目次
1章 現代に巣くう忍たち
1 東大生、藤林悠輔
2 警視庁幹部、相馬泰
3 侵入者
2章 休日の忍たち
1 そして、平凡な一日が始まる
2 女子大生、進藤早紀
3 渋谷の通り魔
3章 足跡を残した忍たち
1 事件現場
2 警察官、上月静夜
3 容疑者、田上明央
4章 取調室の忍たち
1 テレビ記者、叶陽一郎
2 激突-伊賀と甲賀
3 静夜の罠
4 追跡者たち
5章 オモテの忍たち
1 お笑い芸人、風間英太
2 メイド、仁科ともえ
3 JAあおもり職員、応野邦彦
6章 ウラの忍たち
1 風魔の英太
2 戸隠のともえ
3 応変の邦彦
7章 アキバの忍たち
1 ともえと悠輔
2 帰り道
8章 学園祭の忍たち
1 東都大学若葉祭
2 舞台袖
3 トーキョーハンター
4 同業者
5 最強
9章 嵐の前の忍たち
1 ともえと早紀
2 ツイてるともえ
3 ツイてない悠輔
4 邪魔者
5 嵐が来る
10章 相見える忍たち
1 知らなくていい真実
2 悪い夢
3 百地悠輔という男
4 集いし5つの流派
5 赤い瞳の一族
6 ともえの提案
7 激突する赤と青
8 別れなさい
11章 動き出す忍たち
1 六本木のオフィス
2 戸隠の女王
3 忍者王
4 アキバのアイドル劇場
5 同盟
12章 恋煩いの忍たち
1 恋人は忍者
2 最後のデート
3 守ってみせる
13章 集結する忍たち
1 警視庁のメッセンジャー
2 集結した忍たち
3 悠輔の企み

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4 同業者

 曇天模様の空を見上げながら悠輔は一人深いため息をついた。


 この雲行きだともしかしたら夕方には雨になるかもしれない。しかも嵐を伴ったような大雨の可能性が高い。


 これは早紀を連れてさっさと家路を急いだ方が身のためか──


 校舎で用を足した悠輔は一人とぼとぼとバックステージのあたりを歩いていた。


 お笑いライブの真っ最中だからかこのあたりにはあまり人は歩いていない。


華やかな学園祭の中どこか閑散としている空気さえ漂う道だ


 ──そんな時だった。まさかこの場所であの彼女と再会したのは


「あぁー!! 悠輔じゃーん!」


 その甲高い声に呼び止められて悠輔はぎょっとした。


 恐る恐る振り返ってみるとそこにいたのは真っ黒ふりふりのワンピースにリボンがたくさんついたヘッドセットに厚底ブーツのメイドの完全装備に身を固めたあのゴスロリ娘仁科ともえが手を振っていた。


え──


その姿を見て悠輔は呆気にとられた。


あの秋葉原の家電量販店で出会ってっきり一度もコンタクトがなかった普通じゃないメイドともえがまさか東都大学の大学祭にやってきていたなんて──


その瞬間、悠輔の身体に緊張が走った。


よもや忘れてはいない。


彼女が自分の裏の顔を見きっていたこと、普通の人間とは別の空気を醸し出していたことを──


「どうしたの?」


 そんな悠輔に対しともえはまるで猫を被ったようにかわいい態度で彼を上目づかいで見た。


「──どうして君がここにいるんだい?」


 悠輔は警戒した声でそう言った。


「何でって、あたしバイトに来たのよ~」


「バイト!?


「そう、東都大若葉祭限定でメイド喫茶がオープンになるからそれのゲスト出演」


 そう言うとともえは悠輔に一枚のピンク色のチラシを渡した。


 ──あの東都大にメイドカフェオープン! 記念ゲストは秋葉原で大人気のメイドカフェ「ぶるーむ」の花形メイドともえちゃん! さあみんな萌え~しませんか?


「萌え……ね」


 悠輔は呆れた表情でそのチラシを眺めた。


 その様子をともえは目を輝かせてじっと見ている


「ねえ悠輔も来てくれるでしょ? あたし、悠輔来てくれたらまっ先に萌えなサービスしてあげるよ!」


「いや……僕、早紀待たせてるし……」


「ええー、早紀もいるのー」


 悠輔のその言葉にともえは明らかに不満の声を出した。


「もう、さ……あんな()放っておいてさあ、あたしのお店に来てよぉー!ねえ~お願い!」


「なんで君にそう言われる筋合いがあるんだ」


「だってぇー! 早紀と悠輔じゃ絶対に釣り合いが取れないし。一般ピープルと伊賀藤林流家元なんて比べ物にならないじゃん」


「──!」


 悠輔はさらりと言いのけたともえの言葉に狼狽した。


 ちょっと待て──何で彼女がそれを知っているんだ?


 僕が伊賀藤林流の家元だという秘密中の秘密をなぜこの娘は知っているんだ?


「あら? やーっと気づいてくれた?」


 ともえはそう言うと悠輔の前で妖しげに笑った。


「あんたくらいの使い手ならすぐ気付いてくれると思ったけど意外と鈍感ね。悠輔そういうところがかわいい」


「君は──」


 そう言うと悠輔は動揺を隠すようにメガネをくいっと上にあげ彼女を睨んだ。


「やっと謎が解けた。君は僕と同業者ってわけね」


「なにそれ! 同業者なんて言うレベルじゃないし!」


 その言葉になぜかともえは怒りだした。


「なあに? 悠輔ってなーんにも覚えてないの? あたしがあんたにとって大切な人になっていたなんてなーんにも覚えてないの?」


「一体どこの流派のくノ一だい? それくらい名乗ってからじゃないと僕もどうしようもない」


 悠輔の態度はともえが忍者だと明かす前より明らかに冷淡になっていた。


 それは明らかに彼女の存在を自分の敵だと警戒しているようだった。


「──もう! それもわからないの!? 面倒な男ね!」


 そう言うとともえはツンと拗ねたような態度を取りながら不機嫌そうに語りだした。


「あたしの流派は戸隠!戸隠流忍術の次期女頭目の仁科ともえよ!」


「──ふーん」


 妖術使いの戸隠か……随分面倒なところが関わってきたな。


 悠輔は素っ気なく彼女に答えながら顔に色を出さずにそう思った。


「ちょっとぉ! その態度何!?


 そんな悠輔の態度が気に食わないのかともえはむかっとした表情で彼につっかかってきた。


「あんたさああたしのこと何だと思ってるの? まさか昔のこと忘れたとは言わせないわよ!」


「昔のこと──? 記憶にないな」


「──もう! 最悪!」


 そう言うとともえは口を尖らしてうつむいた。


「あたしは悠輔のこと一日も忘れたことないのよ。ずっとずっと大好きだったのに──」


「……はぁ?」


「覚えてない? ずっと昔にあんたのお嫁さんになることを夢見てた少女のことを」


 そう言ったとたんともえの目がギラリと病的な光を発した。


 その瞬間、悠輔は思わず背筋が寒くなった。


彼女の言っていることは何が何だか意味がわからなかったけれども、率直に彼女の態度がどこか怖いと思った。


「君は僕の何なんだよ」


そう言うと悠輔は警戒したようにともえを睨みつけると、彼女から一歩引いた。


 そしていつでも攻撃できるようにベルトに付けた針に手をかけた。


「あたしは……」


 だがともえは一歩も引かず病的な目をぎらつかせながら彼に迫ってきた


「あたしはあんたの──!」


「あ!! と、ともえちゃん?!


 二人の間が殺気で包まれたその瞬間、まさに場違いな声がその間を引き裂いた。


 二人ははっとそちらの方向を見るとアキバ在住と言う謎のTシャツを着たオタク系の男子が猛烈な勢いでともえに近づいてきた。


「うわああああ! おいら超カンドー!! こーんな場所でアキバの癒しの女神ともえちゃんと再開できるなんてぇー!」


「あ……アキバの癒しの女神?」


 ──こいつが?


 オタクのその言葉を聞いて悠輔は信じられない表情でともえを見た


 ともえは先ほどの病的な笑顔から一転、営業スマイルと言った笑顔で彼に笑いかけていた。


「いらっしゃいませ、ご主人さま──あれ? ご主人さまどこかで見たことなかったっけ?」


「お! ともえちゃんさすがお目が高い! おいらテレビとかテレビとかテレビとかで見たことあるでそ?」


「テレビね──」


 その言葉にともえは少し困った表情を浮かべ考え込んだ。


 あ──そういえば。


 悠輔はニコニコと答えを待つオタクの顔と変なTシャツを見て彼が先ほどメインステージに立っていたまったく笑えなかった芸人『トーキョーハンター』のオタクの方だと感づいた。


 だがそれをともえに教えてあげようかと思ったが、その前にともえはにっこりと笑って甘えた声で一言言った。


「ごめーん、ともえちょっと思い出せなーい」


「あら……残念ー!」


 その言葉にオタクは少し残念そうな顔をした


「じゃあ、正解教えてあげるよ! おいらさお笑い芸人なんだお」


「え、芸人さんなの?」


「そそ、これでも今年のM1優勝を目指してるんだお!」


「へえー!すごーい!!


 オタクのその豪語にともえは本心なのか本心でないのかわからない感嘆の声を上げる。


 M1優勝ね──


 悠輔はその言葉に苦笑した。あの実力じゃ2回戦に残るのだって厳しいだろう。


「でもー。M1ってことは相方さんがいるってことだよね。相方さんってどんな人なんですかぁ?」


「あー、相方ねえ。見たことないかな? ピアスじゃらじゃらしていて、髪の毛変な色に染めてて、いかにも渋谷系って感じの──」


「おーい。マサシー」


 その呼ぶ声にそこにいる誰もがそちらに注目した。


 そこにいたのは両耳にピアスをじゃらじゃらとつけて、髪の毛を金と黒のメッシュのソフトモヒカンにした、だぶだぶバスケットウエアに半パンのいかにも軽そうな若者。


「なんだよ。こんなところにいたのか──ん?」


 彼はマサシと呼んだオタクに近づいてきたその瞬間、悠輔とともえの存在に気がついた。


 その次には彼の軽そうな印象はガラッと変わった。


 彼はじろっと悠輔をちらりと睨みつけた。冷たく痛いくらい鋭い瞳で。その眼力は明らかにお笑い芸人には必要のないものだった。


「おー!エータ。来たの?」


「来たっていうかさ、おまえ小便行ってから帰ってこないからさ」


「あ、エータ! 紹介するよ。この子が僕が大好きな癒しのメイドのともえちゃん」

 

「えーっと……ともえですぅ!よろしくね☆」


「ああ、よろしく……」


 ともえとエータとの会話は明らかに不自然だ。


 お互いに腹の中を探ろうとしているようなそんな空気がびんびん伝わっている


「ところで、エータさん? あなたあたしと一度あったことない?」


「さあ……何の話だろうな」


「そっかあ……気のせいかな……」


 そう言うとともえはすっと悠輔の方を見て一言『心読』で会話した


(彼も……忍者よ)


 伊賀と戸隠では『心読』の方法は若干違うので最初は急なメッセージに驚いたが、そう聞き取れたことは聞き取れた。


 そうだ、ともえの言うとおり彼も明らかに普通ではない。


 そして彼も悠輔とともえの正体にもう気づいている。それ故にずっと殺気に似た警戒を怠らないのだ。


「やだなあー! ともえちゃん。誰にもそう言うのかい?」


 微妙な空気が流れたのを止めたのはこの中で唯一一般人だと思われるオタクのマサシだった


「そんなことないですぅ~。私はみんなお客様だとおもってますぅ~」


 そう言うとともえは繕うかのように笑って見せた。


「そ、そうだ。マサシ……さん? お店の方にいきませんかぁ~?」


「お店? え? 東都大学にあるの?」


「そうそう。今日、あたし東都大のメイド喫茶に特別ゲストとしてやってきてたんですぅ。そろそろお店の方にかえらないとぉ~。スタッフの方が心配してると思うんでぇ~」


「ええ~。マジで!行く行く!」


 そう言うとマサシはうれしそうなキモイ笑顔を浮かべた。


「というわけでさぁ……エータ。おいらこれからちっくらメイド喫茶の方でまったりしてくるわ」


「ふーん。そうなんだ」


 マサシのその言葉にエータは冷たいほどの無表情で答えた。


「いいんじゃねえの? いってらー」


「え? いいの?」


「だって俺もこれから用事あるもん……なあ」


 エータはそう言うと悠輔を舐めるような視線で見た。


 こいつ──僕に用があるのか。


 その態度に悠輔も彼を強く警戒するようにメガネを指で押し上げ鋭い視線で睨み返した。


「そっか……じゃあおいらちっくらいってくらー」


 そう言うとマサシはともえを連れてその場を去っていく


 そんなマサシの態度にともえは少し不満げな表情は浮かべたがしぶしぶ彼を連れて行った


(気をつけてね。悠輔)


 ともえはその場を去る前悠輔に『心読』でそう警告してきた。


 そうだ、まだまだ気を抜いてはいけない。


 悠輔の前にはまたしても得体のしれないお笑い芸人の忍者が立ちはだかっているのだから──

 


5 最強

「結局、あの女にマサシの相手をまかせちゃったな」


 風間英太は一言そう言うと人込みの中に消えて行ったメイドとオタクを見送った。


「大丈夫かな。あの女、とんでもない妖術使いだぞ。マサシが奴に殺されると俺も相方として困る」


「へえ、少なからず仁科ともえのこと知ってるようだね」


「そりゃもう……俺あいつに一度痛い目に遭ってるからな……」


「……なるほど」


 負けたんだな。そう言いたげな笑みを悠輔は口に浮かべた。


「って、おい! 勝手に負けたとか結論付けんな! このインテリ忍者め!」


 そんな悠輔の態度に英太はむっとした表情で食いかかった。


「いいか、あんたはあの女と戦ったことないからそう言えるけど、一度やってみろよ。ホントあの女恐ろしいぞ。おそらく日本最強のくノ一だぜ」


「ふーん。それは覚えておこう」


 そう言うと悠輔は余裕を見せつけるかのように笑った。


「彼女とも君とも遅かれ早かれ戦うはめになるのはもう覚悟はしてるよ。だって君もそのために僕と会ってるんでしょ?」


「ほー物わかりがいいじゃねえか。家元さんよ」


 英太はそう言うとポケットの中にぐじゃぐじゃにいれた封筒らしきものを取り出してそれを悠輔の方に投げた。


 果たし状……か


 それを見て悠輔は彼を蔑むように笑いながらそれを拾い上げた。


「えらい古いやり方だね。ちょっとびっくりしたよ」


「うるさいな。さっさと読めよ」


 そう突っ込まれ英太は少し居心地悪い表情を顔に浮かべた


「俺だってこんな古臭いやり方嫌だったんだぞ……でもさあ、うちの連中が伊賀と決闘するのなら果たし状くらい書けっていうからさー」


「ふーん」


 悠輔はそう冷淡にうなづくと果たし状の中身の手紙を取り出した。半紙の上に子供の習字並みの字ででかでかと書かれた文字


──お前をぶっ倒す。風魔軍団副総帥 風間英太


「今度は風魔か……」


これまた厄介な流派が絡んできたものだ……


そう言いたげな表情で悠輔は英太を睨みつけた。


「……で、こんなもの叩きつけた理由は?」


「さあ、特にないね」


 その問いに英太はしれっとした表情で一言答えた。


「それはえらい迷惑な話だな……」


「まあ、ひとつだけなら理由はあるよ。お前を狙う大義名分が」


 そう言うと英太はニヤッと冷たい笑みを浮かべた。


「俺は最強になりたいんだ」


「最強って……忍者の中で最も強くなりたいってこと?」


「まあ早い話を言えばそうだな。誰よりも強くなりたいって感じかな?」


「ふーん。悪い理由じゃないね……」


 そう言うと悠輔は少し馬鹿にしたような瞳で英太を横目で見た。


「でも、そんな最強を目指す風魔忍者の君が何でお笑い芸人になってM1目指してるの?」


「それはだな……」


 その突っ込みに英太はむっと表情を曇らせた。


「お笑いの世界でも最強を目指してるんだ!俺は!!


「お笑いでも最強……ね」


 悠輔はそう一言つぶやくとまた蔑んだような笑みを浮かべた。


 あの程度の芸で最強と言うか……なんともレベルの低い話だ。


「てめえ……今笑っただろ」


 そんな悠輔の態度に英太はどうやら腸が煮えくりかえってる様子だった。


 それを見て悠輔はさらに口撃の手を強めた。


「さっき君たちのネタを見たけどさあ……はっきり言ってスベッてたよ。素人目の僕から見ても正直M1は無理かと」


「って……お前はっきり言うな。本人の前で……」


「まあ君が忍術でもお笑いでも最強を目指そうっていうのは止めないけどね」


 そう言うと悠輔はもらった果たし状を封の中にしまうと、すっと目を閉じた。


 次の瞬間、英太の果たし状は一瞬で燃え上がり灰になった。


「──この話、乗ってあげる」


 悠輔が目を開けたその時には彼の瞳は血の如く真紅に染まっていた。


 それを見た瞬間、英太の表情が若干強張った。


しかし怯みそうになったのは一瞬だけ。すぐに彼は口元に楽しそうな笑みを浮かべそれに返すように睨み返した。


「カッコつけられるのも今のうちだぞ」


「それはこっちの台詞だ。君こそ僕に挑んで怪我どころで済まないかもよ」


「そんなのやってみなきゃわかんねえだろ」


 そう言ったそのとたん英太の身体からカっと禍々しい殺気が放たれた。


 それを見て悠輔もにやりと口に笑みを浮かべ、それに負けない強い気で答えを返した。


 質感の違う激しい殺気のぶつかり合い──


今すぐにでもこの場所で彼とやり合ってもかまわない──しかし、それをするには少し邪魔者がいる。


「ところで……さ」


 悠輔はその邪魔者の存在に気付きながらも英太を睨みつけたまま言葉をつづけた。


「先ほどから僕を監視してるのは君の流派の手の者かい?」


「いや……俺は表の仕事でこの学校に来たんだぞ。仲間なんぞ連れてくるか──」


「そうか……」


 悠輔がそうつぶやいたその瞬間、彼は目にもとまらぬ速さでホルダーから針を抜き去りそれを向い側の木の上に放った。


 その瞬間、その木からどさっと落ちてきた黒い人影──


 それはゆっくり起き上がると悠輔の針で負傷した肩をかばいながらその場から逃げだそうと足を一歩引いたその時だった。


「逃がすか」


 悠輔は一言そう言うと真紅の瞳を光らせその男めがけて両手をかざした。


 次の瞬間その男は身体を凍りつかせたかのようにその場に動けなくなった。


 ふるふると震える男の身体──それに両手をかざしたまま悠輔はゆっくりと近づいた


「なるほど、金縛り……か」


 それを見て英太はごくりと息をのみつつニヤッと笑った。


 相手にもよるがこれほどまで簡単に金縛りの術を掛けるとは驚きだった。


「そんなに怯えなくていいよ」


 悠輔は泳ぐような手つきで両手を操りながら男の身体までも操った。


 マリオネットの糸を紡ぐかのように彼は手をくいっと動かすと男は悠輔の方に無理やり体勢を変えられた。


「伊賀藤林流の家元である僕を監視するとはいい度胸だね……いったいどこの流派だい?」


「それは……」


 男は身体を硬直させながら悠輔の顔をおびえ切った顔で見た。


 しかしそれ以上の答えは彼の口からは出てはこなかった。


「──口止めされてるんだね」


 悠輔はニコニコと笑いながら一言そう言った。


 その柔和な笑顔に男は一瞬心を許したかのように表情を和らげたその時、悠輔はかざした手をまた中を泳がせ力を入れた。


 その瞬間、男の表情が急に苦痛に歪んだ


「やめ……ろ!!


 男は苦しそうな表情で呻き声をあげた。


悠輔は男に直接手を掛けることなく彼の腕を激しく締め上げた。


その瞬間、何かの力によって男の腕はあらぬ方向に捻りあげられ、肉と骨は悲鳴に似た音を出した。


「言わないとこのまま腕をへし折るよ……」


 悠輔は相変わらずニコニコと口元に笑顔を浮かべていたが瞳は真紅に染まりあがり鋭く彼を見つめている。


 そうか──!


 遠巻きにその様子を見ていた英太はその術を見てハッとした。


 これほどまで悠輔の術が完成するのは最初に食らわせたあの針がミソなんだ。


そしてあの針の傷口から気を送りこんで手を下さず腕をへし折ろうとしているのだから──この伊賀の家元、もしかしたらとんでもない使い手かもしれない。


「もう一回聞くよ。君を差し出した首謀者はだれだい」


 悠輔は右手に力を込めながらさらに男の腕を手をかけずに締め上げた。


 男の悲鳴とともに筋肉が断裂する音があたりに響き渡る。


 その瞬間、男は痛みに耐えかね「言う!言うから!」と叫び悠輔にすがりついた。


「俺は甲賀の者だ──! 頭の命令で……お前を──監視してた!」


「頭──!? 上月静夜か!」


 その名を言った瞬間、初めて悠輔は顔に怒りの色を浮かべた。


 悠輔はどうしても許せなかったのだ。


自分の正体をここまで如実に晒すような罠を仕掛けてくれた甲賀の頭目上月静夜の存在を──


「だからお願いだ!助けて──!」


 男がそう泣きついたその瞬間、悠輔はキッと男を赤い瞳で睨みつけた


そして、かけた術を強めるかのように手をギュッと硬く握った。


次の瞬間、男の上腕骨が砕け散る音がしたあと彼は悲鳴も上げる暇なく白目をむいて倒れこんだ。


「アイツ、許さん……」


 そう苦々しく呟いた悠輔の表情はまるで鬼の形相だった。


 悠輔は倒れこみそのまま意識を失った男を軽く脚で蹴ると、不機嫌そうな顔で英太を睨んだ。


「そう言うことだ。風魔のお笑い芸人さんよ」


「ち……結局伊賀は甲賀の方が気になるってか」


 ──それで俺らは無視ってわけか。


そう言いたげな表情で英太は不満げに舌打ちした。


「まあ、君の挑戦はそのうち受けてあげるよ。忙しくないときにね」


「俺の挑戦を暇つぶし程度に考えるなよ。お前本気で殺すからな!」


「はいはい、わかったわかった」


 悠輔は英太の文句をそう軽くあしらうとふと手元のGショックで時刻を確認した


 PM15:23……余計な客人ばかり合ったせいであれからもう30分も経ってる。


 そう言えば早紀を置きっぱなしにしている──まずい、このまま向かっても確実にいつものように喧嘩になってしまうではないか……


「やれやれ、ちょっと話し込みすぎたな」


 そう言うと悠輔は深いため息をついた。


「さっきも言ったけど今日は僕は忙しい。君やあのくノ一の相手なんてやってる暇ないんだ」


「デートの方が大事か。家元さんよ」


「──気づいてたのか」


 英太のその言葉に悠輔は明らかに不快な表情を浮かべた。


「ステージ裏からこっそりお前を覗いてた。結構美人の彼女だったな」 


「……こいつ」


 そのことを言われ悠輔は初めて英太の前で狼狽した姿を見せた。


 それを見て英太は少し勝ち誇った表情を浮かべ言った。


「でも、その彼女を一人にしてていいのか?」


「何?」


「誤解するな。俺らは女を狙う卑怯な真似はしないよ。だけど他流派は何をするかわからんぞ。特にあの戸隠の女忍者はお前にご執心らしいからな……」


「──!」


 悠輔は驚いた様子で英太を見ると、次の瞬間焦ったように踵を返した。


「君、今度会ったら最期だよ」


 そう言った瞬間、悠輔は英太の視界からぱっと消え去った。


 たかが彼女の安否を確かめるためこんなところで『瞬間移動』など使わなくてもいいものの──

 

英太はそう蔑んだように笑うとすっと指で何かを合図した。


 次の瞬間彼の前に一人のくノ一が一瞬で姿を現した。


「そう言うことだ。理沙。お前はあの家元を監視して居場所を突き止めろ」


「わかったわ。英太」


「下手に尻尾出すんじゃないぞ。こいつ見たいなことになりたくなければ」


 そう言うと英太は悠輔に腕をへし折られた甲賀の忍者の身体を軽く足蹴りした。


 ──しかし、あいつが気づいたのが甲賀のヘボ忍者で本当に助かった。


 もし一歩間違っていればあの恐ろしい術に自分の仲間が引っ掛かるところだったわけだから──


「大丈夫よ。こいつ見たいなヘマはしない」


 そう言うと風魔のくノ一理沙は機械的に笑って見せた。


「気を抜くな。相手はもしかしたら日本最強の忍者の一人かもしれん」


「あら、あなたの口からその言葉を聞くなんて意外……」


 理沙のその一言に英太は気を引き締めるように低い声で返した。


「だから俺は奴を倒さなければならない。あいつを乗り越えないかぎり俺は絶対に最強になれない……」


 悔しいがそう言って藤林悠輔を評価するしか今の英太はできなかった。


 だが壁が高ければ高いほど乗り越えがいがある──そう思えば早く彼と刃を交わらせたいという気持ちが一段と強くなった。


「そう言うことだ。行け!」


 英太はそう言うと目で理沙に合図する。


 その瞬間、くノ一理沙は英太の前から一瞬で姿を消した。


──さて……と


 英太はふと空を見た。


 泣き出しそうな空はついに涙をこぼしぽつぽつと大粒の雨が降ってきた。

1 ともえと早紀

「もー! 最悪!」


 急に降りだしてきた雨に半分濡れてしまった早紀は怒りのあまり大きな声でそう叫んだ。


 雨宿りの古い校舎内。


周りは急な雨に焦って撤収してきた屋台サークルや演劇サークルの人たちでごった返している。


しかし、なぜ自分はここで一人心細く待っているのだろう


大体きっかけは恋人悠輔がトイレだと言ってお笑いライブを途中抜けしたことだ


それから30分待てど暮らせど悠輔は戻ってこなかった。


そのうち大雨が降ってきてお笑いライブは急きょ中止、仕方なく近くの古校舎に非難するしかなかったのだ。


 早紀は何度も何度も悠輔の携帯電話に電話した。しかしなぜかこういう時に限って悠輔の電話につながらない。


だれに会っているのか知らないけれども今日の今日は許せない。このあとごっそり絞りあげてやるんだから──


その時だった。


早紀の携帯電話の着メロがけたたましく鳴り響いた。


その名を確認すると藤林悠輔──勝手なアイツからの今更ながらの電話だ。


「もしもし──」


 早紀はその電話にあえて不機嫌さを曝け出して出た。


 電話の向こうの悠輔は焦った様子がびんびんに伝わってくる声で話しかけた。


「早紀──? 今どこにいるの?」


「どこって──どっか古い校舎で雨宿りしてる……」


 その言葉に悠輔は「そか……」とえらく低い声でつぶやくともう一言早紀に聞いた。


「もしかして、そこに誰かいる?」


「だれもいないわよ──ってさ! 何なのよ一体!」


 そう言うと理沙はついに悠輔に激怒した


「あなた一体私のことなんだと思ってるの? 普通恋人を雨の中30分も放置するなんて絶対にありえない!信じられない!」


 その舌鋒に悠輔はただただ「ごめん」としか返してこなかった。


その態度が早紀は余計気に入らなかった。


「ともかくどうするの?これから……こんな大雨になっちゃって学園祭どころじゃないでしょ」


「そうだね……」


そう言うと悠輔は急に真面目な声で返した。


「ともかくこれからそっちに向かうそれから──」


「それから?」


「見知らぬ奴が話しかけても絶対に無視して。心を絶対に許しちゃだめだ」


「──何言ってるの?」


 悠輔のその言葉に早紀はちんぷんかんぷんだった。


「ともかく知らない奴について行ったらダメだ! 厄介なことに巻き込まれる!」


「意味分かんないし!」


 そう言うと早紀は怒り心頭の声で悠輔を怒鳴った。


「一体何なのよ! 散々待たせといて、言いたいことはそれだけ? もっと謝らなきゃならないことがあるでしょうが!」


「それは──」


「もういい! 今日はこれで終わり! じゃあね!」


 そう言い放つと早紀は乱暴に携帯の電源ボタンを押した。


 悠輔は何かまだ言いたげだったけどそんなことどうだっていい。


 あの人はいつも身勝手だし反省がない。付き合うこっちばかりいつも大変な目にあう。


 それをわかっていなくていつも同じ間違いばかりする悠輔が早紀は疎ましくてならなかった。


帰ろう──


そう思ったはいいものの外は大雨だ。傘なんて持ってきてるわけないし、こんな中歩いて帰ったら確実にずぶ濡れになる。


早紀は深いため息をついて恨めしく暗い空を見上げたその時だった──


「あれぇ? 早紀──じゃない?」


 その甲高い声に早紀ははっと振り向いた。


 そこにはふりふりの黒いワンピースにリボンがついたヘッドセットを付けたメイドがニコニコとした笑顔で立っていた。


「あ、ともえ……ちゃん?」


 その姿に早紀は呆然とした。


 自分の大学の同級生の()がまさか東都大学の校舎の中にいるとは思いもしなかったのだ。


「どうしたの?ここで……」


「あたし? あたしはバイトしてるの。この校舎の4階のメイド喫茶で」


 そういうとともえは早紀にむかい気持ち悪いくらいの笑顔で笑った


「へえ……東都大でメイドカフェねえ……」


 ──需要、あるのかしら? 早紀はから笑いしながらそう思った。


「ねえ、早紀……うちの店こない?」


「え!? メイド喫茶に?」


「そそ、どうせこの雨でどこもいけなくて困ってるんでしょ。だったら、雨宿りついでに寄って行ってよー」


 ともえのその誘いに早紀はしばらく考え込んだ。


 確かに彼女の言うとおりだ。この大雨で足止めを食らっていてどうしようもなかったのは間違いない。


「悠輔……待ってるんでしょ?」


 ともえのその言葉に早紀ははっと彼女を見た


彼女は口元にニヤッと可愛いながら不気味な笑顔を浮かべていた。


「──あんな奴、知らない!」


 早紀はそう言うとツンと彼女からそっぽを向いた。


 それを見てともえはさらにモーションを掛けるかのように彼女の手を引いた。


「それならそれでいいじゃん! どうせ早紀はこれから暇なんでしょ? だったら私の店に来てぇー」


「うーん……」


 まあ、それもいいかな……


 早紀はともえの誘いを悪いものだとは思わなかった。そして、しばらくした後彼女に屈託のない笑顔で答えた。


「うん。いいよ」


「ホント!」


 その一言にともえは早紀の手をギュッと強く引いた。


「じゃあさ、早くお店行こうよ! ともえちゃん特製ホットティだしてあげるよ!」


「ホント? 楽しみだなあ~」


 そう言うと早紀は何の疑いもなくともえについて行った。


 その決断が後々悠輔、早紀そしてともえを巻き込んだ愛憎劇のきっかけになるなど──今の早紀が気づくはずがなかった。

 


2 ツイてるともえ

 東都大学第3研究棟の4階、の第5小教室──


 そこが東都大学若葉祭のため急きょオープンしたメイド喫茶「わかば」だった。


 しかし、急きょ立ち上げた仮店舗にしてはこのメイド喫茶「わかば」の店内はかなり凝ったものだった。


 ゴシック調の壁紙に、どこから持ってきたのかアンティーク調の家具が置かれ、装飾や照明もかなりの出来だ。


 まさかここが大学の構内とはだれも思うまい。否、そのまま秋葉原で営業したって遜色のないクオリティだ。


 しかし、驚くのは内装のクオリティだけでなくそこで働くメイドのクオリティもなかなかのものだった。


 中にはともえ見たいな他大学からのヘルプの人間もいるが、大半はあの日本最高峰の東都大生の女学生だ。


 そんな彼女らがいつものインテリ姿を隠しメイド服に身を包んで今日に限ってはじけてメイドを演じている──


 それだけでもアキバのオタクにはたまらないのだろうか。この店目当てで東都大の学園祭に来たメイドオタクも数多く見てきた。


 でも──本当に一番かわいいのはあたし。


 ともえはカウンターでアセロラホットティをカップに注ぎながら、そう思った。


 いくら東都大生メイドが珍しいからと言って、一番の目玉はアキバで大人気のメイドであるともえのゲスト出演だ。


 現にともえのもとには指名がガンガン入ってきた。根っからのともえファンもいればクソ真面目な東都大生もいた。


 朝からそんな客たちの相手にへきへきしてこんなところ帰りたいと思っていたけど、昼から流れは変わった。


 それは悠輔とばったり会ったのがきっかけだろうか──彼とは邪魔が入って少ししかしゃべれなかったけど、そのおかげでこの前ちょっとしたイザコザで軽く泣かしてあげた風魔のお兄さんとも出会えた。そして──


 ともえはふとカウンターの先にいる早紀をじろっと睨んだ。


 そして彼女に気づかれないように懐から怪しい小瓶を出し、そこに入っていた粉末をアセロラホットティの中に混入した。


 彼女に会えたのは幸運だ。しかも悠輔の邪魔なく店に誘導できたのだからこの上ない幸運だ。


 これでこちらの計画が滞りなく進む──ってわけだ。今日は何かツイてるきがする。


「早紀ぃ~。ホットティできたよー」


 ともえは何事もなかったかのような笑顔を浮かべ粉末入りアセロラホットティをトレイに乗せて早紀の元に運んできた。


 彼女は携帯電話のメール画面をみながら不機嫌そうな表情で言った。


「悠輔、サイテー」


「……どうしたの?」


「いや、ともえちゃんのお店にいるってメールしたら。さっさとそこから出ろだって……何様!?


 早紀はそう言うと携帯電話をたたむと、何の疑いもなく出されたアセロラホットティに口を付けた。


 勝った──


それを見てともえは不敵な笑顔を浮かべた。


「なんだろう……あたし、悠輔に嫌われてるのかなぁ」


 ともえはあえて演技するかのように早紀の前でそう不安な様子を見せた


「そんなことはないと思うよ。だってあの秋葉原での1回しか会ってないじゃん」


「うん……」


 それは嘘だった。本人はどうか知らないけどあたしと悠輔は周知の仲だ。


 それはこんな小娘が中に割って入るような隙間もない深い仲だったはずだったのに──


「でも、なんかあたしあの時悠輔に避けられていた感じがする。何でだろう?」


「それは知らないけど……」


「ねえー。今度早紀とあたしと悠輔3人で会わないかな? あたし悠輔の誤解といてあげたいし……」


「……」


 その問いに早紀は一瞬とまとったような表情を浮かべたが、すぐに表情を和らげ笑って見せた


「いいよ。全然大丈夫」


「ホント!」


「大体悠輔もおかしいわよ。あんなにともえちゃんを警戒しなくてもいいのに──何考えてるのかしら?」


 そう言うと早紀は怒りを飲み込むかのようにアセロラホットティをごくりと喉に流し込んだ。


 ──そう、どんどん飲んじゃって。


 ともえはそう思いながらニコニコとした表情を変えずに彼女にメニューを出した。


「そうそう、サイドメニューもあるんだけど、何がいい? お勧めはティラミスかなあ~オムライスは女の子には重いと思うし……」


「……あ、じゃあそれで」


 早紀は一瞬ぼんやりとしていたが、ともえのその一言に咄嗟に反応した。


 それを聞いてともえはニヤッと笑みを浮かべ言った。


「じゃあ、ティラミスね。待ってて」


 ともえはそう言うとまたカウンターの奥へと引っ込んでいった。


 早紀はそれからも出されたアセロラホットティに口を付け続けた。


 相当暖かい飲み物に飢えていたのだろう、彼女は一気にごくごくとそれを飲み干していた。


 ──やっぱり、今日のあたしツイてる!


 遠巻きでその様子を見てともえはついつい嬉しくなった。


 これで悠輔は絶対に邪魔できない場所に早紀を連れて行けることができる。無抵抗のまま彼女をさらって──


 やがてカウンター越しの早紀は眠そうに目をこすりだし、そして崩れ落ちるようにカウンターで深い眠りについていく。


「あれぇ?」


 ともえはあえてとぼけるように早紀に近づいた。


「早紀ちゃん寝ちゃったの? 困った娘ね……」


 ──どうやら眠り薬効いたみたいね。


 それを確認するように巴は彼女の手を取り脈を確認する、そして営業スマイルのまま隣のカウンターに座る体格のいいスーツ姿の客を見た。


「あのぅ……お願いがあるんですけど……」


「なんだい?」


 そう言うと男は身体をゆすりと蛇のようにぎょろりと鋭い目でともえを見た


 だがともえはそんな男の目を見てもいつものあの態度を貫いた


「お客さんが寝ちゃったんですぅ~ここで寝られると困るんで別室に運んでいただけませんかぁ?」


「ああ、お安い御用で──(お任せ下さい。お嬢様)」


 男はともえに『心読』で一言そう伝えると、カウンター席から立ち上がりニヤッと笑みを浮かべた。


 それを見てともえはにっこりと笑って手を叩いた


「本当ですかぁ~。助かりますぅ──(頼むわよ。蓮堂──)」


 ともえは『心読』と共に男にそう眼で合図する。


 その病んだように暗い瞳は一瞬、優しい癒しのメイドの顔から誰もが恐れる戸隠の女頭目の顔に変化した。


 アキバの人気メイドともえに頼まれた男蓮堂はともえに一礼するとぐったりと寝込む早紀を抱くとそのまま店を出て行く。


──やったあ。この戦、勝ったわ……


ともえはその後ろ姿を見送りながら軽いガッツポーズをした。


見ていらっしゃい。藤林悠輔──あなたに最大の苦痛を与えてやるわ。


許婚相手の私がいるのに彼女なんか作って浮気をした罰よ。覚えておきなさい──


「さぁて、そううまくいくかな」


 背後でその低い声を聞いてともえははっと振り返った。


 そこには全くの気配を殺しオレンジジュースを飲むツートンメッシュのピアス男。お笑い芸人『トーキョーハンター』の渋谷系のツッコミ担当の風間英太がいたのだ。


「あんた──いつの間に?」


 彼の顔を見てともえは呆然となった。


 何故、今まで気付かなかったのだろう──いくらともえが早紀に集中していたからとは言え英太ほどの忍者の気配を全く拾い損ねたなどあり得ない話だ。


 それともこの男、完璧に気配を消す術でも使ってメイド喫茶に潜入してきたとでも言うのだろうか?


「ずっと見てたぜ。俺」


 英太はそういうとオレンジジュースの中の氷をストローで突っつきながらともえを睨んだ。


「あの()どうするつもりだ?」


「どうするって……」


「どうせ、おまえの考えてることだ。あの()を出汁にして藤林悠輔でもおびき出すつもりか?」


「うっさいわね! あんたに言われる筋合いないわよ!」


 そう言うとともえは彼の横のカウンター席に座るとつんとそっぽを向いた。


「それよりもあんたは何の用?」


「俺? 俺はただ相方の様子を見に来ただけ──」


 そう言うと英太はちらっとうしろのテーブル席を見た。


 そこには黒髪のメガネメイドとじゃんけんをしているオタクの相方マサシの姿があった。


「まあ無事そうだったからよかったよ。そんだけ」


 英太はそう言うとまたオレンジジュースをストローで吸った。


 それを見てともえは不満そうな表情を浮かべ英太を睨みつけた。


「あんたさ、まさか私の計画をぶち壊そうって思ってない?」


 その一言に英太は表情一つ変えずに答えた


「別に」


「じゃあ、何しに来たのよ! 黙って私の計画を見過ごす気なの!?


「そうだけど?」


「……意味わかんないし!」


 ともえはそういうとつんと頬を膨らませた。


 そんなともえを見て英太は深いため息をついてコップの中の氷をいじくりまわした


「だってお前があいつの彼女を連れ去ろうがブッ殺そうが俺にはまーったく関係ねえし。勝手にすればっていうのが本音だな」


 その一言にともえは怪訝そうな目で英太を見た。


「と言うことは、本気で黙って見過ごすってこと?」


「そう言うことだ」


 そう言うと英太はニヤッと不敵な笑みを浮かべた。


「まあ、精々藤林悠輔の女を欲望のまま痛めつけちゃえば? まああいつは烈火の如く怒り狂ってお前を殺しに来るだろうけどな」


「そんなことあんたに言われなくたって……」


「あ、でも、これだけは忠告しとく」


 英太はそう言った途端、今までぱたりと消していた殺気を爆発させるように放った。


 そして、ギラギラと光る瞳でともえをキッと睨みつけた。


「藤林悠輔は俺の獲物だ。お前が先に手を出したら容赦しないからな」


 その一言にともえはむっとした表情を浮かべたが、すぐに口元にひやりと冷たい笑顔を浮かべた。


「あら、悠輔はあんただけのものじゃないのよ。あの人はあたしの──」


「それから」


 そう言うと英太はカウンター席から立ち上がった。


「仁科ともえ──この前の借りはいつか返させてもらうぞ」


「そうそう、あんたあの時あたしにぼろ負けしたんだよねー。あれでも手加減してあげたのに」


「うっさい。俺だってあの時は手加減してやったんだ。バーカ」


 その一言に英太は心外したようにむっと口をへの字に曲げた。


「ともかく、俺の言いたいことはそれだけ。さてと……俺も用事があるからそろそろお暇しようかな」


「用事? あんたの用はもう終わったんじゃないの?」


「ふん……」


 その一言に英太はニヤッと笑った。


「俺も決着がついてないんだよ。お前の追ってる男との最強を賭けた決着がな……」


3 ツイてない悠輔

雨で濡れた東都大学のキャンパス


あれほど人込みでごった返していたその場所は大雨の影響で閑散としていて人っ子ひとりいない。


その滝のような雨の中、悠輔はただたたある場所へ急ぐためずぶ濡れになりながら走っていた

 問題のくノ一ともえの元にいる早紀の場所に向かうだけなら簡単だった。それだけならら何の滞りなくことは収まるはずだった。


 だけど──今日の僕はどうもツイてないようだ。


 絶え間なく他流派の忍者たちに追跡されまくっている──のだから。


 その瞬間、悠輔はすっと身体をかがめそのまま前転した。


 それと同時に彼の頭上を数個の手裏剣が空を切り裂いていった


「ええいっ!鬱陶しい!」


 瞬間、悠輔は踝に隠してあった針を取り出すとそれを瞬くスピードで投げつけた。


 雨の中崩れ落ちる人影──だが今回の敵は一人だけではない。


 気配は5人か……悠輔はすっと立ち上がるとメガネをすっと取り外した。


「僕は忙しいんだ。相手なら一瞬で終わらせてやる!」


 そう言ったその瞬間、悠輔の瞳はまるで燃えるように赤く光った。


 そして次の瞬間、濡れたアスファルトを蹴り獣のように襲いかかる5人の影──


悠輔はすっとその場に立ち尽く赤い瞳で襲いくる影をぎりぎりまで見極める。


彼の瞳には見えていた。奴らがどんな動きをして襲いかかるかどんな軌道で攻撃をしてくるか──


そして、襲いくる影の刃が悠輔の身体を撫で切ろうとしたその時彼は瞬時にその場から姿を消した。


はっと顔を上げる追跡者の影。悠輔は彼の頭を踏み台にしてさらなる高みへと舞い上がっていた。

悠輔の両手には合計十本の針。それを大粒の雨に紛れ込ませるかのように彼らの頭上でうち放った。


雨とともに注ぎ込む針の雨──


それに男たちは急にひるんだ格好を取る。あるものは急所を刺され、あるものは急所を逸れ──だが、今回悠輔はそれだけで終わらせる気は毛頭無かった


悠輔がきれいに濡れたアスファルトに着地したのと同時に彼は両手を横にかざした。


次の瞬間、一度放たれ死んだはずの針たちが立ち上がり男たちに再び襲いかかった。


その動きはまったくもって予想不可能。


下から上へと突き上げる針もあれば左から右へ駆け廻る針もある。


その動きに男たちは翻弄され、そして悠輔の作った罠にまんまとはまっていく。


悠輔は顔の表情一つ変えずに男たちに背を向けたまま手を激しく操った。


すると男の一人が何かによって血を吐き倒れこみ、そしてその隣の男は一瞬で手を切断され叫び声をあげた。


男の周りには行き交う針意外にも光る何かが襲っている。


それは針のすぐ後を追うように男たちを一瞬で取り囲みそして襲いかかってきた。


それは彼の宣言通り一瞬で終わった。


悠輔が手をギュッと握り前にかざしたその瞬間、男たちは一斉に血を吐き出し何も言葉を出さないまま崩れ落ちたのだった。


「手間掛けやがって……」


 悠輔はそう言うとすっと立ち上がると男たちを襲っていた針を手の動き一つで手元に回収した。


 そして後ろを振り向くとため息交じりに一言言った。


「そこにいるのはばれてるよ。いい加減出てきたらどう?」


 悠輔は真紅の瞳を光らせ今は姿を見せぬその人物に強く警告した


 それと同時にいつでも相手になってやると言わんばかりに彼は身体から禍々しい殺気を発してみせる。


「ふん……気づいていたか」


 それを見て観念したのか、その男は悠輔の前にすっと舞い降りた。


 大きい──相手はタンクトップを着た筋骨隆々のとてつもない大男だった。


 しかし、今まで相手していた雑魚とはわけが違う。桁違いの強さが醸し出す空気だけで伝わってくるようだった。


「しかし、驚いたよ。そのワイヤー付きの針を遠くから操って複数の相手を葬り去るとは──うわさ通りの恐ろしい使い手だな。伊賀の家元は……」


男のその一言に悠輔はハッと息をのんだ。


つまり、この男は自分の術のからくりを言い当てるくらいの眼力がある──それなりの実力のある他流派の幹部だということだった。


「誰だ……」


 悠輔はその男から一歩引くと彼を真紅の瞳で睨みつけ戦う構えをとった。


 それを見て目の細いその大男は鼻で悠輔を笑った。


「馬鹿はよせ。ボクはお前と戦う気はない」


「じゃあ、この男たちは? 君の配下じゃないのかい?」


「知らないね……」


 そう言うと大男は冷めた目で悠輔が倒した男たちを見た。


 それを見て悠輔は初めて殺気を弱め、彼を湿った眼で見つめて言った。


「とりあえず名を名乗ってもらえないかな。それからじゃないと判断できない」


「ほう……それもそうだな」


 そう言うと男は細い眼を皿に細め柔和にほほ笑んだ。


「ボクの名は応野邦彦。奥州応変流黒頭巾二十代頭目だ」


「応変流──か」


 噂には聞いていた。東北にとんでもない使い手がいると言うことは──


おそらくそれは目の前の応野邦彦その人物なのだろう。それを悠輔はすぐに感じ取っていた。


「──で、僕に何の用だい?」


「藤林悠輔──お前に警告しにきた」


「警告?」


 その言葉を聞いて悠輔は初めて顔に色を見せた。


「お前はその強さから他流派から狙われ過ぎている。それは重々わかってるな」


「別に……それは悪いことじゃないと思ってるけど」


「いや、お前ら他流派の不毛な争いで迷惑を被る人だってたくさんいる。お前だって表の世界で友人や恋人だっているだろう──そんな彼らをお前らの利己的な争いで傷ついたらと思うといくら冷酷な忍者であるお前でも心が痛むであろう」


「──」


 何を言い出すんだ──こいつ?


 その説教めいた言葉を聞いて悠輔は思わず強く困惑した。


「何が言いたいんだ君は……」


 悠輔はそう言うとため息をつき邦彦をキッと睨みつけた。


「初対面でいきなり説教面か……そんな偉いものなのか? 応変流ってやつは……」


「お前、本当にそんな冷酷なことが言ってられるのか?」


「なにが?」


「現に今お前の恋人はある流派にさらわれそうになっている……それでもお前は修羅の道をやめないのか?」


「……なんだって?」


邦彦のその一言を聞いて悠輔は強く動揺した様子を見せた。


早紀が危ない──ずっと思っていた危惧がその瞬間現実味を帯びてきた。


「やっぱり君も僕の敵なのか?」


 悠輔がそう言ったその瞬間彼の身体から再び殺気が噴き出した。


 そして次の瞬間には彼の手には再び数本の針が光っていた。


「違う! ボクは警告しに来ただけだ!」


「うるさい!」


 そう言った瞬間、悠輔は左右に生えた十数本の針を邦彦めがけて解き放った。


 それを見た邦彦はそれを太い両手で身体をガードすると、真正面から悠輔の針を受け止めた。


 針は確かに邦彦の身体には当たった。しかし、それは深くは身体に刺さらず乾いた音を出して濡れたアスファルトに落ちて行った。


「なるほど、身体鋼化か……面白い術を持っているな」


 そう言うと悠輔は真紅の瞳で邦彦を見て笑った。


 邦彦は少し不機嫌そうな表情を浮かべため息をついた。


「一言言っておくが。ボクとやっても結果は無駄だぞ……」


「そんなのやってみなきゃ分かんないだろ」


 そうは言ったものの、確かに邦彦の言うとおり今の手数では若干こちらが不利かもしれない。


 しかも、それを相手は見切っている。


安全を取って引くべきか、それともプライドを取って戦うべきか──雨の中濡れた針を手の中で遊ばせながら悠輔は邦彦と対峙した。


「──無駄な戦いはやめよう」


 最初に引いたのは意外なことに邦彦の方だった。


「何度も言うけど今日はお前と戦いに来たんじゃない」


「じゃあ何しに来たの?一体──?」


「僕は──」


 そう言うと邦彦はくるっと踵を返し悠輔から背を向けた。


「ある女との決着をつけに来た。それだけだ」


「ある──女?」


「たまたまその女を追っていたらお前の彼女がさらわれるのを見た──それだけだ」


 それを聞いて悠輔は目を見開いて驚いた。


 仁科ともえ──それが邦彦が狙う女の名前で悠輔の恋人早紀を窮地に追いやろうとしている女の名前。


「ボクは今からその女と決着をつけてくる」


「それで? 僕に協力しろとでもいいたいの?」


「馬鹿を言うな。お前の力などなくてもあの女など倒せるよ」


 そう言うと邦彦はふっと微笑した


「だけど、お前の恋人は無事で助けられる自信はない。そっちの方はお前が勝手に助けてやってほしい」


「そんなこと……君に言われなくたって」


 そう言うと悠輔は不機嫌そうに手を組んだ。


「つまり君は仁科ともえを倒す、僕は早紀を助ける──結局はそうやって協力してほしいっていいんだろ」


「お前だって嫌だろう。自分たちの流派の戦いに何の関係のない彼女が巻き込まれるのは……」


 邦彦のその一言に悠輔は思わず沈黙した。


 確かにその通りだった。


自分が最も恐れていたことそれが早紀が悠輔の恋人ゆえにこの戦いの渦に巻き込まれるというシナリオだった。


 それを回避するため今までどれだけの苦労をしてきたのだろう。


 早紀の前で自分を偽ったり、小さな嘘をついたり──だけどそんな小さな努力も今ではあまり意味がなかった


「わかった。今回は特別に君に協力してあげる」


 悠輔は小さく笑いながらそう言うと邦彦をきっと睨み返した


「だけど、覚えておくんだな。僕は君に負けたわけじゃない! いつかこの借り──返してみせる!」



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