目次
1章 現代に巣くう忍たち
1 東大生、藤林悠輔
2 警視庁幹部、相馬泰
3 侵入者
2章 休日の忍たち
1 そして、平凡な一日が始まる
2 女子大生、進藤早紀
3 渋谷の通り魔
3章 足跡を残した忍たち
1 事件現場
2 警察官、上月静夜
3 容疑者、田上明央
4章 取調室の忍たち
1 テレビ記者、叶陽一郎
2 激突-伊賀と甲賀
3 静夜の罠
4 追跡者たち
5章 オモテの忍たち
1 お笑い芸人、風間英太
2 メイド、仁科ともえ
3 JAあおもり職員、応野邦彦
6章 ウラの忍たち
1 風魔の英太
2 戸隠のともえ
3 応変の邦彦
7章 アキバの忍たち
1 ともえと悠輔
2 帰り道
8章 学園祭の忍たち
1 東都大学若葉祭
2 舞台袖
3 トーキョーハンター
4 同業者
5 最強
9章 嵐の前の忍たち
1 ともえと早紀
2 ツイてるともえ
3 ツイてない悠輔
4 邪魔者
5 嵐が来る
10章 相見える忍たち
1 知らなくていい真実
2 悪い夢
3 百地悠輔という男
4 集いし5つの流派
5 赤い瞳の一族
6 ともえの提案
7 激突する赤と青
8 別れなさい
11章 動き出す忍たち
1 六本木のオフィス
2 戸隠の女王
3 忍者王
4 アキバのアイドル劇場
5 同盟
12章 恋煩いの忍たち
1 恋人は忍者
2 最後のデート
3 守ってみせる
13章 集結する忍たち
1 警視庁のメッセンジャー
2 集結した忍たち
3 悠輔の企み

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5 嵐が来る

「誰だ──」


 東都大学の自転車置き場──悠輔の元にその電話が入ったのは大学を出ようとして自分の大型バイクにまたがったその時だった。


 それは非通知の電話だった。


だが携帯が鳴ったその直後から悠輔は何か嫌な予感が身体の中をよぎっていた。


それがどこの誰かからは知らないが、悠輔は携帯に出たとたん威嚇の声を出していたのだ。


「そうピリピリするなよ。家元」


 電話の向こうの声は男だった。


 否、このねちっこいしゃべり方──どこかで聞いたことがある。


 そうだ──あの男だ。自分をここまで追い込んだ張本人のあの男だ。


「上月静夜──!」


 悠輔はその名をつぶやくと、ぎりっと歯ぎしりをした。


「お、声だけ聞いて俺だと感づいたか。さすがだな」


 その言葉を聞いて電話の向こうの上月静夜は少し嬉しそうな声をあげた。


 それを聞くだけで悠輔はなぜか心が掻き毟られそうな気分になったが、あえて冷静を装って彼に声をかけた。


「なるほど、僕の携帯番号まで裏で手に入れる力があるって言いたいんだな」


「そう言うことだ」


──本当に厄介な相手だ。


悠輔はそう心の中でつぶやいたがすぐに冷静になって電話の向こうの静夜と対峙した。


「で、何の用?」


「さっき戸隠の姫様のところからお前の女を助けてやった」


 その一言に悠輔はカっと腹の底から怒りがこみ上げるのを覚えたが、それを相手に悟られないようにあえて冷たい反応で返した。


「別に君に助けてもらう筋合いはない」


「おや、彼女を殺しかねないあの女の手から彼女を救ってやったのに──」


「君こそ早紀をさらって何をする気? それで僕をおびき寄せる魂胆なんでしょ」


「おーおーえらい言われようだな。助けてやったのに人さらいみたいな言われ方ってないだろ」


 その一言に悠輔は真紅の瞳で前をじっと見た。


 そして電話からでも殺気じみた空気がわかるようにあえて低い声で一言言った。


「──早紀に手を出してみろ。それこそ君の身体はバラバラに引き裂かれるよ」


 その一言に電話の向こうの静夜は不気味な笑い声をあげた。


 やれるもんならやってみろ──悠輔にはそんな挑戦状に聞こえた。


「まあ、ともかく、今から俺の居場所をお前に送る」


「ほう……やっぱりそうきたか……」


 そうやって僕を戦いの場に引っ張り出そう──って魂胆か。


 悠輔はそう思い口元に蔑んだ笑みを浮かべ言った。


「いいよ。君の挑戦受けてあげる」


 その一言に電話の向こうの静夜は深いため息をついた


「それがなあ、家元。この勝負かなりの邪魔が入ると思うんだが……」


「それは覚悟の上だよ。今日はそう言う一日だから」


 そう、今日はそう言う一日なのだ。


 今日一日でどれだけの忍者に会ったと思っているのだろう。しかもどいつもこいつも油断のならない頭目級の相手ばかりだ。


「ともかく覚悟しとけよ。上月静夜。君だけは僕の手で決着をつける!」


 電話の向こうの上月静夜はその言葉に対し鼻で笑うような声を出した。


「やれるもんならやってみなよ。家元」


 そのねちっこい声に無性にムカついた。


これ以上それがばれるのがいやだったからこちらから乱暴に電話を切ってやった。


 悠輔は深いため息をつくと気合を入れたように真紅の瞳で前を見て、エンジンペダルを踏み大型バイクを起動させた。


「で、君はどうするつもりだい?」


 悠輔は独り言を言うようにある人物に語りだした。


 それは自転車置き場のすぐそばにある立派な大木のすぐ袂、一人の大男が悠輔の様子を探るように腕を組んで立っていた。


「ボクは──ただあの女を追うだけだ」


 その男、応野邦彦は顔色一つ変えずに悠輔にそう言った。


 それを聞いて悠輔は蔑んだような笑みを浮かべた。


「君と仁科ともえとどういう因縁があるのか知らないけど、ボクはその関係に関しては介入する気はない。勝手にすればっていうのが正直な感想だよ」


「ああ、そうしてもらう方がこっちも楽だ」


 そう言うと邦彦は巨体を揺らしすっと起き上がった。


「ボクもお前の決闘には関知する気はない。勝手に流派同士殺し合いをすればいいさ」


「つまり、君は今回僕の邪魔をしないんだね」


「そう言うことだ」


 それを聞いて悠輔は呆れ半分の笑顔を浮かべた。


 どうもこの応野邦彦の意図が計り知れない部分があるが今回ばかりはどうやら敵対することはなさそうだ。


「それじゃあ、あとは自分で何とかしてくれる? 僕は忙しくなったからね」


「お前に言われなくてもやるつもりだ」


「その様子じゃ、仁科ともえの位置をつかんでる様子だね──なかなかやるじゃん」


 その一言に邦彦ははっと悠輔を見た。


 彼はにやにやと笑いながらバイクのエンジンの回転数を上げた。


「応野邦彦──また相まみえることを楽しみにしてるよ」


 悠輔はそう言うとバイクにまたがると爆音を出しながらその場を颯爽と走り去って行った。


 それを見送りながら邦彦は久々に空恐ろしさが身体に渦巻いていた。


 その瞬間疼き出す右肩の古傷──その昔、真紅の瞳を持つ男に付けられた傷


 その男と全く同じ瞳を持つ悠輔との出会いは邦彦の考え方を若干変えていったのは事実だった。


 あの男──いつか決着をつけないとこちらが危ない。


 いつか、甲賀の頭目上月静夜と対峙した際彼が言っていた言葉。


『俺たちの争いを止めるために力を使いたいって言うなら、俺よりまずあの青年を何とかしないと話のつじつまが合わないぜ』


 確かにその通りだ。彼を本気で何とかしない限りこの争いはいろんな人を巻き込んで永遠に続く。


 それだけの恐ろしい求心力が藤林悠輔という若者には備わっている。


否、それは彼が生まれ持った宿(さだめ)みたいなものかもしれない


 どちらにしろ、次こそは自分の手でこの戦いを終わらせなければならない。


 邦彦はすっと拳を握り、曇天模様の空を睨んだ。


 嵐が来る──!


1 知らなくていい真実

ぴちゃん、ぴちゃん──


 冷たい水の音が耳に響き渡る


 早紀は深い深いまどろみから徐々に目覚めていく


 ゆっくり瞼を開くとそこは東都大学の学園祭でも、メイド喫茶の一角でもない──まったく見たことがない場所だった


「ここ……どこ?」


 まだ重い身体を起こしながら早紀は周囲を見回す


 赤茶けた錆色の柱、何を作ったのかさえ謎な古い機械、そして冷たい鉄色の床──


 その汚れで曇った窓からは東京の夜景が遠くに見える。


 廃工場──と言っていいのだろうか。いかにも悪者のアジトと言った感じの──


 そう言えばどうして自分はこんな場所にいるのだろうか


 早紀は必死にこうなった経緯を思い出そうとした。


 最初は恋人の悠輔に誘われて行った東都大学の学園祭。でもいつの間にか悠輔は勝手にどこかへ行ってしまい、最悪なことに大雨が降ってきて、そして──


 ──ともえちゃん?


 そう雨宿り先で同級生の仁科ともえと会った。それで悠輔がくるまでメイド喫茶でゆっくりしていってと言われ──それからの記憶がまったくない


 でもどうして東都大学のメイド喫茶からこんな廃工場にまで移動するのだろう?


 その間一体自分の身になにがあったというのか──


「おい……起きたか?」


 その聞き慣れない声に早紀は一瞬身体中に緊張を走らせた。


 怯えながらそちらを振り向くとそこにはぼさぼさの黒髪の男が立っていた


「そんな怯えることはない。俺は何もしないよ」


 そう言うと男は早紀に優しく手をさしのべる


 真っ黒なロングコートを羽織り両手にはまるで騎士のような手甲をはめている


 どう見たって普通じゃない。普通とは思えない。


 早紀はそんな彼の手の誘いに乗ろうかと一瞬考えたが躊躇いつつも彼の手を取った


「ありがとう──」


 早紀は俯きながらそう答える。


 なんだか、とても気まずい。当たり前だ目の前の黒いロングコート男がもしかしたら自分の誘拐犯火も知れないと思うとおちおち油断も出来ない


「しかし、あんた難儀な彼氏を選んだな」


「──え?」


 それどういう事──? 早紀はそう聞きたかったが男の知らず知らず出す空気を察してなかなか言い出せない。


 一体この人誰だろう? なんで悠輔のこと知ってるんだろう? そしてどうして私はここにいるのだろう?


「なんか、ものすごく混乱してるって感じだな……」


 男は困ったように手甲を付けた手で顔を掻く


 その言葉にも早紀はどうしても口から言葉がでなかった。


「わかった……あんたの聞きたいことを好きに聞いてくれ。まあ答えられる範囲で答えてやるよ」


 そう言うと黒コートの男はさび付いた柱にもたれかかった


 早紀は最初その言葉を聞いても混乱から抜け出せなかったが、徐々に頭を整理していけるようになり戸惑いながら小さな声で訊いた。


「どうして……私はここに?」


 早紀の問いに男はまるで遠くを見るような瞳をしながら言った


「仁科ともえの魔の手からあんたを助けてやった?」


「え?」


「何か睡眠剤のような物を飲まされたんだろう……昏睡したあんたは仁科ともえの一味に拉致されるところだった。あのお嬢さんあんたのことが目障りでたまらなかったみたいだし本気で殺しにかかってたのかもな」


 男の口から淡々と語られるその言葉は早紀にとっては衝撃としか言いようがなかった。


 ともえちゃんが私に睡眠剤?拉致?そして殺す──?


 何かの間違いだと信じたかったが、消えた記憶を埋め合わせると男の言葉が一番ふさわしいとしか言えなかった。


「混乱するのも当たり前だよな。俺もあんたの状況に同情する──だけど、あんたがこんな事態に陥ったのはあんたの彼氏に原因があるんだぜ」


「悠輔──?」


 その名前を口にしたその瞬間早紀はハッと目を見開いた


 そして黒コートの男を見ると動揺した様子で訊いた


「なんであなたは悠輔を知ってるの?」


 その問いにも男はポーカーフェイスだった。そしてそのまま一つ息を吐いて早紀を見た


「覚悟はいいか?」


「覚悟?」


 どういう意味よ──そう訊く前に男は鋭い眼光で早紀を見て言った。


「あんたの彼氏藤林悠輔の正体を知る覚悟だ」


 早紀は思わず息を呑んだ。


 表情の乏しい男の顔がその瞬間恐ろしく険しくなった。


 たかが彼氏の秘密を知るくらいで何が覚悟なのだろうと疑問に思う暇もなく早紀は思いっきり男の真剣な表情に見入っていた


「世の中には知らなかった方が良いことだってたくさんある。これから言う藤林悠輔の秘密だってその一つだと思う──だけど、それでもあんたは知りたいと思うか?」


 その言葉に早紀は一瞬沈黙した。


 だけど、彼女に残された答えは一つしかない。たとえそれが知らなくても良いことでも──


「知りたい」


 早紀は男の顔をまっすぐ見てはっきり言った。


 そんな彼女を見て男は念を押すようにもう一回同じ事を訊いた。


「本当に良いんだな?」


「いいわよ。だって知りたいもん! 悠輔の本当のこと……」


 早紀のその言葉を聞いて男は深いため息をついた。


 そして一瞬の沈黙の後、彼はゆっくり口を開いた


「彼は──忍者なんだよ」


「は?」


 その一言に早紀は目が点になった。


 そして、彼女は馬鹿にするような乾いた笑い声を上げて男を見た。


「何……その冗談」


「冗談と思うなら勝手だけどな」


「じゃあ何だって言うの!? こんな世の中に忍者なんかいるわけ──!」


 その瞬間、男の目が青白く冷たい光を発した


 そして早紀の喉元には鋭い刃。


 早紀はそれに息を呑むしか出来なかった。


「それがな、このように生きてるんだよ。忍者は」


 怖かった。泣きたかった。逃げたかった──だけど、もう知ってしまったからにはそれが出来なかった。


 早紀はただただ呆然とするしか出来なかった。


 悠輔が忍者だと言う、真実を──


「すまんな……驚かすつもりはなかったんだ」


 男はそう言うと出した爪を手甲の中に収めた。


「だけど、あんたが愛している男は伊賀藤林流次期家元──日本でも5本の指にはいるほどの忍者だ……それでもあんたはあの男を愛せるのか?」


 その問いに早紀の答えは返ってこない。


 男は小さなため息をつくと踵を返した。


「俺から言えるのはこれだけ。あまりおしゃべりするとあの男が取り返しが付かないくらい怒り出すからな──」


「待って!」


 そのまま去っていく男の足を止めたのは早紀のその一言だった。


「あなたは──悠輔をどうするつもりなの?」


 その言葉に男は一瞬の間の後、彼女の方を振り向かず言った


「倒すよ」


「え?」


「俺はあの男と戦わなければいけない。そういう星に生まれたんだ」


 まったく想像もできない世界だ──早紀は率直にそう思った


だけど目の前に突き付けられた真実はそれを信じなければいけない脅迫感を早紀に与えた


たぶんそれが知らなくてもいい真実を知った代償なのだろうか──


「もしその戦いであんたの彼氏を殺しちゃったらごめんな」


 男は早紀の方を振り返るとにっと笑顔を浮かべて言った。


「だけど、それが俺たちがいる世界なんだよ。まああんたには一生解らないだろうけどな」


 そう言った男の身体が早紀の前でふっと消える。


 まるで風景に解けるように消えていった男を呆然と見送りながら早紀はその場に思わずへたり込んだ。


2 悪い夢

 これは悪い夢か何かだろうか──


 男が去ってから早紀は呆然とその場に立ち尽くしてそのことばかり考えた。


 悪夢としか思えない。


友人でもあった仁科ともえに睡眠薬を盛られて、眠りから覚めたら目の前にいた見知らぬ黒コート男に藤林悠輔の正体を教えられた。彼は忍者であると──


ああ、私おかしくなってる。きっとまだ睡眠薬の影響が残っているのかもしれない。


だから悪い夢のような今が存在するし、幻のような黒コート男が見えたんだ。


夢ならいつか醒めるもの。それならいっそのこと今すぐ醒めてほしい──


 早紀はそう思いながらふらつく足でゆっくりと立ち上がった。


 とにかくあの男の言うとおり、ここから出よう。それが一番の夢の醒める道だ。


 恐怖と薬の影響で足がとてもふらつく。まるで雲の上でも歩いているかのように足場が不安定に思えた。


 だけど一歩ずつ足を前に踏み出して早紀は薄暗い資材置き場のドアへと近づいた。


 そして、ぎいっと錆びついた鉄のドアを開けると、そこはだだっ広い大きな空間だった。


 おそらく工場が稼働していた時はここに機材や資材がたくさん置かれていたメインの工場だったのだろう。


 だけど、工場が引き払った今は何もなく静寂と暗闇が支配するたただの広い空間になっていた。


 ──やだ、本当にサスペンスドラマみたい。やっぱり私拉致られたのかしら?


 早紀はそんな考えが頭によぎったがすぐに考えを変えその部屋を縦断するように出口へと歩きだした。


 その時だった。


 カツン、カツンと厚底ブーツを鳴らす音がこの広い空間に響き渡る


 早紀はその音にはっと顔を上げるとそこには街明かりに照らされた一人の少女の影。


 大きなツインテールにフリフリのゴスロリワンピースにリボンがついたヘッドセット──


 その姿を見て早紀ははっと息をのみ警戒の表情を出した。


「ともえ──ちゃん?」


 その少女の影はどんどん早紀の方へと近づく。


 それと同時に彼女の手には鈍く光る何かが握り、それをゆっくりと振り回していた。


 それはとても長い鎖、そして、その先には大きな鎌のような刃物がついていた


「あーら、早紀ちゃんもうお目覚め?」


 彼女は不気味に笑いながら一言そういった。


「できればずっと寝ててもらいところだったけど、邪魔が入っちゃったわね……」


 そんな不気味に笑う彼女をみて早紀は初めて怖いと思った。


 だけど逃げようとしても足が自由にきかない。恐怖で完璧に怖じ気づいている。


「どうして──」


 早紀はそんなともえに悲鳴に近い声で言った。


「どうしてあなたはこんなことをするの!? 私があなたになにか恨まれることしたの!?


「やったわよ」


 そう言うともえの瞳がその瞬間、暗く光った


「あんたはあたしの大事な男性(ひと)を盗った。それだけでも十分万死に値するわ」


「何で──! あなたと悠輔何か関係でもあるっていうの!?


「ええ、あるわよ……大ありよ」


 ともえはそう言うと急に病んだようにふうっとため息をつくときらきらと瞳を光らせた


「あんたが悠輔と出会う遙か前、あたしと悠輔は結ばれる予定だったの。そう──あたしたちいわゆる許嫁ってところかしら」


「い……許嫁!?


 そのことを聞いて早紀は度肝を抜かされた。


 何かの間違いだろう。そう一瞬は訂正しかけたけれどともえはさらに悦に入った表情で語り続けた。


「あれは確かあたしが14の時だったかしら──親に15歳の藤林悠輔の写真を見せられてこの人と将来結婚するのよっていわれたの。まあお見合いの話は両家の思惑のうちにお流れになっちゃったけどあたしはその時から悠輔って人に夢中! だってすっごくいい瞳してるし、なんて言ったってすっごくイケメン! それは5年たった今でも気持ちはかわっていないの!」


「はあ……」


「だから……あんたが悠輔の女だってことがとにかく気に入らないのよ!」


 そう言った瞬間、ともえは振り回していた鎖鎌を止めて早紀に向かってそれを構えて見せた。


「あんたみたいな素人同然の一般人が悠輔みたいな高貴な人とつきあうなんて許せない!」


「そんなこと言われたって──」


 そう言うと早紀は声を震わせ反論した。


「私だって知らないわよ。悠輔のことなんて表の顔しか知らなかったのに──」


 そうだ。私の知っている悠輔は表の顔なんだ。


 あの無愛想で頼りない東大生の姿はすべて彼の表の顔──だとしたら裏は?


「許せない! そんな覚悟で伊賀藤林流の家元と付き合ってただなんて──!」


 そう言ったとたんともえの表情が急に怒りに染まった。


 金髪のツインテールを逆立て瞳は恐ろしいぐらいにつり上がっていた。


「進藤早紀! おとなしくここで死になさい! それがあなたのため──悠輔のためなのよ!」


 ともえがそう言ったその瞬間、彼女は右手に持った鎖鎌を早紀めがけて放った。


 風を切って空を切り裂く光り輝く鎖鎌。


ダメだ……私ここで死ぬんだ──


早紀はその瞬間、そう感じ恐怖でぎゅっと目を閉じた。


 ……………


 …………


……?


 あれ──?


 一行に襲ってこない刃に早紀は恐る恐る瞳をあけた。


 早紀のすぐ目の前には一人の男がいつの間にか仁王立ちしていた。


悠輔──? 否違う。


あの黒コート男──? それも違う。


それは彼らとは比べものにならないほど巨大な背中だった。


「探したぞ──仁科ともえ」


 大男はともえの鎖鎌を全くの素手で握っていた。


 そこから血は出ているのだがそれ以上のダメージは受け付けていないように見えた。


「あんた──! 誰よ!」


ともえはその大男の顔を見て初めて表情に焦りを見せた。


それを聞いて大男はにやっと笑みを浮かべともえの鎖をぎゅっと引いた。


「応変流──って言えば話が早いかな?」


「応変流ですって?」


 その言葉を聞いてともえは大きな瞳をさらに大きくして驚いた。


「──あんたが応野邦彦だって言うの?」


「ああ……そうさ」


 その名を聞いてともえは少しだけ心当たりのあるような苦々しい表情を浮かべた。


 だがすぐに彼をキッとにらむとまるで牙を見せるように唸った。


「あんたね! あたしの仲間たちを次々と血祭りに上げてるってヤツは──」


「襲われたからやり返しただけだ……」


「うるさい! 大体出てくるタイミングが最悪! せっかくあたしの敵を殺れる絶好のタイミングだったのにぃ!」


 そう言うとともえは恨めしそうに邦彦と呼ばれた男を見た。


 それを見て邦彦は若干あきれた表情を浮かべた。


「この可愛い一般人がお前の敵か──これだから戸隠の忍者は低レベルだと言われるんだ」


「うっさい! あんたみたいな色のない男にオトメのコイゴコロなんてわかるはずないでしょ!」


「やれやれ……誰のせいでここまでこじれたんだか」


 邦彦はそう言うと後ろで震え続ける早紀をちらっと見た。


 その糸のように細い目はただひとつここから出て行けと強く言っているようだった。


「ともかく、戸隠の姫さんや。ボクはここで君を殺すよ。それが君たち戸隠との因縁を解決する唯一の方法だからな」


「あたしを殺すぅ~? やれるもんならやってみれば」


 そう言うとともえはすっと手をかざすと小さく呪文を唱えた。


 すると次の瞬間、邦彦の足下からもやっと紫の煙が勢いよくわき上がった


 思わず咳き込み煙から目をかばう邦彦──その隙を突きともえは高く跳躍し邦彦の首めがけて鎖鎌を振り抜いた。


 それを邦彦は右腕一本ではじき飛ばした。鋼化した邦彦の身体はどんな刃でさえ通さなかった。


 だがその手もともえは十分考慮していた。


次の瞬間彼女はワンピースのポケットからたくさんの紙を振りまいた。


ともえが手を振るとそれは意志を持ち白く小さな蜻蛉のように飛び立ち始めた。


そしてみるみるうちにそれは邦彦の巨体にべたべたとくっつき始めた


「小癪な……」


 邦彦はそう言うと静かに目を閉じた。


そして小さく息を吸うと次の瞬間彼の細い目はかっと見開いたその瞬間、彼の全身から激しい闘気が勢いよく放たれた


 吹き飛び粉々に引き裂かれる小さな紙の蜻蛉たち。


 さらに追撃するかのように邦彦は地面を蹴ると猛スピードでともえめがけて岩のように大きな拳を振り上げた。


 メリメリっと地面に埋め込まれる邦彦の拳。その瞬間大地は地響きをあげ地面は激しくえぐりあがった。


 ともえはまたしても高く跳躍しそれを避けた。そして深く息を吸って次の攻撃に備えた。


 邦彦もすぐに体勢を変えた。空を飛ぶともえめがけて手をかざすと、そこから狂おしいくらいの光と衝撃波が放たれた


 だがともえはそれを焦ることなく口を大きくあげた。


 次の瞬間、彼女の声に大気が震えた。


 邦彦の放った闘気でさえかき消すような衝撃波が彼とそして後ろで呆然と戦いを見ていた早紀に襲いかかった。


 それは耳の鼓膜を直接痛める超音波のような音だった。


 邦彦は思わず耳をふさいだ。そしてよためくように思わず片膝をついた。


──それは、無敵の鋼鉄の身体を誇っていたはずの邦彦が初めてダメージを受けた瞬間だった。


「あーら。身体は硬いようだけどどいやら耳は普通のようね」


 ともえはすっと地面に降り立つと苦痛に顔をゆがめる邦彦を笑った。


「くっ……『音撃』か……」


 衝撃でふらふらする頭を上げ邦彦はともえを苦しそうににらんだ。


 ──噂には聞いていた。戸隠には自分の声を使って相手を攻撃する秘術があると……


だが、ここまでも激し強い力があるとは──邦彦は思いもしなかった

「うふふ……あたしの声ステキでしょ。そんなに聞きたいならもう一度聞かせてあげる」


 そう言うとともえは手を前にかざすとまた大きく息を吸った。


 まずい──邦彦はぎゅっと唇をかんだ


 ともえの『音撃』をもう一度食らって無事でいられるかわからない。


ましてや──


邦彦ははっと後ろを振り向いた。そこには耳をふさいでそのまま失神した早紀がぐったりと倒れている。


何の訓練もしていない彼女がこの術をもう一度食らえば確実に命はない。


そのためには──何とかして彼女を黙らせないと。


邦彦は右手を横にかざすとそこに自らの闘気を溜め始めた


今度は彼女の声にかき消されないようにフルパワーをぶち込むつもりだった。


しかし、様子が変わったのはともえの方だった。


次の瞬間彼女は何かに気づいたかのように、術を貯めるのをやめて側転して何かをかわした。


直後彼女の頭を正確に狙って通り抜ける二つの細く煌めく光──


ともえ、邦彦──そこにいる誰しもがそちらの方向を振り向いた。


コツン、コツン──


彼はゆっくりとした足取りでこちらに近づいてくる。


真っ黒なTシャツの上に背中に龍をあしらった真っ黒な陣羽織、そして額には目が覚めるくらいの真っ赤な色の長い鉢巻きをくくりつけて。


もはや彼の瞳には眼鏡は存在していなかった。ただ有るのは暗闇に赤く光る真紅の瞳だけ。


昼間の顔、情けないエリート東大生の仮面を脱ぎ捨てた藤林悠輔はその瞬間、夜の顔、日本最大の忍者流派伊賀藤林流の家元『百地悠輔』としてこの場に舞い降りたのだった。


3 百地悠輔という男

「きゃぁ! 悠輔!」


 彼の姿を見て真っ先に反応したのはともえであった。


「いやーん。やっぱり悠輔は似合わない眼鏡よりその格好が似合うぅ~! もう、超カッコイイ!」


 ともえのその一言に悠輔は無言のまま冷たい視線で返した。


 その視線には若干の怒気も混ざっていた。


「お前……ボクを助けたのか?」


 邦彦は大きな身体をよろめかせながら悠輔の方を向いた。


 だが彼はその一言を笑い捨て言った。


「助ける? 馬鹿を言うな。僕は早紀を救いたいだけだ」


「やだー。悠輔まだあの女に未練があるのぉ~」


 その一言にともえは不機嫌そうに口をとがらせた。


 そんな彼女をまるで軽蔑するような視線で悠輔は見下した。


「君は最低の忍者だ」


「え……」


 その一言にともえの表情が凍り付く。


 だが悠輔は口撃を止めることはしなかった。


「君が僕に何の恨みがあるかは知らない。だけど、一般人の早紀を僕たちの争いに巻き込むなんて僕は君を──否、戸隠流を軽蔑する」


 その言葉を聞いて邦彦は言ってはいけないことを言ってしまったなと思った。


 その証拠にそれを聞いたとたんともえはわなわなと身体を不気味に震わせていた。


「ひどい……悠輔」


 ともえは泣きべそをかいていた。


「だいたいさぁ……あんたが一般人と付き合い出すのが元凶じゃないの! 伊賀藤林流の家元ならそれなりの相手と付き合いなさいよ!」


「誰だよ。そのそれなりの相手って──」


 悠輔はその一言に半ばあきれ顔で深いため息をついた


 それを見てともえはさらに怒りを瞳に溜めた。


「バカ! いい加減に思い出しなさいよ! 元許嫁の顔くらい──!」


「は──? 元許嫁?」


 その一言に自信ありげな悠輔の表情が初めて曇った。


 それは全くの寝耳に水だった。


 何かの間違いだろう──いつから伊賀藤林流は戸隠流とそう言う関係になったんだ? 長年対立しあってた流派じゃなかったのではないのか──?


「やだぁ……本当に忘れてる」


 悠輔のその困惑した表情にともえは不機嫌そうに口を曲げた。


「ねえ、覚えてないの? あんたが15の時だと思うんだけど。こーんな可愛いくノ一のお見合い写真見せられなかった?」


「……?」


 その一言に悠輔は首をひねった。


 悠輔はどうしても思い出せなかった。過去にあった婚約の話も少女だったともえの面影も──


「ごめん、本当に記憶にないかも……」


「えええ! そんなぁー!」


 その一言にともえは衝撃を覚えた。


「何かの間違いじゃない! あたしは5年間ずーっと悠輔のことを思って生きてきたのよ! それなのに何? あんたはそれを知らないで一般人の早紀と付き合ってたの!?


「そんなこと言われたって。そんな婚約、記憶にないもんはないんだ」


「あああ! もういい! 期待したあたしがバカだった!」


 そう言うとともえは鎖鎌の切っ先を悠輔めがけて構えた。


「藤林悠輔!もう一度言うわよ──あたしとあの女どっちが伊賀藤林流の家元にふさわしいと思う!?


「そんなこと急に言われても……」


 悠輔はその言葉に困惑しきりの顔を浮かべたが、すぐに彼は冷静を取り戻した。


 鋭い真紅の瞳でともえを射貫くと重たい言葉で一言言い放った。


「だけどこれだけは言える。僕はくノ一を恋愛対象に絶対にしたくない。君を見て強くそう思ったね」


 ──ああ、また言ってしまったな。


 遠巻きにその様子を見ていた邦彦は悠輔の言葉に対しそう思った。


 その瞬間、邦彦が危惧したようにともえの中で何かがキレたようだった。


「ひどい──」


 彼女はそう言うと半泣きになりながら悠輔を睨んだ


 その瞳は深く暗い闇を湛え、唇をぎゅっとかみ、右手で再び大きな鎖鎌を振り回し始めた。


「こんなにあんたを想っているのにそんな言い方ひどすぎる! いくら悠輔でも──その言葉は許せない!」


 そう言ったその瞬間彼女は悠輔めがけて鎖鎌を放った


ひゅんと風を切り音速のごとく回転し悠輔を襲う刃──


だが悠輔の真紅の瞳はその軌道を完璧に予測していた。


彼は軽く身体を反らしその刃を回避する。そして後に続く鎖を片手一本でつかむと彼は鋭い瞳で彼女を見た。


「これが君の答えかい?」


「ええ、そうよ」


 そう言うとともえは病的なほどの笑顔を浮かべた。


「あたしはあんたを殺してでも一緒になる。それがあたしの──答えよ!」


 ともえはそう言うと悠輔に握られた鎖を強く引いた。


 その瞬間、まるで生命が宿ったかのように再び悠輔に襲いかかる鎌。


 悠輔は瞬時に鎖から手を離すと軽く跳躍してその一撃を難なく回避した。


「わかったよ」


 とんっと軽やかに地上に舞い降りた悠輔は腰ベルトに付けた一対の釵を勢いよく抜いた。


 それをまるで遊ばせるように手の中で回転させながら悠輔は真紅の瞳でともえを見た。


「それが君の答えなら僕も答えよう。この刃でね──」


 そう言った瞬間、悠輔は地面を蹴りともえめがけて獣のように躍りかかった。


 それに対しともえは鎖鎌を自らの頭上で激しく振り回しそして一撃一撃を放ち続けた


 ともえの鎖鎌は一直線に走り抜ける悠輔に次々のように襲いかかった。


 それはまるで彼女を守るように暴れ回る龍のよう。一撃がくる度に激しく地面をえぐっていく。


しかし悠輔はその龍の一撃の一つ一つを見落とすことはなかった


 彼は一撃がくる度に瞬間的に速度を上げそれを難なくかわしてみせる。その様子は瞬間移動でもしているかのようだった。


 それを見てともえは瞬時に戦術を変えた。印を結び素早く呪文を唱えると彼女の周りに生命が宿った小さな紙が無数に現れた


 それは紙の刃のように悠輔めがけて一気に襲いかかった。


 だか、悠輔はそれを見ても焦るそぶりを見せなかった。


 悠輔はカッと真紅の瞳を見開いた次の瞬間、彼の周りは激しい灼熱に包まれた。


 ともえの紙の刃はあっけなく彼の前で音もなく燃え尽きていった。


「火遁結界──!」


 それを見てともえは激しく動転した。


 伊賀は火遁を得意としているとは聞いていたが、これほどまで瞬間的に最高位の術である火の結界を作り上げるなんて──なんて言う使い手なのだろう。


「どうしたの? もう妖術は終わり?」


 揺らめく灼熱の陽炎の中、悠輔は真紅の瞳を光らせにやっと笑って見せた。


 そして次の瞬間、彼は小さく手をかざすとそこから大きな炎が立ち上った。


「それならおとなしく──死ね!」


 そう言ったその瞬間、悠輔の周りをうごめいていた炎がまるで彼の命令を聞くかのように大きく燃え上がりともえめがけて襲いかかった。


 まるで巨大な二体の蛇のごとく蛇体をくねらせともえに食らいつく炎。


 しかしともえはその炎を高く跳躍し飛び越えると、下界で炎を操る悠輔めがけて手をかざした。


「こうなったら……結界ごと吹き飛ばしてやる──!」


 ともえはそう言うと息を深く吸い込み再びあの技の構えをとった。


 ともえは自信があった。これが決まれば悠輔の炎の結界も解けるし、彼に深刻なダメージも与えられる。


 形勢逆転を狙った一か八かの大技──それが戸隠流奥義『音撃』だった。


 彼女が口を開いたその瞬間周りに音の衝撃波の輪が放たれた。


 その声は激しく大気を震わせともえの辺り一帯を文字通り吹き飛ばした。


 ──やった!


 その瞬間ともえは勝利を確信した。


 土煙の中もはやそこには悠輔の炎の気配もなにもない。


 ともえは下に向けてにやっと病的な笑みを浮かべたその時だった。


 それは飛び上がったともえの背後に立ち上った殺気だった。


「──!」


ともえははっとしてそちらの方を振り返る。しかし、もうそれは遅かった。


 すぐ背後には先ほどの『音撃』を直撃したはずの悠輔の真紅に光る瞳──そして彼の手には鋭い釵が握られていた。


 次の瞬間、悠輔は隙のできたともえの首筋に釵を激しく打ち付けた。


 ともえは何もできなかった。そのまま地面に叩きつけられることしかできなかった。


 立ち上る土煙。


決定的な一撃を食らったともえは痛む身体を必死に起こそうとした。


 だが、ともえにもはや反撃する力など残っていなかった。


「くっ……結構効くな。戸隠の『音撃』は」


 地面に優しく降り立った悠輔は、その瞬間耳を押さえ身体をふらつかせた。


 どうやら先ほどのともえの一撃は全くの無効だったワケじゃなかったらしい──


「──なんで?」


 ともえは痛む身体を起こしながら悠輔を見た。


「何で私のあの術をかわせたの? 意味わかんない」


「ああ……これだよ」


 悠輔はそういうと耳から何かを取り出てそれをともえの方に投げた


 耳栓──それを見てともえは絶句した。


「しかし、これをしてこのダメージっていうのはちょっと恐ろしいな。なかったらと思うとぞっとするよ」


「……」


 その一言を聞いてともえは黙ったまま悔しそうに土もろとも拳を握りしめた。


 悔しいがこれ以上の反撃は無理──自分は悠輔に完璧に負けたのだから


「さてと……どうしようかな」


 そう言うと悠輔は釵を手の中で踊らせながら蹲るともえの方へと近づいた。


「殺せばいいじゃない……」


 そんな悠輔を見てともえは悔しそうにそうつぶやいた。


「あたし、悠輔に殺されるならそれはそれで本望だよ。さあ、早くやっちゃったらいいじゃない!」


「うーん、彼女そう言ってるけど……応変流の頭領さんはどう思う?」


 そう言うと悠輔は奥で片膝をつき耳をかばう邦彦を見た。


「ボクは……」


「大体、どういう事情があるか知らないけど彼女は君の獲物だったんでしょ?」


 その一言に邦彦は怒ったように悠輔を睨んだ


「情けで譲ってやるっていいたいのか!」


「あいにく僕はそこまで優しくない」


「じゃあ、何なんだその態度は──ボクに了解取る必要ないだろ!」


 その一言に悠輔はにやっと邪悪な笑みを浮かべともえの手を踏んだ。


 徐々に力の入る悠輔の足に、ともえは激痛に苦悶の表情を浮かべた。


「僕は君に借りを作ってやりたいんだ」


「借り?」


「そう、応変流と戸隠流になんの因縁があるかは知らないけど、僕が今彼女を殺さずに君に譲ればそれはそれで借りができる。そうすれば君たち応変流は僕たち伊賀に頭が上がらなくなる……」


 その一言を聞いて邦彦の表情が一気に怒りに燃えた。


 かっと見開いた鋭い瞳で悠輔を睨み付けると、まるで牙を見せるように歯を食いしばった


「お前──それが目的か!」


 その言葉に悠輔は邪悪な高笑いをあげた。


 そして真紅に染まった瞳で邦彦をにらみ返した。


「当たり前じゃないか。この状況を利用しないわけにはいかないだろう」


「くそっ!」


 そう言ったその瞬間、邦彦は手を前にかざし悠輔めがけて闘気を放った。


 まるでともえから離れろと言わんばかりに──


 悠輔はそれを軽く跳躍でかわすと、言われたとおりにともえから離れて着地した


「それが君の答えか……」


 そう言うと悠輔の瞳がまた真っ赤に光った。


 邦彦はゆっくりと巨体を揺らし立ち上がり彼を睨み返した。


「藤林悠輔──お前を生かしてはおけない」


「ふうん……面白いこと言うじゃない」


「伊賀と戦うことはこの勢力争いに参戦すること──応変流としてそれを避けてこようとは思ったがもう我慢できない! お前を倒さなければこの戦いは永遠に終わらない!」


 そう叫ぶと邦彦は岩のような拳を振り上げ地面を思いっきり殴りつけた。


 その瞬間、彼の周りから地面を割るような激しい衝撃波がものすごい勢いで走っていく。


 悠輔は瞬間的に側転してそれをすんでの所でかわした。


 しかしその次の瞬間土の波のような衝撃波は地面をいとも簡単に引き裂いていった。


「土遁──か」


 巻き上がった土煙の中悠輔は釵を構えながら一言そうつぶやいた。


 なるほど──この舗装されてないむき出しの地面ならば彼のお得意の土遁が使いたい放題というわけか……


「面白い。ならばこちらは火遁で迎え撃とう!」


そう言うと悠輔は素早く印を結んだ次の瞬間、彼の周りに再び紅蓮の炎が纏わり付いた。


そして手を水平に振ると数個の火の玉が邦彦めがけて猛スピードで放たれた。


それを見て邦彦は瞳を閉じてもう一度手をかざし自らの周りに闘気を纏わり付け始めた。


そして溜めた闘気を解き放つため目をカッと開いた──その時だった。


ザンっ!


悠輔と邦彦の間に一本の真っ赤な棒が突き刺さる。


その光景に悠輔も邦彦も驚きを隠せなかった。


「誰だ──!」


 悠輔はキッと虚空を睨んだ。


 そこには黒と金のツートンカラーのソフトモヒカンにじゃらじゃらとピアスをした一人の男──腕に摩利支天の入れ墨を彫った風魔忍者の風間英太が棒の上に器用に一本立ちしていた。


4 集いし5つの流派

「戦ってるところ邪魔してすまんな」


 英太は二人をじろりと睨み付けながら一言言った。


「黙って見ていようと思ったんだけど、俺、そう言う性格じゃないからさ……ついつい手出ししちゃった」


 そう言うと彼は無邪気に笑って見せた。


 それを悠輔は苦々しい表情で睨み付けるのみだった。


「──何しに来たの?」


「そりゃ……」


 そう言うと英太は棒の上からひょいっと降りると、地面に刺さった棒を抜いた。


「藤林悠輔──お前を倒しに来たんだよ」


 英太は棒をゆっくりと振り回しながら悠輔の周りをうろうろと歩いた。


しかし、その一言に悠輔は全くの無反応だった。


「──って! 完璧に無視かよ!」


 そんな悠輔の態度を見て英太はムカッとした態度で悠輔を睨んだ。


「やい! 藤林悠輔! 何でてめえは俺ばっかり無視するんだ! ふざけるなッ! てめえ絶対ぶっ殺す!」


「うるさいな……勝手にほざいてろよ」


 そう言うと悠輔は英太と邦彦に背を向けてふと考え込んだ。


「ていうか、僕──君たちと戦うためにここに来たワケじゃないんだよね……」


「何ッ──!」


 その一言に英太も邦彦も驚きの表情を浮かべた。


 だが悠輔はずっと虚空を見回し睨み続けた。真の敵を探すかのように。


「いい加減高みの見物をやめて出てきたらどうだ! 上月静夜!」


 悠輔のその叫びは広い廃工場内に響き渡った。だがその問いに対する答えはなかった。


「君が僕たち5人をここに呼び寄せようと仕組んでるのはわかるんだ。そこまでして僕たちの奥義が破りたいのかい? それなら自分の手で試してみたらどうなんだ──!」


「いや……」


 その低い声は悠輔のすぐ上から降ってきた。


 はっとそちらの方を向くと、真っ黒なコートをはためかせ手に重厚な手甲を付けた背の高い男──甲賀の頭目上月静夜が二階の踊り場に悠然と立っていた。


「今日のお前は忙しそうだから──別に俺が手を下さなくてもいいだろう」


「誰のせいで忙しくさせられてると思ってるんだか……」


 悠輔はそう言うとぎりっと恨めしい瞳で静夜を睨んだ。


「とにかくさっさと降りて来いよ……君だけ神様みたいに高みの見物なんて僕のプライドが耐えられない」


「そんな悠長なこと言ってられるのか?」


「何──!」


 その瞬間だった、悠輔の背後におぞましいほどの殺気が猛然と迫った。


 悠輔は軽く跳躍してその一撃をかわした次の瞬間、激しい砂埃と突風があたりを吹き抜けた。


「ち……逃がしたか」


 その砂埃の中にいたのは棒を悠然と振り回す英太だった。


 彼は悠輔を金色のに光る瞳で悠輔を睨み付けるとその棒を彼に突きつけた。


「やい! さっきから散々俺のことばっかり無視しやがって──もう我慢できねえ! てめえは俺の手で殺す!」


 悠輔はそれを見て落ち着き払っていた。


 ぱんぱんと被った埃をはたきながら深いため息をつき言った。


「仕方ない。面倒だけど相手になってやる」


「ムカー!! その態度が気に食わねえんだ!」


 そう言うと英太は棒を翻し地面を蹴って悠輔に躍りかかった。


 速い──! 


悠輔は生まれて初めて英太の攻撃のスピードにあの発達しきった動体視力がついていかなかった。


 はっとした時には彼は悠輔の目の前で棒を振りかぶった。


 とっさに悠輔は釵でその攻撃を受け止める。それしかできなかったのだ。


「──なかなかやるな」


 英太の棒と鍔迫り合いしながら悠輔は初めて悔しそうにそうつぶやいた。


 その一言に英太はまるで勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「まだまだ……俺の実力はこんなもんじゃねえ!」


 そう言ったその瞬間、競り合っていた英太の棒が急に軽くなった


 ──否、彼の棒はその瞬間、三等分にきれいに別れまるで蛇のごとく悠輔に襲いかかったのだ。

 悠輔は速く予測不可能な攻撃をからがら身体をかがめて回避する。


 次の瞬間、悠輔のすぐ後ろにあったコンクリート壁が大きくえぐられた。


「ち……まさか、俺の攻撃をかわすとは……」


 英太は悔しそうな表情を浮かべそう舌打ちした。


 彼の武器は棒から三節棍へと瞬間的に変化していた。


「なるほど、そういう武器──ってわけか」


 三節棍を振り回す英太を見て悠輔はにやっと笑みを浮かべた


 彼の棒はただの棒ではない。瞬時に三等分に形態を変える変形棒だということだった。


 しかし、とんでもないスピードにとんでもないパワーだ。


 悠輔は無残にえぐり取られたコンクリート壁をちらっと見た。


 この風魔忍者──思っていた以上に厄介な相手かもしれない。何せ自分のあの瞳でさえ追いつかない攻撃をしてくるのだから。


「今度はこっちから行くぞ──」


 悠輔は真紅の瞳で英太を睨み付けると両手の釵を握り直した。


 そして地面を強く蹴り上げると三節崑を構える英太めかげて躍りかかった。


 英太はそれを見て瞬時に三節崑を元の棒に戻した


 そして悠輔の釵の連続する二撃を棒を回転させながら受け止めた。


 それにすかさず悠輔は畳みかけるように釵の攻撃の手をやめなかった。


 右をの釵を打ち付けると次は左の釵──そしてまた右の釵。


 悠輔の畳みかけるような攻撃に英太は棒一本で対応した。


 まるで力をきれいに分散させるかのように彼の棒は流れるような華麗な動きで悠輔の攻撃を受け流す。


 だが悠輔の攻撃は数を増すごとに重さも増していった。


 めり──。


 ある一撃を受け止めた瞬間、英太の靴は地面に強くめりこんだ。


 そのまま押すかのように悠輔は両手の釵に全精力を込めるかのように英太の棒と鍔迫り合いをした。


 英太の足はその衝撃にどんどん地面へと埋まっていく。


彼は少し苦しそうな表情を浮かべ悠輔を睨み付けた。


「くそ……小癪な!」


 そう言ったその瞬間、彼は再び棒を三節崑へと変化させた。


 その瞬間、一瞬攻撃の手をやめ英太から距離を取る悠輔。英太はそれを見逃さなかった。


 英太は三節棍を思いっきり振り回した。


 その瞬間、彼の周りに狂おしいほどの風が纏わりついた。


「──風遁!?


 それを見て悠輔は緊張感を漲らせた。


 次の瞬間、英太は三節棍を強く振り纏わり付けた暴風を悠輔めがけて解き放った。


 立ち上る砂埃につむじ風に似た衝撃。悠輔は手で顔を覆いながらそれに耐えた。


 だがその瞬間、悠輔は英太の姿を完璧に見失っていた。


 まさに風に(かく)れる技──英太の姿は風とともにぱたりと消えていたのだ


「くそ──!」


 悠輔はその瞬間初めて顔に焦りの表情を浮かべた。


 真紅の瞳をカッと見開いてももはや英太の姿を映すことはできなかった。


 なぜなら彼は彼の瞳でさえ捕らえられないスピードでで完璧に気配を消して悠輔に襲いかかったのだから。


 悠輔は自分のすぐ側でわき上がった殺気にハッとしたが、もはやそれは遅かった。


 すぐ目の前には三節棍を振りかぶった英太の姿。それは悠輔の頬にクリーンヒットした。


 その衝撃はすさまじかった。あの悠輔が軽く10メートルほど飛ばされるほどなのだから。


 悠輔は地面にそのまま叩きつけられながらも、即座に起き上がろうとした。


だが英太の一撃はかなりのダメージだった。口の中には血が溜まり身体全身が痛む。どうやら軽い脳震盪を起こしているようだ。


「これが風魔流奥義、風縫いの術──」


 英太は冷たい瞳をしながら一言言った。


「俺は一瞬だけの間だったら気配も姿も完璧に消すことができる。それは特殊な瞳を持ってるって言われる伊賀の家元にも見破られないようだな」


 それを聞いて悠輔は顔に悔しさをにじみ出した。


 彼の言うとおり、悠輔の瞳は完璧に英太の姿を見失っていた。


 それは自分の視力に絶対的な自信を持っていた悠輔にとって衝撃的な負けであった。


「厄介な技ばっかり使いやがって……」


 悠輔はゆっくりと立ち上がると口に溜まった血を吐き出した。


 そして両手の釵を構えると真っ赤な瞳で英太を睨み付けた。


「来い──! 今度は僕が君の術を破ってやる!」


 その一言を聞いて三節棍を振り回していた英太の手が止まった。


 そして口元に蔑んだような笑みを浮かべ彼を見た。


「ふん……何度やっても結果は同じだというのに……」


 そう言うと英太は三節棍を大きく振りかぶるとまた彼の周りに風が纏わり付かせた


「そんなに早く死にたいのなら、望み通りにやってやる──!」


 そう言ったその瞬間、英太は悠輔めがけてまた三節崑を振りかぶっていた。


 巻き上がる暴風、立ち上る土煙──だが今回の悠輔の様子は先ほどとは少し違っていた。


 彼はずっと瞳を閉じたままだったのだ。


まるで何かに集中するかのように悠輔は瞳を閉じ釵を構えたまま微動だにしなかった。


 そして呼吸を整えるように深く深呼吸した次の瞬間だった。


 ──時間(とき)よ、止まれ!!


 その瞬間、悠輔はいつにもまして赤く光る瞳をカッと見開いた。


 それはこの空間にいる人物にとっては気づくこともない微かな変化かもしれない。


 だが悠輔自身にとってそれは大きなチャンスに他ならなない。


 なぜなら──あれほど見えなかった英太の姿がピタリと止まって見えているのだから。


 悠輔はその隙を逃さなかった。構えた釵を振りかぶると止まってがらんどうになった彼胸にそれを強く打ち付けた。


 次の瞬間、時は再び流れ出した。


「な……!」


 英太の身体は意に反して真後ろに強く吹き飛ばされた。


 彼は何が起きたか未だ理解できていなかった。


 今まで悠輔の瞳でさえ追いつかなかった自分のスピード、それをたった一撃にして破るなんて──


「てめえ……何使いやがった……」


英太はゆっくりと叩きつけられた地面から起き上がると咳き込みながら悠輔をじろりと睨んだ。


悠輔は暗闇の中真っ赤に光る瞳でじっと英太を見下ろし平然とした態度で言った。


「時間を止めた」


「は?」


その一言に英太の目は点になった。


彼には悠輔の言っている意味がさっぱりわからなかったのだ。


「冗談はよせよ。時間が止められるなんて忍術超えて超能力じゃねえか!」


「それが僕にはできるんだよ。僕の瞳はね──」


 そう言うと悠輔はは口元にニヤリと勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「『視停止』──それが伊賀藤林流奥義にして『紅蓮の瞳』を完璧に使いこなした者にしか使えない秘術。君が一瞬だけ姿を消せるように僕は一瞬だけ対象の時間を止めて見ることができるのさ」


 それを聞いて英太は思わず息をのんだ。


 完璧に自分の動きは悠輔の瞳に勝ったとばかり思っていたからその事実に愕然とした。


 時を止めるってどういうことだ──? どんなに彼の前で姿を消そうとも彼の瞳で時を止められしまえばすべて無駄ではないか──?


「どうしたの? もう終わり?」


「──うるさい!」


 そう言うと英太はよろめきながらも立ち上がり棒を振りかざした。


「訳のわからん術ばっかり使いやがって──もう許さねえ!!


 その瞬間、英太は悠輔めがけて棒を振りかざして躍りかかった。


 時を止めようが止められまいが自分のスピードは最強だ──


 この一撃ですべてを終わらせる。その意気込みで英太は棒を分解し三節棍へと変化させそれを振りかぶった。


 だがその瞬間、英太の動きは意に反してぴたっと止まった


 身体が──動かな──い!


 まさかこれが「時が止まる」術だというのか──!


 否、違う。


完璧に硬直しきった全身の筋肉、棒を振りかぶったまま身体はふるふると震えはじめ、体中から脂汗が垂れた。


 ──これは別の術だ。


「かかったな……」


 目の前の悠輔は地面に右手を付けにやっと笑みを浮かべた。


 英太はハッと足下の地面を見た。そこには縦5本横4本の交差した図形『九字』の結界──


「九字縛り罠術(トラップ)──!」


 身体を硬直させながら英太は苦しそうにそう言った。


 なぜ気づかなかったのだろう。こんな罠に──


 それよりも自分のスピードより速くこの罠を用意するなんて不可能だ。だとしたら──


「言っただろ。僕は時を止められるって……」


 悠輔はそう言うと空で手を泳がせるように印を結んだ。


 すると英太の足下の九字結界は赤く光り出し英太の身体をさらに縛り上げた。


「先ほどの攻撃で君のパターンは読み切った。間合いにもよるけど僕に達するまでの歩数は──約4歩ほどだね。その間に君が地面を踏みしめるところを予測してこれを設置した──ただそれだけさ」


「──くそ!」


 英太は術に強く縛られながら苦しくはき出すようにそう言った。


 見切られてないと思っていた攻撃はやはりすべて見切られていた──ということか


「まあ、君はそこでじっとしておいてね」


 そう言うと悠輔は九字縛りの術をかけた針を地面に突き刺した。


 それを見て英太はむっとした表情を浮かべた


「なんだよ! 俺をこのまま放置させるつもりか!」


「だって、第一君を相手する予定はなかったんだもん」


「ふざけるな──! てめえのそう言う態度が気に食わねえんだよ! この術解けたら絶対てめえをぶっ殺す!!


「──はいはい」


 呆れたようにそう言うと悠輔はすっと立ち上がった。


「僕の術を破ったら相手になってやるから。それまではおとなしくしてろ」


 そう言うと悠輔は英太からすっと背を向けた。


 まだ九字に縛られた英太は後ろで何か文句を言っているがもはや悠輔には何も聞こえなかった。



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