目次
1章 現代に巣くう忍たち
1 東大生、藤林悠輔
2 警視庁幹部、相馬泰
3 侵入者
2章 休日の忍たち
1 そして、平凡な一日が始まる
2 女子大生、進藤早紀
3 渋谷の通り魔
3章 足跡を残した忍たち
1 事件現場
2 警察官、上月静夜
3 容疑者、田上明央
4章 取調室の忍たち
1 テレビ記者、叶陽一郎
2 激突-伊賀と甲賀
3 静夜の罠
4 追跡者たち
5章 オモテの忍たち
1 お笑い芸人、風間英太
2 メイド、仁科ともえ
3 JAあおもり職員、応野邦彦
6章 ウラの忍たち
1 風魔の英太
2 戸隠のともえ
3 応変の邦彦
7章 アキバの忍たち
1 ともえと悠輔
2 帰り道
8章 学園祭の忍たち
1 東都大学若葉祭
2 舞台袖
3 トーキョーハンター
4 同業者
5 最強
9章 嵐の前の忍たち
1 ともえと早紀
2 ツイてるともえ
3 ツイてない悠輔
4 邪魔者
5 嵐が来る
10章 相見える忍たち
1 知らなくていい真実
2 悪い夢
3 百地悠輔という男
4 集いし5つの流派
5 赤い瞳の一族
6 ともえの提案
7 激突する赤と青
8 別れなさい
11章 動き出す忍たち
1 六本木のオフィス
2 戸隠の女王
3 忍者王
4 アキバのアイドル劇場
5 同盟
12章 恋煩いの忍たち
1 恋人は忍者
2 最後のデート
3 守ってみせる
13章 集結する忍たち
1 警視庁のメッセンジャー
2 集結した忍たち
3 悠輔の企み

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2 悪い夢

 これは悪い夢か何かだろうか──


 男が去ってから早紀は呆然とその場に立ち尽くしてそのことばかり考えた。


 悪夢としか思えない。


友人でもあった仁科ともえに睡眠薬を盛られて、眠りから覚めたら目の前にいた見知らぬ黒コート男に藤林悠輔の正体を教えられた。彼は忍者であると──


ああ、私おかしくなってる。きっとまだ睡眠薬の影響が残っているのかもしれない。


だから悪い夢のような今が存在するし、幻のような黒コート男が見えたんだ。


夢ならいつか醒めるもの。それならいっそのこと今すぐ醒めてほしい──


 早紀はそう思いながらふらつく足でゆっくりと立ち上がった。


 とにかくあの男の言うとおり、ここから出よう。それが一番の夢の醒める道だ。


 恐怖と薬の影響で足がとてもふらつく。まるで雲の上でも歩いているかのように足場が不安定に思えた。


 だけど一歩ずつ足を前に踏み出して早紀は薄暗い資材置き場のドアへと近づいた。


 そして、ぎいっと錆びついた鉄のドアを開けると、そこはだだっ広い大きな空間だった。


 おそらく工場が稼働していた時はここに機材や資材がたくさん置かれていたメインの工場だったのだろう。


 だけど、工場が引き払った今は何もなく静寂と暗闇が支配するたただの広い空間になっていた。


 ──やだ、本当にサスペンスドラマみたい。やっぱり私拉致られたのかしら?


 早紀はそんな考えが頭によぎったがすぐに考えを変えその部屋を縦断するように出口へと歩きだした。


 その時だった。


 カツン、カツンと厚底ブーツを鳴らす音がこの広い空間に響き渡る


 早紀はその音にはっと顔を上げるとそこには街明かりに照らされた一人の少女の影。


 大きなツインテールにフリフリのゴスロリワンピースにリボンがついたヘッドセット──


 その姿を見て早紀ははっと息をのみ警戒の表情を出した。


「ともえ──ちゃん?」


 その少女の影はどんどん早紀の方へと近づく。


 それと同時に彼女の手には鈍く光る何かが握り、それをゆっくりと振り回していた。


 それはとても長い鎖、そして、その先には大きな鎌のような刃物がついていた


「あーら、早紀ちゃんもうお目覚め?」


 彼女は不気味に笑いながら一言そういった。


「できればずっと寝ててもらいところだったけど、邪魔が入っちゃったわね……」


 そんな不気味に笑う彼女をみて早紀は初めて怖いと思った。


 だけど逃げようとしても足が自由にきかない。恐怖で完璧に怖じ気づいている。


「どうして──」


 早紀はそんなともえに悲鳴に近い声で言った。


「どうしてあなたはこんなことをするの!? 私があなたになにか恨まれることしたの!?


「やったわよ」


 そう言うともえの瞳がその瞬間、暗く光った


「あんたはあたしの大事な男性(ひと)を盗った。それだけでも十分万死に値するわ」


「何で──! あなたと悠輔何か関係でもあるっていうの!?


「ええ、あるわよ……大ありよ」


 ともえはそう言うと急に病んだようにふうっとため息をつくときらきらと瞳を光らせた


「あんたが悠輔と出会う遙か前、あたしと悠輔は結ばれる予定だったの。そう──あたしたちいわゆる許嫁ってところかしら」


「い……許嫁!?


 そのことを聞いて早紀は度肝を抜かされた。


 何かの間違いだろう。そう一瞬は訂正しかけたけれどともえはさらに悦に入った表情で語り続けた。


「あれは確かあたしが14の時だったかしら──親に15歳の藤林悠輔の写真を見せられてこの人と将来結婚するのよっていわれたの。まあお見合いの話は両家の思惑のうちにお流れになっちゃったけどあたしはその時から悠輔って人に夢中! だってすっごくいい瞳してるし、なんて言ったってすっごくイケメン! それは5年たった今でも気持ちはかわっていないの!」


「はあ……」


「だから……あんたが悠輔の女だってことがとにかく気に入らないのよ!」


 そう言った瞬間、ともえは振り回していた鎖鎌を止めて早紀に向かってそれを構えて見せた。


「あんたみたいな素人同然の一般人が悠輔みたいな高貴な人とつきあうなんて許せない!」


「そんなこと言われたって──」


 そう言うと早紀は声を震わせ反論した。


「私だって知らないわよ。悠輔のことなんて表の顔しか知らなかったのに──」


 そうだ。私の知っている悠輔は表の顔なんだ。


 あの無愛想で頼りない東大生の姿はすべて彼の表の顔──だとしたら裏は?


「許せない! そんな覚悟で伊賀藤林流の家元と付き合ってただなんて──!」


 そう言ったとたんともえの表情が急に怒りに染まった。


 金髪のツインテールを逆立て瞳は恐ろしいぐらいにつり上がっていた。


「進藤早紀! おとなしくここで死になさい! それがあなたのため──悠輔のためなのよ!」


 ともえがそう言ったその瞬間、彼女は右手に持った鎖鎌を早紀めがけて放った。


 風を切って空を切り裂く光り輝く鎖鎌。


ダメだ……私ここで死ぬんだ──


早紀はその瞬間、そう感じ恐怖でぎゅっと目を閉じた。


 ……………


 …………


……?


 あれ──?


 一行に襲ってこない刃に早紀は恐る恐る瞳をあけた。


 早紀のすぐ目の前には一人の男がいつの間にか仁王立ちしていた。


悠輔──? 否違う。


あの黒コート男──? それも違う。


それは彼らとは比べものにならないほど巨大な背中だった。


「探したぞ──仁科ともえ」


 大男はともえの鎖鎌を全くの素手で握っていた。


 そこから血は出ているのだがそれ以上のダメージは受け付けていないように見えた。


「あんた──! 誰よ!」


ともえはその大男の顔を見て初めて表情に焦りを見せた。


それを聞いて大男はにやっと笑みを浮かべともえの鎖をぎゅっと引いた。


「応変流──って言えば話が早いかな?」


「応変流ですって?」


 その言葉を聞いてともえは大きな瞳をさらに大きくして驚いた。


「──あんたが応野邦彦だって言うの?」


「ああ……そうさ」


 その名を聞いてともえは少しだけ心当たりのあるような苦々しい表情を浮かべた。


 だがすぐに彼をキッとにらむとまるで牙を見せるように唸った。


「あんたね! あたしの仲間たちを次々と血祭りに上げてるってヤツは──」


「襲われたからやり返しただけだ……」


「うるさい! 大体出てくるタイミングが最悪! せっかくあたしの敵を殺れる絶好のタイミングだったのにぃ!」


 そう言うとともえは恨めしそうに邦彦と呼ばれた男を見た。


 それを見て邦彦は若干あきれた表情を浮かべた。


「この可愛い一般人がお前の敵か──これだから戸隠の忍者は低レベルだと言われるんだ」


「うっさい! あんたみたいな色のない男にオトメのコイゴコロなんてわかるはずないでしょ!」


「やれやれ……誰のせいでここまでこじれたんだか」


 邦彦はそう言うと後ろで震え続ける早紀をちらっと見た。


 その糸のように細い目はただひとつここから出て行けと強く言っているようだった。


「ともかく、戸隠の姫さんや。ボクはここで君を殺すよ。それが君たち戸隠との因縁を解決する唯一の方法だからな」


「あたしを殺すぅ~? やれるもんならやってみれば」


 そう言うとともえはすっと手をかざすと小さく呪文を唱えた。


 すると次の瞬間、邦彦の足下からもやっと紫の煙が勢いよくわき上がった


 思わず咳き込み煙から目をかばう邦彦──その隙を突きともえは高く跳躍し邦彦の首めがけて鎖鎌を振り抜いた。


 それを邦彦は右腕一本ではじき飛ばした。鋼化した邦彦の身体はどんな刃でさえ通さなかった。


 だがその手もともえは十分考慮していた。


次の瞬間彼女はワンピースのポケットからたくさんの紙を振りまいた。


ともえが手を振るとそれは意志を持ち白く小さな蜻蛉のように飛び立ち始めた。


そしてみるみるうちにそれは邦彦の巨体にべたべたとくっつき始めた


「小癪な……」


 邦彦はそう言うと静かに目を閉じた。


そして小さく息を吸うと次の瞬間彼の細い目はかっと見開いたその瞬間、彼の全身から激しい闘気が勢いよく放たれた


 吹き飛び粉々に引き裂かれる小さな紙の蜻蛉たち。


 さらに追撃するかのように邦彦は地面を蹴ると猛スピードでともえめがけて岩のように大きな拳を振り上げた。


 メリメリっと地面に埋め込まれる邦彦の拳。その瞬間大地は地響きをあげ地面は激しくえぐりあがった。


 ともえはまたしても高く跳躍しそれを避けた。そして深く息を吸って次の攻撃に備えた。


 邦彦もすぐに体勢を変えた。空を飛ぶともえめがけて手をかざすと、そこから狂おしいくらいの光と衝撃波が放たれた


 だがともえはそれを焦ることなく口を大きくあげた。


 次の瞬間、彼女の声に大気が震えた。


 邦彦の放った闘気でさえかき消すような衝撃波が彼とそして後ろで呆然と戦いを見ていた早紀に襲いかかった。


 それは耳の鼓膜を直接痛める超音波のような音だった。


 邦彦は思わず耳をふさいだ。そしてよためくように思わず片膝をついた。


──それは、無敵の鋼鉄の身体を誇っていたはずの邦彦が初めてダメージを受けた瞬間だった。


「あーら。身体は硬いようだけどどいやら耳は普通のようね」


 ともえはすっと地面に降り立つと苦痛に顔をゆがめる邦彦を笑った。


「くっ……『音撃』か……」


 衝撃でふらふらする頭を上げ邦彦はともえを苦しそうににらんだ。


 ──噂には聞いていた。戸隠には自分の声を使って相手を攻撃する秘術があると……


だが、ここまでも激し強い力があるとは──邦彦は思いもしなかった

「うふふ……あたしの声ステキでしょ。そんなに聞きたいならもう一度聞かせてあげる」


 そう言うとともえは手を前にかざすとまた大きく息を吸った。


 まずい──邦彦はぎゅっと唇をかんだ


 ともえの『音撃』をもう一度食らって無事でいられるかわからない。


ましてや──


邦彦ははっと後ろを振り向いた。そこには耳をふさいでそのまま失神した早紀がぐったりと倒れている。


何の訓練もしていない彼女がこの術をもう一度食らえば確実に命はない。


そのためには──何とかして彼女を黙らせないと。


邦彦は右手を横にかざすとそこに自らの闘気を溜め始めた


今度は彼女の声にかき消されないようにフルパワーをぶち込むつもりだった。


しかし、様子が変わったのはともえの方だった。


次の瞬間彼女は何かに気づいたかのように、術を貯めるのをやめて側転して何かをかわした。


直後彼女の頭を正確に狙って通り抜ける二つの細く煌めく光──


ともえ、邦彦──そこにいる誰しもがそちらの方向を振り向いた。


コツン、コツン──


彼はゆっくりとした足取りでこちらに近づいてくる。


真っ黒なTシャツの上に背中に龍をあしらった真っ黒な陣羽織、そして額には目が覚めるくらいの真っ赤な色の長い鉢巻きをくくりつけて。


もはや彼の瞳には眼鏡は存在していなかった。ただ有るのは暗闇に赤く光る真紅の瞳だけ。


昼間の顔、情けないエリート東大生の仮面を脱ぎ捨てた藤林悠輔はその瞬間、夜の顔、日本最大の忍者流派伊賀藤林流の家元『百地悠輔』としてこの場に舞い降りたのだった。


3 百地悠輔という男

「きゃぁ! 悠輔!」


 彼の姿を見て真っ先に反応したのはともえであった。


「いやーん。やっぱり悠輔は似合わない眼鏡よりその格好が似合うぅ~! もう、超カッコイイ!」


 ともえのその一言に悠輔は無言のまま冷たい視線で返した。


 その視線には若干の怒気も混ざっていた。


「お前……ボクを助けたのか?」


 邦彦は大きな身体をよろめかせながら悠輔の方を向いた。


 だが彼はその一言を笑い捨て言った。


「助ける? 馬鹿を言うな。僕は早紀を救いたいだけだ」


「やだー。悠輔まだあの女に未練があるのぉ~」


 その一言にともえは不機嫌そうに口をとがらせた。


 そんな彼女をまるで軽蔑するような視線で悠輔は見下した。


「君は最低の忍者だ」


「え……」


 その一言にともえの表情が凍り付く。


 だが悠輔は口撃を止めることはしなかった。


「君が僕に何の恨みがあるかは知らない。だけど、一般人の早紀を僕たちの争いに巻き込むなんて僕は君を──否、戸隠流を軽蔑する」


 その言葉を聞いて邦彦は言ってはいけないことを言ってしまったなと思った。


 その証拠にそれを聞いたとたんともえはわなわなと身体を不気味に震わせていた。


「ひどい……悠輔」


 ともえは泣きべそをかいていた。


「だいたいさぁ……あんたが一般人と付き合い出すのが元凶じゃないの! 伊賀藤林流の家元ならそれなりの相手と付き合いなさいよ!」


「誰だよ。そのそれなりの相手って──」


 悠輔はその一言に半ばあきれ顔で深いため息をついた


 それを見てともえはさらに怒りを瞳に溜めた。


「バカ! いい加減に思い出しなさいよ! 元許嫁の顔くらい──!」


「は──? 元許嫁?」


 その一言に自信ありげな悠輔の表情が初めて曇った。


 それは全くの寝耳に水だった。


 何かの間違いだろう──いつから伊賀藤林流は戸隠流とそう言う関係になったんだ? 長年対立しあってた流派じゃなかったのではないのか──?


「やだぁ……本当に忘れてる」


 悠輔のその困惑した表情にともえは不機嫌そうに口を曲げた。


「ねえ、覚えてないの? あんたが15の時だと思うんだけど。こーんな可愛いくノ一のお見合い写真見せられなかった?」


「……?」


 その一言に悠輔は首をひねった。


 悠輔はどうしても思い出せなかった。過去にあった婚約の話も少女だったともえの面影も──


「ごめん、本当に記憶にないかも……」


「えええ! そんなぁー!」


 その一言にともえは衝撃を覚えた。


「何かの間違いじゃない! あたしは5年間ずーっと悠輔のことを思って生きてきたのよ! それなのに何? あんたはそれを知らないで一般人の早紀と付き合ってたの!?


「そんなこと言われたって。そんな婚約、記憶にないもんはないんだ」


「あああ! もういい! 期待したあたしがバカだった!」


 そう言うとともえは鎖鎌の切っ先を悠輔めがけて構えた。


「藤林悠輔!もう一度言うわよ──あたしとあの女どっちが伊賀藤林流の家元にふさわしいと思う!?


「そんなこと急に言われても……」


 悠輔はその言葉に困惑しきりの顔を浮かべたが、すぐに彼は冷静を取り戻した。


 鋭い真紅の瞳でともえを射貫くと重たい言葉で一言言い放った。


「だけどこれだけは言える。僕はくノ一を恋愛対象に絶対にしたくない。君を見て強くそう思ったね」


 ──ああ、また言ってしまったな。


 遠巻きにその様子を見ていた邦彦は悠輔の言葉に対しそう思った。


 その瞬間、邦彦が危惧したようにともえの中で何かがキレたようだった。


「ひどい──」


 彼女はそう言うと半泣きになりながら悠輔を睨んだ


 その瞳は深く暗い闇を湛え、唇をぎゅっとかみ、右手で再び大きな鎖鎌を振り回し始めた。


「こんなにあんたを想っているのにそんな言い方ひどすぎる! いくら悠輔でも──その言葉は許せない!」


 そう言ったその瞬間彼女は悠輔めがけて鎖鎌を放った


ひゅんと風を切り音速のごとく回転し悠輔を襲う刃──


だが悠輔の真紅の瞳はその軌道を完璧に予測していた。


彼は軽く身体を反らしその刃を回避する。そして後に続く鎖を片手一本でつかむと彼は鋭い瞳で彼女を見た。


「これが君の答えかい?」


「ええ、そうよ」


 そう言うとともえは病的なほどの笑顔を浮かべた。


「あたしはあんたを殺してでも一緒になる。それがあたしの──答えよ!」


 ともえはそう言うと悠輔に握られた鎖を強く引いた。


 その瞬間、まるで生命が宿ったかのように再び悠輔に襲いかかる鎌。


 悠輔は瞬時に鎖から手を離すと軽く跳躍してその一撃を難なく回避した。


「わかったよ」


 とんっと軽やかに地上に舞い降りた悠輔は腰ベルトに付けた一対の釵を勢いよく抜いた。


 それをまるで遊ばせるように手の中で回転させながら悠輔は真紅の瞳でともえを見た。


「それが君の答えなら僕も答えよう。この刃でね──」


 そう言った瞬間、悠輔は地面を蹴りともえめがけて獣のように躍りかかった。


 それに対しともえは鎖鎌を自らの頭上で激しく振り回しそして一撃一撃を放ち続けた


 ともえの鎖鎌は一直線に走り抜ける悠輔に次々のように襲いかかった。


 それはまるで彼女を守るように暴れ回る龍のよう。一撃がくる度に激しく地面をえぐっていく。


しかし悠輔はその龍の一撃の一つ一つを見落とすことはなかった


 彼は一撃がくる度に瞬間的に速度を上げそれを難なくかわしてみせる。その様子は瞬間移動でもしているかのようだった。


 それを見てともえは瞬時に戦術を変えた。印を結び素早く呪文を唱えると彼女の周りに生命が宿った小さな紙が無数に現れた


 それは紙の刃のように悠輔めがけて一気に襲いかかった。


 だか、悠輔はそれを見ても焦るそぶりを見せなかった。


 悠輔はカッと真紅の瞳を見開いた次の瞬間、彼の周りは激しい灼熱に包まれた。


 ともえの紙の刃はあっけなく彼の前で音もなく燃え尽きていった。


「火遁結界──!」


 それを見てともえは激しく動転した。


 伊賀は火遁を得意としているとは聞いていたが、これほどまで瞬間的に最高位の術である火の結界を作り上げるなんて──なんて言う使い手なのだろう。


「どうしたの? もう妖術は終わり?」


 揺らめく灼熱の陽炎の中、悠輔は真紅の瞳を光らせにやっと笑って見せた。


 そして次の瞬間、彼は小さく手をかざすとそこから大きな炎が立ち上った。


「それならおとなしく──死ね!」


 そう言ったその瞬間、悠輔の周りをうごめいていた炎がまるで彼の命令を聞くかのように大きく燃え上がりともえめがけて襲いかかった。


 まるで巨大な二体の蛇のごとく蛇体をくねらせともえに食らいつく炎。


 しかしともえはその炎を高く跳躍し飛び越えると、下界で炎を操る悠輔めがけて手をかざした。


「こうなったら……結界ごと吹き飛ばしてやる──!」


 ともえはそう言うと息を深く吸い込み再びあの技の構えをとった。


 ともえは自信があった。これが決まれば悠輔の炎の結界も解けるし、彼に深刻なダメージも与えられる。


 形勢逆転を狙った一か八かの大技──それが戸隠流奥義『音撃』だった。


 彼女が口を開いたその瞬間周りに音の衝撃波の輪が放たれた。


 その声は激しく大気を震わせともえの辺り一帯を文字通り吹き飛ばした。


 ──やった!


 その瞬間ともえは勝利を確信した。


 土煙の中もはやそこには悠輔の炎の気配もなにもない。


 ともえは下に向けてにやっと病的な笑みを浮かべたその時だった。


 それは飛び上がったともえの背後に立ち上った殺気だった。


「──!」


ともえははっとしてそちらの方を振り返る。しかし、もうそれは遅かった。


 すぐ背後には先ほどの『音撃』を直撃したはずの悠輔の真紅に光る瞳──そして彼の手には鋭い釵が握られていた。


 次の瞬間、悠輔は隙のできたともえの首筋に釵を激しく打ち付けた。


 ともえは何もできなかった。そのまま地面に叩きつけられることしかできなかった。


 立ち上る土煙。


決定的な一撃を食らったともえは痛む身体を必死に起こそうとした。


 だが、ともえにもはや反撃する力など残っていなかった。


「くっ……結構効くな。戸隠の『音撃』は」


 地面に優しく降り立った悠輔は、その瞬間耳を押さえ身体をふらつかせた。


 どうやら先ほどのともえの一撃は全くの無効だったワケじゃなかったらしい──


「──なんで?」


 ともえは痛む身体を起こしながら悠輔を見た。


「何で私のあの術をかわせたの? 意味わかんない」


「ああ……これだよ」


 悠輔はそういうと耳から何かを取り出てそれをともえの方に投げた


 耳栓──それを見てともえは絶句した。


「しかし、これをしてこのダメージっていうのはちょっと恐ろしいな。なかったらと思うとぞっとするよ」


「……」


 その一言を聞いてともえは黙ったまま悔しそうに土もろとも拳を握りしめた。


 悔しいがこれ以上の反撃は無理──自分は悠輔に完璧に負けたのだから


「さてと……どうしようかな」


 そう言うと悠輔は釵を手の中で踊らせながら蹲るともえの方へと近づいた。


「殺せばいいじゃない……」


 そんな悠輔を見てともえは悔しそうにそうつぶやいた。


「あたし、悠輔に殺されるならそれはそれで本望だよ。さあ、早くやっちゃったらいいじゃない!」


「うーん、彼女そう言ってるけど……応変流の頭領さんはどう思う?」


 そう言うと悠輔は奥で片膝をつき耳をかばう邦彦を見た。


「ボクは……」


「大体、どういう事情があるか知らないけど彼女は君の獲物だったんでしょ?」


 その一言に邦彦は怒ったように悠輔を睨んだ


「情けで譲ってやるっていいたいのか!」


「あいにく僕はそこまで優しくない」


「じゃあ、何なんだその態度は──ボクに了解取る必要ないだろ!」


 その一言に悠輔はにやっと邪悪な笑みを浮かべともえの手を踏んだ。


 徐々に力の入る悠輔の足に、ともえは激痛に苦悶の表情を浮かべた。


「僕は君に借りを作ってやりたいんだ」


「借り?」


「そう、応変流と戸隠流になんの因縁があるかは知らないけど、僕が今彼女を殺さずに君に譲ればそれはそれで借りができる。そうすれば君たち応変流は僕たち伊賀に頭が上がらなくなる……」


 その一言を聞いて邦彦の表情が一気に怒りに燃えた。


 かっと見開いた鋭い瞳で悠輔を睨み付けると、まるで牙を見せるように歯を食いしばった


「お前──それが目的か!」


 その言葉に悠輔は邪悪な高笑いをあげた。


 そして真紅に染まった瞳で邦彦をにらみ返した。


「当たり前じゃないか。この状況を利用しないわけにはいかないだろう」


「くそっ!」


 そう言ったその瞬間、邦彦は手を前にかざし悠輔めがけて闘気を放った。


 まるでともえから離れろと言わんばかりに──


 悠輔はそれを軽く跳躍でかわすと、言われたとおりにともえから離れて着地した


「それが君の答えか……」


 そう言うと悠輔の瞳がまた真っ赤に光った。


 邦彦はゆっくりと巨体を揺らし立ち上がり彼を睨み返した。


「藤林悠輔──お前を生かしてはおけない」


「ふうん……面白いこと言うじゃない」


「伊賀と戦うことはこの勢力争いに参戦すること──応変流としてそれを避けてこようとは思ったがもう我慢できない! お前を倒さなければこの戦いは永遠に終わらない!」


 そう叫ぶと邦彦は岩のような拳を振り上げ地面を思いっきり殴りつけた。


 その瞬間、彼の周りから地面を割るような激しい衝撃波がものすごい勢いで走っていく。


 悠輔は瞬間的に側転してそれをすんでの所でかわした。


 しかしその次の瞬間土の波のような衝撃波は地面をいとも簡単に引き裂いていった。


「土遁──か」


 巻き上がった土煙の中悠輔は釵を構えながら一言そうつぶやいた。


 なるほど──この舗装されてないむき出しの地面ならば彼のお得意の土遁が使いたい放題というわけか……


「面白い。ならばこちらは火遁で迎え撃とう!」


そう言うと悠輔は素早く印を結んだ次の瞬間、彼の周りに再び紅蓮の炎が纏わり付いた。


そして手を水平に振ると数個の火の玉が邦彦めがけて猛スピードで放たれた。


それを見て邦彦は瞳を閉じてもう一度手をかざし自らの周りに闘気を纏わり付け始めた。


そして溜めた闘気を解き放つため目をカッと開いた──その時だった。


ザンっ!


悠輔と邦彦の間に一本の真っ赤な棒が突き刺さる。


その光景に悠輔も邦彦も驚きを隠せなかった。


「誰だ──!」


 悠輔はキッと虚空を睨んだ。


 そこには黒と金のツートンカラーのソフトモヒカンにじゃらじゃらとピアスをした一人の男──腕に摩利支天の入れ墨を彫った風魔忍者の風間英太が棒の上に器用に一本立ちしていた。


4 集いし5つの流派

「戦ってるところ邪魔してすまんな」


 英太は二人をじろりと睨み付けながら一言言った。


「黙って見ていようと思ったんだけど、俺、そう言う性格じゃないからさ……ついつい手出ししちゃった」


 そう言うと彼は無邪気に笑って見せた。


 それを悠輔は苦々しい表情で睨み付けるのみだった。


「──何しに来たの?」


「そりゃ……」


 そう言うと英太は棒の上からひょいっと降りると、地面に刺さった棒を抜いた。


「藤林悠輔──お前を倒しに来たんだよ」


 英太は棒をゆっくりと振り回しながら悠輔の周りをうろうろと歩いた。


しかし、その一言に悠輔は全くの無反応だった。


「──って! 完璧に無視かよ!」


 そんな悠輔の態度を見て英太はムカッとした態度で悠輔を睨んだ。


「やい! 藤林悠輔! 何でてめえは俺ばっかり無視するんだ! ふざけるなッ! てめえ絶対ぶっ殺す!」


「うるさいな……勝手にほざいてろよ」


 そう言うと悠輔は英太と邦彦に背を向けてふと考え込んだ。


「ていうか、僕──君たちと戦うためにここに来たワケじゃないんだよね……」


「何ッ──!」


 その一言に英太も邦彦も驚きの表情を浮かべた。


 だが悠輔はずっと虚空を見回し睨み続けた。真の敵を探すかのように。


「いい加減高みの見物をやめて出てきたらどうだ! 上月静夜!」


 悠輔のその叫びは広い廃工場内に響き渡った。だがその問いに対する答えはなかった。


「君が僕たち5人をここに呼び寄せようと仕組んでるのはわかるんだ。そこまでして僕たちの奥義が破りたいのかい? それなら自分の手で試してみたらどうなんだ──!」


「いや……」


 その低い声は悠輔のすぐ上から降ってきた。


 はっとそちらの方を向くと、真っ黒なコートをはためかせ手に重厚な手甲を付けた背の高い男──甲賀の頭目上月静夜が二階の踊り場に悠然と立っていた。


「今日のお前は忙しそうだから──別に俺が手を下さなくてもいいだろう」


「誰のせいで忙しくさせられてると思ってるんだか……」


 悠輔はそう言うとぎりっと恨めしい瞳で静夜を睨んだ。


「とにかくさっさと降りて来いよ……君だけ神様みたいに高みの見物なんて僕のプライドが耐えられない」


「そんな悠長なこと言ってられるのか?」


「何──!」


 その瞬間だった、悠輔の背後におぞましいほどの殺気が猛然と迫った。


 悠輔は軽く跳躍してその一撃をかわした次の瞬間、激しい砂埃と突風があたりを吹き抜けた。


「ち……逃がしたか」


 その砂埃の中にいたのは棒を悠然と振り回す英太だった。


 彼は悠輔を金色のに光る瞳で悠輔を睨み付けるとその棒を彼に突きつけた。


「やい! さっきから散々俺のことばっかり無視しやがって──もう我慢できねえ! てめえは俺の手で殺す!」


 悠輔はそれを見て落ち着き払っていた。


 ぱんぱんと被った埃をはたきながら深いため息をつき言った。


「仕方ない。面倒だけど相手になってやる」


「ムカー!! その態度が気に食わねえんだ!」


 そう言うと英太は棒を翻し地面を蹴って悠輔に躍りかかった。


 速い──! 


悠輔は生まれて初めて英太の攻撃のスピードにあの発達しきった動体視力がついていかなかった。


 はっとした時には彼は悠輔の目の前で棒を振りかぶった。


 とっさに悠輔は釵でその攻撃を受け止める。それしかできなかったのだ。


「──なかなかやるな」


 英太の棒と鍔迫り合いしながら悠輔は初めて悔しそうにそうつぶやいた。


 その一言に英太はまるで勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「まだまだ……俺の実力はこんなもんじゃねえ!」


 そう言ったその瞬間、競り合っていた英太の棒が急に軽くなった


 ──否、彼の棒はその瞬間、三等分にきれいに別れまるで蛇のごとく悠輔に襲いかかったのだ。

 悠輔は速く予測不可能な攻撃をからがら身体をかがめて回避する。


 次の瞬間、悠輔のすぐ後ろにあったコンクリート壁が大きくえぐられた。


「ち……まさか、俺の攻撃をかわすとは……」


 英太は悔しそうな表情を浮かべそう舌打ちした。


 彼の武器は棒から三節棍へと瞬間的に変化していた。


「なるほど、そういう武器──ってわけか」


 三節棍を振り回す英太を見て悠輔はにやっと笑みを浮かべた


 彼の棒はただの棒ではない。瞬時に三等分に形態を変える変形棒だということだった。


 しかし、とんでもないスピードにとんでもないパワーだ。


 悠輔は無残にえぐり取られたコンクリート壁をちらっと見た。


 この風魔忍者──思っていた以上に厄介な相手かもしれない。何せ自分のあの瞳でさえ追いつかない攻撃をしてくるのだから。


「今度はこっちから行くぞ──」


 悠輔は真紅の瞳で英太を睨み付けると両手の釵を握り直した。


 そして地面を強く蹴り上げると三節崑を構える英太めかげて躍りかかった。


 英太はそれを見て瞬時に三節崑を元の棒に戻した


 そして悠輔の釵の連続する二撃を棒を回転させながら受け止めた。


 それにすかさず悠輔は畳みかけるように釵の攻撃の手をやめなかった。


 右をの釵を打ち付けると次は左の釵──そしてまた右の釵。


 悠輔の畳みかけるような攻撃に英太は棒一本で対応した。


 まるで力をきれいに分散させるかのように彼の棒は流れるような華麗な動きで悠輔の攻撃を受け流す。


 だが悠輔の攻撃は数を増すごとに重さも増していった。


 めり──。


 ある一撃を受け止めた瞬間、英太の靴は地面に強くめりこんだ。


 そのまま押すかのように悠輔は両手の釵に全精力を込めるかのように英太の棒と鍔迫り合いをした。


 英太の足はその衝撃にどんどん地面へと埋まっていく。


彼は少し苦しそうな表情を浮かべ悠輔を睨み付けた。


「くそ……小癪な!」


 そう言ったその瞬間、彼は再び棒を三節崑へと変化させた。


 その瞬間、一瞬攻撃の手をやめ英太から距離を取る悠輔。英太はそれを見逃さなかった。


 英太は三節棍を思いっきり振り回した。


 その瞬間、彼の周りに狂おしいほどの風が纏わりついた。


「──風遁!?


 それを見て悠輔は緊張感を漲らせた。


 次の瞬間、英太は三節棍を強く振り纏わり付けた暴風を悠輔めがけて解き放った。


 立ち上る砂埃につむじ風に似た衝撃。悠輔は手で顔を覆いながらそれに耐えた。


 だがその瞬間、悠輔は英太の姿を完璧に見失っていた。


 まさに風に(かく)れる技──英太の姿は風とともにぱたりと消えていたのだ


「くそ──!」


 悠輔はその瞬間初めて顔に焦りの表情を浮かべた。


 真紅の瞳をカッと見開いてももはや英太の姿を映すことはできなかった。


 なぜなら彼は彼の瞳でさえ捕らえられないスピードでで完璧に気配を消して悠輔に襲いかかったのだから。


 悠輔は自分のすぐ側でわき上がった殺気にハッとしたが、もはやそれは遅かった。


 すぐ目の前には三節棍を振りかぶった英太の姿。それは悠輔の頬にクリーンヒットした。


 その衝撃はすさまじかった。あの悠輔が軽く10メートルほど飛ばされるほどなのだから。


 悠輔は地面にそのまま叩きつけられながらも、即座に起き上がろうとした。


だが英太の一撃はかなりのダメージだった。口の中には血が溜まり身体全身が痛む。どうやら軽い脳震盪を起こしているようだ。


「これが風魔流奥義、風縫いの術──」


 英太は冷たい瞳をしながら一言言った。


「俺は一瞬だけの間だったら気配も姿も完璧に消すことができる。それは特殊な瞳を持ってるって言われる伊賀の家元にも見破られないようだな」


 それを聞いて悠輔は顔に悔しさをにじみ出した。


 彼の言うとおり、悠輔の瞳は完璧に英太の姿を見失っていた。


 それは自分の視力に絶対的な自信を持っていた悠輔にとって衝撃的な負けであった。


「厄介な技ばっかり使いやがって……」


 悠輔はゆっくりと立ち上がると口に溜まった血を吐き出した。


 そして両手の釵を構えると真っ赤な瞳で英太を睨み付けた。


「来い──! 今度は僕が君の術を破ってやる!」


 その一言を聞いて三節棍を振り回していた英太の手が止まった。


 そして口元に蔑んだような笑みを浮かべ彼を見た。


「ふん……何度やっても結果は同じだというのに……」


 そう言うと英太は三節棍を大きく振りかぶるとまた彼の周りに風が纏わり付かせた


「そんなに早く死にたいのなら、望み通りにやってやる──!」


 そう言ったその瞬間、英太は悠輔めがけてまた三節崑を振りかぶっていた。


 巻き上がる暴風、立ち上る土煙──だが今回の悠輔の様子は先ほどとは少し違っていた。


 彼はずっと瞳を閉じたままだったのだ。


まるで何かに集中するかのように悠輔は瞳を閉じ釵を構えたまま微動だにしなかった。


 そして呼吸を整えるように深く深呼吸した次の瞬間だった。


 ──時間(とき)よ、止まれ!!


 その瞬間、悠輔はいつにもまして赤く光る瞳をカッと見開いた。


 それはこの空間にいる人物にとっては気づくこともない微かな変化かもしれない。


 だが悠輔自身にとってそれは大きなチャンスに他ならなない。


 なぜなら──あれほど見えなかった英太の姿がピタリと止まって見えているのだから。


 悠輔はその隙を逃さなかった。構えた釵を振りかぶると止まってがらんどうになった彼胸にそれを強く打ち付けた。


 次の瞬間、時は再び流れ出した。


「な……!」


 英太の身体は意に反して真後ろに強く吹き飛ばされた。


 彼は何が起きたか未だ理解できていなかった。


 今まで悠輔の瞳でさえ追いつかなかった自分のスピード、それをたった一撃にして破るなんて──


「てめえ……何使いやがった……」


英太はゆっくりと叩きつけられた地面から起き上がると咳き込みながら悠輔をじろりと睨んだ。


悠輔は暗闇の中真っ赤に光る瞳でじっと英太を見下ろし平然とした態度で言った。


「時間を止めた」


「は?」


その一言に英太の目は点になった。


彼には悠輔の言っている意味がさっぱりわからなかったのだ。


「冗談はよせよ。時間が止められるなんて忍術超えて超能力じゃねえか!」


「それが僕にはできるんだよ。僕の瞳はね──」


 そう言うと悠輔はは口元にニヤリと勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「『視停止』──それが伊賀藤林流奥義にして『紅蓮の瞳』を完璧に使いこなした者にしか使えない秘術。君が一瞬だけ姿を消せるように僕は一瞬だけ対象の時間を止めて見ることができるのさ」


 それを聞いて英太は思わず息をのんだ。


 完璧に自分の動きは悠輔の瞳に勝ったとばかり思っていたからその事実に愕然とした。


 時を止めるってどういうことだ──? どんなに彼の前で姿を消そうとも彼の瞳で時を止められしまえばすべて無駄ではないか──?


「どうしたの? もう終わり?」


「──うるさい!」


 そう言うと英太はよろめきながらも立ち上がり棒を振りかざした。


「訳のわからん術ばっかり使いやがって──もう許さねえ!!


 その瞬間、英太は悠輔めがけて棒を振りかざして躍りかかった。


 時を止めようが止められまいが自分のスピードは最強だ──


 この一撃ですべてを終わらせる。その意気込みで英太は棒を分解し三節棍へと変化させそれを振りかぶった。


 だがその瞬間、英太の動きは意に反してぴたっと止まった


 身体が──動かな──い!


 まさかこれが「時が止まる」術だというのか──!


 否、違う。


完璧に硬直しきった全身の筋肉、棒を振りかぶったまま身体はふるふると震えはじめ、体中から脂汗が垂れた。


 ──これは別の術だ。


「かかったな……」


 目の前の悠輔は地面に右手を付けにやっと笑みを浮かべた。


 英太はハッと足下の地面を見た。そこには縦5本横4本の交差した図形『九字』の結界──


「九字縛り罠術(トラップ)──!」


 身体を硬直させながら英太は苦しそうにそう言った。


 なぜ気づかなかったのだろう。こんな罠に──


 それよりも自分のスピードより速くこの罠を用意するなんて不可能だ。だとしたら──


「言っただろ。僕は時を止められるって……」


 悠輔はそう言うと空で手を泳がせるように印を結んだ。


 すると英太の足下の九字結界は赤く光り出し英太の身体をさらに縛り上げた。


「先ほどの攻撃で君のパターンは読み切った。間合いにもよるけど僕に達するまでの歩数は──約4歩ほどだね。その間に君が地面を踏みしめるところを予測してこれを設置した──ただそれだけさ」


「──くそ!」


 英太は術に強く縛られながら苦しくはき出すようにそう言った。


 見切られてないと思っていた攻撃はやはりすべて見切られていた──ということか


「まあ、君はそこでじっとしておいてね」


 そう言うと悠輔は九字縛りの術をかけた針を地面に突き刺した。


 それを見て英太はむっとした表情を浮かべた


「なんだよ! 俺をこのまま放置させるつもりか!」


「だって、第一君を相手する予定はなかったんだもん」


「ふざけるな──! てめえのそう言う態度が気に食わねえんだよ! この術解けたら絶対てめえをぶっ殺す!!


「──はいはい」


 呆れたようにそう言うと悠輔はすっと立ち上がった。


「僕の術を破ったら相手になってやるから。それまではおとなしくしてろ」


 そう言うと悠輔は英太からすっと背を向けた。


 まだ九字に縛られた英太は後ろで何か文句を言っているがもはや悠輔には何も聞こえなかった。


5 赤い瞳の一族

「あーあ。つまんないなあ……」


 ともえは地べたに座って一つ深いため息をついた。


 目の前では悠輔と英太が戦っている。なかなかの互角の勝負だ。


 だがともえはあまりその勝負の行方に興味が持てなかった。どっちが勝っても自分には関係ない──そんな気がしてならなかった。


「どうした? お前の愛しの伊賀の家元が戦ってるんだぞ」


 その一言を言ったのは先ほどまでともえと敵同士として戦っていた応変流頭目応野邦彦だった。


 そんな彼をともえはしめったような視線で睨み付けるとつんとした態度で話した。


「べっつにー。だって悠輔あたしのことなんて興味ないんでしょ? だったらあたしだって──」


 そう言うとともえはゆっくりと立ち上がった。


先ほど悠輔に付けられた首の傷跡がまだずきずきと痛む。


 当たり所が悪かったら首の骨折られておそらくそのまま死んでいたかもしれない。それくらいの衝撃だった。


「ていうかさ、あんた一体何様のつもりよ!」


 ともえは首をさすりながらそう言うと邦彦の巨体を見上げるように睨み付けた。


「何様──って?」


「どーしてあたしたち戸隠ばっかり狙うのよ! 意味わかんないし!」


「……お前は知らないようだな」


 そう言うと邦彦は深いため息をついた。


「まあ無理もない。いざこざが起きたのは僕たちの親世代の話だからな──」


「親世代?」


 ともえはその言葉を聞いて大きな目をさらに丸くした。


 それを見て邦彦は淡々とした表情で語り出した。


「お前は本当に何も知らないようだな……まあいい。教えてやろう。今から15年前お前たち戸隠と僕たち応変は友好的な協力関係にあった。あの事件があるまで──はな」


「あの事件?」


 ともえがそう聞くと邦彦は暗い表情を浮かべた。


 まるで思い出すのも忌々しい──と言いたげな。


「ある日僕たちは瀕死の重傷で倒れていた伊賀の抜け忍を保護したんだ。その男は若かった。ちょうど13歳くらいだった僕と年はそう離れてないはずだった。僕たちは彼の正体を知らずに彼を介抱した。だけど彼はとんでもないタマだった。とんでもない……」


 そう言うと邦彦は目の前で赤い瞳を光らせ英太と戦う悠輔を細い目で睨んだ。


「──で、その抜け忍とあたしたちの関係はなんなのよ!」


 ともえは訝しげな表情を浮かべ邦彦に高圧的な言葉でそう聞いた。


 それに対し邦彦は全く知らないのかと言いたげにもう一度ため息をついた。


「彼の正体を真っ先に気づいたのはお前たち戸隠なんだよ。どういう心変わりがあったのかは知らない。だけど、お前たち戸隠は彼を奪還するために僕たちに宣戦布告してきたんだ」


「え──?」


 それを聞いてともえは絶句した。


 自分はその時幼すぎたからだろうか──そんなこと今まで全く耳にしたことがなかったのだ。


「それは血で血を洗うような抗争だった。僕たちもお前たちも相当の犠牲を払って一人の傷ついた忍者を奪い合った。馬鹿馬鹿しい争いだよ。ホント──アイツのせいで今日まで戸隠とこうやって因縁関係にあるんだから」


 そう言いながら邦彦は苦痛に満ちた表情で右肩を押さえた。


 鋼化した身体を貫いたあの刃。あの時の傷が疼く


あの男の瞳は一生忘れない。そう目の前の藤林悠輔と全く同じ色をしていたあの瞳を


そして彼は邦彦だけに本当の名を名乗った。自分は──


「ほう……その話は興味があるな」


 背後からわき上がるようなその声に邦彦もともえもはっと後ろを振り向いた。


 そこには二階の踊り場から華麗に舞い降りた上月静夜の姿があった。


「お前──いつの間に!」


「ああ、全部聞かせてもらったよ。応野邦彦──お前が戸隠を狙う理由も、そして伊賀の家元に恐れをなす理由も──な」


 静夜のその一言に邦彦の表情が一変する。


 その細い瞳で静夜をじろりと睨み付けると怪訝そう顔をして言った。


「別に──それはお前の思い過ごしだろう……」


「いいや、俺はずっと疑問に思っていた。何故お前が藤林悠輔のあの瞳を見て動揺を隠せないでいるのか──なるほどね、過去にあの男に相当なトラウマを植え付けられたようだな」


「……」


 その言葉を聞いて邦彦の昔の古傷がズキッと痛んだ。


 確かにあの赤い瞳は今でも怖い。彼と同じ瞳を持つ悠輔も同じように怖い存在だ。


 だけど、何故この男上月静夜はそのことを知っているのだろう──まるで自分のこの目で見ていたかのような言いぶりだ。


「ああ、言い忘れたな」


 そう言うと静夜はニヤッと不気味な笑顔を浮かべた


「俺たちもあの男を15年間ずっと追っている。こちらにも浅からぬ因縁があってね──」


「何──?」


「まあ、生きてるか生きてないかは別の話として、お前ら弱小流派が手を出すには火傷する相手だぞ。また15年前の事件の二の舞になりかねん」


 憎たらしい笑い声を上げながらそういう静夜の声を聞いて、邦彦は何とも腹立たしい気分になった。


 この男は少なくとも自分よりもあの男の情報を握っている。そう思うだけで邦彦は心を掻き毟られそうな思いだった。


「あのー」


 そんなにらみ合う静夜と邦彦の間に入るようにともえは腑に落ちない表情を浮かべ言った


「さっきから15年前の事件とかあの男だとか言ってるけどぉ~一体それって何なの? あたし、あんたたちよりずーっと若いんだから意味わかんないし! ちゃんと説明してよ!」


「……説明するのが面倒だな」


 ともえのその言葉に静夜は厄介そうに頭をかいた


「ともかくガキは親に事情を聞いて来いよ。それだけしか俺は言えん」


「なにそれ! しずちゃんの意地悪!」


「……一言、言っていいか」


 静夜は顔を引きつらせながらともえを睨み付けた


「いい加減俺のこと『しずちゃん』って呼ぶのやめてくれないか? 気持ち悪くて吐き気がする」


「えー! いいじゃん! 可愛いとおもうけどなあ~! し ず ち ゃ ん」


「しずちゃん……」 


 その言葉を聞いて邦彦も思わず笑いをかみ殺した。


 そんな二人を見て静夜は顔をひくひくと怒りで引きつらせた


「お前ら……後で絶対に殺す」


「ところで……そんな悠長なこと言ってられるのか?しずちゃん」


「あぁ?」


 邦彦のその一言に静夜ははっと顔を上げた。


 次の瞬間彼の背後に大きく禍々しい殺気がゆっくりと近づいてきた。


 静夜はゆっくりとそちらの方を振り返る。


 そこには額の傷の血を拭いながら真紅の瞳を光らせこちらにゆっくりと歩んでくる藤林悠輔の姿があった。


「ほう、もうあの風魔忍者をどうにかしたって言うのか?」


 静夜はそう言うと青白く光る瞳で悠輔をにらみ返した。


 その瞬間悠輔はぴたっと足を止め、彼に向かって一言言った。


「どうもこうもないよ。鬱陶しいから金縛り食らわせてやっただけ」


「てめぇ! 鬱陶しいって何だよ!」


 その声は悠輔のすぐ後ろ。棒を振りかぶったままの体勢で完璧に硬直状態になっている英太が叫んだ。


 だがその抗議の声をまるで無視するように悠輔は静夜の方を睨み付けた。


「さて……と。やっと君と再戦できるってわけだ」


「ほう……戦う気満々だな」


「当たり前じゃないか。君は今日のメインディッシュだよ」


 そう言うと悠輔はクスクスと笑顔を浮かべ両手の釵を構えた。


「今ので僕の研究は十分終わったでしょ? だったらそろそろ自分で試してみたら?」


「ふん……面白い」


 静夜はそんな悠輔を鼻で笑うと重厚な手甲を付けた両手を横に伸ばした。


 その瞬間、三本の長い爪が金属の摩擦音を出して勢いよく生えた。


「そんなに俺の手で殺されたいのなら、望み通りやってやろうじゃないか!」


 静夜は一対の長い爪を悠輔の方に構えると、真っ青な瞳をぎらりと光らせた。


 それを見て悠輔も同じように釵をくるっと手の中で回転させた後、静夜に向けてすっと構えた。


 伊賀と甲賀、赤と青、そして悠輔と静夜──


質感の違う殺気と殺気同士がぶつかり合い臨界点に達しようとしたその瞬間、二人は同時に地面を蹴り上げお互いに立ち向かった。


次の瞬間、激しい光と金属が交わる澄んだ音が廃工場内に響き渡った。


釵と爪──激しい鍔迫り合いの中二人は赤と青の瞳でお互いをにらみ合う。


その瞬間、伊賀と甲賀の四〇〇年にわたる因縁の対決の新章が始まったのだった。


6 ともえの提案

「くそー。俺ばっかり無視しやがって……」


 英太は棒を振りかぶったままの格好で苦々しく顔をゆがめた。


 ついついはまってしまった悠輔の仕掛けた九字縛り罠術。


本来金縛りのような術を解くのにそう時間はかからないのだが、彼の術は恐ろしく強力で何とか跳ね返そうと精神力をつかうものの全くびくともしない。


負けた──とはあまり思いたくないが、奴の術一つも破れない自分が情けない。英太はそう思えてならなかった。


「あーあ、まだ俺実力出し切ってないのに……あの野郎に完璧に舐められたじゃねえか」


 英太はぶつぶつと誰に聞かれる訳でもない独り言をつぶやきながら、じっと目の前の地面に突き立てられた針を見た


 奴はおそらくあの針を媒体にして自分に術をかけ続けている。早く言えばあの針さえどうにかすればこの術から解放されるはず──


 ──でもどうすれば? 


肢体を不自由にされて英太には何の手数も残っていない。あんな離れた場所にある針をどうにかするなんて──無理に決まってる


「あーら。様ないわね。エータ」


 その一言に英太はその体勢のままキッとその相手をにらみ返した。


 そこにはフリフリのゴスロリワンピースにリボンのヘッドセットをした戸隠のくノ一ともえが堂々と立っていた。


「なんだぁ……てめえ俺を笑いに着たのか」


「そうかもしれないわね」


 そう言うとともえは英太を挑発するかのようにクスクスと笑った。


「あんたは悠輔の挑発にまんまとはまってこんな様になったのよ。いい加減負けを認めたらどうなのよ」


「うっせえ! あんなのズルだ! 俺は負けたなんて絶対認めない!」


「ったく……往生際が悪い奴ね」


 そう言うとともえは足下にあった英太を縛る針に手をかけた。


 そして小さく呪文を唱えるとそれを一気に地面から抜き去ったのだ。


 その瞬間、急に身体を縛っていた何かの力が抜けふらっと前のめりに倒れる英太の身体。


 だが、彼は瞬間的に体勢を変えある方向をキッと睨んで棒を一回転させた。


「あの野郎──許さねえ!!


「待ちなさいよ!」


 思わず悠輔に襲いかかろうとする英太を止めたのは怒気のこもったともえの一言だった。


「あんたねえ……術を解いてやったのにお礼もないの? 失礼な奴ね」


「うるせえ! 助けてくれなんて一度も言ってねえよ!」


「ったく……あんた一生金縛りに遭っててもよかったってわけ?」


「そりゃ……まあ……術を解いてくれたのはありがたいけど……」


 ともえのその一言に英太の言葉はしどろもどろになる。


 それを見てともえはニヤッと笑った。


「じゃあ、エータ。ともえの言うこと聞いてくれる?」


「はあ?」


 その一言に英太は呆れた声を上げた。


「ふざけるな! 恩着せがましいもほどがあるぞ。てめえ!」


「あっそう。ならいいのよ。あなたに悠輔がかけた術より百倍強いのかけるのみだもん──あ、言っとくけどあたしの流派呪術とか妖術やらせると日本一よ。悠輔のかけた陳腐な術も解けないあんただと一生かかっても解けないかも!?


「……」


 その一言に英太は思わず沈黙した


 幾分かのハッタリはあるのだろうが、彼女の術を目の当たりにしたことのある英太は思わず返答に困った


「大人しくあたしの言うこと聞いてくれる? エータ?」


 目の前には目を潤ませて英太を見るメイド忍者ともえ。


 それを見て観念したかのように英太はチッと舌打ちした


「で──何なんだよ。その願いって奴は」


 それを聞いてともえはニコと満面の笑みを浮かべた。


「早く言えば、今日はなかったことにしたいの」


「はあ?」


 その一言に英太はまたも面食らった。


 コイツは何を言い出すのだろう──そう言いたげな表情を浮かべ英太はともえを訝しげに見た。


「まあ早く言えば、今日は五流派の頭目クラスが出会っちゃったわけで、お互いがお互いを邪魔しあってるんでしょ~それだったら今日は水入りってことで流しちゃってまた次の機会で相見えた方が五人ともにとってもいいんじゃないかなあ~ってあたし思ったんだ」


「うーん。確かにそれは言えるな」


 英太は珍しくともえの言い分に納得した。


 確かにその通りだ。


今日はタイミングが悪かった。こんなにも最強クラスの忍者が集まってお互いの目的を邪魔しあっている──これは一種の不幸な出来事なのかもしれない。


「ね、そう思うでしょ!」


 そう言うとともえははしゃぐように目を輝かせた。


「じゃあ、約束してくれる?これからあたしのやること絶対に邪魔しないって!」


「お前のやること?」


 何するんだよ──


 そう言おうとしたその瞬間、ともえはすたすたと前に歩んでいた。


 その先には激しくやり合う悠輔と静夜の姿──その前に立つとともえは暗い瞳でじっと彼らを睨んだ。


「やだなあ、悠輔としずちゃんあんなに真剣になっちゃって……思わず邪魔したくなるじゃない」


そう言いながらともえは宙を撫でるような手つきで印を結び始めた。


 そして口元で小さく呪文を唱え印を結んだ両手を横に突き出した次の瞬間だった


「戸隠流奥義『幻惑霧』──」


 その瞬間、ともえの印を結んだ手のひらから勢いよく煙が吹き出す


 ──否、これは霧だ。高等な幻術の霧だ。


 それを彼女はいとも簡単にそれを操りそしてこの広い空間を幻術の霧で埋めようとしているのだ。


 英太はどんどん狭くなる視界の中霧の中に消えていくともえを見た。


 彼女は笑っていた。病的なほど狂った笑い声を上げて。


 そして、程なくしてともえも悠輔も静夜も誰もが見えなくなった。


 ホワイトアウト。霧で何も見えなくなって──

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