目次
1章 現代に巣くう忍たち
1 東大生、藤林悠輔
2 警視庁幹部、相馬泰
3 侵入者
2章 休日の忍たち
1 そして、平凡な一日が始まる
2 女子大生、進藤早紀
3 渋谷の通り魔
3章 足跡を残した忍たち
1 事件現場
2 警察官、上月静夜
3 容疑者、田上明央
4章 取調室の忍たち
1 テレビ記者、叶陽一郎
2 激突-伊賀と甲賀
3 静夜の罠
4 追跡者たち
5章 オモテの忍たち
1 お笑い芸人、風間英太
2 メイド、仁科ともえ
3 JAあおもり職員、応野邦彦
6章 ウラの忍たち
1 風魔の英太
2 戸隠のともえ
3 応変の邦彦
7章 アキバの忍たち
1 ともえと悠輔
2 帰り道
8章 学園祭の忍たち
1 東都大学若葉祭
2 舞台袖
3 トーキョーハンター
4 同業者
5 最強
9章 嵐の前の忍たち
1 ともえと早紀
2 ツイてるともえ
3 ツイてない悠輔
4 邪魔者
5 嵐が来る
10章 相見える忍たち
1 知らなくていい真実
2 悪い夢
3 百地悠輔という男
4 集いし5つの流派
5 赤い瞳の一族
6 ともえの提案
7 激突する赤と青
8 別れなさい
11章 動き出す忍たち
1 六本木のオフィス
2 戸隠の女王
3 忍者王
4 アキバのアイドル劇場
5 同盟
12章 恋煩いの忍たち
1 恋人は忍者
2 最後のデート
3 守ってみせる
13章 集結する忍たち
1 警視庁のメッセンジャー
2 集結した忍たち
3 悠輔の企み

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1 ともえと早紀

「もー! 最悪!」


 急に降りだしてきた雨に半分濡れてしまった早紀は怒りのあまり大きな声でそう叫んだ。


 雨宿りの古い校舎内。


周りは急な雨に焦って撤収してきた屋台サークルや演劇サークルの人たちでごった返している。


しかし、なぜ自分はここで一人心細く待っているのだろう


大体きっかけは恋人悠輔がトイレだと言ってお笑いライブを途中抜けしたことだ


それから30分待てど暮らせど悠輔は戻ってこなかった。


そのうち大雨が降ってきてお笑いライブは急きょ中止、仕方なく近くの古校舎に非難するしかなかったのだ。


 早紀は何度も何度も悠輔の携帯電話に電話した。しかしなぜかこういう時に限って悠輔の電話につながらない。


だれに会っているのか知らないけれども今日の今日は許せない。このあとごっそり絞りあげてやるんだから──


その時だった。


早紀の携帯電話の着メロがけたたましく鳴り響いた。


その名を確認すると藤林悠輔──勝手なアイツからの今更ながらの電話だ。


「もしもし──」


 早紀はその電話にあえて不機嫌さを曝け出して出た。


 電話の向こうの悠輔は焦った様子がびんびんに伝わってくる声で話しかけた。


「早紀──? 今どこにいるの?」


「どこって──どっか古い校舎で雨宿りしてる……」


 その言葉に悠輔は「そか……」とえらく低い声でつぶやくともう一言早紀に聞いた。


「もしかして、そこに誰かいる?」


「だれもいないわよ──ってさ! 何なのよ一体!」


 そう言うと理沙はついに悠輔に激怒した


「あなた一体私のことなんだと思ってるの? 普通恋人を雨の中30分も放置するなんて絶対にありえない!信じられない!」


 その舌鋒に悠輔はただただ「ごめん」としか返してこなかった。


その態度が早紀は余計気に入らなかった。


「ともかくどうするの?これから……こんな大雨になっちゃって学園祭どころじゃないでしょ」


「そうだね……」


そう言うと悠輔は急に真面目な声で返した。


「ともかくこれからそっちに向かうそれから──」


「それから?」


「見知らぬ奴が話しかけても絶対に無視して。心を絶対に許しちゃだめだ」


「──何言ってるの?」


 悠輔のその言葉に早紀はちんぷんかんぷんだった。


「ともかく知らない奴について行ったらダメだ! 厄介なことに巻き込まれる!」


「意味分かんないし!」


 そう言うと早紀は怒り心頭の声で悠輔を怒鳴った。


「一体何なのよ! 散々待たせといて、言いたいことはそれだけ? もっと謝らなきゃならないことがあるでしょうが!」


「それは──」


「もういい! 今日はこれで終わり! じゃあね!」


 そう言い放つと早紀は乱暴に携帯の電源ボタンを押した。


 悠輔は何かまだ言いたげだったけどそんなことどうだっていい。


 あの人はいつも身勝手だし反省がない。付き合うこっちばかりいつも大変な目にあう。


 それをわかっていなくていつも同じ間違いばかりする悠輔が早紀は疎ましくてならなかった。


帰ろう──


そう思ったはいいものの外は大雨だ。傘なんて持ってきてるわけないし、こんな中歩いて帰ったら確実にずぶ濡れになる。


早紀は深いため息をついて恨めしく暗い空を見上げたその時だった──


「あれぇ? 早紀──じゃない?」


 その甲高い声に早紀ははっと振り向いた。


 そこにはふりふりの黒いワンピースにリボンがついたヘッドセットを付けたメイドがニコニコとした笑顔で立っていた。


「あ、ともえ……ちゃん?」


 その姿に早紀は呆然とした。


 自分の大学の同級生の()がまさか東都大学の校舎の中にいるとは思いもしなかったのだ。


「どうしたの?ここで……」


「あたし? あたしはバイトしてるの。この校舎の4階のメイド喫茶で」


 そういうとともえは早紀にむかい気持ち悪いくらいの笑顔で笑った


「へえ……東都大でメイドカフェねえ……」


 ──需要、あるのかしら? 早紀はから笑いしながらそう思った。


「ねえ、早紀……うちの店こない?」


「え!? メイド喫茶に?」


「そそ、どうせこの雨でどこもいけなくて困ってるんでしょ。だったら、雨宿りついでに寄って行ってよー」


 ともえのその誘いに早紀はしばらく考え込んだ。


 確かに彼女の言うとおりだ。この大雨で足止めを食らっていてどうしようもなかったのは間違いない。


「悠輔……待ってるんでしょ?」


 ともえのその言葉に早紀ははっと彼女を見た


彼女は口元にニヤッと可愛いながら不気味な笑顔を浮かべていた。


「──あんな奴、知らない!」


 早紀はそう言うとツンと彼女からそっぽを向いた。


 それを見てともえはさらにモーションを掛けるかのように彼女の手を引いた。


「それならそれでいいじゃん! どうせ早紀はこれから暇なんでしょ? だったら私の店に来てぇー」


「うーん……」


 まあ、それもいいかな……


 早紀はともえの誘いを悪いものだとは思わなかった。そして、しばらくした後彼女に屈託のない笑顔で答えた。


「うん。いいよ」


「ホント!」


 その一言にともえは早紀の手をギュッと強く引いた。


「じゃあさ、早くお店行こうよ! ともえちゃん特製ホットティだしてあげるよ!」


「ホント? 楽しみだなあ~」


 そう言うと早紀は何の疑いもなくともえについて行った。


 その決断が後々悠輔、早紀そしてともえを巻き込んだ愛憎劇のきっかけになるなど──今の早紀が気づくはずがなかった。

 


2 ツイてるともえ

 東都大学第3研究棟の4階、の第5小教室──


 そこが東都大学若葉祭のため急きょオープンしたメイド喫茶「わかば」だった。


 しかし、急きょ立ち上げた仮店舗にしてはこのメイド喫茶「わかば」の店内はかなり凝ったものだった。


 ゴシック調の壁紙に、どこから持ってきたのかアンティーク調の家具が置かれ、装飾や照明もかなりの出来だ。


 まさかここが大学の構内とはだれも思うまい。否、そのまま秋葉原で営業したって遜色のないクオリティだ。


 しかし、驚くのは内装のクオリティだけでなくそこで働くメイドのクオリティもなかなかのものだった。


 中にはともえ見たいな他大学からのヘルプの人間もいるが、大半はあの日本最高峰の東都大生の女学生だ。


 そんな彼女らがいつものインテリ姿を隠しメイド服に身を包んで今日に限ってはじけてメイドを演じている──


 それだけでもアキバのオタクにはたまらないのだろうか。この店目当てで東都大の学園祭に来たメイドオタクも数多く見てきた。


 でも──本当に一番かわいいのはあたし。


 ともえはカウンターでアセロラホットティをカップに注ぎながら、そう思った。


 いくら東都大生メイドが珍しいからと言って、一番の目玉はアキバで大人気のメイドであるともえのゲスト出演だ。


 現にともえのもとには指名がガンガン入ってきた。根っからのともえファンもいればクソ真面目な東都大生もいた。


 朝からそんな客たちの相手にへきへきしてこんなところ帰りたいと思っていたけど、昼から流れは変わった。


 それは悠輔とばったり会ったのがきっかけだろうか──彼とは邪魔が入って少ししかしゃべれなかったけど、そのおかげでこの前ちょっとしたイザコザで軽く泣かしてあげた風魔のお兄さんとも出会えた。そして──


 ともえはふとカウンターの先にいる早紀をじろっと睨んだ。


 そして彼女に気づかれないように懐から怪しい小瓶を出し、そこに入っていた粉末をアセロラホットティの中に混入した。


 彼女に会えたのは幸運だ。しかも悠輔の邪魔なく店に誘導できたのだからこの上ない幸運だ。


 これでこちらの計画が滞りなく進む──ってわけだ。今日は何かツイてるきがする。


「早紀ぃ~。ホットティできたよー」


 ともえは何事もなかったかのような笑顔を浮かべ粉末入りアセロラホットティをトレイに乗せて早紀の元に運んできた。


 彼女は携帯電話のメール画面をみながら不機嫌そうな表情で言った。


「悠輔、サイテー」


「……どうしたの?」


「いや、ともえちゃんのお店にいるってメールしたら。さっさとそこから出ろだって……何様!?


 早紀はそう言うと携帯電話をたたむと、何の疑いもなく出されたアセロラホットティに口を付けた。


 勝った──


それを見てともえは不敵な笑顔を浮かべた。


「なんだろう……あたし、悠輔に嫌われてるのかなぁ」


 ともえはあえて演技するかのように早紀の前でそう不安な様子を見せた


「そんなことはないと思うよ。だってあの秋葉原での1回しか会ってないじゃん」


「うん……」


 それは嘘だった。本人はどうか知らないけどあたしと悠輔は周知の仲だ。


 それはこんな小娘が中に割って入るような隙間もない深い仲だったはずだったのに──


「でも、なんかあたしあの時悠輔に避けられていた感じがする。何でだろう?」


「それは知らないけど……」


「ねえー。今度早紀とあたしと悠輔3人で会わないかな? あたし悠輔の誤解といてあげたいし……」


「……」


 その問いに早紀は一瞬とまとったような表情を浮かべたが、すぐに表情を和らげ笑って見せた


「いいよ。全然大丈夫」


「ホント!」


「大体悠輔もおかしいわよ。あんなにともえちゃんを警戒しなくてもいいのに──何考えてるのかしら?」


 そう言うと早紀は怒りを飲み込むかのようにアセロラホットティをごくりと喉に流し込んだ。


 ──そう、どんどん飲んじゃって。


 ともえはそう思いながらニコニコとした表情を変えずに彼女にメニューを出した。


「そうそう、サイドメニューもあるんだけど、何がいい? お勧めはティラミスかなあ~オムライスは女の子には重いと思うし……」


「……あ、じゃあそれで」


 早紀は一瞬ぼんやりとしていたが、ともえのその一言に咄嗟に反応した。


 それを聞いてともえはニヤッと笑みを浮かべ言った。


「じゃあ、ティラミスね。待ってて」


 ともえはそう言うとまたカウンターの奥へと引っ込んでいった。


 早紀はそれからも出されたアセロラホットティに口を付け続けた。


 相当暖かい飲み物に飢えていたのだろう、彼女は一気にごくごくとそれを飲み干していた。


 ──やっぱり、今日のあたしツイてる!


 遠巻きでその様子を見てともえはついつい嬉しくなった。


 これで悠輔は絶対に邪魔できない場所に早紀を連れて行けることができる。無抵抗のまま彼女をさらって──


 やがてカウンター越しの早紀は眠そうに目をこすりだし、そして崩れ落ちるようにカウンターで深い眠りについていく。


「あれぇ?」


 ともえはあえてとぼけるように早紀に近づいた。


「早紀ちゃん寝ちゃったの? 困った娘ね……」


 ──どうやら眠り薬効いたみたいね。


 それを確認するように巴は彼女の手を取り脈を確認する、そして営業スマイルのまま隣のカウンターに座る体格のいいスーツ姿の客を見た。


「あのぅ……お願いがあるんですけど……」


「なんだい?」


 そう言うと男は身体をゆすりと蛇のようにぎょろりと鋭い目でともえを見た


 だがともえはそんな男の目を見てもいつものあの態度を貫いた


「お客さんが寝ちゃったんですぅ~ここで寝られると困るんで別室に運んでいただけませんかぁ?」


「ああ、お安い御用で──(お任せ下さい。お嬢様)」


 男はともえに『心読』で一言そう伝えると、カウンター席から立ち上がりニヤッと笑みを浮かべた。


 それを見てともえはにっこりと笑って手を叩いた


「本当ですかぁ~。助かりますぅ──(頼むわよ。蓮堂──)」


 ともえは『心読』と共に男にそう眼で合図する。


 その病んだように暗い瞳は一瞬、優しい癒しのメイドの顔から誰もが恐れる戸隠の女頭目の顔に変化した。


 アキバの人気メイドともえに頼まれた男蓮堂はともえに一礼するとぐったりと寝込む早紀を抱くとそのまま店を出て行く。


──やったあ。この戦、勝ったわ……


ともえはその後ろ姿を見送りながら軽いガッツポーズをした。


見ていらっしゃい。藤林悠輔──あなたに最大の苦痛を与えてやるわ。


許婚相手の私がいるのに彼女なんか作って浮気をした罰よ。覚えておきなさい──


「さぁて、そううまくいくかな」


 背後でその低い声を聞いてともえははっと振り返った。


 そこには全くの気配を殺しオレンジジュースを飲むツートンメッシュのピアス男。お笑い芸人『トーキョーハンター』の渋谷系のツッコミ担当の風間英太がいたのだ。


「あんた──いつの間に?」


 彼の顔を見てともえは呆然となった。


 何故、今まで気付かなかったのだろう──いくらともえが早紀に集中していたからとは言え英太ほどの忍者の気配を全く拾い損ねたなどあり得ない話だ。


 それともこの男、完璧に気配を消す術でも使ってメイド喫茶に潜入してきたとでも言うのだろうか?


「ずっと見てたぜ。俺」


 英太はそういうとオレンジジュースの中の氷をストローで突っつきながらともえを睨んだ。


「あの()どうするつもりだ?」


「どうするって……」


「どうせ、おまえの考えてることだ。あの()を出汁にして藤林悠輔でもおびき出すつもりか?」


「うっさいわね! あんたに言われる筋合いないわよ!」


 そう言うとともえは彼の横のカウンター席に座るとつんとそっぽを向いた。


「それよりもあんたは何の用?」


「俺? 俺はただ相方の様子を見に来ただけ──」


 そう言うと英太はちらっとうしろのテーブル席を見た。


 そこには黒髪のメガネメイドとじゃんけんをしているオタクの相方マサシの姿があった。


「まあ無事そうだったからよかったよ。そんだけ」


 英太はそう言うとまたオレンジジュースをストローで吸った。


 それを見てともえは不満そうな表情を浮かべ英太を睨みつけた。


「あんたさ、まさか私の計画をぶち壊そうって思ってない?」


 その一言に英太は表情一つ変えずに答えた


「別に」


「じゃあ、何しに来たのよ! 黙って私の計画を見過ごす気なの!?


「そうだけど?」


「……意味わかんないし!」


 ともえはそういうとつんと頬を膨らませた。


 そんなともえを見て英太は深いため息をついてコップの中の氷をいじくりまわした


「だってお前があいつの彼女を連れ去ろうがブッ殺そうが俺にはまーったく関係ねえし。勝手にすればっていうのが本音だな」


 その一言にともえは怪訝そうな目で英太を見た。


「と言うことは、本気で黙って見過ごすってこと?」


「そう言うことだ」


 そう言うと英太はニヤッと不敵な笑みを浮かべた。


「まあ、精々藤林悠輔の女を欲望のまま痛めつけちゃえば? まああいつは烈火の如く怒り狂ってお前を殺しに来るだろうけどな」


「そんなことあんたに言われなくたって……」


「あ、でも、これだけは忠告しとく」


 英太はそう言った途端、今までぱたりと消していた殺気を爆発させるように放った。


 そして、ギラギラと光る瞳でともえをキッと睨みつけた。


「藤林悠輔は俺の獲物だ。お前が先に手を出したら容赦しないからな」


 その一言にともえはむっとした表情を浮かべたが、すぐに口元にひやりと冷たい笑顔を浮かべた。


「あら、悠輔はあんただけのものじゃないのよ。あの人はあたしの──」


「それから」


 そう言うと英太はカウンター席から立ち上がった。


「仁科ともえ──この前の借りはいつか返させてもらうぞ」


「そうそう、あんたあの時あたしにぼろ負けしたんだよねー。あれでも手加減してあげたのに」


「うっさい。俺だってあの時は手加減してやったんだ。バーカ」


 その一言に英太は心外したようにむっと口をへの字に曲げた。


「ともかく、俺の言いたいことはそれだけ。さてと……俺も用事があるからそろそろお暇しようかな」


「用事? あんたの用はもう終わったんじゃないの?」


「ふん……」


 その一言に英太はニヤッと笑った。


「俺も決着がついてないんだよ。お前の追ってる男との最強を賭けた決着がな……」


3 ツイてない悠輔

雨で濡れた東都大学のキャンパス


あれほど人込みでごった返していたその場所は大雨の影響で閑散としていて人っ子ひとりいない。


その滝のような雨の中、悠輔はただたたある場所へ急ぐためずぶ濡れになりながら走っていた

 問題のくノ一ともえの元にいる早紀の場所に向かうだけなら簡単だった。それだけならら何の滞りなくことは収まるはずだった。


 だけど──今日の僕はどうもツイてないようだ。


 絶え間なく他流派の忍者たちに追跡されまくっている──のだから。


 その瞬間、悠輔はすっと身体をかがめそのまま前転した。


 それと同時に彼の頭上を数個の手裏剣が空を切り裂いていった


「ええいっ!鬱陶しい!」


 瞬間、悠輔は踝に隠してあった針を取り出すとそれを瞬くスピードで投げつけた。


 雨の中崩れ落ちる人影──だが今回の敵は一人だけではない。


 気配は5人か……悠輔はすっと立ち上がるとメガネをすっと取り外した。


「僕は忙しいんだ。相手なら一瞬で終わらせてやる!」


 そう言ったその瞬間、悠輔の瞳はまるで燃えるように赤く光った。


 そして次の瞬間、濡れたアスファルトを蹴り獣のように襲いかかる5人の影──


悠輔はすっとその場に立ち尽く赤い瞳で襲いくる影をぎりぎりまで見極める。


彼の瞳には見えていた。奴らがどんな動きをして襲いかかるかどんな軌道で攻撃をしてくるか──


そして、襲いくる影の刃が悠輔の身体を撫で切ろうとしたその時彼は瞬時にその場から姿を消した。


はっと顔を上げる追跡者の影。悠輔は彼の頭を踏み台にしてさらなる高みへと舞い上がっていた。

悠輔の両手には合計十本の針。それを大粒の雨に紛れ込ませるかのように彼らの頭上でうち放った。


雨とともに注ぎ込む針の雨──


それに男たちは急にひるんだ格好を取る。あるものは急所を刺され、あるものは急所を逸れ──だが、今回悠輔はそれだけで終わらせる気は毛頭無かった


悠輔がきれいに濡れたアスファルトに着地したのと同時に彼は両手を横にかざした。


次の瞬間、一度放たれ死んだはずの針たちが立ち上がり男たちに再び襲いかかった。


その動きはまったくもって予想不可能。


下から上へと突き上げる針もあれば左から右へ駆け廻る針もある。


その動きに男たちは翻弄され、そして悠輔の作った罠にまんまとはまっていく。


悠輔は顔の表情一つ変えずに男たちに背を向けたまま手を激しく操った。


すると男の一人が何かによって血を吐き倒れこみ、そしてその隣の男は一瞬で手を切断され叫び声をあげた。


男の周りには行き交う針意外にも光る何かが襲っている。


それは針のすぐ後を追うように男たちを一瞬で取り囲みそして襲いかかってきた。


それは彼の宣言通り一瞬で終わった。


悠輔が手をギュッと握り前にかざしたその瞬間、男たちは一斉に血を吐き出し何も言葉を出さないまま崩れ落ちたのだった。


「手間掛けやがって……」


 悠輔はそう言うとすっと立ち上がると男たちを襲っていた針を手の動き一つで手元に回収した。


 そして後ろを振り向くとため息交じりに一言言った。


「そこにいるのはばれてるよ。いい加減出てきたらどう?」


 悠輔は真紅の瞳を光らせ今は姿を見せぬその人物に強く警告した


 それと同時にいつでも相手になってやると言わんばかりに彼は身体から禍々しい殺気を発してみせる。


「ふん……気づいていたか」


 それを見て観念したのか、その男は悠輔の前にすっと舞い降りた。


 大きい──相手はタンクトップを着た筋骨隆々のとてつもない大男だった。


 しかし、今まで相手していた雑魚とはわけが違う。桁違いの強さが醸し出す空気だけで伝わってくるようだった。


「しかし、驚いたよ。そのワイヤー付きの針を遠くから操って複数の相手を葬り去るとは──うわさ通りの恐ろしい使い手だな。伊賀の家元は……」


男のその一言に悠輔はハッと息をのんだ。


つまり、この男は自分の術のからくりを言い当てるくらいの眼力がある──それなりの実力のある他流派の幹部だということだった。


「誰だ……」


 悠輔はその男から一歩引くと彼を真紅の瞳で睨みつけ戦う構えをとった。


 それを見て目の細いその大男は鼻で悠輔を笑った。


「馬鹿はよせ。ボクはお前と戦う気はない」


「じゃあ、この男たちは? 君の配下じゃないのかい?」


「知らないね……」


 そう言うと大男は冷めた目で悠輔が倒した男たちを見た。


 それを見て悠輔は初めて殺気を弱め、彼を湿った眼で見つめて言った。


「とりあえず名を名乗ってもらえないかな。それからじゃないと判断できない」


「ほう……それもそうだな」


 そう言うと男は細い眼を皿に細め柔和にほほ笑んだ。


「ボクの名は応野邦彦。奥州応変流黒頭巾二十代頭目だ」


「応変流──か」


 噂には聞いていた。東北にとんでもない使い手がいると言うことは──


おそらくそれは目の前の応野邦彦その人物なのだろう。それを悠輔はすぐに感じ取っていた。


「──で、僕に何の用だい?」


「藤林悠輔──お前に警告しにきた」


「警告?」


 その言葉を聞いて悠輔は初めて顔に色を見せた。


「お前はその強さから他流派から狙われ過ぎている。それは重々わかってるな」


「別に……それは悪いことじゃないと思ってるけど」


「いや、お前ら他流派の不毛な争いで迷惑を被る人だってたくさんいる。お前だって表の世界で友人や恋人だっているだろう──そんな彼らをお前らの利己的な争いで傷ついたらと思うといくら冷酷な忍者であるお前でも心が痛むであろう」


「──」


 何を言い出すんだ──こいつ?


 その説教めいた言葉を聞いて悠輔は思わず強く困惑した。


「何が言いたいんだ君は……」


 悠輔はそう言うとため息をつき邦彦をキッと睨みつけた。


「初対面でいきなり説教面か……そんな偉いものなのか? 応変流ってやつは……」


「お前、本当にそんな冷酷なことが言ってられるのか?」


「なにが?」


「現に今お前の恋人はある流派にさらわれそうになっている……それでもお前は修羅の道をやめないのか?」


「……なんだって?」


邦彦のその一言を聞いて悠輔は強く動揺した様子を見せた。


早紀が危ない──ずっと思っていた危惧がその瞬間現実味を帯びてきた。


「やっぱり君も僕の敵なのか?」


 悠輔がそう言ったその瞬間彼の身体から再び殺気が噴き出した。


 そして次の瞬間には彼の手には再び数本の針が光っていた。


「違う! ボクは警告しに来ただけだ!」


「うるさい!」


 そう言った瞬間、悠輔は左右に生えた十数本の針を邦彦めがけて解き放った。


 それを見た邦彦はそれを太い両手で身体をガードすると、真正面から悠輔の針を受け止めた。


 針は確かに邦彦の身体には当たった。しかし、それは深くは身体に刺さらず乾いた音を出して濡れたアスファルトに落ちて行った。


「なるほど、身体鋼化か……面白い術を持っているな」


 そう言うと悠輔は真紅の瞳で邦彦を見て笑った。


 邦彦は少し不機嫌そうな表情を浮かべため息をついた。


「一言言っておくが。ボクとやっても結果は無駄だぞ……」


「そんなのやってみなきゃ分かんないだろ」


 そうは言ったものの、確かに邦彦の言うとおり今の手数では若干こちらが不利かもしれない。


 しかも、それを相手は見切っている。


安全を取って引くべきか、それともプライドを取って戦うべきか──雨の中濡れた針を手の中で遊ばせながら悠輔は邦彦と対峙した。


「──無駄な戦いはやめよう」


 最初に引いたのは意外なことに邦彦の方だった。


「何度も言うけど今日はお前と戦いに来たんじゃない」


「じゃあ何しに来たの?一体──?」


「僕は──」


 そう言うと邦彦はくるっと踵を返し悠輔から背を向けた。


「ある女との決着をつけに来た。それだけだ」


「ある──女?」


「たまたまその女を追っていたらお前の彼女がさらわれるのを見た──それだけだ」


 それを聞いて悠輔は目を見開いて驚いた。


 仁科ともえ──それが邦彦が狙う女の名前で悠輔の恋人早紀を窮地に追いやろうとしている女の名前。


「ボクは今からその女と決着をつけてくる」


「それで? 僕に協力しろとでもいいたいの?」


「馬鹿を言うな。お前の力などなくてもあの女など倒せるよ」


 そう言うと邦彦はふっと微笑した


「だけど、お前の恋人は無事で助けられる自信はない。そっちの方はお前が勝手に助けてやってほしい」


「そんなこと……君に言われなくたって」


 そう言うと悠輔は不機嫌そうに手を組んだ。


「つまり君は仁科ともえを倒す、僕は早紀を助ける──結局はそうやって協力してほしいっていいんだろ」


「お前だって嫌だろう。自分たちの流派の戦いに何の関係のない彼女が巻き込まれるのは……」


 邦彦のその一言に悠輔は思わず沈黙した。


 確かにその通りだった。


自分が最も恐れていたことそれが早紀が悠輔の恋人ゆえにこの戦いの渦に巻き込まれるというシナリオだった。


 それを回避するため今までどれだけの苦労をしてきたのだろう。


 早紀の前で自分を偽ったり、小さな嘘をついたり──だけどそんな小さな努力も今ではあまり意味がなかった


「わかった。今回は特別に君に協力してあげる」


 悠輔は小さく笑いながらそう言うと邦彦をきっと睨み返した


「だけど、覚えておくんだな。僕は君に負けたわけじゃない! いつかこの借り──返してみせる!」


4 邪魔者

「おーっほっほっほ! これであたしの勝ちよ!」


 ともえはアテンザの後部座席で勝利の高笑いをあげた。


 すぐ隣にはぐっすりと寝込む愛しの藤林悠輔の恋人である憎き進藤早紀が寝込んでいる。


 こんなことをしたらきっと悠輔は怒るであろう。自分の命を狙いに来るかもしれない。


 でもともえはそれでも良かった。彼と命のやり合いをしても彼の命を奪おうともそれはそれでいい結果だと思っていた。


 ともえは悠輔のすべてが欲しかった。愛も命もすべて自分のものにしたかった。


 そのためであれば何の犠牲も払うつもりだった。たとえ表の世界に住む彼の恋人を犠牲にしようとも──


「早紀ちゃん……あなたは好きにはなっちゃいけない人を好きになっちゃったのよ」


 ともえは暗く病んだような瞳で早紀を見つめると軽く彼女を小突いた


「残念だったわね。その人を好きになったがためにあなたは命を失う──身分相応の恋をしなかった代償よ」


 早紀は答えることはなかった。


ただ後部座席にもたれ気持ちよく寝息を立てるだけだった


「蓮堂! まだアジトにつかないの!?


 そう言うとともえは運転席の戸隠の忍者蓮堂に強い口調で言い放った。


「そうは言いますが、お嬢様。渋滞にはまりまして──」


「ああッ! もう! 情けないわね!」


 そう言うとともえは不機嫌そうにつんと顔をそむけた。


「この間に他流派が襲ってきたらどうしてくれるのよ! せっかくの人質が奪還されたら元も子もないわ!」


「ですが、お嬢様──!」


「もういい! どっか抜け道探しなさいよ!」


 ともえの疳癪に蓮堂は困った表情を浮かべながらナビで抜け道を検索しはじめた。


 きゅっとハンドルを右に切るとアテンザは住宅街に抜ける小さな路地に入った。


──これで渋滞地獄から抜け出せるわね。


そう思い、後部座席にごろりともたれかかったともえだが、アテンザは路地に入って間もなくなぜか動きを停止させた。


面食らったともえは運転席の蓮堂に食ってかかった。


「今度は何よ!」


 蓮堂はその問いに緊張した面持ちで答えた


「お嬢様……検問です」


「検問!?


 何でこんな時間に──!


ともえは焦った表情で前を見た。


大雨が降る中、そこにはたった一人の少しだらしない警察官がともえたちの車を止めていた。


「すいませーん。ちょっと近所で事件があったもんで」


 ぼさぼさ頭のだらしない警察官はやる気がな下げに蓮堂の乗る運転席に近づいてきた。


「すこし事情を聴くために外に出てくれませんか?」


 その一言に運転席の蓮堂は警戒の眼差しで警察官を睨みつけた。


 だがその迫力ある目に対しても警察官はニコニコとした表情を崩すことはなかった。


(どーするのよ! 蓮堂!)


後部座席のともえは湿ったような目つきで蓮堂を睨みつけると警官に悟られないよう『心読』で話しかけた。


(ここで警察に捕まったら元も子もないわよ!)


(わかってますって。お嬢様──)


(じゃあどうすんの!? 強行突破しちゃう?)


(いえ……話をつけてきます)


その一言にともえははっとした。


(ちょっと、あんた正気!?


(大丈夫ですって。相手はただの警官ひとりですぜ。こっちが本気になれば簡単に始末できるでしょうが)


 蓮堂のその一言にともえはどう反論していいのか迷った。


 確かに彼の言うとおり、相手はただの警察官一匹制圧するのはそう難しくない相手かもしれない。


 だけどともえはこの警察官の真意を測りかねていた。


 なんだろう。この嫌な胸騒ぎは……


 このやる気のない警察官の顔を見た瞬間覚えた理由なき違和感にともえは激しく動揺していた。


「なにかあったんですか……?」


 蓮堂は声を口に出してそう言うと雨の降る車の外に出た。


 その一言に警察官はニヤッと不気味な笑顔を浮かべた。


「いえ、この辺の大学で女の子が一人行方不明になりましてね……それの捜索ですよ」


「それはら我々は関係ありませんよ。この二人は同じ大学の友達でしてね……一人が具合が悪いから家に送ってあげてるところです」


「ほう……本当にそうなのかな?」


 その瞬間、警察官の瞳が青白い光を発した。


 それを見た蓮堂は初めて強い緊張感で顔をしかめた。


「お前……!」


「『心読』がだれも聞こえないと思ったのが間違いだったな。同業者には筒抜けなんだよ。戸隠さんよ!」


「──!」


 その言葉を聞いた瞬間、蓮堂は真っ先に動いた。


 上着のそでに隠してあった小型ナイフを手に取るとそれを謎の警察官の顔めがけて突き放った。


 自分のスピードなら遜色なく相手を殺れる筈だった。その刃が空を切る感覚を感じるまでは。


 蓮堂はハッとした。一撃で葬ったはずの警察官は彼の目の前からぱたりとすがたを消していたのだ。


 そして次の瞬間、彼は背後で今まで体感したことのないおぞましい殺気がわき上がるのを感じた。


「お前の力はその程度か──」


 警察官は表情一つ変えてはいなかった。


 それを見て蓮堂はカっと頭に血が上った。もう一方の手にも仕込み小型ナイフを手の持つと猛烈な勢いで余裕警察官めがけて斬りかかった。


 しかし、その刃はまたしても空を切るしかできなかった。


 警察官はまるで流れるかのように蓮堂の刃を紙一重でかわして見せたのだ。


「貴様──ッ!」


「雑魚は引っ込んでな」


 そう言ったその瞬間、警察官はすっと身体をかがめ獣の如くの勢いで蓮堂に襲いかかった。


 そして、彼が足元の水たまりにを蹴りあげた次の瞬間だった。


 それは刃──いや、刃にも似た鋭さをもった水しぶきだ。


 それが一瞬にして蓮堂の身体を切り裂き貫いていったのだった。


 荒い息のままつっと口から流れる赤い血。彼はそのまま体中から血飛沫をあげそして崩れ落ちて行った。


「さて……と」


 警察官は冷たい表情一つ変えぬまま車の中のある人物を見た。


 その眼はギラギラと青白く光り、口元はひやりと恐ろしい笑みを浮かべていた。


「そろそろ、出てきて話をしないか? 戸隠の姫様よぉ」


 その言葉を聞いてともえは車の外にでた。


 その表情は意外にも凛としており、瞳は強く冴えた光を湛えていた。


「水遁とはずいぶんな術使ってくれたわね」


 ともえは一言そう言うと警察官をギラリと睨みつけた。


「あんたただ者じゃないわね。何者よ」


「ふ……意外と顔は割れてないようだな」


 そう言うと警察官はぼさぼさの髪を掻きあげ青白い瞳でともえを見た。


「俺の名は上月静夜──お前が追っかけている藤林悠輔の永遠の好敵手(ライバル)である甲賀の頭目さ……」


「悠輔のライバル? って、ソレ自分で言うの!? 寒ッ!」


 ともえは上月静夜と名乗った警察官向って馬鹿にしたような笑顔を浮かべた。


 それと見て静夜はむっとした表情を初めて浮かべ黙ったまま彼女を睨んだ。


「……まあいいや。で?その甲賀の頭目さんは何しに来たのかしら?」


「要件を言えば早い──女を渡せ」


「女って悠輔の女のこと?」


「そう言うことだ……」


 その一言にともえは狂ったような笑い声をあげた。


「アハハハハ! なにそれ! あんたも女使って悠輔おびき出そうって言うの?」


「お前らみたいな姑息な流派と一緒にされたくないな」


 そう言うと静夜は深いため息をつき青白く光る目でともえを睨みつけた


「俺はただ藤林悠輔と戦って奴の奥儀を破りたいだけ──お前みたいな疚しい理由と一緒にするな」


「何よぉ……あたしの理由が疚しいですってぇ!」


 その一言を聞いてともえの表情がガラッと変わった。


 歯を食いしばり、眼には怒りが灯り、そしてツインテールの髪を逆立て彼女は怒りに燃えていた。


 しかし、静夜はそんな彼女をさらにたたみかけるかのように言い放った。


「ああ、疚しすぎて醜いね。自分の好いた男に何の力のない女がいて怒り心頭なのはわかるが、そこから何の関係のない彼女を巻き込んでまであの男を振り向かせたいのかと思うとゾッとする。お前は忍者の端くれにも置けない女だ!」


 その一言でともえの中で何かがキレた。


 彼女は唇を激しく噛むと暗く鋭い瞳をギラリと光らせた。


 それはあまりにも一瞬の出来事だった。


ともえがすっと手を横にかざしたその瞬間、煌めく光が静夜の首を横一閃した。


彼は余裕綽々の笑顔を浮かべたまま、首から頭がこぼれおちたのだった。


雨の中濡れたアスファルトに崩れ落ちる静夜の躯と生首──それを見てともえはニヤッと冷たい笑顔を浮かべた。


「あーら。大口叩いた割には手ごたえがないわね」


 ともえの手には身体と同じくらいの長さを誇る大きな鎖鎌が握られ、ひゅんひゅんと風を切らせながら彼女はそれを軽々と振り回していた。


「あーん!もう、しずちゃんつまんないじゃーん! もっと楽しませてくれると思ったのに──!」


 そう言ったその瞬間、ともえはその真実に面食らった。


 目の前に転がっていた静夜の生首をふと見るとそれはただの身代わり人形の頭でしかなかったのだ。


 何故──!? あの短時間で身代わりの術を使ったって言うの──?


 ともえは鎖鎌を振り回りながらどこかへ逃げた静夜の姿を目で追った。


 しかし、静夜はすぐにともえの前に姿を現した。両手に眠りこける早紀を抱き、住宅の上の屋根の上に立ち尽くして。


「なかなかいい攻撃だったよ。戸隠の姫さん」


 静夜はそう言うと青白い瞳でともえを見下ろした。


「一歩間違ってたら本当に頭と首が離れ離れになってたぜ……ホント危ない奴だ」


 それを見てともえはぎりっと歯ぎしりして彼を睨みつけた。


「ちょっとぉ! その女返しなさいよ!」


「残念だな。お前が隙を作ったからいけないんだ」


「きぃーーーーッ!! 悔しい!」


 そう言い放つとともえは激しく地団駄を踏み悔しがった。


 それを見て静夜は勝ち誇ったような笑顔を浮かべ言った


「まあ、そう言うことだ。戸隠の姫さんよ……世の中そううまくいかないってことだ」


「うるさいわね! あんた今度会ったらただじゃおかないわよ!」


「ふ……その日を楽しみにしてるぜ」


 静夜は一言そう言うと迫りくる夕闇の中へと姿を消して行った


 それをともえはただ呆然と見送るしかできなかったが、直後彼女の口元に不敵な笑顔が生まれた。


「しずちゃんったら、馬鹿ねえ」


 そう言うと彼女はすっと黒と紫の基調の携帯電話を取り出した。


 その画面にはGPS画像とともに赤い点が絶え間なく西へと向かっていた。


「あたしが早紀のポケットの中に発信器入れてたなんて予測できたのかしら……これであなたの居場所は筒抜けってわけよ」


 ともえはそういうと携帯電話を両手に抱くとまた病んだようなため息をついた。


「さーって、この情報誰に教えようかしら? やっぱり悠輔には教えるべきだよねえ~。だとしたらこれって三つ巴の戦いになるのかしら? うーん、それってとても魅力的!! ともえちゃん萌えちゃうわぁ」


 そうきゃぴきゃぴと言いながらともえはその場をスキップで後にする。


 鎖鎌をぶんぶん振りまわしながら──


5 嵐が来る

「誰だ──」


 東都大学の自転車置き場──悠輔の元にその電話が入ったのは大学を出ようとして自分の大型バイクにまたがったその時だった。


 それは非通知の電話だった。


だが携帯が鳴ったその直後から悠輔は何か嫌な予感が身体の中をよぎっていた。


それがどこの誰かからは知らないが、悠輔は携帯に出たとたん威嚇の声を出していたのだ。


「そうピリピリするなよ。家元」


 電話の向こうの声は男だった。


 否、このねちっこいしゃべり方──どこかで聞いたことがある。


 そうだ──あの男だ。自分をここまで追い込んだ張本人のあの男だ。


「上月静夜──!」


 悠輔はその名をつぶやくと、ぎりっと歯ぎしりをした。


「お、声だけ聞いて俺だと感づいたか。さすがだな」


 その言葉を聞いて電話の向こうの上月静夜は少し嬉しそうな声をあげた。


 それを聞くだけで悠輔はなぜか心が掻き毟られそうな気分になったが、あえて冷静を装って彼に声をかけた。


「なるほど、僕の携帯番号まで裏で手に入れる力があるって言いたいんだな」


「そう言うことだ」


──本当に厄介な相手だ。


悠輔はそう心の中でつぶやいたがすぐに冷静になって電話の向こうの静夜と対峙した。


「で、何の用?」


「さっき戸隠の姫様のところからお前の女を助けてやった」


 その一言に悠輔はカっと腹の底から怒りがこみ上げるのを覚えたが、それを相手に悟られないようにあえて冷たい反応で返した。


「別に君に助けてもらう筋合いはない」


「おや、彼女を殺しかねないあの女の手から彼女を救ってやったのに──」


「君こそ早紀をさらって何をする気? それで僕をおびき寄せる魂胆なんでしょ」


「おーおーえらい言われようだな。助けてやったのに人さらいみたいな言われ方ってないだろ」


 その一言に悠輔は真紅の瞳で前をじっと見た。


 そして電話からでも殺気じみた空気がわかるようにあえて低い声で一言言った。


「──早紀に手を出してみろ。それこそ君の身体はバラバラに引き裂かれるよ」


 その一言に電話の向こうの静夜は不気味な笑い声をあげた。


 やれるもんならやってみろ──悠輔にはそんな挑戦状に聞こえた。


「まあ、ともかく、今から俺の居場所をお前に送る」


「ほう……やっぱりそうきたか……」


 そうやって僕を戦いの場に引っ張り出そう──って魂胆か。


 悠輔はそう思い口元に蔑んだ笑みを浮かべ言った。


「いいよ。君の挑戦受けてあげる」


 その一言に電話の向こうの静夜は深いため息をついた


「それがなあ、家元。この勝負かなりの邪魔が入ると思うんだが……」


「それは覚悟の上だよ。今日はそう言う一日だから」


 そう、今日はそう言う一日なのだ。


 今日一日でどれだけの忍者に会ったと思っているのだろう。しかもどいつもこいつも油断のならない頭目級の相手ばかりだ。


「ともかく覚悟しとけよ。上月静夜。君だけは僕の手で決着をつける!」


 電話の向こうの上月静夜はその言葉に対し鼻で笑うような声を出した。


「やれるもんならやってみなよ。家元」


 そのねちっこい声に無性にムカついた。


これ以上それがばれるのがいやだったからこちらから乱暴に電話を切ってやった。


 悠輔は深いため息をつくと気合を入れたように真紅の瞳で前を見て、エンジンペダルを踏み大型バイクを起動させた。


「で、君はどうするつもりだい?」


 悠輔は独り言を言うようにある人物に語りだした。


 それは自転車置き場のすぐそばにある立派な大木のすぐ袂、一人の大男が悠輔の様子を探るように腕を組んで立っていた。


「ボクは──ただあの女を追うだけだ」


 その男、応野邦彦は顔色一つ変えずに悠輔にそう言った。


 それを聞いて悠輔は蔑んだような笑みを浮かべた。


「君と仁科ともえとどういう因縁があるのか知らないけど、ボクはその関係に関しては介入する気はない。勝手にすればっていうのが正直な感想だよ」


「ああ、そうしてもらう方がこっちも楽だ」


 そう言うと邦彦は巨体を揺らしすっと起き上がった。


「ボクもお前の決闘には関知する気はない。勝手に流派同士殺し合いをすればいいさ」


「つまり、君は今回僕の邪魔をしないんだね」


「そう言うことだ」


 それを聞いて悠輔は呆れ半分の笑顔を浮かべた。


 どうもこの応野邦彦の意図が計り知れない部分があるが今回ばかりはどうやら敵対することはなさそうだ。


「それじゃあ、あとは自分で何とかしてくれる? 僕は忙しくなったからね」


「お前に言われなくてもやるつもりだ」


「その様子じゃ、仁科ともえの位置をつかんでる様子だね──なかなかやるじゃん」


 その一言に邦彦ははっと悠輔を見た。


 彼はにやにやと笑いながらバイクのエンジンの回転数を上げた。


「応野邦彦──また相まみえることを楽しみにしてるよ」


 悠輔はそう言うとバイクにまたがると爆音を出しながらその場を颯爽と走り去って行った。


 それを見送りながら邦彦は久々に空恐ろしさが身体に渦巻いていた。


 その瞬間疼き出す右肩の古傷──その昔、真紅の瞳を持つ男に付けられた傷


 その男と全く同じ瞳を持つ悠輔との出会いは邦彦の考え方を若干変えていったのは事実だった。


 あの男──いつか決着をつけないとこちらが危ない。


 いつか、甲賀の頭目上月静夜と対峙した際彼が言っていた言葉。


『俺たちの争いを止めるために力を使いたいって言うなら、俺よりまずあの青年を何とかしないと話のつじつまが合わないぜ』


 確かにその通りだ。彼を本気で何とかしない限りこの争いはいろんな人を巻き込んで永遠に続く。


 それだけの恐ろしい求心力が藤林悠輔という若者には備わっている。


否、それは彼が生まれ持った宿(さだめ)みたいなものかもしれない


 どちらにしろ、次こそは自分の手でこの戦いを終わらせなければならない。


 邦彦はすっと拳を握り、曇天模様の空を睨んだ。


 嵐が来る──!



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