目次
1章 現代に巣くう忍たち
1 東大生、藤林悠輔
2 警視庁幹部、相馬泰
3 侵入者
2章 休日の忍たち
1 そして、平凡な一日が始まる
2 女子大生、進藤早紀
3 渋谷の通り魔
3章 足跡を残した忍たち
1 事件現場
2 警察官、上月静夜
3 容疑者、田上明央
4章 取調室の忍たち
1 テレビ記者、叶陽一郎
2 激突-伊賀と甲賀
3 静夜の罠
4 追跡者たち
5章 オモテの忍たち
1 お笑い芸人、風間英太
2 メイド、仁科ともえ
3 JAあおもり職員、応野邦彦
6章 ウラの忍たち
1 風魔の英太
2 戸隠のともえ
3 応変の邦彦
7章 アキバの忍たち
1 ともえと悠輔
2 帰り道
8章 学園祭の忍たち
1 東都大学若葉祭
2 舞台袖
3 トーキョーハンター
4 同業者
5 最強
9章 嵐の前の忍たち
1 ともえと早紀
2 ツイてるともえ
3 ツイてない悠輔
4 邪魔者
5 嵐が来る
10章 相見える忍たち
1 知らなくていい真実
2 悪い夢
3 百地悠輔という男
4 集いし5つの流派
5 赤い瞳の一族
6 ともえの提案
7 激突する赤と青
8 別れなさい
11章 動き出す忍たち
1 六本木のオフィス
2 戸隠の女王
3 忍者王
4 アキバのアイドル劇場
5 同盟
12章 恋煩いの忍たち
1 恋人は忍者
2 最後のデート
3 守ってみせる
13章 集結する忍たち
1 警視庁のメッセンジャー
2 集結した忍たち
3 悠輔の企み

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8 別れなさい

 湿ったひんやりとした風が肌を刺す。

 早紀はぼんやりとした意識の中ゆっくりを目を覚ます。

 ここはどこだろう──?

 すぐ目の前には東京の街明かりがゆっくりと動いていく。

ああ。外に出たんだ──私。

ん──? 動いてる?

 その瞬間早紀はぎょっとした表情を浮かべ自分の身体を確認した。 

 早紀は誰かに抱きかかえられてゆっくりと移動していた。その身体は驚くほど逞しく、早紀を抱く腕は丸太のように太かった。

「──誰?」

 早紀はその巨体の先の顔をのぞき込んだ。

まるで糸のように細い目に大きな鼻──悠輔でもあの黒コート男でもない顔に先は困惑した。

「気づいたかい?」

 男は早紀に対してにっこり笑って見せた。だが目が細すぎて笑っているのか否かがよくわからないのは事実だった。

「──放してっ!」

 早紀はその瞬間男の太い腕の中で激しく暴れ始めた。

「あなたも私を狙ってるの!? もういい加減にしてよ──!」

 だが男の反応は意外であった。

 彼は言うとおりに早紀をアスファルトの上に優しく立たせるとふらつく彼女の身体を優しく支えた。

 その態度を見て早紀はハッとした。この人は自分には危害を加えない人だ──そう思ったのだ。

「ボクは君に何もしない。安心して」

「でも──」

「あそこにいるととばっちりを受ける可能性があるからね……ボクは平気でも君はそう言うわけにはいかないだろう」

「──?」

 その一言に早紀は頭をひねった。

 一体何を言うのだろう……彼の言っていることは早紀には全く意味がわからなかった。

「ごめん、急に言ってもわからないよね」

 男はそう言うと細い目をさらに細めにっこりと笑った。

「何も知らない君にどう説明すればいいのか困るけど──ともかく君が寝ている間にいろんなことが起きたんだ。いろんなことが──ね」

 いろんなこと──その言葉を聞いて早紀は思わず息をのんだ。

 そうだ、まだあの悪夢はずっと続いているんだ。黒コート男が出てきたり、ともえに命を狙われたり──散々な夢が今でも続いているんだ

「あの……」

 早紀は小さな声でそう言うと男の顔を見上げた。

「これって、夢──じゃないよね」

「それは──」

「もう、最悪。夢なら今すぐ醒めてほしいよ。もう悠輔やともえちゃんが忍者かどうかなんてどうでもいいわ。これが悪い夢だったってオチになってほしい……」

「残念だけど、その期待は捨てた方がいいよ」

 男のその一言に早紀は呆然と彼の顔を見た。

 彼が早紀を見る細い瞳は強い痛々しさを感じた。その表情はまるで申し訳ないことをしてしまった──と言いたげだった。

「これは真実なんだ。君にとっては知ってはいけない真実だったのかもしれない──だけど、こうなった以上君は僕たちとの関係を絶つべきだ」

「そう言われても……」

 その一言に早紀の頭は混乱した。

 一体どうすればいいと言うの──? それを聞く前に男の口がゆっくりと開いた。

「君、彼氏のことはまだ好きかい?」

「は……?」

「藤林悠輔──彼のことはまだ好き?」

 早紀はその一言に困惑した。

 この男に何故そんなことを聞かれなければならないのだろう? そんな不信感を覚えながらも早紀はふて腐れた表情で答えた

「わかんないわ。そんなの。好きか嫌いかといえば……どっちかと言えばまだ気になるけど」

 でも悠輔ってともえの許婚とか言ってなかったっけ──?

 嘘かホントか知らないけれども、そのことでともえは自分を目の敵にしている──もう、なんだか訳がわかんなくなってきた。

「別れなさい」

 男のその言葉を聞いて早紀ははっと顔を上げた。

 困惑する早紀を尻目に彼は穏やかな笑みを浮かべ彼女を見ていた。

「何で?」

「彼の正体を知った以上、君はまともに彼と向きあえれる? それどころか今日みたいな事態がまた起きる可能性だってあるかもしれないのに……」

「それは……」

「ともかく彼とは早く別れた方がいい。それが君のためにだってなるはずだ」

 早紀はその言葉に思わず黙り込んでしまった。

 あの黒コート男もこの大男もそうだ。みんな今日の事態は悠輔が悪いと言わんばかりだ。

 でも、そんなのおかしい。いくら悠輔には裏の正体があるとは言ってもそんなの私と悠輔の問題だ。他人に別れろと口出しされる筋合いなんて──ない

「いい加減にしてください!」

 早紀は男の手をふりほどくと、迫力のない瞳で睨み付けた。

「あなたに言われなくても自分たちのことは自分たちで解決します! 悠輔は──どう思ってるかしらないけど」

「そっか……」

「ていうか何で悠輔と別れろなんて言うんですか? 彼が──忍者だから?」

 その瞬間、男の表情が一瞬険しくなった。

 そして後ろを気にするかのそぶりをしながらも、早紀に何かを促すようにすっと身体を押した。

「帰りなさい」

「え……」

「はやく──! 僕はここまでしか送れないから」

 男の細い瞳はとても強い光を放っていた。

 もうここは危険になる──そう言いたげな表情で早紀の身体を強く押した。

 早紀は困惑しながらも男の顔を振り向いた。

 まだまだ聞きたいことは沢山あった。沢山ありすぎて何から聞いたらいいのかわからなかった。

 早紀はその瞬間悔しそうな表情を浮かべながらも、アスファルトを蹴り出し走り出した。

 彼女が消えて見えなくなるのを確認して、男──こと応野邦彦はすっと後ろを振り返った。

 そこにはまるで鬼の形相でその場に対峙する藤林悠輔が立っていた。

「早紀は──?」

 彼は怒りで声を震わせながら真紅の瞳でこちらを睨んでいた。

「お前の望み通り帰した」

それを見て邦彦も緊張感を露わにさせる。

臨戦態勢に入るかのようにぎゅっと拳を握り細い目をカッと見開き悠輔をにらみ返した

「──何の真似だ?」

「言っておくが僕はお前みたいに人に借りを作ろうって浅知恵はないからな。ただ、あの場所は彼女にとって危なかったし早めに帰した方が──彼女のためにもお前のためにもなるだろう?」

「──ふざけた奴だ!」

 悠輔はその瞬間初めて激しい怒りを露わにした。

 おそらく彼は自分がすべきことを邦彦がやってしまったことに激しい憤りを持っているのだろう。

「早紀を無事に帰したからって大きい顔するんじゃない! それだけでも僕にとっては大きな貸しだ!」

「やれやれ、伊賀の家元はどこまでもプライドが高いな」

 そう言うと邦彦は呆れたように髪をかき分けた。

「そう思いたいなら思うがいいさ。だけど、僕はお前と貸し借りなどする間柄にはなりたくないね。なにせ、何を企んでいるのだかわからない相手なんだから……」

「何──?」

そう言った次の瞬間、悠輔は手に持った釵を静かに邦彦に向かって構えだした。

彼の瞳は誰の目にも明らかに真紅に染まっている。

一触即発──そんな中邦彦は一瞬身体に入った力を弛緩させ彼に向かい背を向けた。

「今日はお開きにするんじゃなかったのか?」

「それはあのメイド忍者の言い分だろ」

 悠輔はそう言うとまるで獲物を狙うかのように釵を手の中でくるっと回した

 それを見て邦彦は深いため息をついた。

「やってられん……」

 次の瞬間、邦彦は脚力だけでコンテナの上に上がった。

 それを悠輔は真紅の瞳でキッと睨みあげた

「逃げるのか!」

「ふん……今日はただやる気がないだけだ」

「ふざけるな! 僕に借りだけ作っておいて──今度会ったらただじゃ置かない!」

「……」

 その一言を聞いて邦彦はもう一度下界の悠輔をちらっと見た。

 デジャヴだろうか。その時の悠輔はまさにあの時のあの男と変わらない真紅の瞳でこちらを睨んでいる。

 それを見て邦彦は強い緊張感に包まれた。

「お前、兄弟はいるのか?」

「は──?」

「いや……なんでもない」

 邦彦は一言そう言うと深い闇の中へと消えていった。

 それを見送り一人残された悠輔は、思わず呆然となった。

お前、兄弟はいるのか──? 

邦彦のその質問に一瞬どう答えたらいいのかわからなかった。

確かに自分には兄が居た。だけど自分が遠い昔に彼は亡くなったはず──だった。


1 六本木のオフィス

同時刻──六本木


通称六本木ヒルズと呼ばれるこのセレブタウンの一角のオフィスで彼はじっとパソコンのディスプレイを眺めていた。


しわ一つ無いぱりっとしたブランドスーツにきっちりしめられたネクタイ。それに鋭い視線を覆い隠すような眼鏡──


彼は残業のキーボードを打つ手を止め、ふと背後に広がる東京の摩天楼を眺めた。


相変わらず良い風景だ──


彼はそれをみてふっと表情を崩したが、すぐに気を入れ直すようにその視線は鋭くなった。


「社長……」


闇に沈んだオフィスの中その男が急に這い出るように彼の前に歩み出た。


 その瞳はどこか虚ろげで病的な光を帯びていた。


「なんだね……」


『社長』と呼ばれた彼はその男を見るなり険しい顔を見せた。


 それは企業のトップの顔というより別次元の険しさと鋭さを兼ねそろえた恐ろしい顔だった。


「ついに主要五流派が衝突しだしたようです」


 部下の男は彼を前にしてピタリと表情を動かすことなく淡々としゃべった。


 それは男自身が機械のような冷たさを放っているかのようであった。


「そうか……」


 彼は男の形式的な報告に彼は口元ににやりと笑みを浮かべた。


「ついに始まったか」


 それを聞いて彼はまるで気持ちがうずうずするような気分に陥った。


 この摩天楼の下で現代の忍者たちが生き残りをかけて熾烈な戦いを繰り広げる──その時をどれほど待ちわびたか。


 他の流派がつぶし合いをしてくれる中だからこそ、自分たちの躍進のチャンスが巡ってくる。


 彼はそれを重々判っていたのだ。


「──俺は出かける」


 彼はそう言い残すとオフィスチェアから立ち上がり機械的な男の前に立ちはだかった。


「彼らの後始末はお前たちに任せた。くれぐれもヘマをしないようにな……」


 彼はそう言うと男の目の前である暗示をかけるように指をパチンと鳴らした。


 その瞬間、男は瞳に人間的な光を取り戻したがすぐにその瞳は空虚に濁った。


「わかりました。社長──私はあなたの駒ですから」


 男はそう言うと彼に深々と礼をする。


 それは上司と部下というより支配者と僕という関係の方がしっくり来る光景であった。


「あとは頼んだぞ……」


 その瞬間、彼はふっと笑うとオフィスの向こうの闇の中へと溶け込むように消えていく。


 ただ去り際に眼鏡の奥の真紅の瞳だけを邪悪に光らせながら。


2 戸隠の女王

「あーっ! マジ疲れたし!!


 ともえはピンクで彩られた自室につくとフリフリのレースのベッドに沈んだ。


 そして仰向けに体を変えると、その天井に花と一緒に飾られた有る写真を恨めしく眺めた


 それはともえが一三歳の時に初めて見た時当時のお見合い写真を引き伸ばしたアイツ──藤林悠輔の一五歳の肖像


 今よりか大分幼く鋭さは感じない眼鏡姿の少年だけど、この姿だけ想って今まで五年間生きてきたというのに──


 憎らしい。アイツが憎らしい。


 ともえは写真から目をそらすようにもう一度身体をうつぶせに転び直すと深いため息をついてくまのぬいぐるみを抱きながら無駄にストラップが付いた携帯電話をいじりだした


 そしてともえはそのまま有る人物に電話をかけ始めた


 コール音が二三回──そして電話の向こうの人物はいつもと同じようにハイテンションな声ででた


「もしもしー。ともえちゃんかしらぁ?」


 年端に似合わず甲高い女の声。


 誰も知らなければ若い娘のような声にも聞こえるがこれでも40歳を過ぎたのオバサンだ。


「どうしちゃったのぉ? 自分から電話かけてくるなんて……」


「別に……」


 相変わらずな営業トーク全開の母、戸隠温泉旅館「にしな」の女将仁科綾の声を聞いてともえは不満げにベッドの上で身体を横に転がした。


「で、ともえ……今日の成果はどうだったのかしらぁ?」


「そんなの知らないっ! 忘れたいくらいよ!」


「あーら、ということは悠輔君にフルボッコにされたのね」


「違うっ!」


 母──こと戸隠流筆頭女頭目仁科綾のその言葉にともえはムキになってベッドから飛び起きた


「ともかくあんな奴知らないっ! 今まであたしがどれだけ悠輔を思って生きてきたか知らなかった上に東京で女作ってそっちの方がいいって言うのよ。もうっ!サイテーよッ!」


 その言葉に電話の向こうの綾はクスクスとわらいながら言った


「つまりあなた一般人に負けたのね」


「だーかーらッ! 違うってば!」


「いいのよー。あたしも昔同じような仕打ちを悠輔君のお父さんにされましたからね」


「悠輔の──お父さん?」


 母のその言葉にともえはきょとんとした表情を浮かべた


 だがそんなともえを置いて母の愚痴は止まらない。


「本当に藤林家の男どもはひっどい奴らばっかよね……あたしも昔、(けい)(すけ)に散々手込めにされて捨てられたのよ。ま、若気の至りってヤツね」


「藤林……圭輔……忍者王(キングオブニンジャ)


 ともえはまるで譫言のようにその名を呼ぶ


 噂には聞いていた──伊賀藤林流大家元藤林(ふじばやし)(けい)(すけ)。最大勢力伊賀藤林流を率いて忍者界のトップに君臨し続ける日本一残酷と言われる忍者王──


「なに……ママ、そんな男と寝たことあるの?」


 ともえは引きつった顔を浮かべ綾に真面目に問いかける


 だが電話の向こうの綾はいつもと同じ賑やかな口調で笑った。


「なーに。昔の話よ。昔の! それに圭輔ただのエロオヤジよ」


「そいつ日本一残酷な忍者じゃないの!?


「そんなに言うなら一度会えばいいわ。セクハラされるわよ」


 何その答え──ともえはそんな綾にムッとしながらもベッドの上に座り直し母に話を切り出した


「ねえ、ママ。聞きたいことが2つだけあるんだけど?」


「なあに?」


「一つはね……悠輔のこと。私と悠輔は許婚同士だってママ言ったよね」


 その問いに綾の楽しげな声が一瞬途切れ沈黙する。


 何その妖しい雲行き……と思いつつともえはさらに話を突きつめた


「なんかおかしいのよね。悠輔みたいな使い手が私の顔見ても覚えがないっていうのよね……とぼけてる感じじゃないし真顔で知らないって言うのよ。ママ、これってどう思う?」


 その言葉に綾はさらに沈黙を続けた。


 余りにも長い沈黙にともえは「ちゃんと答えて!」と催促しようとしたその時だった。


「ごめんねぇ……ともえちゃん」


 綾は相変わらずの明るい口調でともえに謝った


「あんたに早く伝えておけばよかったのかも知れないけど。もともと彼とのお見合いは無かったのよ──否、潰された……と言っても良いかしら」


「潰された?」


 母のその言葉を聞いてともえはさらに問い詰めようとしたが、その前に綾の怒気を含んだ声が電話の奥から響いてきた


「すべてはあの男──圭輔が悪い。私が切り出したお見合いの話を悠輔君に話す前に握りつぶしたのはアイツよッ!!


「はあ……」


「もう絶対に許さないッ!! ウチのともえちゃんを傷つけておいてタダじゃ置かない! 今度圭輔にあったときはコテンパンにしてやるんだからッ!!


 電話の向こうで母が地団駄を踏んでいるのが目に浮かぶ。


 自分の母親と悠輔の父親とどう言う因縁があるかは知らないし知る気にもならないけれども、ただ言えること──それは真上のお見合い写真の悠輔はあたし一人虚しく愛してただけ。


 なんだ。あたしなんかタダの道化じゃない……


「──ともえちゃん。大丈夫?」


 そんなともえを心配してか電話の向こうの綾は初めて母親っぽくともえを労って見せるが、その次にでた言葉はとんでもないものだった。


「悠輔君のこと、そんなにショックならウチの流派が藤林家に宣戦布告しちゃっていいのよ? 元はといえばあのエロオヤジが悪いんだから──」


「馬鹿いわないでよッ」


 母の恐ろしい言葉を聞いてともえはベッドの上に跳ね起きた。


「悠輔のことはあたしが蹴りを付けますッ! もう……ママが関わるとろくな事がないんだから」


「あら、そう言うことは悠輔君の命を奪ってでも一緒になろうって事?」


「そんなこと……ママに言う筋合いはないわッ!」


 だけど母の言う言葉は半分正解だった。


 もしかしたらあたしは悠輔の死を願っているのかも知れない。


悠輔があの東京女と一緒になりたいというならば彼の命を奪ってでもそれを阻止無ければ戸隠の姫と呼ばれる自分のプライドが許さない


 ただ、それを成し遂げるには今よりも相当なレベルが必要となる。なにせ相手は日本最大の忍者勢力伊賀藤林流──こちらもそれなりの覚悟で挑まなければ怪我どころでは済まされない。


「それよりもさあ……ママ、もう一つ聞きたいことがあるんだけど」


 ともえはベッドの上でごろりと体を変えながら電話の向こうの母に聞いた


「なあに?」


「ママ、応変流って知ってる?」


 その一言に綾の言葉が一瞬詰まったが、すぐにいつもの調子で返してきた


「──ええ、知ってるわよ。東北一の忍者集団で闘気術を最も得意にしてるって聞いたことがあるけど」


「そんなことあたしでも知ってるんですけど~」


 そう言うとともえはうつぶせに寝転がると暗い瞳を光らせ母に確信を突いた。


「ママ、ウチの流派とその応変流って昔何かあったの?」


「え──?」


「私、今日応変流のキモ男に散々邪魔されたんだぁ~。その時アイツが15年前戸隠に因縁着けられたって散々言うの。ホント意味ワカンナイし!」


 そう言うとともえは頬をぶうっと膨らました。


 だがそれ以上に動揺していたのは電話の向こうの綾だった。


「ともえちゃん……」


 先ほどの楽しげな口調は一転し、綾の声は低く暗く殺気までもが滲んでいるようにも聞こえた


「何から話せばいいのか……よくわからないけど、あなたの言うとおり我が戸隠流と応変流は15年前ある男を巡って大衝突をしたわ……それは壮絶であたしも数々の優秀な部下を失ったわ」


「それで?」


 母の声色の変わりように釣られるようにともえも声も自然と低くなった。


「勝ち負け? 向こうは東北の弱小集団よ。我が戸隠が負けるはずが無いじゃない……」


「そうじゃなくて……あたしが聞きたいのはその『ある男』の正体よ」


 ともえのその低い一言に綾は一瞬言葉を詰まらせたがすぐに声色を変えず言葉を続けた。


「あの男はとんでもない食わせ物だったわ。今考えてみると──何でアイツのために我が戸隠がこれほどまで血を流す羽目になったか、馬鹿馬鹿しくて腹が立ってくるわ」


「だからーアイツとかじゃ全然意味がワカンナイしッ!」


 ともえはムッとした表情を浮かべ母親の言葉に食ってかかる


 しかしそれを止めたのは綾の低く迫力のある一言だった。


「とにかく、ともえちゃん……赤い瞳を持つ一族には気をつけなさい」


「赤い──瞳?」


 その一言を聞いてともえは目をぱちくりしながらベッドの上に起き上がる。


 ともえは母の言っている意味がわからなかったが『赤い瞳』を持つ人間だけは一人だけだが特定できた。


 どうやらともえと悠輔、一族的にも深い深い因縁があるようだった。


「はいはい、わかりましたよ。藤林家の皆さんは今後とも注視してますよーだ!」


 それに対しともえはイライラした様子で電話の向こうの母に言い放った。


 綾はそれを見てクスクスと笑い声を上げいつもの調子で言った。


「あとね、ともえちゃん。伊賀と応変を相手にするなら、こちらも味方を作った方がよさげよ」


「味方!?


 それを聞いてともえはぎょっとした様子でオウム返しした。


「そうねえ……そうだとしたら残るは協力できるのは甲賀か風魔ね──」


「甲賀と風魔──ね」


 それを聞いてともえの脳裏に思い浮かぶのは二人の忍者──上月静夜と風間英太。


静夜は完璧に悠輔と対立しているから協力の話には乗ってくるかも知れない。だが──あの男は何を考えているのかわからないところが不気味。


だとすれば風魔の英太か──彼もまた勝手に悠輔をライバル視してる見たいだし、なんて言ったってあの男はかなりの単細胞だ。


「そうね──味方を作るのもいいわね」


 そう言うとともえはベッドの上でニヤッと病的な笑みを浮かべた。


「ありがと。ママ。お陰で光が見えたみたいよ」


3 忍者王

「──くそッ!」


 戦い終わりシャワーを浴びた悠輔は濡れ髪のまま小さな冷蔵庫を開けた


 よく見ると身体中至る所が切り傷だらけ──まあそういう光景を見るのは慣れた方だが、さすがに今日の事態には堪えた


 どこかの誰かさんのせいとは言わないが、どうしてあんなに日本で5本指に入るくらいの実力の忍者が集まってしまったのだろう。


 腕には自信がある悠輔でもさすがに彼ら全員を相手するのはどんなに命があっても足りない。


 だから──戸隠の姫の提案で水入りになったのは最初は頭に来たが内心安心したのも事実だった


 彼ら全員が自分を標的にしているならそれは3倍にして返すだけ──でも、そのためには自分はもっと強くならなきゃ無理だ


 もしかしたら最も恐れていたこと──大学生活どころじゃなくなる事態に発展するかも知れない。


 早紀にもおそらく自分の正体がばれてるだろうし、本当に踏んだり蹴ったりの一日だった。


「──くそッ!」


 もう何度同じ言葉を吐いたかわからない。


 悠輔は冷蔵庫の中からスポーツドリンクのペットボトルを取り出すと喉を鳴らしながら一気飲みした。


 そんな時だった。


 ちゃぶ台の上に置かれていた携帯電話がバイブと共に動き出した


 悠輔は不機嫌そうな表情を崩さず携帯電話の方へと歩いて行く


 サブディスプレイに映る発信先は──藤林圭輔。


「──父さん?」


 その名前を見て悠輔は驚きの色を顔に浮かべた。


珍しい──携帯を使って連絡なんて何年ぶりだろう。


まあ普段父親の連絡と言えば門下の者を使っての連絡ばかりなので、携帯の連絡は別の意味で稀だった。


悠輔は携帯を手に取ると表情を変えずに応答した


「よーう! 悠輔! 生きてるか?」


 開口一番、父圭輔はふざけた台詞を吐いた。


 それに対し悠輔は一瞬吹き出しそうになったが、すぐにその言葉の意味を悟った。


「生きてるって……もしかして今日の一件もう父さんの耳に?」


「当たり前だろ~今動画見てるけど、お前も災難だったなー。このメンツで生き残ったのが奇蹟だ」


 動画って──その言葉に悠輔は思わず絶句した


 今日の戦いの動画をだれが撮ってたというのか? 門下の者か? それとも静夜の息がかかった者か──どちらにしろ忍者王と呼ばれる藤林圭輔には今日の一件が筒抜けと言う訳だ


「で、今日は何の用? 今日のダメ出しでもしに来たの?」


「いや。ダメ出しするほどでもないだろ。お前はいつもと同じように完璧だった──ただ相手が悪かっただけ」


 そう言うと圭輔は小さなため息をついて言葉を続けた。


「お前、俺が東京行き許したときの約束事覚えてるか?」


「え──?」


 圭輔その言葉に悠輔は一瞬ためらいを覚えたが、すぐに言葉を返した

「1.勉学に勤しむ一方で伊賀藤林流東京支部を率いる事を忘れないこと。2.一般人に絶対正体を見せないこと。3.女遊びは大いにしてよし、でも深みにはまるな──」


「おー流石俺の息子だ。ちゃんと覚えてるじゃないか」


「馬鹿にしないでよ。これ高校卒業の夜に一筆書かされたんだよ」


「そうだっけ?まーいいや」


 そう言うと圭輔は小さな息を吐くと今までのおちゃらけた態度が一転した


「だけど、悠輔……今日これが破られたの気づいてるか?」


 その瞬間、悠輔はハッと息を呑んだ。


 一瞬、眼鏡の奥に光る父の真紅の瞳が頭を過ぎった


「まあ成り行きと言えば否定しないんだが、お前の交際相手──たしか進藤早紀さんだっけか──彼女におそらくお前の正体がばれている。これがどういう意味か解るか?悠輔?」


 それを聞いて悠輔は答えに躊躇いを覚えた


 だけど、逃げるわけにはいかない。それは突き付けられた現実なのだから──


「うちの掟では正体を知った人間は消す──ってことになるね」


「そうだな……」


 圭輔は淡々とした口調でそう肯定した


 さすが、日本一残酷な忍者と呼ばれる藤林圭輔だ──正体を知ったならば例え息子の交際相手でも手にかけろと平気で命令しかねない。


「こればかりはお前の一存を組まないと何とも言えない。だけどお前に残された道は3つ──何も言わず彼女と別れるか、うちの術で彼女の記憶を消すか──それとも」


「じゃあ、別れる」


 悠輔の答えは早かった。


 否、これしか最善の方法が無いと言ってもよかった


「お前はそれで良いんだな?」


「例外は認められないでしょう。大家元」


「解ってるんなら何も言わないよ──」


 圭輔はそう言うとククと小さく笑った


 電話でも相変わらず威圧感たっぷりだ。聞いてて風呂上がりの背中の汗が一気に引いた気がした。


「だけどなー悠輔。女遊びは禁止してるわけじゃないから。また新しい彼女つくればいいじゃないか」


「──そんな気になれるか」


 その言葉は悠輔の口から驚くほど綺麗に吐かれた


 なんで出たんだろう──一瞬、悠輔は自分のその言葉に驚きを隠せなかった。


「悠輔?」


 父圭輔はその言葉に困惑した様子だった。


 悠輔は急いで頭を整理し、まるで取り繕うように一言言った


「僕は父さんみたいな女好きじゃない。だから……とっかえひっかえ彼女を返るなんて考えられない」


「まあ、そうだけど……」


「こういう事態になったからには僕は表の生活を投げ打ってでも彼らと決着を付ける覚悟は出来ている──だから……当分彼女なんて──」


 その言葉を言いながら悠輔の心に大きな迷いが生まれていた。


 掟のために別れなきゃいけない女──だけどそれが正しいのか悠輔には解らなくなっていった


 こんな僕にも未練心が残ってるとはな──悠輔は一つ苦笑いをしてまた言葉を続けた


「だから、父さん。僕が引き起こした事態に僕は僕なりの形で片を付ける。だから父さん、もう口出ししないで欲しい」


 その一言に電話の向こうの圭輔は小さく笑った。


「ほう……じゃあそのお前なりの片の付け方っていうのを見届けるとするか」


4 アキバのアイドル劇場

翌日──


風間英太は表のお笑いの世界へ舞い戻っていた。


 とはいえ駆け出しのトーキョーハンターに待っている仕事はスポットライトの当たらないステージの前座──


「東京タワー!」


決めギャグを繰り出す度昨日の激闘の痛みが身体を軋ませる。


 だけど、それを顔に出しては芸としてまずいと思うからいつものように明るく振る舞ってみせる


「おいおい、東京タワーって古いなあ」


「スカイツリーにしろよ。カス」


 観客からの痛いヤジが英太たちを襲う。


 無理もない。今日の舞台は秋葉原だ。


 最近流行のアイドルグループの舞台の前座だと張り切ってやってきたら、とんでもない公開処刑だった


 相手はマサシと同じようなオタクばかり──しかも生半可なオタクなんかおらずみんなガッチガチのアイドルオタばかり


 これじゃあトーキョーハンターの最強のネタがウケるはずもなく、コテンパンに打ちのめされるだけだった。


「マサシ君今日もやっちゃってくださいッ!」


 ああ、この中で俺の真の姿を知ってるヤツなんて誰もいないんだろうなあ──


 英太はオタクで埋まったしんと静まりかえる観客席を見つめながらふとそう思った


 ここで風魔忍術使ったらどうなるかな? みんな俺のこと少しは尊敬するかな? この小憎たらしいアイドルオタを打ちのめすことはできるかな──


 ──そう、こんなメイド姿をしたカワイイアイドルオタ


「……!!


 英太はその瞬間ステージ上で仰天した。


 目が──合ってしまったのだ。フリフリのヘッドセットにフリルをたくさん付けたワンピースを着たメイドの少女と。


 いや、ここは秋葉原だ。そう言うアイドルオタクは山の数ほどいる。


 だけど──英太の目に飛び込んできたのはそんじょそこらのメイドさんではない。


 金髪のツインテールにくりっとした大きな目の中に暗い炎を灯した戸隠の女頭目その人物だったのだ


(が ん ば れ エータ!)


 彼女は声を出さずに唇の動きだけで英太にエールを送る。


 なるほど読唇術で読み取れと言うことか──


(あとで屋上で待ってるから。楽しみにしててね)


「……ちょ!エータッ!!


 ぼんやり彼女のメッセージを読み取っていた英太を邪魔したのはレッドリボン軍のTシャツを着たマサシだった


「ちゃんとツッコめお! オタクたちが笑ってるだろッ」


「あ……」


 その瞬間英太は素に戻ってしまった。


その瞬間会場を埋め尽くしていたアイドルオタたちから激しいブーイングが飛んだ。


「さっさと引っ込めチャラ男!」


「俺たちはシスコスフィアが見たいんだ!」


──あの野郎……


ネタに戻った英太は悔しげな表情を浮かべ先ほど彼女が居た席を見た


だが彼女はまるで煙のようにその場から消えて無くなっていた──



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