目次
1章 現代に巣くう忍たち
1 東大生、藤林悠輔
2 警視庁幹部、相馬泰
3 侵入者
2章 休日の忍たち
1 そして、平凡な一日が始まる
2 女子大生、進藤早紀
3 渋谷の通り魔
3章 足跡を残した忍たち
1 事件現場
2 警察官、上月静夜
3 容疑者、田上明央
4章 取調室の忍たち
1 テレビ記者、叶陽一郎
2 激突-伊賀と甲賀
3 静夜の罠
4 追跡者たち
5章 オモテの忍たち
1 お笑い芸人、風間英太
2 メイド、仁科ともえ
3 JAあおもり職員、応野邦彦
6章 ウラの忍たち
1 風魔の英太
2 戸隠のともえ
3 応変の邦彦
7章 アキバの忍たち
1 ともえと悠輔
2 帰り道
8章 学園祭の忍たち
1 東都大学若葉祭
2 舞台袖
3 トーキョーハンター
4 同業者
5 最強
9章 嵐の前の忍たち
1 ともえと早紀
2 ツイてるともえ
3 ツイてない悠輔
4 邪魔者
5 嵐が来る
10章 相見える忍たち
1 知らなくていい真実
2 悪い夢
3 百地悠輔という男
4 集いし5つの流派
5 赤い瞳の一族
6 ともえの提案
7 激突する赤と青
8 別れなさい
11章 動き出す忍たち
1 六本木のオフィス
2 戸隠の女王
3 忍者王
4 アキバのアイドル劇場
5 同盟
12章 恋煩いの忍たち
1 恋人は忍者
2 最後のデート
3 守ってみせる
13章 集結する忍たち
1 警視庁のメッセンジャー
2 集結した忍たち
3 悠輔の企み

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1 東都大学若葉祭

5月15日──東都大学最大のイベントの一つである若葉祭当日の日。


 その日ばかりはいつもはインテリ学生が難しい顔して歩いている構内は学園祭らしい華やいだ雰囲気に包まれる。


 曇天の空のもと、狭いキャンパス内の小路には各サークルが食品露店を繰り出し、軽音サークルやジャズサークルはいたるところで路上ライブ。


中には路上アーティスト気取りの学生も現れだしてパフォーマンスを繰り広げては学校職員に注意されている


 殺風景な校舎もこの日ばかりは化粧したかのように色とりどりの横断幕が掲げられ非日常の空気がぷんぷん漂っている。


 浮ついているなあ──


 悠輔はこんがり揚がりすぎたフライドポテトをつまみながら物珍しげに自分の変貌した母校を見回した。


 この学校で学園祭を迎えるのは2回目だが、1回生の時は目ぼしいサークルにも入っておらず、授業がないのなら休みたいと思って学園祭自体をすっぽかしてしまった気がする。


 そして今年──おそらく自分の中で何かが変わったのだろう。


 こんな騒々しい浮ついた学園祭のど真ん中に自分が立っているのだから──


「ねえねえ、悠輔見て見て!」


 あまり楽しめない表情の悠輔に対し早紀は学園祭を謳歌しているかのように生き生きとした表情で彼に声をかけた。


「あそこでなんかボティペインティングしてる。人間真っ赤になってるし。うけるー!」


「そうだね」


「あ、あっちではミニ演劇してるー。ロミオとジュリエットかなあ?」


 早紀はあまり形のよくない綿菓子をつまみながら人でごった返すキャンパス内を物珍しそうに見て歩きまわった。


 そうだ。今年は早紀がいるんだ。


 だから今まで興味のなかった学園祭にも行く気になれたのだった。


 逆を言うと早紀がいなければ今年の学園祭も興味のないまま終わっていたかもしれない。


 こんな浮ついた学校──一人で歩くのも御免だ。


「ねえ! 悠輔!」


 そう言うと早紀はきゅっと踵を返して悠輔の方を強く見つめた


「さっきから全然会話しないけど、ちゃんと学園祭楽しんでる? 一応あなたの学校の学園祭なのよ」


「そんなこと言われても……」


 どうやって楽しめばいいんだよ。このアホな学生たちと一緒に羽目を外せと?


「ああ!もうじれったい!」


 早紀はそう言うと、戸惑う悠輔の手を握るとそのまま強引に手を引いた。


「ねえ、何かアトラクションに参加しようよ」


「アトラクションって──!?


「もう、何でもいいよ。あなたが好きなところでいいからさあ」


「そう言われても……」


 そう言われて悠輔は困った表情を浮かべながら学祭パンフレットをパラパラとめくった。


 結構な分厚さを誇るそのパンフレットはいたるところにライブ予告や演劇の演目、落研の寄席案内や特別講義などの手作り宣伝で埋まっていた。


「そうだなあ、今1半時でしょ……これからだったら」


 そう言うと悠輔はぺらっとパンフレットのあるページを開いた。


 ──PM14:00 メインステージにて爆笑お笑いライブ


「あれ?悠輔ってお笑い好きだったの?」


「いや、そうじゃないけど──」


 ──何でもいいから、アトラクションに参加したいって言ったのは早紀の方じゃないか


 悠輔はそう言いたげに彼女をじとっと湿った視線で見た。


「うーん、ちょっと待って」


 そう言うと早紀は悠輔の持っていたパンフレットを無理やり奪った。


「何何? 出演芸人はトーキョーハンター、ピクシーズ、うどんやのむすこ、大麦小麦──あら、全員爆エン芸人ばっかりね」


「バ……クエン???


「えー悠輔知らないの? 今お笑いは新東京テレビの爆笑エンターティナーで生み出されてるのよ」


「……へえ」


 悠輔はひきつった笑顔でそう頷くしかできなかった。


「で、どうする? お笑いライブ見に行くの?」


「どうするって……早紀が決めたらどう?」


「そうね……じゃあ、見に行ってみますか」


 そう言うと早紀はパンフレットをパンと閉めると、悠輔の手を再び引き始めた。


「よし、じゃあこの際だからそこ行ってみようよ!」


「う、うん……」


「ほら早く!」


 早紀はそう言って悠輔の手を強くひき二人は雑踏の中に消えて行った。


2 舞台袖

 講堂前のメインステージはまるでどこかのライブ会場に紛れ込んだかのような熱気に包まれている。


 どうやら自分たちの出番の後有名ロック歌手がライブを行うらしい。


その影響でいつもとは違う客層がステージに集まっていた。


「東都大の学園祭──思っていた以上にはじけてるな」


 英太はステージ裏から客の顔を逐一観察しながら一言そう言った。


「俺、もっとメガネかけたインテリばっかり集まってお寒いのかと思ってたけど、意外と普通じゃん」


 そう言いながら英太は目を皿にしながら客の中からある一人の人物を探そうと躍起になっていた。


 髪は茶髪の短髪、黒いメガネをかけた不機嫌そうな男子学生──そんな学生この東都大には星の数ほどいるのだろうが、英太が探しているのはそんなインテリ学生ではなかった。


 おそらく一目見たらすぐわかるはず──あの男の正体もすべて──


「おいおい、エータ。さっきから何を見てるんだぁ?」


 ステージ裏からじろじろと客席を見る英太を見て、アキバ在住と書かれた謎のTシャツを着た相方のマサシは訝しげに彼に話しかけた。


「別に……お前には関係ないだろっ!」


「えッ! かわいい子でもいるの?」


「だから、あっち行けよ! 俺忙しいんだから!」


 そう言うと英太はさらに真剣な顔をして客席を眺めた。


その表情を見てただ事ではないなと思ったのかマサシはそれ以上英太に声をかけようとはしなかった


「あ──!」


 その時だった。


エータの目に一番奥の座席に座った清楚そうな女子学生に紙コップを運んできた一人の男子学生が急に飛び込んできた。


インテリそうな黒ぶち眼鏡に髪は渋めの茶髪。


本人は周りに溶け込もうと努力しているようだが、英太の目からはわかる。


彼の底知れぬ強さと気高さがその身体からじわじわと滲みだしている


 あれが『百地』の名を継いだ伊賀の若き頭目藤林悠輔──


 それを見て英太はごくっと唾をのんだ。


 それは本当に遠巻きにしか見えず、本当の強さとかは計り知れないが、それでも遠くの彼からは重厚な存在感は漂ってくる。


 本当の強さを計るためもっと近くから藤林悠輔の顔を拝みたいところだが、自分のステージが近い今そうもしていられない。


 英太は悔しそうに舌打ちするとステージ裏から離れた


「あいつ、リア充かよ」


 いいよなあ。大学生風情は……


 こっちはお笑い芸人と忍者と二足のわらじで女と付き合う暇さえないというのに──


 幸せそうな藤林悠輔とその彼女の笑い顔を見ていると英太は無性に腹が立ってならなかった。


 あの幸せをぶち壊したい。その笑顔を悲しみと怒りで満たしてやりたい──


嫉妬にも似たその破壊願望が英太の心を激しく覆う。


そう思うとこれからのステージ何かどうだっていい。


その後の藤林悠輔との対戦の方が英太の心を強く揺さぶっていた。


「おーい、エータ! そろそろネタ合わせしようおー」


「ああ……」


 相方のマサシにそう言われ英太はその気持ちを抑えるように彼のもとへとゆっくりと歩いて向かった。


 とりあえず今は目の前にあるステージをこなさないと。


お楽しみは──その後だ。


3 トーキョーハンター

「東京タワー!!


『オタクとギャル男の東京伝説』という謎のキャッチフレーズのついた新鋭の漫才コンビ『トーキョーハンター』の決まりギャグがステージで炸裂する。


 ──と言っても東都大学のお客の反応はイマイチだ。


大笑いしている声はごく一握り、大半は笑いもせずに呆然とステージ上の彼らを見つめている。

「いやぁ、今日もつかみはOKですなあ。オタクのマサシ君」


「さすが天下の東都大学!笑いのツボがいつもと違う」


「ほう、そうかい。どこが違うのか行ってみちゃいなさい!」


「そりゃ、いつも見たいにガンダムネタじゃ笑いは取れないっしょ!だってここにいる人たち頭が3倍早く働くニュータイプなんでそ?」


「おいおい、いつものようにガンダムネタで攻めてるじゃないか。マサシ君」


「だっはー!! 今のところ笑うところよ」


 ──何だ、こいつら……


 遠巻きに『トーキョーハンター』のネタを見ながら悠輔は思わず顔を引きつらせた。


 全くもって笑う箇所が見当たらない。何が面白いのかさっぱりわからない。


 おもしろいのは秋葉原のオタクと渋谷のちゃらい兄ちゃんが漫才してるという絵面だけ。


 それ以外はまったくもって素人以下の芸だ。


「いいか、エータ。オタクって人種はこうやって勉強するんだ」


「ほうほう……」


「今手元には3人のマリオがいます。このままでは到底クッパには勝てそうにありません。そこで無限増殖を使うことにしました。さて何人マリオは増えるでしょう」


「んー……って、マリオって99人以上増えないじゃねえか」


「そうなの。だから俺99以上の算数は無理なんだ~」


「おいおいー。それじゃあここの会場の東大生の皆さんにオタクは馬鹿だっておもわれるぞぉー!」


「大丈夫、グラディウスだと149857298点言ったことあるから」


「それはそれで凄いけど、数学にはなってないじゃねえか」


「だっはー!! 今のところ笑うところよ」


 悠輔は深いため息をつくとふと隣にいる早紀をちらっと見た。


 信じられない──こんな笑えない芸人なのに早紀はおなかを抱えて笑っていた。


 あの芸人のどこが早紀のツボだったのかはわからないが、彼女は何かに取りつかれたかのように笑い転げていた。


「あ……あのさ。早紀……」


 悠輔は困惑しきった顔で彼女に話しかけた。


「あの芸人笑える?」


「何言ってるの? めっちゃ笑えるじゃん」


「……そうかなあ?」


 そう言うと悠輔は首をひねった。


 ステージ上のオタクとチャラ男はまだ何かネタをやっているが、やっぱりどこかが気に入らない。


「ダメだ。僕、あいつらの芸風受け付けない」


「え?そうなの? 私は今年のM1は彼らが躍進すると思うけどな」


「それマジで言ってるの?」


「うん、結構面白いじゃん。これからの芸人よ」


「そうかあ……」


 そう言うと悠輔はしかめっ面をして彼らの芸を見たが、もはや大人しく座って見ていられるクオリティではなかった


 悠輔はイライラをかみしめるような表情を浮かべ席を立ちあがった。


「ごめん、トイレ行ってくる」


「え?でもまだまだ芸人出てくるよ」


「すぐ帰ってくるよ。我慢できないんだ」


 悠輔は不躾にそう言うと人込みを割って客席から消えて行った。


「悠輔ー! もうっ! いっつも勝手なんだから……」


 まるで煙のように消えて行った彼氏を呆然と見送りつつ早紀は、またしても繰り出された『トーキョーハンター』のギャグにげらげらと笑い転げた。


4 同業者

 曇天模様の空を見上げながら悠輔は一人深いため息をついた。


 この雲行きだともしかしたら夕方には雨になるかもしれない。しかも嵐を伴ったような大雨の可能性が高い。


 これは早紀を連れてさっさと家路を急いだ方が身のためか──


 校舎で用を足した悠輔は一人とぼとぼとバックステージのあたりを歩いていた。


 お笑いライブの真っ最中だからかこのあたりにはあまり人は歩いていない。


華やかな学園祭の中どこか閑散としている空気さえ漂う道だ


 ──そんな時だった。まさかこの場所であの彼女と再会したのは


「あぁー!! 悠輔じゃーん!」


 その甲高い声に呼び止められて悠輔はぎょっとした。


 恐る恐る振り返ってみるとそこにいたのは真っ黒ふりふりのワンピースにリボンがたくさんついたヘッドセットに厚底ブーツのメイドの完全装備に身を固めたあのゴスロリ娘仁科ともえが手を振っていた。


え──


その姿を見て悠輔は呆気にとられた。


あの秋葉原の家電量販店で出会ってっきり一度もコンタクトがなかった普通じゃないメイドともえがまさか東都大学の大学祭にやってきていたなんて──


その瞬間、悠輔の身体に緊張が走った。


よもや忘れてはいない。


彼女が自分の裏の顔を見きっていたこと、普通の人間とは別の空気を醸し出していたことを──


「どうしたの?」


 そんな悠輔に対しともえはまるで猫を被ったようにかわいい態度で彼を上目づかいで見た。


「──どうして君がここにいるんだい?」


 悠輔は警戒した声でそう言った。


「何でって、あたしバイトに来たのよ~」


「バイト!?


「そう、東都大若葉祭限定でメイド喫茶がオープンになるからそれのゲスト出演」


 そう言うとともえは悠輔に一枚のピンク色のチラシを渡した。


 ──あの東都大にメイドカフェオープン! 記念ゲストは秋葉原で大人気のメイドカフェ「ぶるーむ」の花形メイドともえちゃん! さあみんな萌え~しませんか?


「萌え……ね」


 悠輔は呆れた表情でそのチラシを眺めた。


 その様子をともえは目を輝かせてじっと見ている


「ねえ悠輔も来てくれるでしょ? あたし、悠輔来てくれたらまっ先に萌えなサービスしてあげるよ!」


「いや……僕、早紀待たせてるし……」


「ええー、早紀もいるのー」


 悠輔のその言葉にともえは明らかに不満の声を出した。


「もう、さ……あんな()放っておいてさあ、あたしのお店に来てよぉー!ねえ~お願い!」


「なんで君にそう言われる筋合いがあるんだ」


「だってぇー! 早紀と悠輔じゃ絶対に釣り合いが取れないし。一般ピープルと伊賀藤林流家元なんて比べ物にならないじゃん」


「──!」


 悠輔はさらりと言いのけたともえの言葉に狼狽した。


 ちょっと待て──何で彼女がそれを知っているんだ?


 僕が伊賀藤林流の家元だという秘密中の秘密をなぜこの娘は知っているんだ?


「あら? やーっと気づいてくれた?」


 ともえはそう言うと悠輔の前で妖しげに笑った。


「あんたくらいの使い手ならすぐ気付いてくれると思ったけど意外と鈍感ね。悠輔そういうところがかわいい」


「君は──」


 そう言うと悠輔は動揺を隠すようにメガネをくいっと上にあげ彼女を睨んだ。


「やっと謎が解けた。君は僕と同業者ってわけね」


「なにそれ! 同業者なんて言うレベルじゃないし!」


 その言葉になぜかともえは怒りだした。


「なあに? 悠輔ってなーんにも覚えてないの? あたしがあんたにとって大切な人になっていたなんてなーんにも覚えてないの?」


「一体どこの流派のくノ一だい? それくらい名乗ってからじゃないと僕もどうしようもない」


 悠輔の態度はともえが忍者だと明かす前より明らかに冷淡になっていた。


 それは明らかに彼女の存在を自分の敵だと警戒しているようだった。


「──もう! それもわからないの!? 面倒な男ね!」


 そう言うとともえはツンと拗ねたような態度を取りながら不機嫌そうに語りだした。


「あたしの流派は戸隠!戸隠流忍術の次期女頭目の仁科ともえよ!」


「──ふーん」


 妖術使いの戸隠か……随分面倒なところが関わってきたな。


 悠輔は素っ気なく彼女に答えながら顔に色を出さずにそう思った。


「ちょっとぉ! その態度何!?


 そんな悠輔の態度が気に食わないのかともえはむかっとした表情で彼につっかかってきた。


「あんたさああたしのこと何だと思ってるの? まさか昔のこと忘れたとは言わせないわよ!」


「昔のこと──? 記憶にないな」


「──もう! 最悪!」


 そう言うとともえは口を尖らしてうつむいた。


「あたしは悠輔のこと一日も忘れたことないのよ。ずっとずっと大好きだったのに──」


「……はぁ?」


「覚えてない? ずっと昔にあんたのお嫁さんになることを夢見てた少女のことを」


 そう言ったとたんともえの目がギラリと病的な光を発した。


 その瞬間、悠輔は思わず背筋が寒くなった。


彼女の言っていることは何が何だか意味がわからなかったけれども、率直に彼女の態度がどこか怖いと思った。


「君は僕の何なんだよ」


そう言うと悠輔は警戒したようにともえを睨みつけると、彼女から一歩引いた。


 そしていつでも攻撃できるようにベルトに付けた針に手をかけた。


「あたしは……」


 だがともえは一歩も引かず病的な目をぎらつかせながら彼に迫ってきた


「あたしはあんたの──!」


「あ!! と、ともえちゃん?!


 二人の間が殺気で包まれたその瞬間、まさに場違いな声がその間を引き裂いた。


 二人ははっとそちらの方向を見るとアキバ在住と言う謎のTシャツを着たオタク系の男子が猛烈な勢いでともえに近づいてきた。


「うわああああ! おいら超カンドー!! こーんな場所でアキバの癒しの女神ともえちゃんと再開できるなんてぇー!」


「あ……アキバの癒しの女神?」


 ──こいつが?


 オタクのその言葉を聞いて悠輔は信じられない表情でともえを見た


 ともえは先ほどの病的な笑顔から一転、営業スマイルと言った笑顔で彼に笑いかけていた。


「いらっしゃいませ、ご主人さま──あれ? ご主人さまどこかで見たことなかったっけ?」


「お! ともえちゃんさすがお目が高い! おいらテレビとかテレビとかテレビとかで見たことあるでそ?」


「テレビね──」


 その言葉にともえは少し困った表情を浮かべ考え込んだ。


 あ──そういえば。


 悠輔はニコニコと答えを待つオタクの顔と変なTシャツを見て彼が先ほどメインステージに立っていたまったく笑えなかった芸人『トーキョーハンター』のオタクの方だと感づいた。


 だがそれをともえに教えてあげようかと思ったが、その前にともえはにっこりと笑って甘えた声で一言言った。


「ごめーん、ともえちょっと思い出せなーい」


「あら……残念ー!」


 その言葉にオタクは少し残念そうな顔をした


「じゃあ、正解教えてあげるよ! おいらさお笑い芸人なんだお」


「え、芸人さんなの?」


「そそ、これでも今年のM1優勝を目指してるんだお!」


「へえー!すごーい!!


 オタクのその豪語にともえは本心なのか本心でないのかわからない感嘆の声を上げる。


 M1優勝ね──


 悠輔はその言葉に苦笑した。あの実力じゃ2回戦に残るのだって厳しいだろう。


「でもー。M1ってことは相方さんがいるってことだよね。相方さんってどんな人なんですかぁ?」


「あー、相方ねえ。見たことないかな? ピアスじゃらじゃらしていて、髪の毛変な色に染めてて、いかにも渋谷系って感じの──」


「おーい。マサシー」


 その呼ぶ声にそこにいる誰もがそちらに注目した。


 そこにいたのは両耳にピアスをじゃらじゃらとつけて、髪の毛を金と黒のメッシュのソフトモヒカンにした、だぶだぶバスケットウエアに半パンのいかにも軽そうな若者。


「なんだよ。こんなところにいたのか──ん?」


 彼はマサシと呼んだオタクに近づいてきたその瞬間、悠輔とともえの存在に気がついた。


 その次には彼の軽そうな印象はガラッと変わった。


 彼はじろっと悠輔をちらりと睨みつけた。冷たく痛いくらい鋭い瞳で。その眼力は明らかにお笑い芸人には必要のないものだった。


「おー!エータ。来たの?」


「来たっていうかさ、おまえ小便行ってから帰ってこないからさ」


「あ、エータ! 紹介するよ。この子が僕が大好きな癒しのメイドのともえちゃん」

 

「えーっと……ともえですぅ!よろしくね☆」


「ああ、よろしく……」


 ともえとエータとの会話は明らかに不自然だ。


 お互いに腹の中を探ろうとしているようなそんな空気がびんびん伝わっている


「ところで、エータさん? あなたあたしと一度あったことない?」


「さあ……何の話だろうな」


「そっかあ……気のせいかな……」


 そう言うとともえはすっと悠輔の方を見て一言『心読』で会話した


(彼も……忍者よ)


 伊賀と戸隠では『心読』の方法は若干違うので最初は急なメッセージに驚いたが、そう聞き取れたことは聞き取れた。


 そうだ、ともえの言うとおり彼も明らかに普通ではない。


 そして彼も悠輔とともえの正体にもう気づいている。それ故にずっと殺気に似た警戒を怠らないのだ。


「やだなあー! ともえちゃん。誰にもそう言うのかい?」


 微妙な空気が流れたのを止めたのはこの中で唯一一般人だと思われるオタクのマサシだった


「そんなことないですぅ~。私はみんなお客様だとおもってますぅ~」


 そう言うとともえは繕うかのように笑って見せた。


「そ、そうだ。マサシ……さん? お店の方にいきませんかぁ~?」


「お店? え? 東都大学にあるの?」


「そうそう。今日、あたし東都大のメイド喫茶に特別ゲストとしてやってきてたんですぅ。そろそろお店の方にかえらないとぉ~。スタッフの方が心配してると思うんでぇ~」


「ええ~。マジで!行く行く!」


 そう言うとマサシはうれしそうなキモイ笑顔を浮かべた。


「というわけでさぁ……エータ。おいらこれからちっくらメイド喫茶の方でまったりしてくるわ」


「ふーん。そうなんだ」


 マサシのその言葉にエータは冷たいほどの無表情で答えた。


「いいんじゃねえの? いってらー」


「え? いいの?」


「だって俺もこれから用事あるもん……なあ」


 エータはそう言うと悠輔を舐めるような視線で見た。


 こいつ──僕に用があるのか。


 その態度に悠輔も彼を強く警戒するようにメガネを指で押し上げ鋭い視線で睨み返した。


「そっか……じゃあおいらちっくらいってくらー」


 そう言うとマサシはともえを連れてその場を去っていく


 そんなマサシの態度にともえは少し不満げな表情は浮かべたがしぶしぶ彼を連れて行った


(気をつけてね。悠輔)


 ともえはその場を去る前悠輔に『心読』でそう警告してきた。


 そうだ、まだまだ気を抜いてはいけない。


 悠輔の前にはまたしても得体のしれないお笑い芸人の忍者が立ちはだかっているのだから──

 


5 最強

「結局、あの女にマサシの相手をまかせちゃったな」


 風間英太は一言そう言うと人込みの中に消えて行ったメイドとオタクを見送った。


「大丈夫かな。あの女、とんでもない妖術使いだぞ。マサシが奴に殺されると俺も相方として困る」


「へえ、少なからず仁科ともえのこと知ってるようだね」


「そりゃもう……俺あいつに一度痛い目に遭ってるからな……」


「……なるほど」


 負けたんだな。そう言いたげな笑みを悠輔は口に浮かべた。


「って、おい! 勝手に負けたとか結論付けんな! このインテリ忍者め!」


 そんな悠輔の態度に英太はむっとした表情で食いかかった。


「いいか、あんたはあの女と戦ったことないからそう言えるけど、一度やってみろよ。ホントあの女恐ろしいぞ。おそらく日本最強のくノ一だぜ」


「ふーん。それは覚えておこう」


 そう言うと悠輔は余裕を見せつけるかのように笑った。


「彼女とも君とも遅かれ早かれ戦うはめになるのはもう覚悟はしてるよ。だって君もそのために僕と会ってるんでしょ?」


「ほー物わかりがいいじゃねえか。家元さんよ」


 英太はそう言うとポケットの中にぐじゃぐじゃにいれた封筒らしきものを取り出してそれを悠輔の方に投げた。


 果たし状……か


 それを見て悠輔は彼を蔑むように笑いながらそれを拾い上げた。


「えらい古いやり方だね。ちょっとびっくりしたよ」


「うるさいな。さっさと読めよ」


 そう突っ込まれ英太は少し居心地悪い表情を顔に浮かべた


「俺だってこんな古臭いやり方嫌だったんだぞ……でもさあ、うちの連中が伊賀と決闘するのなら果たし状くらい書けっていうからさー」


「ふーん」


 悠輔はそう冷淡にうなづくと果たし状の中身の手紙を取り出した。半紙の上に子供の習字並みの字ででかでかと書かれた文字


──お前をぶっ倒す。風魔軍団副総帥 風間英太


「今度は風魔か……」


これまた厄介な流派が絡んできたものだ……


そう言いたげな表情で悠輔は英太を睨みつけた。


「……で、こんなもの叩きつけた理由は?」


「さあ、特にないね」


 その問いに英太はしれっとした表情で一言答えた。


「それはえらい迷惑な話だな……」


「まあ、ひとつだけなら理由はあるよ。お前を狙う大義名分が」


 そう言うと英太はニヤッと冷たい笑みを浮かべた。


「俺は最強になりたいんだ」


「最強って……忍者の中で最も強くなりたいってこと?」


「まあ早い話を言えばそうだな。誰よりも強くなりたいって感じかな?」


「ふーん。悪い理由じゃないね……」


 そう言うと悠輔は少し馬鹿にしたような瞳で英太を横目で見た。


「でも、そんな最強を目指す風魔忍者の君が何でお笑い芸人になってM1目指してるの?」


「それはだな……」


 その突っ込みに英太はむっと表情を曇らせた。


「お笑いの世界でも最強を目指してるんだ!俺は!!


「お笑いでも最強……ね」


 悠輔はそう一言つぶやくとまた蔑んだような笑みを浮かべた。


 あの程度の芸で最強と言うか……なんともレベルの低い話だ。


「てめえ……今笑っただろ」


 そんな悠輔の態度に英太はどうやら腸が煮えくりかえってる様子だった。


 それを見て悠輔はさらに口撃の手を強めた。


「さっき君たちのネタを見たけどさあ……はっきり言ってスベッてたよ。素人目の僕から見ても正直M1は無理かと」


「って……お前はっきり言うな。本人の前で……」


「まあ君が忍術でもお笑いでも最強を目指そうっていうのは止めないけどね」


 そう言うと悠輔はもらった果たし状を封の中にしまうと、すっと目を閉じた。


 次の瞬間、英太の果たし状は一瞬で燃え上がり灰になった。


「──この話、乗ってあげる」


 悠輔が目を開けたその時には彼の瞳は血の如く真紅に染まっていた。


 それを見た瞬間、英太の表情が若干強張った。


しかし怯みそうになったのは一瞬だけ。すぐに彼は口元に楽しそうな笑みを浮かべそれに返すように睨み返した。


「カッコつけられるのも今のうちだぞ」


「それはこっちの台詞だ。君こそ僕に挑んで怪我どころで済まないかもよ」


「そんなのやってみなきゃわかんねえだろ」


 そう言ったそのとたん英太の身体からカっと禍々しい殺気が放たれた。


 それを見て悠輔もにやりと口に笑みを浮かべ、それに負けない強い気で答えを返した。


 質感の違う激しい殺気のぶつかり合い──


今すぐにでもこの場所で彼とやり合ってもかまわない──しかし、それをするには少し邪魔者がいる。


「ところで……さ」


 悠輔はその邪魔者の存在に気付きながらも英太を睨みつけたまま言葉をつづけた。


「先ほどから僕を監視してるのは君の流派の手の者かい?」


「いや……俺は表の仕事でこの学校に来たんだぞ。仲間なんぞ連れてくるか──」


「そうか……」


 悠輔がそうつぶやいたその瞬間、彼は目にもとまらぬ速さでホルダーから針を抜き去りそれを向い側の木の上に放った。


 その瞬間、その木からどさっと落ちてきた黒い人影──


 それはゆっくり起き上がると悠輔の針で負傷した肩をかばいながらその場から逃げだそうと足を一歩引いたその時だった。


「逃がすか」


 悠輔は一言そう言うと真紅の瞳を光らせその男めがけて両手をかざした。


 次の瞬間その男は身体を凍りつかせたかのようにその場に動けなくなった。


 ふるふると震える男の身体──それに両手をかざしたまま悠輔はゆっくりと近づいた


「なるほど、金縛り……か」


 それを見て英太はごくりと息をのみつつニヤッと笑った。


 相手にもよるがこれほどまで簡単に金縛りの術を掛けるとは驚きだった。


「そんなに怯えなくていいよ」


 悠輔は泳ぐような手つきで両手を操りながら男の身体までも操った。


 マリオネットの糸を紡ぐかのように彼は手をくいっと動かすと男は悠輔の方に無理やり体勢を変えられた。


「伊賀藤林流の家元である僕を監視するとはいい度胸だね……いったいどこの流派だい?」


「それは……」


 男は身体を硬直させながら悠輔の顔をおびえ切った顔で見た。


 しかしそれ以上の答えは彼の口からは出てはこなかった。


「──口止めされてるんだね」


 悠輔はニコニコと笑いながら一言そう言った。


 その柔和な笑顔に男は一瞬心を許したかのように表情を和らげたその時、悠輔はかざした手をまた中を泳がせ力を入れた。


 その瞬間、男の表情が急に苦痛に歪んだ


「やめ……ろ!!


 男は苦しそうな表情で呻き声をあげた。


悠輔は男に直接手を掛けることなく彼の腕を激しく締め上げた。


その瞬間、何かの力によって男の腕はあらぬ方向に捻りあげられ、肉と骨は悲鳴に似た音を出した。


「言わないとこのまま腕をへし折るよ……」


 悠輔は相変わらずニコニコと口元に笑顔を浮かべていたが瞳は真紅に染まりあがり鋭く彼を見つめている。


 そうか──!


 遠巻きにその様子を見ていた英太はその術を見てハッとした。


 これほどまで悠輔の術が完成するのは最初に食らわせたあの針がミソなんだ。


そしてあの針の傷口から気を送りこんで手を下さず腕をへし折ろうとしているのだから──この伊賀の家元、もしかしたらとんでもない使い手かもしれない。


「もう一回聞くよ。君を差し出した首謀者はだれだい」


 悠輔は右手に力を込めながらさらに男の腕を手をかけずに締め上げた。


 男の悲鳴とともに筋肉が断裂する音があたりに響き渡る。


 その瞬間、男は痛みに耐えかね「言う!言うから!」と叫び悠輔にすがりついた。


「俺は甲賀の者だ──! 頭の命令で……お前を──監視してた!」


「頭──!? 上月静夜か!」


 その名を言った瞬間、初めて悠輔は顔に怒りの色を浮かべた。


 悠輔はどうしても許せなかったのだ。


自分の正体をここまで如実に晒すような罠を仕掛けてくれた甲賀の頭目上月静夜の存在を──


「だからお願いだ!助けて──!」


 男がそう泣きついたその瞬間、悠輔はキッと男を赤い瞳で睨みつけた


そして、かけた術を強めるかのように手をギュッと硬く握った。


次の瞬間、男の上腕骨が砕け散る音がしたあと彼は悲鳴も上げる暇なく白目をむいて倒れこんだ。


「アイツ、許さん……」


 そう苦々しく呟いた悠輔の表情はまるで鬼の形相だった。


 悠輔は倒れこみそのまま意識を失った男を軽く脚で蹴ると、不機嫌そうな顔で英太を睨んだ。


「そう言うことだ。風魔のお笑い芸人さんよ」


「ち……結局伊賀は甲賀の方が気になるってか」


 ──それで俺らは無視ってわけか。


そう言いたげな表情で英太は不満げに舌打ちした。


「まあ、君の挑戦はそのうち受けてあげるよ。忙しくないときにね」


「俺の挑戦を暇つぶし程度に考えるなよ。お前本気で殺すからな!」


「はいはい、わかったわかった」


 悠輔は英太の文句をそう軽くあしらうとふと手元のGショックで時刻を確認した


 PM15:23……余計な客人ばかり合ったせいであれからもう30分も経ってる。


 そう言えば早紀を置きっぱなしにしている──まずい、このまま向かっても確実にいつものように喧嘩になってしまうではないか……


「やれやれ、ちょっと話し込みすぎたな」


 そう言うと悠輔は深いため息をついた。


「さっきも言ったけど今日は僕は忙しい。君やあのくノ一の相手なんてやってる暇ないんだ」


「デートの方が大事か。家元さんよ」


「──気づいてたのか」


 英太のその言葉に悠輔は明らかに不快な表情を浮かべた。


「ステージ裏からこっそりお前を覗いてた。結構美人の彼女だったな」 


「……こいつ」


 そのことを言われ悠輔は初めて英太の前で狼狽した姿を見せた。


 それを見て英太は少し勝ち誇った表情を浮かべ言った。


「でも、その彼女を一人にしてていいのか?」


「何?」


「誤解するな。俺らは女を狙う卑怯な真似はしないよ。だけど他流派は何をするかわからんぞ。特にあの戸隠の女忍者はお前にご執心らしいからな……」


「──!」


 悠輔は驚いた様子で英太を見ると、次の瞬間焦ったように踵を返した。


「君、今度会ったら最期だよ」


 そう言った瞬間、悠輔は英太の視界からぱっと消え去った。


 たかが彼女の安否を確かめるためこんなところで『瞬間移動』など使わなくてもいいものの──

 

英太はそう蔑んだように笑うとすっと指で何かを合図した。


 次の瞬間彼の前に一人のくノ一が一瞬で姿を現した。


「そう言うことだ。理沙。お前はあの家元を監視して居場所を突き止めろ」


「わかったわ。英太」


「下手に尻尾出すんじゃないぞ。こいつ見たいなことになりたくなければ」


 そう言うと英太は悠輔に腕をへし折られた甲賀の忍者の身体を軽く足蹴りした。


 ──しかし、あいつが気づいたのが甲賀のヘボ忍者で本当に助かった。


 もし一歩間違っていればあの恐ろしい術に自分の仲間が引っ掛かるところだったわけだから──


「大丈夫よ。こいつ見たいなヘマはしない」


 そう言うと風魔のくノ一理沙は機械的に笑って見せた。


「気を抜くな。相手はもしかしたら日本最強の忍者の一人かもしれん」


「あら、あなたの口からその言葉を聞くなんて意外……」


 理沙のその一言に英太は気を引き締めるように低い声で返した。


「だから俺は奴を倒さなければならない。あいつを乗り越えないかぎり俺は絶対に最強になれない……」


 悔しいがそう言って藤林悠輔を評価するしか今の英太はできなかった。


 だが壁が高ければ高いほど乗り越えがいがある──そう思えば早く彼と刃を交わらせたいという気持ちが一段と強くなった。


「そう言うことだ。行け!」


 英太はそう言うと目で理沙に合図する。


 その瞬間、くノ一理沙は英太の前から一瞬で姿を消した。


──さて……と


 英太はふと空を見た。


 泣き出しそうな空はついに涙をこぼしぽつぽつと大粒の雨が降ってきた。

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