目次
1章 現代に巣くう忍たち
1 東大生、藤林悠輔
2 警視庁幹部、相馬泰
3 侵入者
2章 休日の忍たち
1 そして、平凡な一日が始まる
2 女子大生、進藤早紀
3 渋谷の通り魔
3章 足跡を残した忍たち
1 事件現場
2 警察官、上月静夜
3 容疑者、田上明央
4章 取調室の忍たち
1 テレビ記者、叶陽一郎
2 激突-伊賀と甲賀
3 静夜の罠
4 追跡者たち
5章 オモテの忍たち
1 お笑い芸人、風間英太
2 メイド、仁科ともえ
3 JAあおもり職員、応野邦彦
6章 ウラの忍たち
1 風魔の英太
2 戸隠のともえ
3 応変の邦彦
7章 アキバの忍たち
1 ともえと悠輔
2 帰り道
8章 学園祭の忍たち
1 東都大学若葉祭
2 舞台袖
3 トーキョーハンター
4 同業者
5 最強
9章 嵐の前の忍たち
1 ともえと早紀
2 ツイてるともえ
3 ツイてない悠輔
4 邪魔者
5 嵐が来る
10章 相見える忍たち
1 知らなくていい真実
2 悪い夢
3 百地悠輔という男
4 集いし5つの流派
5 赤い瞳の一族
6 ともえの提案
7 激突する赤と青
8 別れなさい
11章 動き出す忍たち
1 六本木のオフィス
2 戸隠の女王
3 忍者王
4 アキバのアイドル劇場
5 同盟
12章 恋煩いの忍たち
1 恋人は忍者
2 最後のデート
3 守ってみせる
13章 集結する忍たち
1 警視庁のメッセンジャー
2 集結した忍たち
3 悠輔の企み

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2 帰り道

「本当に信じられない!」


 秋葉原からの帰り道、同行してくれた早紀の態度は対応に困るほど不機嫌そのものだった。


「テレビのこと一言まかせるってどういうことよ! それでトイレからすぐ帰ってきてくれれば話は別だけど──それから三十分一体何してたのよ!」


「何って──ちょっと迷子になっただけじゃないか」


「いいえ! 嘘よ嘘! 迷子になるなんて子供じゃないんだから!」


「と言ってもあの店すごく広いじゃん……」


「そう言うことを言ってるんじゃないの! 私はあなたの無責任さを怒ってるの!」


「無責任ねえ……」


 悠輔はその一言に困ったように頭をかいた。


 無理もない。仁科ともえの一件で悠輔の頭の中からテレビなんて飛んでなくなってしまったのだ。


 そうとは知らない早紀はあれ以降もずっとテレビの下調べをしていたらしく、戻ってきたときはちょうど悠輔の契約待ちの状態だったのだ。


 だが、悠輔にもはやテレビなど買う気などないわけで、そこでまたしても早紀とのいざこざが巻き起こってしまったわけなのだ。


「とにかく! 今度から大切な買い物にはもっと本気になってよね! 悠輔どこか抜けてていつも自分は関係ないって顔するんだもん……それが腹が立って仕方ないわ」


 そう言うと早紀は怒ったように腕を組みぷいとあさっての方向を向いた


 だが悠輔には早紀がどうして怒っているのかさっぱりわからないのが本音であった。


最近の女の子って奴はそんな些細なことで怒るのか。それとも早紀がただ特殊なだけなのか──悠輔にはまったく見当が付かなかった。


「ホントにもう……秋葉原まで来たのに無駄足になっちゃったじゃない」


「──そうかな?」


「え?」


 その言葉に早紀は悠輔のほうを振り返った。彼は口元には含み笑いを浮かんでいた。


「僕にとっては若干の収穫があったと思うけど?」


「ふうん……」


 そう言うと早紀は不機嫌そうに一つため息をついた。


 それから彼女は先ほどの怒りを押しこらえるかのようにぴたっと沈黙し始めた。


 やはり、彼女も薄々感づいているのだろうか。自分があのゴスロリ少女と対面してから様子がおかしいってことに──


 でも感づいているとしてもそれは所詮女の勘。悠輔とともえの裏の顔なんてさすがの早紀にも想像もできるはずがない。


 とはいえ──このまま早紀と不機嫌なまま別れるのもどこか忍びないと悠輔は思っていた。


 自分は恋愛上手ではないことはわかっている。それ故に早紀の一挙手一等足に冷や冷やしてしまう自分がいるのだ。


「ねえ……早紀」


 悠輔のその言葉に早紀はじろっと彼の方を振り返った。


 そんな彼女を安心させるかのように悠輔は輝くような笑顔を浮かべ言った。


「こんどさあ、僕の大学で学園祭があるみたいなんだ」


「ええ、知ってるわよ。東都大学の若葉祭って結構有名だし」


 ──そうなんだ。


 早紀のその言葉を聞いて悠輔は少しだけ感心してしまった。


 よくは知らないけれど、東京一の有名校だから学園祭も有名なのだろう。


「それでさあ、僕──君を案内したいんだ。うちの学校の学園祭をさあ」


「え……」


 その一言を聞いて早紀の足がぴたっと止まった。


 そしてもう一度悠輔のほうを振り向くと、先ほどの不機嫌そうな顔はどこへやら……眩いような笑顔を浮かべて彼に顔を寄せた。


「それ、本当!?


「……うん」


 それを聞いて早紀は急に態度を変えてはしゃぎだし始めた。


「わぁー! 私、悠輔の口からその言葉が出るの待ってたんだ~。一度でいいから若葉祭に行ってみたかったんだけど、さすがに一人で東都大っていうのもね……気が引けるって言うかなんていうか……だから悠輔が誘ってくれるのずーっ待ってたんだよ!」


 なんなんだよ。一体──早紀のその態度の変化に悠輔は思わず戸惑いを見せてしまった。


 女って奴はみんなこうなのか? 自分の好みのことを言ってくれればころっと態度を変えてしまうのが普通なのか? そう思うと悠輔は少しだけ女性不審になりそうになった。


「まあ、そういうことだから……今度の日曜日予定空けててね」


「うん! まかせといて!」


 早紀はそういうと悠輔の腕をぎゅっと掴んで彼の身体に身を寄せた。


 それを見て悠輔は顔を赤くしながら困ったように顔を掻いた。


 まるで猫みたいな気分屋の彼女に振り回されてる──そうは思ってはいるものの、そこが愛しいと思う自分もいる。


 まったく、恋ってやつは──そう思いながらも悠輔は恥ずかしながら早紀の肩に手を触れた。


1 東都大学若葉祭

5月15日──東都大学最大のイベントの一つである若葉祭当日の日。


 その日ばかりはいつもはインテリ学生が難しい顔して歩いている構内は学園祭らしい華やいだ雰囲気に包まれる。


 曇天の空のもと、狭いキャンパス内の小路には各サークルが食品露店を繰り出し、軽音サークルやジャズサークルはいたるところで路上ライブ。


中には路上アーティスト気取りの学生も現れだしてパフォーマンスを繰り広げては学校職員に注意されている


 殺風景な校舎もこの日ばかりは化粧したかのように色とりどりの横断幕が掲げられ非日常の空気がぷんぷん漂っている。


 浮ついているなあ──


 悠輔はこんがり揚がりすぎたフライドポテトをつまみながら物珍しげに自分の変貌した母校を見回した。


 この学校で学園祭を迎えるのは2回目だが、1回生の時は目ぼしいサークルにも入っておらず、授業がないのなら休みたいと思って学園祭自体をすっぽかしてしまった気がする。


 そして今年──おそらく自分の中で何かが変わったのだろう。


 こんな騒々しい浮ついた学園祭のど真ん中に自分が立っているのだから──


「ねえねえ、悠輔見て見て!」


 あまり楽しめない表情の悠輔に対し早紀は学園祭を謳歌しているかのように生き生きとした表情で彼に声をかけた。


「あそこでなんかボティペインティングしてる。人間真っ赤になってるし。うけるー!」


「そうだね」


「あ、あっちではミニ演劇してるー。ロミオとジュリエットかなあ?」


 早紀はあまり形のよくない綿菓子をつまみながら人でごった返すキャンパス内を物珍しそうに見て歩きまわった。


 そうだ。今年は早紀がいるんだ。


 だから今まで興味のなかった学園祭にも行く気になれたのだった。


 逆を言うと早紀がいなければ今年の学園祭も興味のないまま終わっていたかもしれない。


 こんな浮ついた学校──一人で歩くのも御免だ。


「ねえ! 悠輔!」


 そう言うと早紀はきゅっと踵を返して悠輔の方を強く見つめた


「さっきから全然会話しないけど、ちゃんと学園祭楽しんでる? 一応あなたの学校の学園祭なのよ」


「そんなこと言われても……」


 どうやって楽しめばいいんだよ。このアホな学生たちと一緒に羽目を外せと?


「ああ!もうじれったい!」


 早紀はそう言うと、戸惑う悠輔の手を握るとそのまま強引に手を引いた。


「ねえ、何かアトラクションに参加しようよ」


「アトラクションって──!?


「もう、何でもいいよ。あなたが好きなところでいいからさあ」


「そう言われても……」


 そう言われて悠輔は困った表情を浮かべながら学祭パンフレットをパラパラとめくった。


 結構な分厚さを誇るそのパンフレットはいたるところにライブ予告や演劇の演目、落研の寄席案内や特別講義などの手作り宣伝で埋まっていた。


「そうだなあ、今1半時でしょ……これからだったら」


 そう言うと悠輔はぺらっとパンフレットのあるページを開いた。


 ──PM14:00 メインステージにて爆笑お笑いライブ


「あれ?悠輔ってお笑い好きだったの?」


「いや、そうじゃないけど──」


 ──何でもいいから、アトラクションに参加したいって言ったのは早紀の方じゃないか


 悠輔はそう言いたげに彼女をじとっと湿った視線で見た。


「うーん、ちょっと待って」


 そう言うと早紀は悠輔の持っていたパンフレットを無理やり奪った。


「何何? 出演芸人はトーキョーハンター、ピクシーズ、うどんやのむすこ、大麦小麦──あら、全員爆エン芸人ばっかりね」


「バ……クエン???


「えー悠輔知らないの? 今お笑いは新東京テレビの爆笑エンターティナーで生み出されてるのよ」


「……へえ」


 悠輔はひきつった笑顔でそう頷くしかできなかった。


「で、どうする? お笑いライブ見に行くの?」


「どうするって……早紀が決めたらどう?」


「そうね……じゃあ、見に行ってみますか」


 そう言うと早紀はパンフレットをパンと閉めると、悠輔の手を再び引き始めた。


「よし、じゃあこの際だからそこ行ってみようよ!」


「う、うん……」


「ほら早く!」


 早紀はそう言って悠輔の手を強くひき二人は雑踏の中に消えて行った。


2 舞台袖

 講堂前のメインステージはまるでどこかのライブ会場に紛れ込んだかのような熱気に包まれている。


 どうやら自分たちの出番の後有名ロック歌手がライブを行うらしい。


その影響でいつもとは違う客層がステージに集まっていた。


「東都大の学園祭──思っていた以上にはじけてるな」


 英太はステージ裏から客の顔を逐一観察しながら一言そう言った。


「俺、もっとメガネかけたインテリばっかり集まってお寒いのかと思ってたけど、意外と普通じゃん」


 そう言いながら英太は目を皿にしながら客の中からある一人の人物を探そうと躍起になっていた。


 髪は茶髪の短髪、黒いメガネをかけた不機嫌そうな男子学生──そんな学生この東都大には星の数ほどいるのだろうが、英太が探しているのはそんなインテリ学生ではなかった。


 おそらく一目見たらすぐわかるはず──あの男の正体もすべて──


「おいおい、エータ。さっきから何を見てるんだぁ?」


 ステージ裏からじろじろと客席を見る英太を見て、アキバ在住と書かれた謎のTシャツを着た相方のマサシは訝しげに彼に話しかけた。


「別に……お前には関係ないだろっ!」


「えッ! かわいい子でもいるの?」


「だから、あっち行けよ! 俺忙しいんだから!」


 そう言うと英太はさらに真剣な顔をして客席を眺めた。


その表情を見てただ事ではないなと思ったのかマサシはそれ以上英太に声をかけようとはしなかった


「あ──!」


 その時だった。


エータの目に一番奥の座席に座った清楚そうな女子学生に紙コップを運んできた一人の男子学生が急に飛び込んできた。


インテリそうな黒ぶち眼鏡に髪は渋めの茶髪。


本人は周りに溶け込もうと努力しているようだが、英太の目からはわかる。


彼の底知れぬ強さと気高さがその身体からじわじわと滲みだしている


 あれが『百地』の名を継いだ伊賀の若き頭目藤林悠輔──


 それを見て英太はごくっと唾をのんだ。


 それは本当に遠巻きにしか見えず、本当の強さとかは計り知れないが、それでも遠くの彼からは重厚な存在感は漂ってくる。


 本当の強さを計るためもっと近くから藤林悠輔の顔を拝みたいところだが、自分のステージが近い今そうもしていられない。


 英太は悔しそうに舌打ちするとステージ裏から離れた


「あいつ、リア充かよ」


 いいよなあ。大学生風情は……


 こっちはお笑い芸人と忍者と二足のわらじで女と付き合う暇さえないというのに──


 幸せそうな藤林悠輔とその彼女の笑い顔を見ていると英太は無性に腹が立ってならなかった。


 あの幸せをぶち壊したい。その笑顔を悲しみと怒りで満たしてやりたい──


嫉妬にも似たその破壊願望が英太の心を激しく覆う。


そう思うとこれからのステージ何かどうだっていい。


その後の藤林悠輔との対戦の方が英太の心を強く揺さぶっていた。


「おーい、エータ! そろそろネタ合わせしようおー」


「ああ……」


 相方のマサシにそう言われ英太はその気持ちを抑えるように彼のもとへとゆっくりと歩いて向かった。


 とりあえず今は目の前にあるステージをこなさないと。


お楽しみは──その後だ。


3 トーキョーハンター

「東京タワー!!


『オタクとギャル男の東京伝説』という謎のキャッチフレーズのついた新鋭の漫才コンビ『トーキョーハンター』の決まりギャグがステージで炸裂する。


 ──と言っても東都大学のお客の反応はイマイチだ。


大笑いしている声はごく一握り、大半は笑いもせずに呆然とステージ上の彼らを見つめている。

「いやぁ、今日もつかみはOKですなあ。オタクのマサシ君」


「さすが天下の東都大学!笑いのツボがいつもと違う」


「ほう、そうかい。どこが違うのか行ってみちゃいなさい!」


「そりゃ、いつも見たいにガンダムネタじゃ笑いは取れないっしょ!だってここにいる人たち頭が3倍早く働くニュータイプなんでそ?」


「おいおい、いつものようにガンダムネタで攻めてるじゃないか。マサシ君」


「だっはー!! 今のところ笑うところよ」


 ──何だ、こいつら……


 遠巻きに『トーキョーハンター』のネタを見ながら悠輔は思わず顔を引きつらせた。


 全くもって笑う箇所が見当たらない。何が面白いのかさっぱりわからない。


 おもしろいのは秋葉原のオタクと渋谷のちゃらい兄ちゃんが漫才してるという絵面だけ。


 それ以外はまったくもって素人以下の芸だ。


「いいか、エータ。オタクって人種はこうやって勉強するんだ」


「ほうほう……」


「今手元には3人のマリオがいます。このままでは到底クッパには勝てそうにありません。そこで無限増殖を使うことにしました。さて何人マリオは増えるでしょう」


「んー……って、マリオって99人以上増えないじゃねえか」


「そうなの。だから俺99以上の算数は無理なんだ~」


「おいおいー。それじゃあここの会場の東大生の皆さんにオタクは馬鹿だっておもわれるぞぉー!」


「大丈夫、グラディウスだと149857298点言ったことあるから」


「それはそれで凄いけど、数学にはなってないじゃねえか」


「だっはー!! 今のところ笑うところよ」


 悠輔は深いため息をつくとふと隣にいる早紀をちらっと見た。


 信じられない──こんな笑えない芸人なのに早紀はおなかを抱えて笑っていた。


 あの芸人のどこが早紀のツボだったのかはわからないが、彼女は何かに取りつかれたかのように笑い転げていた。


「あ……あのさ。早紀……」


 悠輔は困惑しきった顔で彼女に話しかけた。


「あの芸人笑える?」


「何言ってるの? めっちゃ笑えるじゃん」


「……そうかなあ?」


 そう言うと悠輔は首をひねった。


 ステージ上のオタクとチャラ男はまだ何かネタをやっているが、やっぱりどこかが気に入らない。


「ダメだ。僕、あいつらの芸風受け付けない」


「え?そうなの? 私は今年のM1は彼らが躍進すると思うけどな」


「それマジで言ってるの?」


「うん、結構面白いじゃん。これからの芸人よ」


「そうかあ……」


 そう言うと悠輔はしかめっ面をして彼らの芸を見たが、もはや大人しく座って見ていられるクオリティではなかった


 悠輔はイライラをかみしめるような表情を浮かべ席を立ちあがった。


「ごめん、トイレ行ってくる」


「え?でもまだまだ芸人出てくるよ」


「すぐ帰ってくるよ。我慢できないんだ」


 悠輔は不躾にそう言うと人込みを割って客席から消えて行った。


「悠輔ー! もうっ! いっつも勝手なんだから……」


 まるで煙のように消えて行った彼氏を呆然と見送りつつ早紀は、またしても繰り出された『トーキョーハンター』のギャグにげらげらと笑い転げた。


4 同業者

 曇天模様の空を見上げながら悠輔は一人深いため息をついた。


 この雲行きだともしかしたら夕方には雨になるかもしれない。しかも嵐を伴ったような大雨の可能性が高い。


 これは早紀を連れてさっさと家路を急いだ方が身のためか──


 校舎で用を足した悠輔は一人とぼとぼとバックステージのあたりを歩いていた。


 お笑いライブの真っ最中だからかこのあたりにはあまり人は歩いていない。


華やかな学園祭の中どこか閑散としている空気さえ漂う道だ


 ──そんな時だった。まさかこの場所であの彼女と再会したのは


「あぁー!! 悠輔じゃーん!」


 その甲高い声に呼び止められて悠輔はぎょっとした。


 恐る恐る振り返ってみるとそこにいたのは真っ黒ふりふりのワンピースにリボンがたくさんついたヘッドセットに厚底ブーツのメイドの完全装備に身を固めたあのゴスロリ娘仁科ともえが手を振っていた。


え──


その姿を見て悠輔は呆気にとられた。


あの秋葉原の家電量販店で出会ってっきり一度もコンタクトがなかった普通じゃないメイドともえがまさか東都大学の大学祭にやってきていたなんて──


その瞬間、悠輔の身体に緊張が走った。


よもや忘れてはいない。


彼女が自分の裏の顔を見きっていたこと、普通の人間とは別の空気を醸し出していたことを──


「どうしたの?」


 そんな悠輔に対しともえはまるで猫を被ったようにかわいい態度で彼を上目づかいで見た。


「──どうして君がここにいるんだい?」


 悠輔は警戒した声でそう言った。


「何でって、あたしバイトに来たのよ~」


「バイト!?


「そう、東都大若葉祭限定でメイド喫茶がオープンになるからそれのゲスト出演」


 そう言うとともえは悠輔に一枚のピンク色のチラシを渡した。


 ──あの東都大にメイドカフェオープン! 記念ゲストは秋葉原で大人気のメイドカフェ「ぶるーむ」の花形メイドともえちゃん! さあみんな萌え~しませんか?


「萌え……ね」


 悠輔は呆れた表情でそのチラシを眺めた。


 その様子をともえは目を輝かせてじっと見ている


「ねえ悠輔も来てくれるでしょ? あたし、悠輔来てくれたらまっ先に萌えなサービスしてあげるよ!」


「いや……僕、早紀待たせてるし……」


「ええー、早紀もいるのー」


 悠輔のその言葉にともえは明らかに不満の声を出した。


「もう、さ……あんな()放っておいてさあ、あたしのお店に来てよぉー!ねえ~お願い!」


「なんで君にそう言われる筋合いがあるんだ」


「だってぇー! 早紀と悠輔じゃ絶対に釣り合いが取れないし。一般ピープルと伊賀藤林流家元なんて比べ物にならないじゃん」


「──!」


 悠輔はさらりと言いのけたともえの言葉に狼狽した。


 ちょっと待て──何で彼女がそれを知っているんだ?


 僕が伊賀藤林流の家元だという秘密中の秘密をなぜこの娘は知っているんだ?


「あら? やーっと気づいてくれた?」


 ともえはそう言うと悠輔の前で妖しげに笑った。


「あんたくらいの使い手ならすぐ気付いてくれると思ったけど意外と鈍感ね。悠輔そういうところがかわいい」


「君は──」


 そう言うと悠輔は動揺を隠すようにメガネをくいっと上にあげ彼女を睨んだ。


「やっと謎が解けた。君は僕と同業者ってわけね」


「なにそれ! 同業者なんて言うレベルじゃないし!」


 その言葉になぜかともえは怒りだした。


「なあに? 悠輔ってなーんにも覚えてないの? あたしがあんたにとって大切な人になっていたなんてなーんにも覚えてないの?」


「一体どこの流派のくノ一だい? それくらい名乗ってからじゃないと僕もどうしようもない」


 悠輔の態度はともえが忍者だと明かす前より明らかに冷淡になっていた。


 それは明らかに彼女の存在を自分の敵だと警戒しているようだった。


「──もう! それもわからないの!? 面倒な男ね!」


 そう言うとともえはツンと拗ねたような態度を取りながら不機嫌そうに語りだした。


「あたしの流派は戸隠!戸隠流忍術の次期女頭目の仁科ともえよ!」


「──ふーん」


 妖術使いの戸隠か……随分面倒なところが関わってきたな。


 悠輔は素っ気なく彼女に答えながら顔に色を出さずにそう思った。


「ちょっとぉ! その態度何!?


 そんな悠輔の態度が気に食わないのかともえはむかっとした表情で彼につっかかってきた。


「あんたさああたしのこと何だと思ってるの? まさか昔のこと忘れたとは言わせないわよ!」


「昔のこと──? 記憶にないな」


「──もう! 最悪!」


 そう言うとともえは口を尖らしてうつむいた。


「あたしは悠輔のこと一日も忘れたことないのよ。ずっとずっと大好きだったのに──」


「……はぁ?」


「覚えてない? ずっと昔にあんたのお嫁さんになることを夢見てた少女のことを」


 そう言ったとたんともえの目がギラリと病的な光を発した。


 その瞬間、悠輔は思わず背筋が寒くなった。


彼女の言っていることは何が何だか意味がわからなかったけれども、率直に彼女の態度がどこか怖いと思った。


「君は僕の何なんだよ」


そう言うと悠輔は警戒したようにともえを睨みつけると、彼女から一歩引いた。


 そしていつでも攻撃できるようにベルトに付けた針に手をかけた。


「あたしは……」


 だがともえは一歩も引かず病的な目をぎらつかせながら彼に迫ってきた


「あたしはあんたの──!」


「あ!! と、ともえちゃん?!


 二人の間が殺気で包まれたその瞬間、まさに場違いな声がその間を引き裂いた。


 二人ははっとそちらの方向を見るとアキバ在住と言う謎のTシャツを着たオタク系の男子が猛烈な勢いでともえに近づいてきた。


「うわああああ! おいら超カンドー!! こーんな場所でアキバの癒しの女神ともえちゃんと再開できるなんてぇー!」


「あ……アキバの癒しの女神?」


 ──こいつが?


 オタクのその言葉を聞いて悠輔は信じられない表情でともえを見た


 ともえは先ほどの病的な笑顔から一転、営業スマイルと言った笑顔で彼に笑いかけていた。


「いらっしゃいませ、ご主人さま──あれ? ご主人さまどこかで見たことなかったっけ?」


「お! ともえちゃんさすがお目が高い! おいらテレビとかテレビとかテレビとかで見たことあるでそ?」


「テレビね──」


 その言葉にともえは少し困った表情を浮かべ考え込んだ。


 あ──そういえば。


 悠輔はニコニコと答えを待つオタクの顔と変なTシャツを見て彼が先ほどメインステージに立っていたまったく笑えなかった芸人『トーキョーハンター』のオタクの方だと感づいた。


 だがそれをともえに教えてあげようかと思ったが、その前にともえはにっこりと笑って甘えた声で一言言った。


「ごめーん、ともえちょっと思い出せなーい」


「あら……残念ー!」


 その言葉にオタクは少し残念そうな顔をした


「じゃあ、正解教えてあげるよ! おいらさお笑い芸人なんだお」


「え、芸人さんなの?」


「そそ、これでも今年のM1優勝を目指してるんだお!」


「へえー!すごーい!!


 オタクのその豪語にともえは本心なのか本心でないのかわからない感嘆の声を上げる。


 M1優勝ね──


 悠輔はその言葉に苦笑した。あの実力じゃ2回戦に残るのだって厳しいだろう。


「でもー。M1ってことは相方さんがいるってことだよね。相方さんってどんな人なんですかぁ?」


「あー、相方ねえ。見たことないかな? ピアスじゃらじゃらしていて、髪の毛変な色に染めてて、いかにも渋谷系って感じの──」


「おーい。マサシー」


 その呼ぶ声にそこにいる誰もがそちらに注目した。


 そこにいたのは両耳にピアスをじゃらじゃらとつけて、髪の毛を金と黒のメッシュのソフトモヒカンにした、だぶだぶバスケットウエアに半パンのいかにも軽そうな若者。


「なんだよ。こんなところにいたのか──ん?」


 彼はマサシと呼んだオタクに近づいてきたその瞬間、悠輔とともえの存在に気がついた。


 その次には彼の軽そうな印象はガラッと変わった。


 彼はじろっと悠輔をちらりと睨みつけた。冷たく痛いくらい鋭い瞳で。その眼力は明らかにお笑い芸人には必要のないものだった。


「おー!エータ。来たの?」


「来たっていうかさ、おまえ小便行ってから帰ってこないからさ」


「あ、エータ! 紹介するよ。この子が僕が大好きな癒しのメイドのともえちゃん」

 

「えーっと……ともえですぅ!よろしくね☆」


「ああ、よろしく……」


 ともえとエータとの会話は明らかに不自然だ。


 お互いに腹の中を探ろうとしているようなそんな空気がびんびん伝わっている


「ところで、エータさん? あなたあたしと一度あったことない?」


「さあ……何の話だろうな」


「そっかあ……気のせいかな……」


 そう言うとともえはすっと悠輔の方を見て一言『心読』で会話した


(彼も……忍者よ)


 伊賀と戸隠では『心読』の方法は若干違うので最初は急なメッセージに驚いたが、そう聞き取れたことは聞き取れた。


 そうだ、ともえの言うとおり彼も明らかに普通ではない。


 そして彼も悠輔とともえの正体にもう気づいている。それ故にずっと殺気に似た警戒を怠らないのだ。


「やだなあー! ともえちゃん。誰にもそう言うのかい?」


 微妙な空気が流れたのを止めたのはこの中で唯一一般人だと思われるオタクのマサシだった


「そんなことないですぅ~。私はみんなお客様だとおもってますぅ~」


 そう言うとともえは繕うかのように笑って見せた。


「そ、そうだ。マサシ……さん? お店の方にいきませんかぁ~?」


「お店? え? 東都大学にあるの?」


「そうそう。今日、あたし東都大のメイド喫茶に特別ゲストとしてやってきてたんですぅ。そろそろお店の方にかえらないとぉ~。スタッフの方が心配してると思うんでぇ~」


「ええ~。マジで!行く行く!」


 そう言うとマサシはうれしそうなキモイ笑顔を浮かべた。


「というわけでさぁ……エータ。おいらこれからちっくらメイド喫茶の方でまったりしてくるわ」


「ふーん。そうなんだ」


 マサシのその言葉にエータは冷たいほどの無表情で答えた。


「いいんじゃねえの? いってらー」


「え? いいの?」


「だって俺もこれから用事あるもん……なあ」


 エータはそう言うと悠輔を舐めるような視線で見た。


 こいつ──僕に用があるのか。


 その態度に悠輔も彼を強く警戒するようにメガネを指で押し上げ鋭い視線で睨み返した。


「そっか……じゃあおいらちっくらいってくらー」


 そう言うとマサシはともえを連れてその場を去っていく


 そんなマサシの態度にともえは少し不満げな表情は浮かべたがしぶしぶ彼を連れて行った


(気をつけてね。悠輔)


 ともえはその場を去る前悠輔に『心読』でそう警告してきた。


 そうだ、まだまだ気を抜いてはいけない。


 悠輔の前にはまたしても得体のしれないお笑い芸人の忍者が立ちはだかっているのだから──

 



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