュの女性は静夜を見てにっこり笑顔を浮かべた


「藤林悠輔様から後伝言を承ってます。そのままラウンジに来てくれ──だそうです」


「ラウンジ?」


「ええ、当館の25階です。ご案内しましょうか?」


 その申し出に静夜は笑顔を引きつらせて「結構です」と断りを入れる


 そして釈然としない表情でそのままエレベータホールに歩んでいく。


 エレベーターを待ってる間、静夜は誰にも向けられない怒りをふつふつと溜めていく


 一体藤林悠輔は何を企んでいるのだ? 一体自分に何をさせるつもりだ──?


 その誘いに乗ったはいいが今の状況だと何だか彼に操られているような気もして静夜のプライドは悲鳴を上げそうだった。


 チーンとレトロな音を出してエレベーターの扉が開く


 皆、無言でその小さな箱に押し込まれていくその時だった。


 一人の大男がエレベーターの中に滑り込むように入ってくる


 彼のせいで随分エレベーターのスペースが圧迫される。


 誰だと思って顔を確認しようとしたその時だった。


「久しぶりだな……上月静夜」


 そのささやきに近い声を聞いて静夜は思わず絶句する


 その時エレベーターはゆっくりと上昇しだした


「応野……邦彦?」


 そのかっちりとした礼服を着こなした大男は奥州応変流黒頭巾二十代頭目応野邦彦だったのだ


(何故お前がここにいるんだ)


 静夜は邦彦を確認するなりに会話方法を『心読』に変更した


 そうすればこのエレベーターという小さな箱の他の乗客には聞こえないはずだ


(おそらくはお前と同じ理由だと思うけど?)


(同じ理由──)


 それを聞いて静夜は顔に苛立ちを浮かべエレベーターの虚空を睨んだ


(伊賀の家元め……)


 本当に一体アイツはなにを企んでいるのだ?


 邦彦の登場により理由はさらに謎のヴェールに覆われていった。


(そんなに怒ることはないだろ。甲賀の頭よ)


 ふと見上げると邦彦の顔は若干こわばっている。恐らく彼も藤林悠輔の真意を測りかねているのだろう。


(俺は怒ってない。ただ──解らないだけだ)


 そう伝えると静夜は苛ついた吐息を吐いた。


(でも安心もしたよ……俺と同じようにお前も伊賀の家元に呼び出されてることがな)


(何だ? この場で手でも組もうというのか?)


(バーカ。俺はそんな単純じゃねえよ)


 そう言うと静夜はキッとエレベーターの階数表示を睨んだ。


(もしかしたら……風魔の芸人と戸隠の姫も呼び出されてるかもな)


 その一言を聞いて邦彦は静夜に語りかけようとしたがその時エレベーターは目的の25階に付いた


 静夜と邦彦はエレベーターの狭い箱から出るとまったく会話を交わさず『ハリーアットホテル東京』自慢のラウンジに足を運んだ


 さすが東京の一等地に陣取った高層高級ホテルのラウンジだ。


 夜の闇の中、億万の宝石の如く摩天楼は輝き続けている。


 そしてビルの合間を走る車のヘッドライトとテールライトは真っ黒なキャンバスに垂らされた白と赤の絵の具のようにさえ見える


「いらっしゃいませ」


 清潔な制服を着込んだホールスタッフの男が静夜と邦彦に笑顔で話しかける


「えーっとご予約のお名前は──」


「あ……俺は藤林悠輔の──」


「ああ、上月静夜さんと応野邦彦さんですね」


 そう言うとホールスタッフは満点の営業スマイルで返した


「こちらの席になります。案内しますよ」


 ホールスタッフはそういうと静夜と邦彦を予約された席へと案内する


 大きな窓側を全面にしたカウンターバー。その椅子はさしずめモダン家具みたいな風格が漂う。


 しかし、半分予想の範囲内だったが──その席には先客が居た


 この超高級ホテルのラウンジに到底似つかないあの二人が──


「あれあれー?しずちゃんも来ちゃったわけ?」


「それに……応変流のあの大男もいるじゃねえか!」


 戸隠流次期女頭目仁科ともえと風魔党副総帥風間英太は静夜と邦彦の姿を見て驚嘆の声を上げた


「やっぱりお前らもアイツに呼ばれたのか?」


 静夜は二人を強く警戒しながら一言そう聞いた。


「当たり前じゃない。せっかく悠輔に会えると思ったのにー!」


 そう言うともえのファッションはやはり一貫してゴスロリチック。このラウンジにはかなり浮いている存在だ。


「俺もここに来たら真っ先に会ったのがコイツでさー。かなり出鼻挫かれたよ」


 ラウンジだというのにオレンジジュースをストローですすっている英太も基本的はフォーマルなのだが短パンに蝶ネクタイをしているものだから同じように浮いている

「……てか、悠輔に会いに来たいのになんであんた達と一緒なのよ!せっかくいい雰囲気のラウンジで悠輔とデートを妄想してたのにー」


「──お前じゃ無理だよ」


 その一言を全く感情を出さすに言い放ったのは席に座ろうとした邦彦だった。 


 ともえと邦彦は対立関係にあるせいか、その一言にともえは過剰に反応する


「うっさい! あんたみたいなキモ男にはオトメゴココなんていっしょーーーう解らないでしょうね!」


「別に解りたいなんて思わない」


 邦彦は冷淡にそう言い放ちながら近くのホールスタッフに飲み物を注文する。


 烏龍茶──なるほど、この後何があるかわからないからアルコールを避けたか。


「ああ!ムカツク!! なんで悠輔はこんなキモ男まで招待するかなあ! ここがホテルのラウンジじゃなかったらあんた真っ先に殺してるわよ」


「まあ、落ち着け。なんか食えよ」


 静夜はそんな二人の間に入るとともえにメニューを渡した


「でも、なんか解せないんだよなあ」


 そう言ったのはオレンジジュースの氷をストローでつついている英太だった。


「あのインテリ忍者は何企んでやがるんだ? こんな高級ホテルに俺たちを集めて──」


「それが解ってたら苦労しないぜ」


 そう言うと静夜はホールスタッフを呼び止め邦彦と同じ烏龍茶を頼んだ。


「でもこのホテルに俺たち主要4流派の頭目クラスを呼び出したって事は──なにか大きな仕掛けがあると思うんだけど」


「なるほど、しずちゃんはそれが解らなくてイライラしてるのね」


 ともえのその一言に静夜はそれを嫌がるかのようにわざとらしく咳払いをした


 まるで無言で「しずちゃん」と呼ぶなと言い放つか如く


「でも本当に悠輔何するつもりなんだろう?」


「まあ、一応は高級ホテルに招待したんだから暴れることは制限されるだろ」


 そう言うと英太はため息混じりにそう言った


「でも、僕はアイツが大人しく話し合いの席を持つのは考えられない」


 そう言ったのはじっと外の摩天楼を睨み付ける邦彦だった


「ああ、その件は応野邦彦に賛成だな」


 静夜はそう言うとホールスタッフは烏龍茶を静夜と邦彦の前に挿しだした


「さすが忍者王の息子──と言うべきか。アイツは年若いのに修羅の道一直線だからな……大人しく話し合いのテーブルに着くのはあり得ないな」


「じゃあ何よ……何のためにあたし達集められたの?」


「それが解ったら苦労しないよ」


 静夜はそう吐き出すと口に烏龍茶を含ませた


 戦う気もない、話し合う気もない──だとしたら何のために自分たちを集めた?


 話はいつまで経っても堂々巡りだ。静夜は低く息を吐いたその時だった


「なあなあ、一旦話を整理しないか?」


 その提案をいきなり切り出したのは英太だった。


「話を整理?」


「そう、もう何が何だか頭ごちゃごちゃでさ……」


 そう言うと英太は3人をじっと見た。


「取りあえず俺はあの家元を倒して最強になりたい。俺の望みはそれだけ」


「ほう……でもその家元がこの中の誰かによって先に殺されたら?」


「それは──そいつを俺が倒せば最強だろ!」


 英太はそう言い放つと拗ねたようにオレンジジュースをストローですすった


「でも、世の中はそう簡単にできてないんだよな……」


 静夜はそう言うとニヤッと不気味に笑った


「じゃあ俺の目的もこの際だから言おうか?」


「しずちゃん。それ多分誰も聞きたくないと思う」


「うるさい。黙って聞けよ」


 静夜はともえの横やりをかわすと一つ息を吐いて言葉を続けた


「俺の目的──それは日本にあるすべての忍術流派の奥義をすべて見破ること。だからこうしてお前達が集ってるのは──逆に好条件だ」


「ほう……ということは伊賀の家元含めて僕たち全員敵だ──と言いたいのか?」


 邦彦の警戒したようなその言葉に静夜は不敵に笑った


「まー考えようによればそうなるな。とは言えさすがの俺でもお前ら全員相手にするのは何個命があっても足りない」


「じゃあどうすんのよ。誰かと組むと言いたいの?」


 ともえのその問いに静夜は「そうだな」と小さく答えた。


「まだ何処を提携相手にするかは思案中だし──それに上の連中の意見もくまなきゃいけないからな。だけどこれだけは言っておく。藤林悠輔は俺の獲物だ」


 その言葉を言ったその瞬間、一瞬ラウンジの展望カウンター席は水を打ったような沈黙に包まれる。


 だがそれを最初に破ったのはともえの啖呵だった。


「バカ言うんじゃないわ! 悠輔はあたしが狙ったの獲物なの! あんたの奥義破りのお遊びに付き合わすんじゃないわよ!」


「こいつに同意するのは意に反してるけど──俺もその発言には異論があるな。だいたいあんたが家元倒したらあんたと最強かけて戦うことになるぞ」


 ともえの反論に同意するように英太も静夜を睨み付け牽制する


 それに対し静夜は彼らを鼻で笑い突き放すようないい方をした


「こればかりは俺も譲れない。甲賀と伊賀の長年の因縁にかけてもな」


 そう言うと静夜はストローで烏龍茶の氷を一回かき回すと隣の席の邦彦を睨んだ


「──おい、応野邦彦。お前もはっきり言ったらどうだ。自分がどう言う大義名分でこの抗争に身を投じているか──」


「僕か──?」


 静夜にそう催促されて邦彦は伏し目がちに言葉を続けた


「僕はただそこの戸隠の姫にあの日の代償を払って貰いたいだけ。伊賀の家元には興味なんて──」


「なによ──!あんたまだあたしに未練でも──!!


 ともえのその反論を制すように静夜は彼女の口に手をかざす


 そして、青白い光を放つ瞳で邦彦を見据えた


「嘘言うな」


「何を──?」


「伊賀の家元には興味がないだと……ふふっ。おかしな事言ってくれる」


 そう言うと静夜はニヤッと口元に笑みを浮かべ言葉を続けた


「お前、戸隠を狙っているのはただの隠れ蓑。本当に狙ってるのは──藤林亮輔だろ」


「──!!


 その一言に邦彦は絶句した。


 その狼狽の仕方といったらともえも英太も同じように驚くほどだった。


「別に隠し立てすることじゃないだろ……だけど戸籍上藤林亮輔は10年前に死んでいるのは事実──そんな幽霊みたいな男を追ったって仕方ないだろ」


「何を言う……まるであの男が生きてるような言い方をしたのは──上月静夜、お前だろう」


「あれ? そう話を取ったか……まあそれはそれで面白いんだけどな」


 そう言うと静夜は蔑んだような笑みを浮かべ邦彦を見た


「でも、あんたが真紅の瞳を持つ人間にトラウマを持つのはれっきとした事実。ならば藤林悠輔に興味がないなんてその口で言えるか?」


 静夜のその一言にまるで屈したかのように邦彦は黙り込む。


 それを勝ち誇ったかのような笑みを浮かべ静夜は見つめていた──が


「すいませーん! しずちゃんに質問―!」


 沈黙を破るようにともえの甲高い声が響く。


 静夜は「だからその名前で呼ぶな」と言わんばかりにともえを睨み付けた。


「ところでさー藤林亮輔って誰よ?悠輔の──」


「兄貴さ」


 静夜は冷淡に一番簡潔に質問に答えた。


 その言葉にともえは納得したように「ふーん」と頷いた


「悠輔、お兄さんがいたんだ……知らなかった」


「いたと言っても大分前に死んでるけどな──事故で」


「事故?」


 その一言にそこにいる全員が顔の色を変えた


 静夜は「おしゃべりが過ぎたな」と苦々しく呟くとさらに言葉を続けた。


「だけどこれだけは忠告しておく。お前が幽霊を追うのは好きにすればいいがそれなりの覚悟はしておくべきだな──例えば今以上に敵が増えるってことかな」


「新たな敵か──まるで僕たちのとは別の勢力がいると言わんばかりだな」


「そうか……その様に聞こえたんたら否定はしないけどな」


 邦彦のその鋭い指摘に静夜はあえて否定も肯定もしなかった。


 それを聞いて邦彦はただ釈然としない表情で烏龍茶を飲み干した


「しかし、悠輔おそーい!! 一体何分待たせる気よ!」


 ともえはその瞬間苛ついた表情でわめいた


 それに対し英太は「恥ずかしいから静かにしろ」とともえを注意したが、彼女の言葉を代弁するかのように言葉を続けた。


「──でも確かに遅いと言えば遅いな。アイツ一体何企んでいるんだ?」


「さあな……それが解れば苦労はしないさ」


 そう言うと静夜は怪訝そうに頭をかいた──その時だった。


「藤林悠輔様のお連れの方々ですか?」


 その一言を聞いてそこにいる一同すべて後ろを振り返った。


 そこにはラウンジのホールスタッフの女性がトレイを持ってニッコリ笑っていた


「お連れって──まあ、そうなのかも知れないけど……」


 静夜はその問いに困惑した表情で答えたが、彼らの事情も露も知らないホールスタッフは満点の営業スマイルで返した


「藤林悠輔様から御伝言と預かり物があります」


「伝言と預かり物?」


 そこにいる一同はその言葉に強く当惑した様子で顔を見合わせる。


 だがホールスタッフは何食わぬ顔で静夜にトレイを渡すとそのままラウンジの奥に消えていった。


 そのトレイの上に乗っていたのはおそらくこのホテルのカードキーとそして小さなメモ1枚だった。


「なんだと……?」


 静夜はそのメモに書いてある物を読んで絶句した。


 それは藤林悠輔が示したあらたな命令であった。


【このカードキーは最上階スイートルームのマスターキー。その場所で僕は君たちを待っている──】



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